大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

教員と「心の病」-教育現場の過酷な現実-

2012-12-30 00:12:32 | 社会
教員と「心の病」-教育現場の過酷な現実-


文部科学省(以下「文科省」と略す)が12月24日,2011年に,うつ病などの「心の病」で休職した公立小中高,
中高一貫校,特別支援学校の教員(約92万人の数を発表しました。

それによると,2011年度には,心の病で休職した教員は5274人で,2010年度の5407人から133人減少したことになります。

心の病による休職者は,2000年度には毎年,数百人ずつ増え続けてきましたが,前年度より減少したのは18年ぶりです。

それでも,10年前(02年)の約2倍で,175人に1人の割合になっています。

「心の病」」が原因の休職者数をもう少し前の年からたどってみると,その数の増加に驚かされます。

精神疾患による休職者数

年   1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
人数  1715 1924 2262 2503 2687 3194 3559 4187 4675

年   2007 2008 2009 2010 2011
人数  4995 5400 5458 5470 5274

上の数字からも分かるように,精神疾患による休職者数は,1998年(平成10年)には1715人でしたが,昨年までに約3倍に増えて
いるのです。

とりわけ,2002年(平成14年)から2006年(平成18年)にかけては2000人台から一気に4000人台後半に激増しました。

興味深いのは,この急増期が小泉改革の期間(2001~2006年)とかさなっていることです。

これは単なる偶然かもしれませんし,小泉政権の新自由主義,自己責任制などの政策とが何らかの関係があるのかもしれませんが,
確かなことは分かりません。

もう一つ,重要な指標は,病気休職者数に占める精神疾患の上昇です。

この割合は1998年には 48.1パーセントでしたが,2010年には62.4%へ急上昇しているのです。

同様の指標ですが,教員全体のうち,「心の病」による休職者の割合は,1998年の0.27%から,2010年の0.59%へと倍増
しています。

これら割合の上昇は,単なる人数の増加以上に深刻な意味をもっています。

今回発表された2011年度の状況を年代別に見ると,50代以上が最多で39% (2037人),40代が32%(1712人),30代が
21%(1103人),
20代が8%(422人)でした。

ここから,推測されるのは,40代,50代の中間管理職や相当するベテラン教師が多くの悩みを抱えていることです。

文部科学省による、40代以上は校内の業務が集中することにストレスを感じる傾向が強く、20代や30代は保護者への対応に悩む
傾向があるということです。

一方、昨年度、精神的な病気で休職した教員のうち、年度内に復職した人は37%、休職中の人は43%、退職した人は20%でした。

また、いったん復職したものの1年以内に再発し、再度、休職した人は12%でした。

ところで,「メンタルヘルス」(心の健康)という言葉は、世間一般にも広く知られるようになっています。

この言葉は,バブル景気のはじけた1990年代の初めごろだったようです。

当時の文部省が「教員の心の健康等に関する調査研究」を実施して対策に乗り出したのも、1991(平成3)年でした。

それにもかかわらず,心の病を理由に休職する教員は今日まで増え続けています。

さらに,病気を理由に依願退職している人の多くは,神経症やうつ病などが要因となっています。

同じころ、文科省の委託で民間機関などが2008年に全国の教育委員会に行った調査では,メンタルヘルスに「十分に取り組んでいる」
が0.8%,「まあ取り組んでいる」が17.8%、合わせても2割に満たない結果にとどまりました。

教育委員会委員の79%が「必要である」と認識しながらも、「担当者の不足」(51%)、「予算がとれない」(50%)といった
状況にありました。

この調査結果のまとめでは「基本的な体制づくりが現状ほとんどできていない」と厳しい評価を下しています。

この調査では、ほかにも気になる数字が出ています。

たとえば,44%の教員が「1週間の中で休める日がない」と答え、62%が「児童生徒の訴えを十分に聴く余裕がない」
「気持ちがしずんで憂うつ」「気がめいる」など、「うつ傾向」と関連が深い自覚症状を訴える教員が一般企業の2.5倍に上りました。

教員のメンタルヘルス対策を急ぐ必要があると言えます。

教員が精神疾患におちいる原因として,これまでさまざまな問題が指摘されてきました。

たとえば,「学級崩壊」といいう言葉に象徴されるように,生徒が勝手に教室内を動き回り,先生がクラスをまとめきれない事例が増えた
ことです。

また,自分の子どもの問題で,教員に執拗に抗議や要求を繰り返す,モンスター・ペアレントといわれる親が増えたことも一因です。

そして,現在の教員は,授業や教材を作りなど直背的な教育活動のほか,非常に多くの雑務をこなさなければなりません。

たとえば,給食費を払わない担任の子どもの家庭を,教員が夕方以降,一軒一軒回ったり,クラブ活動に出たり,
教育委員会や文科省の指示にたいする報告書の作成など,多様な仕事がまっています。

加えて,校長や教頭による厳し勤務評定の下で強いストレスにさらされている。

校長や教頭は,教育委員会や文部科学省の評価というプレッシャーを受けています。

こうしたことを全て考慮に入れて,一体,なぜ,教員の精神疾患を原因とする休職が増えたのかを考えてみましょう。

これを考える前に,もう一つ確認しておくことがあります。

それは,うつ病やうつ傾向は教員だけでなく,学校に限ったことではなく、民間企業でも同じです。

財団法人社会経済生産性本部のアンケート(2008<平成20>年)では、企業の58%が「心の病」は増加傾向にあると答えています。

しかし、メンタルヘルス対策に力を入れていると答えた企業は64%に上ります。

つまり,日本社会全体に,うつ病をはじめとする精神疾患が深く静かに浸透しているようです。

ただ教員の場合,既に書いたように,民間企業の割合の2.5倍に達しています。

このように考えると,日本社会全体で「心の病」が増加傾向にある中で,教員の間にとりわけその傾向が顕著となっているといえ
そうです。

事態を単純化するのは危険ですが,日本社会全体に,競争原理が人々の心を確実に蝕んできたといえます。

加えて教育現場においては,管理社会化が進行したことも重要な要因です。

教育する側における管理強化傾向と同時に,「学級崩壊」にみられる生徒の勝手な行動や,モンスター・ペアレントの出現など,
自己中心的な現象が進行しています。

現場の教員はこの二つのプレッシャーに挟まれて,「心の病」に追い込まれているのではないでしょうか。

これにたいして,同じ職場の同僚の間にも,教員の相談にのる余裕がなくなっています。

これも,「心の病」が原因で休職に追い込まれている教員が増えていることの要因の一つだと考えられます。


これらの要因が複雑に関連して,教員は過酷な状況に追い込まれているのではないでしょうか。


(注)今回の記事は以下の新聞,インターネットサイトを参考にしています

『毎日新聞』(2012年12月25日)


http://benesse.jp/blog/20090309/p3.html
http://www.js-mental.org/images/03/20080805.pdf (財団法人 社会経済生産性本部社会経済)
http://www.welllink.co.jp/press/files/kyoin_summary_2008-10.pdf (文部科学省委託の民間機関の調査)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/houdou/__icsFiles/afieldfile/2009/01/26/1217866_13.pdf (労災 厚生労働省)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121224/t10014398451000.html (NHK)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf(文部科学省) 
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1314343.htm (文部科学省 平成22年度教育職員に係わる懲戒処分等の状況について)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「夫は外で 妻は家庭に」?-内閣府の調査結果から-

