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沖縄から東京へ!流転の写真日記

【Mar_30】沖縄アンダーグラウンドby藤井誠二

2019-03-31 | OKINAWA
沖縄アンダーグラウンド×モトシンカカラヌー』上映&トーク@カフェ・ラバンデリア

1970年コザの貴重なドキュメンタリーを2時間みっちり観たあとの、藤井誠二さんの新著を巡ってのトーク。
米軍統治下の沖縄において、特飲街がいかに基地と密接な関係であったか、米兵による婦女暴行や犯罪が絶えず、
そのはけ口に半ば公認として米軍の衛生局指導の許、【性の防波堤】が据え置かれた事実。

“元金かからぬ”商売女の実態は、2010年の「沖縄浄化運動」までひた隠しにされていた。

藤井さんは端境の希有なタイミングでルポを敢行し、
「モトシンカカラヌー」から現在に至るまでの沖縄の売春事情をまとめた。

トークで平井玄さんが「50年代の米統治下の日本はどこもかしこも沖縄と同じ状況で、
“赤線地帯”は米兵のはけ口として設置された慰安所だった。ここ新宿二丁目も、当時は米兵相手の場所」と説明、
敗戦国日本の「悪習」に向き合わずして、今の隷属構造は語れないと悟った。

地上戦で壊滅し、それでも生き抜くことを強いられたウチナーンチュの逞しき生き様は、
嘉手苅林昌らが謡う民謡に顕れていて、路上で即興的に奏でられた島唄は、
コザの魂が込められたブルースだったのかぁ…と、
ナマ林助やナマ林昌、ナマ誠仁に触れ、パークアベニュー裏のデイゴホテルに泊した1998年の記憶がまざまざと甦り、
この虐げられた歴史が積もり積もっての普天間辺野古なのか…と沈思黙考。

沖縄アンダーグラウンド=陰の沖縄を、まだまだ洞察してゆかねばならない…と、林昌さんの歌声を聴く夜。

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【on_Flickr】福原冠_ACTOR_13

2019-03-30 | ACT!
【on_Flickr】ACTOR_13
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【Mar_28】平体まひろ@国道駅

2019-03-30 | ACT!
【on_Flickr】ACTRESS_26

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【on_Flickr】平体まひろ_ACTRESS_26

2019-03-30 | PHOTO
木曜日は平体まひろさんのプロフ撮影。
経年劣化するものに目がないってことで、
街全体がいい感じに劣化している工場地帯に。
目につくもの1つ1つに歓声を上げるまひろさん。

鄙びたモノを愛でてこそ、
生きる歓びにも気づかされるってもんよ。


ボクはそういう時間の蓄積を大事にしたいわ。

【on_Flickr】ACTRESS_26


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【Mar_28】CINEMAdubMONKS@七針

2019-03-29 | MUSIC
CINEMAdubMONKS結成20周年LIVE「Trilogia」@八丁堀・七針

久々に映像付きのモンクスが観られると思い、
意気軒昂と七針に向かったのだけど、
ガンジーが不幸のため急遽岩国に戻ることとなり、
ダイホひとりのLIVEに。

ゲストにレコーディングエンジニアとして参加されていた森俊二さんを迎え、二部構成で。

20人ほどのキャパで少人数だったからか、終始ダイホもリラックス。
20年間刻んできた音の記憶を、目の前に散らかった楽器でひとつひとつ引っ張りだし、
レイヤーを重ねるように音楽を紡ぎ出していくスタイルは、
年月を重ねた分、巧みに調理され、思いも寄らぬ情感を呼び起こす。

多重露光の写真が、不確かな記憶のトリガーになるように。

CINEMAの謂われは、実はその「記憶」にあるのだなぁと改めて思った次第。
己の記憶に引きこもるような演奏者の姿は、老成してこそ様になる。
ダイホの立ち上げたレーベルが《Rojin》だったのも、そんなワケか…と、
様々な「記憶」に彩られた時間でした。

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【Mar_26】後楽園夕景

2019-03-27 | Photo-diary
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【Mar_27】KUNIO14『水の駅』

2019-03-27 | ACT!
いよいよ明日初日。全7ステ。把手の壊れた水道管がステージ中央に。
その『水の駅』を通り過ぎる人たちの無言劇、1時間50分。

なんともシンプルな構造。

水道管はまさしく命そのもので、通り過ぎて死を迎える。
その凝縮された生死を、観客はどう捉えるか。
110分の多種多様な生き様から、生きることの貴さが見える。

ステージナタリー

KUNIO14『水の駅』
作/太田省吾
演出・美術/杉原邦生
振付/田村興一郎


出演:本多麻紀、箱田暁史、田中佑弥、緑川史絵、亀島一徳、御厨亮、熊川ふみ、川口えりな、和田華子、菊池真琴、
田村興一郎、木之瀬雅貴、毛利悟巳、長南洸生、キヨスヨネスク、緒方壮哉、三方美由起、井上向日葵  &岩下徹

