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大木昌の雑記帳

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トランプ大統領の関税政策(1)―「被害者意識」と「経済ナショナリズム」が世界を攪乱する―

2025-04-12 05:19:20 | 国際問題
      トランプ大統領の関税政策(1)
 ―「被害者意識」と「経済ナショナリズム」が世界を攪乱する―

トランプ政権は2025年1月の発足以来、大胆な関税政策を導入することを予告していま
したが、世界の多くの国はそれを実行するとは思っていませんでした。

ところが、4月2日に突如、国家緊急事態宣言に基づき大規模な関税を発動すると発表し
ました。それによると、すべての国に対し一律に10%の関税を掛け、米国に対し不公
正な貿易慣行のある約60カ国・地域を対象に「相互関税」を課す、というものです。

「相互関税」とは本来、相手の関税と同等の関税を課すことですが、トランプ氏の場合、
アメリカが貿易赤字を抱えている国に対して、10%に上乗せする関税率を、自分たち
の一方的(実際には根拠に乏しい)な計算に基づいて発表しました。

ちなみに、日本には非関税障壁を含めて本来な46%を適用するべきところ、「寛容さ
をもって」24%に下げ、欧州連合(EU)は20%、などと相手国別に関税率を決めま
した。

第一段階として、10%の一律関税は5日午前0時1分に発動され、相互関税は9日午前
0時1分に発動されることになっていました。

ところが、発表された第二段階の「相互関税」は、想定をはるかに超える高率だったた
め、カナダ、中国、EU(欧州連合)などは、実際に適用された場合には「報復関税」
を考える、との見解を示しました。

ただし、EUのフォンデアライエン欧州委員長は7日になって、相互関税を公表したト
ランプ米政権に「工業製品でゼロ対ゼロの関税を提案した」と明らかにした。貿易戦争
を避けるため米国と交渉の道を探ると同時に、EUに不利益が及べば対抗措置に踏み切る
可能性にも言及しました。

トランプ氏は、発表された関税に関しては交渉の余地があるが、報復関税を適用する国
に対しては高率の関税を適用する、と通告しました。

「相互関税」実施の前日の4月8日、トランプ大統領はホワイトハウスでの演説で「米産
業が生まれ変わった日として永遠に記憶されるだろう」と述べた。

大統領報道官のキャロライン・レビット氏は同日、約70カ国が関税に関する交渉(ディ
ール)の開始を目指し、ホワイトハウスに連絡してきたことを明らかにし、米労働者に利
益をもたらし、慢性的な貿易赤字に対処できるのであれば、協定が締結されるだろうと述
べました。

ところが、「相互関税」が適用される直前の4月9日、トランプ氏は突如、協議(彼の言葉
では「ディール」)に応じる国に対しては90日間の猶予を与える(延期する)と発表しま
した。

この突然の発表に、世界はもう一度大混乱に陥りました。

トランプ政権による関税政策がアメリカ自身の経済と世界経済に、短期的、長期的にどの
ような影響を与えるのか、この政策にどのような経済的な理論があるのか、あるいは日本
にとってどんな影響がありどのように対応すべきか、などの問題はこれから順次考えてゆ
こうと思います。

というのも、事態があまりにも頻繁にそして突然に変わるので、もう少し事態の推移を見
てからこれらの問題を検討しようと思います。

そこで今回は、一貫性も合理性もないトランプ氏の関税政策にはどんな背景があるのかを、
「被害者意識」と「経済ナショナリズム」という二つのキーワードを手掛かりとして考えて
ゆきたいと思います。

順を追って説明してゆきましょう。

トランプ氏が繰り返し語っているのは、関税政策によって海外に出て行ってしまった製造業
をもう一度米国内に戻して貿易赤字を解消し、アメリカの労働者の雇用を確保し、国全体を
豊かにすることです。

貿易赤字についていえば、たとえば2024年度には1.2兆ドル(175兆円)で、この30年
間に10倍になっています。

こうした貿易赤字は、これまでアメリカが世界に対して推進し時には押し付けてきた自由貿
易とグローバリゼーションの結果でもあります。

すなわちアメリカは、全ての国に市場を開放し、「グローバル・スタンダード」(「世界基準」、
実は「アメリカ基準」)に基づく自由貿易を推進してきました。

これは、「市場原理主義」と言われるほど自由な市場経済の展開を意味し、保護貿易とは正反
対の貿易原則でした。

その一方で、アメリカは自国ですべての製品を生産するのではなく、それぞれの製品の部品を
国際市場で最も安く提供する国から調達する国際分業体制(サプライチェーン)を築いてきま
した。

