外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

西武・後藤選手

2008-06-29 22:43:17 | 大学野球
法政OBの後藤選手が今日の試合で二本の本塁打を放ち、久しぶりに元気なところを見せてくれました。

ご存知、横浜高校で松坂投手と同期生の後藤選手は、大学二年生で春秋連続で首位打者を獲得。しかも春は三冠王という素晴らしい出足でした。

しかし、四年生の時に絶不調に陥って以来、プロ入りしてからも、なかなか力を出せないで苦しんできました。

今日の活躍を本格的な復活のきっかけにしてもらいたいですね。
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竹澤くん快走!

2008-06-29 11:37:02 | 大学駅伝
先ほど、日本テレビが、竹澤くんが北京五輪行きを決めたと報じていました。

やりましたね!
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邦銀と外銀

2008-06-29 11:34:30 | ビジネス
邦銀から米系外銀への最初の転職から10年経ちました。

個々の銀行にもよるのでしょうが、私の入った外銀は、やはり別の世界でした。

まず、人事権が事業部門にあるので、人事部は給与計算や福利厚生などの事務を行うバックオフィスに過ぎないことに驚きました。
邦銀の人事部は、中央官庁のように強大な権限を持っていますから。

次に、年次休暇は年度内に使い切ることを求められ、それができないときは在日代表宛てに事情説明書を提出しなければなりません。上司も咎められます。

邦銀では、本部の融資企画グループ長でした。
休日出勤や深夜残業当たり前の部署で、銀行全体の不良債権と毎日格闘していましたから、1週間の夏休みを取るぐらいで、残りの大半は時効消滅。
転職したら生活スタイルが一変しました。


事務部門の発言力が強いことにも驚きました。
邦銀では、『営業と事務は車の両輪』と表向きは言われていましたが、実態は融資や国際業務で力を出せなかったスタッフが主として配属される部門でしたから、基本的に生産管理の素人ばかり。

外銀の事務部門には、自動車メーカー、コンピューター会社、そして軍隊出身者まで、生産と組織を管理する専門家が何名もいて強力なリーダーシップを発揮していました。

製造業では常識なのでしょうが、営業部門から何を相談する場合でも、必要となるヒト・モノ・カネを事前に数値化して捻出方法も算段しておかないと、ちっとも話が進みません。

邦銀では、『儲かる仕事を獲得してきたのだから、どうやって処理するかは、事務部門で考えてよ』という感じでした。


そして何よりも私が苦労したのは、業務に関する英文。

外国人のボードメンバーやビジネスヘッドたちは、直接会話する際にはフランクな形式を求め、うっかり『ミスター』『サー』なんて口にすると『俺とお前はそんな他人行儀な関係なのか』と怒りだすぐらい。

しかし、ひとたび文章となると、上下関係を厳格に踏まえた英文でないと、また怒りだします。

例えば、上司が部下に『この仕事をお願いします』という場合と、部下が上司に『この案件をお願いします』という場合。
日本語では同じ『お願いします』ですが、英語では全く異なる表現をとらなければなりません。

自分より上位の立場の人に何かを依頼する場合の基本は、依頼を受ける人に拒絶する余地のある文章にすることです。
そのようなニュアンスがないストレートな英文だと、依頼ではなく指示の文章となってしまいます。
『俺はお前の部下じゃない』『不遜な奴だな』と受けとめられてしまうわけです。

また、その文章が受取人のもう一ランク上の上司に転送されても、最初の受取人が面目を失わないような工夫も必要です。
例えば、心の中で『おたくの部署のスタッフのいい加減な仕事で、こちらは迷惑してるんだ』と思っていても、文章では『いつも配慮のあるサポートをしていただき、当部門を代表して感謝の意を表します』などと切り出していくわけです。

そうしておかないと、受取人は、自分の立場を守るために、こちらを徹底的に攻撃してきたりします。
これでは、まとまる話もまとまらなくなります。

多様な国籍、人種、宗教の社員が集まり、必ずしもジョブがセキュアドではない企業で円滑に仕事を進めていくためには、業務知識だけではなく、これらの『生活の知恵』の部分が極めて大切なスキルとなるんですね。


そんな切り口で英語を学んだ経験がありませんでしたから、最初は本当に戸惑いました。
もっとも、帰国子女で英会話に全く不自由のないスタッフでも苦労していましたから、誰もが一度は通らねばならない関門なのでしょう。


私の場合は、社内で飛びかう外国人同士のフォーマルなメールのやり取りやレポートなどに目を配り、参考となる表現を捜し出してはメモに残し、少しずつ自分でも使えるように改善していきました。
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呼友

2008-06-28 19:55:48 | 好きなお店
呼友(こゆう)は、文京区根津の裏通りにある小料理屋さん。

8名が座れるカウンターと4名用の小あがりという小さなお店です。

でも、いわゆる居酒屋料理とは一線を画す、本格的な和食系の料理の数々を、良心的な値段で楽しむことができます。

あまり話し上手ではないご夫婦が黙々と仕事するという雰囲気なので、板さんとの気さくな会話を期待する向きには、正直なところ向きません。

でも、手抜きのない料理を、ひと品ずつ堪能しながら飲む酒は格別ですよ。


場所柄、お客さんには東大や芸大の教職員の方が多いのですが、そんな方々との世間話も楽しみの一つです。
ちなみにBGMはジャズです。

日曜日はお休みですが、土曜日は営業しています。
(ちなみに今日の私は、休日出勤を終えて、呼友に来てリラックスしています)

