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大木昌の雑記帳

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ウクライナ戦争の行方(1)―表のトランプと陰プーチン―

2025-02-26 22:21:01 | 国際問題
ウクライナ戦争の行方(1)>―表のトランプと陰プーチン―

つい2ヶ月ほど前まで、多くの人は、ウクライナ戦争は今後どんな方向に向かってゆく
のか、また、いつ頃に終結に向かい、それはどんな形になるのか、などについて具体的
なイメージを描くことはできませんでした。

なによりも現在戦争は続いており、その帰趨がどうなるかを誰も予測できないからです。
というのも、この問題の背景にはあまりにも多くの不確定要因が関連しているからです。

たとえば、ロシアは経済基盤、兵員、兵器の面でどれほど継戦能力があるのか、また、
ウクライナは今後どれほど経済的・軍事的支援を受けられるのか、兵員は確保できるの
か、といった問題があります。

とりわけ、これまでのウクライナの戦闘能力を支えてきた大きな柱の一つ、アメリカの
支援が、ウクライナ寄りのバイデン政権からトランプ政権に代わってどうなるのかが大
きな課題でした。

そんな中でトランプ政権が発足して約1か月しか経っていないのに、事態は急速に動き
始めました。

もっとも、トランプ大統領(以下、「トランプ」と略す)が次々と繰り出すさまざまなメ
ッセージや外交があまりにも展開が早すぎて、今、何が起こっているのかを追いかけるだ
けで精一杯という状況です。

そこで、今回は、最近起こっている事態を、まず時系列で整理し、これからのウクライナ
戦争の行方、とりわけ停戦への動きを見定める手掛かりにしたいと思います。

まず、トランプのウクライナに関する具体的な言及は、思いもかけない問題から始まりま
した。

トランプは2月10日のインタビューで、ウクライナに対する支援の見返りに5,000億ドル分
(75兆円相当)のレアアース(希土類)その他の鉱物資源を要求すると語りました。

そして12日には協定草案が米側から示されましたが、その時、ゼレンスキー大統領(以下
「ゼレンスキー」と略す)は、ロシアとの約3年間に及ぶ戦争を通じ、米国から670億
ドルの武器と315億ドルの直接的な財政支援を受けた。「これを5000億ドルと呼ん
で、鉱物などで返還するよう求めることはできない。これは真剣な話し合いではない」と
批判しました。

しかもこの協定草案には、ウクライナが最も強く望んだ、具体的な安全保障条項も含まれ
ていませんでした。

関係筋によると、ゼレンスキーは米国が12日に協定案を提示した際に署名をしませんで

した。ゼレンスキーは、「私はウクライナを守る。国を売ることはできない。私は米国に
対し、何らかの前向きな条件や保証を要請した」と語っています。

ゼレンスキーが言う「保障」とは、ロシアの侵攻に対してアメリカがウクライナを守ると
いう安全保証を指します。

なお、レアアースをはじめとする鉱物資源に関してベセント米財務長官が12日にキーウ
(キエフ)でゼレンスキーと会談し示した際に希少資源に関する合意文書の草案を示し
ました。

NBCによると、草案には米国に50%の所有権を認めることが盛り込まれていた。ゼレン
スキーはこの協定はウクライナの防衛に貢献しない、との理由で文書へ署名しませんでし
た。

そして、最終的に2月19日に日、ゼレンスキーは要請を断りました(注1)

以上は、ウクライナとアメリカとの折衝でしたが、その中身を見ると、戦争で疲弊しき
っているウクライナに、まるで「火事場泥棒」のように鉱物資源を奪い取ろうとするト
ランプの強欲さに驚かされます。

なお、レアアースや鉱物資源に関する米ロの協定は、ウクライナが協定案をもって、2月
28日にワシントンに出向いて、ゼレンスキーとトランプと直接会談し、協定に調印する
ことになっています。

その詳しい内容は現時点では分かりませんが、安全保障についての約束は無いようですが、
何らかの形でアメリカに譲歩するようです。

ウクライナとしてはどれほどの犠牲を払っても、何とかアメリカをつなぎ止め支援を継続
してほしい、という悲壮な賭けです。

ところで、ここまでは鉱物資源をめぐるウクライナとアメリカの問題で、ウクライナ戦争
の停戦や終結は全く別の問題です。以下に、この点ついてみてみましょう。

ウクライナ戦争の問題が動き始めてきっかけは、2月12日に行われたトランプとプーチン
大統領(以下「プーチン」と略す)との電話会談でした。電話会談の詳しい内容は発表さ
れていませんが、アメリカとロシアはウクライナの戦闘の終結に向けて、交渉を始めるこ
とで合意したことを明らかにしました。

この電話会談は1時間半に及び、今後の停戦に向けてかなり重要な事柄が話し合われたよ
うです。

会談のあとトランプ氏はホワイトハウスで記者団の取材に応じ「プーチン大統領は戦闘の
終結を望んでいると言っていた。われわれは停戦の可能性について話し合った。おそらく、
そう遠くない将来、停戦が実現すると思う」と述べて早期の停戦の実現に意欲を示しました。

