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沖縄から東京へ!流転の写真日記

Times Squre その1

2007-01-31 | New York
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朝4時からのshooting

2007-01-31 | Photo-diary
月末のauショップは忙しい。
その月の売り上げが、評価につながるからだ。

だからTVCMの撮影もオープン前にしてほしい…と。

そんなワケで夜明け前のshootingとなった。
暗闇に煌々と浮き上がるauショップ。
せわしなくスタッフが走り回る。
オープンまで6時間しかない。
香盤と進行状況をにらめっこしながら、
効率よく進めるため手際の良いディレクションが求められる。

明日から2月。

最大需要期を迎えるケータイ市場。
3社とも「春」と「新生活」をキーワードに
どろどろのユーザー獲得合戦を展開する。


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MoMA その3

2007-01-30 | New York
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MoMA その2

2007-01-30 | New York
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MoMA その1

2007-01-26 | New York
The Museum of Modern Artである。
たそがれにたたずむふたりだ。

11月25日。

あれから2ヶ月が過ぎた。
その間に年末が来て、年が明け、正月を迎えた。

ボクは多忙を極め、この時間まで働く日々。
地球のほぼ反対側まで足を伸ばし、
ちがった光を浴び、ちがった人々に囲まれ、ちがった事象を捉えてきたはずなのに…。

「ああ、こんなはずじゃなかったのに」

やっぱり日常の軸に組み込まれ、コナス君状態。
愚痴すら出てこない。


ああ、早く帰って…眠ろう。  明日も朝の9時から広告”接待”だ。
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初めて聴いたブラックミュージック

2007-01-24 | New York
散髪をしながら聞いた話だ。

ジェイムスブラウンがなくなって、はや1ヶ月。
それぞれの心の中に、ブラックミュージックへの思いが溢れていることだろう。

いつも散髪をお願いしているKさんも
ボクと同じようにJBを愛して止まない方だ。

散髪中も、思わず感慨の言葉が洩れてしまう。
「ジェイムスブラウン…てホントに亡くなってしまったんだな」

「ところで、ブラックミュージックの出会いっていつだったの?」
単なる好奇心で、ボクはKさんの音楽遍歴を訊いてみた。

そうだなあ、オレの音楽遍歴はビートルズから始まったんだ。
兄貴が高校生のころ、中学生だったオレは兄貴のビートルズを聴いて
そのメロディラインに心底惚れ込んだのさ。

だから、音楽遍歴はビートルズを系譜とするアメリカンミュージックへと
自然に流れ込み、TOTOやREOスピードワゴン、ジャーニーなどへ飛び火した。

白人音楽独特のアンサンブル重視なメロディラインに感動していたんだ。

高校を卒業するまで、オレはブラックミュージックを知らなかった。
だから、その出会いも衝撃的だった。

高校を卒業したてのころ、地元をふらついたりしていたんだけど、
たまたま4つ上の先輩と遭遇し、話の流れでコザのストリップバーへ行くことになった。
18歳だったオレは、もちろんストリップバーなんて初体験だった。

いったいどんな世界が待っているのか…半ば期待と不安を掛け持ちしながら、
先輩に連れられるまま、コザのストリップワールドへ足を踏み入れたんだ。

暗闇にミラーボールが輝き、光の水玉に彩られたステージ上、
一糸まとわぬ姿のフィリピン女性が、露わな姿でくねくねと横たわっている。
狂喜乱舞のGI野郎どもが、お下劣な奇声を発しながら、ビールをラッパ飲みしていた。