2012-12-25 15:49:14 | 社会
「夫は外で 妻は家庭に」?-内閣府の調査結果から-


内閣府は12月15日,平成12年度における男女共同参画社会に関する世論調査の結果を発表しました(注)。

この調査は内閣武府が今年10月,20才以上の成人5000人を対象に行ったものです。

その中に,「夫はは外で働き,妻は家庭を守るべきであるか」とい調査項目があります。

この調査は1992年から始められていますが,これ以来,2009年まで一貫して「賛成」は減少してきました。

1992からの推移をみると以下のような経過をたどっています。

以下の統計で,「賛成」は「賛成」と「どちらかといえば賛成」の合計,反対は「反対」と「どちらかといえば反対」の合計でカッコ内の数字,
残りは「わからない」です。

1992年 60.1% (34%) 1997年 57.8% (37.8%) 2002年 45.4% (48.5%)
2004年 45.2% (48.9%) 2007年 44.8% (52%)  2009年 41.3% (55.4%)
2012年 51.6% (45.1%)

全体の趨勢をみると,1992年以来,一貫して「賛成」は減少してきましたが,今年2012年(平成24年)に初めて反転し,
「賛成」が半数以上を占めるようになったのです。

もう少し,その内容を詳しくみみましょう。

バブルが弾けた直後の1992年には,「夫は外で働き,妻は家庭を守るべき」に「賛成」が60%を超えていました。

当時はまだバブルの余韻が残っていたのか,夫の収入だけで家系が成り立っていた様子がうかがえます。

しかし,その後,景気が後退するにつれて,いわゆる「失われた20年」に入ると,「賛成」は次第に減少してゆきます。

これは,夫の収入だけでは十分でなく,妻も働かなくてはとの意識が強くなっていったからだと解釈できます。

もちろん,妻も働くべきであるという,女性の意識の変化も影響しているでしょう。

しかし,やはり収入の減少が,妻も収入を得る必要があると考えるようになったことが大きいと思われます。

ところが,今年2012年は,さらに景気は低迷し,所得は減少しています。

普通に考えると,妻も外で働く動機と必要はさらに強まったはずです。

それにもかかわらず,2012年にはこれまでの傾向が逆転したのはなぜでしょうか?

この問題は後で総合的に考えるとして,その前に,男性と女性それぞれの立場からどの様に考えているかをみてみましょう。

男性のうち「賛成」と答えた割合は,2009年の45.9%から2012年の55.11% と10ポイントも増加しています。

これにたいして女性で「賛成」と答えた人は, 2009年の36.3%から2012年の48.4.4%と12ポイントも上昇しています。

年代別にみると,20代男女の「賛成」割合は,2009年の30.7%から2012年の50%へ,20ポイントも増加しています。

さらに注目すべき変化は,2009年には,「夫は外で働き,妻は家庭を守るべき」と答えた人の割合は20代の男女がもっとも
低かったのに,2012年には,20~50代の中では20代に男女が最も高くなっています。

これらを総合して考えると,今年の状況に関する限り,「夫は外で働き,妻は家庭を守るべき」と考える人の割合が,

男女とも高くなったこと,とりわけ若い世代にこの傾向が強いことが推察されます。

次に,家庭内での役割の他に,男女の平等性についてみてみましょう。

「男性方が優遇されている」(「男性の方が非常に優遇されている」と「どちらかといえば男性の方が優遇されている」
の合計)は2009年の46.5% から20012年には43.3% へ減少しています

つまり,2012年には,男性の方が家庭の中で優遇されているという実感は,全体として少し減少したことが分かります。

夫の小遣いや昼食代の減少にみられるように,男性は必ずしも家庭生活で優遇されているとは思わない,という実感が
あるのでしょう。

これにたいして「平等」と答えた人は,2009年から2012年にかけて43.1%から47.0%へ上昇しています。

ただ,「女性の方が優遇されている」という割合は,2009年の15.1% から2012年の13.5%へ減少しています。

やはり女性の方が優遇されていると感じている人はさらに減少していることが分かります。


それでは社会全体でみると,男女の平等にかんしてどのような状態にあるのでしょうか。

2009年から2012年の変化をみると,「男性の方が優遇されている」とする人の割合が71.5%から69.8%へ,「平等」と答えた
人の割合が23.2%から24.6%へ,「女性の方が優遇されている」とする人の割合が3.6%から3.8%へ,ごくわずか減少してい
ますが,大まかにほぼ同じです。

家庭内における夫の優位性は2009年と2012年では少し低下し,社会全体の評価では依然として圧倒的に男性の方が優遇され
ていると認識されています。

以上の調査結果から,どんなことが言えるでしょうか。

まず,人々の価値観が「夫は外,妻は内」という古い伝統に回帰しているように見えます。

しかしこれは必ずしも,積極的・肯定的に伝統への回帰に賛成しているとは限りません。

ここで,20代の若者で「夫は外,妻は内」に賛成の割合が激増している点に注目すべきです。

これは,若年層の就職難や賃金の減少で,やむを得ず妻が家庭を守ることに賛成せざるを得ない事情を反映している,
と考えるほうが事実に近いと思います。

さらに,2012年には女性の間で「夫は外,妻は内」という意識が大きく急に高まったことも重要です。

その一方で,社会全体でみると「男性の方が優遇されている」と考える人の割合は,家庭内でのその割合に比べて,遙かに
高くなっています。

この事実は,職場などで圧倒的に男性優位ですが,家庭内では男性の優位性はそれほど顕著ではないことを物語っています。

おそらく,長引く不況のもとで職場では女性が非常に不利な立場に置かれていることを女性が実感しているからでしょう。

その結果,女性が不利な条件で必死で働くより,安定した家庭生活を重視するようになったとも解釈できます。

事実,『毎日新聞』(2012年12月25日 朝刊)には,福岡県在住の36才の契約社員と,
東北地方のホテルに勤務する29才の女性(常勤)の事例が掲載されています。

前者の女性は,離婚後子ども一人をは抱えて毎日夜8時まで残業しても月給は手取り12万円。

それも契約社員のため,賃金は上がらず職そのものもかなり不安定だという。

もう一人の女性は,一応「主任」に昇任し役職手当もついて手取りは14万円になりました。

しかし,繁忙期には週3回も当直が入ります。

労働が非常にきついため,毎年,女性社員がものすごい勢いで辞めていくようです。

このため,現在既婚者はゼロだろそうです。

先輩の女性社員から「早く結婚して幸せになった方がいいわよ。これ以上ここにいてもアップすることはないんだから」
と言われています。

彼女は,結婚してホテルを辞めたら,家事や夫の世話をすることを願っています。

以上の2例は,とりわけ地方の状況に特有かも知れませんが,現実でもあります。

私は,こうした経済的な面とならんで,昨年の東日本大震災の影響もあると思います。

震災以後,多くの若者が,とりわけ女性が,一人でいることの不安定さを感じ,結婚願望が強まったという報道が何回か流されました。

これの統計的な証拠はありませんが,現代は女性が一人で生きてゆくことが,かなり厳しくなっていることは確かだと思います。

こうした背景の下で,ゆるぎない「絆」を求めているのかも知れません。

この傾向が今後どうなってゆくのかを,注目してゆきたいと思います。


この記事に関しては以下のサイトを参照されたい。


http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-danjo/index.html (平成24年10月調査)
http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-danjo/index.html (平成21年10月調査)
http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-danjo/zh/z14.html (年度別推移)
http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-danjo/images/z15.gif 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

