大木昌の雑記帳

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戦略なき「新成長戦略」-本当の目玉は原発・武器輸出とカジノ解禁-

2014-06-28 05:55:49 | 経済
戦略なき「新成長戦略」 ―本当の目玉は原発・兵器輸出とカジノ建設―

第二次安倍政権は,その出発時点からアベノミクスの経済政策の一つとして「三本の矢」を強調してきました。

「第一の矢」は貨幣供給を増やす金融政策,「第二の矢」は財政出動(公共事業への支出拡大),「第三の矢」が成長戦略です。
アベノミクスの評価,この「成長戦略」の成否にかかわっています。

政府は6月24日,産業競争力会議が示した新成長戦略案に基づいて「新成長戦略」と「経済財政運営と改革の基本方針」
(骨太の方針)を閣議決定しました。

戦略の理念は「少子高齢化による人口減少社会」を踏まえて,日本経済の「稼ぐ力の強化」が目標です。この場合の「稼ぐ力」
とは,はっきり言えば「企業にとって有利な」という意味です。

「成長戦略」とは本来,これからの日本を支え成長させてくれる産業をどのように創出し,成長させてゆくかの戦略のはずです
が,以下に見るように,今回の「新成長戦略」にはそのような戦略はまったく見られません。

ではとりああえず「新成長戦略」の中身を見てみましょう。「新成長戦略」は「日本産業再興プラン」と「戦略市場創造プラン」
と二つからなっています。

「産業再興プラン」の主な項目の一つは,「時間ではなく成果で評価する労働時間制度」の創設です。これに関しては,前回の
ブログの記事で詳しく書いたように,「成果主義」の名のもとに「残業代ゼロ」政策の推進が中心です。

現在は年収1000万円以上の所得制限を設けてはいますが,経済界などは早くも対象の拡大(それ以下の年収にも)を求めて
おり(『朝日新聞』2014年6月25日),所得制限も順次外され,やがてほとんどの勤労者を対象とした残業代のカットに進む
可能性があります。

勤労者の収入が減ることは,結局国内市場をせばめることになり,回り回って企業の成績を押し下げるので,これが長期的に
成長戦略となるかどうかは,
疑わしい政策です。

これと並行して外国人技能実習制度枠を拡大し,期間も3年から5年に延長するなど,外国人労働者の積極的な受け入れると同時
に,「国家戦略特区」で,外国人家事支援人材に新たに在留資格を与えることも盛り込まれています。

これらは少子化に伴う労働力不足を安い外国人労働者によって埋め合わせようとする政策で,これについても前回の記事で問題
点を指摘しておきました。

二つは,法人実効税率(国税と地方税)を現在の34.62%から数年のうちに20%台まで引き下げることです。これは,日本企業の
国際競争力を高めると同時に,海外企業の誘致するねらいがあります。しかし,法人税を軽減すれば,その分の財源をどこかに
確保する必要があります。

政府は携帯電話やパチンコの景品交換にも課税したらどうか,という意見まで出されています。いずれにしても,企業を優遇した
分,庶民に負担させようという意図が見えます。

三つは農業の規制改革で,農業協同組合、農業生産法人、農業委員会の3点セットで農業改革に取り組むことなどを柱に、規制
に守られた農業に,企業的要素を積極的に導入することです。

それによって「農業が競争力と魅力ある産業に生まれ変わる」ために「守りから攻めの農業への転換」を目指すとしています。

しかし,農業に関連してTPPの早期妥結も盛り込まれています。TPPが導入されれば外部から安い農産物が入り,当然,
日本の農業は大打撃をうけます。

静岡大学の土居英二名誉教授は「TPPに関しては農業機械など農業関連産業も含めると,経済波及効果は年間十五兆円のマイ
ナスになる,とし,TPPと同時に農業を成長産業に掲げることに疑問を投げかけています(『東京新聞』2014年6月17日)。
これは,ごく常識的な見解だと思います。

なお,当初の改革案で、全国の農協を指導する司令塔を担う全国農業協同組合中央会(全中)を「廃止」することを考えていま
したが,選挙への影響を心配する自民党の反発が強く、「廃止」を撤回し全中を「新たな制度に移行する」というあいまいな
表現で決着させました。

四つは医療改革で,通常の保険診療の他に,保険対象外の高額な「自由診療」を併存させる,いわゆる「混合診療」を認める
ことがうたわれています。

これも,成長戦略とは呼べません。しかも自由診療の導入は,医療における所得格差をますます助長することになります。


五つは,年金積立金管理運用独立法人の運用見直し。これについては前回の「年金は百年安心ですか」で書いたように,問題
山積みです。

六つは,学童保育の充実や「子育て支援員」の資格創設で女性の就労を促す。学童保育の充実はあまりにも当然で,あえて成長
戦略というほど大げさな政策ではありません。

さらに,「子育て支援員」の資格創設が,どれほど女性の就労を促すかは疑問であり,まして成長戦略に挙げるほどのことでは
ありません。

政府は所得税の配偶者控除や,専業主婦などを対象で社会保険料の負担が少ない「第三号非保険者」の見直しなども検討してい
ます。

このため,家庭によっては負担が増す可能性があります。

もし本当に,女性の就労を促すなら,出産などで一旦休職しても,本人が希望すれば,以前と同じ条件で職場復帰ができること
を保障するよう制度化することの方がはるかに効果的です。

