外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

「白球 ~ 選手たちは海を渡った」

2011-01-31 18:25:18 | 大学野球
来週の日曜日(2/6)の夜、NHKハイビジョンで、標記の番組が放送される予定です。
放送時間は22:45-24:35の約2時間。

既に予告編が何度も放送されているので、ご存知の方も少なくないのではないでしょうか。
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この番組は、苦難の時期を経て、韓国での野球発展に貢献されてきた数々の韓国出身の選手や監督たちを紹介する内容です。

私が、この番組をご紹介する理由は、第二次大戦前、早稲田野球に憧れて日本においでになった金永祚(キム・ヨンジョ)さんも、この番組に登場されると聞いたからです。
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およそ100年前、アメリカから野球が伝わった韓国。

戦前“野球の早稲田”に憧れて韓国から早稲田にやってきたたキム・ヨンジョさんは、母国にお戻りになった後、韓国代表4番として韓国野球の基礎を築かれました。

韓国野球の歴史に明るいノンフィクション作家の大島裕史さんは、キム・ヨンジュさんを次のように紹介されています。

「今から60年以上も前、早稲田大学正門近くに、一軒の朝鮮料理食堂があった。韓国の全羅道で高麗人参を栽培していた一家が、一人息子の金永祚(キム・ヨンジョ)を早稲田大学に入れるため、畑を売り払って、早稲田に引っ越してきたのだった。」
「金永祚は野球選手としても頭角を現し、帝京商業(現、帝京大学高校)では、夏の東京大会に2回優勝したが、戦争などにより、2回とも甲子園には行けなかった。帝京商業の1年後輩には、後に「魔球」と呼ばれたフォークボールを武器に大投手となる杉下茂がおり、2人は生涯友情を育んだ。」
「そして金永祚は、晴れて早稲田大学に入るが、すぐに東京六大学野球は戦争によって中止。一時、プロ野球でプレーしたこともあったが、東京への空襲が激しくなる中、早稲田大学に熱い思いを残しつつ、祖国に戻った。」
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激動する時代に日本で野球で学んだ韓国選手たちは、日本に来た時も、母国に帰ってからも、大変なご苦労をされたと聞きます。

そんな早稲田の大先輩の足跡と野球にかける思いを、当日はテレビの前で姿勢を正して、受けとめたいと思っています。
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今日の東伏見(1/30 )

2011-01-30 19:37:38 | 大学野球
今日は、まず午前8時半に全部員に安部寮集合がかかりました。

元早大監督の石山建一さんがおいでになって、早稲田野球の歴史と伝統について、部員たちに30分間にわたりレクチャーされたのです。
早稲田で野球をやるからには、日本の野球の歴史の1ページを担うのだという気概を持てというのが、石山さんから現役部員へのメッセージであったと聞きます。

石山建一さんのプロフィールへのリンク

石山さんは、練習が始まってからも、何度が部員を集めて、熱弁を振るわれました。
今日は、これまで溜りに溜まった思いを吐き出したので、ちょっとお話が長引いてしまった感がありましたが、次回からは大丈夫でしょう。
(;^_^A
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レクチャー終了後、午前9時から打撃練習が始まりました。
ここでも、私の予想通り、石山さんがアクセル全開。
(*^_^*)

石山さんは、精力的にグラウンドを動き回り、多くの野手たちにアドバイスされていました。

例えば、江塚くんと新人・吉澤くん。

江塚くんに対して、石山さんは「大きく・ゆったりとトップをつくる、背筋力も使ってバットのヘッドを走らせる、腰を突き出して力強く振り抜く」
吉澤くんに対しては、「バットを上からボールにぶつけ、空手チョップのようにバットを前に大きく打ち込む」

その助言の効果は素晴らしく、江塚くんの打球音が見違えるように力強くなり、吉澤くんのバットのヘッドが、前に大きく走るようになりました。

もちろん、今日の助言を自分のものとするために、二人は気が遠くなるほどバットを振り込まなければなりません。

それでも、江塚くんと吉澤くんが近い将来に早稲田の主軸を打つ姿を、本人たちも、ネット裏の私たちも、具体的にイメージできたような気がします。
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午後からは、守備練習とベースランニングが行われました。

