外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

雪に挑む

2013-01-05 20:44:07 | オフ会・その他
オフ会仲間のお1人が、郷里の富山県から写真を送って下さいました。

見てください、銀色に輝く立山連峰を!
この荘厳な美しさは、幼少期を富山県滑川市で過ごした私にとって特別な存在です。

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私は東京生まれですが、赤ん坊の時から昭和38年、小学二年生の4月まで富山県滑川市で過ごしました。

私が富山県で過ごした最後の冬は、昭和38年にちなんで「サンパチ豪雪」と呼ばれるぐらい、雪の多い年でした。
それだけに、雪に埋もれた町、その遥か向こうに聳え立つ立山連峰こそが、私の心の中にある富山の風景です。

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自宅から幼稚園と小学校に通う道の途中に、北陸本線と富山地方鉄道の踏切がありました。
その踏切を通過する列車を眺めるのが私のお気に入り。
中でも、ラッセル車が最高でした。

憧れのラッセル車

もっとも、雪の中で生活を守る立場の大人たちは、大変なご苦労をされていたのだろうと、今になって思います。

YouTubeで、豪雪地帯で鉄道の除雪作業にあたる人たちの映像「雪にいどむ」を見つけました。
1961年(昭和36年)の撮影とのことですから、まさに私が雪の踏切で列車を眺めていた時代の映像です。

まるでゴジラ映画のような重厚なBGMが、作業の過酷さと、それにあたる方々の使命感を代弁しているようです。
そして、映像の最後で、列車の通過を静かに見守る除雪作業員の姿に、男の世界があります。

「雪にいどむ」
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北前船と昆布

2012-11-13 17:42:11 | オフ会・その他
明治神宮大会の準決勝で、東京六大学の盟友・法政が、富士大学を延長戦で下し、いよいよ決勝に駒を進めました。
この記事を書いている時点で、決勝での対戦相手は決まっていませんが、何とかして優勝してもらいたいです。

大学選手権、そして明治神宮大会と東京六大学加盟校が優勝することができたら、本当に嬉しく誇らしいことですね。

ガンバレ法政!

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さて、忘年会の季節が近づいてきました。
職場での忘年会に加えて、大学スポーツを愛する仲間による忘年会も恒例となっています。

私たちのオフ会では、大阪からNさんが上京される日程に合わせて、忘年会を企画するのが常です。
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Nさんは大阪のご出身で、現在も大阪にお住まいです。

私の親しい関西出身者を見ていると、鯛、アナゴ、フグといった白身魚を好む人が圧倒的に多いです。

 なぜ関西に住む人々は白身魚が好きなのか。
それは、瀬戸内海で、明石ダイに代表される豊富な白身魚が水揚げされるからだと言われています。
一方、瀬戸内海には、太平洋からの黒潮があまり入り込まないため、カツオやマグロといった赤身の回遊魚はほとんど見かけないのだそうです。

また、関西の水は軟水で昆布ダシに適しているとのこと。
この昆布ダシは、繊細な白身魚と相性が良く、江戸時代に北前船によって北海道から運ばれてきた昆布によって、淡泊なフグの旨味を引き出す「てっちり鍋」などの料理が発達したそうです。

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北海道から昆布を積んでやってきた北前船が、積み荷を降ろすのが越中・富山でした。
そのため富山では、昆布を使った料理が庶民にも身近な存在となりました。

これまでも何回か話題にした通り、赤ん坊から小学二年生の春まで、私は富山県滑川市で暮らしました。

冒頭の写真のように、雄大で美しい立山連峰を仰ぎ見て過ごす毎日。
夏は蒼く、冬は銀色となる山々は、平地からも、すぐ近くにあるように見えるのですが、実際には遥か彼方にあるのです。

この写真を眺めているだけで、気持ちが子供の頃に戻ってしまいます。
でも、もう50年も昔なんですねぇ…
(><)

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富山では、小学校に入るか入らないかという小さな子供にとっても、昆布は身近な食材でした。


昆布を巻いたカマボコが、日常の食卓に頻繁に登場します。
淡白なカマボコと、昆布の旨味と歯ごたえの組み合わせが最高の逸品で、これに親しんでしまうと、単なるカマボコでは物足りなさを感じてしまいます。


とろろ昆布のお握りも、富山では定番でした。

とろろ昆布は、酢で柔らかくした昆布を削って作りますので、ほんのりと酸味が残っています。
その酸味と旨味が、お握りを何倍にも美味しくしてくれるのです。

なお、とろろ昆布を東京で買うと、白っぽいものが多いのですが、富山では黒っぽいのが主流であったように記憶しています。

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これから忘年会のお店を決めるのですが、富山の料理を食べさせてくれるところを、ちょっと探してみようかと、密かに思い始めました
でも、東京駅の近くにあるのかなあ??
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国民の祝日

