民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「マイクの声と生の声のちがい」 幸田 弘子

2013年11月21日 00時15分59秒 | 朗読・発声
 「朗読の楽しみ」 幸田 弘子 著   光文社  2002年

 「マイクの声と生の声のちがい」 P-18

 前略

 どうか日本語も、まず美しく読むことを意識していただきたいと、これは私の心からの願いです。
その第一歩として、とくに子供たちには、気に入った文章があったら暗記してほしい、そらんじてほしいのです。

 声で読まれた音の記憶が、どんなに大事なことかは、あとになってきっとわかります。
すぐ忘れてしまってもいい、感性の豊かな年齢なら、心のどこかにかならず残ってくれるはずです。

 その意味で、中学校くらいの生徒さんたちにお話しすることを、私はとても喜んでいます。
そういうときは、体育館などでの講演が多いので、お母様たちも含め、聞き手は千人以上になることがあります。

ほとんどの学校では静かに聞いてくれますが、たまにはそうでないこともあります。
そんなときは、校長先生が私を紹介するさいにマイクを使って、割れるような大声で話される。
声が届かないからです。
でも学校によっては、先生の話を誰も聞きません。

 私はそこで、マイクをはずして話をはじめます。
「聞こえますか」というと、最初はざわめいていたのが、やがて耳をそばだて、最後まで真剣に聞いてくれるようになるのです。

 ここで壇の上に立っている人は、どんなことをしゃべっているのだろう、なぜマイクをつかわないのだろう・・・・・。

 私は「生の声」にはとくべつのものがあると、つねづね考えています。
作者が命がけで書いた文章への思いが、そこに込められている。
作者の心は、生でなければ伝わらないと思っているのです。

 そうした私の気持ちがわかるのか、うるさかった生徒たちも、いつのまにか静かになって、耳をそばだて、最後まで話を聞いてくれるようになります。

 ここに朗読のコツの、最初にして最後のヒントが含まれていると、私は思っています。


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