守備練習の布陣は、概ね次の通りでした。

(内野・第一班)
2市丸
3高橋、河村、江塚、森
4佐野、川崎、坂本、足立
5海藤、東條、山地
6徳井、中山、吉澤

(内野・第二班)
2地引
3古山、
4渡辺、南、深沢、西竹
5杉山、酒松、瀧島
6川口、松本、福田、大西、中谷

(外野)
7桜庭、玉真、林、白沢
8川西、佐々木、石塚
9土生、若杉、小沢、小野田、八木

ベースランニングでは、学生コーチが、部員ごとのタイムを計測しました。

その結果、佐々木くんと白沢くんが、野手全員の中で、頭一つ抜けたタイムを叩き出した模様です。
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後期試験は山場を越えて、今週は2、3科目を残すだけという部員が多いようです。

次の週末からは、いよいよ練習が本格化します。
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今日の東伏見(1/29 )

2011-01-29 23:11:00 | 大学野球
午前9時から練習が始まりました。

今日も、日大三高の吉澤、そして早実の鈴木、小野寺、土屋らの新人が参加。
先週末よりも彼らの声が大きく聞こえるようになってきましたので、その分だけ彼らが大学野球に慣れてきたということでしょう。
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午前中も、午後からも、かなりの時間を打撃練習に充てています。

タイムリー欠乏症に苦しんだ昨年度の反省を踏まえ、これまでのところ、大胆な時間割によって打撃強化を図っています。

全体練習で個々の課題を把握して、それを自主練習で克服する。
同じように鍛練を重ねているはずのライバル校に勝つために、部員の皆さんには、それを毎日実践してもらいたいです。
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これまでの打撃練習で、私の推奨する選手が3人います。
四年生の羽鳥(捕手、伊奈総合)と川崎(内野手、南山)
三年生の地引(捕手・外野手、木更津総合)
そして、二年生の白沢(外野手、神村学園)です。

最上級生となる羽鳥くんと川崎くんは、攻守ともに充実。
二人とも、ベンチ入りは目前の勢いです。

地引くんは、とても意欲的に打撃練習に励んでいています。
彼が打の主軸の一角を占めるのは間違いないでしょう。

白沢くんの鋭い打球にも、注目です。
彼は、同期の福田くんらと共に熱心に自主練習に励んできました。
飛び抜けた俊足である彼が安定した打力を備えたら、佐々木くんら上級生外野手たちも油断できませんよ。
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話したいことはたくさんあるのですが、今日は帰り道に源兵衛で少々飲み過ぎましたので、このあたりでお終いにさせてください。
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「負けない集中力」

2011-01-28 20:12:39 | 大学野球
法政の黄金時代を支えた強打者、小早川毅彦さんの著書を買いました。
「負けない集中力」(900円+税。ベースボールマガジン社)です。

PL学園-法政大学-広島-ヤクルトと、常に強打者として活躍した小早川さんです。
現役引退後も、とても理知的な語り口で私たち野球ファンを楽しませてくださいます。

この本の中でも、学生時代、広島時代、ヤクルト時代におけるご自身の経験を、ある時はプレー中の選手の目線で、ある時は客観的に描写されています。

当時の広島カープと、野村監督の率いるヤクルトとの比較が実に興味深いですよ。

小早川さんは「野球小僧」最新号でも、広島カープについて示唆に富んだお話を披露しています
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PL学園と法政で、常にアマチュア野球の頂点を歩み続けた小早川選手。


小早川選手在学当時の早法戦は、試合のうち八割ぐらいの時間帯に、「アルプス一万尺」と「チャンス法政」が神宮球場に響き渡っているという感じでした。

早稲田が頑張っても、頑張っても、西田・木戸・小早川らのプロ級選手をずらりと揃えた法政にボコボコにやられるのが常であった、当時の早稲田。
劣勢で迎えた最終回の攻撃で、逆転を祈って「紺碧の空」をエンドレスで歌い続けるも、願い叶わず試合終了という辛い記憶ばかりが思い出されます。
(T_T)

江川・金光らのいた時代、そして西田・小早川らがいた時代の無敵・法政に他校が挑むことで、六大学全体がレベルアップしていった歴史があります。

現在、広島商業出身の金光さんが法政の監督を務めていらっしゃいます。

小早川さんも広島県の出身。
将来は、指導者として神宮に戻ってくれないものでしょうか。
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日本国債が格下げ

2011-01-27 20:40:25 | 社会全般
私が心から敬愛する早稲田の先輩の大僧正。

何やら妖術を用いて、夜な夜な魔界に人を引きずり込んでいる様子です。
(*^_^*)

