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沖縄から東京へ!流転の写真日記

草間弥生「わたし大好き」

2008-07-29 | BOOKS&MOVIES
草間弥生オフィシャルサイト


1929年生まれ…というから驚いた。

その存在感。
達者な口ぶり。
英語も話す。
創造力、集中力。

人生のすべてを
クリエイティブに捧げてきた
自我の強さが、すばらしい…と思った。

自我が強いから、
「草間弥生」は絵を描いているのだろうか?

どうもそうではなさそうだ。

絵を描く発端は彼女の場合、病気だった。

 少女時代より統合失調症を病み、
 繰り返し襲う幻覚や幻聴から逃れるために、
 それら幻覚や幻聴を描きとめる絵を描き始める。
 
…とwikipediaにはある。

表現行為はつまり「世界につかまる体験」…と田口ランディは言う。
それは「恋をする行為」に近い。
自分ではどうしようもない狂おしい衝動がこみ上げ、
制御不能となり、心が世界に持って行かれてしまう。

「自我」よりも「忘我」。

映画の中で、草間弥生はよく自分の作品を誉めた。
「すてきな絵ねええ」「こんな詩、誰にも書けませんよ」

おそらく「忘我」な草間弥生と「自我」の草間弥生が交錯しているのだ。

このドキュメンタリーは2006年から描き始めた
F100号キャンバス50枚に及ぶ大作
「愛は永遠(とこしえ)」の制作過程を追ったものだ。

160cm×130cmの大きな画面を
ひたすら黒のマーカーで描き潰す。
その集中力たるは、忘我の域である。

78歳となり、取材者に「晩年の大作ですね」と言われ、
「わたし、晩年なの?」と切り返す草間弥生。

しかしこの「愛はとこしえ」は
相当なエネルギーの放出だと思う。

しぼんでしまってもおかしくない。
しかし、ますます鋭気盛んである。

矢沢永吉じゃないが、
表現者として憑依しているから
彼女自身の生命は衰えるどころか、
ますます若返ってくるのだろう。

本来、表現とはそのようなものなのだ。
我を忘れ没頭する。恋愛のように。
「世界につかまる体験」なのだ。

 草間弥生、79歳。
まだまだ世界は彼女を手放そうとしない。









 
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【JAPAN】YASUKUNI

2008-07-22 | BOOKS&MOVIES
話題のYASUKUNIを観に行く。

「抗日感情」が入った似非ドキュメンタリーだとか、
「撮影許可」を得ずに構成されているとか、
様々な問題を孕んだ映画だ。

確かに90歳の刀鍛冶職人刈谷直治氏が
映画の主題となるような編集になっている辺りは
本人もびっくりしているだろう…と思うが、

こういった目線が
日本人から描かれてこなかったことが
とても問題だと、ボクは思う。

戦争責任がうやむやなまま
現代にまで来てしまったから、
事態はややこしいことになっている。

終戦記念日における
熱狂的な参拝者の群衆を見てると、
「日本人」を意識するって
そんなちっぽけなことなの?
…と思ってしまう。

「戦後の日本人は明治維新以来約246万柱の英霊の犠牲の上に
 今現在があり、そのおかげで我々が生かされているという事実から目を背け、
 いまだ大東亜戦争で散華された英霊の名誉を回復できずにいる」

「侵略戦争だの防衛戦争だのと議論もいいが、祖国日本のため
 命の極限において戦った人を侵略者扱いするバカな国はこの日本以外にない!」

「一国の首相が、一政治家として、一国民として戦没者に対して
 感謝と敬意を捧げる。哀悼の念を持って靖国神社に参拝する。
 二度と戦争を起こしてはいけないという事が日本人からおかしいとかいけないとかいう批判が
 私はいまだに理解できません。まして、外国政府がそのような心の問題にまで
 介入して外交問題にしようとするその姿勢も理解できません。
 精神の自由、心の問題、これは誰も侵すことのできない憲法に保障されたものであります。」