2012-07-05 21:50:55 | オフ会・その他
共同通信の報道によれば、国民の祝日が土曜日に当たった場合、日曜日と同様に振替休日を設ける方向で政府・民主党が検討しているそうです。
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自営業の方々、あるいは小売業の方々には申し訳ないと思うのですが、多くのサラリーマンは、翌年のカレンダーを見ながら、「損した」「ラッキー」等々と騒ぐのが毎年12月の恒例行事です。

日曜日に加えて土曜日も振替休日の対象となるならば、多くのサラリーマンが喝采を叫ぶことは間違いありません。

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しかし、六大学野球が大好きな酔っ払いの一人としては、それだけでは満足できません。

どうせやるならば、リーグ戦が月曜日にずれ込んだ時は、その月曜日を『国民の祝日』にする
火曜日以降にずれ込んだ時も同様とする

これぐらいの思い切った施策を期待します。
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早稲田OBであり、六大学野球の楽しさを理解している野田総理です。
彼が、こんな政治決断を表明してくれたならば、私たちのオフ会メンバーから少なくとも10票は動くと思います
(;^_^A
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葬儀終了

2012-06-28 21:46:06 | オフ会・その他
駆け足で通夜と告別式を終え、父の位牌とお骨と共に帰宅しました。

父が介護施設に入ってから約一年間。
覚悟していた結末とはいえ、悲しみと疲労で家族全員が無口になってしまいました。
(T_T)

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とはいえ、いつまでも沈んでいては、父に申し訳がたちません。

今夜は父の遺影の前で一杯やり、心の整理をつけたいと思います。

遺影の前に座ると、かつて父から説教された思い出ばかりが浮かんでくるんです。
やっぱり、私が決して追いつくことのできない特別な存在でした。
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ありがとう、お父さん

2012-06-26 21:49:21 | オフ会・その他
今夜9時過ぎ、療養中であった父が永眠いたしました。
とても穏やかな最後でした。

お父さん、長い間、家族を守ってくださり、本当に、ありがとうございました。
あとは、私が頑張ります。
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眠れなかった夜

2012-06-22 10:37:22 | オフ会・その他
療養中の父が体調を崩したため、昨日は休暇を取って父の病室へ。
そのまま、病室で朝を迎えました。

幸い、父の血圧などは回復し、とりあえず一安心です。
しかし、父は既に87歳ですし、ずいぶん体力も落ちてきました…。

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冒頭の写真は、父が21歳の頃のものです。
若いですねえ。

当時、海軍経理学校の将校生徒として、勝鬨橋の見える築地校舎で学んでいました。
ちなみに、終戦後、海軍経理学校の跡地には築地市場が建てられました。
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旧制中学修了で受験する海軍経理学校の入試は、旧制一高と並ぶ難関だったそうで、父の出身地である愛知県からの合格者は県全体で僅か二名。

海軍経理学校の入試は、海軍兵学校と同様に、数学、理科、社会、英語などの試験が数日間に分けて行われ、その1日ごと、試験の翌朝に不合格者が発表され、そこで落ちると次の科目の受験資格を失うという仕組みでした。
つまり、一科目でも不出来な科目があると、その失敗を他の得意科目の得点でカバーすることができない仕組みなのですから、受験生は大変です。

父が言うには、数学のように、採点が機械的にできる理科系科目が入試日程の前半にあって、そこでバッサリと足切りされて受験者数が絞り込まれた後に、国語や英語の試験が行われました。

日に日に受験生が減少していくプレッシャーをはねのけながら、何とか最終日に辿り着くと、最後は口頭試問、すなわち面接試験です。

昔、「面接試験では、何を質問されるの?」と父に訊ねたことがあります。

やはり「なぜ海軍を目指すのか」という常識的な質問が定番で、「陸軍が嫌いだからであります」と答えて合格した猛者もいたそうです。
「軍人を目指すことを、両親は同意しているか」
「兄弟に軍人はいるか」
などといった質問の後、最後に試験官が父に訊ねたのが「君の得意なことは何か?」
父が「逆立ちです」と答えると、試験官が言いました。
「それならば、ここでやってみろ!」

父は、教室の中で、エイッと逆立ちに成功し、それで面接試験を終えました。

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戦前の海軍は、海軍省という官僚組織の一つであり、海軍の3学校(兵学校:呉・江田島、経理学校:東京・築地、機関学校:京都・舞鶴)は、巨大な官僚組織のキャリア組を養成する学校でした。


