「ふるやのもり」 原文 今村 泰子 ほるぷ出版 1985年 初版
むかし あったけど。
山の ちかい ある むらに、じいさまと ばあさまが いて あったと。
おおきい ひゃくしょうで あったども、子どもが いなかったので、
ふたりは ふるくなった いえに、うまこ いっぴき かって さびしく くらして いたと。
ある あめの しとしと ふる ばんの こと。
どろぼうが、「こんやのような ばんこそ うまこ ぬすむにいい ばんだ。」
と、はやくから いえの なかに しのびこみ だいどころの はりの うえに あがって、
したの ようすを うかがって いた。
「はやく じいさまと ばあさま、ねどこに いかねえかな。」
と、まちくたびれ、そのうち コクリ コクリ いねむりを はじめた。
そこへ 山の おおかみが、うらの きどぐちから
「はら へったなあ、この いえの うまこなら、たらふく くうに いいんだどもなあ。」
と、こっそり やって きたと。
じいさまと ばあさまは、いろりばたに すわって、のんびりと はなしこを して いた。
「ばあさん、おまえは この よのなかで なにが いちばん おっかねかな。」
「んだなあ、おら わらしの ときから、山の おおかみが いちばん おっかねもんで あったすな。」
「んだ、んだ、ばんげに なって、山の おおかみが あちこちで ほえだすと、おっかねとて、
ふとん かぶって まるまってたなあ。」
おおかみは みみを たてて、じっと きいて いたが、
「ふん、ふん。」と、うなずき、すこし くちを あけ、うれしそうな かおを した。
「おじいさんは、なにが いちばん おっかねすか。」
「おれがな、いま いちばん おっかねもんは、ふるやの もりだ。」
「んだす、んだす、おじいさんあ。ふるやの もりだば、なにより おっかねす。
こんやあたり くるんでねすか。」
おおかみは ぎくりと して、からだを すこし まえの ほうに すすめたと。
「ほう、おれより おっかね『ふるやの もり』ちゅう もんは、どんな もんだろう。
こらあ おおごとだ。こげな ところに ながくは おられねえ。」と、あわてだした。
その とき、あめが かぜと ともに ザーッと すごい いきおいで ふりだした。
じいさまと ばあさまの こえが、きゅうに おおきく なったと。
「おじいさん、おじいさん、ほんとに ふるやの もり きたすよ。」
「おう、とうとう きたかっ。」と、たちあがり、みじたくを はじめた。
へやの あちこちでは、ポタン ポタンと あましずくが おちはじめた。
おおかみは さわぎを きき、
「こりゃあ、いよいよ たいへんだ。『ふるやの もり』ちゅう ばけものが きたようだっ。」
と、ふるえあがり、にげだした。
うまどろぼうは その おとを きき、うまこが にげたと おもい、
せなか めがけて とびおりたと。
うまどろぼうは、
「こりゃあ、よく はしる うまこだ。なんと、よく はしる うまこだ。にがしてなるものか。」
と、おおかもの みみを ぎっちり にぎり、うまのりに なって、しがみついて いた。
たまげたのは おおかみだった。
「わあっ、おれの せなかに『ふるやの もり』とっついたあっ。」
と、ビュン ビュンと ありったけの ちからを だして、はしりだしたと。
やがて、よるが しらじらと あけて きた。
すると 山おくの 木の うえで、さるが、
「あやぁ、おかしでぁ、にんげんが おおかみの せなかに のって はしってらあ。」
と、てを たたきながら はやしたてたと。
うまどろぼうも、はっと して よく みると、それは うまこではなく、
おそろしい、おおきな おおかみで あったと。
うまどろぼうは ぶったまげたの なんの・・・・・。
その とたんに、ちからが ぬけ、せなかから ふりおとされ、おまけに、けものの おとしあなに
ころげおちて いったと。
おおかみは ほっと して、山の おくへ かえると、
「みんな、あつまれ。」
と、なかまの けものたちを よんだ。
くまや いのししやら、みんな あつまって きた。
「おれは ゆうべ、『ふるやの もり』ちゅう ばけものに とりつかれ、ひとばんじゅう
山の なかを はしりまわった。とんだり はねたり どんな ことを しても、はなれなかった。
やっと とちゅうの あなこに おとして きた。 あんたな ものが いたら たいへんだ。
みんなで これから たいじさねかや。」
と、そうだんを もちかけた。
さるは、
