外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

明治安田生命と引分け

2011-08-31 22:38:08 | 大学野球
本日行われた明治安田生命とのオープン戦は、引分けとなったようです。
漏れ聞くところでは、投手陣が上級生から下級生まで出揃ったころから、社会人とも互角に戦うことができるようになったとか。

もちろん、持久力という点では、上級生投手に軍配が上がります。

豊かな素質の下級生投手、
鍛え抜いた身体と気持ちのスタミナを誇る上級生投手。

そんな、現時点での投手陣の特性を踏まえて、その最大限に発揮することができたら、今季の早稲田は社会人の名門チームとも互角に戦うことができます。
この1週間の最大の成果です。

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DVD「総天然色・ウルトラQ」が発売されました。

私は、ウルトラQの白黒バージョン全巻を持っています。
したがって、作品そのものに未知の領域があるわけではありません。

しかし、「総天然色」という、いかにも昭和っぽい枕コトバに、理屈抜きの衝動があったのです。

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ウルトラQシリーズの中から、忘れることのできない名作三つを、独断と偏見でリストアップしてみました。

まず、シリーズ第1作「ゴメスを倒せ」
当時の小学生にとって、お正月や夏休みに映画館に連れていってもらわないと観ることのできない特撮怪獣映画。
それが、自宅のテレビで毎週放送されるようになったのですから、私は感激に打ち震えました。

「ゴメスを倒せ」は、東宝映画におけるゴジラとラドンとの対決をそのまま連想する作品であったことも、興奮する要因となりました。
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「クモ男爵」も、最高です。

これは、深い森に迷い込んだ若者たちが、古びた洋館で巨大なクモに襲われるというストーリー。

都立青山高校の先輩である若林映子さんが、準主役で出演されています。


そして、「マンモス・フラワー」

東京・丸の内のオフィス街の地下に眠っていた古代の巨大植物の球根が、長い眠りから目覚めて、巨大な花を丸の内のオフィス街に咲かせるというストーリー。

撮影の舞台となった昭和40年ごろの丸の内の街並みが、現代の丸の内で働く私にとって、とても新鮮で興味深いのです。

ちなみに、番組の中で、マンモス・フラワーが咲いた場所は、全銀協の辺りかと思います。
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ワルツ・フォー・デビイ

2011-08-30 22:12:31 | 音楽
東京駅前の丸の内ビルディング1階で、9月2日(金)から三日間限定で、JAZZピアノの巨匠:ビル・エヴァンスをテーマにしたカフェが開かれます。
不朽の名盤「ワルツ・フォー・デビイ」の録音五十周年を記念するイベントだそうです。
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「ワルツ・フォー・デビイ」は1961年(昭和36年)に、リバーサイド・レーベルで録音されました。

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このアルバムを私が初めて聴いたのは、1971年、青山高校一年生の時。
一緒にJAZZコンボを組む、ピアノのSくんから「これは凄い」と言われ、渋谷のJAZZ喫茶「デュエット」でリクエストして、聴きました。
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ショックを受けました。
こんな形でベースがピアノに絡んでいくピアノ・トリオを、それまで私は聴いたことがありませんでしたから。

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ウッド・ベースを担当していた私は、「リズム・セクション」として、正確なビートと豊かに弾む低音を送り出すことでサウンドを支えるのが、ベーシストの美学だと思っていました。

ところが、ビル・エバンス・トリオのベース奏者であるスコット・ラファロは、リズム・キープという役割を超えて、ピアノに真正面から絡んでいくというアプローチ。

「こんなベースの弾き方があるんだなあ」と、ただただ、驚くばかりでした。

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「録音から50年」という丸ビルのポスターを見かけ、40年前の衝撃を思い出したのでした。
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「大学野球」秋季リーグ戦展望号

2011-08-29 21:31:25 | 大学野球
週べ増刊「大学野球」秋季リーグ戦展望号を買ってきました。

春の成績がもう1つだっただけに、紙面における早稲田のプレゼンスが低いことは仕方がありません。

リーグ戦終了時に、「しまった!開幕前に、もっと早稲田を取材しておけば良かった」と、週べの記者たちを慌てさせる、実りの秋にいたしましょう。

一点だけ、週べに注文があります。
選手名鑑をカラー刷りとしていただくのはありがたいのですが、若杉、足立、有原、中村の4人の写真について、きちんと色合わせをして欲しかったです。

撮影時点が異なるために画質差はは仕方ないです。
しかし、選手名鑑における彼らの顔色は、まるで瀕死の病人…。
(T_T)

「大学野球」の選手名鑑は、多くの選手やご家族にとってかけがえのない記念となるものです。
それだけに、十分なチェックをしていただきたかったです。
次回からは頼みますよ!!