その褐色の肌にミラーボールの彩りも衝撃的だったが、
オレを一番ふるわせたのは、そのステージで使われていた音楽だったのよ。

The Cool and The Gang…だった。忘れもしねえ。

そのダンサンブルな旋律とカラダをくねらすベースライン…
そして心地よい16ビートに…オレはビンビンだった。

初めて見たストリップショーの衝撃と相まって
オレが受け止めたブラックミュージックは、音楽以上の何かをもたらした。

鼻息を荒くして、オレはその音楽を漁った。
レコード店をハシゴし、ブラックミュージックの虜となって
ストリップバーで受けた衝撃を蘇らそうと躍起になった。

単身で当時のディスコティックへ繰り出し、
ディスコミュージックを全身で浴びて、その快感をまさぐったりした。

しかし、あの時以上の心躍る体験は、
残念ながらやってこなかった。

あの時以来、オレにとってのブラックミュージックは
ストリップバーでの感動を呼び起こす誘引剤でしかない…てのが、正直な話だ。

オレにとって、あの時のブラックミュージック体験は、
あまりにも無防備で、そして、性的魅力に溢れていたんだよ。

まさに、セックスマシーンさ。
ゲロッパ…な体験だった。


Mr,ダイナマイト、恐るべし。




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泥沼化。

2007-01-24 | New York
毎日、たたみかけるように仕事が積み重なっていく。
そして、当たり前だが、
能力を超えた部分から、徐々に徐々にボロが出てきた。

物事を鳥瞰的に眺めて、作業を進行していこうとすると、
どうしてもディテールがお座なり化してしまう。

そして、次から次へと制作が進行していき、
そのお座なりなディテールがいつのまにやら、
巨大な間違いになっていたり…するのだ。

これを「泥沼化」と言わずして、なんといおう。

容量オーバーの場合、処理能力を早めたところで、たかが知れている。
こぼれるべくして、こぼれる…に任せるしかない。
いずれ問題が露呈し、取り返しがつかなくなって、…はじめて組織が動き出す。


ここは、我慢するしか…なさそうだ。

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Guggenheim Museum その3

2007-01-20 | New York
やさしい光がふりそそぐ天窓を
より効果的にしていたのが、側面の磨りガラスだ。

天空からの光とともに、ロビーが乳白色の面光に包まれていた。
吹き抜け全体の空間は、暗がりの大きなツボの底に居るような感覚なのだが、
ロビー周りの面光が、ツボの底のスリッド光の役割として
やさしい明るさを演出してくれている。

これだけの体験でも、フランク・ロイド・ライトのセンスが伺える。

近代の日本にはない、明暗の巧みな演出空間である。
合掌造りの家や蔵などの前近代の空間では、普通にこのような明暗の演出はあったのだろうが…。

今じゃ、常軌を逸した蛍光灯の数、数、数。
煌々と明るくすることが、文明賞賛…とでも思っているかのような
エネルギーの使い方である。(電力の差し金なのだろうか)

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Guggenheim Museum その2

2007-01-20 | New York
外観には失望させられたが、そこはGuggenheim。
しっかり心を掴んでくれた。

狭い入り口付近には、さまざまな観光客がひしめいていて、
なんて盛況な美術館なんだ…と思ったが、
NYの美術館はどこもかしこも人込みである。

入り口を入り、見上げると…ドーンと吹き抜け。
クリーム色の壁面に天窓だけが明るく輝いていた。

騒然とした観光客の群がりが、なぜか静寂に包まれている。

大胆な吹き抜けと天窓に収斂される調光テクニックが、
人々のこころを天空へといざなうのだろう。

切符売り場に並ぶ人々も神妙な顔つきである。

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Guggenheim Museum その1

2007-01-18 | New York
今から半世紀も前の建物とは思えない完成度!
東54丁目24番地にたどり着くまでの期待度といったら、
フランク・ロイド・ライトの作品を体感できるうれしさで
胸がいっぱいになっていたのだが…。

着いてみて、絶叫してしまった。
「oh!my gosh!」
今から半世紀も前の建物だからなあ。
仕方ないことだけど。

外観を拝むことが出来なかった…というのは
ちょっと痛かった。

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【第0回】フォトセッション

2007-01-18 | PHOTO
写真は本部町にあった廃墟アパートの一室。
今のボクの多忙な状況を揶揄している…かもしれない。
(意味はない)

    ●

来る2007年3月17日(土)に桜坂劇場ホールAにて
われら「美ら島フォトミュージアム」設立委員会が
設立主旨をプレゼンテーションする機会として、
「第0回フォトセッション」を開催する。

ゲストは「椎名誠さん」と委員会発起人の「東松照明さん」。

沖縄の希有なポジション…は
  (東松さんの言葉を借りると)
   それは時間軸であったり、空間軸であったりするのだが、
他県にはない、ユニークな(フォトジェニックな)写真を生みだしてきた。

著名な写真家たちが沖縄に魅せられ、
その感動をフレーミングしてきたのだ。

何より、この「光」が写真家の感性を駆り立てているのかもしれない。

そんな貴重な写真群を永代に亘って保存していこう…というのが
この「美ら島フォトミュージアム」設立委員会の主旨である。

その思いを
この「フォトセッション」から
展開していく。

こうご期待!








