A・Lohas・Ness

自然と共に楽しい知的なライフスタイルを提案します!

コーヒー焙煎体験

2006年08月27日 | aloha
今回のハワイ島ではコナコーヒーを焙煎する体験をしたいと願ってました。

ハワイ観光タクシーのヒロさんにお願いして、焙煎できるところの紹介をお願いしました。するとすぐに携帯電話でUCCコーヒーに連絡していただき、お昼過ぎにOKとのことでしたので、ワイコロアから一路コナコーヒー地帯めがけてドライブです。
途中、コナ空港の手前で、ハリウッドスターのハリソン・フォード氏の別荘が綺麗なビーチと椰子の木で囲まれているのが、道端からみえますが、そこまでは、道がないのです。多分船かヘリかで訪れるのでしょう。

コナ地区は、カメハメハホテルから海岸通りにつながる小さなショッピングロードを経由して、途中小さな市場により、UCCコーヒーに着きました。

焙煎体験はUCCの現地スタッフの三木さんが担当してくださいました。
先ず、申込書に記入し、パッケージラベルに書く文字(○○ Spcial Cofeeとか)を記入し、その後は、表に出て、ラベルに載せる写真を撮影です。世界でひとつだけのラベルになります。
その後、三木さんに 炒り方を説明していただきますが、少しの時間で煎りあがりに差があるとのこと、大変かな?

いよいよ焙煎の開始。一人200グラムの豆を炒ります。
これからが時間との勝負!
生の豆は大豆のような豆くさく、それを200℃の焙煎釜に投入します。
投入してから温度が上がるまではしばし休憩。
その間、コーヒー豆の豆知識の説明が三木さんからありました。
そうこうしているうちに、焙煎釜から良い香りが漂いはじめ、パチパチという音!この音からが勝負!炒りすぎるとアイスコーヒー用の真っ黒な豆になるので、途中、豆の様子を観察しつつ、底が網になっている器に一気にあけます。
そして、下から扇風機で木へらをつかって一気に冷却して出来上がりです。と文章では簡単ですが、その間、撮影しながら、てんやわんや!でした。
そして、炒ったばかりのコーヒー豆を食べることができ、これがまた香ばしくて本当に美味です。けっこういただいちゃいました。
豆がさめてから、先ほど撮影した写真付きの自分でネーミングしたラベルが貼られたコーヒー用の専用袋に詰め込み、マイコーヒーの出来上がりです。
三木さんいわく、2~3日たってからいただくほうが良いとのことでした。帰国してからの楽しみだ!とひそかに思いました。

コンドミニアムに戻ったら、バックからはコーヒーの香りでいっぱいでした。
また、自宅に着いて、 トランクを開いたら、コナの香りが漂い、焙煎体験したのを思いだしました。

そして、帰国してからの最初の土曜日の朝、ゆっくりマイコーヒーを味わいました。先ず、パッケージを開くと、焙煎体験したときのアロマが漂い、ミルで挽いて美味しいコーヒーをたてました。しばし、美味しいコーヒーをいただき至福のときでした。
UCCコーヒーの三木様どうもありがとうございました!
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ハワイ島最後の落陽

2006年08月26日 | aloha
毎日きれいな夕陽を眺め、最終日はハワイ島、ヒルトンホテル内のプロビジョンというレストランで夕陽が見える席をリザーブしました。昨年も素晴らしい夕陽をむることができたので今年も行きました。
リザーブ時は夕陽が一番見える席は確約できないとのことでした。但し、オープンと同時にレストランに行けば大丈夫といわれ、17時半過ぎ到着!水平線に沈む時間は18時半過ぎなので、しばらくはハワイ島の夕陽のスポットライトで眩しい、夕食を楽しみました。
夕陽が沈むのを美味しい食事とワインで楽しみました。
夕陽が沈むとほら貝を吹きながらたいまつをともしてくださいました。
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Big Island

2006年08月22日 | aloha
Big Islandに行ってきました。
昨日の朝コナ空港を飛び立ち、ホノルルで一度おろされて、7時間半でまた現実の世界に逆戻りです。

今回は、コナ空港から北に30分程上ったワイコロアの海辺近くのコンドミニアムで滞在しました。
昨年は同じワイコロアのヒルトンで宿泊したので、地理的状況を把握している場所にし、友人との二家族で2ベットルーム、120㎡の部屋をシェアしました。

移動は最初からタクシーを使うこととし、レンタカーは借りませんでした。というのも、せっかくのオフになれない運転をしたくないし、美味しいランチビールも飲みたいからです。

今回は偶然にも昨年チャーターしたタクシーの運転手(Hiroさん)に、近くのショッピングモールで買い物をした後に出会いました。ペレのお導きなのかわかりませんが、本当に楽な思いができました。というのも彼はその後、独立して、昨年秋にハワイ観光というタクシー会社を設立しており、その後はスムースに予約することができたからです。今回は、ヒロさんにコナ地区のUCCコーヒーでの焙煎体験と海亀がみれる場所につれていっていただきました。

Big Islandの旅については、徐々に公開いたします。

aloha!

