外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

優勝に逆王手

2010-05-30 18:55:17 | 大学野球
初回に飛び出した宇高くんの適時二塁打で3点を先行した早稲田が、福井-大石の投手リレーで慶応の反撃を2点に抑えました。

これで対戦成績を一勝一敗のタイに持ち込み、早稲田はリーグ優勝に逆王手を差しました。

投手陣の厚みとスタミナを考えれば、明日は早稲田が有利だと確信します。

斎藤投手が背番号10の誇りにかけて、明日は必ずやってくれるはず。
慶応を圧倒して、みんなで大隈講堂まで、優勝パレードをやりましょう。

優勝するぞ ワセダ!
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早慶一回戦は惜敗

2010-05-29 16:25:35 | 大学野球
早稲田は、打線のタイムリー欠乏症が響いて1対2で惜敗、慶応に先勝を許しました。
好投する先発・斎藤投手を打線が見殺しにしてしまった形です。

さて慶応の明日の先発は、福谷くん、竹内くんのどちらも有り得るので、早稲田は打撃オーダーを組むのに悩むかも知れません。
でも、個人的には、左対左を避けようとし過ぎない方が良い結果になりそうな気がします。

さて、両校の学生応援団の奮闘は見事でした。
早慶戦ならではの熱気が神宮球場を揺らしました。

明日も、伝統の一戦に相応しい好ゲームを期待しましょう。

都心のピンポイント天気予報では、雨は午前中にあがり、お昼以降は曇りとなるとのことですから、予定通り試合が行われると思います。
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さあ決戦だ

2010-05-28 17:18:25 | 大学野球
いよいよ明日から、天下分け目の早慶決戦です。

グラウンドでの野球部員たちの戦いはもちろん、一塁側と三塁側との応援団同士の戦いにも勝って、初めて早慶戦の勝利といえます。


選手たちがグラウンドで死力を尽くして戦うのですから、応援する私たちも、不可能を可能にするぞという意気込みで試合に臨むのが、ファンの心意気というものです。

慶応の打者が打った飛球が一塁側のスタンドに飛んできた時に、早稲田の応援団全員で「ふぅー!」と息を吹き掛けたら、打球が数メートル押し戻されて、早稲田の一塁手がファールボールとして捕球して、ワンアウトが取れるかも知れません。

また、早稲田の打者が右翼に飛球を打ち上げた時に、ライト側の外野スタンドに陣取る早稲田応援団が「すぅー!」と息を深く吸ったら、ボールが数メートル吸い寄せられて、決勝本塁打になるかも知れません。
(^^)v



明日からのことを考えると、気持ちの昂ぶりを抑えようがありません。

お天気は夕方から少し崩れる可能性があるようなので、念のためにコンビニでレインコートを買っておくのが賢明です。

野球部、応援部と力を合わせて、勝利の栄光を目指して突き進みましょう。

テレビで応援される方も、インターネットで応援される方も、打倒・慶応を念じて、神宮球場の方向に「気」を送ってください。

何が何でも勝ちましょう。

ガンバレ早稲田!

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「止まらず歩く」大切さ

2010-05-27 17:44:43 | 音楽
今日の午前中、職場の避難訓練があり、皇居の二重橋前の広場まで歩きました。

まず、エレベーターを使わずに、非常階段で一階まで下りました。
天気に恵まれて、ワイシャツの袖を捲り上げて歩く皇居前は、いたって快適。
一緒に歩く同僚たちも、自然に笑顔となり、日比谷通りに面する丸の内のオフィス街は、まるで絵はがきのような美しさです。(写真)

ただ、午後はスコールのような通り雨がありました。
なにか東京の気候が少しずつ熱帯のように変化している気がしますが、明後日の早慶戦当日の天気は何とか崩れずにいてくれるといいのですが。

ちなみに学生席入場券の販売状況は良好のようです。
-------------
さて、「止まらずに歩く大切さ」というタイトルの松任谷由実さんのインタビュー記事を昨日の日経夕刊で見つけました。

私の高校時代、松任谷さんは旧姓・荒井由美でレコードデビュー。
失礼ながら、歌うこと自体は決して上手な部類ではないと思いましたが、明るい曲調と新鮮なコード進行のメロディに、女性の感性ならではの歌詞がかぶさり、とても素敵でした。

