藤原愛子の日常茶飯事

前稲城市議・藤原愛子のもろもろな日々

「少年H」を観に行って

2013年08月17日 | 雑感

 毎日の仕事に追われてしまい、なんだか自分がカサカサになっている感じがして、先日夫と「ローンレンジャー」を観に行きました。

 「あれ?<少年H>じゃないの?」と、思われた方、ちょいとお待ちを・・・。

 大抵仕事というものは、冗談で済むもんじゃなくて、一つ一つ丁寧に対応しながらやってくもんですよね。

 すると、時々うまくいかない事があって悶々としてると、ま、自動車で言えば「オイル切れ」っていうんでしょうか、心が疲弊するんですよね。
 そんな時、音楽を聴いたりまちをぶらぶらしたり・・・。

 で、今回はジョニー・デップの出る「ローン・レンジャー」で心にシャワーをかけた、ということです。

 うん、単純に元気がでてきたぞ!


 そこで、今度は<子どもから観た戦争>の話として「少年H」を観た、というしだいです。

 
 子どもから観た戦争、については、昔「もうひとつの太平洋戦争」(すみません!うろ覚えで、作者はたしか・・・にきえつこさん・・・)を読んだことがあります。
 それは、障害のある子どもが、戦時中、学校でどんな境遇にあったか、を記録したものです。
 将来、お国に命をささげる<戦闘員予備軍>であるとされた子ども達。学校での教育はすべてそのための教育を行なっていました。
 でも、障害のある子たちは、始めから<非国民>扱いされたそうです。
 「お国のために戦地にいけない、あるいは銃後を守れない、厄介者」だという・・・。

 ここにも、戦争がおよぼした、人権侵害があったのですね。


 映画では戦時中と戦後では、言動がまったく逆になった大人たちが複数でてきます。
 それに、子どもとしての苦悩。大人への糾弾。


 戦争を体験された方達が観れば、「こんなきれいじゃなかった」とか「もっと悲惨だった」と言われるかもしれませんが、こうして、あらゆる機会と手段をこうじて、戦争の愚かさや人の弱さ、平穏な暮らしが、それこそ見たこともない人たちの決めたことによって、簡単に壊されてしまうことへの憤りを、連綿と伝えていかなければいけないんです。


 いつもコメントをくださる<みーたん>さんのご意見を読んで、久しぶりに、ドイツのヴァイツゼッカー大統領が第二次世界大戦を省みて行なった演説、「荒野の40年」を再度読んでみました。(ネットで「荒野の40年」で引けます)
 
 有名な一説があります。

 「過去に目をつむるものは、未来に対して盲目になる」

  (ま、私としては<盲目>という訳より<見ようとしない>としたいですが。)

 ドイツでも紆余曲折があって、いろんな考えの人がいて、でも、ホロコーストは一部のドイツ人だけの罪かもしれないが、全てのドイツ人がそのことを反省し、未来に向かって考えていかなければならない、となっていったそうです。それもドイツ市民の運動の中で。

 日本もさ。

 不戦の誓いをしない首相だけどさ。

 集団的自衛権を確立させようとしてる首相だけどさ。

 あきらめないで、いこうよ。ねっ!
コメント (5)
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