衆議院総選挙-自民党“圧勝”の意外なからくり-

2012-12-22 05:11:44 | 政治
衆議院総選挙とナショナリズム-自民党“圧勝”の意外なからくり-



2012年の衆議院総選挙の結果は,予想通りという面と,意外な面との両面をもっています。

予想どおりというのは,自民圧勝,民主惨敗という結果です。

これには,選挙前から各マスコミが,民主党は信頼を失ったと言う報道を,これでもかというほど繰り返し報道していたことも大きく影響
しています。

結果は,自民党が単独で過半数を大きく超える294議席(小選挙区237、比例代表57)を獲得して圧勝しました。

これに対して民主党の獲得議席は57議席(小選挙区27、比例30)でした。

これは、民主党が結成された98年以降最低だった05年の113議席(小選挙区52、比例61)の約半数にすぎません。

以上の結果は,あたかも自民党が圧倒的な国民の信任を得たかのような印象を与えます。

本当にそうでしょうか? 中身をもう少し細かく見る必要があります。

現在の選挙制度は小選挙区(300議席)と比例(180議席)との併用となっています。

小選挙区では,それぞれの選挙区で最高得票を得た候補者だけが当選となり,その他の候補者への票は死に票となってしまいます。

つまり,1票でも多い方が当選,少ない方が落選となるので,結果は少しの差が,極端に大きく反映されます。

今回の小選挙区の結果を見てみましょう。

    獲得議席数  議席数に占める割合 得票率

自民党  237   79%       43%
民主党   27    9%       22.8%

これらの数字から,次の事がわかります。

① 自民党は得票率 43%で,全小選挙区議席数(300)の約80%の議席数を獲得していることになります。

② 民主党は,得票率は22.8%で自民党の半分なのに,獲得議席割合は,わずか9%,
  自民党の9分の1になってしまいました。

 獲得票だけで単純に比較すると,自民圧勝といわれながら,自民対民主は2:1にすぎなかったのです。

③ 今回の投票率が59%(全有権者の6割)でしたから,43%という得票率を国家的規模で見ると,
  全体の25%の支持で8割の議席を獲得したことになります。

次に自民党の小選挙区と比例区の獲得票数を大ざっぱに見ると以下のようになります。

          小選挙区     比例区
 2005年      3200万     2588万 (郵政選挙で自民大勝 296議席)
2009年      2700万     1881万 (自民大敗 政権交代)
 2012年      2564万     1662万 (今回 自民大勝)


この得票数の変化をみると,意外なことがわかります。

今回,自民は大勝したと言われていますが,2005年の小泉郵政選挙の得票数と比べて小選挙区では630万票,比例区では920万票も
少ないのです。

得票率でみると,2005年の郵政選挙では,小選挙区が49.2%,比例区で55.6%,でしたが今回は,小選挙区が43%,
比例区が27.6%でした。

今回の比例区の得票率は,何と,2005年の半分に激減しているのです。

さらに驚くのは,自民党が大敗し政権交代が起こった,2009年の総選挙と比べても,

今回の獲得票数は,小選挙区で140万票,比例で220万票も少ないのです。

これらの数字から,自民党の得票数は,確実に減少しつつあることが分かります。

これは比例での獲得議席数にもはっきりと現れています。

今回の選挙での比例57議席は,2005年の77議席より20議席も少なく、大敗した09年の比例55議席をわずかに2議席上回る
だけでした。

比例の得票数は,死に票がないので,有権者の各政党に対する本当の民意を反映しています。

それでも,自民党が今回の選挙で多くの議席数を確保できた「直接的な」理由は,

① 民主党の一方的な失政
② 小選挙区制
③ 昔からの地方組織や産業界,商業界などの,比較的安定した組織票
④ 「第三極」を目指した政党が,期待ほど伸びなかったこと

などが考えられます。

①は,短距離走で,自民党は今までより多少遅く走ったのに,民主党はスタートと同時に勝手に転んでしまい,そのままよたよたと
ゴールした状態でした。

③は,伝統的とも言える,自民党の堅い地盤で,今回のように,投票率が低いとこのような組織票をもっている政党にとって,非常
に有利です。

④は,「第三極」を目指す政党が乱立し,票が分かれてしまい,これも自民党(と公明党)に有利に作用しました。

以上の直接的な理由の他に,二つの重要な背景がありました。

一つは,長期の不景気と所得の減少にたいして多くの国民は,景気回復には民主党より自民党,という意識が強く働いていたことです。

安部自民党総裁は(来週には首相?)選挙前から金融緩和と大型公共投資を示唆していました。

これらの政策により,景気が回復し国民の個人所得が上昇する保障は何もないのにもかかわらず,有権者は,かすかな期待を抱いたのです。

むしろ,大企業の利益は上がるかも知れませんが,庶民にとっては物価だけが上がって,所得はせいぜい現状のままか,減少する可能性
さえ大きいのです。

経済の面では,新聞の見出しにもあったったように,自民の圧勝は,民主党より「まだまし」の結果であるとも言えます。

もう一つは,尖閣をめぐる中国,竹島をめぐる韓国の挑発的行為です。

中国船が尖閣諸島の領海に頻繁に出入りしたり,最近では航空機が領空を侵犯する映像がたびたびニュースで流されてきました。

その映像をみる日本人の心の中に,「なぜ,もっと強い姿勢で中国に対抗しないのか」というナショナリズム的感情が鬱積している
のだと考えられます。

竹島をめぐる韓国との対立についても同じ事が言えます。

つまり,ここ2年ほどの間に,日本人の心の片隅に,ナショナリズムが深く静かに蓄積されてきたのです。

安部総裁は自衛隊を「国防軍」へ名称変更し,さらに集団的自衛権も行使できるように憲法改定を口しています。

このため国民は,安部総裁なら中国,韓国にもっと強い姿勢で臨んでくれるのではないか,という期待感をもっているのではないで
しょうか。

しかし,不思議なことに,マスコミは自民党圧勝の背景として,中国,韓国との対立から生じたナショナリズムの台頭には触れて
いません。

今回の選挙で自民党は,国防軍,集団的自衛権,憲法改訂,原発などの重要な争点を巧みにぼかし,景気浮揚の問題に集中しました。

マスコミも,意図的にか無意識にか,とにかく重要な争点として大きく取り上げませんでした。

しかし,今回の選挙の結果は,そう遠くない将来,きっと国民の意思とは違った形で現れれるでしょう。

今回自民党に投票した人が,「そんなはずではなかった」と思っても,その時は「もう手遅」という状況になっているのではと深く
憂慮しています。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「物語り(ナラティヴ)」による医療-医療思想の革命-

2012-12-18 23:47:32 | 健康・医療
「物語り(ナラティヴ)」による医療-医療思想の革命-


今,医療の現場で静かですが,革命的とも言える根本的な変化が起こりつつあります。

この変化を一言で言えば,「証拠に基づく医療(Evidence Based Medicine)」から「物語りに基づく医療( Narrative Based Medicine)」への変化です。

もっとも,この変化を「革命的」と考えているのは,私だけかも知れません。

この医療の方法について説明する前に「物語り(ナラティヴ)」といういう言葉の意味を簡単に説明しておきます。

私たちが,何かを理解し説明する仕方には大きく二つの道があります。

すなわち「科学的理解」・「科学的説明」と「物語的理解」・「物語的説明」です。

科学的説明とは,普遍性,一般性,客観性,必然性から物事を説明することです。

最も分かり易い例を示せば,リンゴが木から落ちることを,万有引力の法則から説明することです。

科学的説明とは,物事を必然の世界で説明することです。

こうした説明は「科学の物語」ということもできます。

これにたいして「物語的説明」は,必然性だけでなく,偶然性をも含んだ物事の展開から説明することです。

ある事件が起きたとき,これまで確認されている科学的法則を当てはめて事態を説明しようとします。

たとえば,家庭環境にこういう問題があると人間はこういう行動をする,あるいは,性格にこんな傾向が生ずると
いった具合です。

しかし,同じような境遇にあっても事件を起こさない人が大半なのに,なぜこの人だけが事件を起こしてしまった
のか,という疑問も生じます。

そこには,必然や法則だけではとても説明がつかないような,「偶然のいたずら」「運命のいたずら」も関わって
います。

このような時,偶然も含めてその人がたどってきた物事の展開を,一貫性をもったひとつのまとまりとして描かれた
世界が「物語」です。

言い換えると,物事の「物語」を理解して,「なるほど,そういうこともあり得るな」というふうに了解を可能
にする説明が「物語的説明」です。(注1)

