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沖縄から東京へ!流転の写真日記

【Jan_29】池袋西口公園

2014-01-29 | Photo-diary
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【Jan_29】船堀駅前

2014-01-29 | Photo-diary
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【Jan_28】Y字バランス

2014-01-29 | Photo-diary
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【Jan_27】旧ハヤサキスタジオ_高井戸

2014-01-27 | memories
かつて所属していた早崎治氏の旧高井戸スタジオ。
今も昔のまま、使われていた。
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【Jan_27】宇都宮けんじ+家入かずま

2014-01-27 | Photo-diary
宇都宮けんじ

家入かずま
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【Jan_27】高井戸地域区民センター

2014-01-27 | Photo-diary
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【Jan_26】痕跡

2014-01-27 | ART
痕跡_Roversion_Design
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【Jan_26】谷中バス停

2014-01-27 | Photo-diary
リハビリを兼ねて、
芸大修了展へ。
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【Jan_25】あすか

2014-01-26 | DANCE
k.a.n.a.s_wonder_world_vol.2@明大前KID_AILACK_ART_HALLより
あすか
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【Jan_25】k.a.n.a

2014-01-26 | DANCE
k.a.n.a.s_wonder_world_vol.2@明大前KID_AILACK_ART_HALLより
k.a.n.a
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【白井聡】「未完のレーニン」が教える社会構造

2014-01-24 | UNITE!NIPPON


  国家は、階級対立が客観的に和解せられ得ないところに、またそのときに、その限りで、発生する。
  逆にまた、国家の存在は、階級対立が和解できないものであることを証明している。


資本主義という社会構造がこれほど明快に解説された書物を、ボクは知らない。
1917年のロシア革命時に、レーニンは「国家と革命」によって資本主義の限界を明快に提示していた。

今から100年ほど前に、今の社会システムには限界があることを警告し、
抑圧される側であるわれわれプロレタリアートの意識改革を促していたのである。

  怖ろしき慧眼!

その思考の背景には、ユダヤ教という一神教の思想構造が横たわっている。
ユダヤ人が往々にして優れているのは、なによりもこの一神教の思想体系があるからだと、
この本を読んで、深く合点した。

何よりも「目からウロコ」なのは、この図式である。

国家とは、支配する側であるブルジョアジーと抑圧される側であるプロレタリアートの階級対立を
永続的に保持するための巧妙なシステムとして存在している…と。

資本家階級であるブルジョアジーは、資本蓄積を至上目的とし、
労働者階級であるプロレタリアートの労働力商品を巧みに操り、無際限に資本を蓄える。
抑圧・搾取される側のプロレタリアートは、支配する側であるブルジョアジーに楯突くが、
その対立を国家権力が「法的な暴力」によって押さえつける構図なのだ。

具体的には、
たとえば工場労働者が待遇の改善を求めて労働を拒否し、工場に立てこもるストライキを起こしたとして、
工場の支配者である資本家が、労働者を弾圧するために自ら武装して工場に乗り込むということは、あり得ない。
代わりに乗り込んでくるのは、警察官・憲兵・軍隊…といった「公的な暴力」なのである。

  それは、なぜか?

これはひとえに「労働力の商品化」にある。

プロレタリアートが労働力を商品として差し出したがために、
雇い主は経済活動を通してプロレタリアートを支配することとなる。

それは、一昔前の武力による一元支配の社会を「政治」「経済」で切り分けることで
巧妙にその対立を隠蔽した構造となったのだ。
ブルジョアジーとプロレタリアートの対立軸を、国家とプロレタリアートに変換することで、
経済支配をブルジョアジーが、政治支配を国家が、それぞれ担う。
ブルジョアジーと国家は結託し、プロレタリアートの労働を極限まで搾取する。

バブル崩壊以後、国家の至上命題が経済活動に集約されているのも、そのような図式からである。
経団連と政府組織が相塗れ、上納金やらパーティ券が行き交うのも、そのような理由からだ。

グローバル社会と称して、経済活動が国外へと進出し、プロレタリアートの確保と、資本獲得に血眼なのも、
際限ない資本蓄積と、有限な労働力商品とのアンバランスが生む、資本主義の歪みゆえ。

帝国主義とは、この構造を肥大化させ、民族を飛び越えて
「帝国」という国家の名の下に自国の経済活動を邁進させる行為であり、

第一次、第二次の世界大戦は、「領土獲得」を表向きにした「経済活動」の拡大行為だということ。

つまり、資本主義とは構造的に国家間の対立が避けられない設計となっている。

いま、安倍政権を筆頭に国粋主義的な指向が表立ってきているのも、
裏を返すと、ブルジョアジーとプロレタリアートを国家が取りもつ構造体が、脆弱になりつつある顕れだと言えるのだ。

1917年のレーニンは、その先を行く。

階級対立の均衡がどんどん歪みを生み、その圧力を公的な「特殊な力」でもって制圧しようという動きが
ますます高まっていくと、どうなるか。

安倍政権の動きに見えるように、「特殊な力=公的暴力」が強大化し、警察・軍隊の権限が肥大化する。
【力】でもって国内外を制圧していくことで、脆弱した経済活動を補完しようという動きが今後活発化するだろう。

しかし、警察・軍隊という「特殊な力」も資本主義の構造に含まれているので、
その末端である警官・兵卒はプロレタリアートである。雇い雇われの図式はここでもしっかり働いている。

プロレタリアートひとりひとりが、この「抑圧された構造体」を意識化することで、
「特殊な力」である公的暴力を内に向かわせること、それがすなわち【革命】である…と、説く。

それが、1932年の「五一五事件」であり、1936年の「二二六事件」であった。

帝国軍隊の兵卒のそのほとんどが、貧に窮した農民の息子たちであり、
貧しさゆえの志願兵であったことを、その上司である下士官や将校たちが汲み取り、
社会構造の歪みを糺すべく一大クーデターを興したのが、日本における【革命】であった…と。

日本の開戦は、二二六事件から一年半後の1938年12月8日である。

クーデターの不祥事を覆い隠すように、陸軍が率先して開戦の途を拓いていく。
「革命よりも開戦がまし」であり、「革命よりも敗戦がまし」である日本の国家支配層の発想は、
この二二六事件のトラウマから来ているのである。

そして、いまだにこのトラウマが「戦後レジーム」として日本の政治家に巣喰っているのは、なぜか。
安倍晋三を筆頭として、日本の政治を牛耳っている面々が、二二六事件における支配層と、なんら変わるところがないからなのだ。

つまり、日本の社会構造は、いまだにプロレタリアートが目覚めていない…ということ。
この自覚が、大いなる構造改革へと進展する。その示唆を、この本は与えてくれるのである。









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【Jan_21】ボクも試してみた

2014-01-24 | Photo-diary
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【Jan_16】幅田彩加_on_Flickr

2014-01-24 | DANCE
ダンスがみたい!新人シリーズ12@日暮里d倉庫より_幅田彩加

【on_Flickr】0116_ayaka

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【Jan_23】本日告示

2014-01-23 | Photo-diary
東京都知事選、本日告示

「えらぼーと」で、政策をチェック!
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【Jan_22】SMALL_WOOD_TOKYO

2014-01-23 | works
SMALL_WOOD_TOKYOのDIYプロジェクトで
キッコーゴ近藤醸造さんのショップを改装中。


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