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沖縄から東京へ!流転の写真日記

【Dec_24】なんだかお宅訪問みたい。

2020-12-25 | TOKYO
谷中にある台湾デザート『愛玉子』専門店の老舗。
創業80年とか。「湾生」の祖父が始めたらしい。
このコロナ禍でだいぶ大変な状況だったようで、
店内私物散乱してて、客席を作るために物をどかす有様。
なんだかお宅訪問みたいで新鮮だったけど、客を選ぶよねぇ笑。
楽しいけど。

#photobybozzo
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【Dec_24】谷中の愛玉子

2020-12-25 | TOKYO
谷中にある台湾デザート『愛玉子』専門店の老舗。
創業80年とか。「湾生」の祖父が始めたらしい。
このコロナ禍でだいぶ大変な状況だったようで、
店内私物散乱してて、客席を作るために物をどかす有様。
なんだかお宅訪問みたいで新鮮だったけど、客を選ぶよねぇ笑。
楽しいけど。

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【Jul_03】山本太郎は“大切なのは九十九ではなくて一だ”と主張する。

2020-07-03 | TOKYO
羊を百匹持っている者がいたとしよう。
そのうち一匹がどこかに行ってしまった。
そういう時、たとえ九十九匹を荒野に残しておいてでも、
いなくなった羊を探しに出掛けて行かないだろうか。
出掛けて行って、うまくその羊を見つければ、
迷い出なかった九十九匹にもまして、
その一匹の羊のことを喜ぶのではないか。

(マタイ18・12ー13=ルカ15・4ー6)

現実の世の中は算術的合理性で動く。
事実、もしも九十九対一を文字通り
あれかこれかで選択しなければならない時に、
九十九を捨てて一をとる人はいない。

けれどもまた、そういう理屈で、
実際には必ずしも絶対的に
あれかこれかではない場合にも、
九十九のために
一が犠牲に供されていく。

そしてそういう場合はほぼ常に、
九十九の方が何らかの意味で強い者であり、
犠牲に供される一人は
大勢の中でも何らかの意味で弱い者である。

(『イエスという男』より田川建三)

こういう現実に対して、
本当に理性の立場に立って反論を加えるとすれば、
実際には九十九人が少しずつ譲歩しあえば
この一人を滅ぼさずにすむのだから、
みなが平等に困難を分かち合いましょう、ということになろう。

けれども、そう穏やかに申し上げることによって
世の中の不公平が除かれることはめったにない。

世の中全体が算術的合理性を
力をもって強制して来る時に、
それに抗おうと思えば、
こちらも強引かつ単純にそれを
裏返して主張するのでなければ、
強い衝撃力を持てない。

大切なのは九十九ではなくて一だ。
こう主張する時、もはや人は
深く全体を見通す
平衡のとれた理性を失っている。
暴論ですらある。
だがそのように叫び出さねばならない状況は
しばしばあるものだ。

これまた決して不動の真理ではない。
逆説的反抗なのである。


此の世で実際にこのようなことを
ある程度以上主張すれば、叩き潰されざるを得ない。
実際には九十九の力に一が勝つはずがないからだ。
逆説的反抗に立ち上がれば、人は悲劇に突入する。
しかし歴史を動かしてきたのはさまざまな悲劇だった。

イエスという人がさまざまな場面で語り、
主張してきた逆説的反抗を「真理」との
教訓に仕立て変えてはならない。

イエスは「真理」を伝えるために
世界に来た使者ではない。

そのように反抗せざるを得ないところに
生きていたからそのように反抗した、ということなのだ。

そして、もう一度言うが、だから殺されたのだ。
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【Jul_03】九十九のために 一が犠牲に供されていく。

2020-07-03 | TOKYO
羊を百匹持っている者がいたとしよう。
そのうち一匹がどこかに行ってしまった。
そういう時、たとえ九十九匹を荒野に残しておいてでも、
いなくなった羊を探しに出掛けて行かないだろうか。
出掛けて行って、うまくその羊を見つければ、
迷い出なかった九十九匹にもまして、
その一匹の羊のことを喜ぶのではないか。

(マタイ18・12ー13=ルカ15・4ー6)