自然現象と異なり,人間の思考や行動について,科学的・普遍的な説明だけでは理解できないことの方が多いので
はないでしょうか。

私たちは,ある事件や事態を一つの繋がりをもった「物語」として描くことができたとき,それらを理解したと
感じます。

逆に描けなかった時は不可解となるのです。

つまり,「物語」は,混沌とした世界に意味の一貫性を与え,了解可能なものしてくれるのです。

ここで,「物語」についてもう一つ基本的な点を整理しておきます。

「物語」の最小限の要件は,複数の出来事(思いや感情も含めて)を時間の流れにそって並べ順序関係を示した
ものです。

これにはストーリー(a)とプロット(b)があります。

(a) 王様が亡くなりました。そして王妃様の亡くなりました。
(b) 王様が亡くなりました。そして悲しみのあまり,王妃様も亡くなりました。

(a) の文章を聞いている方は「ふ~ん,それで?」という反応しか出てきません。

(b) の文章では,王妃様が亡くなったのは,悲しみのためだった,という事情を聞いて,“なるほど”と事態の全体を
了解します。

ここで私たちは,王様の死と王妃の死との関係がはっきりと理解できるのです。

つまり,「物語」の重要な点は,物事を「つなげる」ことなのです。

「物語り(ナラティヴ)」とは,ストーリーとプロットを含んだ概念です。

さらに,「物語り」は,「物語そのもの」(story) と「物語を語る」(story telling) の両方の意味を含みます。

ところで,上に述べた「物語り」が医療とどういう関係があるのでしょうか。

前者の「証拠に基づく医療」とは,確かな科学的な証拠に基づく医療という意味です。

通常の,いわゆる西欧医学は自然科学として,実験と観察による検証を経て,客観的な理論を構築し,治療方法を
発展させてきました。

体の不調があって病院に行くと,血液,尿,血圧,体温,心電図,レントゲン写真,時にはCTやMRIといって
高度な検査機器で,検査を受けます。

これらの結果は体の異常の正体を判断する際の確かな「科学的なデータ」つまり,「証拠」として用いられます。

そして,「病名」が付けられ,それに対する標準化された治療なりケアが行われます。

これが,通常の治療プロセス,科学的証拠に基づく「医学の物語」です。

そして,医者は次に,医学の物語を借りて,「医者の物語」を患者に告げ,多くの場合,一方的に押しつけます。

そして患者も医者の物語を概ね受け入れます。

しかし考えてみると,患者は患者で医者とは異なる人生についての物語,「人生物語」をもっているはずです。

たとえば,当の患者は,現在どのように感じ,その病気をどのように意味づけ,家族との関係をどのように考え,
治療について何を望んでいるのかなどをえているはずです。

しかし従来の医療では,患者の物語が十分に考慮されることはほとんどありません。

物語に基づく医療の発端となったのは,心の病,精神疾患の治療現場でした。

従来は心の病を,心理学理論に基づいて診断し,つまり「医学化」し,科学的な「医学の物語」として治療が行わ
れてきました。

しかし,90年代以降,ナラティヴ・セラピーが注目を集めるようになりました。

それは,セラピストが患者の物語を十分に聞き,クライエント(サイコセラピーでは「患者」という言葉ではなく,
クライエントという言葉を使う)と共同で「人生物語」を構成してゆく実践です。

セラピストとクライエントの関係は,物語の「共著者」に例えられます。

従来,セラピスト・医者とクライエント・患者は上下関係でした。

ナラティヴ・セラピーはこの関係を根本的に変えてしまったのです。

というのも,さまざまな実践の場で,この方法によりクライエントは,自らの苦悩,迷い,希望などを自由に語る
ことにより,「自己に関する物語」を構成しやすくなることが分かったからです。

ここで,ナラティヴのもう一つの側面である,「物語る(story telling)」ことの大切さが発揮されるのです。

心の病の治療に対してナラティヴ・アプローチの有効性が認知されるようになると,これは全ての医療やケアにも
有効ではないか,という方向に発展してきました。

たとえばあなたが医者に“がん”であることを告知されたとしましょう。

一般的な治療のプロセスは,まず医者がさまざまな検査結果と症状から,あなたのがんが,どこの臓器にどれほどの
範囲で,どの程度の進行しているかを“科学的”,“客観的”に説明します。これは

そして,この病状にたいして,どのような治療方法があり,多くの場合医者は,この病状に対する「標準的な」
治療方法を薦めます。

しかし,ナラティヴ・アプローチでは,まず医師は,患者がどんな人生物語をもっており,現在の病をその物語の中
にどのように位置づけ,これからどんな治療を望んでいるのかを一緒に考えてゆきます。

こうした物語を語ってゆく過程で患者は,自分が本当に悩んでいること,望んでいることを,自分自身で確認し,
新たな人生物語を構成する事ができるようになるのです。

医師の役割は,そのプロセスを一緒に考えて,物語の構成の手助けをすることになります。

これも,従来の医療とは根本的に異なります。

残念ながら,現在の日本では,このような医療はあまり実践されていませんが,私は,これこそ医療の原点だと思います。

ナラティヴ・アプローチは,今では医療の領域に留まらず,人類学,社会学などの分野にも及んでいます。

これらについては順次,書いてゆきたいと思います。



(注1)今回の記事に関しては,野口裕二 2002 『物語としてのケア―ナラティヴアプローチの世界へ―』医学書院
    ―――― 2005 『ナラティヴの臨床社会学』 勁草書房
    グリーンハル,トリシャ,ブライアン ハーウィッツ(編) 2004(2001) 『ナラティブ・ベイスト・メディスン―臨床における物語と対話―』
    (監訳者 斎藤清二,山本和利,岸本寛史),金剛出版
    を参考にしています。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TPPに潜むもう一つの危険-インドに事例に見られるタネの危機-