歴史を振り返れば、魔女や妖術使いは、火あぶりにされたりするのが世のならい。
しかし、それは現代日本では難しいことなので、兵庫方面に足を運ばれる麗しい女性の方々は、くれぐれもご注意ください。
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さて、大手格付機関が、日本国債の長期格付を、AAからAA-へと下げました。
(写真は1/28付けフィナンシャル・タイムズ一面)

格付が下がったということは、債券の満期日に満額がきちんと償還されるという見通しが、僅かながらも悪化したということ。
そして、格付がシングルAへと更に下がる可能性を示唆したともいえます。
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1千億円の資金を持っている機関投資家が、「投資資産の80%以上は、格付AA以上の債券に投資すること」という運用方針に基づいて、500億円を日本国債で資金運用しているとします。

もし、日本国債の格付がシングルAへと更に下がると、この機関投資家のファンド・マネージャーは、運用方針を遵守するために、保有している日本国債のうち300億円を売却して、格付AA以上の他の債券に入れ替えなければなりません。

そして、残る国債200億円についても、他のシングルAの債券と比較して利回りを比較して、引き続き保有すべきなのか検証し、利回りがシングルAに見合わなければ、これも他の利回りの良い債券と入れ替えなければなりません。

こうして日本は、低利率を維持しようとすると必要額の資金が調達できない、必要額を調達しようとすると利払い額が増えていくという、苦しい循環に陥っていきます。

格付が下がるというのは、そういうことです。

加えて、日本国債がヘッジファンドの標的になったりすると、その変化は更に急激なものとなるでしょう。
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この状況を打開するために、民主党は少なくとも二つの改革を行わなければなりません。

一つは、小沢さん・国民新党・労組との関係を清算すること。
員数合わせのために守旧派におもねているようでは、国民は何のために民主党に投票したのか分からなくなってしまいます。

もう一つは、一票の格差の是正です。
鳥取県の一票の重みは、神奈川県と比較して、最大五倍。
明らかに違憲の状態です。

このままでは、例えば神奈川県在住の青年ビジネスマン4人が「改革」を願って国政選挙に投票しても、鳥取県のご老人が「現状維持」を期待して投票した1票の方が国政に反映されてしまう仕組みです。

この結果、永田町で肌に感じる国民の声は「現状維持」だと集約されてしまっているのが、現在の姿です。

議員数を修正することが難しいならば、個々の議員が国会で投じる一票の重みを、選挙区ごとの有権者数に応じて修正して計算すれば良いのです。

上記の例でいえば、神奈川県選出の議員が投じる1票を、有権者数を勘案して5票として集計すれば、あっという間に、格差は是正されます。

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再び自民党に政権に返り咲いてもらいたいという気持ちは、私には微塵もありません。
しかし、民主党が存分に活動するためには、上記の改革を断行するしかありません。
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プロとアマ

2011-01-26 19:43:59 | 大学野球
金融界で「プロ・アマ」と言えば、金融商品取引法(旧・証券取引法)の世界における、投資家区分に関する話題。

でも、このブログにおいては、もちろん野球の世界の話題です。
(*^_^*)
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さて、日本学生野球協会で、新たな動きがありました。

プロと大学の練習試合を認める、またプロ現役のA選手がオフ期間中に他校出身のB選手を同行して母校で指導できると。
3月1日から適用されるそうです。

この動きは、以前からプロ野球関係者から耳にしていました。
実際に、どのような運用が現場で行われることになるのか、実に興味深いです。

私としては、プロ野球サイドに今回の改正の趣旨を十分に理解してもらって、あくまでも学生サイドからの目線で、学生たちにプラスになる形となるようにしていただければと思います。
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まず、プロ選手による指導。

野球部とプロ選手が事前に打ち合わせして、指導の対象部員、指導項目などを擦り合わせしておくのが良いと思います。

オフの話題づくりにと、報道陣を引き連れて母校にやってこようとする、不心得なプロ選手がいないとも限りません。

また、監督の指導方針から外れたり、あるいは選手の性格やコンディションを考慮することなくアドバイスを与えたりされると、選手が故障したり、気持ちの迷いが出たり。

これらは全く迷惑な話ですし、実際にありがちな話なのですね…。
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次に練習試合。

アメリカでは、オープン戦でメジャーが大学チームに負けても、あくまでもオープン戦だからと、とりたてて誰も騒がないと聞きます。

しかし、そのような大らかな土壌のない日本では、ややもすると、プロとアマの対決というような図式で捉えられてしまう懸念があります。

もし、対決ムードをマスコミが煽ったりすると、プロ側は、負けても言い訳できるようなオーダーを組むという動きにでたりするばず。
それでは、今回の制度改定の趣旨にそぐわないでしょう。

