外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

「坂の上の雲」と早稲田野球

2011-01-24 17:59:47 | 大学野球
私のオフィスから、皇居のお壕が見えます。
この季節は、北国からやってきた様々な種類の渡り鳥たちが、お壕の水面で羽を休め、春を待っています。

鳥たちの仕草を眺めていると、ビジネスの喧騒をしばし忘れ、平和と安らぎを実感することができます。

しかし、宮崎で勃発した鳥インフルエンザのニュースに接してしまうと、それまで平和の使者のように思っていた渡り鳥たちが、ちょっと危険な存在に見えてきてしまいました。
(T_T)

宮崎県の養鶏業者の皆様、
心よりお見舞い申し上げます。
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さて、昨年末はNHKテレビの「坂の上の雲」を楽しんだ方も多かったと思います。
欧米の列強による勢力争いの渦の中で、開国して間もない当時の日本人が必死に生き抜こうとする様子には、理屈抜きに感銘を覚えます。
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広瀬中佐が戦死されて、いよいよ日露戦争が激しさを増していく局面となってきましたが、ここで忘れてはならないトピックがあります。
それは、早稲田大学野球部のアメリカ遠征です。

歴史を紐解くと、

1904年(明治37年)2月5日:日露戦争が始まる。

同年3月:広瀬武夫中佐が旅順港閉塞作戦で戦死。

同年12月:203高地を日本軍が占領

翌1905年(明治38年)5月:日本海海戦で日本が勝利

同年9月:終戦

ここに早大野球部の歴史を重ね合わせてみますと・・・

1904年3月(すなわち開戦の翌月。広瀬中佐の戦死された当月)から1906年:シカゴ大学の元投手であるメリーフィールド氏から野球技術のコーチを受ける

翌1905年2月27日:早大野球部の渡米が決定されたと、朝日新聞が報道。

同年4月:安部磯雄先生を団長として、早大野球部が第一回アメリカ遠征を挙行。

同年6月(すなわち日本海海戦の翌月):7勝19敗という結果を残して帰国

したがって、日本が国家存亡を懸けてロシアと開戦した直後に、早大野球部は米国人コーチを招聘。
対馬沖で連合艦隊とバルチック艦隊が乾坤一擲の艦隊決戦を行なっている、まさにその時期に、早大野球部は米国を転戦していたことになります。
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当時の日本は、日本国債の海外での消化による戦費調達、そして早期停戦を図るための調停役を米国に期待していました。
何といっても、もし日露戦争が長期化したら、日本は財政面から破綻してしまうのは必至という切羽詰った状況でした。

そんな待った無しの局面での米国遠征ですから、これは決死行だと、安部先生は内心考えていらっしゃったという気がします。

米国の各地で親善試合を行なうことを通じて、「日本って、どこの国? 日本人は何を食べてるの?」というぐらいの認識であったろう米国民に、日本人の若者を実際に見てもらう。
そして「ふーん、日本人って、野球のルールもちゃんと理解しているし、いっぱしの文明国じゃないか」と親日感情を醸成する。

そんな国家レベルの使命を早大野球部が担っていたことは、まず間違いないでしょう。
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それにしても、もし日本海海戦で日本艦隊が敗れていたら、米国内を転戦中であった早大野球部の選手団はどうなったことやら。ちゃんと帰国できていたかどうかも分からなかったのではないでしょうか。

明治時代の先人は、サムライでしたね。
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3 Comments

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これぞ編集工学ですね! (hchs21)
2011-01-24 19:41:11
編集工学の松岡 正剛さんが、日本史と世界史を別の学問として捕らえずに、「同じ時間軸に並べてみると新たな発見や気付きがある。」という風に、何かの本で書かれていたのを思い出します。同じ、日本史でも日露戦争と早大野球部の歴史を並べて見ただけで、同じ出来事が”他人事”ではなくなくなります。広瀬中佐がますます好きになりました。

野球好きのマイケル・サンデル博士がある対談の中で、「人生に必要な知恵はすべて野球に学んだ」とのJOKEを言われてましたが、野球(スポーツ)を通して見えてくる歴史もありますよね。
安倍磯雄と日露戦争 (nsjhc1)
2011-01-24 20:57:43
こんばんは。nsjhc1でございます。

安倍磯雄先生は、私たち六大学野球ファンにとっては、『早稲田野球部の父』そして『日本野球の父』としての方が親しみがありますが、明治期の社会主義者であり日露戦争に対して非戦論を唱えました。同時に先駆的なフェミニズム運動家でもあります。
今日1月24日は安倍磯雄先生とともに当時に非戦論を唱え、社会主義運動をともに行い、後に大逆事件で処刑された幸徳秋水の刑死から丁度100年の日です。
日露戦争と安倍磯雄先生のお話がでましたので、ちょっと蘊蓄(というほどのものではないですが)を記載しました。

ファウスト的人間 (MT)
2011-01-27 17:45:12
 この早稲田の遠征の記録を以前見たときに、ウィスコンシン大学と何試合かしていた気がします。
昔、ウィスコンシンでホームステイをしたことがあり、野球場にも行きましたが早稲田のことは地元の野球通の方も「?」という感じでした。残念。
自ら進んで問題解決に乗り出す人、言われなくても勉強する人、つまり積極的な人を「ファウスト的人間」というそうです。

運動部の学生は自らに負荷をかけ、あと一本、あと一秒に集中し自分の限界に挑戦しています。
従って社会人として、成功する人が多いという研究があります。
他方、Wの学生でも自らハードルをすぐ下げてしまったり、まだ2年生の夏休みなのに「部活と就活の両立に自身がない」と言って退部しようとしたり、チャレンジする前に「できない」と判断する学生も多いです。
大企業の部課長クラスの方と話をしても、部下(いわゆるブランド大学出)にちょっと難しい仕事を与えるとすぐ「できません」という、と異口同音に嘆きます。
やりたくないことはしなくて良い、と教わっているためなのか。
悩みはつきません………。

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