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沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【Mar_11】吉増剛造『初湯』

2019-03-11 | UNITE!NIPPON
『初湯』吉増剛造

 濡れている。

 濡れている。それをみたものはこの世にはいない。死水か
ら初湯へ。初湯から死水へ。母よ。たっぷりと濡れているの
を忘れて、瞼を濡らすのは、いつからはじまったのか。仮死
の徴候のような、瞼ににじんでくる、母よ、睫毛よ、岸辺の
筏よ。

 濡れている。
 
 酒精も、発汗する額も、濡れている。黒岸と呼びならわし
た、幻の大陸がわたしの眼にみえてくる。急流の、洪水や氾
濫ではない。どこかひび割れている河底に萌えたちはじめる
眼、その気配である。母よ。死水から初湯へ。
 
 あれは、泳いでいる死体だ! とだれかが叫ぶ、おそらく
対岸の村の、餓鬼たちだ。

 母よ。ひじょうに濡れている。障子も五臓六腑も、あたま
のなかも、手のほどこしようもないほど濡れている。母よ。

 宇宙はかーるくゆがみ、どこからか水の漏れる音が聞こえ
てくる。雨期なのであろうか。
 
 死水から初湯へ。初湯から死水へ。

 おれにはなんにもするこたねえや!

 医者は聴診器を身体にあてて、そこが雨期か乾期かをしら
べるのだ。
 
 ちたん、ぽおたり。ちたん、ぽおたり。
 ちたん、ぽおたり。ちたん、ぽおたり。


 川やくちびるが濡れている。 
 わたしの職業は、河川工事の人足だろうか。気がつくとい
つも、銀河のような中州にとり残されて、夜の帳のおりてゆ
く。ああ、母よ。

 わたしはあのうみがなつかしい。


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