lizardbrain

だらだらぼちぼち

ハーモニカ注意報な夜をまって(4)

2007年06月05日 22時52分29秒 | 音楽

一体、ワタクシは、今までにどうして、陽水のライヴを観戦しようとしなかったのだろうか?
と、事実を知ってしまったからには、悔しくて仕方が無い事があって。
例の今日も井上陽水の過去記事を少し探検していると、2005年5月の銚子では、是非とも飛んで行きたかったと悔やんでも悔やみきれない企画が実現していた。
銚子では、安田裕美(やすだひろみ)の伴奏による全編弾き語りのライヴが行われていたではないか

初期(ポリドール時代)の陽水の楽曲には、ほとんどの曲にアコギでバッキングしていたのが安田裕美。(ウィキペディアによると、山崎ハコの夫君なのだという。知らなかった、、、、、)
陽水が弾くアルペジオにも、もちろんセンスの良さを感じるのだが、安田裕美のギタープレイが初期の陽水世界の白眉である事は間違いない。
陽水のバッキングというよりも、陽水と安田裕美とのデュオといった感のある全編弾き語りライヴ、、、、、、、、、、、
もう一度、できれば関西圏のどっかで企画してもらえないだろうか?
せいぜい、情報収集に努めようと思う。

あこがれ』からスタートしたこの日の銚子のステージの最後に演奏された曲が、(27日には歌ってくれなかったが)『家へおかえり』だったという。
この曲は、アルバム『断絶』に収録されているバージョンのキーはB♭、そして『陽水ライヴもどり道』に収録されているバージョンのキーは、Cで演奏されていたはずで。
銚子では、どちらのキーで演奏されたのだろうか?




それはそうと、5月27日の陽水初上陸ライヴの相対的な感想をまとめてみると、意外だった事がいくつかあって、

特に、ギターに関して意外だったのは、

拓郎とのファーストコンタクトの時にも危惧していたのだが、
TVに出て歌っている時には、あんまりギターの音が聴こえていなかったような記憶があって、
もしかして、陽水が弾くギターの音は、ヴォリュームを絞っているのかも知れないとも考えていたのだが、とんでもない。
ちゃんとPAから出力されていて、アコースティックセットの時だけでなく、バンドセットになってエレキギターを手にした時も、陽水が弾くギターの音が聴こえてきたので、さらに感激した。

オープニングの『東へ西へ』の演奏を聴いて感じた事だが、
過去のライヴアルバム、例えば『陽水ライブもどり道』(ちょっと古すぎるか? 笑)の頃のコードストロークの時には、ギターの6本の弦全部を鳴らす奏法だったが、先日目にした時には、コードストロークの時は、必要な弦だけピッキングして必要な音だけを出していたように感じた。
泉谷しげるのように、常にガチャガチャとかき鳴らす奏法ではない。
(もっとも、泉谷のギターの場合は、あれはパーカッションの一部だという説もある。)
伴奏楽器の音の数が少なければ少ないほど、陽水のヴォーカルの上手さが際立つように思うので、あの歌唱力があれば、いっそアカペラで何曲か唄ってもらいたいくらいだ。

そしてもう一つ、
曲が変わってギターを持ち替える時に、その都度舞台の袖からローディーがギターを持って来て手渡す事はせず、最初からステージ上に使うギターを並べていて、持ち替える時には自ら手に取っていた事もちょっと意外だった。
拓郎や押尾コータローの場合は、持ち替えるたんびにローディーが出てきてギターを手渡していたので、ギターを交換するたびに時間がかかって、聴いている方としてはまだるっこしかった。
もっともこれは、大物ぶっているというわけではなく、ステージ上に複数のギターを並べて置くと、ごちゃごちゃとして動き難いからかも知れない。
陽水の場合、ステージが始まった時から、アコースティックセットの時に椅子に座るその近くと、立ち上がってのバンドセットの時の自分の立ち位置付近に何本かのギターをスタンドに立てていた。
バックのギタリスト、ベーシスト達も同じように自分で持ち誓えていた。

あと、ワタクシの中ではクールなイメージがあった陽水だが、ステージが進むにつれて、エキサイトしてきたのだろう、
曲と曲の間で、マイクに向かって、奇声というか嬌声というか、ローマ字的に表現すると、『uWa~Oh!』とか『Wa~Oh!』いう感じの声をあげていたのも、想像外の姿で。
何よりも、本人が一番ノっている事が十分に伝わって来たのが嬉しかった

ここで、近々、陽水のライヴに初挑戦しようという方がおられたらば、事前の心構えを伝授しておくと、

一連のツアーでは、基本的に休憩無しのブッ通しで進行する事と、
ハーモニカやピックが飛んでくる可能性が大なので、くれぐれも油断しない事。


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