《 スタッフ 》
舞台監督:大鹿展明
照明:魚森理恵
音響:星野大輔
照明操作:加藤泉
演出助手:鈴木美波
演出部:岩澤哲野
文芸:稲垣貴俊
宣伝写真:堀川高志[kutowans studio]
宣伝衣裳:藤谷香子[FAIFAI]
舞台写真撮影:bozzo
記録撮影:須藤崇規
制作:加藤仲葉
プロデューサー:小林みほ

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【Mar_23】築地治作中庭

2019-03-25 | PHOTO
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【Mar_23】斎藤祐輔&真莉奈

2019-03-25 | PHOTO
斎藤祐輔&真莉奈挙式@築地治作
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【Mar_23】築地治作

2019-03-25 | PHOTO

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【Mar_19】ネネに思いを寄せて

2019-03-21 | OKINAWA
詩人の望みはただ高揚と拡大である。
世界の中にのびのびと身を伸ばすことだけだ。
詩人はただ天空の中に頭を入れようとする。
ところが論理家は自分の頭の中に天空を入れようとする。
張り裂けるのが頭のほうであることは言うまでもない。

        (G.K.チェスタトン著『正統とは何か』福田恆存訳)

天は地を蓋ひ、
そして、地には偶々池がある。
その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く……
ーーあれは、何を鳴いてるのであらう?

その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋ひ、
そして蛙声は水面に走る。

よし此の地方が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶、余りに乾いたものと感はれ、

頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。

           (『四季』中原中也)

これは何も詩人に限った話ぢゃない。
四十七年という余りに短き一生を終えた友を想うと、
この地に偶々出来た池である私は、
その地を蓋う天に向かって蛙の慟哭を走らせる。

友の望みは、ただ高揚と拡大であった。
世界の中にのびのびと身を伸ばすことだけだった。
天空の中に頭を入れ、世界の脈動を肌で感じ、
生きている歓喜を謳歌したかっただけだった。

しかし人間社会は何故か、
頭の中に天空を入れろと強要する。

世界は頭の理解を超えては存在せず、
人間の思考に勝るものは無いと断言する。
この落差が友を追い込んだ…とボクは奮える。

間違ってる、間違ってる、間違ってる。

ひとつの命は等しく賞賛されるべきで、
システム内の優劣で落とし込められる謂れはないのだから。
暗澹たる思いで、今夜も蛙声は水面を走る。

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【Mar_16】極OFF by 大黒堂ミロ

2019-03-18 | ART
京大吉田寮の話とリンクするのが、
週末お邪魔したミロさん主催『極OFF』の現場。

セクシャルマイノリティーとして
世の【レッテル】貼りに泣き寝入りしてきた人たちの
「駆け込み寺」的【居場所】を提供してきたミロさん。

理解できない性癖は排斥され、
ただの『変態』で壁を作る現実社会に、
何らかの共通点を見出すことで
「とりあえず君も私も同じ人間やん」と共感し、
壁を作らない想像力を養おうや…と果敢に挑んでる。

確かに現場は、
男を縛りムチで傷めつける壮絶な光景ではあったけど、
互いを慮る関係はとても密で、なんでもありな情景は居心地がよく
社長さんも校長もマッチョも美少年も、
垣根なく同じ性癖で繋がるワールドは、銭湯のよう笑。

はだかの付き合いって、「自己受容」そのものやなって思った。

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【Mar_13】京都大学吉田寮_強制退去

2019-03-18 | KYOTO_OSAKA
京都大学吉田寮の現場。

昨年9月に強制退去のお触れが出て、
今年に入って終には「占有移転禁止の仮処分」が出され、
大学側が寮の明け渡しを求める訴訟に踏み切る段階まで来ていた。

築105年の寮そのものを学生に頼んで見学させてもらう。

正直、体制側は嫌がるだろう様相で、
あえてカオスを産み出すか如くの散らかりよう。
ニワトリやネコも自在に出入りし、
中庭にはエサと称した生ゴミも散乱。

秩序を重んじる権力者を嘲笑う佇まい。

大学は、同じ敷地内にこのような治外法権的建物を存続させることに限界を感じて、
高圧的暴挙に出てきたのだろう。

世の流れに乗っかった感も否めない。
沖縄に対する国の姿勢など好例だわ。

そこには『こうあるべき』価値の押し付けが透けて見える。

自治寮という仕組みを排斥し、『学生は従うべき』の【常識】を敷衍しようとする姿勢に、
想像力の欠落と強者弱者構図の手放しの信頼を感じるわ。

結局、この社会をダメにしてるのは、そういった構図にしがみつき、
保身に終始する強者【レッテル】貼り

安倍も百田も虎の威を借る狐そのもので、蹲る輩の多いこと、多いこと。
人間社会の歴史は、この構図の歴史でしかないわ。

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※【レッテル】貼りとは、色眼鏡でもって相手を「単色」に染め、それ以上の思考を停止させる行為。
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【Mar_11】吉増剛造『初湯』

