「古屋の漏り」 (漢字混じり) 今村 泰子 ほるぷ出版
むかし あったけど。
山の近い ある村に、じいさまと ばあさまが いてあったと。
大きい百姓で あったども、子どもが いなかったので、
二人は 古くなった家に、ウマこ 一匹 飼って さびしく 暮らしていたと。
ある 雨の しとしと降る 晩のこと。
どろぼうが、「今夜のような 晩こそ ウマこ 盗むに いい晩だ。」
と、早くから 家の中に しのびこみ 台所の 梁の上に あがって、
下の様子を うかがっていた。
「早く じいさまと ばあさま、寝床にいかねえかな。」
と、待ちくたびれ、そのうち コクリ コクリ いねむりをはじめた。
そこへ 山のオオカミが、裏の木戸口から
「腹 へったなあ、この家の ウマこなら、たらふく 食うに いいんだどもなあ。」
と、こっそり やってきたと。
じいさまと ばあさまは、囲炉裏端にすわって、のんびりと 話こをしていた。
「ばあさん、おまえは この世の中で なにが 一番 おっかねかな。」
「んだなあ、おら わらしの時から、山のオオカミが 一番 おっかねもんで あったすな。」
「んだ、んだ、晩げになって、山の オオカミが あちこちで ほえだすと、おっかねとて、
ふとんかぶって 丸まってたなあ。」
オオカミは 耳をたてて、じっと 聞いていたが、
「ふん、ふん。」と、うなずき、少し 口をあけ、うれしそうな顔をした。
「おじいさんは、なにが 一番 おっかねすか。」
「おれがな、今 一番 おっかねもんは、『古屋の漏り』だ。」
「んだす、んだす、おじいさんあ。『古屋の漏り』だば、なにより おっかねす。
今夜あたり くるんでねすか。」
オオカミは ぎくりとして、からだを 少し 前の方に すすめたと。
「ほう、おれより おっかね『古屋の漏り』ちゅうもんは、どんなもんだろう。
こらあ おおごとだ。こげなところに 長くはおられねえ。」と、あわてだした。
その時、雨が 風とともに ザーッと すごい勢いで 降りだした。
じいさまと ばあさまの声が、急に 大きくなったと。
「おじいさん、おじいさん、ほんとに 『古屋の漏り』 きたすよ。」
「おう、とうとう きたかっ。」と、たちあがり、身支度をはじめた。
部屋のあちこちでは、ポタン ポタンと 雨(あま)しずくが おちはじめた。
オオカミは 騒ぎを聞き、
「こりゃあ、いよいよ 大変だ。『古屋の漏り』ちゅう ばけものが きたようだっ。」
と、ふるえあがり、逃げだした。
ウマどろぼうは その音を聞き、ウマこが逃げたと思い、
背中めがけて 飛び降りたと。
ウマどろぼうは、
「こりゃあ、よく走る ウマこだ。なんと、よく走る ウマこだ。逃がしてなるものか。」
と、オオカミの耳を ぎっちり 握り、馬乗りになって、しがみついていた。
たまげたのは オオカミだった。
「わあっ、おれの 背中に『古屋の漏り』とっついたあっ。」
と、ビュン ビュンと ありったけの力を出して、走りだしたと。
やがて、夜が しらじらと あけてきた。
すると 山奥の 木の上で、猿が、
「あやぁ、おかしでぁ、人間が オオカミの背中に乗って 走ってらあ。」
と、手を叩きながら はやしたてたと。
ウマどろぼうも、はっとして よく見ると、それは ウマこではなく、
おそろしい、大きな オオカミで あったと。
ウマどろぼうは ぶったまげたの なんの・・・・・。
そのとたんに、力が抜け、背中から 振り落とされ、おまけに、けものの落とし穴に
転げ落ちて いったと。
オオカミは ほっとして、山の奥へ 帰ると、
「みんな、集まれ。」
と、仲間のけものたちを 呼んだ。
熊やイノシシやら、みんな 集まってきた。