労働問題に詳しい関西大学の森岡孝二名誉教授は「現状では三年も育休すれば職場に席がなくなる。政府の方針と現実が乖離し
ている」と述べています(『東京新聞』2014年6月17日)。

こうした本質的な問題を放置していては,実効性がありません。

最後にロボット技術の活用を広げ製造分野を拡大することです。しかし,これらは既に長い間実施されていることであり,あえて
成長戦略として打ち出すほどの内容はありません。

こうして並べてみると分かるように,「第三の矢」とか「成長戦略」という言葉だけは立派ですが,年金基金の運用の変化にして
も,混合医療にしても,子育て支援にしても,それらは,ほとんど成長戦略と関係ないことです。

また,医療や農業の規制緩和は,これまで何回も登場する成長戦略の「常連」です。そして,年金基金の株式投資への運用変化は,
安倍政権が人気のバロメーターとしている株価のつり上げには役立つかもしれませんが,国民の大切な年金の原資を危険にさらす
可能性さえあります,

しかし,これらの,成長戦略とは言えない「戦略」をかき集めなければならないほど,政府の「成長戦略」には手詰まり感があり,
中身がない空っぽの内容なのです(注1)。

はっきりしているのは,残業代カットと法人税の減額にはっきり見られるように,徹底して企業優遇,労働者の冷遇政策です。
これでは,低賃金によってもたらされた,「賃金デフレ」は解消しないどころか,ますます深刻になります。

それでは,政府が本当に狙っている,経済成長の目玉は何かといえば,原発と武器の輸出とカジノの合法化です。

原発輸出については,このブログの「原発輸出の危険な罠」(2012年11月6日)で詳しく書いていますが,日本は既にベトナムと
輸出契約を結んでおり,さらにトルコ,ヨルダン,リトアニア,最近ではインド,インドネシアと交渉中です。

ここで注目すべき点は,日本の原発は,日本の企業単独で製造しているわけではない,という実態です。日立はアメリカのゼネ
ラルエレクトロニック社(GE)と,東芝はアメリカのウェスティングハウス社と提携しており,それに部分的に三菱重工業も
参加しています。

原発輸出の魅力は,何といってもその金額の大きさです。現在,日本で稼働している原発は安くて2000億円,最新のものは4000
億円台です(注2)。

以前,民主党政権の時,30年以内に原発を廃止するとの方針を公表したとき,アメリカ側から強烈な圧力がかり,日本はすぐに
撤回しました。

実は原発輸出で儲けようとしているアメリカも,日本と協力しなければ原発ビジネスを維持・推進できないという事情があった
からです。

しかし,原発は未完成の技術だし,使用済み燃料や高濃度放射性物資の処理については全く解決の見通しがありません。

まして,輸出した原発に事故が発生して放射能が飛散した場合,輸出国である日米の原発メーカーはどこまで責任を持てるのか
が不明です。

次に,武器輸出です。安倍政権は今年の4月にこれまでの「武器輸出三原則」を破棄し,新たに「防衛装備移転三原則」を設け,
積積極的に輸出をしようとしています。

事実,6月16日からパリで開かれた兵器。防衛装備品などの国際展示会(ユーロサトリ)に,日本から13社が初参加し,
「日本パビリオン」が設けられました。

日本企業が出展する主な企業と武器・防衛装備は,三菱重工業(新型装輸装甲車,戦車用エンジン),川崎重工業(地雷探知機,
戦闘機の射撃訓練時に使う空対空の小型標的機,四輪バギー),日立製作所(橋を架けることができる「機動支援橋などの車両」
-模型展示-,富士通(次世代野外訓練用システム-模型,パネル展示-),東芝(気象レーダー-パネル展示-),NEC
(民生用の無線機,顔認証機)です。

慶応大学の金子勝教授は,安倍政権の経済政策について海外では「兵器と原発輸出だけだ」と報道されている,と述べていますが
(『東京新聞』2014年6月12日),以上の記述からも,納得できます。

集団的自衛権を容認し,武器と原発の輸出に力を入れる安倍政権は,非常に危険な領域に踏み込んでしまったという印象をもちます。

そんな中,6月18日,カジノの運営を合法化するための「統合型リゾート施設を推進する法案(IR推進法案)が衆院内閣委員会
に提出され審議入りしました。

その理由として,このようなリゾート施設は観光を促進し地域経済の振興に寄与する,というものです。

一部のマスメディアは,その経済効果は1兆円にのぼる,などと書いていますが,それは非常に甘い考えです。アジアにはシンガ
ポールやマカオのようなカジノがすでに存在し,それらと競争して勝つのは至難の業です。

なにしろ日本はカジノ経営のノウハウがないので,それを海外から学ぶことから始めなければならないのです。

それよるも,ギャンャンブルも成長戦略の一つに加えるというのはいかにも安易で,不健康な発想です。

こうして,客観的にみてみると,安倍政権の成長戦略は,企業の優遇と労働者の賃金カット,産業としては,武器と原発輸出と
いう危険な分野,そしてカジノ解禁に集約できます。

以上,「新成長戦略」の骨子を中心に安倍政権の経済政策を見てきましたが,全体を通して,理念の貧しさ,アイディアの枯渇,
一言でいえば,政治集団としての自民党と政策集団としても官僚の思考の「劣化」が強く印象付けられます。

(注1)
『北海道新聞』電子版(「社説」 2014年6月17日)http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/545805.html

(注2)マイナビニュース http://news.mynavi.jp/news/2013/03/15/100/
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年金は「百年安心」ですか?―年金積立金の株式運用のワナ―

