民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「外郎売」 原文

2011年11月29日 11時16分32秒 | 大道芸
外郎売り  歌舞伎十八番の七 享保三年  二代目 市川団十郎 作

 拙者 親方と申すは、お立合のうちに 御存知のお方も ござりましょうが、
お江戸を立って二十里 上方、相州 小田原 一色町をお過ぎなされて、
青物町を登りへお出でなさるれば、欄干橋 虎屋 藤右衛門、
ただいまは剃髪いたして、円斎と名のりまする。

 元朝より大晦日まで お手に入れまするこの薬は、 
昔 ちんの国の唐人 外郎という人 わが朝へ来たり。
帝へ参内の折から、この薬を 深くこめ置き、用ゆる時は 一粒づつ 冠のすき間より 取り出す。
よって その名を 帝より 「透 頂 香」と 賜わる。
すなわち 文字には「すく いただく におい」と書いて「とうちんこう」と申す。

 ただいまは この薬 ことのほか 世上に広まり、ほうぼうに にせ看板を出し、
イヤ、小田原の 灰俵の さん俵の 炭俵のと、色々に申せども、
ひらがなをもって「ういろう」と記せしは、親方 円斎ばかり。

 もしや お立合いのうちに、熱海か 塔の沢へ、湯治に お出なさるか、  
または 伊勢 御参宮の折からは、必ず 門ちがい なされまするな。
 お登りならば 右のかた、お下りならば 左側、八方が八つ棟 おもてが三つ棟 玉堂造り。
破風には 菊に 桐のとうの御紋を ご赦免あって、系図 正しき 薬でござる。

 イヤ 最前より 家名の自慢ばかり 申しても、ご存知ない方には 正真の胡椒の丸呑 白河夜船。
さらば 一粒食べかけて、その気味合いを お目にかけましょう。
 まず この薬をかように一つぶ 舌の上にのせまして、腹内へ納めますると、
イヤ どうも言えぬは、胃 心 肺 肝がすこやかに成りて、
薫風 喉より来たり、口中 微涼を生ずるが如し。  
魚 鳥 きのこ 麺類の食い合せ、そのほか 万病 速効あること、神の如し。 

 さて、この薬、第一の奇妙には 舌のまわることが 銭ゴマが はだしで逃げる。
ひょっと舌がまわり出すと 矢も楯もたまらぬじゃ。
 そりゃそりゃ そらそりゃ まわってきたは まわってくるは。

 アワヤ喉 サタラナ舌に カ牙サ歯音 ハマの二つは 唇の軽重。 
開合さわやかに、アカサタナ ハマヤラワ オコソトノ ホモヨロオ(っと。)
一つ へぎへぎに へぎ干しはじかみ。盆豆 盆米 盆ごぼう。
つみ蓼 つみ豆 つみ山椒。書写山の 社僧正。
粉米の 生噛み 粉米の 生噛み こん粉米の こ生噛み。 
儒子 緋儒子 儒子 儒珍。
親も嘉兵衛 子も嘉兵衛 親嘉兵衛 子嘉兵衛 子嘉兵衛 親嘉兵衛。
ふる栗の木の 古切口。雨合羽か 番合羽か。
貴様のきゃはんも皮脚絆、我等がきゃはんも皮脚絆。
しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりながにちょと縫うて、縫うてちょとぶんだせ。
かわら撫子 野石竹。のら如来 のら如来 三のら如来に 六のら如来。

 一寸先の お小仏に おけつまづきゃるな。細溝に どじょにょろり。  
京のなま鱈 奈良 なままな鰹 ちょと四五貫目。
お茶立ちょ 茶立ちょ ちゃっと立ちょ 茶立ちょ 青竹茶煎で お茶ちゃと立ちゃ。

 来るは来るは 何が来る。
高野の(お)山の おこけら小僧。狸百匹 箸百膳 天目百杯 棒八百本。
武具馬具 武具馬具 三武具馬具 合せて 武具馬具 六武具馬具。
菊栗 菊栗 三菊栗 合せて菊栗 六菊栗。
麦ごみ 麦ごみ 三麦ごみ 合せて 麦ごみ 六麦ごみ。
あの長押の 長なぎなたは 誰が 長なぎなたぞ。

 向こうの胡麻がらは えの胡麻がらか ま胡麻がらか あれこそ ほん(と)のま胡麻がら。
がらぴいがらぴい 風車 おきゃがれこぼし おきゃがれこ法師 ゆんべもこぼして又こぼした。
たあぷぽぽ たあぷぽぽ ちりから ちりから つったっぽ たっぽだっぽ 一丁だこ。

 落ちたら煮て食(う)を 煮ても焼いても 食われぬものは、
五徳 鉄弓 金熊童子に 石熊 石もち 虎熊 虎ぎす。
 中にも東寺の羅生門には 茨城童子がうで栗五合、つかんでおむしゃる、かの 頼光の ひざ元去らず、
鮒 きんかん 椎茸 定めて後段な。そば切り そうめん うどんか 愚鈍な 小新発知。

 こ棚の こ下の こ桶に こ味噌が こ有るぞ、こ杓子 こもって こすくって こよこせ。
おっと がってんだ。心得たんぼの 川崎 神奈川 保土ヶ谷 戸塚は、走って行けば、やいとを摺りむく、
三里ばかりか、藤沢 平塚 大磯がしや、小磯の宿を、七つおきして 
早天そうそう 相州 小田原 とうちんこう。
隠れござらぬ 貴賎群衆の 花のお江戸の 花ういろう。

 アレ あの花を見て お心を おやわらぎやという、
産子 這う子に至るまで このういろうのご評判。
ご存知ないとは 申されまいまいつぶり、角だせ 棒だせ ぼうぼう眉に。
 臼 杵 すりばち ばちばち、ぐゎらぐゎらぐゎらと、羽目をはずして 今日お出での いずれも様に、
上げねばならぬ 売らねばならぬと 息せい引っぱり、
東方世界の 薬の元締 薬師如来も 照覧あれと。
ホホ 敬って、ういろうは いらっしゃりませぬか(終)


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