そしてロシア側との今後の交渉について、「プーチン大統領とはおもに電話でやりとりし、
最終的には会うことになるだろう。おそらく最初の会談は、サウジアラビアで行うことに
なるだろう。まだ決まっていないが、そう遠くない将来だ」と述べ、2期目で初めてとな
るプーチンとの対面での会談は、サウジアラビアで行われる可能性に言及しました。

またトランプはウクライナが求めているNATO=北大西洋条約機構への加盟について「現
実的ではないと思う。ロシアはそんなことは許さないと言っていて、これは何年も続いて
いる」と否定的な考えを示しました。

さらにウクライナがロシアによる一方的なクリミア併合などが行われた2014年よりも前の
状態に領土を回復できるかどうかについて「可能性は低いように思われる」とも述べたと
いう。

このアメリカ側の発表に対応する形で、ロシア大統領府のペスコフ報道官は13日、「非常に
重要な会談だった。この数年間、モスクワとワシントンの間ではハイレベルでの接触がな
かった」と述べ、電話会談が行われたことの意義を強調しました。

その上で、「アメリカの前の政権は、戦争を継続させるためには何でもしなければならない
という考えだったが、現在の政権は、戦争を終わらせ、平和を勝ち取るためにあらゆるこ
とをしなければならないという考えだ。われわれは現在の政権の立場に共感している」と
述べ、トランプ政権との交渉に期待を示しました(注2)。

ロシア侵攻下のウクライナの停戦と米ロ関係の再構築を巡る米ロ高官協議が18日、サウ
ジアラビアの首都リヤドで行われました。

米国務省の発表によると、米ロ双方は高官級で構成する代表団をそれぞれ立ち上げ、ウク
ライナでの紛争終結に向けて協議することで合意。経済・投資分野などで、紛争後の協力
の基盤を構築することも確認した。

また、双方の在外公館の業務正常化に向けて、懸案に対処する協議メカニズムを設置する
ことで一致。国務省のブルース報道官は「重要な一歩を踏み出した」と高官協議の意義を
強調した。

今月24日で侵攻開始から丸3年。最大の対ウクライナ支援国である米国がついにロシア
と直接交渉に乗り出しました。

ルビオ国務長官は「公正で永続的、持続的で全ての当事者が受け入れることのできる形」
でウクライナ紛争を終わらせることが目標だと語った。

米側からルビオ国務長官、ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、ウィトコフ中東
担当特使が出席。ロシア側はラブロフ外相、ウシャコフ氏が代表で、対米交渉のキーマン
とされるロシア直接投資基金のドミトリエフ総裁も同行しました。

しかし、当事国であるウクライナは今回の協議に招待されず、ゼレンスキーは「ウクライ
ナ抜きでのいかなる合意も認めない」と猛反発しました。

他のヨーロッパ諸国も頭越しの交渉を懸念しており、17日に公開されたドイツ公共放送
のインタビューでゼレンスキーは「米国はプーチン氏に気に入られようとしている」と異
例の批判を展開しました(注3)。

こうした反応にトランプはゼレンスキーを激しく口撃しました。すなわち、トランプは2月
19日、ゼレンスキーについて「選挙の実施を拒否し、ウクライナの世論調査では支持率は
とても低い」と決めつけたうえで「選挙のない独裁者」と強く批判しました。

また、ゼレンスキーを「そこそこ成功したコメディアン」と呼び、「アメリカに3500億
ドルを費やすよう説得し、勝てない戦争、始める必要のなかった戦争に突入させた」などと
主張しています(注4)。

さらにトランプは21日、ゼレンスキーを「交渉カード」がなく、「会議に出席する価値」
がないとの認識を示しました。

しかしプーチンについてトランプは、「もし彼が望めば」ウクライナ全土を奪取できると
警鐘を鳴らしました。

トランプはFOXニュースラジオのインタビューで、司会者から戦争の責任はロシアにあ
るのではないかと追及され、「私は何年も見てきた。彼(ゼレンスキー)がカードなしで交
渉する様子を。とにかくうんざりする。もう十分だ」と述べた

そのうえでゼレンスキー氏についてトランプは、「彼は3年間会議に出ているが、何一つ実
現されていない。正直なところ、彼が会議に出る価値がそれほどあるとは思えない」と言及。
「彼のせいで取引が非常に難しくなる。だが彼の国を見てほしい。壊滅状態だ」と指摘しま
した。

トランプはまた、プーチン氏が「もし望めば」ウクライナ全土を奪取可能だとも述べ、ゼレ
ンスキー氏は3年前に侵攻したロシアとの取引に向けて動くべきだと付け加えました。

トランプはバイデン前米大統領とゼレンスキーの両氏に矛先を向け、両氏が妥協に向けて十
分な取り組みをしていれば、ロシアによる2022年のウクライナ侵攻は回避できた可能性
があると批判しました。

「プーチン氏を簡単に説得できた可能性もあるが、彼らは話し方というものが分かっていな
かった」とトランプ氏は指摘し、自分は「プーチン氏を実態より良い人、優れた人に仕立て
上げようとしているわけではない」としつつ、戦争は決して起こるべきではなかったと言い
添えました(注5)。