当時の日本のフォークソング系の女性シンガーは、とかく湿っぽい歌を好む人が主流でした。
1960年代は、反戦を訴えるなど、いわゆるメッセージ・ソングを歌ってこそ、フォークソングの正統派であって、愛だの恋だのいう軟弱な歌は歌謡曲に任せておけというのが、世の中の雰囲気だったと思います。

ところが、1970年代に入ると「シュガーベイブ」の大貫妙子さん、そして荒井由美さんが登場し、洗練されたポップスサウンドに乗せて、素敵なラブソングを歌いました。
彼女たちによって、日本のミュージック・シーンがガラリと変わりました。

その松任谷由実さんが、長年のキャリアを振り返って、次のように紙上でお話しされていました。

「私の中で、『天才』の考え方が変わってきた。以前は霊感みたいなインスピレーションがあって、それが突然降りてくるものと思っていた。10~20代がそうだったように」

「30代の終わり、その霊感がなくなってしまうのが怖くなった」

「年齢を重ねると、『もういいじゃない』っていう悪魔のささやきが聞こえてくる。でもそこで立ち止まってしまうと、苦しむのは自分」

「振り返ってみると、10~20代も、もがきながら曲を書いていた。でも過去は美しく見えるし、苦しんだ記憶は薄れてしまう」

「やっぱり、苦しくても一歩一歩歩いて、目指すところにたどり着く。今はそれが天才なんだと思っている。」

どんな世界でも、フロントランナーとして道を切り開いてきた人には、その立場の人でないと分からない苦労があるんだなあと思いながら読みました。
亡くなった加藤和彦さんも、同じような苦しさを味わっていたのかも知れないと考えたり。

そして、音楽の世界ばかりでなく、競技スポーツのトップアスリートたちにも、同じような苦しみがあるのではないかと、ふと思いました。

トップアスリートたちが、人一倍節制して過酷なトレーニングに励む背景には、頂点を目指そうという前向きな意欲とともに、いつ自分の才能が衰えてしまうか分からない不安感もあるのだろうと考えたりしました。

野球でいえば、プロ野球の世界は天才の集まり。
いずれプロの世界に飛び込むであろう早稲田の四年生投手三人衆も、天賦の才能を持つ若者たちです。

彼らも、きっと心の中で様々な悩みを抱えながら、毎日の練習に取り組んでいるはずです。

「苦しくても、一歩一歩歩いて、目指すところにたどり着く。それが天才だ。」

松任谷由実さんの言葉を、早稲田の三人衆が読んだら、きっと感じ入るものがあるだろうと思います。
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1982年秋の優勝

2010-05-26 17:55:01 | 大学野球
スーパーコンピュータ開発に絡む省益を求める文科省の官僚、そこに群がる文教族の政治家とスパコン関連業界という利権のトライアングルを「スパコン族」と呼ぶそうです。

ジャーナリストの上杉隆さんが、スパコン族に絡む騒動について、鋭い指摘をされています。
記事へのリンク

昨年11月、ノーベル賞受賞者による事業仕分け批判について、何とも言えない胡散臭さを感じた私は、その事をブログに書きました。
過去記事へのリンク

今回の上杉さんの記事を読んで、我が意を得たりというか、やはりそうだったかという印象です。
スパコン族は、科学者の仮面で公平性を装うので、本当に姑息でタチの悪い集団だと思いますね。

さて、今年の早稲田は、なかなか点の取れない試合が続くも、投手の踏ん張りによって接戦を勝ち抜いて、いよいよ早慶決戦に臨もうとしています。

これまでの戦いぶりが1982年秋に優勝した時のチームに似ているという声を耳にしましたので、その年の早稲田を振り返ってみたいと思います。

確かに1982年の早稲田は、左腕の木暮投手(桐生。冒頭の写真)と岩下(早実)の左右エースを軸とする、粘り強い好チームでした。

1木暮(桐生)、岩下(早実)、足立(松商学園)
2佐藤(早実)、泉(前橋工業)
3木村(天理)、横山(静岡)
4安部(小倉)
5山川(高松商業)、荒木(早実)
6広岡(姫路東)
7山岡靖(早実)
8湯川(宇治)、阿久根(早実)
9鈴木(静岡)、八染(桐生)、野呂(早実)
新人監督:山内政治(彦根東)

東大に連勝してスタートした早稲田。
次の立教戦は、左腕・野口(米子東)にやられて一回戦を落としてしまうも二回戦・三回戦を連勝、続く明治戦も初戦を落とすもルーキー山川のサヨナラ適時打などで二回戦から連勝し、いよいよ法政戦となりました。