やはり、トップレベルのプロ選手にも出場してもらって、学生たちに高い技量を見せてもらいたいもの。

それならば、プロアマが妙な拘りがなくなるまでは、勝ち負けに拘ることのないような形式での試合すればいいと思います。

例えば、
>一度、ベンチに退いた選手を、もう一度出場させても構わない

>試合中に、監督やコーチがマウンドに行く回数、あるいは野手を集めてのアドバイスの時間に制限を設けない

>試合のイニング数を、5回ぐらいにとどめたり、逆に最初から12回ぐらいにしたりする。

>アマ・チームの助っ人として、例えばプロの投手、捕手、遊撃手などが、その試合に限って、アマ選手に混じってプレーすることも妨げない
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「それじゃ、つまらないよ」と思った方は、やはり心の片隅で「対決」を期待されているのだと思います。

もちろん、かくゆう私も、「対決」に関心がないわけではないんですが…
(;^_^A
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週べ今週号

2011-01-25 21:07:59 | 大学野球
週刊ベースボール今週号は、プロの各球団のキャンプ情報と大石・斎藤・福井・加賀美らの新人関連記事、和田、越智、田中、加藤、久米ら六大学OBの近況、大学ジャパンの新スタッフ、そして一昔前の東大野球部の写真など、かなり楽しめる内容です。

そして、斎藤くん人気に応えて、ベースボールマガジンは、週べ増刊号も発売予定のようです。

さすがのフットワーク。
商機を逃しません。
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週べ増刊号といえば、今では当たり前の存在となっている大学野球の展望号/決算号が発行されるようになったのは、怪物・江川が法政に入学した1974年(昭和49年)のことでした。

この年は、「花の49年組」と称される大型新人たちが、ドラフト指名を蹴って六大学各校に大挙して入学して、神宮は活況を呈しました。

ちなみに、プロでは長嶋選手の引退、六大学では早稲田が春季リーグで優勝して、大学選手権でも一気に日本一まで上り詰めた年。

私個人はといえば、青山高校を卒業するも、奔放に過ごした三年間の報いで、代々木ゼミナール原宿校舎に寂しく身を置いた年でもあります。
(><)
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さて、この年の六大学の思い出話をすると、どうしても「花の49年組」の一年生たちに話題が偏ってしまいがち。

しかし、いま思い出しても胸が踊るような、素晴らしい選手が各校の上級生にいました。

冒頭の写真は、東大の四番打者・平尾選手です。
秋季リーグの法東一回戦で怪物・江川を打ち崩し、江川に初黒星を味わせた殊勲者の1人。
各校のエース投手に対した時も、甘い球ならば外野スタンドに軽々と運んでしまう、リーグ屈指の強打者でした。


こちらは、この年の六大学で私が最も好きな打者だった、法政の新井外野手です。

軸のブレないスイングと、大人びた端正な面構え。
「大学の野球選手って、年齢差以上に大人っぽく感じるな」と畏敬の念を抱いてしまう雰囲気を漂わせる、私の憧れの選手でした。



こちらは、早稲田の前川善裕選手。
小橋主将と共に、大学日本一を達成した早稲田の主軸を担いました。
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もし、私が現役合格していれば、学生席から眺めることになったはずの名選手たち。

浪人中に何試合か観戦してはいますが、腰を据えて観戦できなかったのが残念です。
それぐらい、魅力のある選手たちでした。
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「坂の上の雲」と早稲田野球

2011-01-24 17:59:47 | 大学野球
私のオフィスから、皇居のお壕が見えます。
この季節は、北国からやってきた様々な種類の渡り鳥たちが、お壕の水面で羽を休め、春を待っています。

鳥たちの仕草を眺めていると、ビジネスの喧騒をしばし忘れ、平和と安らぎを実感することができます。

しかし、宮崎で勃発した鳥インフルエンザのニュースに接してしまうと、それまで平和の使者のように思っていた渡り鳥たちが、ちょっと危険な存在に見えてきてしまいました。
(T_T)

宮崎県の養鶏業者の皆様、
心よりお見舞い申し上げます。
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さて、昨年末はNHKテレビの「坂の上の雲」を楽しんだ方も多かったと思います。
欧米の列強による勢力争いの渦の中で、開国して間もない当時の日本人が必死に生き抜こうとする様子には、理屈抜きに感銘を覚えます。
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広瀬中佐が戦死されて、いよいよ日露戦争が激しさを増していく局面となってきましたが、ここで忘れてはならないトピックがあります。
それは、早稲田大学野球部のアメリカ遠征です。