ぜひ一度、訪問してみてください。



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応援の効用

2008-06-28 17:41:42 | 大学野球
enjinさんから情報をいただきました。

「週刊 甲子園の夏 3号」のふるさと風雲録というコーナーで、大分県の広畑さんという県高野連の元理事長の方が、興味深い指摘をされています。

「選手には、練習を見守る、熱い視線が重要だと思い知りました」として

「グランドの移設は、伝統校の津久見が勝てなくなった時期に重なります。
柳ケ浦もグランドの新設で見学者が減ってから、甲子園での不振が続いています。
かつて、大分商でも同じようなことが起こっています」

素晴らしい施設を作るだけが、練習環境の整備ではないということですね。

考えさせられるお話です。

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最後の秋に輝け 四年生! (その6)

2008-06-27 06:56:17 | 大学野球
最後の秋に臨む四年生に対する応援メッセージ。
六回目の今日は、小島(おじま)啓司二塁手に声援を送ります。

私が小島くんに注目し始めたきっかけは、東伏見で練習を見ていた時のenjinさんの一言でした。
『あの二塁手は小さいけれど、守備は上手いと思いませんか』
小島くんが2年生の秋のことだったと思います。

それ以来、上本くんと一緒に守備練習している小島くんの動きを、意識して目で追い続けるようになりました。

確かに彼は上手い!
そして四年生となり、彼の無駄のないステップと柔らかい球さばきに、一層磨きがかかってきました。

ただ、何と言っても早稲田の二塁には、上本くんという飛び抜けた才能の持ち主がいます。
打撃、走塁も含めて極めて高い総合力を誇る上本くん。常時出場が期待される主将でもあります。

同期ばかりでなく、下級生にも有能な内野手が多いことも小島くんには不運でした。
早大ラグビー部の伝統と同じく、応武さんは、同レベルの力量の選手であれば下級生を優先してベンチ入りさせるという方針を採っていらっしゃるように感じられますから。
部員たちの在学中の伸びしろと貢献期間を考えれば、野球部を預かっていらっしゃる監督さんとして、極めて合理的な応武さんの方針です。


でも私個人の願望をいえば、リーグ戦で彼のフィールディングを一度見てみたいです。
守備ならば彼は間違いなく一流なんですから、四年間の鍛錬の結果を、神宮のファンの皆さんに披露する機会が小島くんにあればいいなと思います。


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懇親会

2008-06-26 23:28:43 | オフ会・その他
今夜は、神楽坂でdawase86さん、 nearcoさん、 MTさん、そして神宮の杜の主さんとの懇親会。

元気一杯の学生さん数名も参加してくれたので、実に愉快な夜となりました。

気の早い話ですが、次は祝勝会として集まりたいと思います。
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逆サマータイム

2008-06-26 06:04:40 | ビジネス
日本でも、環境対策の一環として、サマータイムを導入すべきという議論が高まってきました。

確かに米国などでは随分前から導入されている制度ですから、ともかく試行してみたら良いと思います。


もっとも、毎朝7時過ぎにオフィスに着いている朝型人間の私としては、逆サマータイムを実施しようかと現在思案中。

なぜならば、オフィスの入っているビルの空調が朝8時から起動するよう集中管理されているので、それまでの約一時間の室内が結構暑くて不快なのです。


ただ、電話の鳴らない朝の時間帯は効率的に仕事がさばけるので、やはり早出は私にとって捨てがたいところでもあります。

夜型人間の皆さんも、仕事の途中でエアコンが切られてしまう悩みがあるんだと思いますが。
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最後の秋に輝け 四年生! ( その5)

2008-06-25 22:04:38 | 大学野球
最後の秋に臨む四年生への応援メッセージ。

5回目の今日は、坂本力哉一塁手に声援を送ります。

坂本くんが入学してきた時に目立ったのは、何といってもゴツイ体と憎めない笑顔。

グラウンド、神宮、早稲田界隈。
どこで顔をあわせても、いつも気持ちの良い挨拶をしてくれる彼です。

パンチの利いた打撃は、下級生時代からなかなかの迫力でした。
そして三年生の昨年は、ついに春の沖縄キャンプ帯同メンバーに選ばれ、ほぼ一年を通してベンチ入り。
ベンチからの彼の声援ぶりが週刊ベースボールのコラムで取り上げられたりもしました。

ところが、四年生となった今年は沖縄キャンプ行きから外れてしまい、どうなることかと気をもまされました。

結局、春のリーグ戦途中からベンチ入りを果たし、あの元気な声が神宮に響き渡り一安心。

昨日は、東伏見で二時間あまり広岡さんからマンツーマンで指導を受けたとのこと。

秋は、バットでもチームを鼓舞する存在になって欲しいと思います。

ナイスガイ坂本くんの活躍に期待します。
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御巣鷹山

2008-06-25 19:37:05 | 都立青山高校
1985年に日航ジャンボ機が墜落した御巣鷹山。
その登山道が、土砂崩れのために当分の間、登れなくなったとのニュースが流れています。

あの事故で、私は都立青山高校の同期生を失いました。

当時、彼は日本興業銀行大阪支店に勤務していました。

事故直後の新聞で搭乗者一覧に目を通していたら、その中に見覚えのある氏名が私と同じ年齢と共に掲載されていたのです。

びっくりして、やはり興銀に勤務している高校の同期生に電話したら、重い沈黙…。

何も聞かなくても、事故にあったのは同期の彼だと分かりました。

聞けば、間近に迫った結婚式の打合せのために、東京の実家と大阪を頻繁に往復していたと。
言葉が出ませんでした。


他にも、高校の同期生の結婚式に主賓で出席されていた方、取引先の社長さんがお亡くなりになりました。
あの事故では、私が直接面識のある方だけでも、三名もの貴い命が失われたのです。

あれから、ほぼ四半世紀。
決して短い年月ではありませんが、御巣鷹山と聞くだけで沈痛な思いを抱く人は、今も少なくないはずです。
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