2006年08月17日 | aloha
本日より、ハワイ島でスピリチュアル体験をしてきます。
帰国してからハワイ島日記を掲載します。

A GiRL in SUMMER 「The Last Wednesday Tour 2006」

2006年08月14日 | ポップス
『The Last Wednesday Here comes The Wave! 』、「A GiRL in SUMMER」のユーミンのコンサートに行ってきました。

老若男女が2時間半の間 、青春を楽しんでました。
実は初めてのユーミンのコンサートで、しかもアリーナ席でしたので、8割が立ち見状態!手拍子と拍手!久しぶりにコンサートでいい汗をかきました。
それにしてもユーミンは偉大です。あの歳で歌って踊るのは本当に大変だと思います。しかし、本日はツアー最終日ということもあって、気合が入っており、ラストまで熱唱してました。
最後のアンコールは「卒業写真」でした。

家内は、なんと4月のユーミンのコンサートにも行っており、このツアーの最初と最後をみています。最初のツアーは、偶然知人から1枚席が空いてるとのことで。初めての横浜アリーナ席だったそうです。近くに特設のブースがあり、すぐそばで歌っていたので、一緒に行った方々は興奮していたそうだ。

ところで、コンサート終了後に、帰りにトイレに入ったときに、親子連れのお父さんのほうが「お母さんは満足してたよね!」っと、子供にささやいてました。
子供は「うん!」といった後に、「耳がおかしいよ!」っていってましたが、お母さんが満足しているのがとても嬉しそうでした。多分、夏休みの一日をお母さんのためにプレゼントしたというのが実感した、微笑ましい一こまでした。

ところで、今回のアルバムは何枚目になるのだろう?いつかどこかで聴いた曲だらけ!といいながら、いつも購入するのはユーミン世代だからであろうか?
夏のドライブ用のバージョンであることには違いないアルバムです!

それにしても、30年以以上もコンサートを続けることができるのは、簡単ではなく、すごいパワーだと実感しました。
コンサートの途中で中央の特設スタンドで、ユーミンは、「コンサートではお客さまのパワーをいただいて、次の作品にとりかかる。」といっておりました。
コンサートの華やかな動世界と、作詞・作曲という静世界との繰り返しですが、会場の方々の「笑顔」がとっても励みになるそうです。
継続するのは本当に素晴らしいことですが、プロがプロでいられるのもコンサートを通じてメッセージを伝えているかなと感じました。
生涯現役というのが理想なのですね!

どんな仕事でもお客様の笑顔があれば、どんなつらいことも一瞬で吹き飛んでしまいますよね!
コンサートでは、ありがとうという言葉の代わりに、「拍手」という笑顔が大切です。まだ手が厚ぼったいですが、嬉しい疲労です!
ユーミンありがとう!
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富士登山 最終回

2006年08月09日 | トレッキング
「これから下山!」
富士宮口は同じルートを下山するので、登り優先の登山道では、途中の待ち時間があるので、砂走りを楽しみたい方はこのルートの選択をしないことをお勧めします。

下山の途中開始に古傷の膝が痛みだし、大丈夫かな?なんて心配しました。
さらに、メンバーの一人が転倒した際に、右手で全体重を受けたみたいで、一瞬冷や汗ものでした。9合目の小屋で暫く休息してから下山を再開しました。

ひたすら無言の下山をし、ようやく5合目にたどり着いたのは15時半を回っておりました。本日の行軍は約14時間。休息が頂上で1時間、あとは数え切れないほどの休息でようやく富士山の頂上を制覇することができました。
五合目では先に下山したメンバーが迎えてくださいました。
タクシーを待つ間は、本日昇った富士山が聳えておりました。通常は山から降りてすぐに、バスとかに乗るので、たった今征服した山をじっくり見ることはないのですが、感無量でした。

20代の頃に北アルプスを縦走していたので、歩くことは苦にならないのですが、やはり登りだけの8時間は身体と精神的なものがしっかりしていないと無理なのでは?と痛感しました。
やはり、富士山は信仰の山であり、登りの途中には修行の山というスピリチュアルを実感しました。必ず頂上に立つという強い信念と精神力そして、体力と天候が上手く合致しなければ、なかなか極めることは大変とつくづく思ったしだいです。