「あれは、『ふるやの もり』でねぇ。にんげんだったでぁ。」
「なに いうかっ。『ふるやの もり』だっ。」
と、おおかみも がんばったと。
みんなも おそろしいので、
「ああだ。」「こうだ。」
と、いいあって きまらなかった。
とうとう、あなこの そばまで いく ことに したと。
「さる、おまえの ながい おっぽで、『ふるやの もり』いるか どうか、さぐって みてけれ。」
さるは しかたなく、ながい おっぽを、するすると、あなの なかに いれて、ぐるっぐるっと
かきまわしたと。
あなこの なかで のびて いた うまどろぼうは、ほっぺたに ヒタヒタと さわるものが
あるのに きが ついた。
「おやっ、ありがたい。いい ところに なわが、さがって いる。」
と、さrの おっぽとも しらず、ぎっちり つかんだと。
「あっ、いて、て、て。やっぱり『ふるやの もり』だあーっ。
おれとこ あなこの なかさ ひっぱりこむぅーっ。おおかみ、たすけてけれーっ。」
これを きいた おおかみは なかまたちは、
「さあ たいへんだっ。さる、おまえ、はやく もどって こいっ。」
と、いって、いちもくさんに にげて いったと。
さるは はらが たつやら、くやしいやら。
おっぽを つかまれて いるので、にげる ことも できない。
うまどろぼうと、やいの やいのと ひっぱりあいこ するうちに、さるの おっぽは、ぷっつり
きれて しまったと。
やっと さるは、にげる ことが できた。
けれども、おっぽは みじかくなったし、あまり ちからを いれて りきんだので、
かおは まっかに なって しまった。
いまも その ときの まんまだと。
とっぴん ぱらりの ぷう。
あとがき
「古屋のもり」は、江戸時代の中期に上梓された「奇談一笑」に「屋漏可恐(やもりおそるべし)」
という題で書き残されている。
かなり古い時代からの話のようであるが、今も日本各地で採集されている。
「古屋のもり」ということばの勘違いから話は発展していくが、屋根がもるという、
生活に根ざした実感から生まれた話だと思われる。
雨もりする茅屋根や、わら屋根、登場する狼(場所によっては虎)馬どろぼうなど、近代化が進み、
環境の変化した現代の農村では、すっかり姿を消したものばかりである。
むかし あったけど。
山の ちかい ある むらに、じいさまと ばあさまが いて あったと。
おおきい ひゃくしょうで あったども、子どもが いなかったので、
ふたりは ふるくなった いえに、うまこ いっぴき かって さびしく くらして いたと。
ある あめの しとしと ふる ばんの こと。
どろぼうが、「こんやのような ばんこそ うまこ ぬすむにいい ばんだ。」
と、はやくから いえの なかに しのびこみ だいどころの はりの うえに あがって、
したの ようすを うかがって いた。
「はやく じいさまと ばあさま、ねどこに いかねえかな。」
と、まちくたびれ、そのうち コクリ コクリ いねむりを はじめた。
そこへ 山の おおかみが、うらの きどぐちから
「はら へったなあ、この いえの うまこなら、たらふく くうに いいんだどもなあ。」
と、こっそり やって きたと。
じいさまと ばあさまは、いろりばたに すわって、のんびりと はなしこを して いた。
「ばあさん、おまえは この よのなかで なにが いちばん おっかねかな。」
「んだなあ、おら わらしの ときから、山の おおかみが いちばん おっかねもんで あったすな。」
「んだ、んだ、ばんげに なって、山の おおかみが あちこちで ほえだすと、おっかねとて、
ふとん かぶって まるまってたなあ。」
おおかみは みみを たてて、じっと きいて いたが、
「ふん、ふん。」と、うなずき、すこし くちを あけ、うれしそうな かおを した。
「おじいさんは、なにが いちばん おっかねすか。」
「おれがな、いま いちばん おっかねもんは、ふるやの もりだ。」
「んだす、んだす、おじいさんあ。ふるやの もりだば、なにより おっかねす。
こんやあたり くるんでねすか。」
おおかみは ぎくりと して、からだを すこし まえの ほうに すすめたと。
「ほう、おれより おっかね『ふるやの もり』ちゅう もんは、どんな もんだろう。
こらあ おおごとだ。こげな ところに ながくは おられねえ。」と、あわてだした。
その とき、あめが かぜと ともに ザーッと すごい いきおいで ふりだした。
