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ボトルの個体差と経時変化のことなど

 ここのところ昼型生活(私には早起きだが7時台の起床で「朝型」は恥ずかしい)で、帰宅が早いため、バーに寄る回数が減っている。3日ほど前、友人と食事をする用事の帰りに久しぶりに、シングル・モルト専門(と表示しているわけではないが、実質的にそういう店)の我が師匠M師の店に寄って、1時間少々で5杯半飲んだ。「半」というのは、写真の右から二番目のボトルに僅かにお酒が残っているが、5杯飲んだ後に、これを片付けたために、「半」が追加された。
 写真の右から2番目と真ん中のボトルは、ゴードン&マクファイルというボトラーのコニサーズ・チョイスというシリーズ名によるボトリングのアードベッグで1974年蒸溜・樽詰めのものだ。ラベルは微妙に違うが(出荷された地域の違いだろう)共にボトル詰めは2003年のものだ。度数は40度、ということは、もともとの樽出しの状態(50~60度前後)に加水されていて、モルト好きとしては、普通は少しガッカリするところなのだが、このお酒に関しては、当てはまらない。2本とも、アードベッグ独特の金属臭を伴った刺激的で心地よい鋭い香りが立ち上り、口に含むと焦げたオレンジピールのような柑橘系の香りと、カカオのような甘さを感じさせて、それだけでなく、アードベッグらしいヨードっぽさもあって、飲み込んだ後も、帰りのタクシーの中までたっぷり余韻が返ってくる逸品だ。
 但し、新旧二本のボトルの香りと味には、少しだが、はっきりした違いがあった。旧瓶の方が、香りが華やかで、味が複雑なのだ(二杯並べて、較べて飲んだので、私でも、かなり明確に違いが分かった)。
 お酒のタイプにもよるが、ボトルの開けたては、香りも味も十分開ききっていないことがある。開けて数日後くらいが、ベストの飲み頃になる場合が多い。モルト・ウィスキーの場合、時間の経過による劣化は僅かで、特に、ボトル内の酒量が十分あれば、数ヶ月くらいは、味が落ちた、と感じることなく、状態の変化を楽しめる範囲で推移する。ただし、最後の3~4センチくらいになると、香り、味共に、「抜けてしまった」「インパクトが落ちた」と感じることがある。
 しかし、ウィスキーの場合、開栓してからの経時変化は、ごく僅かだし、保存状態による差も出にくい。何れもワインとは、二桁(?)は違うといっていいだろう。尚、M師のバーもそうだが、管理に気を遣うバーでは、開栓後は、ボトルの栓の周囲をテープで巻いておくことが多い(回転のいいオフィシャル・ボトルや明らかに安い物は対象外だ)。栓の部分の個体差にもよるのだろうが、結構な差が出る。テープで巻いていないバーでは、残量の減ったボトルは避けたほうがいい場合がある。
 私が感じた新旧ボトルの味の違いの原因は、先ず、開栓からの経過時間の差が影響していると考えることができる。旧瓶の開栓は、4カ月少々前だったし、新瓶は、記念すべき口切りを飲ませて貰った。新瓶に関しては、今後数日間で、香り、味共に開いてさらに美味しくなる可能性がある。
 また、ボトルの個体差も時にある。今回較べたものの中身は、ボトリング当初は、ほぼ同じ(全く同じの可能性もある)ものであっただろう(樽は1つではなさそうだ)。それでも、個々のボトルによって、多少の差が出ることはある。
 ウィスキー好きが追求するジャンルで、オールド・ボトルと呼ばれる、ボトリングの古いものに関しては、この個体差が大きくて、開けてみるまでどのくらい良いか悪いか分からない、というケースが多いようだ。私は、とてもオールド・ボトルまでは手が回らないが、何杯か美味しいものを飲んだことはある。
 今回の二本に関しては、場合によっては、旧瓶が個体として例外的に素晴らしかったのかも知れないが、まだ、新瓶がレベルを上げて来る可能性が残っている。成長を見守ることになるか、老化に付き合うことになるか、分からないが、今後、M師の店を訪ねるたびに、飲むことになるだろう。

 幾らか趣味性を持って飲むお酒としてシングル・モルト・ウィスキーを考えると、幾つか長所がある。特に、ワインと較べてみよう。
 
(1)シングル・モルト・ウィスキーの場合、保存管理がデリケートではないので、いろいろな場所で、ほぼ同じものを飲むことができる。大きな期待外れは少ない。
 ワインは、ラベルが全く同じものであっても、流通過程や保存の状態によって随分味が変わる。輸入から保存まで一貫して管理しているレストラン(たとえば三田の「シュヴァリエ」)で飲むと、そう高くないものでも、非常に美味しい。産地で飲み頃のものを飲むと、本当に美味しいのだろうなあ・・・。この頃は、「キミは、インド洋で一度死んだのだね」(輸送中の暑さでダメになった状態)と言いたくなるような、明らかに変質したものは減ったが、それでも、ワインの場合、どのように保存されているものを飲むかによる満足度の差は、非常に大きい。
 酒質の安定性は、家で飲む場合にも大いに助かる。
 尚、ウィスキーの場合、ワインのように寝かせて置いておくと、コルクが溶けてまずくなる。コルクが壊れて瓶の中に落ちる「コルク落ち」と共に警戒したい。

