bozzo★bozzo★bozzo

沖縄から東京へ!流転の写真日記

【JICA】フィリピンバナナworkshop

2006-10-31 | Philippine
行ってみて驚いたのだが、会場はworkshop形式で
すでに40名の参加者名簿があり、抽選で8つのチームに振り分けられ、
5人のメンバーがフィリピンバナナについて、討議するものだった。

参加者の割合は高校生が8名ほど、大学生が20名ほど、
あとは社会人が上は50歳から下は25歳ぐらいまで。
男性よりも女性が圧倒的に多く、3分の2を占めていた。

ボクは【レチョン】と呼ばれるチームに配属され、
高校生の女の子と、大学生の男子、バナナを育てているおばさん、高校の女性教師とともに
フィリピンバナナについてのさまざまな設問に答えていく。

        ●
↓このworkshopのガイドラインはこんな感じ↓。
        ●

日本で消費されるバナナのほぼ100%が輸入され、その実に88%がフィリピン産。
年間100万トンものバナナが消費されている背景がありながら、
その生産体制は、ほとんど知られていない。

通常スーパーで扱われて食卓に上っているバナナは
【キャベンディッシュ】と呼ばれる種類で
品種改良のため害虫に強く、生産性も高い。さらに見た目もキレイである。
(これは熟す前に輸入し、日本国内の工場で化学的に追熟させているからである)

しかもスーパー店頭で一房198円という安価で販売されているが、
アグリビジネスと呼ばれる多国籍企業(ドール・デルモンテ・チキータなど)
が仲介をしているため、フィリピンの原価はさらにその10%!という現実。

原価のしわ寄せは当然、現場に降りてくるわけだが、
生産地であるミンダナオ島の農園では、現地フィリピン人を16時間労働で雇い、
農薬の人体被害に対しても、対策を取ることなく、労働の搾取で対応しているのだ。
まさに「バナナ植民地」が、現実に成立している状態なわけだ。

        ●

で、このworkshopが推奨するバナナが【バランゴン】と呼ばれるバナナ。
これはフィリピンに古くからある在来品種で、フィリピン人も食す。
手間もかからず栽培でき、無農薬でも対応できるが、
多国籍企業が行うような品質管理がなされていないので、見た目も悪い。

ただ、「バナナ植民地」の現状を打破するためにも、
ネグロス島で生産されている【バランゴン】バナナを購入しよう。
購入先はNGO団体が輸入しているので、インターネットで注文しよう…ということらしい。

        ●


草の根運動で、アグリビジネスに対抗しよう…と本気で考えているのだろうか?
市場原理に基づいた生産体制を根底から覆すためには、
そこに甘んじている現地フィリピン人の意識改革が先決ではないのか?
        
ふと、そんな辛辣な意見がアタマをもたげた。







日本ネグロスキャンペーン委員会
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【JICA】食堂は国際社会

2006-10-31 | Philippine
まずは食事をしよう…と、食堂へ赴く。

その献立がユニークである。

月ごとにさまざまな国の料理がピックアップされて
メニューが変更になるらしい。

今日はジャンバラヤがスペシャルメニューだった。
      …450円。サラダや飲み物はフリーだ。

しかも美味しいと来ている。

食堂とつながるガーデンでは、
さまざまな国から来ている研修生たちが
BBQを楽しんでいた。

白人系も黒人系もアジア人系もイスラム人系もいっしょになって
牛肉や焼き鳥とビールで、ワイワイやっている。

まるでNY。

そのスケールに、しばし唖然とする。





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【JICA】国際協力機構に行ってきた

2006-10-31 | Philippine
国際協力機構の名前は知らなくても、
Japan International Cooperation Agency
⇒JICA(ジャイカ)のロゴや響きは聞いたことがあるかと思う。

JICAは政府開発援助(ODA)の実施機関の一つであり、
国際間の技術協力と無償資金協力の一部を担っている。

青年海外協力隊や国際緊急援助隊などで
一度はCMに触れたことがあるに違いない。

青年海外協力隊…イコール…
「途上国で人助けする、世話焼きボランティアか…」
と思っている輩も多いと思うが、
実は、その事業内容は多岐に渡っていて、
募集される職種もバラエティに富んでいる。
デザイナーやカメラマンといった職種もある。

対象年齢も独身者を主とした年代から退職後のシニア世代まであって、
自身をもう一度輝かせよう…と、海外へ飛び出しているご年配の方々もたくさんいる。
…見倣うべきだと、ボクは思う。

