マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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誓多林八柱神社造営上棟祭

2012年05月13日 08時27分35秒 | 民俗あれこれ(ゾーク事業)
前日からの雨は降りやまない。

夜半には強い風が吹き荒れた。

春一番であろうか。

気象庁では立春から春分の間に初めて吹く強風を春一番と呼ぶ。

春分を過ぎた数日後はそうとは呼ばないからこの日は強い風の日としか言いようがない。

そんな雨もあがった奈良市誓多林町。

田原の里にある一つの村だ。

西の誓多林を上誓多林、東にもある誓多林は下誓多林と呼ぶ。

その真中が中誓多林の三つの村が誓多林町となる。

白砂川沿いの旧柳生街道に鎮座する八柱神社は中誓多林。

20年ぶりの造営上棟祭が行われる村の一大行事。

集落に住む人は町へ出ていくことが多い。

現在住む人は少しずつ減っているという。

村に残った人、村を出て行った人も久しぶりに20年ぶりの造営事業に顔を合わす。

社務所でゆっくり寛いでくださいのアナウンスを聞き流して会話を境内で交わす。

婚姻関係にある隣村の長谷町からもやってきた。

受付を済まして和やかに談笑する人たちで境内は膨れ上がった。

舞殿で行われる式典はすでに神饌も供えられた。

前年の11月3日に行われた「チョウナハジメ」の儀式で使用されたヤリガンナ(槍鉋)、チョウナ(手斧)、サシガネ、スミツボ、スミサシも並べられた。氏神さんに捧げられる日の丸御幣や彩りの小幣や紅白のモチもある。

そうして始まった上棟祭。

始めに修祓。

そして降神の儀、献饌、祝詞奏上と神事が続く。

そのあとは棟梁によって執り行われる上棟祭の儀式に移る。

まずは曳綱の儀。

綱を曳いて棟木をあげる。

神殿が永く栄えるように、また、氏子たちが氏神さんと永く結びつき、縁を深くする意味合いがある曳綱の儀式である。

斎主から大御幣を受け取る棟梁。

神殿前の鳥居辺りに立つ。

紅白の綱を持つのは大人衆を先頭に氏子らが続く。

「エイ エイ オー」と掛け声をあげた棟梁は大御幣を大きく上に揚げて振りおろす。

そのとき大御幣はトンと音がする。

それを聞いた氏子たちは「オー」と応えて綱を曳く。

その際には「エイ エイ エイ」と三度発声する。

これを三回繰り返す。

これが曳綱の儀式である。

「エイ」は「永」。永く栄える仕草を氏子全員で行ったのだ。

次に行われるのが槌打の儀。

曳綱によって曳き上げられた棟木。

それを納める儀式が槌打である。

白木の槌には「上」の文字がある。

また、打ち出の小槌や海老錠の絵が描かれている。

大阪羽曳野市の野々上遺跡や平城京跡など各地の遺跡からも出土している海老錠。

古来から使われてきたセキリティキーの錠前である。



それはともかく槌を打つ仕草をするのは大人衆だけだ。

神前で副斎主から受け取った長老たちは7人。65歳以上になれば大人衆と呼ばれる。

「築(つき)立つる柱は 比(こ)の大神の 大御心(おおみごころ)の 鎮也(しずめなり) 千代に八千代に 栄へゆべし 千歳棟(せんざい)・・トー」と発声する棟梁。

大きく御幣を振り上げて降ろせばトンと音がする。

それを合図に「オー」と応えて六人衆が槌を打つ。

その数はトン、トン、トンの三回。



二番目は「取揚(とりあ)ぐる 棟梁(むねはり)は 比の大神の 大御心の栄なり 萬代(よろずよ)に 八萬代(やおよろず)に 栄へゆべし 萬歳棟(まんざい)・・トー」と発声し、槌を三回打つ。

三番に「取り置ける 槍僚(そうりょう)は 比の大神の 大御心の祝なり 天地(あまち)と共に 無窮(むきゅう)に 栄へゆべし 永々棟(えいえい)・・トー」で槌を打った儀式は三回繰り返す。

続いて弓引の儀。



本殿の表鬼門、裏鬼門に向かって矢を放つ。

「エイ エイ エイ」と棟梁は放った表鬼門は上方で裏鬼門は下方に向けてだ。

天と地に向けて放つ引矢は悪魔を追い払う儀式である。

散餅(さんぺい)の儀は矢で悪魔を祓った天(あま)地(つち)の四方(よも)の神に餅を供える儀式である。



表鬼門は棟梁が、裏鬼門は造営委員長が供える。

そして棟梁が祝詞を奏上する寿詞進上(よごとしんじょう)、玉串奉奠、撤饌、昇神の儀の順で神事を終えた。

その後は、田原自治連合会、田原神社協議会、造営委員長の挨拶で締めくくられた。

その頃降りだした雨は本降りになった。

それを避けてテントの内側に入る氏子たち。

記念撮影のときはおかまいなしの土砂降りだが、大人衆に造営委員は12人、ウチ氏子は52人、ソト氏子たちが21人の大所帯集合写真は困難な状況であった。

その後も降りやまない雨。

水の恵みもほどほどと思いたいが、自然現象に行事は待ったなしだった。

雨乞いをしなくともお参りに行けば雨が降るという水の神さんは萬福寺の裏山。

農耕や生活にとっても必要な命の水は欠かせない。

(H24. 3.24 EOS40D撮影)


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