世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●西側のルールに基づく秩序強要罪 秩序への挑戦は悪??

2016年08月16日 | 日記
国貧論(atプラス叢書14)
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●西側のルールに基づく秩序強要罪 秩序への挑戦は悪??

 以下のコラムは、田中均氏の世界展望だが、幾つか思い込みと云うか、アメリカ覇権主義な国際ルールを、世界秩序だと決めつける“我田引水”な立ち位置だ。そして、それに挑戦する態度はケシカランと言っているわけだが、覇権の存在が危うくなる世界史においては、常に起きる歴史的価値の変動なので、田中氏の言うようになアメリカンな秩序が善で、それに「挑戦」する態度が悪と云う図式もいただけない。中国の内憂外患には困った面もあるが、世界の歴史が大きく揺れ動く時には、秩序ではなく混乱が、歴史的に求められている場合も多い。米英日欧で西側諸国有利な「国際秩序」が合理的な思考経路だと言うのも、哲学的に奇妙だ。キリスト教文化圏の価値基準やグローバル資本主義の価値基準に辟易して、閉塞感を覚えて「挑戦」する動きが生まれても、それを一概に悪的に捉えるのは、単に目算が外れるからと云う思惑を吐露している。

 田中氏の経歴では、小泉純一郎政権時代に、北朝鮮・金正日と小泉首相の会談(2002年)を成立させたことで有名だが、1996年の普天間基地返還合意、日米安保共同宣言合意の外務省責任者であった点を見逃してはならない。京大―外務省―オックスフォード大の経歴を見ると、一見、外務省のアメリカン・スクールの面々とは一線を画している印象を持つが、日米半導体交渉も経験しているので、対アメリカと云う立場の長い外交官である。ただ、個人的資質の範疇だが、外務官僚にしては珍しく目立ちたがりでもあるので、一般的には、対米で追随性が少ないと見る向きもあるが、外交の軸足は完全に米国等西側諸国に立脚している。

 田中氏のコラムを読んでいると、日米等西側諸国のプロパガンダ報道の枠内で事実関係が語られる。つまり、世界展望のコラムの基礎となる情報が、既に西側にとって都合の良いバイアスが掛かってプロパガンダ情報なので、一面的解釈をしているに過ぎない。文中の≪国境を超えた協調を嫌うナショナリズムの蠢きである。≫国境の垣根があることが間違いだと断定している。グローバリズムが善で、ナショナリズムが悪と云う、短絡的基準値に拘泥しているので、20世紀的硬直外交と指摘することも出来る。グローバリズムは、世界規模で、国境を超えて、富の再配分を成し遂げた。そのお陰で、BRICsはじめ経済途上国等々の所得を総体的に底上げした功績は認めよう。

 しかし、そのグローバルに経済活動を展開し、富の再配分を行う目標は悪くなかったが、金融資本主義と云うプラットフォームに、何らの修正も加えずに実行した。これが、大いなる間違いを生んだ。西側先進国、特にアメリカなどにおいては、労働者の雇用悪化と賃金低下をもたらした。1%の富裕層の収入は青天井で上昇の一途をたどり、西側諸国の労働者層の賃金だけは減少した。20世紀後半、彼ら労働者は、社会において分厚い中間層を形成し、「良識」と「秩序」と云う民主主義に欠かせない要素を醸成したわけだ。

 この中間層の所得を、発展途上国や開発途上国の労働者に回しただけで、上部の上澄みの収入は、増えることはあっても、減ることはなかった。これでは、「国際秩序」を守っていれば、努力に見合う収入増が期待できるというメカニズムが齟齬を来したわけだから、西側諸国の労働者側から言わせれば、遵守すればするほど痛めつけられるような「秩序」など不要だと云うことになる。それが、日米欧で起きている「秩序への挑戦」と云う現象として現れる。この現象は、国柄や国体の違いにより、様々な形として現れるだけのことだ。まあ、中国の場合は、終戦後の日本の朝鮮戦争特需のような棚ぼたが終わったと云うことだろう。

 BRICs全体にも、経済特需は終わりましたと云うことだが、特需が消えたあと、定常経済的感覚に辿りつけることが出来た政権は残るし、それに失敗して、幻想的グローバリズム経済の歪んだ社会構成のメカニズムに拘泥する国は、一層の自国民の貧困を誘発することになる。更に、軍事産業を中心とした製造メカニズムを抱えている国々は、常に軍事品を生産するジレンマを抱えているので、グローバリズム経済、内向き経済に関係なく、別途世界のどこかで紛争が起きることを望んでいる。いや、時には、わざわざ、紛争が起こるように、地政学的展望に沿って、内部崩壊を画策し、軍産複合産業の血液が流れるようにしている。田中氏のコラムとは、相当に異なる世界観になってしまった。こんな主張をする筆者に引用された田中均氏は良い面の皮かもしれない(笑)。


 ≪ 各地で蠢く排他的ナショナリズム、世界は歴史的な岐路に

■中国に吹き始めた逆風 THAAD韓国配備と南シナ海仲裁裁判判決
 歴史の岐路には変動の引き金となる事件が起きる。1989年に起こった二つの事件がそうだった。6月に起こった天安門事件は中国の民主化の芽を摘み、共産党の一党独裁体制の強化につながり、今日の中国をつくる契機となった。11月のベルリンの壁の崩壊がソ連邦の崩壊と東欧諸国の民主化、そして東西冷戦の終了につながっていったのは周知の通りである。
 それから四半世紀あまりの時が経った今日、再び世界の変動の引き金となるような出来事が起こっている。南シナ海問題での常設仲裁裁判所の審決は、 中国の対応次第では、中国と国際社会の関係を本質的に変えていくかもしれない。国民投票による英国のEUからの離脱は欧州の分解に繋がっていくのか。そして米国大統領選挙は従来の選挙とは本質的に異なり、米国の世界における立場を大きく変えることになるのかもしれない。
 中国にはごく最近まで順風が吹いているように思われた。WTO(世界貿易機関)への加盟が経済成長を押し上げ、中国の国力は飛躍的に増大した。中国は、一帯一路という壮大なプロジェクトの下で東南アジア、中央アジア、中東、欧州、アフリカで経済協力を土台に影響力を飛躍的に拡大してきた。ロシアはウクライナ問題による欧州での孤立から逃れるために中国と連携を求め、北朝鮮への影響力を期待する韓国との蜜月時代が続くかと思われた。
 ところが中国に逆風が吹き始めた。経済成長率の低下は共産党統治の正統性を揺さぶる。北朝鮮はミサイルの実験を頻繁に続け、韓国は米国と共に地上 配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の導入を決断した。これは中国が戦略のバランスを変えるとして最も忌み嫌ったものであり、中韓関係は厳しい試練 を受けている。
 同時に中国の南シナ海における傍若無人な行動に対して、7月12日にハーグの常設仲裁裁判所は、中国の主張する9段線は中国による南シナ海支配の根拠とはならないという明確な法的判断を下した。
 当初中国は他の国の反応を見るかのように曖昧な形で9段線の議論を行っていた。中国経済が飛躍的に拡大し、国力が増大し、影響力が強化されるとと もに、中国は強引で傲慢となってきた。南シナ海で岩礁の埋め立てをはじめ歴史的に中国は南シナ海を支配していたとして、その根拠に9段線を示すようになった。しかし地域の国々で9段線の議論を信じている国はないといっても過言ではなかろう。明らかに中国は自国の力を過信した行動にでた。
 法的判断が下った今、中国はどう対応していくのだろうか。来年に人事を扱う党大会を控え、習近平は南シナ海問題で一切妥協はしないだろうという見 方が強い。そればかりか南シナ海の支配を更に進めるために埋め立てを加速させ、上空に防空識別圏を設置するといった強硬策に出る可能性があるとの見方もされている。

 ■戦略的追い風はもう吹いていない 中国はルールに基づく秩序を尊重するか
 しかし、これは米国や日本、ASEAN諸国だけではなく国際社会全体との決定的な対決をもたらす。中国にはもう戦略的追い風は吹いていない。中国はルールに基づく秩序へ挑戦する国であるという見方がとられることは間違いがない。中国と国際社会との関係を決定づける重大な岐路に来ていると言っても過 言ではあるまい。
 私はASEANのシンクタンクに公開コメントを求められ「審決を受け中国は南シナ海における行動に慎重な考慮を払う事を心から期待する。国際社会はこの行動により中国がルールに基づく秩序を尊重する国であるかどうかを判断するであろう。」と返答した。刺激的なコメントを出し、中国をいたずらに追い 詰める必要はあるまい。中国が一方的行動を控え対話に進むことが望ましい。国際社会の法的な判断はある訳なので、中国はこれに従った行動をするのか静かに見守るというのが正しい態度なのではないか。
 重大な岐路に来ているのは、欧州も同じである。何故英国はEU離脱を決めたのだろう。そもそも英国は1973年に大陸諸国からは遅れて欧州統合に参加して以降、欧州統合につかず離れずのアプローチをとってきた。単一市場には参加したが単一通貨ユーロに加入したわけではなく、域内のヒトの移動を促進 するシェンゲン協定にも参加していない。
 英国はEUと一定の距離を保ちつつ、米国との「特別な関係」や日本との緊密な関係、或いは英連邦の盟主としてのグローバルなネットワークを活用 し、巧みな外交を行ってきた。EUを離脱するとEU内からの移民を受け入れなくて済むとか、EUから主権を取り戻すといった面が離脱キャンペーンで強調さ れてきたが、離脱によって失う利益も圧倒的に大きい。

 ■EUの深化と拡大を止める英国の離脱
 離脱後の英国はメイ新首相の下でも、まず離脱に向けて2年の時計の針が廻り出すのを出来るだけ遅らせようとしている。時間を稼ぐという事であろう が、この間、英国経済についての不透明感は増し、離脱に反対する労働党等の議会勢力や住民の過半数が残留に票を投じたスコットランドや北アイルランドの不満は高まり、内政の混乱は続くのだろう。
 いずれにせよ諸外国の対英投資は大きくスローダウンしていくのだろう。離脱通告を行ったとして、EUの英国に対する姿勢は極めて厳しいものとなるのだろう。英国は単一市場へのアクセスは担保したうえで移民制限をする枠組みと主張するが、EU側は他の諸国の追随を防ぐうえでも英国が「いいとこどり」 をするのを認めることはない。
 英国が繋いできた大西洋同盟関係にも悪影響が及ぼうし、ドイツが中心となる欧州が果たして安定的なものとなるだろうか。来年は仏で大統領選挙、独で総選挙となる。反移民・難民、反EUを掲げる極右勢力が大きく台頭する危険もある。
 第二次大戦後の欧州の統合、EUの深化と拡大は間違いなく欧州の安定を生み、冷戦後の欧州秩序をつくり、欧州の経済発展に貢献してきた。しかし今やEUの深化と拡大の流れは止まるのだろう。後世の人は英国の国民投票が変動の引き金だったという評価をするのかもしれない。
 そして本年11月の米国の大統領選挙。トランプ旋風の背景にあるのは所得格差の拡大による「持てる者と持たざる者」への二極分化についての大きな 不満の鬱積であり、ワシントンの既成政治家に対する強い不信である。伝統的には民主党は配分政策を重視する大きな政府やリベラルな価値を信奉し、労働組合の強い支持を受けていると言われてきた。そして共和党は小さな政府、家族や宗教などの伝統的価値の尊重を旨とする政党と言われてきた。

■米国の大統領選挙 アウトサイダーを求めるポピュリズムの雰囲気
 トランプ旋風の共和党は伝統的共和党とは大きく異なる。従来共和党は米国が軍事的手段をとって世界の警察官として行動することが秩序を守り、米国 の長期的利益に適うと信じてきたのだろう。また、同盟国との関係を重視してきた。しかし今や共和党にとっても国防予算は聖域ではなくなり、トランプの掲げる強いアメリカは自己の短期的利益に忠実なアメリカであるような気配がある。米国は内向きの度合いを強めていくのだろうか。
 今回の大統領選挙は従来の伝統的な二大政党の政策論争ではなく、従来とは異なるもの、ワシントンの伝統的政治家ではないもの、歯切れの良い発言で 自己利益に忠実な米国を追い求める、といった雰囲気の中での選挙戦となる危惧がある。クリントン女史が勝利したにしてもそのようなポピュリズムの根は残るのだろう。
 アジア、欧州、米国で起こっている出来事の根っこにあるのは、国境を超えた協調を嫌うナショナリズムの蠢きである。
 中国の南シナ海での攻撃的且つ一方的な行動には、19世紀までの栄華を取り戻そうという動機がある。習近平の掲げる「中国の夢」の実現ということ か。英国の国民投票で離脱が残留を上回ったのはEUに振り回されるのではなく伝統的な英国らしさを取り戻したいというナショナリズムの発露であったのだろう。米国のトランプ旋風の背景には、トランプが掲げる「アメリカ第一」主義で偉大な国アメリカの復活を望む国民意識がある。
 このようなナショナリズムは中長期的な国際秩序安定化のために何をしたらよいかではなく、利己的な国内利益を追求する。各国の自己中心的な利害が 衝突し、お互いが妥協を拒み、場合によっては物理的な衝突に至ることも考えられないではない。プーチンのロシアや習近平の中国が強硬な姿勢を貫こうとした時、先進民主主義国にあってもナショナリズムは高まり、対決を辞さない雰囲気が出てくるのだろう。

 ■排他的ナショナリズムに抗する良識は働くか 健全な批判を受け入れる寛容さを
 今生じつつある出来事が引き金となって各地で排他的ナショナリズムの衝突に至ると決め付けているわけではない。時の推移とともに中国は国際社会と の全面的対決になるのは避けたい、これは自国経済の一層の成長率低下に繋がるかもしれないと考え、南シナ海や東シナ海での行動を自制していくかもしれない。
 欧州においても英国の離脱投票から時期がたてば、英・EU双方でウィン・ウィンを作ろうという動きとなり、思ったより早く新しい枠組みが合意される可能性がないわけではない。米国の大統領選挙でも最終的には米国人の良識が働くことを期待したい。
 しかし、このような望ましいシナリオを実現させるためには、各国の国民が意識を鮮明にして合理的な議論に耳を傾け、メディアも常に健全な批判勢力 としての役割を忘れることなく切磋琢磨し、ポピュリズムに流されないという強い意志を持つことが必要なのではないのだろうか。日本においても政治の舵取り次第では排他的なナショナリズムが頭をもたげる余地は十分にある。圧倒的に強いといわれる政権であればこそ、自由闊達な議論と健全な批判を受け入れる寛容さが求められているのだろう。
 ≫(ダイアモンドONLINE>国際>田中均の「世界を見る眼」)

経済成長という病 (講談社現代新書)
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●安倍お得意のフレーズ 靖国A戦犯合祀は普遍的価値の例外?

2016年08月15日 | 日記
靖国神社 (幻冬舎新書)
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日本会議と神社本庁
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●安倍お得意のフレーズ 靖国A戦犯合祀は普遍的価値の例外?

 現代ビジネスの書評に『靖国と千鳥ケ淵 A級戦犯合祀の黒幕にされた男』の著者インタビューが掲載されていた。終戦記念日の8月15日と云うこともあり、あまり興味のない「靖国神社」のことを調べてみた。最後尾に、上述インタビュー記事を掲載しておく。

 創建1869年(明治2年)の「靖国神社」に、日本の他の神社に比して、歴史的な意義はゼロだろう。日本の軍人、軍属等を主な祭神として祀る。勅祭社で旧別格官幣社。早い話が、「軍人神社」と云うことになる。また、創建から類推するに、幕末明治における、長州藩中心の明治政府と親密な関係で、頭角を現した新興神社と言っても過言ではない。筆者の感覚からは、明治大正昭和の時代の政権に都合の良い人々が祀られた神社と云うことになる。詳細に調べると、酷く政治的で、魑魅魍魎な部分のある神社だと感じる。

 Wikipediaによると、戊辰戦争の新政府軍側のみが祀られている。旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者は対象外だし、西南戦争の薩摩軍は対象外だ。また、
≪幕末の志士である吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作、中岡慎太郎、武市半平太、橋本左内、大村益次郎等も維新殉難者として合祀されている。これは戊辰戦争における新政府軍側の戦没者を契機として創祀された事情から戊辰以降の戦没者を対象とする合祀基準を、嘉永6年に遡らせたためである。それに対して、戊辰戦争での旧幕府軍の兵士や、奥羽越列藩同盟の兵士、新選組や彰義隊などの旧幕臣の戦死者は祀られていない。ただし、禁門の変で長州藩勢との戦いで戦死した会津藩兵らは、朝廷(天皇)を守護したとして祀られている。また長州藩はこの禁門の変では賊軍とされているが、戦死(実際は自害)した久坂玄瑞などは合祀されている。この他に、当時の段階でも国際法違反である外国領事館・外国人襲撃者も祀られている。≫
つまり、「仲良しグループ神社」と云う感じになる。嫌いな奴は対象外、仲良しだけ祀ろうよ、と云う按配にしか思えない。

 まあ、安倍晋三や日本会議勢力にとって、居心地のいい神社なのだろうが、赤紙で召集され、自己判断の自由も与えられずに徴兵された一般兵士、及びその家族は、戦争を引き起こし、自ら安全地帯に身を隠し、進軍ラッパに尻を叩かれ、突撃。考えれば考えるほど理不尽さが際立つ神社である。中国や韓国が、どうのこうの言うのは、あちらの好き勝手で、特にどうこうという事はない。しかし、靖国神社に参拝することが、政治活動上プラスに寄与する日本と云う国のイデオロギーには、大丈夫か、この国のデモクラシーと思ってしまう。

 また更に思うに、安倍晋三君は、ことある毎に「普遍的価値」と云う言葉を多用するが、おそらく、欧米西側諸国の価値観には「戦勝国」と云う、歴史認識が込み込みで含まれている「価値」と考えることが出来る。そうなると、安倍や日本会議や靖国神社が判断している、様々な事例や合祀した経緯などを確認してみると、「歴史修正主義」に走っている。つまり、安倍晋三君が大好きな「普遍的価値」が頭についた、外交や資金援助や安全保障の観念には、重大な非整合性が見受けられる。まあ、この問題、突きつめていくと、矢鱈面倒なのでこの辺でやめる。興味のある方は、以下のWikipediaのサイトから、重要項目を読んでみていただきたい。

 ■参考:靖国神社に関するWikipedia解説項目。(順不同)

★靖国神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE

★靖国神社問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%95%8F%E9%A1%8C

★A級戦犯
https://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF#.E7.B5.9E.E9.A6.96.E5.88.91.EF.BC.88.E6.AD.BB.E5.88.91.EF.BC.89

★昭和殉難者
https://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF#.E6.98.AD.E5.92.8C.E6.AE.89.E9.9B.A3.E8.80.85

★神社本庁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E6%9C%AC%E5%BA%81

★勅祭社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%85%E7%A5%AD%E7%A4%BE

以上。


 ≪ 靖国「A級戦犯合祀」の黒幕にされた男〜靖国問題"発生"の舞台裏を明かす
戦後特別企画・伊藤智永さんインタビュー

 ■過酷な「実務」になぜ耐えられたのか
・――戦中は陸軍高官として全国から召集された兵士を戦地に送る作業を担い、戦後は官僚として復員や遺骨収集、さらに戦死者の靖国合祀や千鳥ケ淵墓苑の創設に尽力した美山要蔵。伊藤さんがこのたび上梓された『靖国と千鳥ケ淵 A級戦犯合祀の黒幕にされた男』は、その足跡を辿りつつ、いわゆる「靖国問題」がどのように生じたのかを解き明かした長編ノンフィクションです。

・小泉純一郎政権の時代に、靖国問題がクローズアップされたことが本書執筆のきっかけでした。
・そもそも、靖国神社が問題視されるようになったのは、A級戦犯が合祀されてからです。そこでまず、靖国神社内部でA級戦犯合祀に動いたのは誰なのか取材しました。
・しかし合祀は、靖国神社が単独で勝手に行えることではありません。手続きとしては、国が合祀にふさわしいと判断した戦死者を「祭神名票」に記載し、靖国神社に通知して、この名簿に基づき、靖国は合祀を行うわけです。
・では、国の側で祭神名票をまとめた中心人物は誰だったのか。そこを詳しく取材する過程で美山要蔵という人物に興味を持ったんです。

――農家の五男として生まれた美山は陸軍幼年学校、士官学校、陸軍大学校を優秀な成績で卒業。開戦時は陸軍参謀本部の「編制動員課長」でした。

・本人は作戦参謀として華やかに活躍したいという思いもあったようですが、実際に配属されたのは「裏方」とも言うべき編制動員課でした。
・この部署は、国内外に展開する何百もの部隊を、列車のダイヤを組むかのように配置するのが仕事です。太平洋戦争では、4年間で260万人が海外に派兵されましたが、大半は美山が動員課長の時期に送り出されました。
・召集された兵士の家族から見れば、自分の夫や息子を戦地に送りこみ、ひどい場合は戦わずに餓死させてしまった計画の責任者が美山ということになる。とても重い役割を担っていたんです。

――何万もの人々の生死を左右する立場にあった美山は、相当な重圧を感じていたのでは?

・現代人にとっては、それが普通の感覚でしょう。
・しかし、日記を読んでも、どんな気持ちで任に当たっていたのかを示す記述は一切、ありません。
・書類に埋もれた美山には「生身の人間を戦地に送っている」という実感が遠かったのかもしれません。官僚機構の怖いところですが、兵士ひとりひとりの名前や顔が見えないからこそ、過酷な作業ができたとも言えます。
・ただ、私はそんな美山を責める気にはなれません。記録には残っていませんが、彼なりの苦しみは当然、あったと思う。

 ■千鳥ケ淵戦没者墓苑の創設へ
――終戦後、復員庁を経て厚生省職員となった美山は、復員・引き揚げや、戦没者の遺骨収集といった敗戦処理に邁進します。

・終戦当時は軍人・民間人合わせて660万人もの日本人が海外にいましたが、美山が中心となり集中的に事業を進めた結果、わずか1年半後に500万人が帰還しました。
・また、彼は遺骨収集のためビルマを訪れた際、「(現地で戦没した)8万7000の英霊と一つになる。失敗したらビルマに永住する」という強い気持ちを語っていた。
・これほど「戦争の後始末」に執念を燃やした背景には、贖罪にも似た気持ちがあったのではないかと思います。
・戦時中こそ、自分の任務に疑問を抱いていなかったものの、敗戦を機に「自分がやってしまったこと」の重さを感じるようになったのかもしれません。

――帰国事業や遺骨収集に目途がついた後、美山の情熱は戦死者の靖国合祀に向けられます。

・生きている者が帰ってきたので、次は死んだ者たちの魂を靖国に合祀しようという流れになったわけですが、ここでも美山は非凡なテクノクラートぶりを発揮します。
・彼は、軍人恩給や弔慰金の申請をする戦没者の遺族をリストアップする過程で合祀対象者を確定するという手法を編み出し、祭神名票にまとめて次々と靖国神社に送った。
・美山がこの事務を仕切る立場になってから10年間の合祀者は170万柱を越えますが、この数は靖国神社に祀られた神霊約246万柱のうち、実に3分の2を占めます。

――美山はB級、C級戦犯も合祀対象としましたが、A級戦犯だけは対象にしませんでした。
・私が取材した結果を総合すると、A級戦犯を合祀すべきか否かについて、美山に特段の主張はなかったのだと思います。 実際、美山が厚生省を退官した後の'78年にA級戦犯が合祀されますが、当時の彼の日記にも関連する記述はない。靖国問題を巡っては、美山こそがA級戦犯合祀の道を拓いた「黒幕」だという報道も散見されますが、実態は違う。彼は「黒幕にされた男」だったんです。

――一方で、美山は千鳥ケ淵戦没者墓苑の創設にも大きく関わります。

・千鳥ケ淵には当初、「戦没者全体の象徴的な墓」とする構想がありましたが、そうなると自らの存在意義が低下すると考えた靖国神社から様々な妨害工作を受けました。
・これに対し、美山は厚生省在職中から千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会理事に名を連ね、苦悩しながらも靖国との共存を模索し、墓苑建設を実現しました。
・どちらが戦没者慰霊の中心かを巡って靖国神社と千鳥ケ淵は微妙な緊張関係にありますが、一連の経緯を踏まえれば、その礎を築いたのは美山と言えるでしょう。
・しかし、当の美山に特定のイデオロギーはなかった。彼は戦没者慰霊に、その実務能力を発揮しただけなんです。もし、美山が今日の議論を聞いたら「え、私のせい?」と困惑するでしょうね。 (取材・文/平井康章)
 ≫(現代ビジネス>メディアと教養>週刊現代日本一の書評)


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●米中戦争の危機などない 米NATO対ロシアはあり得る

2016年08月14日 | 日記
信長 ー近代日本の曙と資本主義の精神ー
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●米中戦争の危機などない 米NATO対ロシアはあり得る