歴史を紐解くと、

1904年(明治37年)2月5日:日露戦争が始まる。

同年3月:広瀬武夫中佐が旅順港閉塞作戦で戦死。

同年12月:203高地を日本軍が占領

翌1905年(明治38年)5月:日本海海戦で日本が勝利

同年9月:終戦

ここに早大野球部の歴史を重ね合わせてみますと・・・

1904年3月(すなわち開戦の翌月。広瀬中佐の戦死された当月)から1906年:シカゴ大学の元投手であるメリーフィールド氏から野球技術のコーチを受ける

翌1905年2月27日:早大野球部の渡米が決定されたと、朝日新聞が報道。

同年4月:安部磯雄先生を団長として、早大野球部が第一回アメリカ遠征を挙行。

同年6月(すなわち日本海海戦の翌月):7勝19敗という結果を残して帰国

したがって、日本が国家存亡を懸けてロシアと開戦した直後に、早大野球部は米国人コーチを招聘。
対馬沖で連合艦隊とバルチック艦隊が乾坤一擲の艦隊決戦を行なっている、まさにその時期に、早大野球部は米国を転戦していたことになります。
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当時の日本は、日本国債の海外での消化による戦費調達、そして早期停戦を図るための調停役を米国に期待していました。
何といっても、もし日露戦争が長期化したら、日本は財政面から破綻してしまうのは必至という切羽詰った状況でした。

そんな待った無しの局面での米国遠征ですから、これは決死行だと、安部先生は内心考えていらっしゃったという気がします。

米国の各地で親善試合を行なうことを通じて、「日本って、どこの国? 日本人は何を食べてるの?」というぐらいの認識であったろう米国民に、日本人の若者を実際に見てもらう。
そして「ふーん、日本人って、野球のルールもちゃんと理解しているし、いっぱしの文明国じゃないか」と親日感情を醸成する。

そんな国家レベルの使命を早大野球部が担っていたことは、まず間違いないでしょう。
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それにしても、もし日本海海戦で日本艦隊が敗れていたら、米国内を転戦中であった早大野球部の選手団はどうなったことやら。ちゃんと帰国できていたかどうかも分からなかったのではないでしょうか。

明治時代の先人は、サムライでしたね。
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今日の東伏見(1/23 )

2011-01-23 20:42:56 | 大学野球
今日の東伏見は、午前9時から練習が始まり、昼食休憩を挟んで午後3時過ぎまで全体練習が行われました。

今日は、早実の7人に加えて、日大三高の吉澤内野手も練習に参加しました。

吉澤くんは、先週金曜日に続いて二回目の参加。
まだ荒削りな感じが残るもパワフルさ満点の打撃は、近年の早稲田にいなかったタイプの打者だといえるでしょう。

早実の小野田外野手、天理の中村内野手の同期生たちとの競争で技量を磨き、ゆくゆくは大学球界屈指のパワフルなクリーンアップを形成してもらいたいと思います。
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ところで、今日のネット裏は千客万来でした。

重鎮OBの末次さん(熊本・済々黌出身)、
谷沢健一さん(習志野高校出身。元・中日ドラゴンズ)、吉澤俊幸さん(日大三高出身。元・阪急ブレーブス)に始まり、高橋広さん(西条高校出身。現・鳴門工業監督)、難波さん(四條畷高校出身。関西テレビ)、飯牟礼さん(国学院久我山出身。元・鹿児島城西監督)、野呂さん(早実出身。現・桐光学園監督)。

若手OBでも、神谷くん(刈谷高校出身。元・学生コーチ。早大大学院在学中)、山川くん(中京高校出身。2009年度主将。現・朝日大学コーチ)が登場。

今日のネット裏は、さしずめ同窓会というような雰囲気でした。

すっかり「追っかけ」の心境になった私は、本日ばかりは現役部員たちの練習はそっちのけ。
憧れの神宮のスター選手であった方々の周りを、夢中になってチョロチョロしているうちに夕方になってしまいました。
\(^O^)/
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岡村さんが監督に就任されて、野球部の様々な世代のOBの皆さんがおいでになるようになりました。

