民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「蚤の串刺し」 藤田 浩子 

2013年02月24日 00時16分46秒 | 民話(昔話)
 「蚤の串刺し」 昔話に学ぶ生きる知恵 1 「化かす騙す」 藤田 浩子 

 むがぁし まずあったと。

 あるところに 旅の男一人いてなぁ 
その男 旅先で宿ぉとったんだと。
したが(ところが)梅雨時でもあったかなんだして 
その宿のふとんさ足ぃ突っ込んだとたんに 
チクッと 蚤に食わっちゃ(刺された)んだと。 

 いやいや 蚤にかじらっちゃようだわ
となって その旅の男 今 かじらっちゃところ
もそらもそら 探っていたっけが 今度(こんだ)もものあたり チクッ
今度(こんだ)ぁ ももたのあたり かじらっちゃようだなぁ
と思っていたれば 今度ぁ 尻(けつ)のあたり ヂクリ
 あららら 今度ぁ 尻だわ
となっていると 腹のあたり ヂクリ
いや まず 背中から胸から首筋から ヂクリヂクリ
寝らっちゃもんでねぇ。

 旅とゆっても ほれ 車があるわけでねえ 電車があるわけでねえ
朝から歩き通しであったから 疲れに疲れているんだが
とろとろぉっとすると ヂクリ
うとうとぉっとすると ヂクリ
いや あっちぃ もそらもそら こっちぃ もそらもそら 
足ぃ 伸ばしてみたり 縮めてみたり 
あっちゃぁ 向いてみたり こっちゃぁ向いてみたり
ごろらごろら しているうちに 空ぁ明るくなってしまったんだと。

 ほぉでまぁ はれぼったい眼(まなこ)こすりこすり 起きだしていってみると
囲炉裏端に宿の婆様(ばさま)座って ずねぇ(大きい)鍋の味噌汁かんましながらな
「よぉく 寝らっちゃがン?」
なんて聞くんだと。
男も まぁ 答えようがねく(なく)てなぁ
「いやぁー この家(や)は まず 蚤が ふだ(豊富)のようだなン」
と こう言えば 婆様も
「そのようだなン」なんてゆってる。

 いやいや この婆様 一筋縄ではいがねぇような 婆様だ
となって 旅の男 囲炉裏端さ座るとなぁ 
ろくたま 実の入(へぇ)ってねえような 汁ぅすすりすすり 
ずねぇ声で ひとりごと 語ったんだと。

「いやぁ いたましい(もったいない)なぁ 
これ こだに(こんなに)蚤がふだなのに 
これぇ集めて 銭(ぜに)になるがんだが(なるんだが)
おらの旅 先ぃ急がねばならねえし この蚤取ってる暇はねぇし
いやぁ いたましいなぁ!」
と 語り 語り 汁ぅすすっていたれば 
宿の婆様の目が キカッと こう光ってな
「もぉし 旅のお方 蚤っちゃ銭になるのがン?」
と こう聞く。

 「あーぁ ほう(そう)のようだぞン」
「して(それで)なじょして(どうやって)銭にするんだン?」
「いやぁ おらも よっくとは わからねぇだけんども 
なんでも 蚤っつうのは 薬になるがんだそうだ
ほぉで 都の薬種屋(やくしゅや)がなぁ 蚤ぃ 集めて 
ほぉで 薬にしてるもんで いや 都には 蚤 払底してしまって 一匹もいねぇ
したから おらのような旅回りの者のとこさ 
どこぞで 蚤ぃ ふだにいるとこあったら 教えてくんなんしょ
手間に見合うくれぇの銭は払うからと こういう話 来てるんだけんど 
いや なにしろ おら この度は急ぐ旅であるから とても 蚤集めなんざぁ してられねえ」
と こういう風に語って 旅の男は
「いやぁ ご馳走(ごっつぉう)になりやした。
となって わらじぃ履いて 旅支度すると
「ほんじは(それでは)世話になったなン」
と 出ていこうとした。 

 すると 婆様が また
「もうし 旅のお方 おめさま 帰(けぇ)りも ここぉ 通らっかン(通るか)?」
「あぁ この先一本道だでなぁ 帰りも また世話になるぞン」
と こうゆって 男は 旅立っていったんだと。