そんな「人を通じた国際協力」を地道に続けている機構JICAに
先週末、初めて顔を出した。
妻は毎週2回、ボランティアで活躍しているというのに…だ。

今日の目的は「フィリピンのバナナワークショップ」への参加。

実際、来てみると環境のすばらしさに驚く。建物が実に見事だ。
これだけの規模で赤瓦を多用した施設を、ボクは見たことがない。
浦添のはずれに、こんな立派な国の施設があったとは。
それだけでも大収穫である。




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「虹の女神」に重ねた思い

2006-10-27 | BOOKS&MOVIES
岩井俊二初プロデュース作品「虹の女神」が明日から公開される。
シナリオは「イノセントワールド」の作家、桜井亜美と岩井俊二の共同作業らしい。

オフィシャルサイトで桜井亜美が語っている部分が、
この映画の「核」だと思う。

            ●

  代官山の裏道をふらついていたとき、岩井さんから
  携帯に電話がかかってきた。ずいぶん、色んなことを
  話したけど、その時、不思議なことに2人は
  ある同じ感情について思いを巡られていたのだ。
 
  それは「身近な人の死」について。

          (中略)

  それはただ悲しい、淋しい、という単純なものじゃない。
  その人が持っていた夢、憧れ、幸せ、エネルギー、熱さ、
  優しさ…すべてのものをいっしょに空の上に持って行って
  しまうということ。一緒に生きた人たちの心にも、
  そのエネルギーは確かな根を張っていて、もぎとることは
  自分の一部を殺すこと。

  隣にいるときは当たり前だったその手応えがなくなったとき、
  初めて自分がその人にどんなに支えられていたか気づいて
  愕然とする。

  そんなに簡単には泣けやしない…そんなに簡単に死を受け入れたりできない…。

           (後略)

            ●

まさに岩井俊二における篠田昇の死が、重なってくる。
hana&alice~篠田昇を偲ぶ~

実際、TVの取材で彼は、篠田さんの名前を語っていた。

そのコメントを聴いただけで、カラダが堅くなった。
岩井俊二にとって、篠田さんがどれだけの存在であったのか…。
孤独なランナーである映画監督を、かげひなたに援護するカメラマンは
こちらの想像以上に大きなものであった…と思う。

「リリィシュシュ」の市原隼人と蒼井優が共演している部分においても
この映画は、岩井俊二が篠田さんに捧げるオマージュなのかもしれない。


                            (敬称略)



虹の女神オフィシャルサイト
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myspaceで見えてきたもの

2006-10-26 | Photo-diary


Nangoku Drops on myspace

Bozzo173 on myspace



アメリカ生まれのSNSで、全世界で1億600万人の登録者がある
myspaceに登録してみた。

このネットワークのすごいところは、音楽にある。

インディーズだろうが、メジャーだろうが、同列でバンド専用サイトに登録し、
自分たちの楽曲をトップページにmp3でUPすることができる。

UPされた楽曲は、それぞれのトップページにaddすることができるので、
インディーズだろうが人気が出れば、どんどん全世界でplayされてしまうのだ。

さっそくCD発売の「南国ドロップス」を登録して、楽曲をUPしてみた。

ものの見事にイギリスやメキシコ、アメリカの20代の女性たちから
    「cool!I love it!」「I want to buy it!」
…といったうれしい声が届いた!……amazingである。

沖縄に住むイギリス人に、さらに手ほどきを受け、
メジャーどころのアーティストのサイトへアクセスし、
friends listに登録してくれるよう、お願いしてみる。

「James Brown」や「Prince」「Brand New Heavies」が同列で存在している。
その下には3万4万の莫大なファンやミュージシャンがつながっていた。

ヨーロッパのclubjazzバンド「Koop」は早速approvalしてくれた!!
日本のバンドも多数登録されていて、やはり世界を視野に入れているバンドが
意外と多いことに気づかされる。
その中の「ゆらゆら帝国」へaddingを希望してみた。答えはapproval!!