技術指導では、トップ・プレーヤーであったOBの皆さんといえども、事前に監督と指導方針を擦り合わせして頂いた上で、継続的に見ていただける方が望ましいのだろうなぁと、素人目に思います。

もちろん、気持ちの面では、幅広い世代のOBの方々が見守ってくださっていることを実感することで、現役部員諸君には大きな励みになっています。
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幅広い世代のOBの皆さんが積極的にサポートしようとしてくださるのは、岡村さんの人徳です。

そして、OBの皆さんの多様な視点からのサポートを、ご自身の方針に適うように導くことも、監督の仕事のうちということなのでしょう。

早稲田の監督というのは、勝った・負けたということにとどまらず、本当に気苦労の多い大変なポストだと、つくづく思います。
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冒頭の写真は、1976年夏の軽井沢キャンプのヒトコマです。

石山建一監督を挟んで右手には、下級生たちを睨みつける八木主将(興国高校出身。元・阪急)と吉澤選手(前掲)

左手には、先輩たちから浴びせられる厳しい視線から目線をそらす、岡村さんの同期・マックス佐藤さん(天理高校出身。現・城西国際大学監督)、難波さん(前掲)ら。

今でこそネット裏で親しくお話しさせていただいていますが、現役時代の八木さんや吉澤さんは、私たち一般学生の目から見ても、本当に怖そうな先輩方でした。
(;^_^A

セピアカラーになりつつある一枚の写真の、マックスさん、難波さんたちの顔にも、「参ったなぁ…」「早く終わらないかなぁ…」と書いてあるかのようです。
(><)
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今日の東伏見(1/22 )

2011-01-22 17:42:22 | 大学野球
後期試験への突入を目前に控えた、今日の東伏見は、午前9時から練習が始まりました。

常連さんによれば、平日の時間別練習では午前8時開始。
毎日50名前後の部員が早朝からの練習に参加して、一汗かいてからキャンパスに移動して授業に出席。
そしてグラウンドに舞い戻って、再び練習という、とても濃密な毎日を過ごしている様子です。

岡村監督は、朝一番からグラウンドに登場され、内野グラウンド・外野ポール走・室内練習場・ブルペンを精力的に動き回っていらっしゃいます。
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上級生から下級生まで、分け隔てなくアドバイスを送る岡村さんのスタイルは、部員たちの間でも、すこぶる好評です。

もちろん、後期試験終了後の終日練習開始→新人合流→春季キャンプ→オープン戦と段階が進んでいく中で、メンバーが絞り込まれていきます。

ビジネスでもスポーツでも、真正面から競争に身を投じることを通じて、人は自分自身の強みと課題を客観的に理解することができます。

この時期に、岡村監督と学生コーチの助言をしっかりと踏まえて練習に取り組んで、各部員は自分の長所と課題をしっかりと把握し、自分なりの自主トレの青写真をきちんと設定してもらいたいです。
特に下級生たちに、この点を期待したいと思います。
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私の銀行マンとしての三十年の経験から、部員の皆さんにアドバイスが一つ。

優しくアドバイスをくださるリーダーに決して甘えないこと、むしろ気を引き締めてかかることです。

大学野球、社会人野球、そしてビジネスの厳しい世界を生き抜いていらっしゃった岡村さん。
もし第一印象で優しさが際だっているとしたならば、それに対応する厳しさを必ず併せ持っていらっしゃるはずです。

銀行で私が出会った柔和な笑顔で出世する人は、例外なく、ニコニコしながら厳しい決断を淡々と下すことのできる人であり、部下には大人の自制心と自助努力を求める方でしたから。
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ところで、今日の練習でも、途中で練習を切り上げて授業に出席する部員が少なくありませんでした。

練習終了後に、蕎麦屋で一緒になった部員たちも、「睡眠時間をギリギリまで削って、来週からの試験に臨みます」と。

月曜日から1週間余りをソツなく乗り切って、再来週からの全体練習に心身ともベスト・コンディションで突入してもらいたいと、期待しています。
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なお、早実三年生組は、昨日までは八名前後が練習に参加していたそうですが、今日は捕手の土屋くんだけでした。

打撃練習では、間合いが取れずに苦しむことの多い土屋くん。
しかし、ブルペンでは上級生投手の投じる球を堂々と捕っていました。

1つ上の学年に捕手がゼロであるだけに、彼に対するチームの期待は並々ならぬものがあります。

大学野球のテンポに一日も早く馴染んで、沖縄キャンプにも帯同できるよう、頑張ってもらいたいと思います。
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