トランプ氏が、なぜ、“そこまで言うか”と言いたくなるほどゼレンスキーを徹底的に見下し、
ある意味でバカにするのか理解に苦しみます。

考えられる理由の一つは、トランプ氏が政的とみなすバイデン前大統領が終始ウクライナ支
援に力を入れていたので、それを全否定しようとしているのかも知れません。

一方、これほどまでにトランプ氏に貶められながらもはっきりと反論もできず、トランプに
必死で取りすがらざるを得ないゼレンスキー氏の苦悩は想像を絶するものがあります。

ここまでのわずか2週間ほどの間にも、上に述べたように、主としてトランプ側からのメッ
セージや、米ロの動きがありました。

ただし私たちが目にするニュースは、アメリカやヨーロッパの西側諸国の側から発せられた
もので、トランプ及びトランプ側の意向についてはある程度分かりますが、大国のもう一つ
の相手国ロシアのプーチン氏の本音や戦略についてあまり分かっていません。

このため、ウクライナ戦争の行く末について、現段階では全体的な見通しが描きにくい状況
にあります。

いずれにしても、現在は大国が動き始めて1か月足らずしか経っていない第一幕が始まった
ばかりです。第一幕ではトランプの言動と野望が前面に出ていますが、その陰でプーチン
はじっと自らの野望を着々と進めているような気がします。

トランプ氏は4月中には何とか、自分が仲介者となって、自分の力でウクライナとロシア
との停戦合意に持ち込むことを考えているようです。

これから第二幕が開き、1か月半ほどの間に何かが起こることは確実ですが、それは果たし
て停戦に結びつくのかどうなのか、今では想像できません。

次回は、トランプ氏だけでなくプーチン氏にも注目し、これまでウクライナを支援してきた
ヨーロッパ諸国(特にNATO加盟国)、そして中国の動きや、厳しい状況の中で、ゼレンス
キーとウクライナはどのように生き残りを模索してゆくのかを検証します。



(注1)『産経新聞』(電子版)(2025/2/15 16:51 https://www.sankei.com/article/20250215- L4FKO3EEYNJIHKNQ4WHQ54SQKU/
    『Reuter』(2025年2月16日午後 3:18 GMT+9     https://jp.reuters.com/world/ukraine/JCERV6PVX5INFHIDGUFAKU77ZQ-2025-02-16/
    『Reuter』(2025年2月19日 2025年2月20日1:58 GMT+9) https://jp.reuters.com/world/ukraine/M6QAYVSNSVPWFMNKNEW7RMLP6I-2025-02-19/
(注2)NHK NEWSWEB 2025年2月14日 4時53分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250213/k10014720721000.html
(注3)『JIJI.COM』 2025年02月19日09時48分https://www.jiji.com/jc/article?k=2025021801053&g=int#goog_rewarded
(注4)『YAHOO NEWS』 2/20(木) 17:55 https://news.yahoo.co.jp/articles/5995e34786ad4889ea4cbf346eb550da8ca2d3cb
(注5)CNN 2025.02.22 Sat posted at 09:22 JST https://www.cnn.co.jp/usa/35229710.html

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石破―トランプ会談(2)―「共同声明」で語ったこと、語らなかったこと―

2025-02-18 10:41:10 | 国際問題
石破―トランプ会談(2)―「共同声明」で語ったこと、語らなかったこと―

首脳会談が行われた後には、通常「共同声明」が発表されます。それは、首脳同士が直接
会って話し合うわけですから、何の意味もなく、成果もなかったというわけにはゆかない
からです。

ただ、その時々の事情によって、緊急で重大な事態が発生しているか、特にそのような事
態がないかによって、内容が大きくかわることは言うまでもありません。

そして、「共同声明」というのは、実際にはその場で突然発表されるわけではなく、外務省
(米国は国務相)の実務担当者が事前に綿密な検討を重ねて作り上げて発表します。

今回の石破―トランプ会談の占め括りとして発表された「共同声明」も、こうして準備さ
れたものです。

とはいっても、もちろん国際情勢は常に変化しているので、それに対応して新たに付け加
えられたり、詳しく書かれたりあるいは削られたりすることはあります。

たとえば、2024年4月10日に発表された岸田―バイデン会談の「共同声明」は、記述の内
容が非常に具体的で、分量も、ざっと今回の「共同宣言」の三倍ほどもあります(注1)。

また、2024年の「共同声明」には「未来のためのグローバル・パートナー」というタイト
ルが付されていますが、2025年の「共同声明」には、タイトルはありません。

「共同声明」のタイトルは、その基本的な精神や主題が表されているので、今回の首脳会
談は、どちらかと言えば「顔合わせ」的な性格が強かったと思われます。

これは主に、石破政権がまだ発足したばかりで、これまでの実績に基づいて声明に盛り込
む、というよりは、とにかく双方にとって「当たり障りのない」内容に仕上げた、という
配慮を反映している印象です(注2)。