 以下は、ロイターのコラムだが、筆者は、米中戦争が起きるとは思っていない。まあ、中国・フィリピンや中国・日本と云った周辺同盟国の小競り合い程度があることは想定できるとしても、米国は同盟関係国である事を忘れて、白馬の騎士よろしく、気がついた時には、仲裁役の地位におさまり、例のWスタンダード論を振り撒き、最も都合の良い、漁夫の利戦略を、既に想定していると理解している。

 あれだけ、中東やリビアなどで、ISを育成する資金援助と傭兵派遣を行いながら、「我々は関わっていない」とオバマが、あまりの「嘘」と判る主張を繰り返しても通用する魔法の杖が、「覇権国」の証なのだろう。ゆえに、いつまでもNATO軍が対ロに貼りつかなければならない、軍事的火種の育成に余念がない。突きつめて考えると、リビア等北アフリカにおける紛争継続も、シリアやイラクとISの紛争継続も、米ネオコンの「反権維持戦略」の一環だと言えるのだろう。

 Peter Apps氏の米中戦争、核攻撃は?のコラムは、「米シンクタンク、ランド研究所」の情報を元に書かれたコラムだが、米中の直接対決と云うもの自体、論理的に考え難いシナリオなので、その戦争で、核が使われるかどうかなど、屋上屋の議論であって、たいして意味はない。逆に、Peter Apps氏が触れようとしない、米NATO軍対ロシア戦争の方が、中東を巻き込む形で、勃発する可能性は遥かに高い。そして、戦術の一つに、ロシアによる、核先制攻撃の確率の方が、現実的核戦争のリスクを端的に表している。こんなことを書いていたら、時事が、オバマの「核先制使用宣言」は困難と云うWSJの記事を引用している。

≪ 核先制不使用宣言、困難か=有力閣僚や同盟国反対―米紙
 【ワシントン時事】米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は12日、オバマ大統領が検討しているとされる核兵器の先制不使用宣言について、ケリー国務長官ら有力閣僚や日本などの同盟国が反対していると報じた。  関係者は同紙に「実現の可能性は低くなった」との見通しを示した。
 ケリー長官は核政策に関する討議の中で、米国の「核の傘」に依存する同盟国の懸念を指摘。日本や英国、フランス、ドイツ、韓国などが先制不使用宣言に危惧を示しているという。また、カーター国防長官も、米国の核抑止力に対する同盟国の不安を招きかねないとして反対した。 ≫(時事通信)


≪ コラム:米中戦争シナリオ、核攻撃は杞憂か
 [7日 ロイター] - 世間の注目がテロリズムに集中するなか、過去10年間におけるもっとも顕著な特徴の1つは、世界の主要国間における戦争リスクが再び高まっていることだ。
ベルリンの壁崩壊以来初めて、欧米とアジアの軍事専門家は、いったいそれがどのような紛争になるのか、真剣に考えている。 核兵器があふれる世界では、これは憂慮すべき事態だ。
先月、このコラム欄で書いたように、ロシアと北大西洋条約機構(NATO)加盟国の間に存在する、仮に限定的だとしても、確かな紛争リスクに加えて、あらゆる戦争が核戦争を引き起こす真の危険が存在している。
 NATO 加盟国であるバルト諸国における戦争の可能性について研究している米シンクタンク、ランド研究所は先週、米中間で起こり得る軍事衝突はどんなものになるか についての考察を公表した。
ランド研究所は長年、米軍に対する主要発案者とみられてきたが、この報告書は米政府の直接の政策ではない。しかし、それはかつてないほど大幅に既成の概念の枠を超えたものとなっている。
報告書は、周到に準備された米中戦争の「可能性は非常に低い」と指摘する一方、中国と日本やフィリピンといった米同盟国による領土問題などに対する不適切な対応は「無視することのできない危険」になると強調している。
 ランド研究所は、2つの異なったシナリオを分析。
1つは偶発的な軍事衝突が現在発生した場合。もう1つは、中国の軍事力と経済力の増強がほぼ現在のペースで続くと仮定して、今から10年後に偶発的な軍事衝突が起きる場合だ。 ランド研究所は、中国が向こう10年間で米国に対する軍事力の差を大幅に縮めると予測している。しかし、状況がどのように進展するかという基礎力学はそんなに大幅に変わらないかもしれない。
 今でさえ、中国の人民解放軍は、アジアで米軍のメンツを傷付ける能力を有しているとみられている。ランド研究所は中国の弾道ミサイルや巡航ミサイル、潜水艦の能力向上を指摘し、米国は中国との開戦まもない段階で、空母と複数の水上艦を失うと警告している。 同報告書は死傷者数を推計していないが、それは甚大な数になる可能性がある。空母と水上艦数隻の損失は、瞬時に何千人もの命をたやすく奪うことになるからだ。
 同時に、米中政府はともにサイバー攻撃でかなりの成功を収めることができると一般的に想定されている。 最近の他の報告書が指摘するように、中国軍事力の有効性は計測が難しいだろう。これは、同国が1979年にベトナムに侵攻して以来、大規模な紛争に参戦していないのでなおさらだ。
米政府にとって決定的に重要な決断は、アジア太平洋地域にどれほどの軍を送るかになろう。他の地域における脅威と責務は消えはしない。中東はほぼ確実に混乱の中にとどまっており、欧州においてロシアが何らかの行動を取るリスクも、実際に高まるかもしれない。
 米国はそれでも、かなりの数の空母と艦船を予備艦として保有するだろう。 戦争がわずか数日から数週間で終わろうとも、あるいは1年以上にわたって長引こうとも、米国はほぼ間違いなく、戦場で標的となる中国拠点を幅広く攻撃する能力を維持するだろう。
この中には、少なくとも限定的な方法だとしても、中国本土に対する攻撃も含まれる。
ランド研究所の予測によれば、時間が経つにつれ、中国は主要水上艦隊の全部ではないにしろ、大部分の壊滅に直面する可能性がある。比較的旧式の潜水艦は米軍の良いカモになりそうだが、2025年までには、そうではなくなる可能性もある。
 大国同士が武力衝突した場合によくあることだが、真の消耗戦は経済面になろう。
 この点においては、中国は破滅的な影響を受ける可能性がある。 米中は互いに最も重要な貿易相手国だ。
 報告書では、両国が1年間に及ぶ直接的な武力衝突に及んだ場合、2国間貿易の90%が停止すると見込んでいる。両国にとっての打撃となるが、米国は他の多くの国々と貿易を続けることが可能な一方、中国が輸出入する物品のほぼ全ては交戦地帯を抜けて、海上通航しなければならなくなる。
 おそらく最も重要なことだが、中国は自国に不可欠な外部エネルギー源を遮断される一方、米国のエネルギー供給網に対する影響は、はるかに限定的となるだろう。
 ランド研究所は、アジアでの戦争が1年に及んだ場合、米国の国内総生産(GDP)を5─10%押し下げると推計する一方で、中国の経済は最大25%縮小する可能性があると見込んでいる。
 これらは、なぜ戦争が決して起きてはならないのかを説明する良い理由となる。 たとえ両国が、何らかの誤算によって戦争突入の淵に立たされたとしても、どちらか一方が一線を越えようと議論の論理立てをすることはほぼ不可能だろう。
 そのため、真に危険なのは、主に、第2次世界大戦時のようなエスカレーションを招きかねない準備不足の行動であろう。 ラ ンド研究所のアナリストは、米中が仮に長期にわたり海上戦や空中戦を続けたとしても、核戦争へのエスカレーションは避けられるだろうと指摘する。
 これは、 冷戦時代に西側が抱いていた軍事的思考とは大きく異なる。
 冷戦時には、従来型の直接衝突による、ほぼ必然的な結果として、核戦争が発生するとみられてい た。 これが確かかどうかは別の問題だ。戦争は恐ろしい内部の論理と勢いを育てる傾向があり、より強力な武器を手に入れたいという衝動は今も健在だ。
  今のところ、中国が「段階的に縮小する核攻撃」というロシアの考え方を採用したとの証拠はない。これは、核弾頭1発を用いて、西側の敵国にショックを与えて撤退させ、紛争を終わらせることを目的とする。しかし、こうした核攻撃を想像することは可能である。
  こういったシナリオを考慮することの重要性はさらに増している。もしそうしなければ、想像を絶することが、静かに、あるいはもっと悪いことには、突如、容赦なく現実のものとなってしまうかもしれない。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
 ≫(ロイター通信:Peter Apps)

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●米国経済だけが好調というカラクリ グローバル経済の終焉

2016年08月13日 | 日記
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●米国経済だけが好調というカラクリ グローバル経済の終焉

 筆者は数カ月前から、「TPPはアメリカで成立しない」と主張してきた。ここに来て、民主党大統領候補のヒラリーまでが、改めて、明確にTPPへの反対を表明した。巷の予測では、「彼女は、反対姿勢で大統領選に臨むが、大統領就任後、適当に修正を加えて、態度を変えるに違いない」と言われており、この巷の予測が、11月の大統領選において、ヒラリーの致命傷になる虞が出てきたことで、「本気で、TPPには反対です」と言わざるを得ない状況に追い込まれたと解釈して良いだろう。

≪ TPP暗雲さらに クリントン氏反対明言
 世界の自由貿易体制が「負の連鎖」に陥る懸念が高まっている。米民主党の大統領候補、ヒラリー・クリントン氏が環太平洋経済連携協定(TPP)反対を改めて強調。TPP承認後に交渉を妥結させるのが基本シナリオの日欧経済連携協定(EPA)なども影響を受ける可能性が出てきた。  日米欧を主軸に新たな貿易秩序をつくる動きは正念場を迎えている。英国が欧州連合(EU)を離脱した後の域内の貿易の枠組みも不透明だ。
 日本政府は、11月の米大統領選後から来年1月の新大統領就任までの「レームダック国会」での米議会のTPP関連法案承認に望みを託してきた。TPP発効に不可欠な米国の承認が早期に終われば、交渉中のほかの大型貿易交渉を加速する推進力になるためだ。
  ところが、クリントン氏は11日、TPPについて「選挙後も大統領として反対する」と反対の姿勢を一段と明確にした。さらに「雇用を減らし賃金を下げるすべての貿易協定を止める」とも語った。共和党だけでなく、民主党内の早期承認への機運がしぼめば、TPPを起点とするシナリオは修正を余儀なくされる。
  まず懸念されるのが臨時国会の審議への影響だ。政府・与党は9月召集予定の臨時国会で、TPP協定の承認と関連法案の成立を目指している。米国の議会手続きの遅れは国内の慎重論を勢いづかせることになりかねない。既に自民党の一部からは「日本だけ無理して先行して承認する必要があるのか」(幹部)との慎重論も浮上している。
 TPP承認にメドがつくことが前提の日欧EPA交渉も綱渡りとなる。日本はEUに工業品の関税撤廃を求め、EUが農産品の自由化を求める構図で交渉は進んでいる。ただ日本政府はTPPの国会論議に波及することを恐れ、現時点では農産品分野で着地点を探るカードを切りにくい。来年になるとフランスやドイツの選挙の影響で交渉が停滞する恐れがあるだけに、短期間で交渉をまとめる必要がある。
 さらに米欧間の環大西洋貿易投資協定(TTIP)も、米議会がTPPの承認手続きを終えないと交渉は加速しない見通しだ。TPPにタイやフィリピンなど新規参加国を取り込む動きも含め、TPPの停滞懸念が多方面で貿易交渉の勢いを鈍らせている。
 一方で中国はTPPが停滞する間に、自国が参加し、自由化の水準も低い東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の妥結をはかりたい考えだ。日米欧のトライアングルによる大型貿易協定の軸が揺らぐと、中国主導の貿易協定が幅をきかせる事態にもなりかねない。  ≫(日経新聞電子版)

 ≪ 米のTPP承認、狭き道 オバマ氏意欲も民主党内には反対論  
【ワシントン=河浪武史】オバマ米大統領は2日の記者会見で環太平洋経済連携協定(TPP)に関し「大統領選が終われば真の利点がわかる」と強調し、早期に議会の承認を得ることに改めて意欲をみせた。11月の選挙後、議会に法案を出す考えだが、民主党は与党にもかかわらず支持基盤の労組の反対で賛成票が そろわない。大統領選候補2人の反対姿勢も強く、年内承認は狭き道だ。
 オバマ氏は訪米したシンガポールのリー・シェンロン首相との共同記者会見で「米国はグローバル経済の一部であり、後戻りはできない」と述べ、強まる保護貿易主義に強く異論を唱えた。
 TPPを政権のレガシー(遺産)としたいオバマ氏は、選挙後から自身が退任する来年1月までの「レームダック国会」で関連法案を審議し、承認を得たい考え。ただ野党・共和党だけでなく、与党・民主党議員すら賛成票がまとまらない。
  ヒラリー・クリントン氏を大統領選候補に指名した7月25~28日の民主党大会。オバマ氏らの演説中に「反TPP」のプラカードを掲げる支持者が目立った。一方の共和党大会でも大統領選候補のドナルド・トランプ氏が「TPPは米産業を破壊する」と訴え、支持者の歓声を浴びた。
 米国では大 統領選と同時に上下両院の改選も予定され「各議員がTPPへの賛否を選挙で問われる」(全米商工会議所幹部)。民主党議員には全米自動車労働組合などが 「自由貿易協定で米雇用が失われた」と激しいロビー活動を展開している。共和党議員には新薬のデータ保護の拡充を求める製薬業界などが再交渉を促して圧力をかける。
 このため選挙後にTPP法案を提出しても「議会で賛成多数を得られる見通しが立たない」(米政府関係者)。昨年6月にはTPP法案の前哨戦といえる大統領貿易促進権限(TPA)法が成立した。オバマ氏に交渉権限を一任する法案だが、賛成票を投じた民主党議員はわずか2割。自由貿易推進派の共和党議員の8割が賛成し僅差で成立したが、今では両党の賛成派も切り崩しに遭う。
 多数派・共和党の議会指導部は「TPP法案は賛成多数が見込めなければ審議にはかけない」と公言する。短期間のレームダック国会は、予算審議なども必要で「そもそも時間切れになるリスクが高い」(米当局者)。  
「ヒラリーは私より大統領に適任だ」。オバマ氏は民主党大会でクリントン氏を称賛し、世論に強く支持を訴えた。借りを作った形のクリントン氏は同大会で 「不公平な貿易協定をなくすために戦おう」と述べたものの、TPPには直接言及せず、年内承認というオバマ氏のレガシーづくりに配慮をにじませた。

 *筆者注:このオバマ大統領のレガシー作りへの協力と、オバマのヒラリー強力支持が、単なるバーターと捉えかねない状況に至ったヒラリー候補は、前記日経の報道のように、このオバマとのバーターを反故にした。

  だが、ライバルのトランプ氏は「TPPは最悪な協定だ」と強硬発言を繰り返す。大統領選を決する「激戦州」のオハイオ州やペンシルベニア州は鉄鋼業など不振産業が多く「反自由貿易論が票になる」(日本政府関係者)ためだ。オバマ政権下で議会承認に失敗すれば、次期政権下での道筋は全く見通せなくなる。  オバマ氏は「米国がTPPから離脱すれば、通商ルールの主導権は中国が握ることになる」と危機感を強めるが、反対派議員への同氏自らの説得が成否のカギを握る。  ≫(日経新聞電子版)

 つまり、99%の確率で、米国両議会が「TPP」の審議に入る可能性はなくなった。本家本元の米国が両議会で審議さえしない「TPP」を、幾ら安倍一強状況だからと言って、駄馬の先走りを演じて、強行採決まで行ってしまうほど、自民党も馬鹿ではないだろう。安倍としても、ここで今井経産省天皇の尻馬に乗って、内閣支持率を大幅に減らしたくはないだろう。グローバルに展開する世界経済こそが、カオスの上にカオスを乗せるような、愚かな行動であることに気づいた民衆がいると云うことだが、米国の格差社会の是正に見向きもせず、金融経済界の走狗になったオバマの最後の醜態なのだろう。

 このレームダックしていたオバマ政権と歩調を合わせ、こま鼠のようにチョロチョロ動き回った経産省と甘利だったが、思わぬところで頓挫するようだ。今井秘書官の信頼度ランキングも、一等を減ずと云うことになるのだろう(笑)。政府・与党は9月召集予定の臨時国会で、TPP協定の承認と関連法案の成立を目指しているらしいが、天皇の「譲位問題」が議論を独占する可能性もあるような国会審議に、「駄馬の先走りTPP」審議と云うのは、相当の蛮勇が必要だ。「そもそも論」になるが、日欧中及び資源国家である露・ブラジル・サウジ等経済も絶不調。にもかかわらず、米国経済だけが強調と云う話を真に受けること自体、どこか滑稽だ。幾分、暴露嗜好のある “Paul Craig Roberts氏”だが、言っていることは、「そもそも論」からも、当を得ていると考えて良さそうだ。


≪ 経済の実態は一体いつまで無視されるのだろう?
 トランプとヒットラリーは、“経済政策”を提示した。両者いずれも、また両者の顧問も、実際に何をなすべきかについて、何も分かっていないが、マスコミにとって、それは問題ではない。
 “金がものを言う”が、売女マスコミの作動原理だ。連中は、それを言うように、金をもらっていること言うのだが、それは何であれ、大企業と政府のためになるものだ。つまり、売女マスコミは、ヒットラリーの経済政策がお気に入りで、トランプの経済政策はきにくわないのだ。
 トランプは、自由貿易を支持しているふりをしているが、NAFTA、環太平洋連携協定などのあらゆる自由貿易協定に反対なので、本当は反対なのだと NPR売女マスコミが言うのを、昨日私は聞いた。売女マスコミは、こうしたものが貿易協定ではないことを知らないのだ。NAFTAは“アメリカの雇用を手 放す”条約であり、いわゆる連携協定は、グローバル大企業に法律からの免責特権を与えるために、国々の主権を手放すものなのだ。
 何度も報告させて頂いている通り、少数独裁政府は、経済統計を含め、あらゆることに関してウソをつく。例えば、2009年6月以来、我々は経済回復を享受していて、失業率は5%以下で、おおよそ完全雇用状態にあり、インフレはないのだと聞かされる。失業率は23%で、インフレはひどいのに、インフレ 率の過小評価に基づく“回復”だという事実にもかかわらず、そう聞かされているのだ。
 GDPは、現行の価格で計算される。もしGDPが、昨年よりも、今年3%増えれば、本当の製品とサービスの生産が、3%増えたのか、価格が、3%上 がったのか、あるいは、本当の生産は減ったが、価格上昇によって見えなくされているかだ。実際に何が起きているのかを知るためには、名目GDP数値は、イ ンフレ率分だけ、引き下げなければならない。
 昔は、インフレ尺度が妥当だったので、経済状態が一体どうなのかについて妥当な考えを得ることができていた。今はもはや、そうではない。様々な“改 革”で、インフレ尺度から、インフレが外されてしまったのだ。例えば、もしインフレ指標中の品物の価格が上がると、その品物は外され、代わりに、より安い もので置き換えられる。あるいは、価格上昇は“品質向上”と呼ばれ、価格上昇とは見なされない。
 言い換えれば、インフレを定義上、排除することで、価格上昇を実際の生産の増大に変身させているのだ。
 同じことが、失業の尺度についても起きている。報じられている失業率では、失業が数にいれられていない。失業者が、いくら長期間懸命に職を探して も、その人物が、過去四週間に職探しをしていなければ、その人は失業者と見なされないのだ。就業率が崩壊している中、失業率が5%だと言われている理由は これで、25歳のアメリカ人の半数が両親と同居しており、更により多くの24-34歳のアメリカ人が、自立でなく、両親と同居している。
 一体なぜ、政府統計が、経済の不正確な様相を示すよう作られているのかという質問を、経済記者連中は決してしない。食べ物や衣類を購入し、ホームセ ンターに行き、修理費や光熱費を支払っている人なら皆、大変なインフレであることを知っている。処方薬を例にとろう。全米退職者協会は、退職者が使う処方 薬の年間経費が、2006年の5,571ドルから、2013年の11,341ドルに上昇したと報じているが、彼らの収入は追いついていない。実際、インフ レ尺度“改革”の主な理由は、社会保障支給に対する生計費調整を無くすことだった。

https://www.rt.com/usa/334004-drug-prices-doubled-years/

 チャールズ・ヒュー・スミスは、本当のインフレ率を推計する賢い方法を考え出した。ブリート・インデックスだ。2001年から、2016年までに ブリートの値段は、2.50ドルから、6.50ドルへと、160パーセント上がった。ここ15年間、公式に測定されたインフレ率は35パーセントだ。
 しかもメキシコ料理のブリートだけで済まない。2000年以来、高等教育の費用は137%上がった。ミリマン医学指標は、医療費が、2005年から 2016年の間に、公式インフレよりはるかに上がっていることを示している。医療保険、ゴミ収集の費用、何もかも、公式インフレ率よりも劇的に高い。

http://www.oftwominds.com/blogaug16/brito-index8-16.html

 家計にとっては、食料と学費と医療費が主要支出だ。実質所得が停滞し下落する中、主要な経費増大に対処する問題に、貯蓄のゼロ金利が加わる。例え ば、ゼロ金利で、高インフレの時代に、基本的に凍結されている社会保障支給を補うため、祖父母は自らの貯蓄を下ろさざるを得ず、祖父母は孫の学費ローン負 債を助けてやることが出来ない。貯蓄は経済から外されている。多くの家族が、クレジットカードの未払い金の最低金額だけ支払ってやりくりしており、彼らの 借金は、毎月増えてゆく。
 本当の経済の姿を見つめている本物のエコノミストが、もしいるとすれば、彼らは、まん延した負債デフレと窮乏化へと経済が崩壊しつつあるのを目にし ているはずだ。負債デフレというのは、消費者が負債を返済した後、購買をして経済を動かすための可処分所得が残っていない状態だ。
 アメリカ人が、貯蓄から収入を得られないでいる理由は、当局が、ごく少数の“大き過ぎて潰せない銀行”の福祉を、アメリカ人の福祉より優先している ためだ。連邦準備金制度理事会が作り出した膨大な流動性は、金融体制の中に流れ込み、金融商品の価格を押し上げている。株式市場は回復しているが、経済は 回復していない。
 かつて、流動性は経済成長を意味していた。連邦準備金制度理事会が、金融政策を緩めると、消費者需要の増大が、商品やサービス生産の増大をひき起こ した。利益増大を期待して株価も上がった。しかし近年、金融市場は、不調なファンダメンタルズによってではなく、その全てが潰れるままにされるべきだっ た、ごく少数の巨大過ぎる銀行や保険業の巨人AIGなどを救うために、連邦準備金制度理事会が金融体制に注ぎ込む流動性で動いている。流動性は、どこかに 向かわざるをえず、それは株や債券へと向かい、大変な資産インフレをひき起こしている。
 高インフレがお金の本当の価値を浸食している時に、ゼロ金利にして、一体何の意味があるのだろう? 消費者市場が拡大できない時に、高い株価収益率にして、一体何の意味があるのだろう? 経済が製品やサービスを作り出す以上に遥かに大量のドルを連邦準備金制度理事会が作るなかで、ドルを安定させておくのにどういう意味があるだろう? 株式市場に対する確定利益ヘッジを無くして、年金基金や保険会社の財政状態を、ゼロ金利によって悪化させて、一体何の意味があるのだろう?
 全く意味などない。
 我々は、結論は崩壊しかないワナにはまっているように見える。もし金利が本当のインフレ率を反映すれば、何百兆ものデリバティブ は吹き飛び、株式市場は崩壊し、過小評価で失業を隠蔽することもできなくなり、財政赤字は増大する。当局は一体どうするのだろう?
 危機が見舞ったら、利益と借金を利用している大企業、つまり株価を高くしておいて、それで幹部のボーナスを上げ、株主を喜ばせ、企業買収支持の気を 削ぐため、借金で自社株を買い戻している大企業に一体何がおきるだろう? 混乱と、それがもたらす恐怖が満足にとって代わる。大混乱が生じる。
 更なる紙幣が印刷されるのだろうか? お金は消費者価格へと向かうのだろうか? 大インフレと大量失業を同時に経験することになるのだろうか? こうした疑問のどれひとつとして、売女マスコミや政治家やウオール街が立ち向かうなどと期待してはならない。
 危機が起きれば、ロシアか中国のせいにされるだろう。

Paul Craig Robertsは元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。
彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the West、HOW AMERICA WAS LOST、The Neoconservative Threat to World Order.が購入可能。
記事原文のurl:http://www.paulcraigroberts.org/2016/08/10/how-long-can-economic-reality-be-ignored-paul-craig-roberts/  

≫(「マスコミに載らない海外記事」様のサイト引用)

(090)未婚当然時代: シングルたちの“絆
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●天皇譲位問題、安倍官邸板挟み 国民9割VS日本会議

2016年08月12日 | 日記
なぜ会津は希代の雄藩になったか 名家老・田中玄宰の挑戦 PHP新書
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●天皇譲位問題、安倍官邸板挟み 国民9割VS日本会議