このようにして、どんどんネットワークが拡がっていく。
これこそまさにweb2.0的コミュニケーションだ…と実感した。
世界中のパーソナルが並列に、敷居なくアクセスできるということ。

myspaceのさらにスゴイところは、
カスタマイズがものすごく容易であること。

同じ日本のSNSであるmixiはその点、
パーソナルなexpressがものすごく制約だらけだ。
閉じられた世界を感じてしまった。

myspaceであれば、URLで世界中の人々に公開できる。
つまり、myspace未登録者もアクセスすれば、楽曲を楽しめるわけだ。

レンタルサイトのノリである。

お見事だ。
お互いがトップページにコメントを残し、
その言葉から次の訪問者が生まれてくる仕掛け。

ボクはこのサバサバして目的のハッキリしている
myspaceと相性がいいらしい。

しばらく英語の鍛錬も含めてupdateしていきたいと思う。
みなさんも、accessよろしく!

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punctumとstudium

2006-10-20 | memories
もう少し、写真について考えてみる。

なぜ、写真を撮るのか。

目の前の情景を記録することで、自分のポジションを確認する行為。
この不確かと感じる「生きている世界」を平面に焼き付け、再確認する行為。
     世界を記録することで、自分の存在を知る。

むずかしい言葉で言いくるめても仕方ないか。

        ●

ボクの写真体験は小学生まで遡る。
大阪に移り住んで、京都が間近になり、
毎週末、家族で京都を訪れる機会が増えた。

悠久の時が刻まれた寺院や庭園を、
しっかり家族の記憶に収めようと、父はカメラを手にした。
購入したカメラは、当時はやりの「バカ○○ンカメラ」である。

機械に興味を持ち始める年頃だったボクは
自然と写真係を買って出た。

そんなある日、京都の寺院を散策しながら撮った家族写真とは別に、
たまたま収めた暖簾の写真がとても印象的に上がってきた。

そこでボクは学習する。「見た印象と写真にはズレが生じる」ことを。
同じように目に映った情景も、構図や光の取り方で伝わる印象が変わる…。
…幼いボクは写真の魅力を発見した。

それからというもの、格好いい写真を追い求めて、
カメラを構える時代が、大阪を離れるまで続く。

住まいを東京に移してからは、反抗期で音楽に目覚めたこともあり、
しばらく写真から遠ざかるのだが、レコードのジャケットを眺める目は、
グラフィックな魅力に取り憑かれていた。

大学に入って、本格的に写真と対峙してからは、
写真行為は、自己発見への手段となっていく。
セルフポートレイトを長時間露光で収めてみたり、
高架下の陰湿な情景ばかりをトリミングしたり…。

「死」を写真に投影することで、自己の危うい存在をカタチにしようとしていた。

そして今、やはり「写真」は自己確認の手段として、ある。
切り取る世界は、軽快になったフットワークのおかげで拡がってはきたが、
あいかわらず写し込まれた自分のポジションばかりを気にしている。

どうやら「存在」が稀薄なんだ…と思う。
推し進めて言えば、「存在」が稀薄でありたい…と思っている、のだ。

「世界」と「自分」の距離を計る手段と称して、
正面切っての対立を回避している…自分がいる。

いつまでたってもモラトリアムの域を出ない。

その域をつなぎ止めるための写真であるような…気がしてきた。

自家撞着に陥ったか。

※「punctumとstudium」とは思想家ロラン・バルトが説いた写真言語で
 studiumとは、道徳や習慣、教養に基づいた一般的に共有される事象のこと。
 punctumとは、個人的な経験を喚起させる言語化不可能な事象。
 幼いボクが感じた写真の面白さがここにあると言っていい。
 寺院にかかった暖簾(studium)から言葉にならないイメージ(punctum)が湧き上がってきた。
 トリミングされ平面化された写真は、現実を再構築し、呈示するのだ。
 





【bozzo*bozzo*bozzo】fotologue更新
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「ハゲタカと少女」

2006-10-18 | Photo-diary
「自分が世界と対峙する」ことが、旅の基本構図である…と池澤夏樹氏は語る。
そして、自身と世界との距離を計るものとして、「写真」はある…と。

実際、無心になってシャッターを押し続けることで、
自分のポジションを確認している身に、この言葉は非常に響いた。

捉えられた写真群は、すべて自分の目線である。
自分が見て捉えた情景だ。
「世界との対峙」の姿勢がそのまま写真に顕れる。

ある人は、するどく対象を捉え、えぐり出すように撮影する。
…またある人は、常に一定の距離を保って、冷静に撮影する。

どちらにしても、世界と自分との距離感がそのまま写真に顕れ、
「対峙する姿勢」の鋭さが、多くの人に感動を与えてきた…ように思う。

写真とは「世界との対峙」を意識化し、問題提起するものであるはずなのだ。

その好例として池澤氏はケヴィン・カーター氏の写真を挙げている。
スーダンの飢えを捉えた「ハゲタカの少女」の写真である。
フォトジャーナリズムの最高賞であるピューリッツァー賞を取ったこの写真は、
一方でケヴィン・カーター氏に大きな非難を与えた。