しかし法政は、その年の春のリーグ戦と大学選手権で優勝したばかり。
「プロ入りするかって?当然でしょ」みたいな不敵な雰囲気を漂わせる選手がゴロゴロしているチームで、正直なところ、早稲田が勝てると思っているファンはいなかったと思います。

1田中富(南宇和)、和田(日大藤沢)、樽井(浜松商業)
2木戸(PL学園)
3小早川(PL学園)
4山中(中京)
5銚子(市立銚子)
6神長(作新学院)
7西田(PL学園)
8伊吹(高知)、田辺(法政二)
9手嶋(報徳学園)

しかし早稲田は、一回戦に木暮と田中富、二回戦も岩下と和田のエース対決を二連勝して、優勝をかけた早慶戦になりました。
(写真は、勝利を決めた瞬間の岩下投手のガッツポーズ)


早慶戦では、一回戦を阿久根外野手(早実)の逆転タイムリーで先勝して、この時点でリーグ優勝が決定。
当時の慶応の布陣です
1荻田(一関一高)、志村(岡崎)
2斎藤(秋田)、寺尾(野沢北)
3仲澤(桐蔭学園)
4茂木(栃木)
5礒部(浦和)
6上田(八幡浜)
7五反(創価)
8三木(土佐)
9佐藤(中津北)


続く二回戦は内野守備の乱れから逆転負けを喫したものの、打撃戦となった三回戦では、広岡・山岡・荒木の1イニング3本塁打などによって11対8で慶応を下し、勝ち点5の完全優勝を達成しました。

優勝パレードへの参加者は1万人を超えたと報じられました。
不正入試問題で傷ついた早稲田の誇りを、見事に取り戻してくれる優勝であったといえるでしょう。

写真は広岡達朗さんの甥っ子、広岡資生遊撃手(姫路東)。
見事に首位打者を獲得しました。


こうやってみると、1982年の早稲田は、プロ入りするようなスター選手は誰一人いなかったにも関わらず、各自が役割を果たして激戦を勝ち抜いた立派なチームだったなあと、改めて感じました。

また、左右エースが大車輪の活躍、劣勢を跳ね返しての逆転勝ちの連続、新人・山川と足立がラッキーボーイ的存在となる活躍等々、勝利の要素が揃っていましたね。

今季の早稲田は、1982年よりも役者が揃っているのですから、もっとやれるはずです。

1982年度の先輩たちをお手本にして、斎藤主将ら四年生投手三人衆の大車輪の活躍、劣勢となった場合でも食らいつく打線の粘り、そして下級生たちの溌剌としたプレーを期待いたします。
また、核弾頭・渡辺くんには、ぜひ首位打者を獲得してもらいましょう。
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残念なこと三題

2010-05-25 19:00:38 | 社会全般
今日は、昼前に赤坂の日枝神社を訪れました。

職場の先輩が体調を崩されて、このたび退職されることになっていまったので、神社から病気平癒のお守りをもらうためです。

人一倍ハードに働く方で、私も何度となく貴重な助言をいただきました。
しかし、今週末が最終出勤日。
極めて残念な形となりましたが、何とか健康を取り戻していただきたいという願いを込めて、お守りを渡したいと思います。

さて、フィナンシャル・プランニング(FP)という言葉は、今や、すっかり一般的になりました。
FPの基本は、生涯の総収入と総支出を均衡させることです。
総合計では均衡していても、結婚時期や家族構成により収支にギャップが生じる時期がありますので、貯蓄とローンの機能を利用して、収入の先送り、あるいは収入の先取りをして収支のギャップを埋めます。
また、火災や病気などの予期せぬイベントによる収支ギャップに備えて、保険商品も併せて利用します。

収支ギャップをあまり考慮する必要のない、一部の富裕層の方々については、所得税や相続税の対策、あるいは資産の運用効率向上が中心となりますが、多くの家庭では、中長期的な収支均衡を目指すことが最優先の課題となります。

この考え方は、国の財政にも、そのまま当てはまるはずです。
国債発行額の調整を通じて、短期的な収支ギャップを埋め、保険的機能を有する準備金を積み立てながら、中長期的な収支を安定させていくことが基本です。

この基本を踏み外した国債発行や準備金取り崩しは、将来世代に増税を課して、現役世代がその資金を先取りして費消してしまうこと、あるいは市場の混乱などの不測の事態に対して無防備で脆弱な財務体質というツケを将来世代に押しつけることを意味します。