 陛下がビデオ・メッセージで「お気持ち」を表明されたわけだが、 天皇のお気持ちの論旨には、国民の総意による「象徴天皇」にも、日本社会同様に高齢化問題が訪れている。その結果、定められた国事行為のみであっても、完全に貫徹することへの危惧を抱く。摂政制度と云うものもあるが、憲法が求めている「象徴天皇」の国事行為は、象徴天皇自身が実行出来るという大前提があるわけで、国民の総意によって成り立っている「象徴天皇」が、自ら行うべき事が重要な「国事行為」であり、臨時代行は別にして、長期にわたり、摂政が行うような状況は好ましいとは考えていない。

 筆者は、陛下のビデオ・メッセージを、以上のように解釈した。そして、この問題は、日本社会の状況から類推する限り、将来的にも起こり得る問題と捉えていると受けとめるべきだ。つまり、今上天皇一代に限る問題ではなく、「象徴天皇」の皇位継承のルール作りを、皇室の少子化問題も加味した上で、恒常的定めが加えられることを望んでおられたと解釈している。この陛下の「お気持ち」は、天皇を「元首」に祭り上げる憲法改正を核に目論んでいる勢力にとっては、天皇の「生前退位(譲位)」など、あってはならない観念であり、悲鳴が聞こえるわけである。安倍首相本人が、象徴天皇を元首に変える問題に、どの程度拘っているのか判らないが、彼を強力に支持し、周辺を取り巻いている「日本会議勢力」にとっては、死んでも認めたくない「生前退位(譲位)」と云うことになる。

 「万世一系」と「崩御」は、大日本帝国憲法においても、日本国憲法においても、国家神道系勢力にとっては、一片たりとも譲ることの出来ない、生命線である。現在、与党においては、特別立法で「今回に限り法」で、ご都合主義な詐術を用いて乗り切ろうなどと考えている輩もいるようだが、特別立法であっても、日本会議的主張が本物であるなら、一切認める余地はない。彼らの主張がホンマものである。つまり、原理原則の原点であるのなら、是々非々と云う政治判断をするようであれば、まさに、ご都合主義のまがい物イデオロギーだと、白状するに同義である。国家神道・日本会議の唯一の美点、スパッと切り口が鮮明なことであろう。この切り口に歪みや汚れがついても平気な“「万世一系」と「崩御」”は容認。こう云うお茶濁しのような弥縫策につき合うようなら、その唯一の潔さまで失うことになる。

 皇室典範の改正であろうが、特別立法でお茶を濁そうが、原理原則では、同じことである。であるなら、より上位法律を改正するのが筋だ。特別立法云々で、今上天皇が退位なされば、上皇とか太上天皇と云う存在が生まれる事実は変らないのだから、幻の「元首」願望族にとって、忌々しき事態である。つまり、象徴天皇の「元首」改憲論が、根本的に封じられたと言って過言ではない。国民の考えが、上述のような根本問題まで加味して、賛成反対を選択したとは思えないが、国民に寄り添う「象徴天皇」であれば、日本国民が構成員である日本社会の影響を受けるのは当然と、解釈したのであれば、理屈抜きに、実は正しい選択である。

 まあ、現実には、安倍首相や日本会議系の勢力の人々にとって、都合の良い「元首」を望んでいると云う本音があるので、原理原則はさておき、実質的に「元首化」出来ればいいか‥と、ものは考えよう等と考えないでもないだろうが、現時点では、日本会議系の完敗であり、グタグタと外野から声高に威嚇的発言をするしか手段がなくなっているようだ。安倍政権も、時間延ばしを目的に、有識者会議を立ち上げ、グタグタと時間を稼ごうとするのだろう。安倍首相にしてみれば、この問題で旗幟を鮮明にしたくないのが本音なので、自分の在任中には結論を出さないのではないのだろうか。どちらに転んでも、国民か、日本会議勢力のどちらかを敵に回すのだから。以下に、上記問題に関する、幾つかの情報(報道)を参考引用する。


≪ 天皇陛下の生前退位「認めるべき」89% 本社世論調査
 日本経済新聞社とテレビ東京は9~11日、天皇陛下が「生前退位」の意向を示唆された「お気持ちの表明」などを受けて緊急の世論調査を実施した。 現在は認められていない生前退位を「認めるべきだ」は89%に上った。「認めるべきでない」は4%。生前退位とともに皇位継承を安定的にするため女性・女 系天皇や女性宮家を検討すべきかどうかは「どちらも検討すべきだ」が58%に上った。
 生前退位を認めるべきだとの回答は、年代別、性別、 職業別、支持政党別などでみて、あらゆる層で9割前後に上り、全国民的に満遍なく支持を得ているといえる。聞き方が異なるため単純な比較はできないが、7月下旬の調査では生前退位の容認派は77%で、お気持ちの表明で支持が広がった形だ。
 皇室のあり方を定めた皇室典範には生前退位に関する規定がなく、生前退位を実現するには皇室典範を改正するか、今の天皇に限った特例法をつくる必要がある。
 生前退位を認めるべきだとした人に、政府はどう対応すべきか聞いたところ、恒久的に「今後の天皇すべてに認める制度」が76%に上った。「今の天皇陛下に限って認める制度」は18%だった。
 憲法は天皇の政治的な言動を認めていないが、陛下のお気持ちの表明について「憲法上、問題があるとは思わない」が83%で「問題がある」は9%だった。
 安倍内閣の支持率は58%と、7月調査から横ばい。不支持率は32%で3ポイント低下した。  調査は日経リサーチが9~11日に全国の18歳以上の男女を対象に乱数番号(RDD方式)による電話で実施。固定電話と携帯電話を合わせて1016件の回答を得た。回答率は45.2%。

◆本社緊急世論調査 (8/9~8/11に実施。単位%、カッコ内は7/22~7/24の前回調査。四捨五入したため合計が100%とならない場合がある)

Q1.あなたは安倍内閣を支持しますか、しませか。  
支持する 58(58)
支持しない 32(35)
いえない・わからない 10(7)

Q2.あなたは今、どの政党を支持していますか。ひとつだけお答えください。
自民党 41(46)
民進党 12(11)
公明党 5(3)
共産党 5(6)
おおさか維新の会 3(5)
社民党 1(0)
生活の党と山本太郎となかまたち 0(0)
日本のこころを大切にする党 0(1)
その他の政党 0(0)
支持政党なし 26(24)
いえない・わからない 6(4)

Q3.あなたは改造後の安倍内閣や自民党執行部の顔ぶれを評価しますか、しませんか。
評価する 40
評価しない 34
どちらともいえない 9
いえない・わからない 16

Q3SQ1.(「評価する」と回答した人に)評価する最大の理由は何ですか。ひとつだけお答えください。
首相が指導力を発揮した 18
能力主義が重視された 8
派閥の意向にとらわれなかった 10
首相に近い議員が数多く起用された 7
安定感がある 27
若手の登用が進んだ 9
女性の登用が進んだ 18
その他 0
いえない・わからない 2

Q3SQ2.(「評価しない」と回答した人に)評価しない最大の理由は何ですか。ひとつだけお答えください。
首相が指導力を発揮しなかった 4
能力主義で選ばれなかった 11
派閥の意向にとらわれていた 17
首相に近い議員が数多く起用された 28
安定感がない 14
若手の登用が進んでいない 14
女性の登用が進んでいない 3
その他 2
いえない・わからない 7

Q4.安倍政権に優先的に処理してほしい政策課題は何ですか。次の中からいくつでもお答えください。
景気対策 37
財政再建 23
年金など社会保障改革 51
規制改革 5
原発・エネルギー政策 21
地方の活性化 25
憲法改正 11
外交・安全保障政策 27
その他 1
いえない・わからない 7

Q5.政府は事業規模が28兆円を超える経済対策をまとめました。あなたは、これが景気回復につながると思いますか、思いませんか。
つながると思う 24
つながると思わない 61
どちらともいえない 3
いえない・わからない 13

Q6.安倍首相の自民党総裁としての任期は再来年の9月までです。総裁の任期が終わると首相も交代することになります。自民党総裁の任期を延長して安倍首相が続投することに、あなたは賛成ですか、反対ですか。
賛成だ 41
反対だ 45
どちらともいえない 7
いえない・わからない 7

Q7.9月に民進党の代表選が行われます。岡田克也代表に代わる新しい代表にふさわしいと思うのはだれですか。次の中から1人だけお答えください
江田憲司(代表代行) 2
枝野幸男(幹事長) 8
長島昭久(元首相補佐官) 3
長妻昭(代表代行) 4
細野豪志(元環境相) 5
前原誠司(元外相) 10
蓮舫(代表代行) 39
その他 0
いえない・わからない 27

Q8. 天皇陛下が、高齢になるに従い、象徴としての務めを続けるのが難しくなるのではないかという気持ちを明らかにし、事実上、存命中に天皇の位を譲る「生前退位」の意向を示されました。憲法は天皇の政治的な発言を認めていませんが、あなたは、今回の「お気持ちの表明」は、憲法上、問題があると思いますか、思い ませんか。
憲法上、問題があると思う 9(11)
憲法上、問題があるとは思わない 83(80)
どちらともいえない 1(2)
いえない・わからない 7(7)

Q9.あなたは、天皇の生前退位を認めるべきだと思いますか、思いませんか。
生前退位を認めるべきだ 89
生前退位を認めるべきでない 4
どちらともいえない 3
いえない・わからない 5

Q9SQ1.(「生前退位を認めるべきだ」と回答した人に)生前退位を認める場合、政府はどう対応すべきだと思いますか。
今の天皇陛下に限って、生前退位を認める制度をつくるべきだ 18
今後の天皇すべてに、生前退位を認める制度をつくるべきだ 76
どちらともいえない 1
いえない・わからない 5

Q9SQ2.(「生前退位を認めるべきでない」と回答した人に)生前退位を認めるべきでない理由は何ですか。次の中からいくつでもお答えください。(回答者の母数が少ないため、参考として選択肢だけを回答の多い順に並べた)
天皇の位にあり続けてこそ象徴天皇といえるから 公務を代行する摂政という制度がすでにあるから 天皇の意思でなく強制的に退位させられる可能性が出てくるから 長い皇室の歴史では退位した天皇と次の天皇との間に争いが生じたことがあるから

Q10.皇室のあり方では、皇位の継承を安定的にするため、女性や女系の天皇を認めることや、公務を分担しやすくするため、女性の宮家を認めるべきだとの議論もあります。これらを生前退位の問題と一緒に検討すべきだと思いますか。
女性・女系天皇は検討すべきだ 16
女性宮家は検討すべきだ 6
どちらも検討すべきだ 58
どちらも検討すべきでない 11
その他 0
いえない・わからない 10
 ≫(日経新聞電子版)


 ≪ 特別立法軸に検討 政府、制度化を避け
 政府は、天皇陛下が生前退位の意向がにじむお気持ちを表明されたことを受け、現在の陛下に限る特例として退位できる特別法の制定を軸に検討を始めた。皇室典範改正で永続的な制度とした場合、皇太子さまも含めた将来の天皇にも退位を認めることにつながり、象徴天皇の地位が不安定になるとの見方も出ているためだ。世論の動向や近く設置する有識者会議などを参考にしながら、調整を進める。 安倍晋三首相は周辺に「現在の陛下に限った制度を考えている」との趣旨を漏らしているという。
 憲法2条は皇位について「皇室典範の定めるところにより」継承すると定めている。現在の典範には退位規定がないため、生前退位を実現するには「天皇が崩 じたときは、皇嗣(継承順位1位の皇族)が、直ちに即位する」と定める典範4条の改正が必要になる。または1代限りの退位をできるようにする特別法でも可 能で、政府関係者は「特別法も事実上、典範の一部だとみなせば、憲法2条と矛盾しない」と話す。
 法整備では退位の条件をどう明確に規定するかが課題だ。陛下は8日に公表されたビデオメッセージで、高齢に伴い「全身全霊をもって象徴の務めを果たして いくことが、難しくなる」と述べた。典範改正でこうした条件を明文化すると、将来の天皇も縛られ、強制的な退位につながりかねない。首相を支える保守系の 自民党議員らは、退位の制度化に慎重で、必要最小限の法的措置にとどめたい考えが強い。「あらかじめ制度化するより特別立法とする方が、恣意(しい)的な 退位や強制退位の弊害が比較的小さい」(園部逸夫・元最高裁判事)とする学説もある。
 憲法1条は天皇の地位を「主権の存する日本国民の総意に基づく」と定めているため、政府関係者は「安全保障関連法の強行採決のような事態は避けなければ ならない」として、与野党の幅広い賛成が必要との見方を示す。与野党の議論も政府の対応に影響を与える可能性がある。
 ≫(【毎日新聞:田中裕之】 )


≪ 自民保守系、退位に慎重 地位揺らぐ懸念
 安倍晋三首相を支える保守系の自民党議員は、生前退位に慎重だ。現行制度の範囲内で、天皇に代わって国事行為を行う「摂政」で対応すべきだとの意見が多 かった。首相に近い官邸関係者は「摂政を認める理由に『公務に支障を来すため』と加えるのが落としどころ」と話していたが、天皇陛下が8日のお気持ちで摂 政に否定的な考えを示された後、「摂政のカードは切れなくなった」と残念そうに語った。
 保守系議員が慎重なのは、天皇の地位が揺らぐことへの懸念があるためだ。過去に政府が検討した女性・女系天皇や女性宮家に反対したのも、皇位継承の安定 性が失われかねないという危機感からだった。皇室典範改正の議論に関わった元政府高官は、保守派の懸念を「女系天皇も退位も一つでも制度を動かすと、皇室 全体に影響すると考えている」と解説する。
 近代国家として明治憲法と旧皇室典範を定めて以来、終身天皇制が続く。明治憲法を作った初代首相の伊藤博文は1887年の会議で、「ひとたび践祚(せん そ)(皇位の継承)された以上は随意にその位をのがれる理はない」と主張した。天皇を「統治権を総攬(そうらん)」する「国家の機軸」(伊藤)と位置づけたうえで、天皇の意思で政治が左右されない制度設計とした。また伊藤が発行した旧典範の解説書「皇室典範義解(ぎげ)」は、権力を持った臣下が天皇を強制 退位させたことが、室町時代前半の「南北朝の乱」の原因になったと指摘している。
 敗戦で天皇の地位が揺れたこともあった。連合国軍総司令部(GHQ)の占領下の1946年帝国議会で、退位が話題になった。しかし金森徳次郎国務相は 「国民の総意によって国の象徴たる仕事を行うことは、一人一人の都合によってご退位になる筋合いのものではない」「天皇に私なし」と答弁した。47年施行 の現憲法は、天皇を「国民統合の象徴」と新たに定めたが、改定した現典範と合わせて終身天皇制は貫いた。
 以後、昭和天皇の晩年、高齢を理由に退位が国会で議論された際も、政府は(1)歴史上、上皇や法皇の弊害があった(2)政治的な思惑で天皇が退位を強制されることはないか(3)恣意(しい)的に退位すると天皇の地位が安定しない−−とする答弁を踏襲した。
 8日に示された陛下のお気持ちは、近代天皇制の転換を提起した。象徴としての務めについて「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」 を重視し、「各地への旅も天皇の象徴的行為として大切」と語った。憲法が定める国事行為だけでなく、象徴としての務めを「国民と共に」果たしてこその天皇 だと、平成流の天皇像を強調した。
 ただし保守系の憲法学者は「陛下は勤勉で公務を拡大したが、象徴としてのハードルを高くすると、次の世代の天皇が大変だ」と懸念を示す。首相と近い別の学者も「皇位継承に政治や天皇個人の意思が介入できないから、天皇の地位は安定している。退位の議論をしたら国の機軸が揺らぐ」と話し、「官邸は対応に困っているようだ」と明かした。
 対応を検討している政府と並行し、自民党は近く党内で議論を始める。お気持ち表明後、保守系議員は表立った発言を控えるが、首相の側近議員は「皇室をよく知る人ほど慎重だ」と話している。
 ≫(【毎日新聞:野口武則】)


≪「天皇陛下のお気持ち」心と魂の叫びだ 
作家・保阪正康さんが読み解く
 八日公表された天皇陛下のお気持ちには、生前退位への強い意向がにじんだ。法整備や制度変更を求める政治的な発言ができないという大きな制約がある中で、陛下は何を伝えようとされたのか。皇室に詳しいノンフィクション作家の保阪正康さん(76)に読み解いてもらった。
 心と魂の叫びだ。「平成の玉音放送」であり「天皇の人権宣言」ともいえる。六月だったか、天皇、皇后両陛下にお目にかかる機会があった。お元気そうに見えて、代替わりは今すぐの問題ではないと感じていた。だが象徴天皇というご自身がつくってきた道を歩みたいと思いつつ、体がそれに応えられるかどう か不安に思っておられたのだろう。
 冒頭で「個人として、これまでに考えて来たことを話したい」と断っておられる。陛下はこれまでも憲法を守る決意などを個人の視点で語ってこられたが、それは象徴天皇として。今回のお気持ちは、それを離れた個人として表明した大変なメッセージだ。
 「八十(歳)を越え」ということを二回繰り返しており、老いを相当自覚しておられる。その上で「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が(中略)限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」というのは、公務削減論への反論と言っていい。
 摂政を置いた場合についても「十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま(中略)天皇であり続ける」として否定されている。大正天皇の晩年、皇太子だった昭和天皇が摂政を務めたときに起きた天皇の形骸化を、遠回しに例示しているのだろう。また天皇として最期を迎えた場合、昭和天皇の時のような 自粛ムードで国民生活に支障が出ることを避けたいという思い、喪儀(そうぎ)を軽減したいという思いが強くにじむ。そしてこの中で言及する「残される家族」には、われわれと同じような庶民的なニュアンスがある。
 結語の「国民の理解を得られることを、切に願っています」とは、まさに「生前退位を強く望んでいることを理解してください」ということだろう。天皇もこのような状況に置かれていたという悲しさも伴う。
 大日本帝国憲法下では、憲法と旧皇室典範がセットで統帥権と統治権を持つ天皇制の枠組みを決めていた。戦後、憲法は国民に個人の自由や市民的権利を認める現行憲法に変わった。しかし典範は旧憲法の色合いを残し、ほとんど変わらなかった。われわれが市民的権利を享受していながら、天皇には終身在位を 求めて一切隔絶された空間に置き、知らん顔しているのはむちゃな話だ。そこに基本的な矛盾がある。
 天皇が個人的な意見を言うのはおかしいという意見もあるだろう。確かに政治や軍事について発言するのはどうかと思うが、こと皇統に関しては、当事者である天皇が発言する権利を認めなくてはおかしい。問題は制度で論じている段階ではないと、当事者が言っているのではないか。
 陛下は戦没者の追悼と慰霊を自らに課してこられたが、皇太子さまは二月の記者会見でこれを受け継いでいく考えを示された。秋篠宮さまも言及されている。天皇家の中で、円滑な譲位の形が出来上がっていることを前提とした語り掛けだろう。
 天皇も一人の人間であり、感情もある。肉体的老化も、妻への思いもある。その苦衷を、国民は初めて知った。 (談)

 <皇室典範> 皇位継承や皇族の範囲など、皇室関係の事項を定めた法律。1947年に制定された現行の皇室典範は、1条で皇位継承を「皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とし、2条で継承順位を天皇の長男の「皇長子」を第1位、天皇の長男の子どもである「皇長孫」を第2位などと明記する。 継承時期は4条で「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とし、現行では生前退位は認めていない。ほかに天皇の心身が重篤な状況に陥った際は摂政が置けることや皇室の範囲、皇籍の離脱、即位の礼や大喪の礼の実施なども定めている。

<ほさか・まさやす> 1939年、札幌市生まれ。同志社大卒。出版社勤務を経て、昭和史を中心とする著述活動に入る。皇室にも詳しく、著書に「昭和陸軍の研究」「明仁天皇と裕仁天皇」などがある。

 

  ≫(東京新聞)

毒! 生と死を惑乱 ―「薬毒同源」の人類史
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●昭和の妖怪・岸信介と孫・安倍晋三の違いは隔世的な違い

2016年08月11日 | 日記
岸信介―権勢の政治家 (岩波新書 新赤版 (368))
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岩波書店

 

興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産 (講談社学術文庫)
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●昭和の妖怪・岸信介と孫・安倍晋三の違いは隔世的な違い

 岸信介が、まさに「昭和の妖怪」であった資料が、以下の魚住昭氏のコラムで語られているが、岸信介に特別な興味がない場合、あまり知らない歴史的事実、時に疑惑である。過去の政治家の生き様に、特別興味を持っても、ノンフィクション作家や学者でもない限り、それ程の意味はないものだが、岸信介と云う過去の人物の人生履歴の中に、今もでも生きているであろう資金や人脈、血脈が、現在の我が国の総理大臣に繋がって、日本の将来に重大な影響を及ぼす影響力を持っているとなると、岸信介は、過去の人物ではなく、現在の日本の政治や社会に生きていることになるのだろう。

 岸信介に関する表向きの情報は、Wikipediaで、あらためて確認なさることをお薦めする。
Wikipediaの【冒頭】には、
≪岸 信介(きし のぶすけ、1896年〈明治29年〉11月13日 - 1987年〈昭和62年〉8月7日)は、日本の政治家、官僚。旧姓佐藤(さとう)。満州国総務庁次長、商工大臣(第24代)、衆議院議員(9期)、自由民主党幹事長(初代)、外務大臣(第86・87代)、内閣総理大臣(第56・57代)などを歴任し、「昭和の妖怪」と呼ばれた。≫とある。

 学生時代に、北一輝や大川周明の考えに影響を受けたようだが、左右両翼の考えが混在、或いは同居したイデオロギーを抱えた青春であったようにも感じる。 農商務官僚(商工官僚)時代 - 満州国時代が、岸信介の人生の転換点であったのだろうが、満州国と云う「鵺」のような国家同様、岸信介も、或いは満州浪人と呼ばれる連中も、その後、「鵺」のような生き様を、それぞれに生き抜くのだから、Wikipediaに書かれている程度の紹介で、事実の一端すらも知ることは難しいかもしれない。 その「鵺」のような正体を、一層際立てるのが、【戦犯被疑者としての獄中、そして無罪放免】と云う青天霹靂のような事実である。

 岸信介の【戦犯被疑者としての獄中、そして無罪放免】と云う出来事には、何かが起きていたと考えるのが妥当だろう。
≪巣鴨プリズン出所後の翌日には、岸の親友で財界の重鎮であった藤山愛一郎から彼が経営する日東化学の監査役を依頼され、彼から豊富な活動資金を供給されることになる。そして、年が明けた1949年には銀座の交詢社ビル別館の7階に「箕山社(きざんしゃ)」と名乗る岸信介事務所を構え、その年の暮れから「箕山社」を株式会社として正式活動させ始める≫
しかし、藤山愛一郎は、親米と云う関係性は認められず、むしろ親中政治家と云う印象の方が強い。都市伝説的に「岸はCIA」と云う伝説には、かなりの無理がある。

 思想的に、必ずしも隷米的立ち位置とは言い難い面があるわけで、政治家になって以降、身を賭して、日米安保の立役者のように印象づけられているが、岸信介の思想の中には、大東亜圏と云うアジア主義な要素が強く含まれている。そのことは、藤山愛一郎と通じる部分でもあっただろう。また、資金的に、藤山が岸のバックボーンになったのか、その辺も定かではない。岸信介が満州時代にアヘンに纏わる金の管理をしていたわけだから、満州国の崩壊と云うドサクサにおいて、数兆円の金を数人の仲間と隠匿した可能性の方が有力であり、米国CIAから資金援助を受けていたと考えるのには無理がある。

 この時の、仲間が、
≪甘粕雅彦。大川周明を通じて後に柳条湖事件や自治指導部などで満州国建国に重要な役割を果たす右翼団体大雄峯会に入る。そのメンバーの一部を子分にして甘粕機関という民間の特務機関を設立。また満州の国策である阿片ビジネスでリーダーシップを取った。満州国崩壊により、自殺をするのだが、その時の辞世の句は、彼の生き様を言い当てている。“大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん”さばさばとしたものだったと云う。≫
≪里見甫(さとみ はじめ、1896年1月22日 - 1965年3月21日)は、ジャーナリスト、実業家。関東軍と結託しアヘン取引組織を作り、阿片王と呼ばれた≫等々と、古海忠之、鮎川儀助など。

 魚住氏の岸に関するコラムは、まだ続くようなので、彼の結論も読んでみたい。それにしても、岸信介と云う人物は、ジキルとハイド、デビルとエンジェル、所謂、悪と善が同居し、その周りを知識と教養で包み込んだような人物と云う印象を強く持つ。社会民主主義者のように振る舞うかと思えば、国粋主義者のように振る舞い、変幻自在だ。あまりにも多くの知識と教養が、岸の内部で鬩ぎあっていた印象を深くする。逆に考えると、右翼と左翼のものの考えが、似たような経路を辿ると云う側面を考えると、かなりの部分で理解可能だ。しかし、その岸信介の、何処を見て、どのように真似ようとしているのか、現総理で彼の孫の安倍晋三の凡庸さと、日本会議のような偏狭な勢力が馴染むと云うことは、相当の違和感に満ちている。