じいさまと ばあさまの こえが、きゅうに おおきく なったと。
「おじいさん、おじいさん、ほんとに ふるやの もり きたすよ。」
「おう、とうとう きたかっ。」と、たちあがり、みじたくを はじめた。
へやの あちこちでは、ポタン ポタンと あましずくが おちはじめた。
おおかみは さわぎを きき、
「こりゃあ、いよいよ たいへんだ。『ふるやの もり』ちゅう ばけものが きたようだっ。」
と、ふるえあがり、にげだした。
うまどろぼうは その おとを きき、うまこが にげたと おもい、
せなか めがけて とびおりたと。
うまどろぼうは、
「こりゃあ、よく はしる うまこだ。なんと、よく はしる うまこだ。にがしてなるものか。」
と、おおかもの みみを ぎっちり にぎり、うまのりに なって、しがみついて いた。
たまげたのは おおかみだった。
「わあっ、おれの せなかに『ふるやの もり』とっついたあっ。」
と、ビュン ビュンと ありったけの ちからを だして、はしりだしたと。
やがて、よるが しらじらと あけて きた。
すると 山おくの 木の うえで、さるが、
「あやぁ、おかしでぁ、にんげんが おおかみの せなかに のって はしってらあ。」
と、てを たたきながら はやしたてたと。
うまどろぼうも、はっと して よく みると、それは うまこではなく、
おそろしい、おおきな おおかみで あったと。
うまどろぼうは ぶったまげたの なんの・・・・・。
その とたんに、ちからが ぬけ、せなかから ふりおとされ、おまけに、けものの おとしあなに
ころげおちて いったと。
おおかみは ほっと して、山の おくへ かえると、
「みんな、あつまれ。」
と、なかまの けものたちを よんだ。
くまや いのししやら、みんな あつまって きた。
「おれは ゆうべ、『ふるやの もり』ちゅう ばけものに とりつかれ、ひとばんじゅう
山の なかを はしりまわった。とんだり はねたり どんな ことを しても、はなれなかった。
やっと とちゅうの あなこに おとして きた。 あんたな ものが いたら たいへんだ。
みんなで これから たいじさねかや。」
と、そうだんを もちかけた。
さるは、
「あれは、『ふるやの もり』でねぇ。にんげんだったでぁ。」
「なに いうかっ。『ふるやの もり』だっ。」
と、おおかみも がんばったと。
みんなも おそろしいので、
「ああだ。」「こうだ。」
と、いいあって きまらなかった。
とうとう、あなこの そばまで いく ことに したと。
「さる、おまえの ながい おっぽで、『ふるやの もり』いるか どうか、さぐって みてけれ。」
さるは しかたなく、ながい おっぽを、するすると、あなの なかに いれて、ぐるっぐるっと
かきまわしたと。
あなこの なかで のびて いた うまどろぼうは、ほっぺたに ヒタヒタと さわるものが
あるのに きが ついた。
「おやっ、ありがたい。いい ところに なわが、さがって いる。」
と、さrの おっぽとも しらず、ぎっちり つかんだと。
「あっ、いて、て、て。やっぱり『ふるやの もり』だあーっ。
おれとこ あなこの なかさ ひっぱりこむぅーっ。おおかみ、たすけてけれーっ。」
これを きいた おおかみは なかまたちは、
「さあ たいへんだっ。さる、おまえ、はやく もどって こいっ。」
と、いって、いちもくさんに にげて いったと。
さるは はらが たつやら、くやしいやら。
おっぽを つかまれて いるので、にげる ことも できない。
うまどろぼうと、やいの やいのと ひっぱりあいこ するうちに、さるの おっぽは、ぷっつり
きれて しまったと。
やっと さるは、にげる ことが できた。
けれども、おっぽは みじかくなったし、あまり ちからを いれて りきんだので、
かおは まっかに なって しまった。
いまも その ときの まんまだと。
とっぴん ぱらりの ぷう。
あとがき
「古屋のもり」は、江戸時代の中期に上梓された「奇談一笑」に「屋漏可恐(やもりおそるべし)」
という題で書き残されている。
かなり古い時代からの話のようであるが、今も日本各地で採集されている。
「古屋のもり」ということばの勘違いから話は発展していくが、屋根がもるという、
生活に根ざした実感から生まれた話だと思われる。
雨もりする茅屋根や、わら屋根、登場する狼(場所によっては虎)馬どろぼうなど、近代化が進み、
環境の変化した現代の農村では、すっかり姿を消したものばかりである。