大木昌の雑記帳

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スノーデン『日本への警告』を読んで(1)―「共謀罪」との関連で―

2017-05-28 09:07:56 | 政治
スノーデン『日本への警告』を読んで(1)―「共謀罪」との関連で―

スノーデン氏の情報曝露に関しては、映画『スノーデン』を見た感想を、このブログの2017年2月11日と3月4日
の2回にわたって紹介しました。

スノーデンはCIA、NSA(国家安全保障局)、DIA(国防情報局)の職員を歴任した情報に関するプロであり、国家の
最高機密に接することができる、数少ない人物の一人です。

また、彼は日本の横田基地で2年間、スパイ活動に従事していましたので、日本の事情も良く知っています。

その彼が、アメリカ政府が行っている、理不尽な情報監視に疑問を抱き、2013年6月、大量の秘密文書を持ち出して
ロシアに亡命し、それをイギリスのジャーナリストに渡して機密文書を世界に曝露しました。

上記の映画『スノーデン』はそのブロセスは再現したもので、本人も登場します。

その後、NHKの「クローズアップ現代」で今年4月の24日と27日に、今まで公開されなかった、日本に関する
13の「スノーデンファイル」が公開されました。

24日には①アメリカが日本をスパイ活動に利用している、②アメリカが日本を監視対象に? の2点について、
27日には③大量監視プログラムを日本に提供? について紹介しています。

そして、NHKのスタッフは亡命中のスノーデンをモスクワに訪ねてインタビューもしています。

今回はこれらの映像も含めて、スノーデン著『日本への警告』(集英社、2017年5月)を読んだ感想を、とりわ
け「共謀罪」との関連で書いてみたいと思います。

『日本への警告』は2016年6月4日、東京大学本郷キャンパスで行われたシンポジウム「監視の“今”を考える」
を完全翻訳したものであり、スノーデン氏はインターネット画面を通じてこのシンポジウムに参加しています。

本書は二部構成となっており、一部は、スノーデン氏自身が登場して主催者の質問にスノーデン氏が答えるとい
う形の内容が収録されています。

二部は、それを基に日本側から4人のジャーナリスト(青木理)、弁護士(井桁大介、金昌浩)、憲法学者(宮
下紘)が、アメリカ側から、ニューヨークの人権団体のムスリム監視事件の弁護人(マリコ・ヒロセ)とスノー
デンの法律アドバイザー(ベン・ワイズナー)が、さまざま経験と観点から、スノーデンのメッセージとその意
義について討論しています。

まず、第一部、スノーデン自身が語っている内容を見てみましょう。

彼は、どのようにして情報の世界と関わるようになったか、という質問に次のように答えています。

彼は冒頭で、自分は真の意味で愛国者であること、しかし、NSAのスパイ活動を通じてアメリカという国家の民
主主義に強い危機感を抱くようになり、その実態を世界に知らせるために、極秘ファイルをもって亡命したこと
を語っています。

彼は、民主主義は政府が十分な情報を公開し、選挙で選ばれて初めて正当性を持ち得るのに、もし、政府の施策
について情報を隠し、嘘をついているとなれば、それは民主主義の根底が否定されることになる、と主張します。

    政府の中にこのことに反対する人がいるとするならば、それがトップの安倍首相であれ、自衛隊や防衛
    省の事務方であれ、地方自治体の職員であれ・・・・この民主主義の原理を信じていない人がいるなら
    ば、そこから政府の腐敗ははじまるのです。

ここでは、日本の政府にも、断定的ではなく、“もし~ならば” という仮定の話として語っていますが、彼は
日本の実情をよく知ったうえで、話していると思われます。

彼自身が従事していた、スパイ活動の中で、NSAの監視プログラムについて概略を説明しています。

一つは、ターゲット・サーベイで、主に軍事的な組織を標的にし、相手リーダーの電話を監視することです。

次は、軍事ではなく外交的、経済的、政治的に優位に立つために行われる監視です。例えばアメリカは同盟国の
ドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していました。

このほか、石油会社、NGO、ジャーナリストを監視対象とします。これが無差別・網羅的な監視です。

これを行うためアメリカ政府は、グーグル、フェイスブック、アップル、マイクロソフト、ヤフーなどのインター
ネット・サービス・プロバイダやネットワーク・コミュニケーションのシステムとインフラ、光ファイバー回線、
衛星などの設備を提供する、通信事業社などに協力させます。

