19日
ピースボートチャーターの夜行バスで石巻入り。
ベースキャンプの市内カスカビルに明朝6時40分到着。
今回は純粋なボランティアとして
泥の掻き出し、ガレキ撤去に従事すべく
カメラ機材を一切持ち込まず。
配属された7班は
雄勝町にある
鮭養殖場の清掃を任される。
石巻から車で1時間。
途中、あの
大川小学校の脇を通った。
遠景から確認するも、その姿は鬱屈した情景に映った。
心の中で合掌する。
午前9時に雄勝町の現場に到着。
町全体が津波に呑み込まれ、跡形もない状態。
その爪痕たるや、悲惨。
家の土台だけ残った一角に、
ガレキに埋もれた養殖場のプールを確認。
そのガレキをすべて除去し、
漁連か何かの検査をパスしなければならない…とのこと。
…でなければ、今年の稼働は見込めない。
なんとも切羽詰まった事態を
任されたピースボート。
炎天下の中、ガレキの除去を行う。
スコップと手押し車での慣れない作業。
汗が滴り落ちる。
夜行バスでの寝不足のカラダには
いきなりハイリスクな土木作業だ。
それでも頻繁に休憩を挟み、
ようやくカラダに汗も沁み込んできた。
もうすぐお昼。
最後のひと山を除去しようか…と、そのとき__。
グサッ。
ヤッケの引き裂ける音。
ふと右足の太ももに目をやる。
引き裂かれたヤッケの隙間からおのれの太ももが見える。
「やったか」
不安にのぞき込む…と、大きくえぐられ開かれた傷口が目に入った。
「しまった」
あせって隠すように右手で押さえる。
しかし、時既に遅し。
ボランティアでは決して起こしてはならない作業中の外傷。
…なんのためのボランティアか。
全員蒼白となって周りに集まってくる。
「大丈夫か」
声を掛け合うも、不慣れな炎天下の非常時、
なんともいたたまれない空気に包まれる。
スタッフの長がすぐさま指示を飛ばし、
救急対応を行う。
傷口の消毒、止血、包帯が手早く処置される。
…が、明らかに不穏な空気が漂う。
幸い動脈まではいたっていなかったようで、
出血は多くなかったものの、
傷口の異様な深さに顔をしかめる。
町が全壊した雄勝町では救急対応できる医者もおらず、
当初は石巻の赤十字病院まで1時間、クルマを走らせるか…となったが、
なんとか巡回の医療ボランティアを引き留め、雄勝町の支所へ。
浜松から来た医師と看護師の冷静な対応で
麻酔、消毒、縫合まで迅速に行われ、事態は収束に。
しかし、入営3時間で戦力外の鬱き目に。
「ああ、なんのためのボランティア参戦だったのか」
…天を仰ぐ。
しかし、その結果も含めて
今の自分の現状と真摯に受け止める。
◎
ボランティアとして参加しておきながら、
被災地で通院するとは、情けない。
この傷を自身の「戒め」として
今後のボランティア活動に生かしていきたい。
写真はGWで撮影した
陸前高田のようす。