今年の「日米共同宣言」は大きく3つのパートから成っています(外務省の区分による)。

まず、冒頭で、
    本日、石破茂内閣総理大臣とドナルド・J・トランプ大統領は、ワシントンDC
    で最初 の公式会談を行い、自由で開かれたインド太平洋を堅持するとともに、
    暴力の続く混乱した世界に平和と繁栄をもたらす、日米関係の新たな黄金時代を
    追求する決意を確認した。
と、型通りの日米関係の意義を謳っています・

続いてその中身を3つのカテゴリーに分けて説明しています(外務省の区分による)。

第一のカテゴリーは「平和のための日米協力」で、
    両首脳は、日米安全保障条約の下での二国間の安全保障・防衛協力が、かつてな
    いほど強固になっていくことへの共通の願望を表明し、日米同盟が、インド太平
    洋及びそれを超えた地域の平和、安全及び繁栄の礎であり続けることを強調した。
    日本は、日本の防衛力の抜本的強化への揺るぎないコミットメントを改めて表明
    し、米国はこれを歓迎した。
と、安全保障面での協力が強調されています。

ここでは、「2015年の平和安全法制により一層可能となり、日米同盟の抑止力と対処力
を強化している」ことに触れていますが、これは2015年の安倍政権下で集団的自衛権の
行使を可能とする「新安保法制」を指すものと思われます。

このカテゴリーでは沖縄の米軍基地の堅持が確認され、また日本が最もこだわった、尖閣諸
島ついて、
    両首脳は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを改めて確認し、
    尖閣諸島に対する日本の長きにわたり、かつ、平穏な施政を損なおうとするあらゆ
    る行為への強い反対を改めて表明した。
という文言が明記されています。

尖閣諸島の問題は、オバマ政権時にも日本がアメリカから何としても確約を取っておきたい
項目でした。ただし、アメリカは尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用対象であること
は認めていますが、その領有権については別の問題だとして一貫して言及を避けてきました。

まして、有事にアメリカの軍隊が戦闘に参加することは一切約束していません。

第二のカテゴリーは「成長を繁栄をもたらす日米協力」で、
    日米は、互いの国において最大規模の海外直接投資と質の高い雇用を創出している。
    両国の産業は、相互のサプライチェーンにおいて極めて重要な役割を果たし続ける。
    経済パートナーシップを新たな次元に引き上げるため、両首脳は、二国間のビジネ
    ス機会の促進並びに二国間の投資及び雇用の大幅な増加、産業基盤の強化及びAI、
    量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発において世界を牽引す
    るための協力、経済的威圧への対抗及び強靭性構築のための取組の強化
が述べられています。

このカテゴリーに何か特別な意味があるというより、ごく一般的な日米の経済協力が必要で
あることをのべているだけですが、今回新たにエネルギーに関する事項が二つ加わりました。

    両首脳は、米国の低廉で信頼できるエネルギー及び天然資源を解き放ち、双方に利
    の ある形で、米国から日本への液化天然ガス輸出を増加することにより、エネルギ
    ー安全保障を強化する意図を発表した。両首脳はまた、重要鉱物のサプライチェー
    ンの多角化 並びに先進的な小型モジュール炉及びその他の革新炉に係る技術の開発
    及び導入に関 する協力の取組を歓迎した。

つまり一つは、アメリカ産の液化天然ガスを日本がこれまで以上に輸入することです。この
問題はアラスカの天然ガス開発のための技術協力を含んでいて、「共同記者会見」でもトラン
プ氏からアメリカの要望として出されていました。

二つは、「先進的な小型モジュール」(原子力発電装置)の技術猟力で、これが「共同宣言」
に加えられてことで、日本は原発を推進して行くことを公約したことになります。

第三のカテゴリーは、「インド太平洋地域における日米連携」です。

    両首脳は、厳しく複雑な安全保障環境に関する情勢認識を共有し、自由で開かれた
    インド太平洋の実現に向け、絶え間なく協力していく決意を表明した。そうした協
    力の一 環として、両首脳は、日米豪印(クアッド)、日米韓、日米豪、日米比とい
    った多層的で 共同歩調のとれた協力を推進する意図を有する。

ここまでは、岸田―バイデン会談の「共同声明」でも詳しく述べられていますが、そこでは
「インド太平洋地域の安全」に関して、特定の国名を示していませんでしたが、今回の「共
同声明」では
    両首脳は、中国による東シナ海における力又は威圧によるあらゆる現状変更の試み
    へ の強い反対の意を改めて表明した。両首脳は、南シナ海における中国による不法
    な海洋権益に関する主張、埋立地形の軍事化及び威嚇的で挑発的な活動に対する強
    い反対を改めて確認した。
と、中国を名指しで批判しています。このため、「共同声明」が発表されると、すぐに中国当
局から抗議のメッセージが発せられました。

また、
    両首脳は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定を維
    持 することの重要性を強調した。両首脳は、両岸問題の平和的解決を促し、力又は
    威圧に よるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対した。また、両首脳は、国際機
    関への台湾の意味ある参加への支持を表明した。
という点についても、中国は台湾問題への言及は内政干渉である、と早速反発しています。

