東日本大震災に見舞われ、元住んでいた場所に帰れない方たちが大勢いらっしゃる。
そして今、九州でも同じに、先の見えない避難生活を送られている方たちが大勢おいでです。
お陰様で、私の身内の物損はなく、ただ揺れ多発による精神の不安にさいなまれたようです。
学校の体育館などで避難生活を送られている方たちの中でも、とても気になるのが、障がいを持った方たちのことです。
私が働いていた世田谷区の精神障がい者施設で、毎年避難訓練をしていました。近くの指定避難所である小学校にみんなで歩いて行き、点呼して安全確認したりしました。
でも、実際に地震が来てここにみんなたどり着いても、果たして生活できるか、自信はありませんでした。正直なところ。
いろいろな人がいて、たとえば物を食べる時に右側に人がいるとダメとか、手を洗うのに20分くらいかけるとか、音に敏感でほとんど耳をふさぎっぱなし、とかの特徴を持っていて、日常生活をこなすにもストレスがかかる人たちが、非日常生活を見知らぬひとたちと送ることは至難のわざです。
まずは避難所に行っても、施設の入っているビルの安全が確認できたら、速やかに移動だね、と職員同志で決めていました。ビルが壊れていたら・・・区の出張所に確保してもらうかね、とか話していました。
テレビでも、高齢者のみならず、難病の方、身体、知的にハンディがあるこどもなど、不便な生活を強いられている状況を取り上げていました。
いわゆる、健常と言われる人たちでさえ災害時には心身ともに疲弊します。自分たちのことで精いっぱいになる気持ちもわかります。
それではいったいどのようなことが考えられるか・・・?
やっぱり、日常の在り方だと思います。
コメントをくださった「すみれ」さんが書かれているように、黄色いハンカチ作戦は、近所の助け合いが活きる対策ですよね。
「災害要援護者名簿」というのがありますが、棚に入れただけでは意味がありません。やっぱり近所にどんな方がいるのか、プライバシーに入り込まない範囲で、その存在を意識しておくことが、万が一の時の情報になります。
また、自治体の認識度も高めておかないと。
災害時の細かい配慮と準備の計画を作るのはもちろん必須ですが、災害弱者といわれる人たちがどのような人で、どんな配慮が必要か、ということは、援助する側の認識度と、臨機応変一人ひとりへの対応を考える判断力ででてくることだと思うのです。
私自身、しっかり考える必要があると、改めて思ったところです。