政府はこれらの会社を経由する全ての通信情報にアクセスして盗聴できます。そして膨大な量のマス・データから
自分たちが求めている情報を選り分けて入手しています。

これをマス・サーベイランスと呼び、無差別のマス・サーベイランスは国際法上、多くの国では国内法上、許され
ない捜査となっています。

本来、アメリカでも、犯罪に関わった疑いの無い人や犯罪に手を染めていない人は、国に詮索されない権利を持っ
ていました。

しかし、スノーデンが経験し目撃したのは、この権利が侵害されている実態でした。

あらゆる場所であらゆる人を監視対象とするようになったのです。

スノーデンは、日本でいえば、スイカ、パスモ、携帯電話を使うたびにマス・データを作っていることになります。
また、グーグルの検索ボックスに入力した単語の記録は永遠に残ります。

問題は、こうしたデータを警察なり政府が自由に利用できるかどうか、とりわけ、日本の現状はどうなっているか、
です。

現在、ヨーロッパおアメリカ間は光ファイバーによってつなげられ、それは海底ケーブルによって伝達されますが、
ここを経由した情報は最終的にはアメリカを通ることになる。

アメリカの通信会社は、こうした情報に関してNSAにたいして無制限のアクセスを許可しています。つまり、国
家は全ての通信情報を傍受・盗聴できるのです。

日本とアメリカとでは情報収集と交換に関してどのような協定があるのか、との質問に対してスンーデンは直接
には答えませんでしたが、彼の経験で、NASが保管している情報には日本発のものが多数あったということです。

また、彼が横田基地でアメリカと日本の情報機関の橋渡しをする施設で働いていた時、アメリカの情報機関は、常
時、日本の情報機関と情報を交換していた、と語っています。

今や、アメリカもイギリスも人権活動家やジャーナリストを常時監視し情報を交換していることは周知の事実とな
っています。

彼は、日本における政府の情報監視に関して、次のように危機感を述べています。
    ここ数年の日本をみると、残念ながら市民が政府を監視する力が低下しつつあるといわざるを得ません。
    2013年には、政府がほとんどフリーハンドで情報を秘密にできる特定秘密保護法を、多数の反対に
    もかかわらず制定されてしまいました。

このような秘密主義は、政治の意思決定のプロセスや官僚の質を変えてしまうから、ジャーナリスト、言い換えれ
ば国民は、それを知るべきである、と彼は言います。

    政府が安全保障を理由として、政策の実施過程は説明せず、単に法律に従っていると説明するだけでとな
    れば、・・・やがて政府による法律の濫用が始まるでしょう。政府からすれば、何をやっても伝えなくて
    はよいという普遍的な正当性の盾をもっているとおもうわけですから。

スノーデンは、非常に柔らかい表現ではありますが、日本の現状、とりわけ政府による法律の濫用に危惧をいだい
ています。

彼は、日本でも全体主義が拡大していることに危惧を抱くと同時に、憲法9条を正規の法改正ではなく「裏口入学」
のような法解釈を行ってしまったことを問題視しています。

なぜなら、「これは世論、さらには政府に対する憲法の制約を意図的に破壊したといえます」と述べています。に
危惧を表明しています。

    政府が「世論は関係ない」、「三分の二の国民が政策に反対しても関係ない」、「国民の支持がなくても
    どうでもいい」と言い始めているのは、大変危険です。

こうした状況に対して、メディアも連帯して、政府の政策や活動を批判しないようプレッシャーを掛けてくる政府
に対抗する必要があるのに、日本の報道は危機的状況にある、というのがスノーデンの認識です。

これについては、次回に詳しく紹介したいと思います。



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共謀罪(2)-問題山積にの法案―

2017-05-21 09:06:14 | 政治
「共謀罪」(2)―問題山積みの法案―

政府与党が提出した「共謀罪」法案が、昨日5月19日の法務委員会で強行採決され、自民・公明・維新らの賛成多数で可決されました。

安保法制の時も同様でしたが、安倍政権には強者の論理だけがあって、説明して納得してもらうという姿勢は全く感じられません。

「共謀罪」は、多くの国民の日常生活に影響を与える可能性があり、かつ日本の民主主義の根幹にかかわる重要法案であり、疑問点がた
くさんあるにもかかわらず、30時間の審議時間を費やしたから、十分審議は尽くされた、という政府側の言い分にはかなり無理があり
ます。