これらの言動は、すべて一方的だ。
日本の側からしかモノを見ていない。

それは結局、戦争責任を明確にしてこなかったことに起因する。

ダッハウの強制収容所では
当時ドイツ人がおこなった行為をそのまま忠実に展示しよう…
…という誠実な姿勢が見て取れる。

靖国神社は、
その当時におこなわれた日本の行為を神格化し、
祀ることで責任を回避している。

なぜA級戦犯を合祀したのか。
なぜ戦争をおこなった人たちが犠牲者扱いなのか。
その目線からして、おかしい話だ。

そういった史実の捉え方のズレを
ズレと感じていない日本人が多いこと、
そのあたりが日本人の傲慢さを顕している。

「神風」思想。
「日出づる国、日本」。

どこの国よりも秀でている…といった優越感が
その底辺に流れていると思えて仕方がなかった。

「ちっちぇ」。





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【E.YAZAWA】アリよさらば

2008-07-22 | HELSINKI
人の 群れが
運んでる “Happiness”
ちっぽけな 角砂糖を
探してる アリのようさ

Why? なぜに…
生きているのか?
教えてくれ

誰も 彼も
同じ顔 してるぜ
行き先も 知らないまま
行列は 老いるだろう

Why? なぜに…
歩き続ける?
わからない

Why? なぜに…
生きているのか?
Why? なぜに…

俺はゴメンだぜ
一人で行くぜ
この道のどこかで
倒れても
俺の人生だ

人は生まれ
いつかまた 死んでく
一瞬の その時間に
群れをなす アリよさらば アリよさらば

Why? なぜに…
生きているのか?
Why? なぜに…

Why? なぜに…
歩き続ける?
Why? なぜに…


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その13

2008-07-22 | HELSINKI
3月20日。
正午。

やっとのことで
レイクへ到着。

当然のごとく
一面凍っていた。

湖面の白さが、視界の広さと相まって
到達感をいっそう盛り立ててくれた。

2時間の踏破。

やっとのことで
あの「カモメ食堂」の
ポスターロケ地に到着したわけだ。

もたいまさこや
小林聡美、片桐はいりが
この地まで足を運んだのかと思うと、
その感慨も「ひとしお」。

凍える手で
持ち込んだサンドウィッチを頬張る。

東西南北、すべて湖。そして、抜ける空。
周りは針葉樹の森。

なんというスケールの自然だろう。

湖畔に横たわった老木が
悠久な時間の流れを体現していた。

さてと。

人間タイムの2時間で
せせこましく起点まで引き返さなければ。

フライトに乗り遅れてしまうぞ。


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【E.YAZAWA】パセオラの風が

2008-07-22 | HELSINKI
またわけもなく 逢いたくなるよ
心をこめて I Love You, please
何度も抱きしめて

0から10まで 君を知りたい
溢れるこの気持ち 苦しいのさ 見つめて
おろかな強がりは もう脱ぎ捨てて パセオラの海へ

一秒ごとに 想いはつのる
遙かに吹く風よ さらってくれ この痛み
逢いたい…逢いにゆくよ ドアを開けて いますぐ くちづけてくれ


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その12

2008-07-19 | HELSINKI
3月20日。

ヌークシオに来て
すでに2時間近く。

もうそろそろ
引き返す時間だ。

まだ湖には、辿り着いていない。

判断の迷うところ。

このまま引き返すと、
当初の目的は達成されずに
終わってしまう。

しかし、強行すれば
日本に戻れなくなる…かもしれない。

針葉樹の緑が
陽射しに映えて美しかった。

すでに陽は頭上にあった。



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【E.YAZAWA】もうひとりの俺

2008-07-19 | MUSIC
もうひとりの俺/矢沢永吉+布袋寅泰

夜更けに一人で
思い出す…今も
何の不安も
なかったあの頃

大事な事さえ
置き去りにしてきた
自分を俺は
恨まないけれど

もう一度
光の道を駆け抜け
お前に会いたい

失うものなど
何ひとつない
渇いた気分で
ただ瞳とじれば

言葉にならない
切なささえも
心の底に
押し込み生きてる

I won't cry
涙など見せはしない
お前になりたい

できるなら
目を醒まし旅に出よう
優しい夕日が
沈まないうちに

もう一度
光の道を駆け抜け
お前に会いたい



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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その11