2014-06-21 05:04:47 | 社会
年金は「百年安心」ですか?―年金積立金の株式運用のワナ―


今から10年ほど前,与党の自民・公明政権は,経済が順調に成長すれば厚生年金の給付水準は「現役世代の手取り平均収入
の50%を今後百年間,維持できる」と約束しました。

現役世代の手取り収入にたいする年金の給付割合を「所得代替率」といいます。

しかし,当初から「百年安心」の実現には疑いがもたれていました。というのも,長期の景気後退に加え,少子化のため,年金の原資となる
保険料を払う現役世代の人口が減る一方,高齢化によって年金を受け取る人が増加するからです。

しかし,忘れてならないことは,年金の給付が困難になるのは少子化だけが原因ではありません。政府は一方で法人税を現行の35%から20%
台に減らそうとしており,その分の財源として,社会保障全般水準を下げることも大きな原因です。

厚生労働省は,人口の推移や経済状況を勘案したうえで,5年ごとに公的年金制度の“健康診断”に当たる財政検証をしています。
前回は,2009年に行われました(注1)。

この時は,経済状況と合計特殊出生率(注2)をそれぞれ3つのケース(高位,中位,低位)に分け,年金の見通しを立てていました。

厚労省は,標準世帯の所得代替率が50%を超えていれば問題なし,としています。ここで標準世帯のモデル世帯では,出生率は1.35で,
夫が会社員で(つまり厚生年金加入)妻が専業主婦の場合,40年間フルに厚生年金に加入しているという設定です。

そして,経済環境としては,2024年度(平成36年度)以降,①働く女性や高齢者が増加,②実質経済成長率を0.4%,③物価上昇率(1.2%)
を上回る2.5%の賃金上昇,④4.2%の利回りで年金積立金を運用,と仮定しています。

上記の条件の場合,標準世帯の2043年度の所得代替率は50.6%で,何とか50%を超すことができることになります。しかし,出生率が下
がると,2047年度には46.8%に下がり,労働参加が進まずマイナス成長が続くと,2056年度以降には35~37%に減ってしまいます
(『東京新聞』2014年6月5日)。

後で説明するように,モデル世帯の所得代替率が50%を超える2043年度の試算でさえ,これを実現することは非常に困難です。

標準世帯とは別に,政府は現実の給付状況を,AからHまでの8ケースに分けています。8ケースのうちAからEまでの5ケースを
「経済再生ケース」とし,所得代替率は50%を超えます。

この場合の条件は,25~54才の女性の全世代で85%が働き,賃金が1.3%~1.8%の間で上昇し続け,物価の上昇も1.2%~1.6%を維持し,
そして名目運用利回り4.2%~4.8%を確保していることを想定しています。

ただし,「経済再生ケース」の実現は困難が予想されます。まず想定された条件のうち,出生率は,1.35 とされています。2013年
の出生率は1.43で,前年より改善し,最低だった2005年(平成17年)(2005年)の1.26に比べて高くなっています。

この出生率だけからみると,これからは子供の数が少しずつ増えて,年金の支払者数も増えてゆくのではないかという希望を持たせます。

しかし,これはあくまでも,出産年齢にある女性1人が一生のうちに産む数字です。

母数となる女性の数が減っていれば,出生率が改善しても,出生数は増えません。事実,出生率が前年より改善した2013年には,出生
数は前年より7431人減少しているのです(『東京新聞』2014年6月5日)。

次に,所得代替率が50%を超える上位5ケースは経済成長を前提とし,賃金水準は少しではありますが上昇していることになっています。
さらに2020年代半ばには生産性がバブル期の水準まで向上し,好景気を迎える前提になっています。

しかし,このブログの前回の記事でも書いたように,景気が回復しつつあるとされる現在も賃金は下がり続けています。ここで,誤解
されやすいのは,GDP(国内総生産)が少しずつ上向きになっているという報道です。

GDPというのは企業による生産や収入などすべてを含んでおり,これは必ずしも勤労者の賃金に反映しているわけではありません。

企業は増加した利益を,内部留保金にしたり海外に投資したりして,賃金にはなかなか回しません。したがって賃金の上昇を前提条件
とすることには現実性がありません。

残りF~Hの「低成長ケース」場合,平成50年以降に所得代替率は40パーセント台に下がり,平成55年以降には,積立年金そのものが
枯渇してしまう,という恐ろしい見通しとなっています。

駒村康平慶応大学教授は,「厚生労働省は,五勝三敗だから大丈夫というのだろうが,楽観してはいけない。八ケースの平均は48%程度。

しかも高成長のケースは経済前提が甘い」と指摘しています(『東京新聞』2014年6月4日)。まったく同感です。

以上は,正社員で厚生年金に加入しているサラリーマン家庭の場合を想定しています。この場合,年金の掛け金の半分は会社が負担しています。

しかし,個人事業者や非正規労働者,無職の人たちは国民年金だけになりますが,この場合は,会社の負担がないだけでなく,その給付額は,
厚生年金よりさらに少なくなります。

また,賃金水準が減る一方で,安倍政権の円安政策の影響もあり物価は現在上昇しつつあり,それに消費税が5%から8%に上昇,来年から
は10%に上がる予定です。

こうした経済環境の下で,非正規の勤労者や無職の人たちにとって,国民年金の掛け金を払うことは困難になってゆきます。現在でも,
保険料を払っていない人が40%もいるのですから,今後,未払者の割合はさらに高くなることが予想されます。