将来世代は、まだ現在の政治や社会に対して発言力を持ちません。
だからこそ、現役世代は十分に自重しなくてはいけません。

天下の大新聞やテレビ局が、ワイドショーと大差ない目線で、政治家と一緒にワイワイと騒いでいるのは、本当に残念に思います。

普天間問題と同様、国として判断を下す時に何に重きを置くべきかを明らかにして、同じ認識に到達した上で各論に入らないと、感情論に左右され、場当たり的な政局運営になってしまうからです。

また、巨額の資金管理を委ねられている立場の官僚の意識の低さも、極めて残念です。

昨日の日経夕刊に、大蔵省出身で元・防衛事務次官の方が、「退官して時間の余裕ができたから、夏目漱石全集を一から読み直し始めた。かつて読み取れなかったものが味わえる」云々と、中学・高校時代から読書好きであった思い出にも触れながら、コラムを書いていらっしゃいました。

既に、この方がご隠居さんというのならば、構いません。
しかし、この方の肩書きは、防衛省所管の財団法人・世界平和研究所の現職の理事長なのです。

そこのホームページを見ると、「国際社会が直面する課題・問題に対して発信する政策研究提言機関」とあります。
まさに世間から厳しい視線を浴びている公益法人の一つです。

しかし、その組織のトップは、時間に余裕ができたと夏目漱石の読書に夢中の様子であり、そのことを特に気がねすることなく新聞に書いているのですから、官僚の世界では、それが普通の感覚なのでしょう。

また、そのような寄稿の依頼は、財団法人の広報部門を窓口としているはずですから、その部門の担当者の現状認識も緩いというか、社会一般のそれとズレがあります。

その財団法人の理事長職は、言ってみれば自動車のエンブレムのような存在ということなのかも知れません。
「この財団法人は、次官OBが代表を務める高い格の組織なんだぞ」と内外に存在を示すのが役割で、自動車の整備や実際の運転は別の人に任せているわけです。

車のエンブレムの役目ならば、お車代程度の報酬の名誉職でも構わないはずですが、実際にはそんな給与水準のはずがありません。

国民はたまったものではありません。
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堀場秀孝さん

2010-05-24 17:55:25 | 大学野球
私が大学四年生だった1978年の秋、勝ったほうがリーグ優勝という最高の条件での早慶戦となりました。
その時の慶応の主将で捕手、四番打者だったのが、堀場秀孝さんです。

長野県の丸子実業で甲子園に三回出場し、一浪の後に慶応義塾大学法学部法律学科に進学。
そして、一年生の春から、いきなり正捕手としてリーグ戦に出場し、強肩強打の捕手として大暴れした神宮のスター選手でした。

冒頭の写真からも分かるように、慶応ボーイっぽくない、ゴツイ体つきとイカツイ顔で、いってみれば野人型の選手でした。

なお写真の後方は、早稲田の永関勲外野手(天理高校-早大-プリンスホテル)。
その優勝の懸かった早慶戦で、センターからのバックホームで慶応走者を本塁で刺した、俊足巧打の外野手でした。

堀場選手は素晴らしい打撃記録を残しました。
四年間の通算安打125安打は、明治の高田繁さんの127安打に僅かに届きませんでしたが、リーグ歴代2位は本当に素晴らしい記録です。
そして、11本塁打、50打点、打率.316と、長打力と勝負強さもありました。

ただ、堀場選手の打撃は、固め打ち型の印象が強いです。
当たりが出始めると、4安打、5安打の固め打ちをするタイプの打者で、日米大学野球でも常連メンバーでしたが、タツノ投手などの一流どころを相手にした時には意外に脆かったような印象があります。

このような数々の記録に比してベストナイン1回は少ないようにも感じますが、一学年上に、袴田(法政-ロッテ)と山倉(早稲田-巨人)、同学年にも金森(早稲田-プリンスホテル-西武)がいたため仕方ありません。