「おれは 夕べ、『古屋の漏り』ちゅう ばけものにとりつかれ、一晩中
山の中を 走りまわった。とんだり はねたり どんなことをしても、離れなかった。
やっと 途中の穴こに 落としてきた。 あんたなものがいたら 大変だ。
みんなで これから 退治さねかや。」
と、相談をもちかけた。
猿は、
「あれは、『古屋の漏り』でねぇ。人間だったでぁ。」
「なに いうかっ。『古屋の漏り』だっ。」
と、オオカミも 頑張ったと。
みんなも おそろしいので、
「ああだ。」「こうだ。」
と、言いあって 決まらなかった。
とうとう、穴このそばまで 行くことにしたと。
「猿、おまえの長いおっぽで、『古屋の漏り』いるか どうか、さぐって みてけれ。」
猿は しかたなく、長い おっぽを、するすると、穴の中に入れて、ぐるっぐるっと
かきまわしたと。
穴この中で のびていた ウマどろぼうは、ほっぺたに ヒタヒタと さわるものが
あるのに 気がついた。
「おやっ、ありがたい。いいところに なわが、さがっている。」
と、猿のおっぽともしらず、ぎっちり つかんだと。
「あっ、いて、て、て。やっぱり『古屋の漏り』だあーっ。
おれとこ 穴この中さ 引っ張りこむぅーっ。オオカミ、助けてけれーっ。」
これを 聞いた オオカミと 仲間たちは、
「さあ 大変だっ。猿、おまえ、早く 戻って こいっ。」
と、言って、一目散に 逃げていったと。
猿は 腹が立つやら、悔しいやら。
おっぽをつかまれているので、逃げることもできない。
ウマどろぼうと、やいの やいのと 引っ張りあいこ するうちに、猿のおっぽは、ぷっつり
切れてしまったと。
やっと 猿は、逃げることができた。
けれども、おっぽは 短くなったし、あまり 力を入れて りきんだので、
顔は 真ッかに なってしまった。
今も その時の まんまだと。
とっぴん ぱらりの ぷう。
むかし あったけど。
山の近い ある村に、じいさまと ばあさまが いてあったと。
大きい百姓で あったども、子どもが いなかったので、
二人は 古くなった家に、ウマこ 一匹 飼って さびしく 暮らしていたと。
ある 雨の しとしと降る 晩のこと。
どろぼうが、「今夜のような 晩こそ ウマこ 盗むに いい晩だ。」
と、早くから 家の中に しのびこみ 台所の 梁の上に あがって、
下の様子を うかがっていた。
「早く じいさまと ばあさま、寝床にいかねえかな。」
と、待ちくたびれ、そのうち コクリ コクリ いねむりをはじめた。
そこへ 山のオオカミが、裏の木戸口から
「腹 へったなあ、この家の ウマこなら、たらふく 食うに いいんだどもなあ。」
と、こっそり やってきたと。
じいさまと ばあさまは、囲炉裏端にすわって、のんびりと 話こをしていた。
「ばあさん、おまえは この世の中で なにが 一番 おっかねかな。」
「んだなあ、おら わらしの時から、山のオオカミが 一番 おっかねもんで あったすな。」
「んだ、んだ、晩げになって、山の オオカミが あちこちで ほえだすと、おっかねとて、
ふとんかぶって 丸まってたなあ。」
オオカミは 耳をたてて、じっと 聞いていたが、
「ふん、ふん。」と、うなずき、少し 口をあけ、うれしそうな顔をした。
「おじいさんは、なにが 一番 おっかねすか。」
「おれがな、今 一番 おっかねもんは、『古屋の漏り』だ。」
「んだす、んだす、おじいさんあ。『古屋の漏り』だば、なにより おっかねす。
今夜あたり くるんでねすか。」
オオカミは ぎくりとして、からだを 少し 前の方に すすめたと。
「ほう、おれより おっかね『古屋の漏り』ちゅうもんは、どんなもんだろう。