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Rivers of Babylon その2

2007-01-14 | MUSIC
By the rivers of Babylon
Where we sat down
And there we wept
When we remembered Zion
But the wicked carried us away in captivity
Required from us a song
How can we sing King Alfa song
In a strange land
Cause the wicked carried us away in captivity
Required from us a song
How can we sing King Alfa song
In a strange land
Sing it out loud
Sing a song of freedom sister
Sing a song of freedom brother
We gotta sing and shout it
We gotta talk and shout it
Shout the song of freedom now
So let the words of our mouth
And the meditation of our heart
Be acceptable in Thy sight
Over I
So let the words of our mouth
And the meditation of our heart
Be acceptable in Thy sight
Over I
Sing it again
We've got to sing it together
Everyone of us together
By the rivers of Babylon...

歌詞の出典は旧約聖書の詩編137。

バビロンの流れのほとりに座り
シオンを思って、わたしたちは泣いた。

竪琴は、ほとりの柳の木々に掛けた。
わたしたちを捕囚にした民が
歌をうたえと言うから
わたしたちを嘲る民が、楽しもうとして
「歌って聞かせよ、シオンの歌を」と言うから。

どうして歌うことができようか
主のための歌を、異教の地で。

エルサレムよ
もしも、わたしがあなたを忘れるなら
わたしの右手はなえるがよい。
わたしの舌は上顎にはり付くがよい

もしも、あなたを思わぬときがあるなら
もしも、エルサレムを
わたしの最大の喜びとしないなら。
主よ、覚えていてください
エドムの子らを
エルサレムのあの日を

彼らがこう言ったのを
「裸にせよ、裸にせよ、この都の基まで。」

娘バビロンよ、破壊者よ
いかに幸いなことか
お前がわたしたちにした仕打ちを
お前に仕返す者
お前の幼子を捕えて岩にたたきつける者は。
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Rivers of Babylon その1

2007-01-14 | memories
胸に沁みた。
なんだか改めて、黒人のパワーを感じた。
耳慣れたメロディの中に込められたメッセージが、
これほど深いものだったとは、
…正直、理解していなかった。

今はインターネットが発達して、
過去の映像もyoutubeで検索すれば、
ボロボロと出てくる時代である。

さっそく80年代のreggaeを探ってみる。
The Melodiansが、The Skatalitesが、Dennis Brownが、目の前によみがえる。
【youtube】dreadrecords

新宿2丁目の「69」と呼ばれるレゲエバーに行っていた頃を思い出した。

当時の新宿2丁目はかなり妖しい雰囲気で、
18歳のボクには、危険極まりない場所だったのだが、
その妖艶でいかがわしい空気が、返ってボクをいざない、
週末になると、始発の時間まで入り浸っていた。

狭いホールにギュウギュウの店内。
黒人のワキガの匂いと、ガンジャと呼ばれる”吸い物”の煙が、
絶妙に溶け合って、DeepでMeltyな異空間を作り出している。
汗と汗が絡み合い、吐く息と吐く息が絡み合い、
そこはもう、ホールという名のMake Love場と化していた。

白人と黒人、そして黄色人が犇めき合い絡み合った濃厚な場で
流れてくるのが、Dennis BrownのSweatなRoots。

18歳には、もちろん厳禁な場所だ。
しかしあの原体験が、今の自分を作っていると確信する。

NYに行って、あらためて思った。
あらゆる人種が、ひとつの音楽に集う。
「One Love!One Love!」と合唱する閉店間際の店内は、
ホントに心から互いを思いやる気持ちにあふれていた…ように思う。

新宿2丁目の「69」がなかったら、
音楽もやっていなかったし、写真も撮っていなかっただろう。

あのカオス体験が、ボクの出発であり、目指すべき場所なのだ。
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Tom Harrell at the Village Vanguard その2