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さて、本日行われた東京ガスとのオープン戦は引分けだったと、観戦した友人から知らせをいただきました。

これまで夏のオープン戦で投げていなかった投手も登板して、結果を残したようです。
とりあえず、一安心。

これで、秋を戦い抜く投手陣の顔ぶれが、一通り揃いました。
(^^)v

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「弾性限界点」という表現があります。
物体に圧力をかけて変形しても、圧力から解放すれば元の形に復元する。
しかし、圧力が一定のレベルを超えてしまうと、変形したままで元には戻らなくなる。
その限界点を指す言葉です。
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銀行マンの世界では、人事管理を行う中で、比喩的に「弾性限界点」という表現を使うことがあります。

すなわち、若手を鍛えようとする場合、その行員が現時点で有する知識や経験では足りないタスクを与える場合があります。

タスクを与えられた若手行員は、「これは大変なことになった」と、慌てて専門書を読みあさったり、先輩たちの残した業務書類を読んだり、身近な先輩や同期生たちにアドバイスを求めたり…
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タスクを与えた上司は、その若手が、どのようにして困難に立ち向かい、そして克服していくのかを、ちょっと距離を置いて眺めています。
すると、その若手行員の性格、地力、職業感、人間関係等々
様々なことが見えてきます。

独学で見事にハードルを越えるタイプ、
少しも自助努力せずに、すぐに助けを求めるタイプ、
人脈を活かし、情報を収集して対応するタイプ、
難問を抱え込んでしまい、いつまでたっても解決できないタイプ、

別の視点からは、
最初から、大変だ、大変だと声をあげるタイプ
舞台裏の苦労を見せずに、格好よく成果だけを提出するタイプ
大丈夫という顔をしているくせに、提出する成果はボロボロというタイプ

しかし、与えるタスクの困難度が若手行員の弾性限界点を超えてしまうと、精神的に破綻したり、業務上で事故となったりしてしまいます。
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このところの早稲田は、社会人野球の強豪チームとの対戦で敗戦が続いていたので、厳しい結果が選手たちの「弾性限界点」を超えていないかと、実は少し心配していました。

しかし、少しもへこたれずに強敵に挑んでいる早稲田の選手たちの頑張りを知らせていただき、自分の不明を恥じるとともに、選手たちの不屈の闘志に頭の下がる気持ちです。

やっぱり、早稲田の野球部員たちは、私にとって畏敬の存在です。
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JR東日本に完敗

2011-08-28 20:37:34 | 大学野球
本日行われたJR東日本とのオープン戦は、早稲田が大差で敗れました。

千葉県我孫子のグラウンドまで、我が家から車で2時間あまり要しました。

合宿所、室内練習場、そしてグラウンド。
JR東日本の実に素晴らしい最新の施設には、本当に驚きました。

こんな環境で野球に専念できる野球選手たちは、本当にに幸せです。




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ただ、別の見方をすると、JR東日本の現役野球部員であることは、学生野球とは一つ異なる次元の厳しい競争を勝ち抜いたことの証でもあります。

JR東日本の場合、現役部員数は三十名。
毎年、新人が入社してきます。
その中で、その三十名の枠から外れたら、引退するしかないという厳しい社会が、社会人野球です
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パナソニック、日本生命、JR東日本…
社会人の強豪チームとの連戦を経験して、早稲田の野球部員たちは、どのように受けとめているのか、とても関心があります。

勝負の結果はともかく、一つでも多くの教訓を部員たちが得て、秋のリーグ戦に前向きに活かしてくれることを期待します。
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高校生練習会( 第二回)

2011-08-27 21:22:12 | 大学野球
今日、練習会に参加した高校生は25名前後。

甲子園組が集まるのかと思いきや、全国各県の、いわゆる進学校が勢揃いという感じでした。

なお、今年は早実の野球部員たちが1人も参加しませんでした。
各地から集まってくれた1人1人の参加選手の力量を、じっくり見極めたいという岡村監督のお考えなのだろうと思います。

早実の選手たちが東伏見の練習に参加する機会は、練習会以外に、いくらでも設けることができます。

なお、ネット裏に、4連覇メンバーであった伊藤貴樹くん(秋田高校-早大-盛岡一高野球部長)が来ていました。
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練習会終了後は、源兵衛で一杯。
江尻亮さん(日立一高-早大-大洋ホエールズ)、奥田さん(明星高校-早大)と一緒になりました。

明日は、一軍戦が我孫子のJR東日本グラウンド、二軍戦が東伏見です。
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横浜「登良屋」