現実の世の中は算術的合理性で動く。
事実、もしも九十九対一を文字通り
あれかこれかで選択しなければならない時に、
九十九を捨てて一をとる人はいない。

けれどもまた、そういう理屈で、
実際には必ずしも絶対的に
あれかこれかではない場合にも、
九十九のために
一が犠牲に供されていく。

そしてそういう場合はほぼ常に、
九十九の方が何らかの意味で強い者であり、
犠牲に供される一人は
大勢の中でも何らかの意味で弱い者である。

(『イエスという男』より田川建三)

こういう現実に対して、
本当に理性の立場に立って反論を加えるとすれば、
実際には九十九人が少しずつ譲歩しあえば
この一人を滅ぼさずにすむのだから、
みなが平等に困難を分かち合いましょう、ということになろう。

けれども、そう穏やかに申し上げることによって
世の中の不公平が除かれることはめったにない。

世の中全体が算術的合理性を
力をもって強制して来る時に、
それに抗おうと思えば、
こちらも強引かつ単純にそれを
裏返して主張するのでなければ、
強い衝撃力を持てない。

大切なのは九十九ではなくて一だ。
こう主張する時、もはや人は
深く全体を見通す
平衡のとれた理性を失っている。
暴論ですらある。
だがそのように叫び出さねばならない状況は
しばしばあるものだ。

これまた決して不動の真理ではない。
逆説的反抗なのである。


此の世で実際にこのようなことを
ある程度以上主張すれば、叩き潰されざるを得ない。
実際には九十九の力に一が勝つはずがないからだ。
逆説的反抗に立ち上がれば、人は悲劇に突入する。
しかし歴史を動かしてきたのはさまざまな悲劇だった。

イエスという人がさまざまな場面で語り、
主張してきた逆説的反抗を「真理」との
教訓に仕立て変えてはならない。

イエスは「真理」を伝えるために
世界に来た使者ではない。

そのように反抗せざるを得ないところに
生きていたからそのように反抗した、ということなのだ。

そして、もう一度言うが、だから殺されたのだ。
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【Jul_01】人間中心主義と非人間中心主義

2020-07-02 | TOKYO
東日本大震災、コロナ禍とこの10年で自然の猛威に二度晒され、
日本全体が近視眼的に物事を余裕無くやり過ごす社会に。
その対処の姿勢が今ふたつの流れに顕れていると感じる。

【人間中心主義】で自然を抑え込もうとする大勢と、
【非人間中心】的に世界の捉え方を見直そうとする少数派と。

先を見越した社会を運用したい大勢派は、
想定外や不測の事態を回避しようと、様々な予防線を張る。
前年比やら成長を数字で確認したい輩は、
ますます躍起になってアンダーコントロールを目指すだろう。

【非人間中心】を標榜する少数派は、
足元をみつめ、生きる本質を探ろうと歩みを留めていることだろう。

いつ死ぬともしれぬ有限な時間の中で、
事切れる時に「やり切った」と言えるように。
ここはじっくり思考を深めたい。

震災後10年を前にして岩手県沿岸250キロを歩く理由〜REIWA47CARAVAN〜 高橋博之
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【Jul_01】山本太郎_街宣ボラ

2020-07-02 | TOKYO
本日亀有にて街宣ボラ初。
チラシポスティングに、街宣中の山本太郎チラシ配布。
大方の人々無関心、たまにおじさんから「女たらし」「嫌いやねん」と一声掛けられ、
ほんのたまに女性が受け取ってくれた。
雨風強くて仕方なかったけど、あと3日、どう闘うかだわ。
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【Jun_13】端唄『縁かいな』塩原庭村

2020-06-14 | TOKYO
端唄『縁かいな』市丸

春の夕べの手枕に
しっぽりと降る軒の雨
濡れて綻ぶ山桜
花が取り持つ縁かいな

夏の納涼は両国の
出舟入舟屋形舟
揚る流星 星降り
玉屋が取り持つ縁かいな

秋の夜長のながながと
痴話が高じて背と背
晴れて差し込む れんじ窓
月が取り持つ縁かいな

冬の寒さに置き炬燵
屏風が恋の中立で
積もる話は寝て解ける
雪が取り持つ縁かいな

   『塩原庭村の邦楽サロン』@喫茶茶会記にて

さて、江戸時代後期の深川は、吉原と人気を二分するほどに栄えた花街でした。
人気の秘密は、吉原の太夫を凌ぐほどの「張りと意気地」。
洒落本『古契三娼』の中で、深川の遊女であったお仲さんが、次のように深川を自慢します。

