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「文章読本」 谷崎潤一郎 その1

2016年02月14日 01時19分49秒 | 文章読本(作法)
 「文章読本」 谷崎潤一郎 中公文庫 1975年(昭和50年)初版 

 この読本は、いろいろの階級の、なるべく多くの人々に読んで貰う目的で、通俗を旨として書いた。従って専門の学者や文人に見て頂けるような書物でないことは、論を待たない。それにしても、今まで私はこういう種類の述作をしたことがないので、順序の立て方、章節の分け方などに妥当を欠くものがあるかも知れないが、そういう点は、不馴れのためとして御諒恕を願いたい。

 私は、自分の長年の経験から割り出し、文章を作るのに最も必要な、そうして現代の口語文に最も欠けている根本の事項のみを主にして、この読本を書いた。その他の細かい点、修辞上の技巧などについては、学校でも教えるであろうし、類書も多いことであるから、ここには説かない。いわばこの書は、「われわれ日本人が日本語の文章を書く心得」を記したのである。

 なお、最初に企図した事柄は洩れなく述べたつもりであるが、ただ欲を言えば、枚数に制限されて引用文を節約したのが残念である。文章道に大切なのは理屈よりも実際であるから、一々例証を挙げて説明することができたならば、読者諸君の同感を得る上に、よほど助けになったに違いない。依って、他日機会があったらば、今度は引用文を主にした、この読本の補遺となるべきものを編述したいと思っている。

 昭和9年9月