こらあ おおごとだ。こげなところに 長くはおられねえ。」と、あわてだした。
その時、雨が 風とともに ザーッと すごい勢いで 降りだした。
じいさまと ばあさまの声が、急に 大きくなったと。
「おじいさん、おじいさん、ほんとに 『古屋の漏り』 きたすよ。」
「おう、とうとう きたかっ。」と、たちあがり、身支度をはじめた。
部屋のあちこちでは、ポタン ポタンと 雨(あま)しずくが おちはじめた。
オオカミは 騒ぎを聞き、
「こりゃあ、いよいよ 大変だ。『古屋の漏り』ちゅう ばけものが きたようだっ。」
と、ふるえあがり、逃げだした。
ウマどろぼうは その音を聞き、ウマこが逃げたと思い、
背中めがけて 飛び降りたと。
ウマどろぼうは、
「こりゃあ、よく走る ウマこだ。なんと、よく走る ウマこだ。逃がしてなるものか。」
と、オオカミの耳を ぎっちり 握り、馬乗りになって、しがみついていた。
たまげたのは オオカミだった。
「わあっ、おれの 背中に『古屋の漏り』とっついたあっ。」
と、ビュン ビュンと ありったけの力を出して、走りだしたと。
やがて、夜が しらじらと あけてきた。
すると 山奥の 木の上で、猿が、
「あやぁ、おかしでぁ、人間が オオカミの背中に乗って 走ってらあ。」
と、手を叩きながら はやしたてたと。
ウマどろぼうも、はっとして よく見ると、それは ウマこではなく、
おそろしい、大きな オオカミで あったと。
ウマどろぼうは ぶったまげたの なんの・・・・・。
そのとたんに、力が抜け、背中から 振り落とされ、おまけに、けものの落とし穴に
転げ落ちて いったと。
オオカミは ほっとして、山の奥へ 帰ると、
「みんな、集まれ。」
と、仲間のけものたちを 呼んだ。
熊やイノシシやら、みんな 集まってきた。
「おれは 夕べ、『古屋の漏り』ちゅう ばけものにとりつかれ、一晩中
山の中を 走りまわった。とんだり はねたり どんなことをしても、離れなかった。
やっと 途中の穴こに 落としてきた。 あんたなものがいたら 大変だ。
みんなで これから 退治さねかや。」
と、相談をもちかけた。
猿は、
「あれは、『古屋の漏り』でねぇ。人間だったでぁ。」
「なに いうかっ。『古屋の漏り』だっ。」
と、オオカミも 頑張ったと。
みんなも おそろしいので、
「ああだ。」「こうだ。」
と、言いあって 決まらなかった。
とうとう、穴このそばまで 行くことにしたと。
「猿、おまえの長いおっぽで、『古屋の漏り』いるか どうか、さぐって みてけれ。」
猿は しかたなく、長い おっぽを、するすると、穴の中に入れて、ぐるっぐるっと
かきまわしたと。
穴この中で のびていた ウマどろぼうは、ほっぺたに ヒタヒタと さわるものが
あるのに 気がついた。
「おやっ、ありがたい。いいところに なわが、さがっている。」
と、猿のおっぽともしらず、ぎっちり つかんだと。
「あっ、いて、て、て。やっぱり『古屋の漏り』だあーっ。
おれとこ 穴この中さ 引っ張りこむぅーっ。オオカミ、助けてけれーっ。」
これを 聞いた オオカミと 仲間たちは、
「さあ 大変だっ。猿、おまえ、早く 戻って こいっ。」
と、言って、一目散に 逃げていったと。
猿は 腹が立つやら、悔しいやら。
おっぽをつかまれているので、逃げることもできない。
ウマどろぼうと、やいの やいのと 引っ張りあいこ するうちに、猿のおっぽは、ぷっつり
切れてしまったと。
やっと 猿は、逃げることができた。
けれども、おっぽは 短くなったし、あまり 力を入れて りきんだので、
顔は 真ッかに なってしまった。
今も その時の まんまだと。
とっぴん ぱらりの ぷう。