2012-12-15 15:14:42 | 食と農
TPPに潜むもう一つの危険-インドに事例に見られるタネの危機-


2012年12月16日の衆議院総選挙ではTPP(環太平洋パートナーシップ)への参加が一つの争点となっています。

TPPに対して農業団体は,安い輸入農産物が日本農業が壊滅させると警戒しています。

しかし,農業の自由化を求めるTPPには,貿易の他にも重大な危険が潜んでいます。

以前,「青臭いトマトはどこへ-ナチュラルシードを残そう-」(2012年4月21日投稿分)で,現在の日本の農業の現状をタネという
観点から書きました。

現在,日本で栽培されている農産物(米を除く)のタネの99%は海外からの輸入です。

この中には,日本の種苗会社(サカタ,タキイなど)が海外でタネの栽培を委託し,それを輸入した分も含まれます。

しかし,世界全体では,種苗販売のビッグ3であるモンサント(米),デュポン(米),シンジェンタ(スイス)が世界のタネの4割を
占めています。

中でも,化学薬品メーカーだったモンサントは売上高において群を抜いて巨大です。

モンサントは米政府と一体となって,世界でタネの特許登録,交配による雑種(ハイブリッド)と遺伝子組み換え種子の開発を強力に
推し進めています。

これらの分野で優位に立っているモンサントは将来,名実ともに世界の農業を支配するかもしれません。

残念ながら,日本の種苗会社のシェアは,世界規模ではほとんど無視し得る程度です。

しかも,これら巨大企業は各国の種苗会社を次々に買収しています。

日本の種苗会社も,いつ買収されるかわかりません。

上記の3大種苗会社は,遺伝子組み換え,またハイブリッドのタネを作り続けています。

遺伝子組み換えのタネから栽培された野菜は本拠地のアメリカでも「フランケンシュタイン・フーズ」と呼ばれ,一時市場から撤去
されました。

しかし,これらの企業は単にタネの開発をするだけでなく,世界のタネの遺伝子情報を特許として独占化を図りつつあります。

TPPを導入すると,関税障壁によって保護されている日本の農業は大きな痛手を受けるでしょう。

しかし,TPPに潜む危険は,たんに貿易の不利益だけではありません。

モンサントによって,農民が自分の作る農産物のタネを自家採取する自由が奪われている悲惨な実情をインドの事例から見ることが
できます。

インドでは伝統的に,農家が自家採取したタネで農業をおこなってきました。

しかし,2000年ころから,種苗会社から品種改良を重ねたタネ(ハイブリッド)を買って大量生産する農業へ転換し始めました。

こうしたタネは,値段も高くても収穫が多く,害虫にも強いと宣伝されています。

その反面,品種改良されたタネで栽培された作物から採取したタネを翌年に植えても,同じように収穫することはできません。

なぜなら,これは人工的に作られた一代雑種で,その子孫は同じ性質を持たないからです。

こうして,ハイブリッドのタネを使っている農家は,毎年,種苗会社からタネを買うことになります。

現在,インドでは自家採取のタネと種子全体のハイブリッドが半々となっています。

しかし,インドでは,作物の交配によるハイブリッド種だけではなく,遺伝子組み換え作物も大規模に取り入れてきました。(注1)

これらは,農産物の質(栄養価)よりも量を重視する「商品」としてしかみていません。

インドでは,しばしば,タネと肥料をセットで買うことが義務づけられています。

その結果,何が起こったのでしょうか。

インドの,自立的経済再建運動の理論的,哲学的リーダーのヴァンダナ・シヴァ女史は,インドの悲惨な状況を訴えています。(注2)

インドでは,この20年の間,急速にタネの多様性は失われ,遺伝子組み換えトウモロコシ,ダイズ,タナネ,ワタという基幹農作物の
作付け面積が増大しました。

インドの綿の在来品種は,遺伝子組み換え綿と交雑して絶滅してしまいました。

インドには,1500種の綿が存在していましたが,現在作付けされている綿の95%はモンサントが販売しロイヤルティを徴収する
遺伝子組み換え綿です。

同じことは,トウモロコシでも起こっています。

つまり作物のモノカルチャー化(画一化)です。

ヴァンダナ・シヴァは次のように訴えます。

「すべてのたねは,何千年の進化と何世紀にもわたる農民の品種づくりの賜物です。たねは,大地の知恵と農村社会の知恵の精粋です。
農民は,多様性,復元力,味,栄養,健康,地域の農業生態系への適応を目指して品種づくりをしてきました。

工業的育種は自然の貢献と農民の貢献を無視しています」

恐ろしいのは,自分たちの開発したタネだけでなく,在来種までも特許の対象として登録し,種苗会社の「知的所有権」の対象にしよう
としています。

これらの裏付けとなるのが,日本も参加している「世界貿易機関」(WTO)の「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」です。

この協定によれば,特許保有者は,いかなる人に対しても特許取得製品の生産・販売・頒布・利用を禁止することができます。

それだけでなく,特許種子を使う農民から多額のロイヤルティを聴衆できるのです。

種子特許は,タネを保存し分かち合う農民の権利を「盗取」,「知的財産に対する犯罪」としてしまいました。

こうして,現行のWTOの協定が維持される限り,世界の農業は少数の種苗会社に支配されてしまいます。

この協定は1991年に結ばれ,1995年に見直しされる事になっていましたが,WTOはなし崩し的に見直しを延ばし,現在までそのまま
です。

インドやアフリカ・グループは,生命体を特許の対象とすることに反対する声明書を準備していましたが,これは現在まで実現して
いません。

さて,問題は日本ですが,生活クラブ連合会の清水氏によれば,一人当たりの遺伝子組み換え作物の消費量は世界一ではないかと,
述べています。(注3)

その90%がモンサント社が販売する種子から作られています。

しかし,特定の条件がそろえば「遺伝子組み換え」表示をしなくても良いのです。

たとえば,日本のナタネ油の90%はカナダ産ですが,カナダのナタネは事実上すべて遺伝子組み換えです。

しかし,最終製品でその遺伝子が検出されなければ,遺伝子組み換えを表示義務はありません。

このほか,家畜飼料として遺伝子組み換えトウモロコシや大豆を食べて育った家畜,牛乳は卵にも表示義務はありません。

現在,「世界保健機関」(WHO)と「国連食糧農業機関」(FAO)の合同委員会が,遺伝子組み換えの安全性を審査する事が国際
ルールになっています。

ところが,この委員会のアメリカ政府代表の中にモンサント社の社員が入っています。

この委員会は,モンサント社などの開発会社の書類をチェックするだけなのです。

日本と同様の遺伝子組み換え表示を実施しているニュージーランド政府に,モンサント社は,貿易障壁であると主張して撤廃を求めて
います。

日本がTPPに加盟すると,間違いなく,アメリカンの政府と一体となってモンサントなどの種苗会社は同様の圧力をかけてくるで
しょう。

モンサントは,この表示を貿易障壁であるとして,相手国政府を国際法廷に訴えることができます。

そうなると,過去の事例から見て日本は敗訴し,巨額の巨額の賠償を支払わざるを得なくなるでしょう。

それどころか,農業のモノカルチャーによって,生物多様性,食文化の多様性を失い,

食物からは栄養,味,質が失われます。

現在,TPPへの参加を主張している政治家は,TPPに潜むこのような危険についてはほとんど無知だと思います。

食と命の安全,日本の農業を守るためにも,TPPへの参加は阻止する必要があります。



(注1)タネに関する問題は,朝日新聞の電子版「Globe」に連載されています。ただ,朝日新聞では,遺伝子組み換えやハイブリッド種
    の開発は,食糧増産に有効であるかのような論調できじを作っていますので注意が必要です。
    http://globe.asahi.com/feature/081103/01_1.html を参照。

(注2)ヴァンダナ・シヴァ「危機に瀕する『たねの自由』」『世界』(2012年12月号):221-229ページ。
(注3)ヴァンダナ・シヴァ氏の記事に対する「解説」。上記『世界』:230-231ページ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原発問題はエネルギー問題だけはありません―国の在り方と核兵器について考える―