 ≪ 昭和の妖怪・岸信介は「アヘン密売」で絶大な権力を得た!? 今さら聞けない「満州国の裏面史」

 ■アヘンがあってこその満州国
・アカデミズムの世界で広くその名を知られる京大人文科学研究所の山室信一教授は、私の高校時代のクラスメートだ。
・といっても彼は飛び切りの秀才。私は部活が命の体育会系だったから、一緒に遊んだ記憶はない。私が今もかすかに覚えているのは、小柄なわりに頭が大きくて、生真面目な顔をした山室君の学生服姿である。
・その山室君の労作『キメラ―満洲国の肖像 増補版』(中公新書)を読んだ。23年前に初版が出たとき、ずいぶん話題になったから、すでに読まれた方も多いにちがいない。
・今ごろになって言うのも失礼だが、一読三嘆。中国東北部の大地に忽然と現れて消えた幻の国の本質に迫った傑作だった。
・私は半世紀前の熊本でこんな立派な仕事をすることになる人と机を並べていた。と思うだけでちょっぴり誇らしくなった。
・本の中には最近、私が追いかけている「昭和の妖怪」岸信介も登場する。とくに興味深かったのは、増補版で新たに加筆された「補章」の記述だった。
・山室教授は、満州国政府で岸の忠実な部下だった古海忠之(前回登場したアヘン取引の責任者である)の言葉を引きながら、こう述べている。 〈総務庁次長を務めた古海忠之は、「満洲国というのは、関東軍の機密費作りの巨大な装置だった」とみていますが、満洲国のみならず、陸軍がアジア各地で広汎な活動ができたのも、満洲国が吸い上げる資金をつぎ込めたからだともいわれています。基本的な資金源はアヘンでした〉
・山室教授によると、アヘンは満州国の財政を支えただけでなく、機密費の主な資金源になった。そのため満州や蒙古各地でケシを栽培させたほか、ペルシャなどから密輸した大量のアヘンを満州国に流し込んだという。
・それが莫大な利益を生み、軍の謀略資金になった。関東大震災(1923年)直後、無政府主義者の大杉栄ら3人を殺したとされる元憲兵大尉・甘粕正彦が、満州で「影の皇帝」といわれるほどの権勢をふるったのもそうした裏金があったからだと指摘して教授はこう語る。
〈甘粕はまた中国人労働者を満洲に雇い入れる斡旋事業においても、裏金をつくり出していました。岸信介にしても一介の官僚でありながら、甘粕の特務工作に対してその当時の額面で一〇〇〇万円(卸売物価の上昇率からみて現在 の八〇億~九〇億円にも相当します)を手渡したりしています〉
・ただし、甘粕はこれらの資金を着服したりはせず、満州国から華北や蒙疆へ日本が進攻していくための特務工作に使用したといわれている。だから〈満洲国はそうした「第二の満洲国」造り工作の策源地であり、資金源であったということになります〉と教授は解説する。
・なるほど、そう考えると、関東軍が陸軍中央の統制を無視して暴走を繰り返した理由も分かってくる。彼らは満州でアヘンという打ち出の小づちを手に入れた。だから中央の顔色をうかがう必要がなかったのだ。
・それにしても、岸から甘粕に渡されたという1000万円は眉に唾をつけたくなるほど巨額のカネである。ホントだろうか。
・山室教授が根拠にしているのは、戦後になってからの古海の証言だ。その全容は『新版 昭和の妖怪 岸信介』(岩見隆夫著・朝日ソノラマ刊)に収録されているのでご紹介しておく。

 ■あの男から取ってきてやる
・古海によると、岸が満州国政府の高官だった1930(昭和5)年代後半、岸と甘粕を中心に古海らを加えて約10人が会を作っていた。会の名はなかったが、そこでアジア政策をどうするか、日本での情宣活動はどうあるべきかが話し合われた。
・会は単なる懇談に止まらず、具体的な行動もとった。日本内地の新聞の乗っ取りを企てたり、甘粕による排英工作(=英国勢力をアジアから駆逐する謀略工作)を支援したりした。その意味では会というより一派と呼んだほうがふさわしかった。
・古海が言う。
〈甘粕という人はたくさんのカネを持っていたが、使う方もバカ大きくて、そういう意味では、ケタ外れのスケールをもっていましたね。大量の工作資金を必要とするのに、甘粕は決して自分で資金づくりをしない。そのため、随分私どもも甘粕のために資金作りをしたものです〉
・当初、甘粕には満州国総務庁の機密費を支出していた。ところが、1937(昭和12)年に大蔵省出身の星野直樹が総務長官になって「機密費の流用はまかりならん」ということになり、甘粕は資金の調達に困ってしまった。そのため甘粕から頼まれた古海が岸に取り次いだ。
・「甘粕が困っている。1000万円必要だといっている」
・古海が言うと、岸が答えた。
・「何か担保はないか」
・「鉱山の採掘権を持っている」
・「そうか。採掘権さえあれば大丈夫だ。それくらいはたいしたことではない。いままで一度も鮎川から搾ったことがないから、あの男から取ってきてやる」
・岸はあっさり資金調達を引き受けた。鮎川とは新興財閥・日産コンツェルンの総帥・鮎川義介(岸の縁戚)のことだ。日産は1937年末、岸らの誘致で本社を満州の新京(現・長春)に移転し、社名を満州重工業開発に変更した。古海が言う。
〈岸さんは鮎川に甘粕の採掘権を一千万円で売りつけたわけです。甘粕は満州建国の功労で関東軍からあちこちの鉱山の採掘権をもらっていたのです。その後、鮎川は岸さんの斡旋で甘粕にカネを出し続けていました〉
・額が真実かどうかはともかく岸は膨大なカネを自由に動かしたようだ。『岸信介-権勢の政治家-』(岩波新書)の著者・原彬久東京国際大学名誉教授は〈岸は同僚官吏はもとより、民間人、それもいわゆる満州浪人、無頼漢に至るまで彼のそばに来るものには惜しげもなくカネを与えたといわれる〉と記している。
・私が気になるのは、岸の豊富な資金がアヘンの密売によって作られたものだったのかだ。その謎に迫るには、上海の「阿片王」里見甫の証言に耳を傾けなければならない。 『週刊現代』2016年8月6日号より ≫ 


 ≪ 岸信介とアヘン王の関係を追う〜密売で儲けた「数兆円」はどこに消えた?

 ■意外にも平凡な「アヘン王」の風貌
・千葉県市川市の江戸川沿いにある里見公園は、戦国時代に里見一族が北条氏と戦って敗れた古戦場として知られている。
・土曜の午後、その里見公園の隣にある総寧寺を訪ねた。上海の「阿片王」といわれた里見甫の墓があると聞いたからだ。
・人気のない境内の奥の墓地に入って探したら、すぐ見つかった。こぢんまりした墓石に「里見家之霊位」と刻まれ、側面には「岸信介書」とあった。
・たしかに岸の字だ。少し丸みを帯びていて優しげで、しかも繊細である。岸がその政治人生でしばしば見せる、激しさや冷酷さは少しも感じさせない。
・「字は体を表す」とか「書は人なり」というけれど、岸にはその格言は当てはまらない。彼はつねに千変万化する。善人なのか、悪人なのか。鵺のようで捉えどころがない。
・一方の里見はどうだったのだろう。彼は戦後の1965(昭和40)年、69歳で亡くなった。われらが先達、草柳大蔵は『実録・満鉄調査部』(朝日新聞社刊)で里見をこう描いている。
〈五尺五寸ほどの痩せた男である。頭の頂天が尖っていることのほかは、何の変哲もない風貌をしている。むしろ柔和である。路傍の地蔵尊や野際の石小 法師の前をとおるときは、必ず足を停めて掌をあわせる。物静かな語り口であり、周囲の人が「どうして生きているのか」と訝るほど食事を摂らない〉
・さすが草柳である。里見の人間像が眼前に浮かぶ。里見はアヘンで中国に途方もない害毒を垂れ流したが、彼自身は私利私欲とは縁遠い、恬淡とした男だったらしい。
・草柳によれば、里見は上海・虹口の乍浦路に面したピアス・アパート3階に住んでいた。6畳と3畳の二間しかない家で、秘書はおかず、「おちかさん」という身の回りの世話をする女性が通いで来ていた。
・乗用車はビュイックの中古車で、しばしば藍衣社(=蒋介石直属の秘密結社)の狙撃の的になったが、運の強い男で、かすり傷ひとつ負わなかったそうだ。 ・総寧寺の里見の墓石のわきには友人の筆になる小さな墓碑が建っていた。そこに刻まれた語句が里見の生の核心を見事に捉えているような気がした。

凡俗に堕ちて 凡俗を超え
名利を追って 名利を絶つ
流れに従って 波を揚げ 其の逝く処を知らず

■里見と岸の関係
・里見と岸の間にはいったいどんな交流があったのだろう。岸は戦後になって『岸信介の回想』(矢次一夫・伊藤隆との鼎談・文藝春秋刊)でアヘンについてこう語っている。
〈満州国ではアヘンの吸飲は厳重に禁止したけれど、陰で吸っているのはいたでしょう。(中略)いずれにせよ満州ではアヘンを禁止し、生産もさせないし、吸飲もさせなかった〉
・読者はすでにおわかりと思うが、この発言は著しく事実に反する。満州国は表面上はアヘン根絶を目標に掲げたが、熱河地方ではケシの栽培を奨励した。それでも足りない分は華北などから輸入し、アヘンの専売で莫大な利益をあげていた。
・岸がつづけて語る。
〈しかしアヘンを扱ったものとして里見という男のことは知っています。ただ私が満州にいた頃は里見は上海で相当アヘンの問題にタッチしていて、金も 手に入れたのでしょうが、満州には来ていないから私は知らない。里見を知ったのは帰国後で、満映にいた茂木久平の紹介です。里見が死んで墓碑に字を書いたことがあるけれど、これも茂木に頼まれたからですね〉
・茂木久平とは、満州の「夜の帝王」甘粕正彦が理事長をつとめる満州映画協会の東京支社長だった男である。どうやら岸は、里見とはそんなに深い関係ではなかったと言いたいらしい。
・たしかに岸と里見の直接的な交流を示すデータはほとんどない。唯一、佐野眞一さんの『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社刊)に、戦後、里見の秘書役をつとめた男の証言が出てくる。
・岸は満州から帰国後の1942(昭和17)年、翼賛選挙に立候補して当選した。秘書役によれば、このとき里見は、岸に200万円(現在の約16億円相当)を提供した。「鉄道省から上海の華中鉄道に出向していた弟の佐藤栄作(後に首相)が運び屋になって岸に渡したんだ。これは里見自身から聞いた話だから間違いない」という。
・しかし、これは残念ながらまた聞きである。真偽の判断はつかない。それより東京裁判に提出された里見の宣誓口述書を読んだほうが、戦時中の岸と里見の関係のバックグラウンドを知る手掛かりになりそうだ。 〈私即ち李鳴(=里見の中国名)事里見甫は良心にかけて次のことが真実である事を誓ひます。
・1937年9月又は10月私は新聞記者として上海に参りました。私はそれ以前天津に居つたのであります。
・1938年1月又は2月に楠本実隆中佐が私に特務部(=支那派遣軍参謀部の一部)のために多量の阿片を売つて呉れるかどうか尋ねました。彼は此の阿片がペルシヤから来る途中にあると云ひました〉
・里見はこの後、ペルシャ産アヘンで得た利益は約2000万ドル(現在の日本円で数兆円相当)に上ること、その利益は特務部(後に廃止)がある間は特務部に、それがなくなってからは興亜院(占領地の政務・開発にあたる日本の機関)に支払われたこと、1939年の末ごろには蒙古産アヘンも販売し、その大 部分は中華航空機で運ばれてきたことなどを語っている。
・問題は興亜院などに送られた金がその後、どこに行ったのかだ。里見は知っているはずだが口をつぐんでいる。私はいろんな文献にあたるうち、『阿片吸煙禁止処理経過事情』という文書に突き当たった。宣誓口述書と同じく東京裁判の検察側証拠として提出されたものだ。
・そこには〈売上金ノ大部分ハ東条内閣ノ補助資金、及議員ヘノ補助金ニ割当テラレル為東京ニ送ラレタ〉という衝撃的な記述があった。以下次号。 『週刊現代』2016年8月13日号より  ≫(以上二つのコラム、現代ビジネス>メディアと教養>わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ)

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●「チーム安倍」盤石 盛者必衰の理をあらわす、を信じたい

2016年08月08日 | 日記
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●「チーム安倍」盤石 盛者必衰の理をあらわす、を信じたい

 以下の日経電子版の記事を読んで、提灯記事だと口汚く罵ることは可能だが、筆者は、常々、安倍たち右翼(偏向保守)や日本会議系の連中は、群れることに長けている。良く言えば、“小異を捨てて大同につく”ことが上手だ。悪く言えば、糞味噌一緒くたに集団化する。しかし、愚民的民主主義においては、大きな強みで、組織票の読みも、あまり大きく外れることがない。筆者から見る限り、安倍政権のやっていることは、その多くが幻想と虚構に彩られている。今では、あからさまにメディア介入をしても、メジャーな反対意見すら出てこなくなった。

 お天道様も、天岩戸にお隠れになった塩梅の今日この頃だ。産経、読売、日経の記事は見るに堪えない程劣化しているが、劣化した国民に合わせているのだから、何処からも文句などでない。穿った見方をすれば、劣化愚民に合わせた報道姿勢だから、怖いものはないと云うことになる。取りあえず、ファイティングポーズを見せた朝日新聞も、今では、完璧に闘争心を失っている。テレビ朝日の“報道ステーション”なども、富川君に変り、もう、日本テレビとの区別がつかない悲惨な状態になっている。オリンピックで、景気づけと行きたいところだったが、端からズッコケ試合が連続的に視聴者が鼻白む有様になっている。まあ、大金かけているNHKがメダルだ!金だ!と、“狂躁曲”を奏でるが、選手がチャンと踊らない(笑)。

 まあ、自公政権に取って替わるべき「政党」が見当たらないわけだから、投票に行かないか、行っても、印象で投票行動を起こすのだから、政策なんて、何もいらないことは自明だ。英国、EU、米国の現状を見れば、日本だけに限ったことではないので、独り負けだと嘆くほどでもないのが、救いと言えば救いだ。最低でも、総理在任中に「憲法改正発議」にまで辿りつきたいのが、安倍晋三の唯一の目的であることは、ほぼ自明だろう。官僚らは“緊急事態条項”の追加などしたいだろうが、安倍の気持ちは発議が目的化しているようなので、その改正項目は些末なものになる推測できる。「憲法改正」と云う経験を、愚民に経験させることが重要なのだろう。しかし、首相の祖父が岸信介であった事実は、本当だろうかと思うほど、知識教養が雲泥の差なのだが、それでも、一部分だけでも真似ようとするのだから、何だか、滑稽さを感じる。

 民進党の代表選はどうなっているのだろうか?興味の埒外なの確認してみたら、NHKが以下のように報じている。代表選に手を挙げた有力候補は、蓮舫氏ひとり。来月、2日公示、15日投開票なので、前原が出るか出ないか程度の変化しかないだろう。つまり、民進党は蓮舫氏で行くことになりそうだ。しかし、いずれにしても、一応リベラル系を標榜する政治勢力と云うものは、前述の“右翼(偏向保守)や日本会議系の連中は、群れることに長けている。”と比較して語るならば、些細なことで、意固地になって、差異に拘る。連合と云う既得権勢力が基盤にある限り、自民党の対抗勢力になるのは、相当に困難だ。

≪ 蓮舫代表代行 民進党代表選に立候補表明
民進党の蓮舫代表代行は5日、党本部で記者会見し、来月行われる党の代表選挙について、「政権選択選挙へのスタートにする思いで、代表選挙に臨みたい」と述べ、立候補する意向を表明しました。
民進党は、岡田代表の任期満了に伴う代表選挙を、来月2日告示、15日投開票の日程で行うことにしています。
これについて、蓮舫代表代行は記者会見し、「政権選択選挙へのスタートにする思いで、代表選挙に臨みたい。向き合うべきは、大変高い山で、大きな与党であ り、向かうべき道が厳しく、険しいことも分かっている。私の覚悟は、崖とかスカイツリーのレベルでなく、富士山から飛び降りるくらいの覚悟だ」と述べ、立 候補する意向を表明しました。
そのうえで蓮舫氏は、「私たちには対案があるが、残念ながら国民に伝わっておらず、批判ばかりだと思われている。私は代表として、ここを変え、国民に選んでもらえる政党にしたい」と述べました。
また、蓮舫氏は、次の衆議院選挙に向けた共産党などとの野党連携について、「綱領や政策が違う政党とは、一緒に政権を目指さない。『基本的な枠組みは維持しつつ、検討を必要とする』というひと言に尽きる」と述べました。
さらに、蓮舫氏は、憲法改正について、「立法府の一員として、国会の憲法審査会に、積極的に参加する。憲法9条は絶対に守る、これは私の信念でもある。平和 主義、主権在民、基本的人権の尊重という基本理念は尊重したうえで、時代の変化に応じて、改正が必要なことが生まれたら、しっかり党内で議論して提言する のは当然の成り行きだ」と述べました。
そして記者団が、「岡田代表の後継者という意識はあるか」と質問したのに対し、「私が代表として目指すのは蓮舫路線だ」と述べました。
蓮舫氏は、参議院東京選挙区選出の当選3回で、48歳。党内では、野田前総理大臣の議員グループに所属しています。ニュースキャスターなどを経て、平成16年の参議院選挙で初当選し、民主党政権では、行政刷新担当大臣などを務めました。蓮舫氏が代表に就任すれば、民主党の時代も含め、女性としても、参議院議員としても初めてとなります。
民進党の代表選挙を巡っては、これまでに、岡田代表が立候補せず任期いっぱいで代表を退く考えを明らかにしている一方、長島・元防衛副大臣が立候補を目指す考えを示しています。 長島氏「何が何でも選挙に」
民進党の長島昭久元防衛副大臣は、記者団に対し、「非常にいい記者会見で意志が伝わってきた。憲法改正について、岡田代表の路線からの転換を打ち出し、私と考えは一致している。ただ、主体性を失った『野党共闘』を転換するとともに、党内の人事を刷新するのが私の主張だ。代表選挙の立候補に必要な推薦人を集めるのに苦労しているが、何が何でも選挙にしなければいけない」と述べました。
 ≫(NHK)

 ≪ 「チーム安倍」 強い団結を生む差配
 第3次安倍再改造内閣が始動した。安倍内閣の強さの秘訣は、首相官邸の陣容と差配から見える。首相官邸に勤務経験のある政治家と官僚が過去の教訓を生かし、霞が関や与党をコントロールする政権運営術が浮かぶ。
 安倍晋三首相は3日、内閣改造を説明する記者会見で、自ら「官邸主導」に触れた。官房副長官から経済産業相に起用した世耕弘成氏を紹介し「官邸主 導の政権運営を支えてきてくれた。官邸外交の経験も生かし、全世界を視野に大胆な通商戦略を展開してほしい」と述べた。政権運営も外交も官邸中心。官邸で育てた側近を政府の要職に配す。
 「首相官邸」は首相が執務する建物だが、首相と正副官房長官や首相補佐官、秘書官を含めた「チーム安倍」の代名詞でもある。各省庁とは違い、危機管理と調整力が問われる政治の最終決定の舞台になる。   安倍政権は補欠選挙を除く国政選で連勝。危機管理でも不手際と批判されない。再登板から3年半余りに及ぶ政権の強さの理由を、多くの首相周辺が「官邸勤務の経験者が多いから」と語る。世耕氏は「第1次政権で失敗の経験者たちが同じ事を絶対にくり返してはいけないという思いで団結していることが非常に大きい」と強調する。
 3日の内閣改造で首相は内閣の要である菅義偉官房長官と萩生田光一、杉田和博両官房副長官を続投させたほか、首相補佐官と首相秘書官を全員留任させた。周辺は「官邸の陣容は危機管理に直結する。簡単には動かせない」と指摘する。
 官邸での経験が最も長いのは他でもない安倍氏だ。森喜朗、小泉純一郎内閣で官房副長官を3年2カ月、小泉内閣で官房長官を11カ月、第1次安倍政権で首相を1年務めた。歴代自民党総裁で、2度、首相の座に就いたのは安倍氏だけだ。
  危機管理で試練に直面したのは、第2次政権発足直後の2013年1月。アルジェリアで邦人が人質になる事件が起きると、首相は訪問中のベトナムから「人命第一」の解決を指示。政府は首相官邸に対策本部を立ち上げ情報を集約し、初めて邦人救出のために政府専用機を派遣した。
 不祥事を受けた対応も早い。首相は14年9月の内閣改造で「女性登用」を掲げ、小渕優子経済産業相と松島みどり法相を看板閣僚として起用。だが「政治とカネ」などの問題が指摘されるとすぐにダブル辞任させた。
  早期辞任にこだわったのは、06~07年の第1次内閣での苦い記憶からだった。当時「政治とカネ」の問題などで閣僚の進退問題が相次ぎ浮上。首相は閣僚をかばったが、結局は「辞任ドミノ」で内閣支持率は落ちた。その後の参院選敗北につながり、約1年の短命政権に終わった。
 政務の首相秘書官を務めるのは今井尚哉氏だ。経済産業省出身で、第1次政権では事務の秘書官を務めた。17年4月に予定していた消費増税の延期に向けたシナリオを描き、財務省の抵抗を押し切る形で実現させた。参院選で政権与党の勝利の一因となったとの見方がある。
 秘書官のうち財務省出身の中江元哉氏、外務省出身の鈴木浩氏は、首相が官房長官だった時も秘書官として支えた。
 警察庁出身で事務担当の杉田副長官の存在も大きい。後藤田正晴官房長官のもとで秘書官を務め、内閣情報調査室長、情報官、危機管理監を歴任した。霞が関の官僚から「北朝鮮のミサイル発射など有事があっても官邸に杉田さんがいると安心できる」との声があがる。
  首相補佐官には第1次政権で内閣広報官を務めた経済産業省出身の長谷川栄一氏が就いている。国内外のインテリジェンス(機密情報)の専門家である内閣情報官の北村滋氏は第1次政権で首相秘書官だった。海外で邦人が事件に巻き込まれるなどの危機対応が必要になると、杉田副長官らと官邸に詰め、菅長官らに対策を助言する。
 第2次政権以降、官邸内の風通しをよくするために首相と正副官房長官が原則1日1回集まっているという。出席者のひとりは「首相官邸は建物が大きく、お互いに会わないと距離ができてくる。本音をぶつけることがスムーズな政権運営につながる」と話す。  ≫(日経新聞電子版)

≪ 人事権で官僚操る 対与党、解散カード駆使
 官僚の巧みな操縦術も安倍政権の特徴の一つだ。人事権を武器に成果を出した官僚を抜てき。与党には首相の衆院解散カードをちらつかせて「官邸主導」の構図を作り上げてきた。
  「内閣人事局ができて意見を言う雰囲気がますます薄れた」と経済官僚は嘆く。安倍政権は2014年5月に霞が関の幹部人事を一元的に統括する内閣人事局を発足した。これまでは各省庁の事務次官が実質的に決めてきたが、審議官・部長級以上は内閣人事局の審査を通らないと昇格できないしくみに変わった。
 政権に危機が訪れると解散カードで切り抜ける。14年秋の衆院解散が象徴的だ。消費増税の延期に財務省や自民党内で反対論が強まる気配を見て、首相はすかさず衆院解散・総選挙に打って出て、与党圧勝につなげた。
 増税延期の方針に異論を唱えた自民党税制調査会の最高幹部に対し、官邸筋から「次の衆院選で公認しない」と情報を発信。公認権も武器に反乱を鎮めた。
 ただ、こうした手法が今度も有効かは分からない。
 政治が官僚の人事に深入りし過ぎると、外された官僚の士気が落ちかねない。どこまで人事でにらみを利かせるかは難しい。
 次の衆院解散・総選挙の時期をめぐっても、首相にとってはいつでも解散できるように見せることで求心力を保ちたいところだが、これまでのように解散カードの威力を発揮できるかは見通せない。  ≫(日経新聞電子版)


 以上のように、日経のオベンチャラ記事は、安倍政権の官邸主導の強靭さを示している。当面、書いてある通り、盤石を印象づけている。筆者も、8割方、この方向で日本の政治は、ジワジワと劣化していくだろうが。国民の劣化に、政権が歩調を合わせている側面もあるので、これといった妙案はない。国防関連で、右往左往が起きることは望ましくないが、経済財政金融政策で、一敗地に塗れる程度なら、日本国や国民が塗炭の苦しみを味わうのも悪くはないだろう。そこまで、行きつかないと、愚民の「経済成長希求幻想」はなくならないのだから……。

 それにしても、安倍晋三の岸信介心酔の病気には呆れてものが言えない。ここ50年先の展望は、識者の希望的観測を裏切るように、中国が米国と肩を並べると認識することが、冷静な将来的世界の勢力図だ。感情的に好ましくない民族意識を持つ中国だが、防衛外交経済において、反目する選択は、あまりにも自虐的だ。真実を歪めて、幻想や物語に逃げ込む人種こそが、自虐的思考の持ち主だと云うこと、右翼や安倍官邸に自覚して貰いたい。それにしても、以下に引用する魚住昭氏の岸信介にまつわるコラムだが、肝胆寒からしめる内容だった。