というのは、この法案に反対する野党議員の背後には、多数の国民がおり、これら野党を無視することは、彼らを送り出した国民を無視
していることになるからです。

この日、最後に質問に立った維新の丸山穂高氏は最終盤に「ピント外れの質疑ばっかり繰り返し、足を引っ張ることが目的の質疑はこれ
以上必要ない。直ちに採決に入って頂きたい」と促しました。

与野党が対決する法案であれば、問題点を指摘しながら、質疑時間をできるだけ確保しようと努めるのがこれまでの野党の姿でした。自
公との修正に合意した維新は、政権与党の一端を担っている姿を誇示するかのように、矛先を他の野党に向け、与党との一体化を演出す
る役割を担いました(注1)。

安保法案の時と同様、公明党は最終的には安倍政権の強行採決に賛成し、山口代表は今回も、審議は十分に尽くされたから採決すべきだ、
との声明を出しています。

もちろん、弁護士で法律の専門家である山口氏は「共謀罪」の危険性や問題性は十分に分かっているはずですが、ここにも政権与党にい
ることが至上目的と化してしまった公明党の本質がいかんなく発揮されています。

ところで、政府は、審議は十分尽くされたと言っていますが、本当にそうでしょうか?とりわけ、国民はこの法案についてどれほど分か
っているのでしょうか?

朝日新聞による直近のアンケート調査によれば、「法案の内容を知らない」が63%、「いまの国会で成立させる必要はない」が64%、
「政府の説明は十分ではない」78%でした。

それでは、安倍内閣支持層に対するアンケートの回答状況は順に60%、56%、73%と同じような傾向でした(『朝日新聞』2017年
5月20日 「社説」)

つまり、平均でも、安倍内閣の支持者でさえ、6割の人は法案の中身を知らず、7割以上の人が政府の説明は十分ではない、と答えてい
るのです。

国民の理解が得られないまま、国会内の絶対多数の議席数(それも小選挙区制のもとで得られた議席なのだが)をもって、問答無用の強
行採決をするというのは、いかにも無謀です。

ここはやはり、どっしりと構えて野党と国民の疑問に答える「横綱相撲」をとって欲しいと思います。

次に、「共謀罪」の対象となる処罰対象にはどんなものが含まれているのかを見てみましょう。

当初案では処罰対象は615ありましたが、最終的に277に絞り込みました。

ここにも、この法案の危うさがあります。というのも、政府は過去に、600以上の罪を対象としなければ国際組織犯罪防止条約(TOC)
(2000年11月15日成立)を批准できない、と説明していましたからです。

しかも、皮肉なことに。これが国連で議論された2000年当時、日本はこれに反対していたのです(『東京新聞』2017年3月26日)。

600以上というのは、ほとんどの住民の日常生活行為が含まれてしまいます。

しかも政府は、277に絞り込んだ根拠も全く示していません。

つまり、政府案では、思いつくものを一つ一つ真剣に検討した形跡はありません。

「共謀罪」全体の処罰対象は5類型に分けられます。

すなわち、類型1は「テロの実行」で処罰対象は110項目、類型2は「薬物」で29、類型3は「人身に関する詐取」が28、類型4は
「その他資金源」101、類型5は「司法妨害」9となっています。

これらの数字だけ見ると、政府が主張する「テロ等準備罪」法案のような印象を与えます。

しかし、前回の記事でも書いたように、政府が法案の目的としている国際組織犯罪防止条約は、テロ防止のための条約ではなく、マフィア
の資金源を断つこと、人身売買を防ぐためのものでした。

しかも、この条約に加盟するには、日本の現行法で十分であるという意各方面からの指摘を受けて、最近欧米で頻発しているテロや、2020
年の東京オリンピックにことよせて、テロという言葉を冠につけて「テロ等準備罪」として法案を提出したのが実情です。

