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21学校内でサンダル・スリッパを履く意味は

2003-08-04 13:39:48 | 当世世間事情
[93]21 学校内でサンダル・スリッパを履く意味は (2003年08月04日 (月) 13時39分)
 
 介護について学ぶ学生を引率して、特別養護老人ホームへ見学に行ったときである。10人ほどの学生が、案内にしたがって歩いた。履いたスリッパでペタペタ音をさせながら歩くので、私は気になって「音をさせないように歩いて」と何度か促したが、最後まで修正されずに見学が終わった。
 特養は、利用者にとっては住民票のある居住するプライバシーの場所である。それに対して、学びが目的であったとしても、学生たちがまなざしを注ぐ訳である。訪問者は、利用者の日常性を乱さない最大限の配慮が必要である。そのことは学生も知っているのだが、10人ぐらいでは結構な大きさになるスリッパの音は、消えることがなかった。その音は、部外者が大勢訪問していることの象徴であっただろう。
 なぜ音を立てないで歩けないのだろう。基本には歩き方の問題がある。本来の望ましい歩き方であるとされている、かかとからつけてけるという動作ではなく、多くがつまさきから出して引きずるように歩いていた。それにプライバシーヘの配慮と言うことは分かっていながら、音を出すこととそれを結びつける想像力が働かなかったように思えた。
 それに彼らの履物歴を考えて見た。幼い時から靴でアスファルト道を歩くことだっただろう。下駄を履く体験もないし、雪道や河原など変化にとんだ地面や悪路を、足を上げながら歩くこともなかっただろう。木造家屋を、音を抑制して歩くということもしなかっただろう。といったことを想像し、音を出さないで歩くことは無理なのかな、と思いをめぐらしたのだ。
 そこでもう一つ思いついたことがあった。彼らが学校の室内履きに何を履いたか、ということ。別な科目だったが、講義内容が学校の室内履きと関連があったので、学生に聞いてみた。すると90%ぐらいの学生が、サンダルを履いていたとのことであった。雪の降る地域出身の学生は、さすがスニーカーだった。90年ぐらいにも聞いたことがあったが、おぼろげながらの記憶だが50%ぐらいだったように思う。
 なぜスニーカーではなく、サンダルなのか。「スニーカーとは考えて見たことがなかった」「足がむれないように」「室内だから」「屋外と室内の区別のため」といった解釈を、学生はめぐらした。
 私は別な解釈をしてみた。校内はたしかに室内であるが、学校は行動範囲の広さと動作のスピードが家庭などのそれとは違う。それに歩き方を確立するためにも、本来はスニーカーがふさわしいのではないか。とことがサンダルなのである。
 理由は、生徒の行動を抑制するためではないだろうか。サンダルでは走ったり出来ないし、行動のスピードも鈍る。もうひとつ、サンダルだと土足に至らないことが多い。といった私の解釈は、学校側が生徒を管理しやすい条件のためではないか、ということになる。長時間サンダルのため、望ましい歩行フォームであるかかとから着地し前足でけるという動作が育たない人が多くなる、とも考えてみた。こんな解釈は、ゆがんだものだろうか。

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