「深川といふ所は、客人の遊びにでへぶ塩梅のある所さ。
色男に代えても金に代えても、子ども同士のたてひきをおもにする所さ」。
深川というところは、お客が遊ぶにも一筋縄ではいかないところ。
どんな男前に口説かれても大金を積まれても、女同士のプライドをかけた意地の張り合いは譲れない、
それが深川というところさ――

漁師や木場の職人をお客とし、自前=フリーで生きることが可能であったからこそ培われた芯の強さは、
土地ならではの魅力として江戸の人に愛されました。

また、豪華絢爛、まばゆいほどに飾り立てた吉原の太夫とは対照的に、
素顔の美しさを誇って白粉もつけず、地味なねずみ色や縞模様の着物をすっきりと着こなす装いも、
「粋」として好まれたようです。

本曲成立からさかのぼること数年、深川芸者の恋物語を描いた為永春水の人情本『春色梅児誉美』が
ベストセラーになり、深川の人気はさらに高まりました。
ところが、本曲成立からわずか2年後、水野忠邦による天保の改革によって岡場所はすべて取り払いとなり、
深川の隆盛は終わりを迎えます。

本曲は、深川がもっとも栄えていた頃の様子を写し取った曲でもあるのです。
(松永鉄九郎『長唄メモ』より)

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【Jun_11】代々木会館_外観

2019-06-11 | TOKYO
芸劇の立石さんに刺激され行ってきました
『傷だらけの天使』ロケ地「エンジェルビル」こと代々木会館。

ショーケンの事務所だったペントハウスは震災で崩壊したまま。
ビル自体も3階の中国書籍専門店「東豊書店」より上には上がれないようになっていて、廃墟同然の状態。
不法侵入も多いらしく、ガードがキツイ感じ。
あの本の量であれば、まだまだこの状態が続きそうですけど。
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【Jun_11】1F_きぬちゃん食堂

2019-06-11 | TOKYO
芸劇の立石さんに刺激され行ってきました
『傷だらけの天使』ロケ地「エンジェルビル」こと代々木会館。

ショーケンの事務所だったペントハウスは震災で崩壊したまま。
ビル自体も3階の中国書籍専門店「東豊書店」より上には上がれないようになっていて、廃墟同然の状態。
不法侵入も多いらしく、ガードがキツイ感じ。
あの本の量であれば、まだまだこの状態が続きそうですけど。
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【Jun_11】3F_東豊書店

2019-06-11 | TOKYO
芸劇の立石さんに刺激され行ってきました
『傷だらけの天使』ロケ地「エンジェルビル」こと代々木会館。

ショーケンの事務所だったペントハウスは震災で崩壊したまま。
ビル自体も3階の中国書籍専門店「東豊書店」より上には上がれないようになっていて、廃墟同然の状態。
不法侵入も多いらしく、ガードがキツイ感じ。
あの本の量であれば、まだまだこの状態が続きそうですけど。
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【Jun_11】代々木会館_踊り場

2019-06-11 | TOKYO
芸劇の立石さんに刺激され行ってきました
『傷だらけの天使』ロケ地「エンジェルビル」こと代々木会館。

ショーケンの事務所だったペントハウスは震災で崩壊したまま。
ビル自体も3階の中国書籍専門店「東豊書店」より上には上がれないようになっていて、廃墟同然の状態。
不法侵入も多いらしく、ガードがキツイ感じ。
あの本の量であれば、まだまだこの状態が続きそうですけど。
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【Jun_11】エンジェルビル@代々木