しかし、中身を一つ一つみてゆくと、果たしてこれが「テロ」の防止に関係あるのか、あるいは既存の法律で十分、対応できるのではない
か、というものがかなりあります。

すでに、これらの277項目の具体的な内容とその曖昧さなどについては国会でも指摘されてきているので、以下に、二つだけ疑問に感じ
る点を書いておきます。

一つは、類型1の最後に挙げられている「クラスター爆弾禁止法」で、クラスター爆弾の製造と所持、ということになっています。


周知のように、クラスター爆弾は非人道的兵器として、2010年に「クラスター爆弾禁止条約」がオスロで30カ国が署名し、日本も国会で
承認しています。

ところが、現在、クラスター爆弾を製造している企業(米デキストロン社)へは、日本からは、大和投資信託、三菱UFJフィナンシャルグ
ループ、みずほ銀行、野村、住友信託銀行の五機関が投資しています。

なかでも、三菱FG、三井・住友FG、みずほ銀行の三大メガバンクだけで896億円投資している。

さらに問題なのは、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」が、「クラスター弾」製造企業の株式を192万株(約80億円)
も保有していることが明らかになったことです。

民進党の長妻昭衆院議員は「国民の年金で買うのはおかしい」と主張しています(注2)。

政府は、欧州ではこうした企業を投資の対象から外す年金基金が複数あることから、識者からは「GPIFが特定の企業に投資できなくす
る仕組みが必要」との声が出ています。

「責任投資」を専門とする高崎経済大の水口剛教授によると、海外ではノルウェー、スウェーデン、オランダ、カナダなどの年金基金が、
クラスター弾関連企業を投資の対象から外しています。これは、議会が法律で明確に投資を禁止したり、独
立の第三者委員会が関与したりして実現したもので、日本も同様にできるはずです。

水口教授は「ルールを定めて外部の委員会を設けるなどすれば倫理に反した投資を客観的に選別することはできる」と提言している(『東
京新聞』2017年5月12日)。安倍政権は、クラスター爆弾の製造会社であろうとも、そこへの投資は禁止されていないとの見解を閣議決
定していますが、どう考えても腑に落ちません。


もう一つは、類型4に含まれる「種苗法」(育成者権等の侵害)です。これがどのようにテロと関係するのか、意味不明です。

全体を通して、上記の国際条約の早期過程に詳しい、元法務相幹部は「政府が言うようにテロ対策ならテロ条約を締結しているので十分だ。
ハイジャックや爆弾犯に対する対応はできている。TOC条約は薬物犯罪や人身売買などの組織犯罪に適用することを想定している」と述べて
います(『東京新聞』2017年3月26日)。

また、「共謀罪」にたいして、「プライバシーの権利に関する国連特別報告者のカナタッチ氏は、プライバシーや表現の自由を制約する恐
れがある、と強い懸念を示す5月18日付けの書簡を安倍首相あてに送付しました。

特に強い疑念は、①法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的で恣意的に適用されかないこと、②対象となる犯罪が幅広くテロリズム
や組織犯罪と無関係なものを含んでいること、③どんな行為が処罰対象になるのか不明確、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある
こと、④さらに、プライバシー保護の適切な仕組みが欠けていること、を警告しています。

プライバシー保護に関しては「国家安全保障のために行われる監視活動を事前に許可するための独立機関の設置が想定されていない」こと
も指摘しています。

つまり、現在の法案では、どのような状況があったら個人を監視できるかは、警察当局の主観的な判断で決まることで、それを審査する独
立機関がないことに、大きな問題がある、としているのです。

前回の記事でも書いたように、具体的な行為がなく、心で思っただけでも処罰の対象になる可能性(内心の自由への侵害)があります。

国会で、法務大臣は、何を計画しているかを知るためん、メールやLineの傍受も可能である、との答弁をしていますが、これこそ、上に引
用したカナタッチ氏が、プライバシーの侵害に当たると警告している点です。

政府は、「共謀罪」は一般の市民は対象にしない、と答えていますが、過去の歴史をみるとそsのまま信じることはできません。

1925年に成立した「治安維持法」は当初「国体」の変革を目指す結社などが対象でしたが、法改正がなし崩し的に進み、適用範囲が拡
大し、あらゆる市民活動に「共産主義運動」のレッテルを貼り、こじつけの逮捕と過酷な拷問が横行ししました。

この法律で逮捕されたり取り調べを受けたりした時とは数十万人、うち、6万8000人以上が送検sれ6150人が起訴されました。

そして取り調べ中の拷問等で死んだ人は93人に上ります(『東京新聞』2017年4月7日)。こうした苦い過去は繰り返すべきではない、
というのが多くの国民の願いではないでしょうか。