≪  岸信介は革命家・北一輝にここまで傾倒していた〜「国家改造」をめぐる思想の融合

「青春の血で日本史を書くんだ」

■まさかと思うほどの薄い存在
・週末、目黒不動尊(天台宗・瀧泉寺)に行った。ちょっと見たいものがあったからだ。
・東急目黒線の駅から徒歩15分。初夏の陽射しを浴びて、なだらかな坂を上り下りしながら私が考えたのは、明治生まれの二人の男のことだった。
・北一輝(1883~1937年)と岸信介(1896~1987年)。北は2・26事件の首謀者として処刑された革命家だ。岸は言うまでもなく元首相で、安倍晋三首相の祖父でもある。
・岸は北より13歳若い。北とは生い立ちも性格もちがう。別世界の人間だ。似ている点を強いて挙げるとすれば、その尋常ならざる能力のために北が「魔王」と呼ばれ、岸が「昭和の妖怪」と呼ばれて、周囲から恐れられたことぐらいだろう。
・目黒不動は徳川三代将軍・家光ゆかりの寺である。入口の案内板によると、サツマイモで有名な青木昆陽の墓もあるらしい。
・でも、私が見たいと思っているのはそれではない。北一輝の碑と墓だ。なのに案内板には記載がない。寺務員に尋ねると「お墓ならありますが」と言って、境内から百数十m離れた道路沿の墓地を教えてくれた。
・墓地の奥の方に北の墓はあった。正面に「北一輝先生之墓」とあり、側面に夫人と長男の名も刻まれていた。それにしても拍子抜けするほど普通の墓であ る。「魔王」を連想させる部分はない。逆徒の縁者の暮らしは苦しく、贅沢な墓を作る余裕がなかったのか。それとも世間への遠慮がそうさせたのか。
・数m先には、北のかつての盟友で「大アジア主義」を唱えた大川周明(東京裁判で東条英機の頭を叩いた人だ)の墓もあった。こちらも戦前・戦中の彼の華々しさに比べると、忘れられたように地味な墓だった。
・さて次は北の碑を探さなければならない。墓地の管理人らしきおじさんに聞くとこの墓地にはないと言う。「どこにあるか知ってそうな人に聞いてくるか ら木陰で待っててください」と彼は言った。私は「そこまでしてもらわなくとも……」と言ったのだが、親切なおじさんは自転車でさっさと行ってしまった。
・数分しておじさんは帰ってきた。気の毒そうな顔で「寺の人にも聞いたんだけど、やっぱり北一輝先生の碑は知らないということでした」と言った。
・念のため、私も寺の境内をひと回りしてみたが、見当たらない。引き揚げる前にダメを押すつもりで大本堂にいた寺務員の男性に聞いてみた。すると「それだったら、この大本堂の下の斜面にありますよ」という意外な返事が戻ってきた。
・行ってみると、あった。青木昆陽の巨大な碑の隣の、奥まったところにあったから気づかなかったのだ。考えてみれば寺の一部の人しか知らなかったのも無理はない。歴史好きならともかく、一般人にとって北はもう忘れられた存在なのだ。
・私は高さ4m前後の碑に近づき、目を凝らした。大川周明の「歴史は北一輝君を革命家として伝へるであらう」で始まる墓碑銘がびっしり刻まれていた。そのなかで大川は、北が「世の常の革命家」ではなく、「専ら其門を叩く一個半個の説得に心を籠めた」と述べていた。

 ■「怪物」と「妖怪」の接点
そう。その門を叩いた人のひとりが若き日の岸だった。原彬久・東京国際大学名誉教授の『岸信介-権勢の政治家-』(岩波新書)によると、たった一度だが、岸は東大の学生時代に北に会い、北の思想に強い影響を受けた。以下は岸の「思ひ出の記」の一節である。
〈此の北氏は大学時代に私に最も深い印象を与へた一人であつた。而して北氏は後に二・二六事件の首謀者の一人として遂に銃殺されたのであるが、辛亥革命以来一生を通じて革命家として終始した。恐らくは後に輩出した右翼の連 中とは其の人物識見に於て到底同日に論ずることの出来ぬものであつた〉
・これだけで、岸の北への傾倒ぶりがお分かりだろう。岸と北との関係は、戦後政治のあり方にも影響をもたらす重大事なので、ふたりの出会いに至る経緯をざっとご説明しておく。
・北は1916(大正5)年、中国革命に身を投ずるため上海に渡った。が、志を果たせなかった。生活も困窮した。そんな北を見かねた上海の日本人医師が彼の生活の面倒を見た。
・1919(大正8)年、東京で大川周明らが政治結社・猶存社を結成。その指導者として北を迎えるべく、大川が上海に赴いた。折から北は〈食物は喉を 通らず、唯だ毎日何十杯の水を飲んで過ごし〉、〈時には割れるような頭痛に襲はれ〉ながら日本革命の指針『国家改造案原理大綱』を執筆中だった。 その最後の巻八を書き始めたとき、思いがけなく大川の来訪を受けた。北は大川の招請を天意と感じて帰国を決意した。
・書きかけの原稿は彼の帰国前、大川らの手で秘かに日本へ運ばれ、ごく限られた支持者たちの間で回読された。岸もまた当時、秘密裏に出まわった原稿を手に入れ、夜を徹して筆写した。
・大綱の概略は(1)天皇の名で戒厳令を敷いて華族制度を廃止し、治安警察法や新聞紙条例などの廃絶で国民の自由の回復を計る、(2)皇室財産を国家に下付し、私有財産を制限する、(3)大資本を国有化し、私企業の純益を労働者に配当する―などだった。
・北は一方で世界の領土再分割も説いた。「不法ノ大領土ヲ独占」する国に対しては戦争する権利を持つとして、オーストラリアやシベリア取得のための開戦は「国家ノ権利ナリ」とした。
・岸はこの『国家改造案原理大綱』について〈当時私の考へて居た所と極めて近く組織的に具体的に実行方策を持つたものであつた〉と後に述べている。
・岸と北の思想は融合し、後に岸が辣腕をふるう統制経済や満州国経営で具体化する。晩年、岸は北との出会いを原彬久名誉教授にこう語っている。 〈彼は隻眼の人です。炯々とした片目で僕を睨みつけてね。こちらは大学の制服を着ていたと思うんだが、北一輝は辛亥革命のあの革命服を着ていた。そしてこういうんだよ。「空中に君らの頼もしい青春の血をもって日本の歴史を書くんだ」〉
 ≫(現代ビジネス>わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ・『週刊現代』2016年7月9日号より


≪ 「昭和の妖怪」岸信介の知られざる素顔〜安倍首相の祖父が目指していた国家とは?

 ■A級戦犯で拘束後、4年で首相に
・「昭和の妖怪」岸信介と、「魔王」北一輝をめぐる旅の途中である。今回、立ち寄ったのは渋谷区の南平台。かつて岸首相の私邸があった場所である。 その私邸はとり壊され、今は青瓦と白壁の大型マンションが建つ。周辺には教会や大使館や豪邸が軒を連ねる。喧騒とは無縁の高級住宅街だが、60年安保の当時は連日のようにデモ隊が押しよせ、岸邸前の道は洗濯板みたいに凸凹になったそうだ。
・警官隊の厳重なガードにもかかわらず、岸邸にはねじって火をつけた新聞紙や石が投げ込まれた。岸首相は外に出られず、退屈すると孫たちを呼びよせた。当時6歳の安倍晋三・現首相も新聞社の車にそっと乗せてもらい、祖父宅に行った。
・以下は『美しい国へ』(安倍晋三著・文春新書)の回想である。 〈子どもだったわたしたちには、遠くからのデモ隊の声が、どこか祭りの囃子のように聞こえたものだ。祖父や父を前に、ふざけて「アンポ、ハンタイ、アンポ、ハンタイ」と足踏みすると、父や母は「アンポ、サンセイ、といいな さい」と、冗談まじりにたしなめた。祖父は、それをニコニコしながら、愉快そうに見ているだけだった〉
・往時の岸家を彷彿とさせるような文章だ。それにしても、と私は思う。 岸ほど不思議な政治家はいない。彼は東条内閣の商工相として開戦の詔書に署名し、戦時の経済を仕切った男である。
・戦後、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに3年拘束された。不起訴になったとはいえ、彼の戦争責任は重い。
・ところが連合国軍の占領が終わった翌年の1953(昭和28)年には代議士に当選し、それからたった4年で首相になった。国民をあんな悲惨な目に遭わせておいて、どの面さげてと言いたくなる。
・しかし、である。岸が首相在任中にやったのは安保改定だけではない。最低賃金法と国民年金法を成立させた。とくに年金法は、公務員や大企業の社員しか恩恵にあずかれなかった公的年金の受給対象を全国民に広げる画期的なものだった。
・『岸信介回顧録-保守合同と安保改定-』(廣済堂出版刊)で彼はこう振り返っている。 〈岸内閣の時代に社会保障や福祉の基礎がつくられたということが、私のイメージに合わないというか、私になじまないような印象を受けるらしいが、そういう評価の方がなじまないと言うべきで、私にとっては意外でもなんでもない(略)あたり前のことをしただけなのだから〉
・タカ派の親玉としか見られなかった岸が目指したのは弱者に優しい社会民主主義だった。富の再分配による格差の是正である。としたら、岸はいつ、どのようにして社会民主主義を志向するようになったのか。

■変幻自在の政治家
岸は山口県・田布施の地主の家に生まれた。曽祖父は伊藤博文らと交友があり、岸は幼いころから吉田松陰の「君臣一体」の皇国思想を吹き込まれた。 日本最難関の入試を突破して第一高等学校に入るのは1914(大正3)年。『岸信介-権勢の政治家-』(原彬久著・岩波新書)によれば、岸は一高の自由な校風の中で広範囲な濫読に明け暮れている。
・イプセン、トルストイ、ドストエフスキー、ゲーテ、シラーなどの小説類、ヘーゲル、ニーチェ、ショーペンハウエルなどの哲学書を翻訳で読み、和書では西田幾多郎、夏目漱石から歌集、歴史ものに至るまで手当たり次第に読んだという。
・原彬久・東京国際大学名誉教授は〈岸の広闊な教養の土壌がこの高校時代に培われた〉と指摘し、その〈知的土壌〉が、彼を国粋主義や右翼的思想の〈狂信性からある程度引き離し〉たのだろうと言う。慧眼である。
・岸という変幻自在の政治家は幅広い教養と、深い理解力を抜きに考えられない。彼は飛び抜けた頭脳の持ち主で東大法科では我妻栄(後の民法学の泰斗)と成績トップの座を争った。
・当時の東大の憲法学は、天皇機関説(主権は国家にあって天皇は国家の最高機関であるとする説)の美濃部達吉と、天皇主権説を唱える国粋主義者・上杉慎吉の激しい確執があった。
・松陰の皇国思想に馴染んでいた岸は上杉門下に入った。が、上杉の天皇絶対主義とは一線を画した。それを端的に示したのが森戸事件への岸の対応だ。
・1920(大正9)年1月、東大助教授・森戸辰男は無政府主義者クロポトキンの思想を経済学部機関誌に紹介したため休職に追いこまれ、起訴された。
・大学では社会主義の学生運動団体・新人会が森戸擁護にまわり、上杉が率いる国粋主義の興国同志会が森戸排斥を叫んで真っ向から対立した。
・岸はこの事件を機に興国同志会を脱会した。上杉に運動を抑えるよう頼んだが、聞き入れられなかったからだ。岸の証言。
〈興国同志会を牛耳っていた人々は融通のきかない、頑固一点張りの考えだった。われわれは思想の進歩とか、新しい考え方というものも理解したうえで、反駁するなら反駁すべきなのに、頭から一切理解しないのだ。これには僕はついていけない〉
・岸はもともと私有財産制に強い疑問を持ち、私有財産制を否定するマルクス的社会主義にある種の共感を持っていた。 私有財産制限を説く北一輝の『国家改造案原理大綱』に出合ったのもこのころだ。原名誉教授は〈北の社会主義論が岸の国家論に影響を及ぼし、岸の国家論が北の帝国主義的社会主義論と重なっていくサマは鮮やかである〉と語っている。
・ただ天皇制打倒に傾く北とちがい、岸はあくまで天皇制護持だ。しかし上杉のように神聖化され、絶対化された天皇制ではない。岸が求めるのは国民と苦楽を共にする天皇だった。
・同年夏、岸は東大を卒業し農商務省に入った。「これからの政治の実体は経済にあり」という確信がそうさせたという。 こうして私有財産制への疑問と天皇絶対化への反発、そして国粋主義の信念を併せ持った風変わりな官僚が誕生する。彼はやがて革新官僚のリーダーと呼ばれるようになり、北の言葉通り「青春の血をもって日本の歴史を書く」ことになる。
 ≫(現代ビジネス>わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ・『週刊現代』2016年7月16)


≪ アヘンとともに栄え、アヘンとともに滅びた満州国の裏面史

■岸の清濁を知る人物「古海忠之」
・引きつづき「昭和の妖怪」岸信介のことを書くつもりだったが、資料を漁るうちに面白い本に出くわした。これを素通りするのは惜しいので、今回はちょっと寄り道させてもらう。
・本の題名は『古海忠之 忘れ得ぬ満洲国』(経済往来社刊)だ。著者の古海は東大卒の大蔵官僚で、1932(昭和7)年に誕生したばかりの満州国政府に派遣された。国務院経済部次長など重要ポストを歴任。実質的には満州国副総理格で敗戦を迎え、戦後はソ連・中国で18年間にわたって拘禁された。
・ちなみに岸が満州経営に携わったのは1936(昭和11)年~'39(昭和14)年の3年間。古海は岸の忠実な部下で、岸の裏も表も知り尽くしている。
・その古海が語るアヘンの話に耳を傾けてほしい。ご承知と思うが、当時の中国はアヘン中毒患者が国中に蔓延していた。
・古海が満州国初の予算を編成していた1932(昭和7)年のことだ。上司が「満州ではアヘンを断禁すべきだ」と強く主張し、各方面の説得にあたった。
・その結果、植民地・台湾の例にならい、アヘンを一挙に廃絶するのではなく、徐々に減らす漸禁策をとることになり、ケシ栽培からアヘン製造販売まですべてを国家の管理下に置くことにした。アヘン専売制である。

■目論み外れ借金苦に
1940(昭和15)年、古海は経済部の次長になった。当時は産業開発五ヵ年計画達成のため、華北から輸入する鉄鉱石や石炭が膨大な量に上っていた。これに対し、華北の求める食糧や木材はあまり輸出できず、関東軍と満州国政府は巨額の支払い超過に悩まされていた。
・それを解消するため関東軍が考えたのが熱河省(満州の西側)工作だ。熱河はアヘンの主産地で、そのアヘンは専売総局で全部買い上げ、管理する建前になっている。が、実際は、広大な丘陵地帯を取り締まるのは不可能で、年々おびただしい量が北京などに密輸されていた。

 ■関東軍の目論見はこうだった
・―軍と政府が密輸業者の活動を黙認する。その見返りに彼らが密輸で得た連銀券(=華北通貨。満州はその不足に悩んでいた)を同額の中央銀行券(=満州国通貨)と交換する。あるいは業者に資金を与えて密輸アヘンを集め、華北に売りさばいた代金(連銀券)を回収する―。
・関東軍の要請で古海はこの工作を請け負った。彼は三井物産から個人的に2000万円(現在の約200億円)を借り、それを資金に活動したが、行き詰まった。密輸業者らが「俺たちには関東軍と経済部次長がついているから、警察に捕まる心配もない」と言いふらしたからだ。
・古海のもとに熱河省各地から抗議が殺到した。工作は中止され、彼が個人で支出した2000万円も回収不能になった。借金返済を迫られた古海は当時をこう回想する。
〈窮余の一策として、上海にいる私の親友里見甫君に助けを求めることにした。彼は当時、南京政府(=日本の傀儡政権)直轄の阿片総元売捌をやっていたので、手持ちの阿片を彼のもとに送りつけ、できるだけ高価に買い取っても らい、なるべく多額の金を得ようとした。(略)里見甫君は非常に無理をして結局二千万円を払ってくれた〉
里見は「阿片王」と呼ばれた男である。上海でペルシャ産や蒙古産の阿片を売りさばき、陸軍の戦費を調達していた。

■奪われたアヘン
・古海の回想をつづけよう。戦況が悪化した1944(昭和19)年。彼は満州のアヘンを上海に運び、満州で不足する生産機器や消費物資を調達する計画を立てた。そのため、まず飛行機で金とアヘン1トンずつを運んで南京政府の中央銀行の金庫に納め、副総理の周仏海に物資買い付けの援助を依頼した。
・周は「日本は何も持ってこないで物を取っていくだけなのに、満州国は貴重なものを現送してきて物資がほしいといわれる。誠にありがたい」と言って全面協力を約束したという。
・上海でのアヘンと物資の物々交換は里見の協力もあって順調だった。満州への大量の物資輸送も、アヘン3トンを出すなら艦隊司令部が責任を持って送り 届けると約束した。古海は〈昭和二十年当初からこの計画を実施し相当の成果を上げたのであるが、八月、大東亜戦争の終結を迎え、時すでに遅かったのは致し方なかった〉と振り返る。
・敗戦直前の7月、古海は関東軍から新京(現・長春)周辺にあるアヘンを全部引き渡すよう要請された。ソ連侵攻に備えて拡充中の通化(朝鮮との国境に近い)の基地に備蓄するためだ。
〈こうして関東軍に引き渡した阿片は莫大なものであった。関東軍はこの阿片を広く大きい正面玄関に積み上げた。まさに異観であった〉と古海は語る。
・ところが関東軍がこのアヘンをなかなか通化に運べないでいるうちに8月9日、ソ連軍の侵攻が始まった。驚いた司令部はアヘンをトラックに積んで通化 に向かわせたが、途中で暴徒の襲撃を受け、アヘンを奪い去られた。司令部に残ったアヘンは古海らが無人家屋の床下などに穴を掘って埋めたという。
・古海の回想は、満州国政府・関東軍とアヘンのつながりの深さを物語る。岸信介は1939年に東京へ戻る際、「満州国の産業開発は私の描いた作品である。この作品に対して私は限りない愛着を覚える」と言い残したが、満州経営の重要な財源となったのはアヘンだった。
・敗戦直前の1945年8月11日、古海は南新京駅にいた。いつソ連軍が来るかという不安と、敗戦の悲色におおわれた駅で過ごす一刻一刻は心細かった。やっと出発準備が整った。
・その頃、にわかに夕立があって雷鳴がとどろいた。満州国皇帝・溥儀が列車に向かって歩を進めた。つづいて、阿片中毒で立てなくなった皇后・婉容が看護人に背負われてゆく哀れな姿が、稲妻が走ると一瞬パッと光の中に浮かび上がった。
・それを見ながら、満州国最後の総務長官・武部六蔵が、「蒙塵(=天子の都落ち)というのはこれだな」と呟くのを古海は聞いた。 満州国はアヘンと共に栄え、アヘンと共に滅びたのである。
*参考:『新版 昭和の妖怪 岸信介』(岩見隆夫著・朝日ソノラマ刊)
≫(現代ビジネス>わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ・『週刊現代』2016年7月23日)

*時間の都合で、本日はここまで。次回、岸信介とアヘンの関係と云う核心に迫る。

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●コラムと書籍紹介(2) 今上天皇“譲位問題”は難解

2016年08月07日 | 日記
憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2
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三島由紀夫と「天皇」 (天山文庫)
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●コラムと書籍紹介(2) 今上天皇“譲位問題”は難解

 明日、8月8日午後3時から、天皇陛下の「お気持ち」が放送される。実況ではなく、ビデオメッセージにしたと云うことは、一つは、表現上の問題点などが生じない為に、慎重に検証したいと云う考えがあるのだろう。第二に、実況生中継にすると、人々の生活環境により、不公平が生じる惧れや、各放送局により編集が、意図に関わりなく、本意と異なるニアンスになる惧れがあることではないのだろうか。時間の都合で、各放送局などは、当日の同時間以外は編集するだろうから、宮内庁は、公式HPで、全文、誰でも視聴できるよう配慮している。

≪ 天皇陛下のお気持ち表明は10分間 自らの原稿読み上げ
宮内庁は5日、天皇陛下がお気持ちを表明したビデオメッセージを8日午後3時に公表すると発表した。天皇の位を皇太子さまに譲る考えを周囲に示していた天皇陛下が、象徴天皇としてのお務めについての考えを、自ら示す内容になるという。
 ビデオメッセージの形式は、2011年3月の東日本大震災後に天皇陛下が国民にお気持ちを表明して以来2度目。宮内庁は「天皇陛下のお言葉、お気持ちが国民に確実、正確に分かりやすく伝わるのに一番ふさわしい方法」と説明した。
 お気持ちは約10分間にわたり、天皇陛下が自ら用意した原稿をカメラに向かって読み上げるという。テレビ各局が放送する予定で、宮内庁のホームページでも見ることができる。
 陛下が生前に皇位を譲るには皇室典範の改正が必要だが、憲法で天皇の政治的発言は禁じられている。そこで、退位などの表現は用いず、象徴天皇としての思いを表明する内容になりそうだ。英訳も宮内庁のホームページで公表されるという。
 宮内庁の山本信一郎次長は5日、「陛下が国民一人一人にお話しされることになった。大変重いことだと思う」と説明。事前に表明の日時を公表した理由については「多くの方々に関心を持っていただきたいため」と話した。
 お気持ち表明の日程をめぐっては、8月初旬に公表する案もあったが、すでに決まっていた公務のほか、広島、長崎の原爆の日にあたる8月6日と9日、全国戦没者追悼式の15日を避け、8日に決まった。リオ五輪開催中でもあり、競技日程と重ならない時間帯として午後3時に設定したという。
 安倍晋三首相は8日中にも記者団の質問に答える形で、政府としての受け止めを示す方向で検討している。大島理森衆院議長と伊達忠一参院議長もそれぞれ、コメントを発表する方向で調整している。 
 ≫(朝日新聞デジタル:島康彦、多田晃子)


 今夜は、以下の現代ビジネスの天皇継承問題について、詳細に伝えている。専門家から言わせれば、不十分かもしれないが、最低限の天皇継承問題についての情報としては、2つのコラムを読んでおくと、概ねの状況把握に役立つだろう。 *筆者の個人的感想だが、日本の象徴天皇を「元首」にすると云う主張をする人々も多いようだが、戦前回帰であり、それら勢力の主張の経緯から察するに、ノスタルジックな気持以外から主張されているように感じる。その意味で、天皇の地位が「象徴」から「元首」にすることは、色んな屁理屈はあるだろうが、隠された「天皇の地位の政治利用」に結びつくことなので、慎重を要するだろう。

 しかし、象徴天皇だからと言って、政治権力は存在しないとしても、その発言に「政治性」があることまで、否定すべきかどうかは疑問だ。おそらく、60代以上の国民には、天皇の存在に、一定の気持ちの拠りどころを持つことが多い。無論、それは、義務でもなんでもなのだが、内から出てくる感情の発露としてだ。或る意味で、日本人の八百万の神に、天皇が参加している情緒性があるのだろうと認識する。

 被災地を訪問し、見舞いの言葉を掛けるお姿は、被災者の心に、特別響くものがあるように思われる。安倍首相が行っても、「行政の長として、するべきことを、さっさとやれ」そう云う感情がメインになる。しかし、多くの被災者は、心の底から感謝しているように映像は流れる。たぶん、天皇には政治権限がないゆえに、感謝の念だけが生まれるのだろう。仮に「元首」となれば、被災者から、「何なにをしてくれ」と云う注文が口をつくかもしれない。それでは、被災者慰問の意味合いは半減するだろう。

 現憲法の解釈によると、天皇の行える国事行為等、極めて限定的であり、自由度がなさ過ぎると、筆者は感じている。「政治的権力」を持たない点は、それで良いのだろう。権限があるところでは、必ず、どの権力においても、腐敗や独り善がりが生まれるのだから。しかし、国民の総意に基づく、国の象徴であると云うことは、国民のメジャーな「良識」を代表していてもおかしくはない。つまり、天皇が、世界や日本国民の「良識」として、一定の範囲で「政治姓を帯びる発言」が行われても良いのではないかと云う感想だ。

 無論、憲法上、この「わたくしは、斯く斯く然々と思料する」と云う、天皇の感想表明を、どのように定義するか難しいだろうが、「政治性を含む感想表明」に、自由裁量が存在しても構わないと考えている。勿論、民主主義国家なので、選挙により選ばれた代議員が行うのが立法であり、行政でもあるわけだで、天皇の「政治性を帯びた発言」に影響を受けることなく、政治権限は行使される。しかし、その天皇が発する「天皇の良識感想」は、権力に対して、強制性はないが、メッセージ性はある。