基礎年金だけの国民年金は現在,20才から60才まで40年間フルに払った場合で,一人当たり満額で月,約6万4千円ですが,現在の価値
に戻すと,約4万5千円に下がってしまいます。これではとうてい生活できません。

国民年金(基礎年金)は,厚生年金に比べて財政基盤が弱いため,より急激に減る可能性があります。

このような状況にたいして政府は,どんな方策を考えているのでしょうか。一つは,保険料払い手を増やすことです。そのために,パート
などの短時間労働者でも厚生年金に加入できるようにすることです。

しかし,掛け金の半分を負担する企業からの抵抗が大きく,実現は困難です(『東京新聞』2014年6月8日)。

二つは,国民年金の加入期間(払い込み期間)を現在の20才~60才の40年間から65歳までの45年間に延ばすことです。しかし,すべての人が,
60才を超えて働くことができるわけではありません。

したがって,これも国民からの抵抗は大きく実現が困難です。

三つは,加入期間とは別に,給付開始年齢を引き上げることです。現在は65才が給付開始年齢となっていますが,それをたとえば70才とか
75才に引き上げることです。

しかしその場合,給付開始までの生活の保障がありませんし,もし給付開始以前に死んでしまうと,本人は何の給付も受けられなくなって
しまいますから,これも国民からの反発は大きいでしょう。

四つは,給付そのものを減らすことです。現行制度では,物価の変動に合わせて給付額を調整してきましたが,厚生労働省は2015年から,
それと関係なく,毎年0.9%ずつ減額する方針です。

五つは,年金給付の不足分を消費税その他の税金を増やすことです。しかし,そのためには消費税だけでも,計算上は20%とか,それより
高くなってしまいます。

そこで,最近,安倍首相が言い始めたのは,年金運用法の変更という,危険なカケです。国民年金と厚生年金の積立金は,「年金積立管理
運用独立法人」(GPIF)が運用しています。

現在の積立総額は128兆6000億円で,その運用配分は,国内債券が55%(半分超),国内株式が17%,外国株式が15%,外国債券が11%,現金
など2%となっています。

つまり比較的安全な運用先である債権が66%,全体の3分の2で,3分の1が株式となっています。

債権が大きな比重を占めているのは,そもそも年金基金というのは国民の生活を保障するための基金であるから,絶対に減らしてはならない,
という原則があるからです。

しかし,安倍首相は6月6日,「年金積立管理運用独立法人」に対して,もっと株式運用の比率を高めるよう変更の前倒しを指示しました。

現在,この比率をどれほど高めるかは示されていませんが,世界で最大の基金である年金基金の,たとえば1%増やしても,1兆2,860億円
が株式市場に投資されるわけです。

ところが,これには大きな危険性があります。確かに,GPIFが市場で株を買い増せば株価は一時的には上昇する可能性はあります。

しかし,株価は何らかの要因で下落する可能性も多分にあり,その場合,大きな損益を出し年金財政の悪化,ひいては支給額の減少を
もたらします。

証券関係者も,株価は企業業績で決まるもので,株価が一瞬,高くなっても,企業業績が上がらなければ,そのうち投資した株の売りに
つながる,と冷ややかにみています(『東京新聞』2014年6月7日)。

株取引は一種のギャンブルなのです。大切な国民の年金基金を,さらに積極的に危険な株の投資に向けるのは,絶対にやってはならない
ことです。

損益が出ても,国民は被害を受けますが安倍首相や厚生省は責任をとりません。

それでもギャンブルにでた背景には何があるのでしょうか。もちろん,建前としては,年金基金を増やすことです。それ以外に,安倍首相
の思い込みがあります。

それは,自分への支持や人気は株価の動きと密接に連動していると考えていることです。このため安倍首相は,日々,株価には神経をとが
らせています。

これ以上に問題なのは,この大事な年金基金の運用方法です。基金の運用は民間のファンドに委託してきましたが,今年の3月にGPIFは
日本株の運用委託を見直し,何と日本株の運用であるにもかかわらず委託先14社のうち7割にあたる10社は外資系のファンドなのです。

これらの外資系ファンド(おそらく,その多くはアメリカのファンド)は,莫大な手数料に加えて,彼ら自身も株価の動きを先回りして自己
資金で株を買っておけば,ここでも巨額の利益を得ることも不可能ではありません(『日刊ゲンダイ』2014年6月18日)。

上記10社の外資系ファンドを別にしても,今の日本の株式市場での主役は,取引の6割以上を占める外人の投資家(主にアメリカのファンド)
であり,株式市場の活況は彼らに大きな利益をもたらす場を提供することになるでしょう。

私の憶測では,郵政民営化の時と同じようにアメリカ側からの,直接間接の圧力や要請があったのか,あるいはアメリカに喜んでもらうため
に進んで株式投資を推し進めた可能性さえあります。

どうやら安倍政権は国民に厳しく,企業と外資系ファンドに優しい方向に走り始めているようです。

(注1)厚生労働省発表
    http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/gaiyou.pdf
(注2)女性が出産可能な年齢を15歳から49歳までと規定し、一人の女性が一生に産む子供の数の平均。

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働けど働けどなお我が暮らし楽にならざりー労働者と庶民を犠牲にする「成果主義」「残業代ゼロ」政策ー

2014-06-14 04:43:24 | 社会
働けど働けどなおわが暮らし楽にならざり―労働者と庶民を犠牲にする「成果主義」「残業代ゼロ」政策―
      
 