(注1)『朝日新聞』デジタル版 (2017年5月20日01時54分)http://digital.asahi.com/articles/ASK5M4JSJK5MUTFK00X.html?rm=792
(注2)Finance Green Watch 2014年11月28日 http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=717
   『週刊金曜日』(2011年6月15日)(2017年5月21日閲覧)
   http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=717 


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共謀罪(1)―本当の狙いは?―

2017-05-14 06:39:55 | 政治
共謀罪(1)―本当の狙いは?―

政府・与党は何が何でも、強行突破しようとしている「共謀罪」(組織犯罪処罰法改正案=テロ等準備罪)は、制度的・原理的
にも実際的にも問題が多すぎます。

共謀罪を簡単にいうと、組織的犯罪集団の2人以上で実行を計画し、うち1人でも準備行為をすれば、全員が処罰されるという
もので、現行案では対象犯罪は277あります。

まず、この法案が何のためか、政府側の見解に出発点から問題があります。

政府は、国際組織犯罪防止条約の締結のために、現行法では不十分だから、新たに組織犯罪防止のための法律が必要である、と
述べてきました。

ここに、第一の問題・矛盾があります。日弁連や有力な法学者は、現行法のままか、微修正で加盟できるとしています。条約は、
各国の裁量を広く認めており、具体的には各国の事情に合わせて法整備をすればよい、としています。

次に、条約は、本来、マフィア対策(特に資金面での)のために各国が協調しよう、との趣旨で設けられたものです。

つまり、マフィアのマネーロンダリングや人身売買、麻薬取引など金銭目的の犯罪を主眼としており、テロ対策が目的ではあり
ません。

政府は、過去三回にわたって共謀罪法案を国会に提出していますが、その際、テロ対策としなかったのは、この条約がテロ対策
条約ではないことを知っていたからです。

実際、今回の法案も最初、テロ対策は強調されていませんでしたが、法案の中身の審議の際、「テロ」という言葉がどこにもな
いことを指摘され、慌てて「テロ等準備罪」とし、「等」の中に何でも対象となるよう、表現を変えたのです。

安倍首相は、過去の経験から「共謀罪」に対しては国民の反対が強いので、テロ防止法がなければ2020年のオリンピック・パ
ラリンピックは開催できない、と説明してきました。

突然、「共謀罪」がオリンピックと関連づけられ、テロ対策法であるかのように名称を変えたのです。

これまでオリンピックが開催された国で、国際組織犯罪防止条約に加盟していなかった国でも特に問題はなかったし、この条約
に加盟していてもテロが起き時には起きるので、あえて安倍首相が「共謀罪」とオリンピックと結び付けることには、制度的・
原理的に正当性がありません。

それでも、共謀罪が「テロ対策」だと言い続けて、強引に突っ走っているのは、国会で一定の審議時間が過ぎれば、最後は強行
採決してでも、数の力で押し切れる、と考えているからでしょう。

数の力で強引に通過させることで、一時的に批判を浴びるかも知れないが、安倍内閣の高い支持率がある限り、国民は結局、安
倍政権を支持し続けるだろう、と高をくくっているように見えます。

今や、安倍首相は、何でもできる、という万能感に浸っているようです。

国民も随分、見下されたものだと思いますが、街頭でのインタビューなどをみていると、共謀罪について何も知らない、と答え
た人が結構いました。

このあたりも政府は見ているのでしょう。

次に、内容をみてみましょう。

すでに多くの法律家や識者が指摘しているのは、「「共謀罪」が「内心の自由」を侵害する危険性が大きいことです。

「内心の自由」とは、心では何を思っても自由、という近代社会における最も根源的な人権のことです。

たとえば、たとえば憲法学者の木村草太氏は次のように指摘しています(『東京新聞』2017年5月11日朝刊)。

    共謀罪の対象となる「組織的犯罪集団」と認定される要件は、犯罪の目的、団体の組織性と継続性があればよく、
    過去の犯罪歴や指定暴力団などの要件はありません。
    共謀罪ができれば、警察は、犯罪を計画した疑いがあれば捜査できる ようになり「不当逮捕」の範囲はどんどん
    狭まる。処罰範囲よりも捜査範囲の拡大によるインパクト方が大きい。

言い換えると、この法案では、警察が「疑わしい」と判断すれば捜査の範囲をどこまでも広げることができる、という危険性
をはらんでいということです。

では、犯罪の準備であれ実行であれ、具体的な行為に出る前の段階で、警察はどのようにして「疑わしい」と判断するのでし
ょうか?