さらに最近では、日本政府はパスポートの国籍欄に「台湾」という表記を認めると発表しま
した。これについても、日本は公式には台湾を含めた「一つの中国」だけを認めているので、
中国政府は日本政府に直ちに非難と抗議の声明を出しました。

日本は台湾問題に関して、従来の立場を一歩深入りして、はっきりと中国の力による併合に
反対することを内外に表明したことになります。

いわゆる「台湾有事」となれば、日本にとって他人事では済まされませんが、かといって、
日本はアメリカに同調して中国の動きを批判することは中国を刺激し、今後日中の対立関係
を深めてしまう懸念があります。

石破首相と石破内閣は、アメリカへの同調と中国批判に前のめりになっていますが、そこか
ら生じるさまざまな問題にどのように向かい合ってゆくのでしょうか。難しいかじ取りが必
要とされます。

私が心配している「さまざまな問題」の一つは、日本が「グローバルサウス」や「ブリック
ス」参加国の信頼を失うのではないか、という点です。

というのも、これらの国は、アメリカやロシア・中国などの大国のいずれか一方に加担する
ことを拒否しているからです。

以上が、今回の石破―トランプ会談の「共同声明」に盛り込まれた内容ですが、実は、前年
の岸田―バイデン会談の際に出された「共同声明」で言及され、今回の「共同声明」では触
れられなかった問題がいくつかあります。それらを列挙しておきます。

1 「宇宙における新たなフロンティアの開拓」
2 「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」
3 日米両国は、現実的かつ実践的なアプローチを通じて、「核兵器のない世界」を実現す
  ることを決意していること
4 グローバルな外交及び開発における連携
5 ロシアのウクライナに対する残酷な侵略戦争に反対
6 2023年、10月7日のハマス等によるテロ攻撃を改めて断固として非難し、自国及び自国
  民を守るイスラエルの権利を改めて確認する。同時に、我々はガザ地区の危機的な人道状
  況に深い懸念を表明する。

以上の6点が、今回の「共同声明」では語られなかった重要な項目ですが、そこには単に石破
―トランプ会談が初めてであるという事情の他に、今回はバイデン政権からトランプ政権に移
行したことにより、背景が変わってしまったという事情がありそうです。

たとえば、上記2の気候変動に関して、バイデン氏は環境問題を強く意識していましたが、ト
ランプ氏は、全く無視しています。

3の「核兵器のない世界」についてバイデン氏は熱心でしたが、トランプ氏はこの問題に言及
したことはありません。

また、2024年の「共同声明」時には日本でG7広島サミットが開催されて、岸田首相がホスト
となって広島の原爆記念館を案内したという事情があって、核兵器の問題が「共同声明」に組
み込まれたものと思われます。

しかし、石破新政権は「核の拡大抑止」というコンセプトでむしろ核兵器の有効性を積極的に
認める方向に舵を切っています。この点でも、私は不安を感じます。

4について、トランプ氏はかつてのように、グローバルな外交を展開する方針から手を引いて、
二国間の「取引」(ディール)に持ち込んで、アメリカの利益を追求する方向に転換しました。
いわゆる「アメリカ・ファースト」です。

他方でトランプ氏は「世界保健機構」(WHO)や環境問題の国際的取り決めの「パリ協定」か
らの離脱、世界の貧困国や地域に対す「米国際開発局(USAID)への拠出廃止、など国際
的な繋がり次々と断ち切っています。

こうした事情もあって、前回の「グローバルな外交」については触れられなかったのでしょう。
この点はアメリカの意向が反映されていると思われます。

5の「ロシアによるウクライナへの侵攻」について、バイデン政権時にはアメリカは金銭的に
も武器の面でもウクライナを積極的に支援していましたし、日本もロシアの非難とウクライナ
への経済的・外交的な支援をしていました。

しかし、トランプ氏はむしろロシア寄りの停戦を画策している現状で、本来ならこの重要な国
際問題について昨年と同様、ロシア非難、ウクライナ支援が今回の「共同声明」で触れるべき
重要事項ですが全く触れられていません。ここにも、トランプ政権に意向が働いていると思わ
れます。

以上、今回の「共同声明」と昨年の「共同声明」と比較しつつ検討しましたが、全体を通して
石破政権はアメリカへの一体化と同調をさらに強めてゆく姿勢が見られます。

このことが日本にとってどのような影響を与えるかを注目してい行きたいと思います。




(注1)2024年4月10日の「日米共同声明」の全文(日本語 外務省版)は、
    https://www.mofa.go.jp/files/100652148.pdfで見ることができます。そして、この
    「共同声明」に関して、筆者はこのブログの2024年4月23,24日、5月7日)の3回
    にわたって検討しています。
(注2)石破―トランプ会談の「日米共同声明」の全文(日本語 外務省版)は
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100791692.pdf で見ることができます。





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石破―トランプ会談(1)―“ウケた”笑い? それとも失笑?―

2025-02-13 07:29:45 | 政治
石破―トランプ会談(1)―“ウケた”笑い? それとも失笑?―

石破首相は2025年2月7日、初めてトランプ大統領と対面の会談を行いました。日本
では、この会談で石破首相は、なかなかうまくこなした、との評価が多いようです。

その理由の一つは、会談後に行われた記者会見で、アメリカの記者からの、ちょっと
厳しい質問に石破首相が巧妙に切り返し、トランプ氏と出席していた記者たちの笑い
を誘った、というものです。