「名声を求めて写真を撮るのではなく、飢えに苦しむ子どもを助けるべきだ」

…との非難である。
写真の本質を見失った非難で、ケヴィン氏は2ヶ月後に自殺をする。

彼はなぜ、自殺に追い込まれたのか。

もちろん彼への非難が引き金になっていることは疑いようがないが、
ケヴィン氏はきっと「世界と対峙」する尺度を見失ってしまったのだと思う。

写真とは、自分を媒介にする行為だ。
世界と向き合い、世界と距離を置くことで成り立つ行為なのだ。
その距離感が問題だ…とボクは常日頃思っている。

しかし、その「世界」が彼のスタンスを非難したのである。
             距離を保たず、対象に働きかけろ…と。
写真行為を全否定する「世界」の非難に、彼は押しつぶされてしまった。

もう、自殺するしかない。…写真を撮る行為はそのぐらい研ぎ澄まされた行為なのだから。

「ハゲタカと少女」のカメラマン自殺
Kevin Carter:1960-1994
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「池澤夏樹」と沖縄

2006-10-17 | Photo-diary
ボクにとって作家「池澤夏樹」は、とても特別な存在である。

彼が第98回芥川賞を「スティル・ライフ」で獲った時、
ボクは彼の存在を知った。

そして、彼が作家「福永武彦」の息子であることを知って
ボクは「福永武彦」に傾倒していった。

「忘却の河」や「死の島」の内省的な物語に
当時のボクは胸が締め付けられた。

…だから、「池澤夏樹」を語るときには必ず「福永武彦」が背後にあった。

そんな彼が1994年、沖縄に移住したことを契機に
ボクにとっての「池澤夏樹」は大きくなっていった。

1998年、後を追うようにボクは沖縄に移住する。
写真家の「垂見健吾」氏と懇意になる機会があり、
「池澤夏樹」が近くなった気がした。

2003年、CINEMAdubMONKSのヨーロッパツアーで
ベルリンを訪ねた際、ギャラリー前で「池澤夏樹」とすれ違った。
はじめは何のことか合点がいかず、ただ後ろ姿を見つめるだけだったが、
「池澤夏樹」であることを確信して、すぐさま追いかけた。
そのときは胸の動悸が収まらず、結局、話しかけることができなかった。

2004年、彼が沖縄を離れると決心した最後の夏。
久茂地の書店で行われたサイン会に、ボクは意を決して出かけた。
握手を交わす際、CINEMAdubMONKSのCDを手渡し、
ベルリンでの出来事を話した。
池澤氏はそのとき、「フランスに持って行きます」と応えてくれた。

         ●

今、あらためてこの作家の思想をなぞってみると、
深い深い自省の念にかられてしまう。

彼が何を憂い、沖縄を後にしていったのか…。
…最後の握手や、「…フランスへ…」という言葉のニュアンスから
この作家の思いが、このボクの血潮に脈打ってはいなかったか?

         ●

日本の社会は、同じ文化の出身で、同じ言葉をしゃべって、ほぼ同じような肌の色をしていて、
しかもみんな流行で同じようなものを持っている人たちの集まりだから、互いに衝突することがない。
必死で衝突や意見の違いを回避しようとしていますね。お互いに両隣を見て横並びして目立たなくすることで、
言葉を使う機会をなるべく消そうとしてさえいる。

でも、それは何でしょうね。見知らぬ同士がこれほどまで口をきくことのできない社会、話のできない社会。
知っている人同士でも、隣の席同士でも、直接話すのが恥ずかしいから携帯のメールでやりとりするというこの社会は。

  (中略)

ただ、今の日本のこのあまりに急速な変化を見ていると、一人ずつがものを考えていない、
考えることを禁じるような空気がある。この国はどこへ行ってしまうんだろうと不安になりますね。
そういう思いもまた、ぼくがもう若くないからかもしれない。戦後とともに育ってきて、今年で六十二歳ですから。
                            (Coyote「若い日本、老いたヨーロッパ?」抜粋)