ここに、もう一つの問題があります。つまり警察は常時、人々の行為だけでなく、通信(SNS、電話、インターネット、ス
カイプなどの電子通信)を監視・盗聴してゆくことになります。

これこそ、木村氏がその危険性を指摘する、「捜査範囲の拡大」です。

したがって、政府がどのように説明しようと、一般市民への適用や不当な乱用を排除する手掛かりは条文にはありません(注1)。

計画を心の中で合意しただけで処罰するのは、憲法が保障する「内心の自由」の侵害にあたります。

これを正当化するには、具体的かつ社会に重大な危険を及ぼす計画・準備行為を必要条件としなければなりませんが、今回の
法案からはそれを読み取ることはできません。

もうひとつ、今回の共謀罪には、日本の法体系を根本から覆してしまう可能性があります、

山口大名誉教授(近現代日本政治史、現代政治社会論)の纐纈厚氏は、
    共謀罪の最大の問題は刑法の原則を大きく逸脱する点です。現行の刑法では既遂での摘発が原則。加えて未遂でも処罰
    できる。ところが共謀罪の原案によれば、重大な犯罪に限り、「準備行為」でも処罰の対象とされる。共謀罪の特徴は
    計画や合意だけで犯罪が成立すること。それで「準備行為」をしていない者も処罰の対象となる。言論の自由にとって
    深刻な脅威となる(『東京新聞』2017年4月8日)。

と反対の理由を述べています。

つまり、日本の刑法では、実際に行為をした場合(既遂)にのみ罰則の対象になるのが大原則ですが、「共謀罪」は、心に思っ
ただけで、逮捕・処罰することができるのです。

纐纈氏は、共謀罪の本当の目的について、本質を突いた指摘をしています。

    米中枢同時テロ以降、先進諸国では監視社会の強化につながる法整備が進められています。監視や管理による国民情報
    の把握、警察権力強化への重大な一里塚として「共謀罪」が想定されているととらえるべきです。「特定秘密保護法」
    「安保関連法」との文字通り三位一体で、安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」、事実上の「戦前レジームへの
    回帰」が法的に担保されることになります(同上)。
    
纐纈氏は、これら三つの法律は三位一体で、一方で政府は大切な情報を秘匿し、他方で国民のプライバシーを監視する危険性が
あるというのです。

次回は、共謀罪がもたらす可能性のある問題、政府(特に法務大臣)の答弁などに見られる、説明のあいまいさや矛盾など、を
検討します。

    
(注1)まだ、多少、の変更はあると思いますが、これまでの成案全文は
http://static.tbsradio.jp/wp-content/uploads/2017/03/kyobozai20170228.pdf でみるこができます。



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北朝鮮とアメリカの危険なチキンレース(2)―はしゃぐ安倍首相と世界の反応は?ー

2017-05-07 09:38:48 | 国際問題
北朝鮮とアメリカの危険なチキンレース(2)―はしゃぐ安倍首相と世界の反応は?

北朝鮮が、4月15日の金正日生誕105年に、核実験か大陸間弾道弾を発射するのではないか、と日本政府とメディアは
盛んに報道していました。

この日に何事も起こらなかったので、次は4月25日の軍創建記念日には、今度こそ何かをするのではないか、とまた日本
の政府とメディアは騒ぎ立てました。

実際に行われたのは、海岸にならんだ高射砲から海に向かって一斉に砲弾を発射した映像が配信されただけでした。(私は、
この映像自身が、かなり“作られたもの”、との印象をもっています)

秋田県のある市では、核を搭載したミサイルが飛んでくるかもしれない、との想定で、非難訓練さえ行ないました。

しかし、冷静に考えれば、北朝鮮が本当に日本に対して使うとすれば、それほど多くはもっていない、しかも一発何億円もす
る虎の子のミサイルを秋田に向けて打ち込むだろうか?