この場面合はテレビなどで放送され、確かに“笑い”が起こったことは確認できます。
つまり、石破氏もなかなかセンスがある、との好意的な評価です。

しかし私には、この場面の“笑い”はどんな意味を持っているのかを、日本のメディ
アは誤解して好意的に解釈しているのではないか、という疑問が残ります。

しかし、この理解は正しいのでしょうか? 問題の箇所を引用してみてみましょう。

記者:米国が日本の輸入品に関税を課した場合、日本は報復措置を取るでしょうか?
石破氏:仮定のご質問には答えられません、というのがだいたい定番の国会答弁です。
トランプ氏:それは非常に良い答えだ。すごい、とても良い。彼は自分が何をしてい
るのか分かっている。

同席していた日米のメディア関係者の間に笑いが起こったのは、この石破氏の発言が
英語に翻訳され、少し間を置いた後でした。

日本では、微妙とされる答弁がトランプ大統領に大ウケ、そしてメディア関係者にも
ウケた、と報じられ、石破氏の対応能力がおおいに持ち上げられました。

しかし、記者の質問に対する石破氏の返答が、”ウイットに富んだジョークが大統領と
米側記者たちに受けた“、と解釈するのは早合点です。

それでは、この間のやり取りは、本当はどのような英語だったのでしょうか?

Reporter: If the US places tariffs on Japanese imports, would Japan retaliate?
Ishiba: I am unable to respond to a theoretical question.
Trump: That’s a very good answer. Wow, that's very good. He knows what he is doing.

この英語の部分をよーく見てほしい。石破氏の“仮定のご質問には答えられません、
というのがだいたい定番の国会答弁です”、という部分が、日本人の通訳者(後述)
によって、“a theoretical question”という3語の英語に置き換えらえているのです。

あるWeb記事は、
    日本の石破茂首相が関税を巡ってトランプ氏を挑発しようとした記者を黙
    らせたことに、トランプ氏は明らかに感銘を受けている”。
    会見で一番の見せ場はここかな。 記者の挑発を石破節でかわして笑いを取
    り、トランプさん大喜び。

こうしたコメントは、日本のほとんどのメディアに共通しているように思われます
(注1)。

しかし、石破氏の日本語表現と、通訳が英語にした言葉には違いがあります。英語
の “theoretical”の辞書的な意味は、「理論的には」、「理屈の上では」、「理論のみの」
「空論の」などです。

日本人の通訳はこの答えにくい記者の質問をかわすために、石破氏の「仮定の質問」
という表現を、a theoretical questionという表現に変え、“理屈の上ではそういう問
題も考えられますが、それはあくまでも理論上の(仮定の)話です”という意味にな
るように英訳したのです。

この場合、「理屈の上では」、あるいは「理論的には」とは、いうまでもまく、アメ
リカが日本に関税を課すなら、理屈の上では(理論的には)日本も報復関税を課す、
ことを意味します。

米記者が仕掛けた“罠”に対して石破氏を救ったのは、この時の通訳の機転でした。実
際、この会談の成否を握る「キーパーソン」として期待されていたのが、通訳を務め
た外務省の高尾直日米地位協定室長でした。

高尾氏は過去に安倍晋三元首相の通訳を務め、トランプ氏からは当時「Little prime 
minister(小さな首相)」と呼ばれるほど信頼されていました。幹部職員が首相通訳を
務め
るのは異例ですが、この重要な会談の通訳を任されたことから、彼がいかにすぐれた
人物なのか分かります(注2)。

トランプ氏もその場にいた米記者団の間で笑いが起きたのは、“定番の国会答弁”という
部分はカットされ、通訳が “I am unable to respond to a theoretical question”と言った、
一瞬の間をおいた後でした。

さて、本当の問題はここからです。

トランプ氏は、翻訳された石破氏の返答を聞いて3度も「ベリー・グッド・アンサー」
と言いましたので、かなり返答の文言を気に入ったようでした。

ところが、会見に出席した『東京新聞』のワシントン支局の鈴木龍司記者は、現在日
本で広まっている評価と、実際の会見場の雰囲気とは、少し異なったことを報告して
います。

以下に、鈴木記者の報告を引用しつつ、実際、どのような雰囲気で、その背後にどん
な意味合いがあったのかを検証してみましょう。

鈴木記者は、上に引用した石破氏とトランプ氏と米国の記者の反応について、「日本の
政治記者が笑い、その後通訳を聞いて、米国の記者も笑っていたが、どちらかという
と失笑に近い笑いだった」と振り返ります。

明治大学の海野素央教授は「アメリカでも『仮定の質問には答えられない』という答弁
はあり、特段珍しくない」と指摘しつつ、

    日本の立場として報復関税を「かける」とはとても言えない中で、(米記者の
    質問は―筆者注―)大変センシティブでタフな質問だった。固唾を飲んで解答
    を見守った結果、国会答弁で返してきた「間合い」みたいなものが失笑につな
    がったのではないか