2012-12-12 10:08:02 | 社会
原発問題はエネルギー問題だけはありません国の在り方と核兵器について考える―


今回の総選挙の争点の一つに,原発維持か脱(卒)原発か,という問題があります。

しかし,マスコミは,国民の関心が最も高いのは景気対策であることを強調しています。

たしかに,景気・経済問題は日々の暮らしに直結する重大な問題です。

このため,ブログで二回にわたって,民主党と自民党の経済政策を扱いました。

その一方で,多くのマスコミは,脱(卒)原発を最大の政策課題として立ち上げられた「日本未来の党」については,その重要性を
あまり取り上げていません。

むしろ,小沢一郎氏の影がちらつく,などのネガティブ・キャンペーンだけが目に付きます。

原発の問題は,一見,エネルギー問題だけのような印象を与えます。

脱原発を政党の主なテーマとするのは,国政というさまざまな問題に対処するには狭すぎる,という批判的な見方もあります。

しかし,たとえばドイツの「緑の党」のように環境を旗印にした政党が,現在ではドイツの国政全体に大きな影響力をもっているの
です。

というのも,脱(卒)原発というのは,たんにエネルギーをどう賄うかという狭い範囲にとどまる問題ではないからです。

現代の日本はエネルギー多消費社会といえます。

もし,原発を止めてしまうと,電力が足りなくなり,電気料金は2倍に上がる,と宣伝されています。

しかし,この宣伝が本当かどうかはという問題は別の機会に囲うと思います・

ここでは,このまま原発を稼働させることが可能かどうかを考えてみましょう。

現在でもすでに使用済み核燃料の処分が不可能な状態にあるのに,これからも稼働させると,日々,行き場のない使用済み核燃料
が増え続けます。

原発維持派の人たちは,この問題にどのように対処するかについては全く触れません。

それより,今,産業界や市民生活で必要としている電力を賄うためには,原発を稼働させるしかない,という主張だけを繰り返し
ています。

しかし,今の必要を満たすために原発を稼働させれば,将来,その燃料を処理するために,巨額の費用がかかります。

これを考えれば,原発は長期的には決して安上がりのエネルギー源ではありません。

原発の問題は,長期的なコストの面,安全性の面のほかに,二つの重要な問題に関係しています。

一つは,日本という社会のあり方を,根本的に見直す,という問題です。

これまでの日本社会は,エネルギー多消費型の産業構造と生活様式(ライフスタイル)にどっぷりとつかってきました。

以前にも触れたことがありますが,例えば遠くから鉄鉱石を船で運び,膨大な量の電気や石炭でそれを溶かして鉄をとりだし,
加工します。

確かに,鉄は自動車や造船などの産業分野にとって不可欠の素材です。

しかし,もし,原発のエネルギーを使わなければそれらの産業が維持できないとしたら,

もう日本ではそれらの産業を存続させるのは困難であることを意味します。

一方,私たちの生活においても,あらゆる種類の家電製品があふれています。

また,東電などの電力会社は,オール電化の家を推進してきました。

加えて,各家庭での車の使用もエネルギーを多量に消費します。

車の使用に関して言えば,一部の国ですでに導入されているように,できるだけ近所の住民や仲間での相乗りを普及させること
も必要です。

大げさに言えば,原発問題はたんにエネルギーをどう確保するか,という問題にとどまりません。

産業構造と生活のあり方,全体日本という国の在り方を根本から見直すことを迫っているのです。

これは,国家予算の使い方も含めて国の運営全般の見直しをも必要としています。

二つ目は,原発と核兵器の問題です。

最近の石原,日本維新の会の代表や一部の自民党の政治家は,核兵器を作る潜在能力を保持する意味でも,原発は維持すべき
であるとの考えを示唆しています。

よく知られているように,原発を稼動すると,核兵器の原料となるプルトニウムが副産物として生産されるからです。

実を言うと,これは今,突然出てきたわけではなく,原発が日本で稼動し始めた当初から一部の政治家の頭にはあった考えです。

世界で唯一の被爆国として,日本は核兵器を持つべきではありません。

かつて小泉首相は「郵政民営化 イエスかノーか」だけで衆議院の総選挙をしました。

しかし,現在,その民営化は実質的に当初の中身は変質してしまっています。

郵政民営化というテーマに比べれば,原発問題は,はるかに重要で,これだけで総選挙によって民意を問うに値します。

以上の点から,私は今回の選挙では原発問題は中心的な課題として投票の判断材料になると考えます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

病と心のケア-がん治療の裏事情-

2012-12-08 23:35:16 | 健康・医療
病と心のケア>-がん治療の裏事情-


現在日本の総死亡者数は90万人ほどで,うち,がんによる死亡者は30万人強です。

つまり,3人に1人はがんで死んでいるということになります。

実際,私の周囲で亡くなっている人を考えても,がんによる死亡が多いことに改めて驚きます。

こうなると,がんはもう国民病といっていいほど一般的な病気でとなっています。

がん治療といえば,なかにし礼氏が,初期から進行がんに進む段階にあった食道がんの治療に,手術ではなく陽子線治療を受け,
見事にがんの消滅に成功しました。

なかにし氏の場合,基本的には手術が適用となる症状でした。

しかし彼は27歳と54歳の時,心筋梗塞を患ったため,手術に不安をもったといいます。

陽子線治療は,今後もますます普及してゆくことが考えられます。

ただ,現在は治療費が280万円から300万円ほどかかります。

しかも,この治療ができる医療機関が少ないため,なかなか治療の順番が回ってこない,という問題もあります。

確かに,手術は患部を切り取るという意味では根本治療の有効な方法の一つです。

他方で,手術は体に大きな負担を強いる治療方法でもあります。

このため,手術は成功したが体の抵抗力が弱まり,他の病気を発症させてしまうこともあります。

つい先日亡くなられた中村勘三郎氏は,今年7月に食道がんの手術を受け,その後抗がん剤治療を受けていました。

手術そのものは成功だったようですが,12時間に及ぶ手術は体に大きなダメージを与えたようです。

手術が与えた体へのダメージと抗がん剤による免疫力の低下のため,肺炎を発症してしまいました。

結局,この肺炎が直接の死因となってしまいました。

がんと聞けば,不治の病,激痛,抗がん剤治療の苦しさ,等を思い浮かべます。

これらは,病そのものの性質,それからくる身体的な苦痛です。

しかし実際にはこれらの他に,再発の不安や高額の治療費負担など,心理的,経済的な苦悩や苦労があります。

私はこれまで何人か,がんの手術を受けた人の相談にのってきましたが,一様に再発の不安をかかえていました。

しかし,この不安の他に最近,特にがん患者にとって大きな問題は,経済的な負担と,それにともなう精神的苦痛です。

ある血液がんである慢性骨髄性白血病のがん患者の場合,1錠約3100円(現在は2700円)のグリベッグを1日4錠服用しな
ければなりませんでした。

この他,精神安定剤,睡眠剤,糖尿病治療薬,頭痛薬など,1日分の薬は20錠にもなるそうです。

もちろん,このような高額の医療費に対して,国は高額療養費制度で,一定額事情の医療費がかかった場合には,
所得に応じて上限を定め,それを超えた分を負担しています。

この女性の場合,高額療養制度を使っても年間30万から60万円になります。

このため,この女性は「迷惑をかけているのかな,家族に」という罪悪感も加わって,うつ病も併発してしまいました。

何度も「死」が頭をよぎったそうです。

がんを抱えて生きている人は,ただでさえ再発の不安で精神的に厳しい状況にあります。

それに,経済的な負担が加わるので,二重苦に苦しむことになります。

実際,調査の結果,経済的負担感があったと答えたがん患者で,うつ傾向がかなり強いと評価された割合は21.2%でした。
(以上は『毎日新聞』2012年11月24日)