 国民の劣化した感情を戒めるとか、他国に対して、「本意で、そのように考えているわけではありませんから」と云った、隠れた外交への武器になるだろう。ヘイトスピーチや、歴史修正主義発言、無差別殺人やテロ行為に対し、原理原則的に、筋を戻す役割は、それなりの価値がある。キリスト教国における、ローマ法王にも、政治的発言の自由があるのだから、我が国の象徴天皇にも、一定範囲で、発言の自由が認められても良いのだはないかと考えている。ローマ法王にも、象徴天皇にも、政治権限はないと云う絶対条件は必要だが。 おそらく、世界で、このように日本の皇室が現存している希少価値であり、筆者個人は、それを使わないのは、宝の持ち腐れだと思うことが多い。


 ≪ 天皇・皇后両陛下 熊本地震の被災地「日帰り強行軍」の舞台裏
 天皇、皇后両陛下は、死者の魂に祈りを捧げ、悲しみに沈む人たちを励ます。スリッパを履か ず、床にひざをつき、同じ目線で話を聞く姿勢は変わらない──。5月19日、熊本地震の被災地訪問に同行した朝日新聞記者・島康彦(宮内庁担当)が、被災 地に寄せるおふたりの思いを書き留めた。
*  *  *
「こちらが学生が亡くなったアパートです」
 騒音や振動で会話がままならない自衛隊ヘリコプターの機内。フリップの説明で示されたのは、東海大学の学生が亡くなった南阿蘇村のアパートである。
 窓際に座った天皇陛下は体を傾けるようにして小さな窓の外を見つめ、隣に座る皇后さまと、おふたりで黙祷(もくとう)を捧げた。
「両陛下はとてもお悼みになられている様子でした」  同乗した宮内庁幹部はそう明かした。
  5月19日、両陛下は熊本地震の被災者を見舞うため、日帰りで熊本県を訪れた。長崎県の雲仙・普賢岳噴火(1991年)、阪神・淡路大震災(95年)、新 潟県中越地震(2004年)、そして東日本大震災(11年)。災害が起こるたびに、現地に駆けつけ、被災者を励ましてきた。
 今回も「一日でも早い訪問を」と、希望していた。だが、余震が収まらず、復旧作業も困難を極めるなか、日程調整は容易ではない。
 5月は叙勲受章者の拝謁(はいえつ)が続き、多忙を極める。18日まで叙勲関連行事が入っていた。さらに、19日から22日まで静岡でのご静養が内々に検討されていた。
 だが、熊本地震を受け、両陛下は4月下旬に取りやめを決める。代わって、被災地をお見舞い訪問する案が浮上したのだ。現地の受け入れ態勢や、余震の危険性を視野に入れての検討が続き、詳細が固まったのは訪問の1週間前だった。
 震災直後のお見舞い訪問は、日帰りが基本だ。宿泊すれば、警備など現場に負担がかかってしまう。
 今回も、日帰りを前提に検討された。だが、熊本県は遠方なうえ、一日で南阿蘇村や益城(ましき)町を巡るには時間が足りない。移動に自衛隊ヘリが導入されたが、午前10時に皇居を発ち、皇居帰着が夜9時前という、異例の強行日程になった。
 最初の訪問地である南阿蘇村は、15人が亡くなり、いまだ1人が行方不明。役場庁舎前では、周辺で車上生活を送る被災者たちが、両陛下を待ち受けていた。
 両陛下は、庁舎に向かうマイクロバスの車内で、立ったまま、手すりにつかまるようにして左右に移動していた。沿道で待つ人たちを自ら見つけ、手を振って応えようとしたのだろう。
 記者はこうした両陛下の姿を、過去何度も目にしてきた。両陛下は、被災地や地方の訪問中、出迎える人に応えようと、電車やバスの車内を移動する。被災者と同じ目線にいようとするからこそ、両陛下の姿を目にする人たちは感激するのだと、改めて感じた。
 両陛下は、被災者の姿が目に入れば、設定された場所以外でも駆け寄って声をかける。南阿蘇村の庁舎前でも、両陛下は被災者に歩み寄った。まず、天皇陛下が優しく話しかけた。
「ご家族はみんな元気でしたか」「大変だったでしょう」  皇后さまも、次々に声をかけてゆく。 「怖かったでしょう」「暑いから、しっかり水分をとってくださいね」
 4、5分ほども続いただろうか。声かけを終えた両陛下が庁舎に入る瞬間、自然と拍手がわきおこった。
 続いて、すぐ近くにある南阿蘇中学校の体育館を訪れた。212人が避難する建物内は、生活スペースごとに青色のシートが敷かれただけで、隣との仕切りはない。両陛下はスリッパを履かず、二手に分かれると一人ひとりに歩み寄った。
  天皇陛下は硬い床に両ひざをつくようにして、じっくりと時間をかけて話をしているようだった。皇后さまはできるだけたくさんの人と触れ合おうと、体育館内 をせわしなく回った。被災者を見つけるとしゃがみ込み、また立ち上がって次の被災者まで小走りで近づく。その繰り返し。
 ご負担がないわけがない。帰りの熊本空港では、少し足を引きずるような場面もあった。
  3千人余りが避難生活を送る益城町に自衛隊ヘリで向かう際も、両陛下らしい姿勢があった。西原村や益城町、そして当初の計画より西に移動して熊本市東部を 視察した。できる限り多くの被災地を目にしたいという両陛下の意向を受けたものだった。そして、幾つもの場所で、両陛下は黙祷を捧げた。
 ≫(ライブドアニュース>※週刊朝日  2016年6月3日号より抜粋)


≪ 宮内庁が密かに頭を悩ます 浩宮が即位したら、「皇太子」がいなくなる 
秋篠宮も愛子さまも悠仁さまも、皇太子にはなれない
・12月23日に81歳を迎える今上天皇は、かねてよりご自身の陵墓案など「その日」を視野に入れた活動をされてきた。だが皇族の身分を規定する『皇室典範』には、代替わりについての大きな穴があった—。

■「皇太弟」に「皇太甥」
「えっ、そうなんですか?皇太子という存在は必ずいるものだと思ってました。皇太子がいない状況というのは、神話とかそのあとの時代ぐらいなのかと」(漫画家・倉田真由美氏)
・おそらく大多数の人が倉田氏と同じ思いを抱くだろう。今上天皇が代替わりし、現皇太子の浩宮徳仁親王が皇位に就いたとき、皇室には「次の天皇(皇嗣)」たる権利を持つ「皇太子」がいなくなってしまうのだ。
・そんな話があるか、秋篠宮文仁親王も悠仁親王もいらっしゃるではないかという反論が返ってくるだろう。確かに皇位継承権を持つ皇族男子は存在する。けれども、お二人は「皇太子」にはなれない。『皇室典範』が定めている皇太子の条件に合致しないからだ。 皇室典範が定める皇太子の定義にはこうある。
〈第八条 皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という〉 ここに出てくる「皇子」とは、天皇の息子を意味する。だから現在、皇太子の地位には、今上天皇の長子である浩宮がついている。
・では、浩宮が即位して天皇となった場合はどうなるのか。浩宮には娘(愛子内親王)はいるが、息子(皇子)はいない。皇室典範第一条には〈皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する〉とあるので、息子がいない以上、「男系男子」の孫(皇太孫)も当然いない。
「現皇太子が即位した時点で、皇位第一継承者は弟宮の秋篠宮文仁親王 になります。ただ、秋篠宮は『皇嗣たる皇子』ではないから、皇太子にはなりません。歴史上の表記でいえば、〝皇太弟〟ということになる。悠仁親王はどう か。たとえば、父である秋篠宮が兄の天皇より先に亡くなった場合、悠仁親王が皇位第一継承者になるわけですが、悠仁親王は皇太孫ではなく、天皇の甥なの で、やはり皇太子にはなりません」(ノンフィクション作家・保阪正康氏)
・皇太子不在を、それほど問題にする必要はないという意見もある。近現代史研究家の浅見雅男氏は言う。
「歴代の天皇家において、皇太子が空位だったことは決して珍しいこと ではありません。皇室典範が穴だらけなのはそのとおりですが、むしろそれによって皇位継承は、昔から融通無碍におこなわれてきた。世継ぎの方に対して、皇 太子という呼び方を絶対にしなければいけないという決まり自体がないのです。もし、浩宮在位中に悠仁親王が皇位継承第一位になった場合は、『皇太甥』とするのが、一番自然ということになるでしょう」
・今の世に皇太甥と書いて「こうたいせい」と読める人がはたしてどれだけいるだろうか—。

■「東宮職」もなくなる
皇室ジャーナリストの山下晋司氏が語る。
「皇太子がいなくなれば、宮内庁法第六条によって〈皇太子に関する事 務をつかさどる〉とされる『東宮職』がなくなります。東宮職は、現在約50名。ほかに料理人や運転手などの管理部の職員もあわせると六十数名の居場所がな くなります。解雇できませんので人事異動で対応するしかありませんが、それだけの人数を異動させるとなると大変です。宮内庁には頭の痛い問題でしょう」
・皇太子としての公務を誰が担うのか、という問題も、当然出てくる。
「皇太子殿下が即位されれば、皇位継承順位第一位の秋篠宮殿下が、今の皇太子殿下の職務を引き継がれるでしょう。そうすると、宮家皇族としてこれまで秋篠宮殿下がやってこられた公務はどうなるのかという問題が出てきます。 外国交際の面でも、悩ましい問題が生まれるでしょう。事実上の皇太子 ではあるが、法的には一宮家の親王という場合、外国に対してクラウンプリンス(皇太子)という言葉を使うのか、それともただのプリンスとするのか。当然、 次期皇位継承者ということでクラウンプリンスとして活動していただいたほうが日本の国益にはなるでしょう。国内と海外で使い分けをするという可能性もあります」(前出・山下氏)
・東宮家と宮家では、公的な活動の内容も大きく違ってくる。宮家皇族は公益法人など各種団体の名誉職に就いて活動できるが、皇太子・皇太子妃は、天皇・皇后と一緒で、原則的には団体の名誉総裁には就かない。秋篠宮は、現在、世界自然保護基金ジャパン名誉総裁や日蘭協会名誉総裁など多くの名誉職に就い ているが、皇太子の職務を引き継いだ場合、これら名誉職や、その活動はどうするのかもはっきりしない。実際問題として、宮家皇族としての公務と皇太子の公 務を兼任するというのは難しいだろう。
・もっと大きな問題もある。「生活費」の問題だ。
・皇族には「内廷皇族」(皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃など)と、内廷から独立して一家をかまえている「宮家皇族」の2種がある。ちなみに特別な存在である天皇は、内廷皇族にも宮家皇族にも含まれない。
・国が支出する費用は、内廷皇族と宮家皇族ではまるで違う。天皇および内廷皇族に支出される「内廷費」は、平成26年度は年額3億2400万円。現在 の状態のまま天皇が代替わりすると仮定すれば、内廷皇族は美智子皇太后、雅子皇后、愛子内親王の3方。天皇を加えて4方の世帯ということになる。仮に愛子 内親王が結婚して皇籍を離脱し、3方になったとしても、金額は同じだ。
・他方、宮家皇族に支出される「皇族費」は、親王で3050万円、親王妃がその半額というように、頭数ごとに皇室経済法で定められているが、内廷費と比べると極端に少ない。
・秋篠宮、あるいは悠仁親王が、事実上、皇太子の役割を担う場合も、現行法では内廷費の対象にはならないので、すべて皇族費でやりくりしなければならないという事態になるのだ。
・内廷費と皇族費は、いわば皇室のプライベートのお金だが、それとは別に、内廷諸費以外の宮廷諸費に充てるための「宮廷費」というものがある。宮内庁 が経理を担当する公金で、平成26年度の予算は55億6304万円。この宮廷費も、支出内容によっては、内廷皇族は使うことができる。たとえば、愛子内親 王の学費・教育費は、宮廷費から支出されている。
「将来の天皇なのだから、悠仁さまの学費もオモテの金である宮廷費から出しましょうという話があったんです。でも、これは実現せず、悠仁さまの学費は、従来どおり秋篠宮家の皇族費から出されたと聞いています」(宮内庁関係者)

■「次の天皇=皇太子」の違和感
・このように、皇太子の不在により多くの問題が噴出してくる。そもそもなぜこんなことになっているのか。 「今の皇室典範、皇室経済法という法律も、宮内庁という組織も、皇位は親子継承しか前提にしていない。だからこんな問題が生じてきたのです。確かに今までは親子継承が6代も続いてきた。しかし、そのほうが日本の歴史上から見れば珍しいのです」(前出・保阪氏)
・愛子内親王を皇太子とすれば、これらの問題は回避できる。けれども、この方法は無理だろうと言うのは、宮内庁担当記者だ。
「愛子さまを皇太子にするということは、『女系・女帝』を容認するということです。でも、これは国論を二分しかねない大変革で、宮内庁はもちろん、政府も手をつけたくないでしょう」
・では、どうすればいいのか。皇室典範にある皇太子の定義を変えるという案が、宮内庁でひそかに検討されているという。
「現行の第八条の条文を、『皇位継承順位第一位の皇族を皇太子とい う』に改正する方法があります。そうすれば、皇太子殿下が即位された時点で秋篠宮殿下は皇太子となります。皇太孫に関する部分を削除する必要はあります が、この皇太子の定義を変えるだけで、内廷費・皇族費のことや東宮職のことなどの問題は解決します」(前出・山下氏)
・だがそれでは、従来「天皇の息子」だったはずの皇太子に、「天皇の弟」がなっているという国民の違和感はぬぐい難い。
・宮内庁ははたしてどう考えているのか。
「代替わりの際に皇太子に当たる皇族がいなくなることについての見解」を質すと、以下のような回答があった。 「(代替わりとなった場合の秋篠宮の呼び名として)現在、『皇太弟』という制度はありません。 (将来の対策について)将来的に生じうる様々なケースを想定し、研究しておくことは有益であると考えております」
・前出・浅見氏は言う。 「皇室典範第三条には〈皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があ り、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる〉とあります。たとえば秋篠宮が皇 嗣となって10年、20年後に兄の天皇ともども老年に達した場合、皇位の安定のためにも壮年となった悠仁親王と皇位継承順位を取り替えてはどうか、という 意見が出てくるかもしれません」
・声を上げるとたちまち議論百出となるのが皇室問題。
冒頭の倉田氏は「皇位継承で一番大事なのは、波乱がないことだと思うんです」と案じている。おそらく宮内庁も、根回しをすすめながら、じっとタイミングを窺っているのだろう。
 ≪現代ビジネス>(オトナの生活>賢者の知恵「週刊現代」14年11月29日より)


 ≪ 岐路に立つ天皇家〜"菊のカーテン"の裏側で何が起きているのか
・なぜ、いま、このタイミングでの報道なのか。天皇の「本心」はどこにあるのか。御簾の向こう側で何が起こっているのか。そして、これからの皇室はどうなっていくか。国民の知りたい疑問に答える。

■NHKは誰に聞いたのか
・なぜ今、このタイミングだったのか。情報源はいったい、誰なのか。NHKが7月13日夕方に報じた天皇「生前退位」のスクープが様々な憶測を呼んでいる。 「特ダネをものにしたのは橋口和人宮内庁キャップです。10年以上、宮内庁を担当し、皇太子の子供の性別や、紀子妃のご懐妊などをスクープしてきました。特に侍医グループには深く食い込んでおり、『陛下の体温まで知る男』と呼ばれています」(全国紙宮内庁担当記者)
・御年82歳となった天皇の意向を受け、「生前退位」について宮内庁の幹部が検討を始めたのは、今年5月からのことだった。その内容は逐次、首相官邸の杉田和博官房副長官にも報告されていたという。
「NHKもこうした動きは察知し、実はもっと早い段階で一報を打てる状態ではあったのです。事前にNHKサイドが官邸に確認取材に走ったところ、検討しているのは事実だと内々に認めたものの、参院選と重なってしまうため、報道の時期の調整をできないか、と。 生前退位は皇室典範の改正なしには不可能ですが、皇室のあり方を見直す意味では憲法改正にもつながってきます。 改憲を目指す安倍政権にとってみれば、選挙期間中に改憲の議論が浮上し、世論に刺激を与えることは避けたかった。そんな政権の意向が反映され、報道が参院選後になったとも言われています」(自民党幹部)
・天皇の胸中を知りながら、報道各社は安倍政権の顔色を窺って、選挙を理由に報道を控えた可能性があるというのだ。
・天皇はこうした政権の先行きにこそ不安を抱いているのではないかと、宮内庁元幹部は推察する。
「天皇陛下は平和憲法の精神を遵守し、象徴天皇として国内外で慰霊の旅を続けて、平和を希求してこられました。天皇を『日本国の元首』にし、自衛隊を『国防軍』にするような自民党の憲法改正草案に危機感を抱かれたとしても不思議ではありません。 陛下が生前退位のご意向を側近に明らかにすることで、ご自身の立場を規定している憲法論議が活性化し、むしろ拙速な改憲論には歯止めがかかると、お考えになったのかもしれません」
・そもそも「生前退位」自体は今になって降って湧いた話ではない。数年前から天皇は皇太子と秋篠宮、時には美智子皇后を交えて、月に一度会合を持ち、その場でご自身の体調について相談されてきたという。
「5年前には秋篠宮殿下が天皇陛下の公務について『定年制というのは、やはり必要になってくると思います』と皇族として異例の発言をなさっています。 皇太子さまも『公務の負担軽減』について、『配慮がますます重要』と口にされている。'12年に心臓手術を受けられた頃から、宮内庁内でも公務を大幅に軽減しないといけないという声が強くなってきました。 ところが陛下は、ほとんど公務を軽減されませんでした。天皇というのはあくまでも公務が完璧にできてこそ天皇だというお考えがあるから、ご自身が高齢でできなくなったら、できる人が天皇になるべきだというお考えを持っているのだと思います」(皇室ジャーナリスト・久能靖氏)
 
■皇太子の還暦前に……
・皇太子も56歳。天皇が即位した時の年齢を超えた。このまま皇位の継承がなければ、即位するときの年齢は還暦を過ぎることも考えられる。
「天皇は即位してから国民に敬愛されるまで、何年もかかります。実際、今の天皇も何かと昭和天皇と比べられてご苦労されました。だから、少しでも早く即位して、実績を積み、尊敬される天皇になってほしいというお気持ちだと思います。 60歳を過ぎてからご公務を一から始めるのは大変です。世間では定年退職する年齢ですよ。せめて皇太子が60歳になる前に即位を、と天皇陛下はお考えになっているのかもしれません」(前出・宮内庁担当記者)
・象徴天皇は政治関与を制限されているため、法律の改正を伴う生前退位を自ら口にすることはできない。熟慮の末、ついに漏れ伝わってきた天皇のご意向。国民が天皇のあり方を考える時がやってきたのである。

■愛子天皇の可能性は?
・雅子妃の体調が、目に見えるように回復しているという。 ・前出の久能氏が言う。
「4月に行われた神武天皇式年祭で雅子さまは皇后陛下の御名代を務め られ、御拝礼の所作をこなされていたと出席していた人から聞きました。たしか7年ぶりですが、手順も間違えることなく完璧だった、と。それを考えると、雅 子さまなりに皇后になるお心構えはできていると思います」
・雅子妃が「適応障害」と診断されて12年。春の園遊会に出席したり、2週続けて地方公務に出かけたりと、このところ積極的に公務に携わっている。
「要因は天皇の生前退位のご意向ではないでしょうか。皇太子から雅子さまへも伝わっているはずですから。雅子さまの主治医も『環境が変われば体調は改善する』と侍医に漏らしています。皇后になることもまた、大いなる環境の変化と言えます」(宮内庁関係者)
・天皇の生前退位が行われるかは別としても、いずれ皇太子と雅子妃が天皇、皇后に即位する。議論となるのは、今年15歳になる愛子さまの今後だ。
・皇室典範は女性天皇を認めていないため、愛子さまに皇位継承権はなく、皇太子が天皇に即位すれば、皇位継承権第1位は秋篠宮に、第2位は悠仁さまとなる。
「雅子さまは外務省のキャリア官僚として働くキャリアウーマンでした。男女平等志向をお持ちなので、なぜ愛子さまが女性というだけで天皇になれないのかと疑問を抱くこともあるでしょう。 かつても女性天皇はいたわけですから、皇室典範を改正して、愛子さまを天皇にする方法を雅子さまが意識しているとしても、それは自然なことではないでしょうか」(前出とは別の宮内庁関係者)
・現行の規定のまま時が経ち、悠仁さまの時代になれば、皇族が悠仁さまとその家族だけになる事態も考えられる。
・そうなる前に皇室典範を改正し、女性宮家の創設を議論することは必要に違いない。
「(一般人を父とする)女系天皇まで容認すると、保守派から大きな反発が生まれるので議論は確実に紛糾しますが、女性天皇までは認めてもいいのではないでしょうか。愛子さまが天皇になれば、将来、悠仁さまとご結婚される方へのプレッシャーもいくばくかは和らぐでしょう。 天皇陛下が『数年内』の退位を漏らされたのは女性宮家の問題もあるのです。秋篠宮家の眞子さまは24歳で、年齢的にはご結婚されてもおかしくありません。そのため、女性宮家を創設して皇族として残すなら、早く決定しないといけないのです。 眞子さまがご結婚された後に法律が改正されて女性宮家の創設が容認されたら、眞子さまは一般人で、妹である佳子さまが皇族のままという事態になってしまいます」(前出・久能氏)
・悠仁さまお一人だけに皇位継承の重責を担わせるのはさすがに酷というもの。雅子妃が「愛子を天皇に」と考えているとしたら、それは皇室の未来のためには理に適った選択とも言えるのだ。

 ■天皇はとにかく激務
・天皇の仕事はとにかく激務だ。国会の召集や法律の公布、内閣から届く書類を決裁する「執務」といった「国事行為」に加え、さまざまな人に会う「拝謁」などがある。
「『執務』のお姿は国民の目には触れませんが、毎週火曜日と金曜日の定例閣議後にはその日のうちに内閣府から関係書類が届けられます。これはご静養中であろうと、国内にいらっしゃる限り届けられるものです。陛下は丁寧に目を通され、ご署名などをされます。 春と秋の叙勲の時期には数千人分の名簿も届き、陛下はこれにもすべて目を通されています。陛下が外国ご訪問中やご入院中などの場合は、皇太子殿下が臨時代行としてこれに当たります」(元宮内庁職員・山下晋司氏)
・地方訪問を含む「行幸啓」も重要な公務の一つだ。新幹線で地方を訪れる際、天皇は一編成全車両を借りきって移動する。一方、皇太子は3両。ちなみに宮家は数席を押さえるだけで、一般の乗客と同じ車両で移動する。
「外国を公式訪問される時は、天皇陛下も皇太子殿下も通常は政府専用 機をお使いになります。ただ、訪問国での待遇は当然違います。天皇陛下は『国賓』で、皇太子殿下は『公賓』といえるでしょう。たとえば、各国の元首など、 賓客が一堂に会する場なら天皇陛下はかなり上席になりますが、皇太子殿下ですと各国元首の下になります。 普段のお食事内容に違いはありません。御料牧場の生産品は、天皇陛下にも皇太子殿下にも同じようにお渡ししています」(前出・山下氏)
・下世話な話だが、おカネについてはどうだろうか。天皇家には現在、プライベートに使える「内廷費」として、毎年3億2400万円が支出されている。これは皇太子夫妻、愛子さまも含めた金額だ。
・一方、宮家皇族である秋篠宮家には「皇族費」として6710万円が支出されている。天皇が生前退位したとしても、現在の皇室典範では秋篠宮を皇太子とする規定がないため、現状では秋篠宮家に支出される金額はこのままだという。
「秋篠宮家、とくに紀子さまが周囲にお漏らしになられているのが、おカネの問題です。後々天皇をお継ぎになる可能性もある秋篠宮さま、さらに悠仁さまに帝王学を教育されるには、いまの皇族費では賄いきれないというのです。 そこで、生前退位に付随して進められる皇室典範の改正で『皇太弟』のポストを新設するなりしてもらい、予算を皇族費から内廷費に切り替えてもらい、立場に見合った金額を支出して欲しいとお望みのようです」(宮内庁担当記者)
・予算や扱いの面で、天皇は皇太子とも大きく異なる唯一無二の存在だ。その分、公務は極めて厳しい。体力、気力がなければ、とても天皇としての重責は果たせない。
≪現代ビジネス>(オトナの生活>賢者の知恵「週刊現代」16年8月6日号より)

象徴天皇という物語 (ちくま学芸文庫)
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天皇論 象徴天皇制度と日本の来歴 (文春学藝ライブラリー)
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●コラム紹介と書籍紹介(1)“日銀、悪夢から抜け出せ!”

2016年08月06日 | 日記
中央銀行が終わる日: ビットコインと通貨の未来 (新潮選書)
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新潮社

 

リフレはヤバい (ディスカヴァー携書)
小幡 績
ディスカヴァー・トゥエンティワン


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●コラム紹介と書籍紹介(1)“日銀、悪夢から抜け出せ!”

