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ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

プランターの花と命の尊さ

2008-04-21 | ちょっと一言
日本各地でプランターに植えて道路を飾っている花が引きちぎられたり、抜き取られたりすることが起こっている。犯人を糾弾する記事が新聞を埋めるが、また同時になんとなくそんな世相を身体に感じる薄ら寒さもある。

 一方、こういう光景もある。春が来て公園や花壇や家の周りにいろんな植物がいっせいに芽を出し花を咲かせ伸び始めた。青いオオイヌノフグリ、赤いホトケノザやヒメオドリコソウ、黄色いセイヨウタンポポやカラシナ、白いナズナやハコベなどなど、色とりどりの花が咲いている。その伸び始めた草花を耳をつんざく騒音とともに電動草刈り機で根こそぎ薙いで切り捨てる。刈った後はまたまた電動吸引器で大騒音とともに草花の死骸を集めてゴミ焼却場へ持って行く。残されたのはわずかの緑色したコケ類くらい。命に溢れていた地面がふたたび冬のような寒々とした風景に変わる。

 なぜ人々はプランターに植えた作り物のような花が切り捨てられるのを非難しても、これら野生の花たちが切り捨てられ根絶やしにされるのは黙って見過ごしたり、むしろ喜んだりできるのだろうか。チューリップを1000本切り捨てるのと何十万本の草花を切り捨て殺すのとどれだけの違いがあるのだろうか。

 おそらくプランターに植えた花が切り取られるのを怒る気持ちは、花の命を惜しんでのことではない。プランターに植えたという人間の行為が無にされたと怒っているに違いない。花の命を惜しんではないのだ。もしそうなら、野生の草花をこんなに簡単になぎ倒し殺し回る草刈りという行為が簡単に行われるはずもない。

 公園にはいろんな野生の草花が咲いていて欲しい。人工的に観賞用に作られた花を植えるのも否定はしないが、野生の草花こそ公園にふさわしいと思う。そしてそういう公園で遊んだ子供が本当に命の尊さを知ることができるし、命を大切にするようになる。観賞用に作られた花は、おそらく命の尊さよりも命を自由に左右しても良いという考えを人々に植え付けるだろう。草刈りはもっと考えてやって欲しい。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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愉快犯? (mmadoka)
2008-04-21 22:11:41
 本当に事件って連続しますね。
 まねをする愚かな人の仕業ですね。
 花の首だけをもぎ捨てる行為って気味が悪いです。
 私も、あまりにも整理整頓された花壇より、自然の草花が咲いている公園や野原が好きです。
 手入れが大変だからって家の周りを全部コンクリートで固めてしまう方もいますが、本当にもったいないなぁ~って思います。
 
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本当にもったいない (比呂志)
2008-04-21 22:19:57
庭や家の周りをコンクリートで固めてしまう人っていますね。本当にもったいないと思います。私のように普段コンクリートの箱の中に住んでいる人間からすると、宝を捨てるような行為に思えますよね。
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