異常な暑さが来たと思ったら、電波障害でスマホがただの「板」になりましたね。
久しぶりに我が家の固定電話さんが活躍してくれました。
便利を追及して作ったものに頼り過ぎて、ちょっとしたことでかえってスゴイ不便を味わうことになりましたね。
私は未だ、現金支払い派で、ネットでお買い物など出来ない人間ではありますが、一つだけ、現金持ち歩きをお勧めするシーンがあります、
災害時のための「10円玉」です。
もう前世紀の遺物と言われかねない公衆電話ですが、3月11日の東日本大震災の時に、多くの人が通信手段を失って長い列をつくったのが、公衆電話です。
避難所に支援に行った際に、娘さんと連絡をとりたいと仰る叔母様がいらして、足が多少不自由な方でしたので、替わりに電話番号を聞いて10円玉を何枚か預かって、公衆電話の列に並んだ経験があります。無事に連絡がとれて安心したのですが、それ以来、10円玉を何枚か持ち歩くようになりました。
災害は起きないに越したことはありませんが、もしもの時のために使えるように、各駅の改札口近くには必ず公衆電話が配備されています。
わが家の固定電話には、アンケートやら売り込みみたいな電話しかかかって来ず、留守番電話には伝言より、電話を切った「ブウ~~」という音が残っていることが多いのですが、まだまだ、居てもらおうと思っています。
10円玉の用意もアナログっぽいですが。
「便利」ということに重きをおいてばかりだと、なにかしら「不便」が生じた時に知恵を使って対応する、という能力が無くなってくるんじゃないかと、昭和生まれの私は思ったりしています。