かつて石川啄木は,歌集『一握の砂』(1910年)の中で,庶民の暮らしの貧しさを“働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり
 じっと手を見る”と表現しました。

啄木が生きた明治末の日本は,日清・日露戦争,満州への進出など,近隣のアジアとの戦争に明け暮れていました。

その陰で,多くの国民が兵役にとられ,戦費の負担を強いられたため,庶民の生活は苦しくなるばかりでした。『一握の砂』
が出版された1910年は「韓国併合」の年でもあり,日本の軍事化がいっそう進み,その分,国民の負担は増大しました。

いくら働いても一向に生活苦から解放されない庶民は,ため息をつきながら,自分の手をじっと見ているしかなかった,と
いう状況を,啄木はこの短い歌の中で表現したのでした。

さて平成の今日,「失われた20年」といわれる不況から抜け出すために,いまだ悪戦苦闘中です。こんな中で,庶民の暮
らしはどうなっているのでしょうか。

マスメディは,「アベノミクス効果」を囃し立てていますが,それによって利益を得ているのは,国民の中でもほんのわずか
です。

株価が上がっても利益を得るのは,取引の7割を占める外国のヘッジファンドであり,ほとんどの国民は株取引からの利益
など無縁です。

それどころか,働く者にとって,現在の日本の労働環境は非常に悪くなっています。このブログの2013年10月15日の記事,
「今,日本で何が起こっているのか―悪化する雇用環境と崩れてゆく企業倫理―」で,ブラック企業という言葉がこの年の
夏ごろから使われ始めたこと,「追い出し部屋」(注1)と呼ばれる,労働者を追い出す過酷な実態について書きました。

ブラック企業も「追い出し部屋」も,厳密には違法とは言えないまでも,かなり悪質で,企業倫理の崩壊といっても言い過
ぎではありません。

しかし昨年来,安倍政権が推し進めようとしていることは,こうした倫理の問題を無視して,企業側に有利で,労働者側に
不利な条件を法制化することです。

たとえば,労働契約の規制を緩和して解雇が容易な特別地域(通称,「解雇特区」)の創設,一定の年収がある場合に労働
時間の規制をなくし、残業代や深夜・休日の割増賃金を支払わない,いわゆる 「ホワイトカラー・エグゼンプション」の
法制化を試みました。

後者は内外の反対のため,昨年は断念しました(『朝日新聞』2013年9月20日,2014年1月31日)。

低賃金,長時間労働,残業代の未払いは,一昨年くらいから社会的な問題として関心を集めてきました。

昨年,『東京新聞』が調査したところ,一定の残業代をあらかじめ給与に盛り込む「固定残業代」(定額残業代)を悪用
したサービス残業(残業代未払いの労働)の違反(労働基準法37条違反)が,2012年に東京や愛知など10度道府県で
1343件ありました。

しかし,都や県の労働局が推計した残業代未払い件数は,11,151件にものぼります。

しかも,これらはトラブルとなって,労働基準局監督課が把握している事例だけです(『東京新聞』2013年12月30日)。

固定残業代の悪用は,低賃金,長時間労働の温床となり,働く人を使い捨てにする「ブラック企業」の手口となっています。

実際には,こうした数字現れないサービス残業は,ほとんどの事業所で日常化しているのではないでしょうか。私のゼミの
卒業生で,「固定残業代」の名のもとに,信じられないような長時間労働を強いられている例をしばしば聞きます。

確かに,2014年の春闘ではいくつかの企業が労使交渉で,基本給を一律に底上げするベースアップが話題となりましたが,
それが話題となったのは,業績好調な一部の大企業の正社員が中心でした。

しかもこれは,安倍首相が経済界に自ら出向いてお願いした,政治的・政策的賃上げです。

全労働者の40%に達した中小企業を中心とする非正規労働者には景気回復は実感できません。

最新の統計によれば,二人以の家族がいる勤労世帯では,2014年1月は前年同月と比べて物価調整後の実質所得は0.6%減,
2月は同1.3%減,3月は3.3%減,4月は7.1%減でした(注2)。

所得が減少している上に,2014年4月1日からは消費税が3%上がりましたから,家計の実態はかなり悪化しています。

若者に聞いてみると,親の実家から通って人は,家賃負担も光熱費の負担もなく,時には食費も親がかりの条件で,現行の
賃金でなんとか生活ができ,少しだけれども貯金もできるとのことです。つまり,親がかりでようやく普通の生活ができる
程度の賃金水準なのです。

住宅補助費をまったく払わない企業は珍しくありません。住宅補助費を払いたくないので,親元からの通勤を採用条件にして
いる企業さえあります。

しかし,親元から離れて一人暮らしをしている場合,現行の賃金では,家賃などすべての生活費を払うと,節約して生活する
のがやっとで,貯金をする余裕はないのが実態です。

こうした実態を知りながらも,安倍首相は勤労者にとってさらに過酷な,「成果主義」という名のもとに「残業代ゼロ」政策を
導入しようとしています。

安倍首相は2014年4月22日,政府の経済財政諮問会議と産業競争力会議との合同会議で,「時間ではなく成果で評価される働き
方にふさわしい,新たな労働時間制度の仕組みを検討してほしい」と労働時間規制の緩和を指示しました。

これは,昨年来懸案事項となっていた「ホワイトカラー・エグゼンプション」を念頭においたもので,現段階では,国が対象者
の範囲と労働時間の上限を示したうえで,労使合意により対象職種を決定する場合と,年収が1000万円以上で高度な職業能力を
もつ「高収入・ハイパフォーマー型」の労働者の場合が提言されています(『東京新聞』2014年4月23日)。