とコメントしています。

そして、「ウイットが効いた解答でもなく、単に長年の習慣がぽろっと出ただけのような
気がします」と付け加えています。

文脈からすると、石破氏の「定番の国会答弁」という部分は英語に訳されていないので、
この部分に反応して出た笑いは、まず日本語にすぐ反応できる日本人記者のものでした。

「失笑」の理由は推測の域を出ませんが、アメリカに来てまでも、日本の政治の場で長年
使い古されてきた「仮定の質問には答えられない」という国会答弁の常套句を持ち出した
ことに対する苦笑い、といったところでしょうか。

とろこがトランプ氏(そしておそらく米国記者たち)の「笑い」の意味は日本人記者とは
違っていたようです。ジャーナリストの神保哲生氏は、「石破さんの対応は、驚くほどクラ
シックだった」とコメントしたうえで、

    トランプ氏が関税を武器に、ハッタリをかましたり、ハッタリの神通力が通じな
    くならない程度に実行したり関税合戦を繰り広げる中で、トランプ氏から見れば、
    石破さんのあの回答は「お前、言えっこないよな」というニュアンスで受け止め
    ていたのかも知れない。トランプ氏が大ウケしたのは日本への最大の皮肉だろう

と、かなり辛辣な見方をしています。

神保氏は、「お前、言えっこないよな」とは、「はい、報復関税をします」とは口が裂けて
も絶対に言えないだろうな、という日本の弱い立場を見越した、皮肉なのかも知れないと
言っているのです。

トランプ氏の、「彼は何をしているかを知っている」という言葉の裏には、皮肉も込められ
てい他のかも知れません。

私には、ここで本当はどうだったのかを断定することはできませんが、この会見に場にいた
『東京新聞』の記者によれば、会見が終わるとトランプ氏は石破氏と握手もせずに会場を後
にしたという。これが、何よりも実態を表していると思います。

今回、私は外交における言葉の問題、ニュアンス、その裏に意味などに関して、非常に事細
かく書いてきました。

というのも、外交交渉は主に言葉で行われるので、その舞台に立った人は、一国の利益を守
るために全力で闘う戦場なのです。当然、一語一語、非常に神経を使います。

そして、相手を持ち上げたり、ほめちぎったり、逆に脅したりあらゆる手練手管を駆使しま
す。

今回の首脳会談のような重要な場で、英語で直接交渉できる首相はあまりいませんでしたか
ら、上に触れた高尾氏のような優秀な通訳は不可欠です。

たとえ、かなり英語ができる政治家でも、言葉のニュアンスを正確に読み取り、言葉の背後
にある思惑を正確につかみ取ることはとても難しいことです。そこには文化的な背景も入っ
てきます。

さらに、こちらの訴えたいこと、要求したいことを正確に、説得的に話すことは難しい。そ
のためにはやはり「プロ」の通訳が必要になります。

ところで、今回の石破首相の訪米とトランプ氏との対面会談で、日本側は何を得たのでしょ
うか、訪米の成果は何だったのでしょうか?

これは、「日米共同声明」(別の機会に検討する)ではなく、「共同記者会見」での発言によく
表されています。その要点は以下の5点です(『東京新聞』2025年2月9日)。

①日本側は、米投資を一兆ドル(151兆円)おこなうことを約束した。これは、日本企業
 が投 資を増やすことで、アメリカを喜ばせる内容です。

②日本製鉄にUSスチール買収計画については「買収ではなく多額の投資をすること」で合
 意した。これは、USスチールをアメリカの企業として残すことで、日本の企業に買収さ
 れることをトランプ氏が断固として拒否したことを意味しています。
 会見の後にトランプ氏は、日本側が半分以上の株を所有することができない(つまり経営
 権をもたない投資に限る)、と強調しており、これが実現すると日本の利益も意味もなくな
 ってし まいます。

③日本は米国産液化天然ガス(LNG)の輸入を拡大することで合意した。日本がアメリカ
 からの輸入を増やすことであり、アメリカにとっては大いにメリットがある。

④人工知能(AI)や量子コンピュータ、半導体などの重要技術開発で協力する。これらの
 分野で日本は圧倒的に遅れており、日本にとってどんな利益があるのか不明です。

⑤トランプ氏は「対日貿易赤字を減らし、対等な関係にもっていきたい」と表明した。これ
 に関 連して記者団から、「それが実現しない場合、関税(を上げること)も選択肢になる
 か」との質問に、トランプ氏は「そうだ」と答えました。
 つまり、アメリカの対日貿易赤字を解消するよう、日本はアメリカからの輸入を増やすこ
 と、それが実現しなければアメリカは日本に高い関税を課すというものです。

以上みてきたように、今回の記者会見で明らかになったことは、ほとんどがアメリカの利益
になる内容ばかりです。

石破首相の訪米は成功だったと評価する見方もありますが、具体的に合意した内容、トラン
プ氏の発言をみると、そうばかりとも言えません。

石破首相の訪米は、初めての日米首脳会談に際してトランプ大統領への“ご機嫌伺い”“ご機嫌取
り”、他方のトランプ氏からすると、自分たちの主張を日本側に言っておいた、ということにな
ると思います。