堀場さんは、大学卒業時にはプロ入りを断ってプリンスホテルに進み、その後に広島‐横浜‐巨人でプレーしましたが、プロ入り後はあまり活躍できなくて残念でした。



慶応野球部の合宿所の写真をみると、サッポロビールのカゴとコカコーラの木箱を積んだ上に冷蔵庫を置くという、いかにも男くさいワイルドな室内です。

でも、良く見ると、アグネス・ラムのポスターが壁に貼ってあったりして、野人・堀場の意外な一面を見たような気がしますね。

また、今となっては随分と古臭く見えるラジカセがありますが、当時の若者にとっては最新の音楽と情報を入手するために、ラジカセは必需品でした。


堀場さんは、最近は少年野球のコーチなどをなさっているようです。
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応援部創部70周年記念式典

2010-05-23 22:25:23 | 早稲田大学
今日は、関東インカレでハーフマラソンと5,000mの試合があったのですが、昨日のボランティア活動での疲れがとれず、応援に行くことができませんでした。
でも、enjinさんが雨の中を応援にいらっしゃって、早稲田の選手たちの活躍ぶりをメールで逐一お知らせくださいました。
本当にありがとうございました。

さて、すっかり寝坊してしまった私は、お昼過ぎに目白の椿山荘に出向いて、応援部の創部70周年記念式典に参加させていただきました。

ことあるごとに私は主張することですが、早稲田スポーツ文化の根幹を支えてくれるのは応援部です。

優秀なアスリートを擁する大学は少なくありませんが、彼らの活躍と一般学生の応援が有機的に結びついている大学は一握り。
早稲田の応援部には、これからも他大学の応援団体の一部に残る悪弊と一線を画して、学生スポーツの応援のパイオニアとして、そして早稲田大学を元気づける存在として、活躍しつづけていただきたいと期待いたします。


さて、今日の出席者は、ざっと約700名以上!
リーガロイヤルでは収容しきれないので椿山荘を会場とした由。

総合司会は、藪本雅子さん(教育学部卒、元・日本テレビ・アナウンサー。ご主人は慶応の応援指導部OB)と大矢真弘さん(人間科学部卒、東北放送アナウンサー)の二人でした。

さすが応援部だと最初に感じたのは乾杯の発声。
会場の天井と床を揺らすような「カンパーイ!」という声に圧倒されました。

参加者は、応援部の現役とOBはもちろん、体育各部の役員の皆さん、東京六大学各校の応援部の皆さん、各地の校友会、そして大学地元の「源兵衛」「稲穂」「おかあちゃん」「高田牧舎」「三品食堂」などのお店の方々が参加されているのも、いかにも応援部。

ちなみに早稲田野球部からは、本村さん、亀田さん、鈴木勝夫さん、関口さん、安田さんといったOBの皆さんが出席されていました。
また、野村監督時代に正捕手だった島原くん(桐蔭学園)も、応援部OB席に、赤ちゃんを抱いて出席していました。
事情を尋ねたところ、彼の奥さんが応援部のチアだったそうで、OGの家族という立場で出席したのだそうです。

ステージは、最高に楽しいものでした。
応援部の歴代部長と監督さんたちの表彰に始まり、
現役部員による過去の応援パターンの紹介、

卒業生たちの投票で選ばれた歴代リーダーとチアの人気ベストスリーによる応援指導

OBとOGによるブラス演奏
コンバットマーチの作曲者である三木さんを中心にした歴代リーダーたちによる応援指導、


そして若手チアのOGたちによるパフォーマンスなど。

また、私の同期の応援部主将である石川さんは、今日も途中でステージに登場するや、マイクを握しめて弁舌は絶好調。


すっかりプロのアナウンサー二人を圧倒してしまう、凄い存在感を示しました
(*^_^*)

開会から閉会まで、六大学野球ファンとしては、目くるめくような至福の時間の連続でした。


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今日の東伏見(5/22 )

2010-05-22 17:31:09 | 大学野球
今日は午前中に東伏見で新人練習を観て、お昼からは早大所沢キャンパスに移動して、森林保全のボランティア活動に参加しました。

まずは、東伏見。
午前中は、主力メンバーが室内で打ち合わせと調整、下級生はグラウンドで紅白戦を行いました。

ただ、授業への出席、あるいは奨学金の申請手続きで、グラウンドに顔を出さない部員が少なくありませんでした。

また、午後一時からの新人パレードに備えて、紅白戦も10:30に終了しました。なお、今日も主審は白川くん。

1森
2吉原
3八木
4中山
5酒松
6大野大
7白澤
8林
9石塚

1横山
2地引
3河村
4深沢
5徳井
6東條
7荒谷
8高橋直
9若杉
------------------

二度目の訪問となる早大所沢キャンパスは、前回の雪景色の時とは異なり、かなり蒸し暑い中での作業となりました。
前回の訪問
今日は、森の中から外来種の植物を駆除して、在来植物の衰退を防ごうという試み。
在来植物が元気でいてくれてこそ、ホタル、トンボ、カエルなどが水田や小河川に棲むようになります。
そして雑木林にオオタカやアオハズクが、草原や民家周りにはウグイスやカヤネズミが棲息できるのだそうです。