 夏本番を迎え、心機一転、blogにも力入れようかと思うのだが、脱力感は、容易に癒えそうもない。永遠に、戻らない可能性もありそうだが、時には、コラムを書きたい気分になることもあるだろうから、暫くは、目についた、ひとさまのコラム紹介と、関連書籍の紹介を中心にブログは続ける。

 無論、どうしても、言わなければならない、政治経済外交等々が発生するたびに、今まで通り書くつもりだ。今後は、一生仕事と云うのは大袈裟だが、民主主義と資本主義の機能不全を迎えた21世紀、どのような変化が望ましいのか、グローバル世界と日本と云う立ち位置で、電子書籍の執筆に、多くの時間を費やす予定でいる。既存の政党や政治勢力は、立場主義的であり、民主主義のジレンマ、ポピュリズムから解放される時はないであろう。

 つまり、魂であるとか、思想・哲学・歴史の領域に一歩も踏み入ることは出来ず、表層的些末な差異に、口角泡を飛ばす茶番から、一歩抜け出した立場で、情報を発信したい心境だ。無論、市井のブロガーに過ぎない筆者の器量では、確たるものにまで到達できるかどうか不明だ。ただ、「あいば達也」と云うブロガーが居たねと忘れられない範囲で、情報は発信していきたい。引用コラムに、時には、コメントを一定の範囲で書くこともある。


≪ 手詰まりの日銀に求めたい「撤退する勇気」
 黒田日銀総裁の記者会見に出席し「この人はやっぱり大蔵省の人」とつくづく思った。市場は政策でなんとでもなる、と思っているのが大蔵官僚の特徴だった。財政・税政を握り、権力で経済は動かせるという自負心で彼らは失敗した。
 市場は権力の都合では動かない。物価上昇は目標に届かず、株は上がらず、為替も円高に振れる。それでも黒田総裁はまだ「なんとかなる」と思ってい るようだ。経済対策を練る首相側近も似たような感覚のようだ。総事業費28兆円。大型景気対策を打てば、株価が上がると信じているのか。
 市場の反応は真逆だった。国債は売られ、長期金利が急上昇した。市場は、金融と財政が「緩む」ことを期待しながら、「非常識はいつまでも続かない」と心配する。満ちる月はやがて欠ける。投資家は「この先」を恐れている。
 第4次金融緩和と28兆円経済対策が並んだタイミングで起きた異変は、動揺する投資家心理を映し出ている。市場のシグナルは「国債バブル終焉の予兆」と受け止めるべきだろう。

 ■国債価格・金利に異変 お上が支える歪んだ市場
 4次緩和を決めた日銀の金融政策決定会合は29日金曜日。決定が伝わると株価は乱高下した。「国債買い入れ増額なし、マイナス金利の深堀りもな し」。期待外れの内容に売りが殺到。日経平均は大きく値を下げた。ところが、予想外の「ETFの買い入れ倍増」が伝えられると、株の買い戻しが起こった。 ジェットコースターのような値動きに株式市場は湧いたが、不気味な動きは週明けの債券相場で始まった。
 日銀のマイナス金利で、どんどん下がっていた長期金利(指標になる10年国債の流通利回り)が上昇に転じたのである(国債価格は下落)。「期待し た国債買い入れ増額がなかったことの反動」と見られたが、その程度では止まらず、売りが売りを呼んだ。決定会合の前日には-0.29%まで下がっていた金 利が、経済対策が発表された2日には0.06%まで上がったのである。
 市場関係者に聞くと「株に例えれば2日で日経平均が1000円下がったような衝撃」という。
 英国がEUからの離脱を決め危うさを増す世界で、日本国債は「安全資産」と見られていた。1000兆円を超える政府の借金で格付けは下がり、中国や韓国の国債よりランクが低い日本国債だが、世界の投資家の眼には「安定した投資先」に映る。
 日銀が年間80兆円の勢いで市場から買いまくり、円安も一服しているので国債は安定感がある。長期的に不安材料はあっても、短期的にはおカネの置き場として安心できる、というのだ。背景にあるのが日本国債を巡る特殊な事情だ。
 政府が国債でカネを集めると民間に流れる資金が圧迫され、金利が上昇する。それが普通の経済だ。国債を乱発すれば金利が上がり利払いが膨らんで、発行はおのずと抑制される。市場には自己調整機能があるとされてきた。
 借り換えも含めると年間200兆円もの国債が発行されながら金利が上がらない。危険信号が灯らない日本の珍現象は、専門家の間で「国債バブル」と呼ばれてきた。
 日銀が市場からどんどん国債を吸い上げ、日銀マネーを流し込むので、政府が国債を乱発しても金利は上がらないのである。市場の調整機能は働かず、警報が鳴らない。日銀の金融政策によって回路が切断されている。  困ったことだが、財政には居心地がいい。1000兆円を超える借金の金利負担はチョー軽い。マイナス金利なら得までする。借り手を甘やかす金利環境は財政規律を弛緩させ、政府を覚せい剤をやめられないシャブ中毒者のようにしてしまった。
 28兆円に膨らんだ経済対策は「赤字国債に頼らない」というが、事業規模を膨らます切り札は財政投融資。かつて郵便貯金が原資だった財投は、郵政 民営化で郵貯に頼れなくなった。代わって財投債という名の国債で資金を集めている。つまり財投で経済対策、というのは国債で公共事業をすることでもある。 これに市場は金利上昇で応えた。「この先」への懸念である。

 ■証券会社出身の委員2人が反対 なりふり構わぬ株価対策
 異変は政策決定会合でも起きていた。「ETFの買い増し」に2人の委員が反対した。佐藤健裕委員は「6兆円の買い入れは過大。市場の価格形成や日 銀財務の健全性に悪影響を及ぼす」と主張。木内登英委員は、日銀財務の不健全に加え「株式市場のボラティリティーを高める。株価を目標にしているとの誤ったメッセージになる」と強く反対した。
 二人とも証券会社のエコノミストから政策審議員に登用された民間委員である。市場の声の代弁者ともいえるが、その前に「ETF買い上げ」について説明しよう。
 ETFは株式を組み込んだ投資信託である。日経平均や東証株式指数(TOPIX)などと同じ値動きをするように構成する銘柄を組み込んでいるの で、投資家はたとえば日経平均を買う気分でETFに投資ができる。日銀は金融の量的緩和策の一環としてETFを市場から買っている。これまでは年間3.3 兆円だった。今回は買い入れ額を6兆円に拡大してETFを買い上げて日銀マネーを市場に流す、というのは口実で、実態は「株価の買い支え」である。ETF を買えば組み込まれている指標銘柄の株式を日銀が買っているのと同じ効果がある。6兆円ものカネで日経平均やTOPIXを底上げする。市場介入である。
 外国為替市場での介入は、政府がドル買い・円売りをして円安に誘導する。米国では日本の介入に「公正な相場形成を歪める」と批判が高まっている。相場はなかなか政府の意のままには動かない。強引にやれば「アンフェア」と批判される。それが市場だ。
 二人の委員が指摘するようにETFの買い上げは市場の価格形成を歪める恐れがある。3.3兆円でも「池のクジラ」と言われていたのをさらに倍増し6兆円にする。「なりふり構わぬ株価対策」と市場は反応した。
 株価は、企業の業績や将来性を示すもので、高ければいい、ということではない。業績が悪くても政府の都合で価格が上がるなら、「株価は企業の体温計」の機能を失い、投資家は業績より政府の動向を見るようになる。
 木内委員は「誤ったメッセージ」と言うが遠慮した表現だ。政府には株価の誘導目標があると疑われても仕方ない政策である。日経平均が下がると ETFの注文が日銀から証券会社に入る。防衛ラインを割らせない、という政府の意思を関係者は感じ取り、市場に広がる。不明朗な株価操作の臭いが濃厚に漂 う。  アベノミクスは株高で人気を得た。金融緩和で株式市場にカネが流れ込み株価を押し上げた。円安で輸出企業が儲かり株が上がる。緩和―円安―株高― 支持上昇という好循環が安倍政権を支えた。支持率に欠くことができない株価を維持するため市場介入までありという政策の総動員に、証券会社をバックにした 審議員から批判が上がった。
 政府・日銀・証券会社はアベノミクス推進では同じ方向を向いていた。審議委員会で発せられた異論は、内部崩壊へとつながる小さなひび割れかもしれない。

 ■政権維持のための政策総動員に 民間から批判・不満が続出
 三菱東京UFJ銀行が国債売買で優先的地が与えられるプライマリーディーラーから離脱したことも、政策への異議申し立てだ。マイナス金利の導入で 銀行は経営が苦しくなった。日銀は「金利全体が下がり企業や個人が資金を借りやすくなった」と自賛するが、銀行は預金金利をマイナスにはできない。ほぼゼ ロ金利に近いところまで下がっているのに、住宅ローンや貸し出しの金利が下がり利ザヤ圧縮が経営に響く。国債で資金を運用してきた銀行はマイナス金利に泣いている。 「金融機関のために金融政策があるのではない」という黒田総裁の発言に金融界は冷ややだ。「民間金融を痛めてまで進める政策に展望があるのか」というのである。
 三菱の離脱も、審議員の反対論も、日銀と業界に生じたひび割れから噴き出た。金融常識を踏み越えた異次元緩和が行き着いた先がマイナス金利であり、ETFの買い増しという市場介入。
 そして国債の増発を伴う大型補正。無理の上に無理を重ねるアベノミクスの加速に、「次があるとしたらヘリコプタ―マネー」といわれるほどアベノミクスは追い込まれている。
 業者である銀行・証券は、お上である政府・日銀には付き従うが、面従腹背の腹に不満のガスが充満している。

■物価上昇を非常識な金融手法で 達成しようとした根本的な誤り
 日銀も政策転換を模索せざるをえない。2013年4月に公約した「2年後に物価上昇率2%達成」は果たせず、先送りした2016年度中にという約束も絶望視されている。
 黒田総裁は会見で「次回9月の会合で、これまでの金融政策について総括的な検証を行う」と述べた。  湯水のように日銀マネーを投入しているのに物価が上がらないのはなぜか、徹底的に検証するという。2%の物価目標をできるだけ早期に実現する観点からの検証だという。
 無理な目標に固執して危ない政策を重ねるのでは日銀の信認に傷がつく。「2%は果たします」と言いながら目標時期を曖昧にする理屈付けを考えるのが狙い、と関係者は教えてくれた。誇り高い日銀らしいやり方だが、根本から違っている。
 インフレ期待に働きかけて物価を上昇させる、という政策に無理があった。通貨をじゃんじゃん発行すれば、これからはインフレだ、という思惑が広がり、人々はわれ先にカネを遣うから物価が上がる、という理屈に乗った金融政策が間違っていた。
 高度成長期ならありえたかもしれない。低成長のなかで貧富の差が広がり、多くの人は将来への不安を抱え、気前よく消費などできない。企業は縮む国内市場より成長性が期待できる海外に投資する。
 大胆な金融緩和がインフレ期待を起こせると考えたのが見当違いだった。物価上昇を目的にしたもの間違いだ。政策で物価を操れると考えたことにも無理があった。 「徹底検証」というなら「2%物価上昇を非常識な金融手法で達成する」という目標の妥当性こそ検証すべきだろう。
 非常識な金融緩和の結果、政府が発行する国債の3分の1も日銀が買い集めてしまった。政府の借金を、日銀がお札を刷って埋める「財政ファイナンス」が始まっている。
 誤った道からどうやって安全に抜け出すか。出口探しこそ日銀の課題だ。求められるのは「撤退する勇気」である。
 ≫(ダイアモンドONLINE>経済・時事>山田厚史の「世界かわら版」)


 ★用語解説【ヘリコプター・マネー】
≪マイナス金利の比にならないほどの劇薬!? ヘリコプター・マネーとは?  最近、ヘリコプター・マネーという言葉が話題になっています。文字通りヘリコプターからお金をばらまくという政策です。もちろん、実際に人がヘリコプターからお札を落とすわけではありませんが、端的に表現すればお金を無料で配布するという政策です。
 一見すると、非現実的な馬鹿げた議論に思えるかもしれませんが、これは事実として、最近活発に議論されています。こうした議論が盛り上がっていることを認識しておくべきでしょう。第一生命経済研究所の藤代宏一さんが解説します。

■現在の日本の政策はどうなっている?
 この政策は金融政策と財政政策をミックスした最終進化形の政策で、マイナス金利の比にならないくらいの劇薬ですが、それだけあってその効果と副作用も凄そうです。
 そこで、まずは現在の日本で採られている政策をおさらいしましょう。日銀は2013年以降、量的・質的金融緩和(QQE)という政策を採用していますが、実はそれ以前の10年から「包括緩和政策」と呼ばれる、現在の枠組みと似たような金融緩和策を推し進めてきました。いずれも軸となるのは国債の購入で、これは連邦準備制度理事会(FRB)のQE(09年から14年まで3度にわたって実施)や欧州中央銀行(ECB)のそれとほぼ同様の手法です。
 この国債購入は、民間銀行が保有する国債を中央銀行が(基本的に民間銀行にとって有利な条件で)買い取るというもので、その代金の支払いのことが 「中央銀行の資金供給」と表現されています。ただ、筆者は「中央銀行がジャブジャブに資金供給をして……」という誰もが一度は耳にしたことがあるこの表現に違和感を覚えます。これだと、あたかも日銀が無料で民間銀行にお金を渡しているような誤解を与えるからです。ジャブジャブといっても、それは単に国債の売却代金を受け取っているのに過ぎないのです。

■政府が無料でお金をばらまく? 問題はないのか
 その点、ヘリコプター・マネーの考え方は豪快です。国債などの対価を受け取ることなく、本当に無料でお金をくれます。実行するのは政府、それを側面支援するのが中央銀行です。
 まず、政府は国民に“究極のばらまき”を施します。それが、「地域振興券」、「子ども手当」、「介護手当」、「○○給付金」なのか、具体的な手段 はわかりませんが、とにかく現金同等物を大規模に国民に行き渡らせます。突然、現金がふところに入れば人々はそれを消費に回すと考えられるため、経済活動が活発化します。消費の活性化によって景気がよくなることや、おカネの総量が増えることで金額ベースの経済規模が嵩上げされ、物価が上昇し易くなります。 従来型の金融・財政政策を総動員しても困難であったデフレ脱却が、いとも簡単に成し遂げられるというわけです。
 しかしながら、問題となるのはその財源と将来の返済です。そこで中央銀行である日銀の出番です。中央銀行は政府が発行した赤字国債を満期、あるいは永久に保有する前提で買い取ると約束することで、政府による(理論上は)無限の赤字国債発行を可能にさせます。
 これを大規模かつ継続的に実施するとアナウンスするのです。要するに返済の必要のないおカネを大量に発行・配布するのです。ちなみに、このような 政府と日銀の関係は、戦時中に酷似しています。戦費を調達したい政府が日銀に国債を引き受けさせ、日銀を“打ち出の小槌”として活用したのです。その成れの果てが戦後の物価急上昇でした。

*筆者注:ハイパー的インフレ。預金価値も半減する。

  このように政府と日銀が癒着すると、歯止めがきかなくなるとの反省から、現在、日銀は政府から独立しています。なお、ヘリコプター・マネーの類義語として財政ファイナンス、マネタイゼーションという言葉がありますが、どれもほとんど似たような意味です。 さて、話を戻します。多額の現金が配られたら、何が起こるでしょうか? 予想される望ましい効果は上述したとおり経済が活発化して物価が上昇するほか、おカネの価値が(適度に)下落するため、インフレ率が上昇しやすくなることです。
 反対におそろしいのは、政府・日銀に対する信用が失われ、円の通貨価値が暴落するなど、経済的混乱に陥ることです。お札という紙切れに価値がある と人々が信じるのは、政府と日銀の後ろ盾があるからです。政府・中央銀行の信用が失われた戦後の日本、90年代後半のアジア(通貨危機)、最近のアルゼンチン、ベネズエラ、ジンバブエなどでは通貨価値が安定せず、経済が大混乱に見舞われました。このことを再認識する必要があるでしょう。

■なぜ最近、ヘリコプター・マネーの議論が活発化しているのか
 最後に、なぜ最近になってヘリコプター・マネーの議論が活発化しているかというと、その背景に「金融政策の限界論」があります。16年入り後は、日銀のみならず、ECBなど先進国の中央銀行が金融緩和を強化しましたが、景気は思うように回復せず、物価も勢いがありません。
 そこで思い出されたのが、2年前までFRB議長を務めていたバーナンキ氏が、かつて言及したヘリコプター・マネー政策です。同氏は「ヘリコプター・ベン」とのあだ名があるとおり、従来からこの政策に肯定的な見方を示していました(回顧録で本人は一部否定していますが)。
 中央銀行に“打つ手なし”との諦めムードが広がりつつある今、発表当時はかなり奇抜な意見として処理されてきたこの政策が再び脚光を浴びたというわけです。 (第一生命経済研究所・主任エコノミスト 藤代宏一)
※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ず るに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載 された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 
 ≫(The PAGE)

超金融緩和からの脱却
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●安倍内閣の顔ぶれを眺め “和を以て貴しとなす”遠方へ

2016年08月04日 | 日記
異端の人間学 (幻冬舎新書)
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●安倍内閣の顔ぶれを眺め “和を以て貴しとなす”遠方へ

 今夜は、時間がないので、安倍内閣、“おまえのカアチャン出臍”と悪くちにもならない悪たれついて、終わりにする。どうでも良い陣笠議員も入閣したようだが、喧嘩腰な人物も入閣したし、オベンチャラのおぼえ目出度き連中も入閣したようだ。全体的には、経済対策や一億総活躍社会に照準があっている内閣改造だと云う印象はない。どちらかと言えば、国家主義的改憲に向けて、陣容を整えたように思える。世代的には安倍シンパの重鎮重視も垣間見え、陣笠以外、次なる内閣改造のポストは空いていないようだ。

 このぶんだと、年内解散の目は遠ざかった印象がある。菅義偉官房長官ら主要閣僚を留任。2年後に控える首相の党総裁任期の延長を主張する二階俊博を幹事長に据えた。衆参両院で単独過半数を握るだけに、官邸主導政治に磨きがかかると見られる。「アベノミクス」や「憲法改正の議論」を進める腹積もりだ。麻生太郎副総理兼財務相、岸田文雄外相ら内政・外交の要、8閣僚を留任させた。

 党内バランスと安倍カラーを縦横無尽に繰り出し、日本破滅の道へ急加速で侵入してゆく内閣の姿が目に浮かぶ。まあ、愚民民主主義国家なのだから、何を語ろうが、唇寒しである。当面は、安倍内閣、小池都知事、どちらも、正体がどう云う形で、いつ馬脚をあらわすのか、静かに眺めておくしかなさそうだ。内閣改造が賑々しく認証式を迎えた日、東証株価が大きく下げたことが、僅かに庶民の溜飲を下げただけだ。「最優先課題は経済」、「デフレからの脱出速度を最大限まで引き上げる」と嘯いているが、これも言葉だけだと、市場に見限られている。

 しばらくは、本気で政治のことを考えていても、あまり意味はなさそうだ。社会時事等々に目を向ける、いい機会かもしれないとも思う。そんな矢先、以下のコラムに出会った。本川氏の解釈部分は参考にならないが、データを見ながら、自分なりの日本人の宗教観など、解釈を加えるのも面白そうだ。このコラムのデータからも、想像以上に、日本人がいい加減と云うか、融通無碍な民族であるか、考えさせられる。かなりの利己主義者のようだが、本音と建て前の使いわけでは、天才的かもしれない(笑)。皆さまも、自分なりに解釈してみると面白いでしょう。

 ≪ 日本人の宗教観は奇妙か、それとも他国が奇妙なのか
■宗教の意義は「死後」か「現世」か
 日本人が当たり前と思っている考え方が、世界では「不思議で奇妙」と思われることが多い。特に宗教に関してはこれが当てはまるようだ。今回は、国際比較調査のデータからこの点について触れたい。
 世界各国の人々の意識や考え方について、昔は、文献や海外での個人的な交流から推察するだけで直接は知ることはできなかったが、今は、共通の調査 票で各国研究機関が行う共同調査の結果によって直に知ることができるようになった。望遠鏡や電話の発明といったものと同じく、人類の進歩の1項目として特筆すべきことだと思う。
 こうした共同調査の代表的なものとしては、世界価値観調査とISSP調査が挙げられる。両方ともすべてのデータがインターネットで公開されている。
 欧米で提唱されて始まったこうした調査には、多くの宗教関連の設問が設けられている。日本と違い、宗教への関心が高いからだろう。当初は、神を信 じていますかとか、どんな宗教を信じていますかといったベーシックな設問が主だったが、最近では、宗教観の内容をいろいろな角度から尋ねる設問も行われるようになっている。
 まず、2010年から数年にわたり実施された最新の世界価値観調査から、宗教の基本的な意義は「死後の意味づけ」なのか「現世の意味づけ」なのかを問うた設問の回答を見てみよう。

◆図1 宗教の意義は「死後」か「現世か」(2010年期60ヵ国)
 




 日本人の回答では、宗教の基本的意義として「死後を意味あるものにすること」と答えた人は、9.7%と1割に満たず、世界60ヵ国で最も少ない点が印象的である。それでは「現世を意味あるものにすること」が多いかというと、回答率は47.7%と死後に比べれば多いが、他国と比較してそれほど多いわけではない。
残りは「分からない」や「無回答」であり、日本人の場合、こういう訊き方をされても困るという反応であるかのようだ。中国やシンガポールといった国でも同様の傾向があり、儒教国としての宗教観が影響している可能性がある。
 他方、日本人とは正反対に、「死後を意味あるものにすること」の回答率が高いのはイスラム教国の国民である。最も回答率が高いパキスタンでは何と8割がそう考えているのだから少しおどろく。イスラム教国の多くでは4割以上の国民がそう考えている。
 近年、世界各国でIS(イスラム国)を中心としたイスラム過激派の自爆テロにより多くの命が失われている。自爆攻撃という点では、第2次世界大戦 中の日本のカミカゼ攻撃が連想されることもあるが、最近のイスラム過激派の自爆テロは、聖なる戦いであるジハードで戦死した者は、この世の終わりに最後の審判がなされ、天国で処女たちに囲まれて夢のような暮らしを送ることになるいうイスラムの考え方に基づいていると思われる点で、特段、宗教的な意味づけはなかったカミカゼ攻撃とは異なっている。図に見られるようなイスラム教国における「死後」の位置づけの大きさを知らないと、自爆するテロリストたちの心情は理解しがたいのではなかろうか。
 なお、欧米主要国では、日本とイスラム教国の中間の考え方となっており、キリスト教の影響が大きい米国は「死後を意味づけるもの」という考え方も根強いが、その他では、どちらかというと「現世を意味づけるもの」として宗教を捉える傾向が強いことが分かる。

 ■神を信じるでもなく信じないでもない日本人
 ISSP調査は、5年おきの世界価値観調査と異なり、毎年、テーマを変えて実施されている。宗教をテーマにした2008年のISSP調査では、神についての日ごろの考えについて、かなりバラエティに富んだ回答選択肢を用意して調査が行われた。

◆図2 神についての考えの国際比較(2008年)


 


 回答結果のグラフを見ると、(6)と答えた者、すなわち、神が存在すると知り、神の存在を疑わない者は、対象国中唯一のイスラム国であるトルコで最も多くなっている(93.1%)。トルコ以外のイスラム教国でも似たパターンだと想像できる。この他、80%以上がそう思っている国は、ベネズエラ、ドミニカ共和国、フィリピン、チリといった途上国のカトリック国である。
 G7諸国の中では米国で(6)の割合が特段に高く(61.3%)、2番目に高いイタリア(42.9%)を大きく凌駕している。主要先進国のなかではやはり米国は神の国であることが確認できる。日本を別にするとフランスが最も低い(17.5%)。
 グラフを見ると、下からロシア、台湾まで、すなわち約半分ぐらいの国までは、(6)の堅固な信仰が低まるにつれて(5)の疑いつつも信じるという 回答が多くなることが分かる。(6)から(5)へシフトしながらだんだんと宗教性が弱まっていく様子がうかがえる。それ以降の国となるとほぼ(5)と (6)が両方少なくなっていく。
 神を信じる者が少ない方では日本が4.4%と最も少ないが、これに、スウェーデン、チェコ、デンマーク、ノルウェー、ベルギー、フランスといった北欧その他の国が続いている。表のように、旧社会主義国のチェコ、世俗主義の元祖フランス、およびドイツでは、(1)、すなわち積極的に神の非存在を断言する回答が他の選択肢を上回っており、脱宗教の旗幟を鮮明にしている。