2007-01-13 | New York
…今夜もこんな時間だ。
すでに「ジェットストリーム」も始まった。
金曜の夜だというのに、切ない話だ。

    ●


7thAveで立ちつくしたボクは、
なんとかVillageVanguardまでたどり着くことが出来た。

時刻は21時10分。
大概のJazzclubがそうであるように、
TomHarrellの出演も押していた。

ボクは胸をなで下ろして、トイレへと向かう。
すると、なにやらブツブツと独り言を言っている男がいた。

用を足し、トイレを出ると、TomHarrellがいた。
先ほどの独り言が、Tomだったのだ。
背中を丸め、足をガクガクと震わせて、落ち着きがなかった。

かなりくたびれた老人だった。

不安な気持ちで開演したステージを伺う。

…予感は的中した。

Tomの風貌はかなり奇妙だった。
絶えず口を動かし、瞼を閉じ、中空を見上げていた。
黒ずくめのスーツの上に防寒用に黒のジャンパーを羽織っていた。
どうみても、変だった。

Tomをサポートするリズム隊とサックスは皆黒人で、若手だった。
若手だが、どっしりとしていた。
Tomだけが、借りてきたネコ状態に落ち着きがない。

いきなり、テーマを吹き間違えた。
サックスのソロが始まると、上手の袖に引っ込んでしまった。

Tom は演奏を待つあいだ、落ち着きなく歩き回り、
ステージを出たり入ったりした。

しかし、ソロはステキだった。

燻し銀のトランペットソロだった。
紡ぎ出すメロディが美しかった。
音色が半端なく、柔らかかった。

落ち着きのない老人だったTomが、
ソロのあいだは、jazzMusicianとして存在していた。

このギャップがJAZZだと、思った。

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Tom Harrell at the Village Vanguard その1

2007-01-11 | New York
仕事が忙しい状況が続いている…。

NewYorkの写真も神戸・姫路の写真も
まだ未整理のまま、放置されている。

週末にはまた広告撮影が控えているし、
来週末はSKA69のLIVE…と来た。

明日も朝8時から打ち合わせって
これはもうフル回転だ…な。

    ●

Village Vanguardに行ったことを思い出す。

2006年11月29日の20時すぎ。
風邪気味と寝不足とで、ボーッとしていた。
41th St.のあたりを西へ8th.Aveに向かう。
44th St.にあるBIRDLANDへ行くためだ。

BIRDLAND

ライブ開始まではまだ間があった。
受付の美しい女性にインターネットで購入したチケットを見せる。

女性が戸惑いながら、名前をたずねた。
「ごめんなさい…あなたの名前が見あたらないわ…」
  (おそらくそんな英語だ)

今一度、チケットを確認する。
自分の手書き文字で【1129VillageVanguard】と書いてある。
…しばらく理解できないで居た。

「ビレッジバンガード…。ここはバードランド….。なぜ?」

風邪気味と寝不足とで…と自分に言い訳をしてみる。
LIVEスタートは21時。おいおい、あと20分しかないじゃないか!!!
とりあえず受付の女性に「See you Tomorrow!」の捨てゼリフを吐き、
寒気の走る弱った身体を前へ前へ…動かす。

おいおい。

ここからVillage Vanguardまではどれだけあるんだよ。
      心臓がドキドキした。
NYでトンチンカンなことをして、大事なTomのLIVEを見損なおうとしているぞ…。

とりあえず7thAve.まで進み、Subwayの駅で南下する路線に飛び乗った。
(今となっては駅名が思い出せないが…)あらかじめ調べておいた駅で降りる。

時刻は21時10分前。

あと10分でTomのTpが音を奏でてしまう!
焦りで胸がバクバクと激しく暴れた。

「どっちへ行きゃあ、いいんだよ!」

初めて降り立った駅で、
初めて訪れるライブハウスを見つけ出さなきゃならない。
それもあと10分で!

不可能に近い状況だった。

ここはひとつホテルのフロントで尋ねよう。
すぐさま近くのホテルに入り、フロントにVillageの場所をaskした。
    「I don't know」
おおおお!こんな老舗のJazzclubだぜ!
思わずフロントマンを睨み、ホテルを後に。

右も左もわからないNYの7th Aveで、
ボクは、ただただ呆然と立ちつくすのだった。

The Village Vanguard
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