2011-08-27 08:45:02 | 好きなお店
昨夜は、現在勤務する銀行の先輩と、横浜で食事しました。

行った店は伊勢佐木町の「登良屋」
お刺身、煮魚、天ぷら、
いつも通り、期待通りの美味しさでした。

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登良屋に遅れてはいけないと、大急ぎでオフィスから東京駅に移動した際、バットケースを担いだ1人の高校球児とすれ違いました。
エビ茶色のバッグに表示された校名で、富山県の高校だと判りました。

「ひょっとして、明日の早稲田の練習会に参加するのかな?」
富山県滑川市を第二の故郷としている私としては、気になってしかたがありませんでした。

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しこたま飲んだために、この原稿を書いていた途中で眠りに落ちてしまいました。
(><)

今朝も寝坊してしまいましたが、これから東伏見に向かいます。

なお、昨日行われた日本生命とのオープン戦は、早稲田OBの宇高くんに大ホームランを打たれて負けてしまったようです




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明後日は、二回目の高校生練習会

2011-08-25 23:48:38 | 大学野球
本日行われたNTT西日本とのオープン戦は、早稲田の完敗だったそうです。

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早いもので、明後日の土曜日には、二回目の高校生練習会が行われます。

今のところ天気予報はイマイチですが、何とか予定どおり実施できるように思います。
AAA選抜組を除く甲子園出場選手たちが参加してくれるはず。
一回目と同様の盛況を期待したいところです。

今夜は疲労困ぱい…。
お先に眠らせてください
(-_-)zz
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Mellow Yellow

2011-08-24 21:08:11 | 音楽
我らが早大野球部は、今日から関西の強豪社会人チームとの3連戦。

緒戦のパナソニック戦は、惜敗だったようです。
でも、詳しいことは書けないのですが、本当に嬉しいニュースもあります。

この調子でいけば、秋の早稲田は必ずや台風の目になるはずです。

ガンバレ早稲田!

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ところで、私のオフィスの自動販売機に、缶飲料「メロウ・イエロー」が新たに装填されました。
私は知らなかったのですが、他の若手スタッフによれば、過去の人気商品の復活なのだそうです。

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「メロウ・イエロー」と聞いた時、私が最初に思い浮べるのは、イギリスのシンガー&ソングライター、"吟遊詩人"のドノバンです。

今は亡き加藤和彦さんが、1960年代から70年代前半に深く傾倒していたのがドノバン。
私も大好きでした。

ドノバンは、ビートルズのメンバーと親交が深く、サウンド作りにおいて共通すると感じる曲が少なくありません。

特に「メロウ・イエロー」はビルボードの上位にランクされたヒット曲ですが、オリジナルのスタジオ録音では、ポール・マッカートニーもベースとコーラスで参加しているほど。
ブラスの使い方は、ビートルズと全く共通します。

一方、日本の俳句が好きだというドノバンは、歌詞については、韻をふんだリフレインが得意中の得意。
「メロウ・イエロー」は、ドノバンの特徴が最も顕著な作品と言えるでしょう。
携帯用リンク

パソコン用リンク
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「メロウ・イエロー」の歌詞です。

これまで通り、私なりの和訳を付け加えたいところなのですが、今回は差し控えます。
今になって改めて歌詞を読むと、クスリのことを歌っているように思えてならないので…
(><)
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I'm just mad about Saffron
Saffron's mad about me

I'm just mad about Saffron
She's just mad about me
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{Refrain}
They call me mellow yellow
Quite rightly
They call me mellow yellow
Quite rightly
They call me mellow yellow
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I'm just mad about Fourteen
Fourteen's mad about me
I'm just mad about Fourteen
She's just mad about me

Born high forever to fly
Wind velocity nil
Born high forever to fly
If you want your cup
I will fill

{Refrain}

So mellow, he's so yellow
Electrical banana
Is gonna be a sudden craze
Electrical banana
Is bound to be the very next phase

{Refrain}

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なお、ビートルズの「イエロー・サブマリン」も、ほぼ同じ時期に録音されています。

曲名といい、曲調といい、クスリっぽい雰囲気といい、実に似通っています。

泥沼のベトナム戦争が続いて、世界中の多くの若者たちが反体制の意識を抱く。
そんな、ちょっと危ない時代の名曲です。
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週べ今週号

2011-08-23 21:34:19 | 大学野球
今日は、名古屋のオール早慶戦。
私らしくもなく、業務のために応援を断念せざるを得ませんでした。

しかし、当然に私が名古屋入りしていると思った佐々木雅次さん(早大-トヨタ自動車。私の同期生)から、「どの辺りに座っていますか?」と電話をいただいたり、オフ会仲間から球場の様子を伝えるメールや写真が届いたり…

また、今日は山岡剛くん(ENEOS)、日野くん(明治安田生命)、宇高くん(日本生命)も出場すると聞いています。
特に、宇高くんは関西に就職したために、普段はメールをやりとりするしかありません。
今日は、久しぶりに彼のWASEDAのユニフォーム姿を見たかったです。
(T_T)

涙、涙の夕方となってしまいました。

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さて、週刊ベースボール今週号は、「豪腕_新伝説」がテーマ。
楽天・田中、巨人・澤村の両投手を皮きりに、12球団の速球派投手たちが数多く紹介されています。

早稲田からも、巨人の越智大祐くん(新田高校)と、西武の大石くん(福岡大大濠)が取り上げられています。
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大学野球のコーナーでは、立教のエース左腕・小室投手の特集です。
慶応・伊藤隼太選手に対する小室くんの意識は強烈です。

もっとも私としては、「おいおい、小室くん。早稲田の土生と渡辺を忘れちゃいませんか」と言いたいところですが。

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私のイチオシは、東大OB・大越さんの連載コラムです。

運動部で共に汗を流した男同士の世代を超越した共感を、自然体で記していらっしゃいます。

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名古屋では、岡村監督になって初めての早慶戦勝利となったようです。

この秋は、早稲田が主役になりましょう!
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山城

2011-08-22 20:59:22 | 社会全般
かなり身構えて迎えた月曜日でしたが、大過なく業務を終えることができました。

しかし、当分の間は現在のドル円相場と低調な株式相場を前提としていかなくてはなりません。

その前提でも生き抜くことのできる体質へと、金融業界も一般産業界も、そしてビジネスマンも、自己変革していくことが大切です。

民間企業は国に期待しないこと、
そして、国は民間企業の活動を邪魔をしないことです。

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ところで、京都の「山城」という地名を耳にした時、私は二つ連想するものがあります。

一つは、京都府立山城高校。
法学部で仲の良かったクラスメートで、卒業後に野村證券に進んだSくんが山城高校出身でした。

彼の自慢の先輩は、サッカーの釜本選手(山城高校-早大)とプロ野球の吉田義男選手(山城高校-立命館-阪神)
コンパの席で山城高校を語り始めると、いつもエンドレスとなるSくんでした。
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もう一つ、私が連想するのは、旧帝国海軍の戦艦_山城。
私の父が若かりし頃、海軍経理学校の将校生徒として乗り込んだ練習艦が、戦艦山城でした。

山城は、扶桑型戦艦の二号艦として大正4年に就役。
当時としては、初めて排水量が3万トンを超える、日本最大の戦艦でした。


最大速力が24.5ノットと鈍足でしたが、主砲:36cm12門、副砲:15cm14門、高角砲:12.7cm8門という、世界最高水準の強力な砲撃力を有していました。

例えば、副砲と高角砲だけで巡洋艦3隻分ぐらいの火力に相当します。
そこに巡洋艦が搭載することのできない大口径の主砲12門が加わるのですから、就役当時は、「扶桑と山城を太平洋に配置したら、日本を攻めてくる国はどこにも無いだろう」というぐらいの信頼を集めたようです。

YouTubeで、山城を含む戦艦群の映像がありましたので、ご覧ください。
この重量感は、半端ではありません。

携帯用リンク
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しかし、扶桑型戦艦は基本設計に問題があり、就役後も度重なる改装を余儀なくされました。
艦隊に配備されて運用されている期間よりも、ドックに入っている方が長いという状況であったようです。

第二次大戦が勃発すると、空母を伴う機動部隊が作戦の主役に。
扶桑型戦艦は、その鈍足がネックとなり、開戦後も国内の基地に留まらざるを得ず、山城は練習艦となりました。

私の父が乗艦したのは、その時期の山城でした。
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飛行機の時代に完全に置いてきぼりをくった山城でしたが、昭和19年10月25日に、遂に出撃命令が出ました。

飛行機の援護がない状態でレイテ湾に強引に突入し、輸送船団を撃破した後に上陸部隊を攻撃すべしという無謀な作戦でした。

暗闇の中で日米の戦艦同士の壮絶な砲撃戦が展開されました。
しかし、レーダー装備を持たない山城は、敵艦隊の集中放火を浴びて、弾薬庫が大爆発を起こして轟沈。
乗員1400名のうち、生存者は10名足らずという、悲しい最後でした。

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戦艦山城の壮烈な最後を想像する時、艦と運命を共にした乗員の中に、かつて練習生として乗艦した私の父の面倒をみてくださった水兵さんも、いらっしゃったと思うのです。

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スリガオ湾で、壮烈に戦死された戦艦山城の乗員の方々にお世話になった父。
その父の子として生を受けた私。

私にできることは、ただ一つ。
日本が二度と戦禍に巻き込まれないように努力することだけです。
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