2019-03-11 | UNITE!NIPPON
『初湯』吉増剛造

 濡れている。

 濡れている。それをみたものはこの世にはいない。死水か
ら初湯へ。初湯から死水へ。母よ。たっぷりと濡れているの
を忘れて、瞼を濡らすのは、いつからはじまったのか。仮死
の徴候のような、瞼ににじんでくる、母よ、睫毛よ、岸辺の
筏よ。

 濡れている。
 
 酒精も、発汗する額も、濡れている。黒岸と呼びならわし
た、幻の大陸がわたしの眼にみえてくる。急流の、洪水や氾
濫ではない。どこかひび割れている河底に萌えたちはじめる
眼、その気配である。母よ。死水から初湯へ。
 
 あれは、泳いでいる死体だ! とだれかが叫ぶ、おそらく
対岸の村の、餓鬼たちだ。

 母よ。ひじょうに濡れている。障子も五臓六腑も、あたま
のなかも、手のほどこしようもないほど濡れている。母よ。

 宇宙はかーるくゆがみ、どこからか水の漏れる音が聞こえ
てくる。雨期なのであろうか。
 
 死水から初湯へ。初湯から死水へ。

 おれにはなんにもするこたねえや!

 医者は聴診器を身体にあてて、そこが雨期か乾期かをしら
べるのだ。
 
 ちたん、ぽおたり。ちたん、ぽおたり。
 ちたん、ぽおたり。ちたん、ぽおたり。


 川やくちびるが濡れている。 
 わたしの職業は、河川工事の人足だろうか。気がつくとい
つも、銀河のような中州にとり残されて、夜の帳のおりてゆ
く。ああ、母よ。

 わたしはあのうみがなつかしい。

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【Mar_11】吉増剛造さんの言葉

2019-03-11 | UNITE!NIPPON
今しゃべりながら気がつくんだけれども、
あの三・一一の大災厄から五年近くたって何をやってるかといったら、
しきりに自分で洪水を起こしてるのね(笑)。
水に対する「驚異」が一貫して身体にも浸透していて、あの大災厄のときにも、
すぐに陸前高田に飛んでいきました。以来五年近く、
紙を濡らして、氾濫状態を起こす、……文字のある世界を自らの手で壊滅状態にまで運んで行くということが、
「詩作」の中心になりました。勿論「伝達言語」でもなく「絵画」や「彫刻」でもない。
「怪物君」と名付けましたが、宇宙の脅威を眼下にとらえようとすることだったのでしょうね。

(中略)

そういうふうにして、書き写すというよりも書くというのは、次々に透視力を紡ぎ出していくことなのだと思い始めています。
これは手数がかかりますよ。半日かかるけどそれをやっていって。終わったと思ったら今度は折り目が問題だなって……
傍の誰かがいうのね(笑)。いろんな絵具で塗りたくって、いろんなふうにしていくんだけどね。
この「怪物君」は三年半ぐらい続けています。こんなことをやるのは、一休宗純や八大山人や、もしかしたら円空さんにも類似した精神なのかも知れませんね。

で、こうなってくると音楽にもなって。

終始一貫だからある意味では「狂気」かもしれない。そういう「狂気」から何とかして命を延ばそうとする、……いまね、
「狂気」といったでしょう、僕もね、もっと先まで繊細に、先の先まで考えたり思考しなければいけないことを、
つい「狂気」って逃げちゃうのね。だって、その方が通りが良いしさ、それですんでしまうのね。
でも、でも、詩作や映像作品、音声化、協働制作等々を通して、もう、「狂気」というだけではすまされなくなったのね。
殊に二〇一一年以降、……そんな言い方では、もうだめだと思うようになりました。
とくに、たとえばゴッホね。小林秀雄さんの「ゴッホ」でさえも、最後は「狂気」にしてしまうのね。
でもそれはちがうんだ、……。時折は、あの“渦巻き”や“稲妻”や“ひまわり”もあるのだけれども、
一心の真剣な愛はゴッホの中心に坐っているものなのね。それで火のようになっている。
大災厄以来、僕は小林さんの『ゴッホの手紙』ばかり読んでいました、……。アントナン・アルトーへの共感もあるけど、
ここまで来て、もう「狂気」です、……ですませようとする心はほぼ完全に放棄したのでしょうね。

「怪物君」はそのあらわれでした。

それが書くというしぐさの原点ですね。それは全く変わらない。これはエスカレートしてきちゃう。
最近じゃ書いた字のうえに水彩絵具を塗るのね。そうすると、ぐちゃぐちゃになる。
別にぶっ壊しても構わない。だって大災厄のときにそれが起こったんだからね。


         (わが詩的自伝『素手で焔をつかみとれ』吉増剛造著より)


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