つまり負担感がなかったという患者の6.6%に比べ3.2倍も多かったのです

がん患者のこうした苦悩にたいして,現在の日本ではどのように対応しているのでしょうか。

日本の医療体制の下では,手術や深刻な病を抱える患者の精神的問題に対応する仕組みがありません。

まず,外科や内科の医者は,病気そのものに関する説明は丁寧にするようになりましたが,

患者の心理的な問題には関わりたくないようです。

したがって,患者が強いうつ傾向やうつ病になったとき,患者は精神科の医師の所に回されることになります。

しかし,外科・内科医師と精神科の医師とが相互に連絡し合い協力して治療にあたることはほとんどありません。

さらに病の身体的な不安だけでなく,経済的不安や個人的な不安にじっくりと耳を傾けるスタッフもいません。

これは,日本の医療システムの欠陥という面の他に,西欧医学の問題でもあります。

まず,日本の医療制度では,カウンセリングに対する評価が非常に低いのです。

これは,カウンセリングに対する保険点数が極端に低いため,多くの医療機関では高額の給与を払ってまでカウンセラーを雇う
ことが出来なのです。

このため,精神科では薬をたくさん処方して保険点数を上げることになります。

これは,患者の経済的負担を大きくするだけでなく,薬の副作用をももたらします。

また,西欧医学では体は体,心は心と,肉体と精神が峻別されていまい,体のケアと心のケアが一体化していません。

日本の医療もこの西欧医学の特徴を受け継いでしまっています。

しかし,同じ西欧医学に基づく医療でも,私が見聞しているオーストラリアのある病院では,日本とかなり違った態勢をとって
います。

この病院では,専属の心理カウンセラーがいて,常に患者の相談にのっています。

私がとても有効だと思ったのは,これらのスタッフが手術を控えた患者さんに,不安を取り除いたり和らげたりするカウンセリング
をしていることです。

ここには,病気治療と心のケアをセットにして考える姿勢が見られます。

日本は,医学の進歩によりがんを徐々に克服すしつつあり,世界でも有数の長寿国となっています。

しかし,このことは同時に,病に長期間苦しむ人が増えることでもあります。

このような事情を考えると,医療における身体的ケアと心のケアの有機的な連携がますます必要委になってくると思います。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

政権公約(2)-民主党の経済政策-

2012-12-05 07:10:03 | 経済
政権公約(2)-民主党の経済政策-


民主党は11月27日に,ようやくマニフェストを発表しました。

民主党の経済施策には自民党と似たところも,異なる面もあります。

似ている点は,民主党も金融緩和,デフレ克服(インフレ誘導),経済成長名目3%(実質2%)を目指すことなどを目標と
していることです。

しかし,自民党の場合と同様,金融緩和をどこまで進めるのかは簡単ではありません。

これは金融緩和は劇薬ですから,用法を誤れば,むしろ国民経済を混乱させます。

また,経済成長名目3%も,現在のデフレ経済の中で実現することはかなり困難です。

民主党の経済政策が自民党の政策と大きく異なるのは,民主党は,新たな成長産業として具体的に分野を挙げている点です。

前回にも書いたように,自民党は大胆な金融緩和(紙幣を大量に刷って市中に放出する)と公共事業の拡大以外,具体策は示
していません。

たとえば,「成長戦略の推進」,「ニッポン産業再興プラン」,「国際転換戦略」などは具体的な産業分野も中身には一切触
れていません。

これに対して,民主党は具体的に3つの成長産業分野を挙げています。

一つは,「グリーンエネルギー革命」のために新エネルギー産業(環境・エネルー分野)です。

この産業分野で,国内的だけでなく,海外市場の需要をも取り込むことを目指している,と記されています。

たとえば,太陽エネルギー,風力,小水力,それらによって作られた電気を貯める高性能蓄電池の開発は確かに成長産業になる
可能性をもっています。

現在,脱原発,卒原発の機運が高まっていることを考えると,この分野の研究・開発は経済の根幹に関わる重要産業であること
は間違いありません。

二つは,医療・介護分野の研究体制を強化し,成長産業に育成することです。

この分野では,再生医療,特にiPS 細胞などの研究に集中的な支援を行うとしています。

これは,中山教授のノーベル賞にあやかった感じがしないでもありません。

しかし,これを別にしても,医療・介護技術の研究は,日本の高い技術力を考えれば,十分成長産業として期待できるでしょう。

さらに,介護の分野では,もっと多くの雇用が生まれる可能性があります。

三つは,農林業を6次産業へ転換し,2015年度までに3兆円産業に育成することです。

この分野に関しては,突然,数値目標が掲げられています。

あと3年で,農林業を6次産業に成長させることは簡単ではありません。

しかし,私個人としては,農業の再生こそが,日本の将来にとって,死活の問題になると考えています。

なぜなら,日本は一方で,広大な面積の耕作放棄農地を抱えているのに,食糧の6割以上を輸入に頼っているからです。

日本は,鉱物資源こそ少ないものの,日照,気温,水という農業に必要な3要素を全て備えている,先進国としては希な農業
資源大国なのです。

以上の3分野はこれまでの民主党,あるいはその他の政党が正面から取り上げてこなかった分野で,これからの成長産業とし
て大いに期待されます。

ただ,グリーンエネルギー革命も,医療・介護も,その技術開発には成果がでるまでには多額の研究開発費と時間がかかります。

さらに,成果が出ないかもしれないという大きなリスクが伴います。

とりわけ農林業の活性化には,たんに生産性や国際競争力の問題だけでなく,農業従事者の絶対的な減少と高齢化という,
人的な要素が関わっています。

なお,特定の産業分野ではありませんが,中小企業の支援も掲げています。

この点で,どちらかとえば大企業中心である自民党とは異なります。

以上見たように,民主党のマニフェストに現れた経済政策は,自民党の政権公約より具体的で,納得できる内容を含んでいます。

もし,このような政策をもっていたのなら,なぜ,今まで推進してこなかったのか,その点が疑問です。

民主党は,自民党や日本維新の会と同様,日本を貿易立国と考え,TPPへの交渉参加を表明しています。

しかし,日本経済にとって貿易だけでなく国内経済を活性化することも重要です。

現在の円高・デフレは不況の原因であると同時に,あるいはむしろ,結果でもあります。

まず,円高は日本の事情というより欧米の金融不安が原因です。

デフレは需要の低迷から物が売れない状態です。

この問題につては,前回,自民党の政権公約と同じことがいえます。

つまり,国民の所得が低く抑えられているため,購買力が減少しているのです。

企業は利益を確保するため,あるいは輸出企業は国際競争に勝つため,賃金をずっと低く抑えています。

このことが,巡りめぐって国内市場を狭くしているのです。

いわば,自分で自分の首を絞めている面があります。
日本維新の会が,最低賃金制度を廃止し,さらなる低賃金を誘導しようとしています。

これは,企業にとっては短期的な利益をもたらすかも知れません。

しかし,長期的には国内景気を一層低下させ,経済を破綻させる可能性さえあります。

以上,総合的に考えて,民主党の経済政策の方向は間違ってはいないように見えます。

しかし,消費税増税は,せっかく国内経済を活性化させる諸政策の良さを帳消しにしてしまう要素ももっています。

現在の日本経済の低迷は根が深く,一発逆転という博打的な政策では回復しません。

金融緩和で無理に引き上げようとすれば,かえって不況の値を深めることになりかねません。

むしろ,地道に内需を拡大することから始めるほうが,結局は近道なのです。

そのためには,雇用の安定と賃金の上昇が是非必要です。

これらは企業の利益を損なうことのように見えますが,国民の所得が増えれば,これは巡りめぐって,消費が増え
企業業績の向上につながります。

これは企業にとって容易なことではないかも知れませんが,雇用不安と低賃金によって景気が回復することはあり
得ません。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