また、今回は腹式呼吸(息をゆっくり「スーッ」と吐いてから、おなか一杯に空気を吸うを繰り返す。)をして酸素をできる限り肺に送りこむようにいたしました。
今回の登山では、携帯酸素とステッキが大活躍しました。
また、20年前にはステッキは普及していなかったのですが、今回両手のステッキを持ち、登りと下りにとてもとても重宝しました。

最後に、富士登山はけっして甘くみてはいけません。やはり、修行の山と思って、健全な体力と健全な精神が必要と思いました。また、予定には余裕が必要です。メンバーは第一線で仕事をバリバリしている面々でしたので、前日までの激務が登山に響きました。
次回には深夜、途中の山小屋でゆっくり仮眠をして、明け方から登り始める方が体力の消耗、高度順応の点からベストではないかと思った次第でした。

富士登山から約2週間がたちますが、まだ東京から富士山をみることができません。
我が家のキッチンの窓からも真冬には富士山がみえるので、はやく富士山を我が家から拝みたい気持ちで一杯です。

50歳を記念して富士山に登った夏の思い出でした。

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富士登山2

2006年08月06日 | トレッキング
7合目を超える頃あたりがしらみはじめました。
また、3000mを超えると酸素が急に薄くなるのを感じるとメンバーの一人が云っておりました。

8合目の小屋に着いたときの自分の酸素飽和度は85とかなり少なくなっておりました。いわゆるドクターストップ状態です。しかし、過去に登山の経験により低酸素に素早く順応することができたので、急な動きをしない限りは大丈夫でした。
06:30

ところで、メンバーの中で一人は高度順応がスムースにできず、今回は下山することにしました。
山では登ることよりも下山する決断をするのが非常に大事です。山は逃げないので、潔い決断が遭難を回避します。
というのも山では自分一人ひとりが責任をもって行動し、頂上に行ったら、下山も自分の足で降りる必要があるからです。
大変賢明な選択でした。実際、頑張ると云ったら、全員で下山していたでしょう。

8合目から9合目はただただ目の前の小石と睨めっこしながら、一歩一歩、そしてまた一歩を牛歩のような進軍でした。この頃、メンバーの一人が「人生の中で一番辛い経験をいましている!」と叫んでました。実際、この辺りが本当に辛かったです。
9合目の雲海荘には07:30到着しました。

9合5尺の小屋には09:00ようやく到着。もう一息なのでゼリー状エネルギー補給剤でエネルギーの補給をして出発しました。
最後の小屋を後にして、目の前にそびえたつ頂上を目指した最後の踏ん張りでした。
頂上直下には山道における最終の鳥居があり、それをくぐると「やったぜ!富士は日本一の山」(Goal! You’ve Come a long way!)の看板があり、記念撮影をしました。

ついに山頂!10:15登頂!しかし、5合目からはたったの「5800歩!」。1万歩は超えたかな?と思っていたので以外でした。でもこの一歩一歩が偉大な一歩なのです!
 頂上に着いてから、浅間大社奥宮の鳥居をくぐり、無事に登頂できたことの御礼をいたしました。
浅間大神(木花之佐久夜毘賣命・このはなさくやひめのみこと)は女性の神様とのことです。なお、奥宮ではご朱印をいただきました。なんとご朱印をいただくには地上の3倍強をお納めさせていただきました。富士宮口の山頂にある山小屋の「頂上富士館」では、「赤いキツネ」をいただきました(なんと、金800円也)。

また、富士山頂郵便局から登頂記念の葉書「登頂証明書(ただし、自分で記入するのですが・・・)」を家内に送りました。

 公衆トイレは頂上富士館の裏側にあり、7月の中旬にオープンしたばかりの真新しいトイレでした。トイレの管理人さんに、このトイレが開設してからようやく一週間ぶりに晴れたので、今日は太陽をいっぱい浴びているといっておりました。

富士山の旧測候所までは約300mですが、疲れ果てて断念しました。また火口を一周するお中道めぐりも下山の体力のことを考え、断念し、次回に持ち越すこととしました。

最終回へつづく・・・

富士登山日記その1

2006年08月05日 | トレッキング
たかが5800歩。されど5800歩。
富士山に登るには4方向からの登り方があります。
今回はメンバーが富士宮口の方面に仕事を持っていたので、富士宮口から登りました。

富士宮口の五合目は2400m。頂上までは約3km、標高差約1300m。
たいした数字ではないのですが、通常の地上では感じていない空気の薄さ、すなわち酸素が如何に人類の生存で大事かを身にしみて体験しました。

そして、「5800歩」。この数字は富士宮口五合目から富士山の頂上までの歩いた万歩計で計測した「歩数」だったのです。

我々一行(男4名)は、深夜に集合して、富士宮口の五合目にタクシーで1時頃到着しました。
真っ暗な駐車場でそらを見上げると、なんと「天の川」が目に飛び込んできました。昨年ハワイ島でみることができましたが、富士山の上とはまた格別でした。しかし、登り始めてからは天の川を眺める余裕は全くありませんでした。

7月の22日、お天気は5合目以上は全行程、ほとんど晴れでした。

富士宮口の「新5合目」には売店、食堂がありますが、深夜の到着なので真っ暗でした。この売店が開いていないことも誤算でした。というのも高度順応の為に、5合目で40~50分程度休もうと思っていたからです。富士登山のハイシーズンにせめて屋根がある休息場所を準備してくださると助かるのですが・・・。

大きな富士山のルートが描いている看板から登山口が開始。記念撮影をしてから、いざ、出陣です。

そうそう、富士山は山岳信仰の山で、富士山自体が神様ですので、登り初めには「どうぞ、富士山に登らせてください。」とお願いし、頂上の浅間神社では、「登らせていただき、ありがとうございました。」とお礼を述べて、無事下山できることを祈願します。そして、無事に五合目に戻ることができたら、「本当に富士山に登らせていただき感謝してます。」と御礼をすることが肝要です。

さて五合目からゆるやかなカーブを歩くと、「ハイテクトイレ」があります。なにしろ環境省が二億円かけて作ったトイレだそうです。富士山ではトイレは全てチップ制(¥200)です。
ここを、01:40に通過しました。

「新6合目」は、少し急なのぼりを経てから、ずっと緩やかな坂が続き「標高2490m」の新6合目にへたどり着きます。
ここには01:50到着。たった400歩!
ここ「新六合目」には、『雲海荘』と『宝永山荘』が並んでおります。
この新六合目を越えたあたりから、本格的な山登りとなります。

次の、山小屋の『御来光山荘』までは距離があるので、途中は十分休息をとることをお勧めします。といってもいやでも休憩しなければ登れませんが・・・!

7合目は、標高が2780mの『御来光山荘』には、03:00に到着!メンバーはかなりバテテきた模様。まだ「1750歩」でした。

この7合目を過ぎてからの登山道は砂礫の斜面が多く、また滑りやすいです。

ようやく2800mまで辿りつきました。
風がかなり強いのでつらい!

つづく・・・

アロハの精神

2006年08月03日 | aloha
昨年ハワイ島に行ってきました。
50歳を記念しての高校時代のクラスメート3名とその家族がハワイ島に集結しました。

名づけて「ミニミニ同窓会」です。
日本からは二家族、そしてサンフランシスコからは一家族の計9名がハワイ島のヒルトンワイコロアビレッジに集合でした。

いままで避けてきたハワイ旅行でしたので、実際にハワイ島の土を踏むまでは、ミーハー旅行を、半世紀生きてきてようやく実現かな?と思ってました。
というのも1970年代の海外旅行の殆どはホノルルでしたし、芸能人の夏と冬の旅行も定番のワイキキでしたので、ミーハーにはなるまいと決して思っていたからです。

しかし、このようなちんけなミーハー精神を全く感じさせないほどの大自然が我々を待ってました。

ハワイ島は英語でBig Islandといい、太平洋のハワイ諸島の中では本当に大きな島でした。

タクシーをチャーターしてパーカー牧場、ワイメア渓谷、アカカの滝、ヒロの街、サドルロードを経由して、マウナケアの中腹にあるオニズカセンターを回りました。
いたるところで、アロハの精神とスピリチュアルの精神とを身体全体で体験しました。

これについては徐々に・・・。

A・Lo・has・Nessの開設

2006年08月03日 | aloha
本日から、アロハの精神とロハスの精神とハッピネスの精神を融合して人生を楽しく過ごすことができるブログを開設します。

このブログのタイトルとして利用した「ロハス」とは、なんでしょう?
正式には、"Lifestyle Of Health And Sustainability"の略です。
自然との共生のために、人生をゆっくり無駄を減らして生活したりすることです。

アロハの精神のMANAがありますが、スピリチュアルなエネルギーのことです。
アロハとロハスとは共通の琴線に触れるところがあるような気がしてます。
昨年、ハワイ島に行き、ハワイ島の自然に触れて、ロハスの第一歩を踏み出した感じがしました。

半世紀を過ごして、先月富士山の頂上を極めることができ、エネルギーを身体いっぱいに充電しました。
これから、人生をゆっくり振り返り、思いついたこと、様々な身の回りで便利なもの、気に入った書物、旅行先での出来事を、思いつくままゆっくり綴っていこうと思います。