         ●

毎日をケータイとPC環境の中で過ごし、生業としてケータイの広告や企画を考え、
自己発信と称してblogやSNSに手を伸ばし、ヴァーチャルな交流に嬉々としている。

日本の社会が、日本人の指向が、若さやスピードを尊ぶひとつの枠組みの中では、
ボクやあなたの生活スタイルは、多かれ少なかれ、その枠組みを外すことはできない…と思う。

かつて、その枠組みに深い疑念を抱き、精神的な均衡さえ崩してしまった友人が、
自国脱出の名目でエジプト・カイロへと旅に出た時、送られてきた絵ハガキには…

「スフィンクスやピラミッドの悠久の時を感じながら、日本を顧みると、
 わたしはたまたま日本の枠組みが合わなかっただけなんだ…という事実に当たりました。」

と書かれていた。

「池澤夏樹」の幻影を追いかけて、沖縄に来た自分を振り返ってみると、
ボクはいつもこの友人の言葉を、胸に刻んで生きてきた事実にぶち当たるのだ。

東京でのアシスタント生活から、逃げるように仙台へ移り、さらに沖縄へ。

日本的尺度で考えれば、これらの行為は完全な「逃げ」であった…だろう。
しかしその根底には、多くの現代人が感じている「異和感」があるんじゃないか?

「違和感」…ちぐはぐな感じ。(広辞苑)

…ではなく、「異和感」…異なる感じ。
毎日を生活しながらも、これが正解?と感じながら生きているところは、
現代の若者がNEETやFreeterとなって、社会から逸脱しつつ、生活していることに通じないか?

     おそらく、何かしらの受け皿が、長きに渡り失われたままなのだ。


11月、ボクは旅に出る。日本の枠組みを考える、良い機会だと思う。







Coyote No.14 : 池澤夏樹「帰りそびれた旅行者」
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【速報!】南国ドロップスCD発売!

2006-10-16 | MUSIC
10月14日のGrooveライヴも無事終了!
徐々にバンドスタイルも固まりつつある、南国ドロップス。
やはり、ライヴで盛り上げられないと
こんな大所帯バンドは存在価値がない…と
あらためて思った次第。
10人の音楽魂をひとつにしたら、
オーディエンスも本来、ドカン!と「まぶい(魂)」を射抜かれるはずである。

…ということで今回は宣伝もかねて、イレギュラーでCDジャケットをVi添付してみた。
11月22日にはCDショップ店頭で、このジャケットがディスプレイされる…はず。

       ●

以下、リーダーからのニュースリリース!

       ●

南国ドロップスの初CDシングル発売日決定!
11月22日水曜日(小室とKEIKOの結婚記念日)

そしてステキングなレコ初ライブも決定!
二箇所でやりますのでお好きな場所、時間帯をお選び下さい。

@南国の夜
11月22日(水曜)
開場9:00PM 開始10:00PM

@カフェユニゾン
12月3日(日曜)
開場8:00PM 開始8:30PM

入場料
当日2,000円 1ドリンク付
メール予約 1,500円 1ドリンク付

メール予約方法
ご来店予定の店舗にメールします。
件名にドロップスライブ予約と明記し
本文にお名前をフルネームでお書き下さい。
またライブ前日までに電話(FAX)、または訪店で予約でもOKです。
両会場にお越しいただいたお客様には両店からステキなプレゼント
ありますので当日お渡しするスタンプカードをなくさないように。

南国の夜
〒901-2215 沖縄県宜野湾市真栄原3-4-7-2F
南国の夜
メール info@nan59.com
TEL:098-898-1227/FAX:020-4622-5925(PM9:00~AM5:00 水休)

office UNIZON/CAFE UNIZON
〒901-2201 沖縄県宜野湾市新城2-39-8 MIX life-style 2F
CAFE UNIZON
メール info@cafe-unizon.jp
TEL&FAX:098-896-1090
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藤田憲一さん、お疲れ様でした。

2006-10-13 | Photo-diary
末期ガンでこの1月に余命3ヶ月を宣告されながらも
精力的に活動されていたIT企業の社長、藤田憲一さんが、
10月12日午後2時、お亡くなりになりました。(mixiコミュニティ報)

彼は最後の事業計画として、以下のようなものを自身に課して活動されてました。

  ■タイトル
   人生の総仕上げ

  ■事業計画の要約
   ネットとメディアを融合するメディアミクス戦略により、人々の注目を集め、
   そのことにより、通常は5年?10年かかると考えられるウイルス療法など
   「がん治療の特効薬」になる可能性を期待されている治療法を即時に受けられるようにする。