 それぇ聞くと 婆様 くるっと振り向いて 家ん中さ入ると 
まぁ ぼろ布団めくりあげるわ
むしろ ひっぺがえすわ キリッとたすき掛けしてな 
ほぉで 蚤取り眼 つう言葉があるぐれぇだから 目ぇ皿のようにして
ほぉで 蚤取りはじゃった(はじめた)と。

 蚤っつうのは ぴょんつら ぴょんつら 跳んで跳ねるから 
このぴょんとぴょんの間の この蚤が 一息ついてるときに
指先なめて ピュッと押しゃめぇて(押さえつけて)
親指の爪と爪で プチッと こう つぶす
その間合いが大切であってな
婆様 まぁ 日がな一日朝から晩まで ほかの仕事みなぁ放り出して
尻(けつ)ぅ 天丼さ 向けたまんま まぁ蚤取りしていたんだと。

 いく日たったもんだがなぁ 
また 旅の男 その宿にとまったんだと。
したが まぁ この度は なに 気持ちいいもんだか 蚤なんざ一匹もいねぇ
手も足も スーッと伸ばして ほぉで ぐっすり眠ったもんで
旅の疲れ すっかりとれてなぁ

 ほぉで 朝間 機嫌よく にこたにこたしながら 起きだしていくと
囲炉裏端の婆様も また にこたにこた しながら
飯ぃ盛ったり 汁ぅ分けたりしてたんだと。
この度はまぁ 汁も実がいっぺぇ入って 飯もてんこ盛り ほぉで
「ほれ 食わっしぇえ ほれ 代えらっしぇえ(お代わりしなさい)」
となって 男も 辞儀(遠慮)するような男でねえからな 
いくたびもいくたびも 代えてもらって 
ほぉで 腹よっぱら(一杯)食ってな
しまいの湯ぅなんぞ つつつーっと こうすすっていたっけが
婆様 スクッと立ち上がると 納戸の方さ 行って
納戸kら 桶こ一つ たんがえて(かかえて)きたんだと。
ほぉで その桶こ 旅の男の脇さ置くとな
「のぅ 旅のお方 これ ちょこっと見てくなんしょ(ください)」
こうゆって 出してよこしたと。

 男が その桶こ のぞいて見たれば まぁ たまげたことに 
桶こ七分目か八分目だか 蚤 いっぺぇ詰まっていたんだと。

「いやいや 婆様 おめえ 蚤取ったのがン おらの話 まともに受けて 取ったのがン」
こうゆったれば 婆様 キッとなってな
「はぁ 取ったわン して これ なんぼぐらいに なっぺなン?」
「これなぁー 婆様 銭にはならねぇんだわン」
「なにぃ 銭にならねぇ すると おめえは おらが 田舎者だと思って 
うそぉこいて おらことだまして 蚤取りさせたのがン?」
とまぁ 婆様 目玉ギカギカと光らせてせめてくる。
「んね(ちがう)んね おら うそはこかねえ うそはこかねけんども
話半分しかしねかった(しなかった)
なじょったわけだか わからねけんど 
蚤つうのは メスオス一緒では これ 薬にならねえんだそうで
したから 薬種屋さ持っていくときは メスはメス オスはオスと こう分けて
十匹ずつ串しゃ(串に)刺しておかねえと これぇ 薬種屋が引き取ってくれねえんだわン
話半分しか語らなかったおらも悪(わり)いけんど 
婆様 取るだら取るとゆわなかった おめえさまも悪いぞン」
とゆわれてな 婆様 はぁ 立ち上がる元気もねぇ。
ぺたらぁんと そこさ 座ってしまった。

 「婆様 婆様 気ぃ落とさんな 今度 蚤取るときは メスはメス オスはオスと
ちゃんと分けて 十匹ずつ 串しゃ刺しておいてくなんしょ。
したれば おら それ 預かって 銭にしてきてやっからな
したら まず 世話になったなン」

 と こうゆって 旅の男 帰っていったんだと。

 おしまい