しかし,安倍首相の方針には重大な問題があります。「時間ではなく成果で評価される働き方」と言えば聞こえはいいのです
が,「成果」を誰がどんな基準で評価するのか,非常にあいまで,いくらでも恣意的な評価が行われてしまいます。

また,「成果がでていないのだから」と言われれば,「成果」が出るまで残業代ゼロで働かざるを得なくなる状況が容易に想定
されます。

つまり,この考え方には歯止めがないのです。労働側が恐れているのは,こうして残業時間が延び,過労死さえ招きかねない
事態です。

「高収入・ハイパフォーマンス」に限定するといっても,将来,一般の勤労者に拡大される可能性は十分にあります。実際,
「派遣法」の実態をみてみると,1985年に「派遣法」が成立したとき,派遣労働が認められるのは,専門性の高い13業務
だけでしたが,派遣法の改正により2012年(平成24年)10月1日からは,対象が26業務に拡大され,そして現在は,実態と
してはあらゆる業種で派遣労働が横行しています。

派遣法の例にみられるように,「成果主義」「残業代ゼロ」の対象は,特定の業種,高所得者だけでなく,すべての勤労者
に拡大される可能性があります。

なお,「労使合意の上で」というのも,実態を無視したほとんど架空の論です。労使の力関係を考えれば,実際には,企業
から出された「残業ゼロ」の条件を,個々の労働者が拒否することは非常に困難です。これも,机上の空論に近い案です。

以上は,日本人労働を対象とした安倍政権の労働政策でしたが,他方で外国人労働者の受け入れ拡大をも積極的に推し進め
ようとしています。

その対象も,建設業に加え,高齢者介護,農林水産業,さらには家電サービスにまで及ぶといいます。

これは,人口減少による働き手不足が深刻になっていることへの対応策ですが,期限を区切り永住を認めない外国人労働者
の受け入れは,結局,安い働力をほしいだけ雇いたいという意図が見え見えです(『東京新聞』2014年4月9日)。

外国人労働者の採用自体は避けられないとしても,賃金,労働時間,地位,さまざまな保険や保障などの労働条件において
日本人労働者と同じでなければなりません。

そうでないと,彼らは使い捨ての安い労働力として,そして景気の調節弁として使われるだけになってしまいます。

外国人労働者に関してもう一つの問題は,外国人の安い賃金水準が,日本人労働者の賃金水準を引き下げる圧力となる可能
性があることです。

このように考えてくると,安倍政権の労働政策が目指していることがはっきりしてきます。つまり,一方で,これから予想
される労働力不足を外国人労働者の受け入れによって埋め合わせ,国内的には成果主義の名のもとに,残業代をぎりぎりま
で削ることによって,企業の利益を確保することです。

この背景にはさらに,企業の人件費を抑えることが,日本の産業界が国際競争に勝つための重要な要素であるとの認識があり,
基本的には産業界の要請を積極的に受け入れることです。

企業の保護政策としては,現行の法人税35%を下げることも政策目標となっています。今のところ,どこまで下げるかは決
まっていませんが,段階的に20%台に下げる方針です。

こうした企業の優遇政策の見返りとして,経団連の新会長東レの 榊原定征 (さかきばら・さだゆき)氏は,就任早々の
インタビューで,政治献金の復活を語っています。

現在ではこれほど露骨に,財界と政界とが一体化してしまっているのです。

企業,それも大企業を優遇し(これは政治献金を引き出す方策でもある),働く者には犠牲を強いるのは安倍政権の基本
姿勢です。

以上の実態をみると,これからの日本で一般の庶民が安心して暮らせる時が来るのだろうか,と疑問に思われます。

「持てる者はさらに与えられて豊かになり,持たざる者はその持てる物をも奪われるべし」(新訳聖書 マタイによる
福音書 ルカ伝 19 11-27)という聖書のご託宣のような状況が平成の世にひたひたと押し寄せています。


(注1)http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130908-00010005-biz_bj-nb
(注2)総理府統計局,http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/index.htm
(注3)派遣法 http://www.hisamatsu-sr.com/haken/26gyoumu.htm

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韓国の旅客船沈没事故は他人事か?―経済発展の光と影―

2014-06-07 06:36:02 | 社会
韓国の旅客船沈没事故は他人事か?―経済発展の光と影―

今ではもう社会の片隅に追いやられてしまった感がありますが,2014年4月16日,韓国南西部全羅南道の珍島
(チンド)近くの海上で16日午前9時ごろ、修学旅行中の韓国の高校生ら477人が乗った旅客船(セウォル号)
から救難信号が発信され,数時間後に沈没しました。

この事故で,5月21日現在,死者288名,行方不明16名という痛ましい悲惨な結果となりました。

この事故は,人災という面が強いので,むしろ事件といったほうが適切かもしれません。私は,報道の熱が冷めた今こそ,この事故
をたんに他人事として見るのではなく,日本の現状を冷静に見直す機会としてとらえる必要があると思います。古い表現を使えば,
「他人のふり見て我がふり直せ」ということです。

この事故に関しては連日マスメディアで報道されてきたので,沈没の原因や,対応の問題点などについて,ここで改めて説明する必要
はないかも知れませんが,一応,重要な点だけは押さえておきましょう。