(2)シングル・モルト・ウィスキーは、飲み方が簡単だ。
 栓を開けて、注いで、飲めばいい。M師のバーでは、味のインパクトに重点があるお酒の場合のグラスと、香りを楽しむことに重点がある場合のグラスが違うが、グラスにはそう気を使う必要はない。尚、なぜだか分からないが、香りは、お酒を注ぎ終わった後のメジャーカップで調べるのと、よく分かる。
 一方、ワインの場合、特に赤ワインの重いもの(←個人的には好み)は、開栓して、しばらく(数十分から、2,3時間まで幅があるが)してから飲む方が、明らかに美味しい。レストランで、しばらく時間が経った最後に残った赤ワイン(4人だと、白、赤、赤、と飲むことが多い)を、もったいないからと思って飲んでみると、別物のように美味しいことがある。少なくとも、開栓直後の赤ワインが、そのワインにとってベストの飲み方である可能性はほぼゼロだろう。最近、気に入っている喩えを使わせて貰うと、「開けて直ぐのワインを飲むなんて、寝起きの女を美人コンテストに出すようなものだ」ということではないのか。短時間で空気に触れさせるデキャンティングという技があるが、あれは、「急いでする化粧のようなもの」で、開栓してしばらく置いておいたものには叶わない。味が荒れた感じがする事が多い。所詮、テレビ局のメークのようなもので、生で近くで見ても美しいというレベルには達しない(それでも、テレビ画面で見ると、きれいなのだから、驚く)。
 レストランで、フランス料理やイタリア料理を食べるときに、ワインの飲むのは楽しみの一つではあるが、リストからワインを選んで、そこで栓を抜いて直ぐに飲むのだから、美味いはずがない。正確にいうと、お金を出すと、「寝起きでもイイ女」みたいなものに会うことはできるが、相手がベスト・コンディションでないことは確かだ。
 私は食い意地が張っているからそう思うのかも知れないが、レストランでは、ワインにはお金を掛けずに、料理にお金を掛けたい。もう一歩踏み込んで言うと、フレンチ、イタリアン共に、ワインで稼ぐビジネス・モデルの店が少なくないが、出てくるワインのコンディションを考えると、これに付き合うのは馬鹿馬鹿しい。

(3)シングル・モルト・ウィスキーは費用対効果がいい。
 特に家飲みを考えた場合、かなり高価なお酒を買っても、楽しめる回数を考えると、シングル・モルト・ウィスキーは安い。通販のワイン(私の場合、本当は「楽天!」と言わねばならないが、ヴィノス・ヤマザキである)の費用対(満足)効果はかなり改善したと思うが、それでも、アルコール量換算を考慮しても、シングル・モルト・ウィスキーは割安だと思う。もちろん、保存や飲み方まで考えると、圧倒的に扱いやすい。

 ワインも美味しいと思うし好きだけれども、趣味的な対象としてはシングル・モルト・ウィスキーがいいな、と近年、強く思っている(注;友人に告ぐ。「ワインの選択は、お任せします!」)。

 趣味として楽しむには、ベーシックな知識と経験(要は飲むこと!)を、ある程度効率良く手に入れたい。詳しいバーテンダーが居るバーで指導を乞うのが一番だと思うが、東京近辺にいらっしゃる方のために、M師のバーをご紹介しておこう。特にIslay系のモルトがお好きな方にはいいだろうと思う。
 店名は、正式には「Bar. Polka Dots & MOONBEAMS」、簡単に言うと「ムーンビームス」。住所は東京都千代田区神保町2-2-12サンエスビル地下1階、電話03-3263-3211。神保町の交差点のキムラヤのナナメ裏にあるビルの地下一階だ。ホームページは、 http://www.ff.iij4u.or.jp/~yukiom/。日曜休日。時間は「一応」午前2時までだが、零時を過ぎる場合は、電話した方がいい。
 簡単なメニューしかないので、自分が知っているつまらないカクテルやバーボンの名前を叫んで自爆(?!)するお客さんが居るが(もちろん、カクテルも作ってくれるのだが・・)、目の前に、数百本のシングル・モルトが並んでいるのだから、何を飲んだらいいか、相談してみるのがいい。好みと、知識に応じて、指導してくれる(たとえば、初心者は、徐々に慣らしてくれる)。値段は同種の店と比較して高くはないし、値の張る物については、事前に説明してくれる。お腹に溜まるツマミはないので、軽く腹ごしらえしてから、行くといい。
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