また、首都圏の一部ではコンビニに、いざといときに備えて、放射能から身を守る方法(家の中に入り、窓から離れる、地下
鉄に入るなど)を書いたコピーを配るなど、あたかも核戦争が差し迫ったかのように、危機感を煽っていました。

冷静に考えれば、これも漫画チックで、家の中の窓から離れることが、ほとんど意味がないことは誰でもわかることです。

さらに、都内の地下鉄の一部では、運行を止めたり、新幹線を一時止めたりしました。

上に書いた日本の状況が、いかに異常であったかを、世界の反応と比べて考えてみましょう。

まず、もし軍事衝突が起これば、北朝鮮の核や化学兵器の被害をもっとも受ける韓国ですが、15日も25日も、韓国では避
難の指示や、ました避難訓練もしていません。

さらに、もし軍事衝突が起こることを本気で想定していたとすれば、韓国にいるアメリカ人(軍人と民間人を含めて5万人以
上)を出国させているはずですが、一人も出国していません。

つまり、アメリカ自身も、実際には北朝鮮の核実験も大陸間弾道弾の発射が実行され、それにたいしてアメリカが軍事行動に
出ることは、想定していなかったのです。

その理由は、後で説明します。

それでは、世界の他の国はどうでしょうか? アジア諸国もヨーロッパ諸国も、ほとんど無反応です。北朝鮮の行動よりもむ
しろ、アメリカの軍事力行使を心配しているのではないでしょうか。

ジャーナリストの高野猛氏の「北朝鮮危機は回避されていた。犬猿の米中が分かり合えた複雑な事情」(注1)と題する長文
の記事の中で、次のように書いています。

    米国と北朝鮮の双方ともが不確実性・不可測性の極度に高いトップを抱えているので、断言することは出来ないが、
    米朝が軍事衝突し韓国や日本をも巻き込んだ大戦争に発展する危険は、すでに基本的に回避されたと見て差し支えあ
    るまい。
    転換点となったのは4月6~7両日の計5時間に及んだ米中首脳会談で、これを通じてトランプ大統領と習近平主席は、
    北の核・ミサイル開発問題に軍事的な解決はありえないこと、中国の北に対する影響力には限界があるけれどもまず
    は中国が北に核放棄を約束させるべく全力を尽くすことで意見の一致を見た。
    
この背景には、アメリカが全力で北朝鮮を軍事攻撃しても、以下のような事態が想定されるからです。

    全ての反撃能力が破壊されることはあり得ないので、残る総力を振り絞って韓国と日本の米軍基地に対して反撃する
    のは自明であるということである。
    かつて1993年に北が核不拡散条約(NPT)を脱退して核武装を公言した際には、米クリントン政権が核施設空爆を決
    意しかかったが、「3カ月で死傷者が米軍5万人、韓国軍50万人、韓国民間人の死者100万人以上」という試算が出て、
    断念した。これには北朝鮮の軍民犠牲者も日本のそれも含まれていないので、ひとたび戦争となれば300万や500万の
    人の命が簡単に失われるであろうことは確実である。
    カーティス・スカパロッティ元在韓米軍司令官は、昨年の米議会証言で、北に対して開戦した場合「朝鮮戦争や第2次
    世界大戦に近いものになる。非常に複雑で、相当数の死者が出る」と述べた。──その通りだが、その犠牲は何のた
    めに?
    重要なことは、死者の数だけではありません。問題は、「この数百万人は、何のために死ぬのか。何の意味もない各国
    指導者の意地の張り合いのためでしかありえず、全く馬鹿げている。こんなことは現実的な選択肢とはなり得ないとい
    うのが、世界常識です」。

まったく同感です。

つまり、アメリカが北朝鮮を軍事的に破壊したとしても、それによって得るものはなく、ただただ意味のない膨大な「死」がも
たらされるだけだという現実に、トランプも直面したのです。

高野氏の分析で、ほぼ言い尽くされていますが、一つだけ補足しておきます。

前回も書いたように、金正恩氏は、自分から攻撃を仕掛ければ、アメリカの反撃で一瞬にして国土が破壊されてしまうことは十分
承知しています。

北朝鮮は、核もミサイルも、交渉を迫る手段、あるいは攻撃された場合の反撃手段、つまり自己防衛の手段として考えています。

したがって、もし、軍事衝突があるとすれば、アメリカによる先制攻撃しかありません。

これには、アメリカ国内、国連、韓国、中国、ロシアが猛反対するでしょうし、アメリカは軍事行動を正当化できません。

習近平との5時間にわたる会談で、トランプは「北をやっつける」というのがそれほど単純な課題ではないと知ったかもしれない、
と高野氏は想像しています。おそらく、これが真実でしょう。

