マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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小夫嵩方伊勢講祭

2015年09月19日 09時33分49秒 | 桜井市へ
21日の日曜日に行われると聞いて訪れた桜井市小夫嵩方の天照皇大神社(てんしょうこうたいじんじゃ)。

社務所は電灯の灯りが点いていない。

村の人が来る様子もない。

この日を聞き間違っていたのかも知れないと思って尋ねた1軒の家。

奥さんが出てこられて話された服忌のこと。

村の人が亡くなられてこの夜はお通夜になった。

行われる予定だった伊勢講祭は順延されて明後日だと云う。

その日は23日の祝日。

やむなく日曜から祝日に移されたのだ。

お通夜には葬儀社の迎えのバスが到着していた。

明後日だと話していた婦人は大慌てで迎えのバスに乗ると云っていた。

23日も訪れた天照皇大神社の社務所は21日と同様に灯りがない。

当番の人が来るまで待つしかない。

そう思って待っておればライトを点けた軽トラが登ってきた。

が、である。

数十メートル離れた場から動かない。

なにやら話し声が聞こえる。

懐中電灯を持っている人もいた。

しばらくすればこちらに近寄ってきた。

私も近寄る。

そのときだ。「こらっ、お前だれや」の声とともに懐中電灯で照らされた。

「ここには警察官もいるんだ。何をしているのだ」と云う男性に答えた。

「マツリの際にお渡りなどを撮らせてもらった者です。21日に訪れた際に伊勢講は今夜になったと聞いてやってきたのですが・・・」と伝えれば、「そうやったんか」と云う。

おそるおそる近寄った男性は何者か判らず不審者だと判断していたので近寄るのが怖かったと話す。

村では不審者が出たと何人かの人たちに連絡したそうだ。

その場に出動した村人は5、6人。

短時間で集まった人たちも一安心されて伝える伊勢講の行事はこの日ではなく翌日の24日だと話す。

私が勝手に勘違いをした行事の移動日に村は大騒動だった。

村のセキュリティネットワークは万全の体制を整えていたことに感心したと伊勢講祭の夜に伝えたら「事件はずっと記憶に残る」と返された。

恐縮する「事件」に頭を下げるしかない。

騒ぎは記憶に残して伊勢講祭に移る。

伊勢講祭は社務所に掲げる天照皇大神宮・豊受大神宮掛図(従三位荒木田神主謹書)に向かって行われる。

そこには桑山宮司が神社庁桜井支部に出かけて拝受された天照皇大神宮のお札がある。

頒布されたお札であるという。

天照皇大神宮・豊受大神宮は伊勢の山田の原に鎮座する神宮の内宮・外宮。

古くは伊勢太神宮(いせのおおみかみのみや)と云われていた。

掛図は東に向けて掲げている。



伊勢に向かって遥拝する小夫嵩方の伊勢講祭。

神饌を供えて祓え詞、祝詞奏上、玉串奉奠など神事を執り行われた。

玉串は伊勢講の代表とお伴の二人。

1月にお伊勢さんへ出かけて参拝したという。

嵩方の講中は14戸。

7年に一度の廻りである。

この夜の神事は服忌で親族も参加することはできない。

少ない人数になったが無事に神事を終えて直会に移る。

座を囲んで供えたジャコを肴にお神酒をいただく。



講代表が挨拶・口上を述べてから酒杯に入る。

盃は白いカワラケ。

当番の人が酒を注ぎまわる。

(H26.12.24 EOS40D撮影)