その結果、ブランドだけはアメリカ企業の名称でも、部品や製品の生産そのものは賃金が安い
海外で行われるという場合が増え続けてきました。

たとえばアップル社のiPhoneはほとんどが中国で部品の一部が調達され最終的に中国で組み立
てられてその完成品がアメリカに輸出されています。また、世界的ブランドの「リーヴァイス」
のジーンズはアフリカの最貧国レソトで作られ、アメリカに輸出されています。

こうして、アメリカの製造業は空洞化して衰退し、「ラスト・ベルト」(さび付いた工業地帯)に
象徴される貧困な地域をあちこちに生み出してしまいました。

他方、先進工業国に加えて、それまで工業化が進んでいなかった途上国でも工業化が進み、アメ
リカなど先進国へ部品や製品を輸出する国際分業体制の一角を担うようになりました。

こうして、これまでアメリカはサプライチェーンを組み込んだグローバリゼーションと自由貿易
の利益を存分に享受してきましたが、これは必然的に輸入超過と貿易赤字を増やしました。

二期目のトランプ大統領は、貿易赤字が年々増大する事態を、これまでアメリカが推進してきた
自由貿易のプラスの結果だとみるのではなく、世界各国が寄ってたかってアメリカから利益を奪
ってきた、搾取してきた、利用してきた、極端な場合には騙しとってきた、などアメリカの利益
を損なう行為の結果だと断定します。

他方トランプ氏は、世界の国々は自国の利益を守るために高い関税障壁やさまざまな非関税障壁
によって輸入を抑えてきた、と他国の不公平な貿易政策を非難します。

こうした認識の上でトランプ氏は、アメリカこそが現行の貿易構造の被害者である、という被害
者意識を非常に強く抱いています。

アメリカが貿易赤字を減らすためには、国内産業を復興して、これまで輸入してきた製品を国内
で生産する必要があります。

トランプ氏はそのための方策として高い関税障壁を設けて海外から製品は入ってくることを防ぐ
保護貿易を選択したのです。

彼は、戦後のアメリカの繁栄を築いてきた自由貿易体制を壊して、今度は保護貿易によって新た
に繁栄を取り戻そうとしているのです。

高関税は長期的に見れば世界各国に大きな混乱と打撃を与え世界の貿易を縮小させますが、トラ
ンプ氏にとっては「アメリカ・ファースト」、アメリカの利益こそが最重要で、他の国がどうなろ
うと知ったことではないのです。

言い換えれば、「アメリカ・ファースト」とは、もう他の国のことまで考える余裕がない、という
現状認識を表しています。ここにはトランプ氏の経済ナショナリズムが見て取れます。

世界で最も豊かで偉大な国であったアメリカが、上述したように今や巨額の貿易赤字を抱えている
現状にトランプ氏はどうしてもプライドが許さないのでしょう。

今回の一連の高関税政策の背後には、アメリカが世界の犠牲にさせられてきたというトランプ氏の
鬱屈した被害者意識と、他の国を犠牲にしてもアメリカ経済だけは繁栄させたいという経済ナショ
ナリズムがないまぜになった感情が渦巻いています。

被害者意識について補足しておくと、トランプ氏がウクライナ戦争に関して距離をおき、この問題
は第一義的にヨーロッパの問題で、ヨーロッパ諸国が解決すべきである、というスタンスをとって
いるのも、似たよう感情があると思われます。

つまり、もうこれ以上、アメリカの利益にならない戦争に税金を使わされたくないということです。
これもある意味で「アメリカ第一」の軍事版です。

その背景には、軍事超大国としてアメリカは「世界の警察官」「秩序維持国」という重大な役割を押
し付けられ、過大な軍事費を負担させられてきたという被害者意識があります。

