久しぶりの「演劇ワークショップ」をおこなう。
これまではレクレーションのようなものだった。
楽しい演劇体験がテーマ。
楽しければ良し!
楽しいは入り口。
今回は本論の「演技」にスポットを当てた。
入り口の奥。
その先には選択する扉が無数に広がり続ける。
迷路なのだ。
迷路にはまり込んだ俳優志願はこれを楽しめるかどうかで、大半が決定的となる。
楽しいだけでは追いつかないナニガシが襲ってくる。
このナニガシに痺れてしまうと人生が変わる。
俳優としての人生が始まる。・・・ナニガシ?
自分の中にある他人だ。
見えないものが、どんどん見えるようになる。
演劇が麻薬と思われているのは、これが原因。
演技をテーマにしたワークショップは
劇団の稽古の線上にある。・・・手を抜くことができない。
その場でテキスト(短編台本)を渡し、
<読み→立ち→通し>。
劇作りに必要な最低限の点検をおこなう。
至って真面目なパターンである。
「薔薇色の怪物」(丸尾末広)の漫画を参考に構成劇として組み立てた。・・・知る人ぞ知る「エログロアート」の美しき漫画を見本にしたのである。
ワークショップでは「エログロ」が見えなくなるのは何故だろう。
言い換えれば演劇では「エログロ」が全面に出なくなる。
ここが絵画と違うところ。・・・生身の人間である。
「エログロ」とは非日常の内面。・・・生身は簡単には出せない。
時間はかかるが「エログロ」らしく見えるようになるのは洗練されなければ危ない。
これはこころの問題よりも俳優・役者としての身体の問題。
自らの身体を発見する作業。人間の身体は複雑ですらある。
議論や解釈でも問題は解決されない。
時間と手間がかかる。
台詞以上に、俳優の仕草、表情ひとつで別の世界を作り出す力が働く。
演技論の実践(実験とも言う。)はその引き出しをたくさん持つことだろう。
それを体験する。
それがワークショップだと考えている。
つづく。
これまではレクレーションのようなものだった。
楽しい演劇体験がテーマ。
楽しければ良し!
楽しいは入り口。
今回は本論の「演技」にスポットを当てた。
入り口の奥。
その先には選択する扉が無数に広がり続ける。
迷路なのだ。
迷路にはまり込んだ俳優志願はこれを楽しめるかどうかで、大半が決定的となる。
楽しいだけでは追いつかないナニガシが襲ってくる。
このナニガシに痺れてしまうと人生が変わる。
俳優としての人生が始まる。・・・ナニガシ?
自分の中にある他人だ。
見えないものが、どんどん見えるようになる。
演劇が麻薬と思われているのは、これが原因。
演技をテーマにしたワークショップは
劇団の稽古の線上にある。・・・手を抜くことができない。
その場でテキスト(短編台本)を渡し、
<読み→立ち→通し>。
劇作りに必要な最低限の点検をおこなう。
至って真面目なパターンである。
「薔薇色の怪物」(丸尾末広)の漫画を参考に構成劇として組み立てた。・・・知る人ぞ知る「エログロアート」の美しき漫画を見本にしたのである。
ワークショップでは「エログロ」が見えなくなるのは何故だろう。
言い換えれば演劇では「エログロ」が全面に出なくなる。
ここが絵画と違うところ。・・・生身の人間である。
「エログロ」とは非日常の内面。・・・生身は簡単には出せない。
時間はかかるが「エログロ」らしく見えるようになるのは洗練されなければ危ない。
これはこころの問題よりも俳優・役者としての身体の問題。
自らの身体を発見する作業。人間の身体は複雑ですらある。
議論や解釈でも問題は解決されない。
時間と手間がかかる。
台詞以上に、俳優の仕草、表情ひとつで別の世界を作り出す力が働く。
演技論の実践(実験とも言う。)はその引き出しをたくさん持つことだろう。
それを体験する。
それがワークショップだと考えている。
つづく。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます