#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

グレングールドという存在

2008-02-12 | MUSIC
「グレングールド 27歳の記憶」
の中にこういったシーンがある。

Glenn Gould plays Partita Nr.2
トロントの湖畔の自宅で
パルティータのパッセージを繰り返し練習するグールド。
頭の中で鳴っているイメージに近づけるべく、
いったんはピアノを離れ、音の配列を再確認する。
そして再びピアノに向かう姿に、ボクは心打たれた。

極端に低い椅子に座り、時には足を組んでピアノを弾き、
頭のイメージを呼び出すがごとく、呻り声を上げる彼の演奏は
クラシック界では、かなり評判が悪い。

しかし、ここまでバッハの音楽に心酔し、
純粋にバッハのポリフォニックな音の連なりを再現しようと
パッセージを繰り返す若きグールドの姿を見れば、
そんな誤解も消えることだろう。

1955年に「ゴルトベルク変奏曲」で鮮烈なデビューをし、
1964年には演奏会を引退、以後レコーディング・放送でのみ
自らの音楽観を表現していった孤独な隠遁者、グールド。

1982年の9月25日に50歳の誕生日を迎え、ほどなく脳卒中で倒れ、
10月4日に帰らぬ人となった。

最後までバッハに傾倒し、最晩年にはあの「ゴルトベルク変奏曲」を再録音している。
Glenn Gould plays Goldberg Variations in 1981
Aria Da Capoを演奏し終え、鍵盤から指を離すグールドのしぐさは
まさに「ゴルトベルク」を愛でるように、祈るように、封印するように、見える。
己の葬送曲として、人生に区切りをつけたのではないか…と疑いたくなるような終わり方である。

27歳のグールドと49歳のグールド。

22年の月日が、彼をここまで老いさせてしまった。
老眼鏡をかけ、猫背で鍵盤に向かう姿を見ていると、
生涯をバッハに捧げた「最後のピューリタン」として胸に迫ってくる。

彼の演奏が、ここまで人々の心を揺り動かすのは、
音楽に対する痛いほどまでの純真さがあるから…だと、ボクは思う。

こうやって夜中に「ゴルトベルク」に聴き入っていると、
心の襞がひとつひとつ押し広げられるような…肌を晒すような無垢な気持ちになる。

グールドがいなかったら、バッハの音楽もここまで人の心を動かすこともなく
18世紀の古典音楽として葬られていたことだろう。

だからこそ、Aria Da Capoを弾き終えたあとのグールドのしぐさは、痛い。
自らの役割を終えた人間の、終焉のしぐさに見えるのだ。

人生の閉じ方として、なんと美しいことか。






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