私も、軍手にヘルメット、そして登山靴という姿となり、学生さんたちに混じり汗だくになって、レクチャー時間を含めて四時間ばかり、ニワウルシ(中国原産)の伐採と玉切り作業にあたりました。

まず、大学院生がチェーンソーで、樹齢20年を超えるニワウルシを切り倒します。(冒頭の写真)

次に、倒れた木の枝や幹を、参加者各自がノコギリで枝や幹をバラします。


最後にバラした木を、処分しやすいように整理して積み上げます。


今日は、四本のニワウルシを切り倒して処理しましたので、もし一人でやるとなったら、気が遠くなるような作業量です。
しかし、二十名を超える参加者による人海戦術の威力は大したものでして、作業が終わった時には、参加者全員から、自然に拍手が巻き起こりました。

こう書くと、いかにも高潔な志を抱いて献身的に社会貢献活動に参加しているように感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、実は必ずしもそうでもありません。

私の勤務する銀行では、かねてよりスタッフのボランティア活動参加を奨励しているのですが、5月に入ってから、その支援策の一つとして、年間3日のボランティア休暇制度が各国共通で本格的に始動したのです。
そして、そのボランティア休暇の取得状況が、各国の評価基準の一つになるということになり、日本でも『これは管理職が先頭に立って本腰を入れなければ』ということになりました。

ボランティア休暇を平日に取得して、自然環境の保全、HIV予防の啓蒙、あるいは視聴覚障害者のスポーツ活動支援など、銀行が定めた指針の範囲での活動に参加するのが基本形。
そして、週末や祝日に活動を行なって平日に振替休暇を取得することも認められていて、活動に従事した時間に合わせて、半日単位での取得も可能です。

このような制度の発足が人事部から説明された時、私は『この制度は早慶戦の応援に利用できるぞ』と心の中で叫びました。
すなわち、早稲田の試合のない週末に所定のボランティア活動を行なって特別休暇の権利を得て、早慶戦の行われる週末の翌日の月曜日に振替休暇を取得しようと考えたわけです。
(^^)v

新しい休暇制度によって、俄然 前向きにボランティア活動の予定を調べるようになったのですから、我ながら現金なもの。
高潔な志どころか、見方によっては、邪念がヘルメットを被って、ノコギリを引いているようなものです。

でも、視点を変えると、休暇制度を創設した部門の思惑どおりに、私はボランティア活動に積極的に取り組んでいることになりますから、これはこれで許されるかなと。

これまでも、月曜日に一般の有給休暇を取って神宮に応援に行くことは、私の場合、珍しいことではありません。
しかし、ボランティア休暇取得となれば同僚たちから『ご苦労様です』と声をかけられ、銀行全体からも前向きに評価してくれるというのですから、願ったり叶ったりです。

でも、夕方には上半身は汗びっしょりとなり、ズボンは泥だらけ。
ノコギリで腕が疲れて、足腰もパンパンになりました。

そこに、可愛い女子学生さんたちから、
『お洋服、汚れてしまいましたね』
『でも、先輩、今日は絶対に熟睡できますよ』
などと、優しく慰労の声をかけてくれました。

喉元まで『帰りがけに、冷たいビールでも一緒にいかがですか?』という言葉が出かかっていたのですが、それをグッと飲み込んで、分別のある良き先輩を気取って、笑顔で帰宅の途につきました。
(;^_^A

ともあれ、所沢の森の中で流した今日の汗は、森の再生にとどまらず、神宮での応援という形で結実することになりました。
決戦に向けて、これで準備万端です。

(^O^)/ カツゾワセダ!
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異文化力

2010-05-21 18:21:49 | 大学野球
明日は、体育各部による新人パレードです。
高田馬場駅前から大学まで、応援部リーダーとブラスバンドを先頭に、期待の新人たちが原則としてユニフォーム姿で行進します。