2008-07-19 | HELSINKI
さらに
オリエンテーリング用なのだろうか、
クイズ形式の立て札が、
ところどころに顕れた。

フィンランド語で
何か書かれている。

言葉がわからない…というのは、
情報がそこにあって、
それを読み取ることが出来ない…
とてももどかしいコトだと、実感。

まったく解読できない。

「危険地帯、入るべからず」

…と書かれていても、
意味が分からなければ、
進入してしまうだろう。

まさに開拓者の気分…だった。




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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その10

2008-07-19 | HELSINKI
標識を発見。

何を意味しているのか、
まったくわからず。

あと14キロ、あるということなのか?

ボクたちは
何キロ、歩いてきたんだろう?

ふたたび森の中へ入る。


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その9

2008-07-19 | HELSINKI
3月20日。

いきなり視界が開け、
支流が何本も流れる湿地帯に出た。

空気がピーンと張りつめていて、
空が抜けるように、青い。

とても、とても寒いけれど、
誰もいない広大な光景。

なんとも言えない解放感。

ボクたちは
なんだか開拓者のような気分で
さらに先へ、進んだ。

湖は、この先に、ある、はずだ。






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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その8

2008-07-19 | HELSINKI
3月20日。

支流発見。

透き通った水が、流れていた。

うつくしい。

湖はもうすぐ…だ。


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その7

2008-07-19 | HELSINKI
3月20日。

明るくなってきた。
森を抜け、湖に近づいてきたのだろうか?

たとえ湖に到着しても、
湖面は凍っていることだろう。

そのまま突き進む。
冷気が心地よい。


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その6

2008-07-15 | HELSINKI
3月20日。

まだ午前10時ぐらいだろうか。

今日の午後5時には
帰りのフライトに搭乗している身。

こんな森深くに
入り込んでる場合だろうか?

どんどん、視界が狭くなってきた。
まさにヌークシオ。

フィンランドの自然が、ここにあった。

まだ1時間ほどだろうか?
あと1時間で引き返さなければ…。

帰りのバスを見逃すと、
列車も乗り遅れ、
中央駅への到着が危ぶまれる。



…そこから、さらにシャトルバスで空港…か。



焦っても、しょうがない。
ここはフィンランドの森の中。

しっかり自然を満喫しよう。


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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その5

2008-07-15 | HELSINKI
3月20日。

どんどん雪山を分け入る。

湿地帯なので、
人間の歩くコースは
すべて木の橋が渡されている。

…とはいえ、雪景色で
ここが湿地だか、平地だか、
まったくわからない。


ひたすら、
木々にくくりつけられている
オレンジの布を頼りに
雪山の中へ。

トイレもなければ、
休憩する場所もない。

平地なので、登る苦労はないが、
…このdirectionで合っているのか、
…とんでもない方向へ向かってないか、
…果たしてボクたちは起点に帰れるのか、
そういった不安は、常にあった。

しかし、信じて進むしかない。

ガイドをする人間もいなければ、
インフォメーションカウンターもないのだ。

あるのは、白い雪と青い空、そして針葉樹のみ。

途中でどうしようもなく
トイレに行きたくなった。

「小」ではなく、「大」。

誰もいないのをいいことに、
コースをはずれ、用を足すことに。

まさに自然と一体化。

こんな雪山で
白い臀部をさらすとは!

マイナスの冷気が
デリケートな部分を刺激する。

それもまた、
「旅の恥はかき捨て」な貴重な体験。


雪山に湯気がのぼった。







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【ESPOO】ヌークシオ自然公園 その4

2008-07-15 | HELSINKI
3月20日。

やっと行き着いた
ヌークシオ自然公園入口。

なんてことはない、
「ここから入れ」的標識があるだけ。

5m間隔で付いている印だけを頼りに
森の中へ、分け入る。

雪山だ。

ここで路頭に迷ったら、
飛行機どころか、
凍死だって覚悟しなけりゃ、ならない。

それぐらい、
東西南北…同じ光景。

雪と木。
ただそれだけ。


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