◆表1 選択肢の中で各選択肢の回答率が首位の国 





 日本人の回答のうちで最も多かったのは、(4)の「神の存在を信じる時もあるし、信じない時もある」の32.2%であり、これが選択肢の中で最も多かったのは日本だけである。また、この回答率は2番目に値の高かったハンガリー(19.2%)を大きく凌駕している。神の存在は証明できないとする (2)の選択肢も日本が一番多いが、こちらの方は2位以下とそれほど離れていない。これらから(4)の回答率の高さが日本の最大の特徴点であるといえよ う。
 すなわち、日本人は、神の存在は分からない(証明できない)から信じないという合理的な考えをもっているというよりは、むしろ、気分によって信じ るときも信じないときもある以上、存在するとは言い切れない、としているだけなのである。存在か無かという普通はどちらかに決めるしかないようなことでも、場合によっては、どちらでもよいとしていて構わないと考える点が日本人の特徴なのである。
 神仏については、はっきりさせることもないとする精神性は、日本では古来のものらしい。吉田兼好は「徒然草」で次のように言っている。 “世に言い伝えていることは、真実では興味のないものなのか多くはみな虚言(そらごと)である。(中略)ともかくも嘘の多い世の中である。それ故、人があまり珍奇なことを言ったら、いつもほんとうは格別珍しくもない普通の事に直して心得てさえおけばまちがいはないのである。下賤な人間の話は耳を 驚かすものばかりである。りっぱな人は奇態なことは言わない。こうはいうものの、神仏の奇跡や、高僧の伝記などを、そんなふうに信じてはいけないというのとは違う。これらは、世俗の嘘を本気で信じるのも間抜けだが、まさかそんな事実はあるまいと争論したとてはじまらないから、だいたいはほんとうのこととして相手になっておいて、むやみに迷信したり、またむやみに疑い嘲ったりしたりしてはならない(73段)。”  前半は、中世でも現代でも同じなのかとびっくりしたのでやや長く引用したが、後半で神仏については単純に信じてもいけないし、だからといって嘘と 決めつけてもいけないとしている点に引用の趣旨がある。なお、引用文は、日本文学全集5(河出書房新社、1960年)における佐藤春夫の現代語訳である。

■日本人は宗教心の薄い国民なのか?
 これまでに見てきたように、日本人は、死後や現世、特に死後を意味づけるものとして宗教を考えていない。また、神に対する認識が、気分的、懐疑 的、あるいは曖昧であり、また、それでよしとしている。それでは日本人は非宗教的な国民なのだろうか。そうともいえないという点を次に見てみよう。
 まず、日本人の宗教心は、近年、高まっていきつつあるのだろうか、それとも衰えていきつつあるのだろうか。これについて、5年おきに同じ設問の意識調査を長期的に継続実施している統計数理研究所の調査結果を見てみよう。宗教心に関しては2つの設問が主なものである。すなわち、「あなたは、何か信仰とか信心とかを持っていますか?」と「それでは、いままでの宗教にはかかわりなく、『宗教的な心』というものを、大切だと思いますか、それとも大切だとは思いませんか?」である。

◆図3 日本人の宗教心の推移


 


 結果は、「信仰や信心をもっている」はほぼ3割前後、「宗教的な心は大切」はこれを大きく上回る7割前後であり、両方とも、ほぼ横ばいか、やや低 下気味の推移といえよう。大きな変化が起っているようには見えない。宗教心については年齢とともに高まる加齢効果があるので、高齢者比率の増加により回答が上支えされているのは確かであるが、戦後いろいろな面で大きく変わった日本人の意識の中では、あまり変わらない項目と考えることができる。
「信仰や信心をもっている」より「もっていない」人が多い、すなわち無宗教の人が多いにもかかわらず、宗教心は大切にするのがどうやら日本人の不変の考え方のようである。
 こうした日本人の考え方は諸外国と比較して特殊なのだろうか、それともよくあるパターンなのであろうか。この調査を継続実施している統計数理研究 所では、この点を確かめるため、これと全く同じ設問を含んだ国際調査をみずから実施した。その結果を、次に、相関図であらわした。

◆図4 無宗教だが宗教心は大切にする日本人 





 X軸に「信仰や信心をもっている」の比率(すなわち無宗教の者が多いかどうかの比率)、Y軸に「宗教的な心は大切」の比率をとってみると、両者 は、ほぼパラレルだということが分かる。無宗教の者が少ないイタリアやインドのような国では宗教心は大切だと考えているし、逆に、中国の北京や上海、あるいは欧米の中ではオーストラリアやオランダのような無宗教の者が多い国や地域では、宗教心もそれほど大切とは思われていない。
 これが世界標準の宗教に関する枠組みである。ところが、日本はかなり変わっている。無宗教の者が多い割には、宗教心を大切にする者がやけに多いのである。日本人は宗教を捉えるフレームワーク自体が他国と異なっているともいえる。
 これを、信仰や信心とまではいえない山川草木や神社などに対するアニミズム的な宗教心が強いからと考えるか、あるいは、キリスト教、イスラム教、仏教といった教義宗教を嫌う気質があるからと考えるかは、見方次第であろう。
*注:アニミズムは、日本語で言えば、原始的宗教心・霊魂

■日本人からみると他国の宗教観のほうが奇妙?
 先に掲げた2008年のISSP調査では、日本人の場合、祖先の霊的な力への感受性が先進国では普通見られないほど非常に高いという結果も出ており、確かに、日本人は土俗信仰的な宗教心が強いと言える。他方、日本の歴史をさかのぼり、外来宗教を在来宗教と調和させた空海以来の「神仏混淆」の考え方を自然に受け入れてきたことを振り返ると日本人の教義へのこだわりのなさがうかがえる。
 統計数理研究所の所長として一連の調査を企画実施した統計学者の林知己夫は、こうした日本人の考え方から、仏教を排斥しようとする廃仏毀釈が国内 で広まらず、またキリスト教など自分たちと違うものを排斥する教義をもつ排他的な宗教が国内で広まらなかったと考えた(『数字からみた日本人のこころ』 [林知己夫・1995年・徳間書店]、p.72~73)。外来宗教の受容における脱教義的志向が、結果として、土俗的信仰心を保持し続ける結果につながっ たとも考えられる。
 なお、相関図をよく見ると日本の位置と近いのは、韓国、香港、台湾である。孔子は論語の中で「怪力乱神を語らず」、「鬼神を敬して之れを遠ざく」 と言っている。ここで鬼神とは「先祖の霊」のことである。神仏や霊的存在については否定はしないが一定の距離を置くというのが儒教の教えであり、日本を含めて儒教国ではこの教えが影響している側面もあろう。江戸期の儒学者荻生徂徠は、中国では宋の時代に孔子の言を曲解して鬼神を否定してしまったと怒っている。信じられない(不信)が信じない(否定)にまで及びがちなことは、上述の神に関する考え方についてのフランス、ドイツの例と同じである。
 これまでのように国際比較調査のデータで日本とその他の国の意識の差の大きさを見てくると、おそらく、日本人の宗教的感覚は世界の中でとても奇妙と思われているはずだと理解できる。しかし、日本人からすれば、世界各国人の宗教観の方が奇妙である。
 神の存在について親族や仲間の皆がそうだと言っているからといってストレートに信じている方が変なのではなかろうか。かといって反対に、一部の先 進国のように神は存在していないと断定するのも大人気ない。存在を証明できないだけでなく非存在も証明できないのだから無理に存在しないと断定することもないのである。
 超越的なものへの畏れを抱きながら、宗教心を忘れず、さまざまな宗教を信じる者どうしが(宗教を信じない者も含めて)、教義を相互にたたかわせる のではなく、相互の宗教精神そのものに対して敬意を払いながら、聖徳太子が言ったように「和をもって尊しとなす」の方針で付き合っていくことが重要だと日本人は考えているのではなかろうか。
 こうした宗教的態度は、一朝一夕で形成されたものではなく、日本の長い歴史の中で繰り返された生活の知恵の蓄積によって獲得されたものだと信じ る。そうであるならば、奇妙とも思える日本人の宗教的態度が世界各民族の宗教対立の融和に、かえって役立つと考えてもよいのではなかろうか。
 ≫(ダイアモンドONLINE>経済・時事>本川裕の社会実情データ・エッセイ)

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●現状の民進党に期待すべきものはない 目糞鼻糞既得権内の争い

2016年08月03日 | 日記
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●現状の民進党に期待すべきものはない 目糞鼻糞既得権内の争い

 以下は、少々刺激的な小林よしのり氏の「民進党」への叱咤激励文か、同党右派勢力へのメッセージなのか。まあ、現在の民進党の一側面を捉えた檄文と受けとめることは出来る。今夜は、このブログを触媒として、現民進党と云う政党について考えてみようと思う。筆者にとって、現在の民進党と云う政党は、嘗ての鳩山・小沢の「民主党」ではないのだから、半ば、どうでも良い政党に過ぎないが、痩せても枯れても“野党第一党”なのだから、“対与党”と云う意味では、無視も出来ない。そう云う意味の興味である。先ずは、以下の小林よしのり氏のブログを読んでもらおう。

≪ 民進党は改憲草案を作れ
参院選は自民党が勝ち、改憲勢力が3分の2に達した。
あまりにも予想通りの結果である。
ただ、意外だったのは若者の4割が自民党に投票した ということだ。
マスコミが虚像を膨らませたシールズ・ブームが 完全に否定された。
若者はシールズにむしろ反発を覚えていたようだ。
それが分かったことは大収穫で、嬉しい誤算だった。
シールズを政治利用した民進党が議席を減らしたことも 喜ばしいことだ。
わしは安倍政権支持ではない。
だが、民進党が「護憲政党」になってしまい、退行して 「社会党化」したことが一番腹が立つ。
自民党と覇を競う真の保守政党になれないかと思い、 応援してきたのに、岡田・枝野路線で逆戻りし始めた。
自民党の憲法草案が立憲主義に反するのなら、民進党は 立憲主義に適った憲法草案を作るべきなのだ。
当然、国軍を明記した草案だ。
今回の参院選で改憲勢力が「3分の2議席」取ることの 意味を投票に行った100人の86人が知らなかったという 調査が出ている。
そういう愚民が多数派だから、最近は不思議なことに、 護憲派の知識人から「国民投票」を否定する発言が 出てきている。
民主主義の信奉者だったくせに、究極の民主主義である 「国民投票」を否定し始めたのだ。
明らかにイギリスのEU離脱の結果が自分たちの希望に 沿わなかったから、「国民投票」に恐れを感じ出したのである。
なんという情けなさか!
自民党は憲法改正に向けて歩を進めるべきである。
あとは国民的議論を巻き起こして、議論に勝てばよい。
ただし、現在の憲法草案では勝てない。
立憲主義を無視して、日本独自の憲法を作ると言いながら、 恣意的な思い込みや情念をぶちまけた憲法はとても擁護できない。
だからこそ民進党が立憲主義に基づいた憲法草案を 用意する必要があるのだ。
改憲自体がダメダメなんて言ってたら、自民党に勝てるわけがない。
民進党は今の主流派では退化するだけだ。
民進党内の体制を転換しなければならない。
 ≫(小林よしのりブログ“あのな 教えたろか。”)


 一応、上記ブログに書いてある指摘部分の順に、筆者の考えを述べておく。
≪民進党が「護憲政党」になってしまい、退行して---「社会党化」したことが一番腹が立つ。≫
と云う件だが、立憲主義を無視した、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保法制の成立に対抗するためには、カウンター勢力として、当面、「護憲勢力」の衣を纏うことは、緊急避難として容認できるのだと思う。あの参議院選時に合わせて、民進党独自の「改憲案」提出は無理筋である。参議院選時点での野党連合を、もっと早急に決断しておけば、改憲勢力2/3議席阻止は可能だったと考えている。

 8割近くの有権者が、2/3議席の意味を知らずに投票に行った事実も加味すれば、ギリギリ2/3議席は、改憲勢力に横からの追い風程度にはなったが、順風満帆とは言い難い状況である。その点では、当面の「社会党化」は緊急避難として、当然生まれた結果論に過ぎない。小林氏が主張する民進党独自の改憲草案を作るには、泥縄で情念的な“自民党壊憲草案”化にしないためにも、理念の籠ったプロ集団のたたき台が必要なわけで、言うは易くと云うことだ。

 次の指摘部分は、
≪護憲派の知識人から「国民投票」を否定する発言が出てきている。民主主義の信奉者だったくせに、究極の民主主義である「国民投票」を否定し始めたのだ。≫
この部分は、民進党から発信された公式な見解ではないので、政党批判に参加させるのはフェアーではない。もしかすると、民進党シンパと思われる人間の発言であっても、政党の公式声明ではないのだから、政党批判の中に紛れ込ませてはいけない。ただし、筆者は民主主義的選挙制度(国民投票含む)が、民主的政治を生むかと云う正論には、かなりの疑問を持っている。

 次の指摘部分が本論なのだろう。
≪民進党は今の主流派では退化するだけだ。---民進党内の体制を転換しなければならない。≫
その前段で ≪立憲主義を無視して、日本独自の憲法を作ると言いながら、恣意的な思い込みや情念をぶちまけた憲法はとても擁護できない。 だからこそ民進党が立憲主義に基づいた憲法草案を用意する必要があるのだ。≫
と振っているが、岡田・枝野体制ではない体制。結局、前原細野体制と云うことになるので、憲法改正以前に、自民補完勢力化した体制にしろと主張している。

 この主張こそ、大間違いになる、ミイラ取りがミイラ或いは飛んで火にいる夏の虫。ウッカリすると、自民党壊憲論者達は、先ずは改憲したいだけなのだから、速攻、まるまる抱きつき改憲に雪崩れ込むに違いない(笑)。小林氏は、日本会議派の情念的改憲ありきと云う立ち位置を見間違っていると思われる。立憲民主主義を強化改憲論は、政権交代の何らかの兆しがあるまでに、着手すれば済む。ただ、ここで問題になるのは、現民進党の、どの勢力によって行われる改憲草案なのかが問題だ。つまり、安倍的色彩を持つ民進党勢力が改憲案を作っても意味はない。その勢力は、いずれ自民党に吸収される可能性が強いのだから……。

 ここからは、小林氏のブログから離れて、筆者の考え中心に論を進めたい。そもそも、民進党の存在そのものが野合であるが、自公連立も野合である。小池百合子が「都民ファースト」等と「理念政治」みたいなムードを醸しているが、あきらかに、「政局政治」そのものなのと同じことだ。日本に限らず、個人の権利を保証した立憲民主主義においては、「愚民政治」が起きるわけで、綺麗ごとは、永田町を去った、細川、小泉、野中、鳩山の十八番ジャンルで良いと云うことだ。現役の政治家は、理念は程々に、ポピュリズムな方向性を目指すのは当然の成り行きなのである。

 昨今の民進党の動きを、部外者として見ていると、岡田・枝野ラインでは駄目だ。“前原・細野体制”或いは“野田・蓮舫体制”でと云う流れが強いようだ。BLOGOS編集部のまとめによると、
≪岡田代表の任期満了に伴い9月15日に投開票が実施される党代表選への立候補に向け、民進党の蓮舫代表代行は検討に入った。所属する野田佳彦前首相のグループを中心に、岡田克也代表を支えた党内主流派との連携も模索するという。  一方で、共産党との共闘路線に批判的な長島昭久元防衛副大臣も、1日、国会内で記者団に対し、代表選出馬に意欲を示している。  また、立候補を求める意見が相次いでいる細野豪志元環境大臣は記者団に対し、みずからの立候補にはこだわらず慎重に判断する考えを述べ、出馬の見送りも検討していることを明らかにした。≫

 つまり主流・蓮舫、反主流・長島が見えてきたが、おそらく、長島引っ込め俺が俺がの、前原が後出しジャンケン登場が見えてくる(笑)。民進党の党の性格を冷静に見つめると、自民党補完勢力と、チョッとだけ化粧直しした既得権益勢力に別れているだけで、既視感的事例を上げれば、自民党と民社党の違いがあるだけで、突きつめて考えると守旧派のカテゴリーに大きく分類される政治勢力である。筆者から見る限り、「大異を横に置いて大同に」と云う精神は大切だが、現状の“自民党と民社党の寄り合い所帯”である、民進党は、性格上野党ではないのかもしれない。

 民進党が野党と認められる条件は、既得権益構造から抜け出す決意をしたときだけだ。問題はアベノミクスのような「GDP重視経済(成長経済)」の愚かさを確認して、根本的に「成熟国家の矜持」を目指す政党になることだ。でなければ、アベノミクス批判を口角泡を飛ばして語ろうと、同じ穴の貉の目糞鼻糞論議であり、小田原評定に限りなく近い。99%の為の政治と云う表現も拙いのだろう。愚民の多くは、自分は1%の側ではないかと錯覚しているか、99%を馬鹿にしている、99%以下の生活者であったりするわけだ。ゆえに、100%の日本国民のための政治、「成長神話からの脱却」と云う「正論」勝負に出るべきだ。この政治姿勢は、永田町の論理からは異端になるのだろうが、先進諸国の「正論」である。

 民進党はさて置いて、“共産、社民、生活”の三党でさえ、この問題がクリアされていない。ただ、この三党の個別の主張を知る限りにおいて、「経済成長による分配ではない。生産と分配の構造改革だ」この点で、異論はなさそうだ。腹を据えて、そう言えるかと云うことだ。真実は、最終的に勝利する。ただ、かなりの長期戦になる。アベノミクスと「一億総活躍社会」で、日銀黒田が保身的にヘリマネ同質の金融政策を打ちだし、超円安を招き、日本社会がハイパーインフレを起こし、ズタボロになった時、有効に作用するだろう。問題は、そこまで、共産党以外生き残っているのか、そこには一抹の不安がる(笑)。

 しかし、民進党も捨てたものではなく、以下のような主張をしている議員(岸本周平衆議院議員)もいるのだから、「脱成長神話政治」に参加する政治家が少ないと云うのは間違いだろう。ただ、永田町政治家らしく、財源に拘っている(笑)。まあ、同議員が財務省出身なので、消費税に拘っているのはやむを得ないが、脱成長依存まで言及で来ているのは評価しておこう。問題は、霞が関文学で、中央集権統治構造に触れないのはフェアネスではない。先ずは、「増税の前にやるべきことがある」この言葉を忘れない政治の軌道を取るべきだ。細々でも、一番筋が良い。


≪ 民進党の行方―脱成長依存の格差是正
 今回の参議院選挙の結果は、民進党に対する国民の支持が依然として少なく、信頼の回復がなされていないことを明確にしました。
 今後、党の理念や政策を改めて練り直し、二大政党政治の一役を担うことのできる政党への再出発を図るべきだと思います。
 険しい道ですが、一歩ずつ進んで行きます。
 私は、慶応大学の井手英策教授の言う「脱成長依存の格差是正」というコンセプトを柱にして、政策を練り直すことを考えています。
 人口が減少し、成熟した経済の下で、いたずらに経済成長を目標にする政治には限界があります。
 成長を否定しているわけではありません。しかし、まずは国民一人一人の幸福を目標にする政治に変えるべきです。
 すべての子どもが、同じように必要な教育や医療を受けることができれば、子ども達の能力が花開き、結果として日本経済の力が強くなります。
 所得制限を付けずに、すべての子どもに教育や医療の現物サービスを提供すること。その財源は、消費税でみんなで薄く広く負担します。
 すべての人が負担し、すべての人が受益する社会です。
 私は、安倍総理の消費税の再延期に対して、反対すべきだったと考えます。
 予定通り、来年4月に10%に引上げますが、その財源5.6兆円は、予定していた低年金対策、子育て支援の他、借金返しに使わずに、幼児教育の無償化や大学授業料の無償化などに使うべきです。
 5%の引上げの内、4%が借金返しでは、国民の負担感のみ高まります。せめて、半分は普遍的な社会保障や教育に使って、受益の実感を国民に持ってもらうべきです。
 そうすれば、さらなる増税へのコンセンサスも作りやすくなります。
 財政の問題は、景気による増収などで解決できるような生優しいものではないのですから、すべての国民が受益者となる普遍的な政策を掲げる以外に解決の道はありません。 
 9月の代表選挙に向けて、政策と理念の再構築を行います。  ≫(BLOGOS>政治家>民進党衆院議員・岸本周平)

18歳からの格差論
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●小池百合子都知事の一年後 投票有権者はアッ!と驚くことに

2016年08月02日 | 日記
資本主義の限界
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●小池百合子都知事の一年後 投票有権者はアッ!と驚くことに

 一昨日の東京都知事選の結果に驚いた。あまりの鳥越惨敗に、出すべき言葉が生まれてこない。ようやく、一日間を置いて“あ~、う~”と故大平正芳氏くらいには、話せるようになった(笑)。小池百合子が優勢だったのは間違いがないが、ケタ違いの強さを見せつけられて終わった。投票率が、60%近く伸びたことにも驚いたが、主たる候補三つ巴の中で、291万票は見事である。敵ながら、お見事と、先ずは祝福申し上げておく。

 筆者は、小池百合子を、自民党の誰か、或いは勢力の「傀儡」と見ていた。今までの、小池の政治選択を見ていた人間としては、素直に、小池の「対自民党」と云う看板に“眉唾”をつけていた。つまり、2012年末、野田の“近いうち解散”で、自民党が圧勝し、党員人気の石破ではなく、議員の力学で、安倍晋三が総裁、内閣総理大臣になってからと云うもの、小池は、安倍内閣に選ばれることもなく、党内でも“自由民主党広報本部長”と云うスパイ大作戦の元締めのような役職以外、何に就いているのか判らないくらい、影が薄かった。

 つまり、安倍の国家主義から距離を置いているために、冷や飯を喰わされているイメージがあったのも、小池には幸運だった。しかし、本質的に右翼思想を堅持していたわけで、安倍や石破と変わらない軍国主義的であることは明々白々だった。第一次安倍政権においては、防衛大臣に就任しているので、同じ穴のムジナなのだ。しかし、防衛大臣時代に、当時の守屋事務次官の更迭を画策し、安倍晋三らと揉める騒ぎを起こしている。ただ、その後、守屋事務次官の汚職問題が立件されるに至って、小池の女の勘が当たったと、奇妙な評価を受けていた。それ以来、安倍の小池を見る眼が変り、シカトされていたのが現状だった。ウッカリすると、次期衆議院選で党公認が危うくなっている噂まで流れていた。

 小池百合子自身が、実は追い込まれていた事実がある。世界を泳ぐ、鉄火場女だったのだが、年齢的なハンデも年々増すばかりで、永田町論理の中で女性議員として、丁々発止と躍動する場が訪れそうもないと、見切りをつけた面がある。丁度そこに、前舛添都知事の醜聞は、見る間に火だるまとなり、天から、瓢箪の駒のような大チャンスが訪れたと言えるのだろう。総務次官を辞めたばかりの桜井俊を擁立しようと運動する、官邸や自民都連の動きから、桜井俊以上の候補者が出てこないと読んだ小池百合子は、後出しジャンケン候補が勝つと云う不文律にカウンターを打つ勢いで、真っ先に手を挙げた。永田町、自民都連、マスメデァの言説に挑戦する形を作った点は、女任侠道さながらだ。今、ヤフーGYAOで『シリーズ・極道の妻たち』が放映されているが、まさにグッドタイミングだと言える。ヤフーが連動していたかどうかは不明だが。

 結局、自民都連が中心になり自民党が推薦を出した増田寛也候補は、自民党守旧派の候補と云うイメージから一歩も抜け出せなかった。筆者が応援していた鳥越氏は、年齢的と云うよりも、ジャーナリストとしてはずば抜けている存在だが、大衆にアピールする、都政を語れなかった。何故かわからないが、国政レベルの話に終始した。そして、致命的だと思ったのは、演説にまったく向かない声質だったことだ。あれでは、大衆と云うか、愚衆を動かすことは出来ない。誠実を売るよりも、付和雷同的フレーズを連呼した方がマシだったろう。まあ、あとの祭りだが。

 それにしても、大阪府民を愚民だと言っていたが、どうも東京都民も愚民であったようだ。鳥越候補50票を固めた積りだったが、実際の投票では、半数が小池に流れたフシがある(笑)。今回は浮動票が動いたわけだが、その多くが守旧派の増田でもなく、野党連合の鳥越でもなく、小池に流れた。しかし、1年後、小池百合子と安倍官邸が関係を密にしているという驚きの状況を目撃するかもしれない。安倍とは永田町論理で距離を置くことになっている。しかし、日本会議系国会議員としては、ほぼ同じ立場だ。憲法改正においても、大阪維新の会とタッグを組める色彩だ。

 しかし、小池は「パラシュートなしの立候補」「退路は断った」「クリーン」「イジメに会う女」と云うイメージを作り上げ、日本会議的色彩を完璧に排除していた。浮動票の殆どが、そのような小池百合子のイメージに同調したと云うことだが、民主主義と云うもの、本当に難しいものだと痛感した。政治理念は、最近は殆ど通用しない。永田町力学も、安倍一強が過ぎて、政局化することが難しい。都知事選が「空中戦」であることを痛感する知事選だった。しかし、一年後には、森喜郎が追い出され、安倍官邸と蜜月を結ぶのか。或いは、2018年末の総裁選までに、石破抬頭があるのか。小池は安部派から石破派と流動的に自民党内で動いていたわけだから、1年、2年後、守旧派の権化になっているかもしれない。まさに、民主選挙は愚民選挙同様だと云うことだろう。やはり、民主主義は、21世紀向きではなさそうだ(笑)。

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