まず,直接に沈没に関係していたと思われる事実は,この船が,基準で決められている3.6倍の貨物を載せていた過積載と,
しかもコンテナや車などが適正に固定されていなかった可能性が大きいことです。

次に,この船は日本の海運会社から買った際にはなかった,5階部分に新たに客室を増築したため,重心が上にいっていたことです。
ただ,増築が違法で無茶だというのではありません。

重心が上に行くということは,それだけ揺れに対して復元力が低下し,安定性が悪くなります。この場合でも,復元力を確保するため
に船底部分にバラスト(通常は海水)の量を増やし,喫水を下げれば問題はありません。セウォル号の場合,たくさんの荷物を積むた
めに,バラストの量を減らしてしまっていたため,非常に不安定な状態になってしまいました。

この海域は潮流がとても速く,難所として知られているそうです。しかし,これまでの定期航路として使用されていた航路を運航して
いたわけですから,それが原因とは考えられません。

やはり,荷物の過積載と,荷物を固定してなかったことが転覆の大きな原因だったと考えられます。

以上は,どちらかといえば直接的な原因ですが,これらの原因を作った背景には,別の構造的問題があります。

まず,誰もが疑問に思うように,3.6倍もの過積載がなぜ認められたのだろうか,という問題です。

運航会社、清海鎮海運の物流担当者が出港前、コンテナや車両を運び込む荷役業者の作業員に、「荷を積めるだけ積め」と指示し、荷
の固定も手を抜くよう直接指導していたことが17日までの検察の調べで分かっています(注1)。

よく言われることですが,安全より利益を優先させてきた結果です。

この船は,これまで158回の航海のうち157回が規定を超えた過積載であったことも判明しました。これは日本では到底考えられないこ
とですが,これほどの違反が見逃されてきたのは,船会社と監督官庁との間に癒着や汚職があったからです。

韓国では,政・官・財の癒着は社会の隅々まで行き渡っているようです。

この船会社の実質的オーナーであったセモグループの元会長で,宗教団体「キリスト教福音浸礼会」教祖でもある,ユ・ビョンオン氏
が仁川―済州島間の最も利益の上がる航路を独占できたのも,政・財界との汚職と癒着があったからだといわれています。

パク・クネ大統領はどこまで,この構造をなくすことができるかが,同様の事故を起こさないための根本的な解決策として不可欠で
すが,果たしてできるかどうか疑問です。

沈没に関してはその直接的な要因と背景が,ほぼ明らかになっています。しかし,この事故に関しては,沈没に至る過程とその後の
人命救出に関して,重大な問題が発生し,そのことが韓国社会に大きな衝撃と怒りを引き起こしました。

それは,セウォル号が沈没しつつある時,乗客にたいしてはその場を動かないようにとの船内放をしていたのに,船長と15人
の乗務員は乗客の安全な脱出に努力するどころか,自分たちだけが,特別の通路を使って脱出したことでした。

船長は助けられたとき,一般の乗客であると,嘘までついていました。おそらく,日本の海運界では,船長が乗客をおいて最初に
脱出するということは考えられないでしょう。

もし,沈没の可能性がはっきりした段階でただちに救命胴衣の着用と脱出の指示をしていれば,これほどの死者はでなかったでし
ょう。

これと関連して,救命ボートは全乗客を乗せるだけの数はそろっていたのに,設置器具が錆びついて取り外しできなかったのです。

本来は定期的に点検し,古い救命ボートは取り替えなければならないのですが,過積載の問題と同様,,経費削減のため取り替えて
なかったのです。

船は何らかの事情で沈没することもあり得るとい前提で,常に乗務員の避難訓練をすることが義務付けられていますが,この海運
会社の場合,避難訓練のための予算は,年間で日本円にして6万円ほどしかなかったし,実際,ほとんどやってなかったようです。

これも,監督官庁の怠慢と,安全より利益を優先させる海運会社の経営方針に問題があります。

韓国の大手新聞の一つ『中央日報』は,痛烈な自己反省を込めて次のように書いています。
  この超大型災難の前で、私たちは「安全政府」に対する期待と希望までが沈没してしまった、もう一つの悲しい現実に
   直面した。
世界7位の輸出強国、 世界13位の経済大国という修飾語が恥ずかしく、みすぼらしい。木と草は強風が吹いてこそ
   見分けることができるという。一国のレベルと能力も災難 と困難が迫った時に分かる。
   韓国のレベルは落第点、三流国家のものだった。あたかも初心者の三等航海士が操縦したセウォル号のように、沈没する
  国を見る感じであり、途方に暮れるしかない。
  私たちの社会の信頼資産までが底をつき、沈没してしまったも同然だ。この信頼の災難から大韓民国をどう救助するのか、
いま政府から答えを出さなければならない。(注2)

今回の沈没事故が韓国社会に与えた精神的,心理的なダメージは非常に大きいようです。しかし,問題はこれにとどまりませんでした。

5月2日にはソウルの地下鉄で追突事故があり,200人以上の負傷者がでました。

この事故の場合,緊急時に電車を自動的に止める自動制御装置(ATS)が旧式のものを使用しており,4年前から新式のものに取
り換えるよう勧告を受けていたのに,当局が無視していたために起こった事故でした。

同じ日の夕方,京畿道軍浦市(キョンギド・クンポシ)地下鉄4号線上りの衿井(クムジョン)駅で、電車上部に取り付けられていた
電気絶縁装置(碍子)が爆発し,ここでも11人が負傷しました(注3)。