午後一時に高田馬場の駅前をスタートです。
天気も良さそうですから、早稲田界隈は、きっと賑やかな雰囲気に包まれることでしょう。

YouTubeで2008年度の新人パレードの画像がありました。
パレードの雰囲気が判ると思います。
携帯用
バソコン用


さて、今日も外国為替市場が大きく変動し、それに伴い、東京株式市場も大荒れでした。

昨夜から為替相場が気になってしまい、私は朝6時過ぎにオフィスに入り、市場に振り回されっ放しの1日となってしまいました。

経済のグローバル化によって、地球の反対側のできごとに関するニュースが瞬時に世界を駆け巡り、それによって企業や家計の財産が増えたり減ったりする時代です。
また、ごく小規模な会社でも、中国や台湾の企業から、商談が直接舞い込んだりもする時代でもあります。

『異文化力』という言葉があります。
東京大学の江川雅子理事によれば、どのような国や文化の中でもコミュニケーションがとれて、心の平静を保つことのできる能力を指すのだそうです。

しかし、どのようにして異文化力を養うのかと問われて、すぐに答えることのできる人はいないでしょう。例えば私が働く外国銀行の世界に限ってみても、とても英語が堪能なのに仕事で結果を出せない人がいますし、その一方で、さほど英語も上手くないのに、初対面の海外スタッフと円滑に仕事を運ぶことのできる人もいます。

特効薬のような勉強方法はありません。
でも、例えば大学における法律の勉強においても、日本の六法全書や判例集を教材として学ぶばかりではなく、もっと海外の法律を、特に中国、韓国、ロシアなど日本社会と密接な関係にある国の法律を学ぶ時間を多くとって、その勉強を通じて、その根底にある歴史、文化、国民性の違いなどを理解できるような基礎を身につける必要があるような気がします。

国籍や肌の色の違いを乗り越えて理解しあうためには、法律でも、会計でも、あるいは接客技術でも、何かの専門分野の基礎力と応用力を持つ必要があり、その上に語学力が伴えば、グローバルなビジネス社会でも、かなりやれるはずです。

もっとも、かつて法曹を目指す学友の傍らで、ひたすらベースボールマガジンやスイング・ジャーナルを読んでいた私が主張しても、全く迫力がないのですけれど。
(;^_^A

ところで、先日のブログで採り上げた久慈次郎さんについて、表紙の写真を載せていながら、その本のことをご紹介することを全く失念していたことに気がつきました。
申し訳ありませんでした。

『北の球聖 久慈次郎 ・・・大リーガーと渡り合った悲運の名捕手』(草思社、著者:中里憲保)1,680円です。
ぜひお読みになってみてください。
そして、若い世代の方々にも、久慈さんの偉大な足跡を記憶にとどめていただきたいと思います。

この書籍のデータベースをご紹介します。
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北の大地を駆け抜けた日本野球黎明期のヒーロー。巨人軍「初代主将」の称号を贈られ、沢村栄治と共に第一回野球殿堂入りした函館オーシャンの名捕手・久慈次郎。
全日本軍主将として大リーグチームを迎え撃った久慈は、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ擁する超強力打線を相手に沢村栄治の熱投をリードし、球史に残る“伝説の試合”の立て役者になる。
だが、この後、久慈の野球人生には想像もできない悲劇が待ち受けていた-。
北の大地を愛し、愚直なまでに真っ直ぐな野球道を歩み続けた男の生涯を、当時の資料や関係者の証言をもとに生き生きと再現する。気骨あふれる野球人の足跡をたどりながら、戦前の日本野球の熱気を伝える力作スポーツノンフィクションである。
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この本の表紙にも使用されている、バットを握るヒゲの久慈次郎さんの写真から漂う凛とした雰囲気は、久慈さんが間違いなく超一流選手であったことを伝えてくれます。
六大学の花形スター選手として巨人軍に入団した水原茂さん、三原修さんたちが150円から180円の月給であった時に、久慈さんには破格の月給500円が提示されていたというのですから、当時の野球界における存在感の大きさが分かるというものです。



ベーブ・ルースとのツーショットは、第二次大戦前の時代において既に、久慈さんが野球を通じて、『異文化力』を存分に発揮されていたことの証です。



函館市内を進む久慈さんの葬儀の列の写真からは、いかに久慈さんの存在が大きいものであったか、そして久慈さんを突然失った市民の悲しみの深さがいかばかりであったかを理解することができるでしょう。

このような偉大な人物を『私の野球部の先輩です』ということができるのですから、早稲田の野球部員たちは本当に幸せですね。


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