最後に、高野氏は、トランプは、「内外のすべての事柄について、自分が思っていたほど世の中は単純ではなくて相当に複雑なのだ
ということを、日々学習しつつある。北朝鮮問題もその1つだったということである」と結んでいます。

さて、もう一度、異常ともいえる日本における政府とメディアの反応について、高野氏は、「米中協調で進む北朝鮮危機の外交的・
平和解決の模索―宙に浮く安倍政権の『戦争ごっこ』のはしゃぎぶり」と、皮肉っています。

実際、4月中旬以降、安倍政権は、アメリカの艦隊と日本の海上自衛隊との合同訓練、アメリカの空軍と日本の航空自衛隊との合同
訓練を実施し、気分的にはかなり高揚しているように見えますが、やはり「はしゃぎすぎ」の感はぬぐえません。

ところで、どうやら、北朝鮮とアメリカ、アメリカと中国との間では、かなり密で頻繁な交渉が行われているようです。

4月12日に、両首脳は緊迫化する朝鮮半島情勢をめぐって電話で協議しています。習氏は北朝鮮問題について「対話を通じた解決」
というこれまでとは異なる表現を使いました。これまでは「すべての側による自制と状況の激化回避」と表現していました(注2)。

この時点で事実上、アメリカと中国との間で、軍事的解決はしないことがほぼ確定しました。

安倍首相が、アメリカとの軍事同盟が強化されたことを世界にアピールしている間に、世界は安倍首相抜きの方向で、どんどん進ん
でいるようです。

最近、トランプ大統領は、もし、「金委員長と直接会談できれば名誉なことだ」とまで踏み込んだ発言をしています。そして、実際、
3月から北朝鮮とアメリカで直接会談にむけて交渉が始まり、5月7日には北朝鮮代表団が会談に向けて出発しました


再び高野氏は、『朝鮮日報』の記事を引用して、安倍首相の異常さを厳しく批判しています。

    日本がこの局面でなすべきことは、戦争になって何万・何十万・何百万の北朝鮮・韓国・日本・米国そして中国の人々が命
    を失うようなことにならないよう、全力を尽くすことであるというのに、安倍首相は戦争になるのを期待しているかのよう
    にはしゃぎ回っている。韓国の朝鮮日報は18日の社説で、日本の公職者たちは「まるで隣国の不幸を願い、楽しむような言
    動」をしていると非難している。

悲しいことですが、これが、世界の目からみた、安倍首相の客観的な姿ですが、当の安倍首相は、この事にまったく気が付いていな
いどころか、この緊張に乗じて憲法改正、共謀罪の早期法制化に利用しようとしています。

さて、最後に、前回の記事で予測しておいた、ロシアについて書いておきます。

最近、トランプはロシアのプーチンと電話会談を行いました。これについてロシア政府は、「朝鮮半島の危険な状況を詳細に話し合
った。ウラジーミル・プーチンは抑制を呼びかけ、緊張レベルの軽減を求めた」と明らかにしました。(注3)

具体的な内容は明かされていませんが、ロシア政府の発表を翻訳すると、武力攻撃にたいしてロシアは反対であり、外交的な方法で
問題の解決を図るべきである、との方向を目指すことを確認したと思われます。

ジャーナリストの高濱賛氏が「『トランプの拳』、落としどころは視界ゼロ」との記事で書いているように、トランプ氏は、一般の
印象とは異なり、今や、打つ手がなくなった、とのジレンマに陥っているのが実情です。(注4)

トランプ氏を、信用できる政治家で、どこまでもついて行くことを内外に誇示している安倍首相は、どうするのでしょうか?


(注1)Mag2NEWS (2017年5月2日) http://www.mag2.com/p/news/248352
(注2)『日経ビジネス ONLINE』(2017年5月2日)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/261004/050100041/?P
(注3)BBC NEWS Japan(2017年5月3日)http://www.bbc.com/japanese/39790426
(注4)『日経ビジネス ONLINE』(2017年5月2日)
    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/261004/050100041/?P

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