経理学校は、海軍に関する予算の組成と執行を担当する将校を育成するのが役割ですから、当時の授業科目には民法、財政学、会計学などがあり、東京帝大や東京商大から招かれた講師がそれらの科目を教えていました。

また、経理学校を卒業し、主計将校として任官した後に、東京帝大や東京商大の学部で官費派遣の学生となり、法律や会計学の専門教育も受ける機会もあったのだそうです。

「もし海軍が存続すれば、オレも主計大佐ぐらいまでは昇進したはずだ」と、父は話していました。

「もっとも、海軍が存続するということは、戦争も続くということだから、お前が生まれる前に、オレは確実に戦死していた。だから、お前も生まれていない」とも。

なお、経理学校での東京商大教授の授業に興味を抱いていた背景もあり、敗戦で海軍が消滅してしまった後、人生を仕切り直しするために東京商大(現・一橋大学)に入学したと、父は話していました。
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3学校の中で、最も文科系科目の教育に重点を置いた経理学校ですが、水泳、カッターボート、ラグビー、柔剣道、相撲などのスポーツ教育は、他校と同様に熱心だったそうです。
体力、チームワーク、そして負けじ魂を鍛えるには、いつの時代でもスポーツが一番だということです。

そして、そんな教育を受けた経験が、父を大のスポーツ好きにしたのだと思います。
その血を、私が受け継いでいます。

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父から昔話を聞く機会は、もう巡ってこないかも知れません。
今はただ、1日、1日を、安らかに過ごしてもらいたいと願うばかりです。
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システム・メンテナンス

2011-01-10 20:47:19 | オフ会・その他
gooブログから、システム・メンテナンスに伴うサービス一時停止を下記の日程により実施するという連絡がありました。

2011年1月12日(水)午前6:30 ~ 09:30(3時間)

システムメンテナンス中はブログトップを含む全てのページが停止し、投稿、閲覧、コメント/トラックバック/pingの受信、gooブログ検索などgooブログの全サービスが利用できなくなります。

明後日の水曜日の朝、このブログが見当たらなくても、決して夜逃げしたわけではありませんので、ご心配なく。
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転院

2010-12-02 20:16:24 | オフ会・その他
父が、総合病院の救急病棟から一般病院に転院しました。

確かなことは分かりませんが、良い方向に向かっているのだろうと前向きに受けとめています。

箱根駅伝は、いつも通り、自宅で父と一緒に観戦したいものです。
今夜の我が家は、ドタバタしております…
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田園調布の夜

2010-12-01 18:52:57 | オフ会・その他
いつものように東京駅の売店に週刊ベースボールを買いに行ったら、店員さんが「あら?今日は入っていないのよ。おかしいわね」と。

当然にあると思った週刊誌がよめないとなると、1週間のリズムが狂ってしまった感じがします。

ぼやき漫才の人生幸朗師匠ならば、「責任者、出て来~い」と叫ぶところですが、ベースボールマガジン社には、池田社長をはじめとして、知り合いの早稲田や青山高校の先輩・後輩が少なくないので、大人しく入荷を待つことにします。
(;^_^A
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さて昨日は、本当に久しぶりに田園調布駅で下車しました。
オフ会のオリジナル・メンバーの1人であるM女史さんの、ご主人が遺された作品を集めた写真展に立ち寄るためです。

午後五時を過ぎた頃に会場に着いてみると、ガラス越しに、和服姿がいつも素敵なM女史さんに加えて、鎌倉校友会で以前知り合ったI女史、そして早くも酩酊状態に陥ろうとしているMTさんの姿が。

素晴らしい写真と粋な音楽を楽しみながら、ビールやワインを片手に、M女史さんたちとのお喋りを、心ゆくまで堪能いたしました。
そして、シャビィな焼鳥屋での二次会には、M女史さんの愛娘の才媛・N樹さん(京大で美学の修士号)も合流。
日頃、銀行では金融に関するドライで、時にはポリティクスも渦巻く会話の中でモガいている私なので、文字どおり心が洗われる会話の心地好さでした。
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オフ会の仲間・Tさんが写真展に午前中に差し入れてくださった和菓子の逸品を味わいながら、早稲田スポーツをきっかけに広がった友達の輪に対して、感謝、感謝の夜でありました。

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オフ会忘年会

2009-12-26 20:01:47 | オフ会・その他
今日は、午後3時半から、渋谷・宮益坂の「鳥ぎん」で、早稲田スポーツ応援オフ会の忘年会を開催いたしました。

今回も、野球、ラグビー、駅伝と話題は尽きず、四時間を超える長丁場となりました。

とりあえず今夜の勢いを秩父宮に持ち込んで、帝京大学に勝ちたいと思います。

参加していただいた皆様、本当にお疲れさまでした。
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