鉄道関係では,韓国高速鉄道のブレーキ部品が,フランスの純正部品と偽って,1万7000もの偽造品が韓国鉄道公社に納入されていた
ことも発覚しました。

業者による公社幹部へのワイロが渡り,偽装品であることを承知で受け入れていました(注4)。

また,原発の職員と業者が結託し,原発部品としてアレバ社の模造品を納入していたり,中古品を持ち出して新品の部品であると偽っ
て再納入していたことが発覚しました。これらの不正で莫大な利益を上げていました(注5)。

このほか,最近,建設中のビル2棟が傾いたため,やり直しになった例もあります。バスターミナルでの火災事故(死者8人),病院
火災(死者21人)などの火災事故がたて続きに起こっています。

韓国経済はここ10年ほど急成長を遂げましたが,そこには利益優先,効率重視,人命軽視という影の部分も抱えていたとも言えます。

このように見てくると,韓国というのはモラルにおいても,経済の合理性にしても,社会全体の近代化という面でも,これからの発展
途上にある国だと思います。

こうした問題や実情は韓国だけでしょうか?実は,日本の過去における経済成長の陰でも同じような問題が発生していたのです。

日本が高度経済成長への道を歩み始めていた1963年(昭和38年)11月8日,548人の死者と555人の重軽傷者を出した,九州の三井
三池炭鉱の爆発事故,その翌日,死者161名,重軽傷者20名を出した鶴見駅近くの列車脱線多重衝突事故,という二つの大事故がほぼ
同時に起こりました。

これらの事故も,利益優先,効率重視,人命軽視の人災の側面があったとされています。

それでは,一応の経済成長を達成した現代日本には,もう利益重視,効率重視,人命軽視の風潮はなくなったのでしょうか?

韓国船の沈没の際,船長と乗務員が,乗客を放置して自分たちだけで脱出したことを,モラルの欠如であると書きました。しかし日本
にも,かなり深刻なモラルの欠如があった事実が明らかになりました。

政府がひた隠ししていた福島第一原発所長の『吉田所長調書』によれば,東日本大震災の4日後の2011年3月15日朝,福島第一原発
職員の9割に当たる約600人の所員が,所長命令に反して10キロ離れた第二原発に逃げ出していたのです。その中には,本来事故
対応を指揮するはずの部署課長級の東電社員もいました(注6)。

たとえば,原発は絶対安全,原発は最も安い電気を最も効率に作る方法といって原発を推進してきた「原子力村」(東電をはじめとす
る財界,政府,官界,学会)の姿勢も,やはり利益優先,効率重視,人命軽視と言えないでしょうか?

3年前の福島第一原発事故とその後の対応を見ると,あたかもあの事故は終わったかのように,原発再稼働と,原発輸出に向けて邁進
しています。

そこには反省もなく,依然として「安全神話」と「最も安い電気」という虚構が横行しています。その陰で,住民の安全,身体と精神
の健康に対する配慮は忘れ去られようとしています。

さらに,原子炉や核燃料の安全性について原子力規制委員会に助言する二つの審査会の委員6人が,原発メーカーや電力会社の関連団
体から,それぞれ3277万円~60万円の研究費などを過去数年間に受け取っていたことが分かりました(注7)。

これは,違法ではないものの,通常考えれば企業と研究者,それを認めている政府も含めての癒着の構造といわれても仕方ありません。

他方,原発の現場で非常に危険な作業をしている作業員の問題にはほとんど光が当てられていません。

労働問題で言えば,日本では企業の利益を優先するために,過重な労働を強いられるために,働く人が過労のため死亡する,いわゆる
「過労死」が長い間問題となっていました。

とても不名誉な法律ではありますが,ようやく今年の5月23日,「過労死等防止対策推進法案」が衆院厚生労働委員会で可決されました。

「カローシ」という言葉は,やそのまま世界で通用する国際語になっています。それだけ,日本独特の状況を示しています。先進国で,
過労死を防止するための対策を法制化しなければならない国は,日本の他にどこがあるでしょうか?

少し考えただけでも,日本にはおかしなことはたくさんあります。それでも「我が国は一流国家だ」と胸を張れるでしょうか?それと
も「我が国は三流国家だ」と言わざるを得ないのでしょうか。




(注1)デジタル版『産経ニュース』(2014年5月17日)http://sankei.jp.msn.com/world/news/140517/kor14051710360004-n1.htm
(注2)『中央日報』日本語電子版,2014年4月19日    http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65802716.html
(注3)注2)韓国『中央日報』(日本語電子版,2014年5月9日)http://japanese.joins.com/article/114/185114.html
(注4)『夕刊フジ』電子版(ZAKZAK),2014年5月8日。 http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140508/frn1405081140001-n1.htm 
(注5)産経ニュース電子版 2014年2月  http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/140204/wec14020415190000-n2.htm; 『日本経済新聞』電子版(2013年5月29日)http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM28083_Y3A520C1FF1000/
(注6)『東京新聞』2014年5月21日
(注7)(『東京新聞』2014年5月23日)。最も多かったのは東京大学の関村直人教授で,三菱重工業と電力関係団体,電力中央研究所から3277万円,審査委員長の田中知東京大学教授は,日立GEニュークリア・エナジーから110万円のほか,東京電力の関連団体から50万円以上の報酬をえていた。ほかの4委員は東京大学の高田毅士教授,京都大学原子炉実験所の森山裕丈所長,大阪大学の山中伸介教授,東海大学の浅沼徳子准教授。

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