2019-06-11 | TOKYO
芸劇の立石さんに刺激され行ってきました
『傷だらけの天使』ロケ地「エンジェルビル」こと代々木会館。

ショーケンの事務所だったペントハウスは震災で崩壊したまま。
ビル自体も3階の中国書籍専門店「東豊書店」より上には上がれないようになっていて、廃墟同然の状態。
不法侵入も多いらしく、ガードがキツイ感じ。
あの本の量であれば、まだまだこの状態が続きそうですけど。
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【Jun_04】聖坂の12坪の一画にあるセルフビルドの建物

2019-06-05 | TOKYO
2005年から14年間、セルフビルドで建て続けている〈蟻鱒鳶ル〉に港区三田で遭遇。

再開発の魔の手がグイグイ拡がる聖坂の一画、
12坪ほどの土地に地下1階地上4階ほどの異彩を放つ建物。

建築家・岡啓輔さんがセルフビルドで建設中の〈アリマストンビル〉だ。

この状態まで14年の月日がかかっているのだけど、その再開発計画によって今まさに危機に直面中。
なんと、立ち退きを要求されているのだ。建物に貼られていた資料が興味深いので、そのまま引用する。

「即興」で踊るように建築をつくる…。「手で考え」ながら、建築を少しずつ作り上げていく…。

そうやって、有鱒鳶ルをセルフビルドで建てるアイデアが生まれた。
岡さんのめざす『〈即興〉の建築』を可能にしたのは、コンクリートという素材だった。
柔らかい生コンを型枠に流し込んでつくるコンクリートは、どんな形でも自由につくり出せる。
曲げや引っ張りに弱いというデメリットは、鉄筋で補強できる。
コンクリートも鉄筋も現場で形を変えられるから、思いついたアイデアをその場で実行できるのだ。
また、木造や鉄骨造の建築が複数の技術を必要とするのに対して、
鉄筋コンクリートはすべてをひとつの技術でつくるから、
ひとりで建築を成り立たせることができる。

これも『〈即興〉の建築』のために必要なことだった。

しかし、現実には施工されるコンクリートの品質は下がっている。
遠くから運んでくる生コンを固まらせないために、
水を多く混ぜるようになったのも理由のひとつだ。
作業効率のために、強度や耐久性が犠牲にされている。
それに対して、岡さんは自分で買ってきたセメントと水と砂と砂利を練って、
その場で型枠に打設している。水分含有量が極端に少なくて済むので、
専門家の見立てによれば「200年もつ」強い構造になったという。

このように、風の模様も面白い形の窓も、ひとつひとつに理由があり、積み上げてきた技術の裏付けがある。
いかに奇妙な形に見えても、蟻鱒鳶ルは岡啓輔という建築家の頭と体、論理と感情の融合によって生まれたものなのだ。


AIや効率主義の流れで、人間の指向がどんどん型枠に流し込まれるような
「融通の利かない」「四角四面で」「異端を赦さない」納まりの良いモノへと突き進んでいる中、
人間の野性性を信じ、感覚の趣くまま『〈即興〉の建築』を踊るように作り続けている…。

ここにもまたひとり、世に抗う同志がいた…と、その巡り合わせに嬉々とするのだった。

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【Jun_04】「即興」で踊るように建築を造る。

2019-06-05 | TOKYO
2005年から14年間、セルフビルドで建て続けている〈蟻鱒鳶ル〉に港区三田で遭遇。

再開発の魔の手がグイグイ拡がる聖坂の一画、
12坪ほどの土地に地下1階地上4階ほどの異彩を放つ建物。

建築家・岡啓輔さんがセルフビルドで建設中の〈アリマストンビル〉だ。

この状態まで14年の月日がかかっているのだけど、その再開発計画によって今まさに危機に直面中。
なんと、立ち退きを要求されているのだ。建物に貼られていた資料が興味深いので、そのまま引用する。

「即興」で踊るように建築をつくる…。「手で考え」ながら、建築を少しずつ作り上げていく…。

そうやって、有鱒鳶ルをセルフビルドで建てるアイデアが生まれた。
岡さんのめざす『〈即興〉の建築』を可能にしたのは、コンクリートという素材だった。
柔らかい生コンを型枠に流し込んでつくるコンクリートは、どんな形でも自由につくり出せる。
曲げや引っ張りに弱いというデメリットは、鉄筋で補強できる。
コンクリートも鉄筋も現場で形を変えられるから、思いついたアイデアをその場で実行できるのだ。
また、木造や鉄骨造の建築が複数の技術を必要とするのに対して、
鉄筋コンクリートはすべてをひとつの技術でつくるから、
ひとりで建築を成り立たせることができる。