ところで私は今回のトランプ氏の関税政策の背後に、これまで奪われてきた富とプライドを取り返そ
うとする“怨念”さえ感じます。

それを強く感じたのは、相互関税を実施するという前日の4月8日の共和党の晩餐会でトランプ氏が行
ったスピーチの次のような言葉です(注1)。

    一部の政治家にあれこれ言わせてはいけない。だって、今、世界中の国々が電話をかけてき
    て媚びへつらっているのだから。みんな取引がしたくて必死なんだ。
    “お願いです。 お願いです。大統領。取引してください。
    “何でもしますからね”、って。 
    すると共和党の一部の抵抗勢力が目立とうとして、“関税交渉は議会がやるべきだ”なんて言
    い出す。いいか、私の交渉術をマネできるわけがない。・・・・・・ 

これはスピーチの一部ですが、動画をみると“お願いです お願いです 大統領”以下の言葉は、いかに
も哀れに物乞いするような、馬鹿にしたようなしぐさと声色(こわいろ)で、しゃべっています。

上の引用のうち、「媚びへつらって」という個所は、トランプ氏自身の言葉では kissing my ass 、(文
字通りの意味は「私のケツを舐め」に来る)でした。

私は最初、この言葉を聞いて我が耳を疑いました。トランプ氏は誰かをののしる時、下品な表現をする
ことはありますが、たとえ比喩でも、このような表現はテレビカメラの前で大統領が使うべきではあり
ません。

この部分はよく使われる慣用的な表現で、あえて取り上げるほどのことではないのかも知れませんが、
私は、この下品な表現を敢えて使ったことにはトランプ氏の本音が現れていると感じました。

つまり、
    “これまでアメリカを食い物にし、搾取してきた者どもよ、今やお前たちは私に「媚を売って
    (kissing my ass)」必死に取引を懇願しているじゃないか。ざまを見ろ!

と、トランプ氏は勝ち誇った優越感と高揚感を露わにしているようです。ここには、今までアメリカを
食い物にしてきた国々にたいする復讐ともとれる感情が働いていると思われます。その感情はトランプ
氏の被害者意識の裏返しでもあります。

さらに、トランプ氏に取引交渉を懇願する国々の声色や体の動きをみると、トランプ氏がこれらの国々
を露骨に馬鹿にし、軽蔑しています。

また、国内に向けては、同じ共和党の議員でトランプ氏の関税政策に反対の議員に対して、“お前たちは
私ほどの交渉術をもっていないだろう”と、自らの交渉術を自画自賛しています。

この部分はおそらく、自分の他に、70か国もの国から取引を懇願してくるように仕向けることができ
る者はいないだろう、という意味でしょう。

私には、今回の「トランプ関税」政策が、従来考えられなかった国際経済システムに”革命“をもたらすの
か、アメリカと世界の経済に混乱をもたらすだけなのか、あるいはアメリカが自らの首を絞める結果とな
るのかは分かりません。

ただ、世界の大部分の国の犠牲の上にアメリカだけが繁栄することはあり得ない、ということだけは確実
に言えます。

また、トランプ氏が被害者意識を隠そうともせず語り、「アメリカ第一」という名の下に自国さえ豊かにな
ると思えば他国はどうでもいいというむき出しのナショナリズムは、アメリカが余裕をなくし、確実に凋
落に向かっていることを示唆しています。

トランプ氏はアメリカの凋落を心の底ではひそかに感じ取っていて、それに対する抵抗が、従来の常識を
超え合理性を欠いた、なりふり構わない高関税政策の導入なのかもしれません。

トランプ氏の過激な言動は、衰退の危機と対峙する彼の精神的な“痙攣”の現れなのかも知れません。

そして、トランプ氏の”痙攣“は、グローバリズムの影響で職を失い下層に転落していった、白人の熱狂的な
トランプ支持者のそれと重なっているのかも知れません。




(注1)REUTER
    https://jp.reuters.com/video/watch/idOWjpvCD85LZWM3XB7SRFZZD9599UX6E/
   ロイターのニュースとは別に、日本のどこかのテレビ局のニュースでは、はこの部分を「お世辞を
    言いに」と翻訳していましたが、趣旨は同じです。
    なお、大統領報道官のレビット氏によれば、8日の時点で、トランプ氏に交渉を申し入れたのは70
    か国でしたが、直近では75か国が交渉の順番待ちをしています。



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