   そのことで通常では不可能とされる自分自身のがんの根治(※医学用語で完治という意味)を目指す。
   がんの根治が達成されない場合、死に至ることになるが、それにトライすることや、
   その日々の記録を残すことにより、今後の末期がん患者が世の中のルールや仕組みの壁により
   受けられない治療を受けるための活動のヒントや指針になる。
   また、日々の活動の記録を見て、単純に元気を出してもらえることで何らかの意味をなしうる。

  ■具体施策
   これまで培ったネットワークを活用し、下記のメディアによる情報発信を行なう。
   1. 書籍執筆
   2. テレビ番組などへの出演
   3. アクセス数の多い複数の有名ブログサイトの公式サイトに登録してもらう。
   4. 右記1から3の活動により自身の考え方を伝え、それに賛同した医師、患者のパワー、
     知恵を終結し、臨床試験で第二相段階程度まで進んでいるウイルス療法などの新しい治療法を
     即時に受けることが出来るようにする。
     それにより不可能とされていた自身の病気の根治とがんという不治の病の治療法確立という
     二つの目的を達成する。

「その日々の記録を残すことにより、今後の末期がん患者が世の中のルールや仕組みの壁により
受けられない治療を受けるための活動のヒントや指針になる。」

残念ながら、blogの更新は体調の関係で滞りがちだったため、
末期ガン患者への活動のヒントや指針にはならなかったようですが、

「単純に元気を出してもらえることで何らかの意味をなしうる。」

元気を与えることに関しては多大な影響を与えたことと思います。
「自己責任」という言葉の中で、
毎日を精一杯生きられた藤田さんの「生きよう」は、
ボクにも、最大級の励みとなりました。

ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
安らかにお休みください。
私たちに「元気」をありがとうございました。



この世のパッセンジャーとして
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村上春樹がノーベル文学賞?

2006-10-12 | Photo-diary
本日、午後8時。
「村上春樹」のノーベル文学賞が決まるらしい?

    見事、くす玉が割れるのだろうか?

1994年の「大江健三郎」の時も、
世間の騒ぎようは半端じゃなかった。
一時的ではあったが、「大江健三郎」の著書も
大増版で、書店では平積みの大賑わい。
難解な三部作も、あれよあれよと売れてしまっていた。

これが、「村上春樹」である。

まさに時代の代弁者とも言えるこの著名な作家が、
ノーベル文学賞なるものを受賞してしまったら…。

日本人すべてが、
一度は「村上春樹」の著書を書店で手に取ることだろう。

複雑な心境。

ハルキストを自他共に認めるボクとしては、
血肉と化してしまったハルキワールドが
国立公園化してしまうのは、なんとも…いただけない。

ましてノーベル文学賞である。
「世界遺産」規模じゃないか!

…それだけ偉大な作家だった…ということか。
ハルキワールドを継承し、膨らませていく責務がある…ということか。

本日、午後8時。
すべてが決定する。

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【tug of war05】芸能の演者たち

2006-10-12 | Photo-diary
メインイベントとなる大綱挽までのあいだ、
大綱のまわりを取り囲むように、さまざまな芸能が演じられていた。

旗頭が上空に踊り、空手の組み手が次々に演じられ、獅子舞が舞った。
絢爛豪華で艶やかな琉球絵巻が、国道58号線を見事に占拠していた。

さぞかし、ビルの上からの眺めは壮観だった…と思う。


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【tug of war04】綱の住人

2006-10-12 | Photo-diary
全長200mの綱の上に居並ぶ、いかつい男達。
彼らは空手有段者だ。

少林琉、剛柔流と流派に分かれて
東と西の綱挽きのタイミングを合図する。

誠に勇姿である。

実は2年前、うちの妻もこの綱の上で…。
…なぜ見に来なかったのだろう?。
「仕事が忙しい」とか理屈捏ねてか。

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【tug of war03】眺める観光客その2

2006-10-12 | Photo-diary
眺める姿も十人十色。

撮ってる方が可笑しくなってくる。

撮影には、格好の状況だった。
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【tug of war02】眺める観光客その1

2006-10-12 | Photo-diary
やたらと外国人が多いからだろう。
まつりの進行がよくわからないようだ。

実際、現場が初めてのボクも
状況がよくわからなかった。

いつ、綱挽きが始まるのか…
気が気ではない感じ。

オキナワの結婚式と同じで
とにかく余興が多い…。

この撮影の一時間後、綱が接合され、綱が挽かれた。


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