これも『〈即興〉の建築』のために必要なことだった。

しかし、現実には施工されるコンクリートの品質は下がっている。
遠くから運んでくる生コンを固まらせないために、
水を多く混ぜるようになったのも理由のひとつだ。
作業効率のために、強度や耐久性が犠牲にされている。
それに対して、岡さんは自分で買ってきたセメントと水と砂と砂利を練って、
その場で型枠に打設している。水分含有量が極端に少なくて済むので、
専門家の見立てによれば「200年もつ」強い構造になったという。

このように、風の模様も面白い形の窓も、ひとつひとつに理由があり、積み上げてきた技術の裏付けがある。
いかに奇妙な形に見えても、蟻鱒鳶ルは岡啓輔という建築家の頭と体、論理と感情の融合によって生まれたものなのだ。


AIや効率主義の流れで、人間の指向がどんどん型枠に流し込まれるような
「融通の利かない」「四角四面で」「異端を赦さない」納まりの良いモノへと突き進んでいる中、
人間の野性性を信じ、感覚の趣くまま『〈即興〉の建築』を踊るように作り続けている…。

ここにもまたひとり、世に抗う同志がいた…と、その巡り合わせに嬉々とするのだった。

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【Jun_04】蟻鱒鳶ル by 岡啓輔

2019-06-04 | TOKYO
2005年から14年間、セルフビルドで建て続けている〈蟻鱒鳶ル〉に港区三田で遭遇。

再開発の魔の手がグイグイ拡がる聖坂の一画、
12坪ほどの土地に地下1階地上4階ほどの異彩を放つ建物。

建築家・岡啓輔さんがセルフビルドで建設中の〈アリマストンビル〉だ。

この状態まで14年の月日がかかっているのだけど、その再開発計画によって今まさに危機に直面中。
なんと、立ち退きを要求されているのだ。建物に貼られていた資料が興味深いので、そのまま引用する。

「即興」で踊るように建築をつくる…。「手で考え」ながら、建築を少しずつ作り上げていく…。

そうやって、有鱒鳶ルをセルフビルドで建てるアイデアが生まれた。
岡さんのめざす『〈即興〉の建築』を可能にしたのは、コンクリートという素材だった。
柔らかい生コンを型枠に流し込んでつくるコンクリートは、どんな形でも自由につくり出せる。
曲げや引っ張りに弱いというデメリットは、鉄筋で補強できる。
コンクリートも鉄筋も現場で形を変えられるから、思いついたアイデアをその場で実行できるのだ。
また、木造や鉄骨造の建築が複数の技術を必要とするのに対して、
鉄筋コンクリートはすべてをひとつの技術でつくるから、
ひとりで建築を成り立たせることができる。

これも『〈即興〉の建築』のために必要なことだった。

しかし、現実には施工されるコンクリートの品質は下がっている。
遠くから運んでくる生コンを固まらせないために、
水を多く混ぜるようになったのも理由のひとつだ。
作業効率のために、強度や耐久性が犠牲にされている。
それに対して、岡さんは自分で買ってきたセメントと水と砂と砂利を練って、
その場で型枠に打設している。水分含有量が極端に少なくて済むので、
専門家の見立てによれば「200年もつ」強い構造になったという。

このように、風の模様も面白い形の窓も、ひとつひとつに理由があり、積み上げてきた技術の裏付けがある。
いかに奇妙な形に見えても、蟻鱒鳶ルは岡啓輔という建築家の頭と体、論理と感情の融合によって生まれたものなのだ。


AIや効率主義の流れで、人間の指向がどんどん型枠に流し込まれるような
「融通の利かない」「四角四面で」「異端を赦さない」納まりの良いモノへと突き進んでいる中、
人間の野性性を信じ、感覚の趣くまま『〈即興〉の建築』を踊るように作り続けている…。

ここにもまたひとり、世に抗う同志がいた…と、その巡り合わせに嬉々とするのだった。

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