政党の政権公約(1)-自民党の経済政策-

2012-12-01 22:08:34 | 経済
政党の政権公約(1)-自民党の経済政策-


各政党の選挙公約が発表されました。

今回から何回かに分けて,各政党の選挙公約をみてゆきますが,とうてい全ての分野を扱うことはできません。

そこで,国民の関心が最も高い経済政策を中心に考えてゆきたいと思います。

第一回目は,もうすっかり政権をとったかのようにはしゃいでいる自民党についてです。

ただ,経済政策といっても,たとえば原発・エネルギー問題は日本経済に非常に大きな影響を与えますが,

これは別個に原発についての評価を書きたいと思います。

自民党の経済政策の柱は,金融緩和(市中にお金を大量に流すこと)と財政政策です。

これらを通じて,1)明確なインフレ目標2%を設定,2)名目3%の経済成長を達成,そして3)円高の是正のを図る
ことです。

このため,新政権発足後,速やかに第一弾緊急経済対策を断行し,本格的な大型補正予算と,

新年度予算を合わせて切れ目のない経済対策を実行する,としています。

これには少し補足説明が必要です。

まず,現在の日本経済はデフレ不況で物が売れず物価が低下傾向にあり,他方円高のため輸出が伸び悩んでいるという認識
から出発します。

これでは企業の利益は上がらないので,市中に金を潤沢に流すことによって個人の消費と企業の投資を増やし,

2%程度のインフレ(物価上昇)を起こさせる。

こうした一連の政策を矢継ぎ早に,かつ切れ目なく実行することによって,名目3%の経済成長を達成する。

阿部氏は,民主党はできないことをマニフェストに掲げたために政治への信頼を失わせたが,自民党は「できることしか公約
しない」と大見得を切っています。

それでは,自民党の政権公約をもう少し詳しく見てみましょう。

まず,デフレを克服しインフレを誘導するためには,個人と企業が十分な購買力と投資資金を持つ必要があります。

それでは,そのお金はどこから調達するのでしょうか。

政権公約では「大胆な金融緩和」による,としています。

具体的には,建設国債を大量(必要な限り無制限)に発行し,外債ファンドを創設して,外債を購入することです。

しかし,金額的には,外債購入より建設国債の方が圧倒的に大きくなるでしょう。

安部氏は当初,建設国債を全て日銀に直接買い取らせると言っていました。

これは垂れ流し的に日銀が札を刷ることを意味し,「禁じ手」とされています。

党の内外から激しい批判を受けて,直接の買い取りではなく,政権公約では「買いオペ」(日銀が市場を通じて株などの
有価証券を買うこと)

を通じて,と修正しています。

こうして調達した資金を何に使うかといえば,大型の公共投資(道路や橋,その他の「箱物」などの土木事業)に向けら
れます。

建設国債とはいえ結局は国の借金で,いずれ国民が何らかの方法で払うことになります。

こうしてみると,自民党の経済政策の根幹は,過去60年間,まったく変わらず,土木事業を全国で展開することです。

阿部氏が,建設国債を無制限に発行し,それを日銀に買い取らせる,と述べた直後,

株価はあがり,円の為替レートは1~2円ほど円安に振れました。

安部氏は,得意満面に,私の方針が正しかったと述べました。

現在の不況の一因として,円高のための輸出不振が挙げられます。

確かに,円安は輸出業者にとっては歓迎でしょう。


以上は,自民党の政権公約とこれまでの経過です。

それでは,今回の政権公約を実行すると,本当に「できることしか」公約しないという言葉通りになるのでしょうか。

その前に,自民党が主張する大量の建設国債の背景について少し説明しておきます。

自公民の三党が消費税の値上げを合意した際,自民党は野田首相に,合意の条件としてある要求を飲ませました。

それは,国土を災害に強くするための「国土強靱化法案」を受け入れることです。

当時,自民党は10年間で200兆円の公共事業を実施すると公言していました。

また,財界人を集めたパーティーで,ある自民党の幹部は,今回,公共事業の拡大が法律として通ったことを自慢げに報告
していました。

この法律が通ったため,事実上,全ての土木事業は「国土強靱化」事業として公共事業として認められることになるでしょう。

ついでに言えば,公明党も,災害に強い国土をつくるため100兆円の公共投資を行うことを発表しています。

建設国債を事実上無制限に発行すれば,現在でも940兆円という天文学的な国の借金が,さらに膨らむことは確実です。

すると,その元利払いのために国家予算からかなりの額を割かなければなりません。


ところで,巨額の建設国債の発行により大規模な公共事業をすれば,本当に景気は浮揚するのでしょうか。

前回のブログ記事にも書いたように,「失われた20年」の間,ずっと公共事業を「切れ目なく」行ってきましたが,
一行に景気は良くならなかったのです。

というのも,公共事業で潤うのは,一部のゼネコンだけだからです。

さらに,現在のデフレ不況のうち,国内の消費が伸びないのは,多くの日本人はすでに必要な「物」はもっていて,
新たに買う必要がないからです。

つまり,日本の国内市場は飽和状態にあるのです。

さらに深刻な問題は,国民の所得が長期減少傾向にあることです。

サラリーマンの平均年収は,平成13年の454万円から平成23年までの10年間に409万円へと激減しているのです。

購買力そのものが弱っているのです。

これには,前回も書いたように,雇用の不安定化や非正規雇用の拡大が背景にあります。

国内市場の活性化があまり期待できないとすると,輸出の拡大を目指すことになります。

円高は,確かに輸出価格を引き上げるので,日本からの輸出を不利にします。

さらに,輸出企業にとっては,輸出額を円で受け取る際に,手取りが少なくなるので打撃です。

これが,さらに輸出企業で働く労働者の賃金を押し下げることになります。

ただし,現在の輸出不振は,円高が主要因とは考えられません。

これには,ヨーロッパの金融不安,これまでの主要な輸出先だった中国経済の停滞,日本の製品(特に工業製品)が,

そもそも国際競争力を失っていることなど,複数の要因が関係しています。

もう一つ,金融緩和では景気の浮揚が望めない理由があります。

現在,日本の銀行にはお金がだぶついています。だからこそ,金利が限りなくゼロに近いのです。

問題は,一般の国民に広く回っていないことなのです。

このような状況で,さらにお金を市中に流しても,


自民党の政権公約には成長産業の育成が謳われていますが,これは,ずっと言われてきたことであり,

なかなか決定的な産業が生まれていないので実情です。

いずれにしても,財政・金融政策に依存した経済政策には限界があります。

エコノミストの間では,経済成長の3%はおろか,せいぜい1%程度が限界という厳しい見方があります。

さらに,国債の発行で市中に大量のお金がばらまかれた場合,大きな危険も考えられます。

まず,ハイパーインフレと呼ばれる急激かつ激しいインフレで,物価が急激に上昇してしまう危険性があります。

価格の上昇は,土地や株などを持つ資産家にとっては喜ばしいことです。

しかし,多くの国民にとっては,それにともなう賃金や収入の上昇がなければ,物価の上昇で生活は一層苦しくなります。

もし,公約通り札を大量に刷ってインフレを起こせば,貧富の格差はさらに拡大するでしょう。

国債の大量発行は劇薬なのです。

ハイパーインフレを避け,かつ適正なインフレを達成・維持するのは至難の業です。

安部氏は,ある大学の経済学者のアドバイスを受けているようです。

しかし,安部氏自身がどれほど経済についての深い理解があるかどうかは分かりません。

いずいれにしても,財政・金融政策頼みの経済政策では,景気の回復は望めません。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする