外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

大学駅伝展望号

2010-09-30 17:56:58 | 大学駅伝
「陸上競技マガジン」増刊の大学駅伝展望号が、10月2日(土)に発売されます。(1,200円)

出雲駅伝が行なわれる10月11日(祝)まで、10日あまり。
すでに競走部は臨戦態勢に突入しているといってよいでしょう。

出雲駅伝は、毎年「体育の日」に行われ、大学駅伝シーズンの幕開けを飾る大会と位置づけられています。
学生三大駅伝の中では他と比べて全体の区間が短いため、順位変動がめまぐるしいスピード駅伝となるのが特徴です。

今年の競走部に期待していることがあります。
ここ数年間、いわゆる強豪校からの入部者が、必ずしも持てる実力を発揮できないシーズンが続いていました。
しかし、インカレなどの様子から、今年はかなりやってくれそうな雰囲気を感じています。
彼らが普段どおりの力を発揮してくれるならば、きっと最後まで優勝争いに絡むようなレースができるはずです。

距離の短い出雲駅伝の結果は、往復200キロを超える箱根駅伝に直接結びつくものではないのですが、ぜひ早稲田には好成績をあげてもらい、弾みをつけて全日本、そして箱根に突き進んでもらいたいものですね。
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伊藤元重さん

2010-09-29 18:40:04 | 社会全般
最近、テレビ番組で積極的に政策提言をされているミクロ経済学者の伊藤元重さん(東大教授)。

私も、伊藤さんが助教授時代に書かれた本を読んで、ミクロ経済学を真面目に勉強したことがあります。
三十歳代半ばのことです。
とても理解しやすい良書で、それ以来、私は伊藤さんのファンです。

ところで、伊藤さんは1951年、静岡生まれ。
市立中学校でブラスバンド部に入り、ユーフォニューム(中音域の金管楽器)を担当し、どっぷりとブラバンの魅力に浸かりました。(ちなみに、私も中学校でユーフォニューム担当でした。)

伊藤さんは、県立静岡高校のブラバン、そして東大の管弦楽団ではトロンボーンに熱中されました。

写真の左端が、学生時代の伊藤さん


伊藤さんが大学四年生の1973年、母校の静岡高校の野球部が夏の甲子園で決勝戦に進出。
ちなみに、その年の静岡高校は、水野、白鳥、植松、永島らを揃えた強力打線が売り物のチームでした。

かたや対戦相手は、佃、達川、金光、楠原らを擁する広島商業で、その年のセンバツで準優勝している強豪。

彼らが翌年に六大学に大挙して進学し、いわゆる「花の49年組」と呼ばれるようになります。

さて伊藤さんは、OBとしてその決勝戦で甲子園のアルプススタンドに陣取り、後輩の現役ブラバン部員たちと一緒に応援の伴奏をされていたのだとか。
とても暑くて、チームも広島商業に負けてしまいましたが、今でも良い思い出になっているそうです。

ユーフォニュームは決してメジャーではない楽器なので、それを演奏されていたというだけで、伊藤元重さんと仲良くなれそうな気がしてしまいます。
(*^_^*)

そして、この甲子園での逸話を聞いて、これまで以上に、私は伊藤さんファンになってしまいました。


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「早実野球部・栄光の軌跡」

2010-09-28 20:10:51 | 大学野球
既にご存知のファンの方も多いと思いますが、明後日9月30日に、ベースボールマガジン社から、標記の書籍が発売されます。(1,200円)

王貞治、荒木大輔、斎藤佑樹の3選手が表紙を飾ります。
きっと、歴代の名選手たちにまつわる懐かしい逸話もたくさん載っているはず。
何しろ、早実創立110年記念の企画ということですから、さすがに伝統校ですね。

さて、以前、「ダイスケ・フィーバー」という記事をこのブログに書きました。
記事へのリンク

その際に、41歳の若さで亡くなった天才二塁手・小沢章一さんに対して、今も根強いファンがいらっしゃることに感銘を受けました。


小沢さんは、名将・和田監督に率いられて、高校一年生の夏から、正二塁手として甲子園に5回連続出場しました。

もちろん、同期の荒木大輔投手がマスコミや女性ファンの注目を一身に集めたわけですが、全ての機会に甲子園に出場するという常勝チームの屋台骨を支えたのは、恐らく小沢さんであっただろうと思います。(三年生では主将)

そんな輝かしい実績を引っ提げて1983年に早大に入学してきた小沢さん。
しかし、大学二年生からは母校・早実のコーチとなったため、大学野球で彼の才気溢れるプレーを見た記憶は、残念ながらありません。

彼の才能が神宮球場でも存分に発揮されていたならば、当時の早稲田の野球部の戦いぶりも一味違うものになっていたかも知れません。

そんな想いを今でも巡らせてしまうような、野球の申し子の小沢章一さんでした。
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イチロー・タイムズ2001-2010

2010-09-27 19:34:45 | スポーツ全般
兵庫県は姫路の、かしこきあたりの御意図に従って、「イチロータイムズ2001-2010」と題する、スポーツ新聞6紙合同の特集号を買ってきました。

JR東日本のキオスクでは取り扱わないとのことでしたが、地下鉄の売店やコンビニでは夕方から売っています。

それにしても、イチローの記録は、もはや神話の領域に含まれるレベルといって良いでしょう。

野球を無理矢理にラグビーに当てはめると、内野手がフォワード、外野手はバックスという感じでしょうか。

先日ご紹介した豊田泰光さんのお言葉を借りると、グラブを持つ手首が反り返るような強烈な打球を捌くことができないと、メジャーリーグの内野手は生き残ることができません。
これは、敵の圧力を身体全体で受けとめて押し返すという点で、まさにラグビーのフォワードに相通じるものがあるだろうと私は考えました。

かたや外野手は、味方投手と敵打者の対決を後方から観察して、もし相手の打球が味方内野手の防御線を突破してくるとしたならば、どこに来るのか。あるいは、味方がミスをする可能性を考慮して、どこにバックアップで入るのかを考えてボジショニングします。
これは、ラグビーのバックスに相通じるものがあるかと。

例えば、打力に難があるものの、並み外れた脚力と強肩を誇った新庄選手が、メジャーでは、期待を超える出場機会を得ることができました。
一方、チャーリー・マニエル(現・フィリーズ監督)は、強烈な打力を有していながらメジャーでは定着できず、日本球界にやってきました。

イチロー選手の場合、脚力+強肩に打力も加わるのですから、メジャーリーグにおいても稀有な存在だということでしょう。

内野手となれば、敵打者のパワーを受けとめるだけのゴツい体格も必要になるのでしょうから、日本流の牛若丸的な選手では太刀打ちできない領域なのだろうと思います。
イチロー選手をもってしても対応できなかったかも。

そう考えると、日本人の野手がメジャーに挑戦するならば、外野手というポジションに、より大きな可能性が秘められているのでしょう。
ヤクルト・スワローズの青木くんも、そのあたりの分析に基づいて、これからの進路を悩んでいるに違い有りません。

思えば、現在はトヨタ自動車でプレーする小島宏輝くん(外野手。愛工大名電-早大)が入学した頃、「僕の目標は、高校の先輩であるイチロー選手、そして大学の先輩である青木さんです」と話していました。

神の領域を歩む二人の先輩までの距離は半端ではありませんが、二人とも学校の先輩というのは羨ましい限り。
偉大な先輩の背中を追い掛ける小島くんにも、大いに期待したいと思います。
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スポーツとは関係ないのですが、新聞記事にまつわる話題を、もう一つ。

昭和38年4月、富山県から東京・目黒区の五本木小学校に転校した際、図画の時間に無意識のうちに屋根の向こうに山を描いて、「おいay、屋根の向こうの何処に山が見えるんだ?」と、担任の先生に指摘された思い出を、以前このブログで話題にいたしました。

家屋の向こうに山が見えるのが当たり前だと思っていた田舎っぺの私には、ショッキングな指摘でした。

先週末の日経夕刊に、そんな私の心を揺さぶる、富山県の写真が載っていました。


私が住んでいた時代は、未舗装の砂利道でしたけれど、その点だけを除けば、この写真が、まさに私が天真爛漫に楽しく過ごした富山の風景です。

写真からもお分かりいただけるように、「自転車で行けば、すぐ山に着くのではないか」と思ってしまうのです。
しかし、山に向かう道を一直線に進むも、行けども行けども、ちっとも近づくことができない。
小学校に入るか入らないかという、補助輪付き自転車に乗るチビ助にとって、山は、近くて遠い存在でした。

この蒼い山々が、冬は銀色に変わります。

また、写真の中で、ランドセルを背負った女の子たちの前を横切る道路は国道八号線だと思います。
私が住んでいた頃に、「近代的な立派な国道ができる」と、近所の人々と一緒に工事現場を見学に行った記憶があります。
(;^_^A

この写真を眺めていると、私の心は50年前にワープしていってしまうのです…
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感動の逆転サヨナラ勝ち

2010-09-26 19:44:31 | 大学野球
正直に言います。

土生くんの殊勲の一打が明治の中堅手の頭を越え、三塁コーチの野崎くんが飛び跳ねながら腕をグルングルンと回した時、私はウルウルと泣いてしまいました。
こんな劇的な勝利は久し振りです。
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先発・福井くんが、制球に苦しみながらも6回を投げて1失点。
それも、左翼を守る四年生・山田くんの、やや緩慢な守備で与えてしまった1点。

ともあれ、福井くんは、昨日の斎藤くんと全く同じ内容で、先発の務めを果たしました。

そして、七回から登板した二番手・大石くんも、追加点を許しません。

しかし、今日の早稲田打線は、明治の左腕・西嶋くんの前に、得点の糸口が全く掴めません。

0対1
その嫌な流れを変えるきっかけを見出せないまま、早稲田は9回裏の攻撃に。
そこで、先頭打者の宇高くんが、重苦しい雰囲気を突き破り、左前に火を噴くような安打を放ちました。

この安打が、予想以上に明治ベンチにインパクトを与えました。
このまま完投すると思われた西嶋くんから、森田くんへの突然の投手交代。
宇高くんの一打で腰が浮いてしまった明治ベンチが、自ら流れを変えるきっかけを作ってくれた格好です。

マウンドに登った森田くんは、プレッシャーでアップアップの状態。
ついにエース野村くんが登板するも、一度変わってしまった試合の流れには抗しきれず、最後は早稲田の四番・土生くんが、二死満塁から劇的な逆転サヨナラ打を放ちました。


ネット裏も、内野席も、学生席も、早稲田ファンの笑顔で溢れていましたよ。

試合終了後、応援部・競走部のご長老・若手OBの皆さんと祝杯をあげた私は、すっかり酔っ払って、横須賀線の終点・久里浜駅まで寝過ごしてしまいました。

それでも、気分は最高です。

先ほど、学生コーチの野崎くんから、「必ず優勝します」と心強いメールが届きました。

優勝を目指して、一直線です。
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明治に先勝

2010-09-25 23:31:53 | 大学野球
今日は、朝から休日出勤して、午後は神宮球場に移動して早明一回戦を応援。
試合終了後は、またオフィスに戻り、仕事が終わったのは午後11時過ぎ。
それでも、喫緊のタスクには目処をつけることができたので、明日の出勤は必要なくなりました。

そんなわけで、横須賀線下り電車で缶チューハイを飲んで一息つきながら、このブログを書いています。
人より2時間早く出社して、2時間早く夜の街に繰り出すことを信条としている私にとっては、ちょっとばかり異例の仕事ぶり。
あぁ~疲れた…

さて、今日は前半戦の天王山といえる試合であっただけに、実に価値のある勝ち星でした。
斎藤くんが主将と主戦投手の両方の重責を、きっちり果たした証の一勝と言って良いでしょう。

途中、制球に苦しむ場面もありましたが、6回を投げて一失点。
球速表示等々、マスコミが喜びそうな拘りに見向きもせず、勝負に徹する投球でした。

オープン戦と同様、リリース・ポイントが時おり乱れて、ハラハラさせられる場面が今日もありました。
しかし、ワンバウンドとなる投球を身体を張って止める市丸くんの堅守に支えられて、見事に第一戦先発の責任を果たしました。

それにしても、市丸くんは攻守に良い働きをしています。
甲子園優勝キャッチャーの白川くん、あるいはドラフト候補だった地引、杉山の後輩キャッチャーたちとの部内競争を勝ち抜いた実力は、間違いなく本物。
さすが、甲子園優勝チームの主将・四番打者です。

一方、副将の宇高くん。
第一打席で二塁打を放つも、拙守でチームの足を引っ張ってしまいました。
この夏は、オープン戦から二塁を守る機会が多かったために、三塁を強襲する打球への反応が一瞬遅れたのかも知れません。

最近十年間の早稲田で、彼が最も守備が上手い三塁手だと私は思っているので、明日は早稲田を連勝に導く攻守を期待したいと思います。

バットが湿りがちな山田くんに代わってスタメンで左翼に入った新人・大野くんは、今日のラッキー・ボーイでした。
しつこい打撃と果敢な守備。
なりふり構わぬ彼のプレーが、勝利の女神の心を動かしたと私は思います。

素顔の大野くんも、今日のプレーと同じく、物怖じしない積極的で明朗な若者です。
この活躍を二度、三度と続けて、上級生たちのお尻に火を着けてもらいたいです。
彼は内野も外野も守ることができますから、これからも出場機会が多くなるでしょう。

明日は、福井くんが満を持して先発するはずです。
大石くんの調子がイマイチなので、福井くんには完投を期待しています。

ガンバレ早稲田!
勝ち点4同士の早慶決戦に勝って、完全優勝だ!
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燃えよ神宮球場

2010-09-24 18:15:24 | 大学野球
「地名」に関する昨日の記事の延長線上の話題をもう1つ。

地下鉄・外苑前から神宮球場に向かって、すぐ左手にある猪瀬酒店の角から原宿方向に抜けていく路地には、「キラー通り」という名前がついています。

以前から、この通りの名前の由来を知りたかったのですが、やっと判りました。
なんと、ファッション・デザイナーのコシノジュンコさんが、勝手に名付けて、そのまま定着してしまったものでした。

欧米では、小さな路地にも、「○○ストリート」「○○ブルバード」などと名前が付いていることが多いことをヒントに、かつて青山にブティックを構えていたコシノさんが、ちょっと悪ノリな発想で名付けたとのこと。

お役所が考えたものとは思えない「キラー通り」という響きの謎が、やっと解けました。
さすが、シノジュンコさんならではのネーミングと、納得です。


さて、明日から予定される早明戦。
いつのシーズンも常に明治は優勝の前に立ちはだかる難敵です。
だからこそ、明治から勝ち点をあげることには大変な価値があります。
何が何でも難敵・明治を倒して、優勝争いの先頭に立ちましょう。

激戦を勝ち抜いて、晴れやかに斎藤主将が賜杯を受け取る姿を、想像してみてください。
そして、夕暮れの神宮球場で「早稲田の栄光」を歌う感激を想像してみてください。
きっと、体の中の応援パワーが、沸騰してくると思います。

選手、学生応援団、そしてファンが早稲田パワーを結集し、神宮球場を燃え上がらせましょう。
(冒頭の写真は、1978年秋に完全優勝を果たし賜杯を受け取る、同期の誇り・中屋主将)

ところで、神宮球場が竣工してから84年経過しています。
しかし、鉄筋が極めて頑丈なので、部分的な補修・補強を行なって行けば、当分は大丈夫のようです。
ちなみに、神宮外苑の敷地内は3階以上の建造物が禁じられており、加えて、現在の球場敷地の直径が200mに満たないため、ドーム球場を現在地に建築することはできないそうです。

「神宮がドーム球場になれば、天候に日程が左右されずに済むのに」と考えたことのある六大学野球ファンは少なくないと思いますが、ドーム球場化は簡単ではなさそうですね。

なお、もしドーム球場が建設できることになったとしても、開閉式の天井にしてもらわないと。
「紺碧の空」が歌えなくなりますからね
(^^)v

話題は変わりますが、ネット裏の観客席は、私が小学校六年生だった1967年(昭和42年)までは、現在より後ろに5列分ぐらい下がったラインまでしかなくて、記者席が露出する構造でした。


観客席数を増やそうと大改装された後は、記者席は客席の床下に。


実は私、報道関係者ではないにも関わらず、ある野球部ご長老に随行して、この記者席から野球観戦したという貴重な経験があります。
晩秋の神宮野球大会でした。

もちろん、周りの席は、新聞記者やテレビ局関係者の方ばかり。
暫らくすると、私を連れ来て下さったご長老が席を外されてしまったために、私一人がポツンと取り残されることに。
記者の皆さんは互いに顔見知りで、私だけが間違いなく浮いた存在でした。

その時に記者席にいた報道関係者の中で、一人だけ面識のあったのが六車護さん(むぐるま・まもる。高松一高-早大-毎日新聞社。昭和39年入学。野球部OBで、林田さん、三輪田さんらと同期)

六車さんが、一人取り残された異分子の私の存在に気がつき、「銀行員のキミが、なぜ此処にいるの?」という怪訝な表情で、遠くからチラチラと私の方をご覧になるので、その視線が気になって、せっかくの機会なのに、私はちっとも野球観戦を楽しむことができませんでした。
(T_T)
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台風接近

2010-09-23 18:10:48 | 社会全般
雨の休日という冴えない1日となってしまいました。
加えて、台風が北上していて、今後の進路によっては、週末の東京をかすめる可能性があるとの予報ですから、土曜日の早明一回戦にも影響が及びそうです。

さて、地名や駅名には、その土地の歴史を想像させるものが数多くあります。

例えば、○○沢という地名の新しい分譲地があったとしますと、「これは、湿地を埋め立てて造成した土地かも知れない。地盤は大丈夫なのかな?」と、ふと私は考えます。

あるいは、○○河原という地名に出会うと、「過去の大雨の時に、浸水したことがあるのではないか?」などと、あたかも不動産担保の実地調査しているような目線で周囲を見回してしまいます。
これは、長年、銀行マンとして融資業務に携わってきた私の習性といえるのかも知れません。

そんな私が妙に記憶に残っている、動物に絡んだ地名を、いくつかご紹介します。

まず、「野猿街道」
マイカーで東京・八王子に向かって走っている途中で、偶然通りかかりました。
この地名を目にした私は、思わず車の窓から周囲を見回してしまいましたけれど、もちろん、猿はいませんでした。
でも、この道を最初に通した頃には、野猿が時折顔を出すような山の中だったのかも知れないなあと、あれこれ想像を楽しみながら、ドライブを続けました。
(*^_^*)

次に、「熊の前小学校」
従兄弟の車で名古屋の郊外を走っていたら、この名前の学校を通り過ぎました。
とても熊が出てきそうな場所には見えませんでしたが、どのような由来のある校名なのでしょうか。
ともあれ、色々な想像を掻き立ててくれる、楽しい名前です。

3番目に「蛇窪信号所」です
ここは、私が通勤で利用しているJR横須賀線の西大井駅と品川駅の間にある分岐点。
同じ線路を走る湘南新宿ラインが、品川駅ではなく大崎駅に向かうために、途中から分岐していくポイントがあります。

周囲は、住宅が密集していますが、起伏に富んだ地形ですから、かつては、その名の通り、蛇が棲むような窪地もあったのだろうと想像できます。

このあたりは、戦後まで蛇窪という地名だったそうですが、区画整理が行われる際に、「山村辺ぴな土地を想像させるから」という理由で、別の地名に変えられてしまい、今は古くからの施設名にのみ残るそうです。

最後に、「蛇崩川」
蛇シリーズ第二弾は、私が育った東京都目黒区にある川で、中目黒駅の脇を流れる目黒川の支流の一つです。
川といっても、今は暗渠化されて緑道となっています。

「蛇崩」という地名には、土砂崩れの時に大蛇が出現したなどの様々な伝説があるそうで、不気味な印象を受ける方もいらっしゃるかも知れません。
でも、小学校時代に自転車でこのエリアも遊び回った私にとっては、懐かしい、親しみのある地名です。

もっとも、先の「蛇窪」と同様、この蛇崩という地名も消滅し、現在は交差点と河川の名前のみ残っています。
都会人には、「蛇」という言葉の響きが好まれないということでしょう。

昭和初期から最近までの蛇崩の街並みの移り変わりを撮った写真を紹介されているサイトがあります。
昭和38年に目黒区に引っ越してきた私にとって何とも懐かしい、当時の東京の住宅地の風景があります。
蛇崩写真館
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明日は晴れるか

2010-09-22 18:55:04 | 社会全般
せっかく明日は祝日なのに、天気予報は芳しくありません。
東伏見に行きたいと思っていましたが、ちょっと無理かも知れません。

さて、民主党政権に対して、経済界から「成長戦略」を求める大合唱が起きています。

金融の世界で生きてきた経験でいうと、付加価値の低い産業、あるいは競争力を失った企業に退場してもらって、放っておいても様々なリソースが成長分野に流れ込む仕掛けが最も有効です。

これは、高度成長期のように官僚が決められることではありません。
民間企業がグローバルな競争に頭から飛び込んで、弓矢の飛び交う中で活路を見出だしていくしかないのです。

そういう観点に立つと、郵貯や系統金融機関のビジネスモデルは、現代にマッチしているとは私には思えませんし、ゾンビ企業にまで広範な返済猶予を認めて存命を図る法律が施行されたことに至っては、正気の沙汰とは思えません。

民主党の脆弱な足元を見透かして、これらの時代逆行の政策を実行してきた国民新党に対して、私は心の底から怒りを感じています。

幸い、社民党は自分で表舞台から去りました。

残るは、国民新党。
この視野の狭い政党に一刻も早く国政の表舞台から退場していただくことが、私の考える成長戦略の第一歩です。

菅さん、小沢さんのバトルを観戦するのは、その後からで十分ですよ。
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週べ今週号

2010-09-21 19:11:16 | 大学野球
週刊ベースボール今週号では、ドラフト関連の特集で、早稲田の斎藤・福井・大石の投手三羽烏の記事、そして、慶応・伊藤、早稲田・土生、立教・岡崎の、三年生四番3人衆の記事が見どころです。

投手三羽烏については、法政OBの黒田さんらの興味深いコメントがあります。

一方、この秋の土生くんの充実ぶりには目を見張るものがあります。
私は、ぜひ彼に打撃タイトルを、それも三冠王を狙ってもらいたいと思っています。

もちろん、大学ジャパンの四番打者である慶応の伊藤くんは強敵ですが、土生くんの素質と努力は、決して引けをとりません。
彼の上半身は、広陵の大先輩・金本さん(阪神)を彷彿とさせるように、鍛え抜かれています。

土生くんのバットが、相手投手をビビらせるような猛威を振るえば、必ず早稲田の打線全体が本来の力を発揮し始めるはずです。

早稲田の投手陣が1試合3失点以下に抑えてくれるはずですから、あとは土生くんを核とする打撃陣が、それ以上の打点をあげてくれることを願うばかり。

きたる早明戦では、必ず土生くんのバットが火を噴きますよ!
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