石破訪米は成功だった、という背景には、もともと石破氏の外交能力を低いとみられていたの
で、それほど大きな失点はなかった、という点がまずますの成果というところではないでしょ
うか。

今後、日米関係において、いかに日本の利益を守り互恵的な関係を築いてゆくことができるの
か、その時に石破首相の真価が問われます。


(注1)『Together』 (2025.2.9 https://togetter.com/li/2508941)
(注2)『ZAKZAK』by 夕刊フジ(2025.2/9 10:07 https://www.zakzak.co.jp/article/20250209-AJ253ISX5BEUJOIPG2K5L2VWOE/
(注3)『日経新聞』電子版((2025年2月8日 10:47)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0805N0Y5A200C2000000/


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「ディープシーク・ショック」―AI界に激震走る―

2025-02-06 09:13:43 | 科学・技術
「ディープシーク・ショック」(1)―AI界に激震走る―

2024年12月27日は、インターネットなどコンピュータを使った情報技術界(IT界)、
とりわけ人工知能に関連した情報処理技術(AI)界において。一つの転換点になるかも
しれません。

この日、人工知能(AI)ブームによる株価上昇に熱狂していたニューヨーク株式市場に
激震が走りました。

無名の中国新興企業「ディープシーク(深度求索)」のAIが、低コストにもかかわらず
アメリカの最先端製品に匹敵する性能を持つことが明らかになり、先端半導体の需要が
急減するとの懸念が広がったためです。市場では「ディープシーク・ショック」との呼
び声も上がりました。

AIというのは、私たちの生活とは直接関係ないようですが、たとえばGoogle Chrome 
や Infoseek などの、検索アプリなどは日常的に利用しているのではないでしょうか。

これらの検索アプリでは、単語で「検索項目」を入力すると、答えてくれますが、そ
れはインターネット上にある関連した記事や動画のサイトを示す辞書的な「答え」です。

しかしAIを利用した生成AIアプリは「対話型」といって、文章で入力し、その答えは多く
の情報をまとめて独自に生成された「レポート」がかえってきます。

たとえば、世界でもっとも広く利用されている生成AIは、「オープンAI社」のChatGPTで、
たとえば「トランプの関税政策によって世界経済はこれからどうなりますか」と入力する
と、かなり詳しい答えがかえってきます。

ここで重要なことは、まず、トランプの関税政策に関する基本的な情報を集め、それらに
基づいて世界経済がどうなるかについて「推論」というプロセスを経て最終的な答えの文
章が生成され、画面に表示されます。

また、その答えについてもっと知りたいことがあれば、さらに質問を加えてゆきます。こ
うして、利用者はあたかもコンピュータと「対話」するように内容を深めてゆきます。

生成AIは、インターネット上にある既存のデータから広く学習してパターンや関連性を理
解し、独自のコンテンツを生み出すことができます。

ChatGPTは、テキスト(文字情報)はいうまでもなく、音声、画像、動画などの新しいコ
ンテンツを生成できる能力が他の生成AIより優れており、この分野では世界で最も普及し
ているといえます。

ChatGPTほど普及しているわけではありませんが、私はPerplexity、Felo(日本で開発した、
おもに検索機能に特化したアプリ)、Gensparkなども一部、画像処理などもでき、私も時々
利用します。

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが今回の本題「ディープシーク・ショック」
です。

人工知能(AI)ブームによる株価上昇に熱狂していたニューヨーク株式市場に2025年1月27
日、突如激震が走りました。

というのも、無名の中国新興企業「ディープシーク(深度求索)」のAIが、低コストの開発
費にもかかわらずアメリカの最先端製品に匹敵する性能を持つことが明らかになったからです。

この事実が明らかになると、とりわけエヌビディア(NVIDIA)が供給していた先端半導体の需
要が急減するとの懸念が広がりました。市場では「ディープシーク・ショック」との呼び声も上
がりました。

エヌビディアは世界的な生成AIブームに乗って先端半導体の売上高を急激に伸ばしてきました。
もっと言えば、エヌビディアのAI向け先端半導体が市場を事実上独占しているため、いくら高値
を提示しても受注が絶えませんでした。

現在、エヌビディアの最先端の半導体チップ(GPU 画像処理ができる半導体)は1つ550
万円から600万円の高値で取引されています。チャットGPTが生成AIの分野で優位にたってい
るのも、エヌビディアのこうした半導体を大量に使用してきたからです。

エヌビディアの株価は右肩上がりで上昇し、時価総額は24年6月に3兆ドル(約465兆円)を突破。
マイクロソフトやアップルを抜き一時、時価総額で世界1位に躍り出ました。
 
ところが、「ディープシーク」(企業名であり生成AIアプリの名称)の登場で事態は一変したの
です。最大の特徴は、開発にわずか2カ月、約560万ドル(約8億7000万円)しか投じていないの
に、チャットGPTの最新モデルなどに匹敵する性能を持つことです。

 第三者機関のテストなどで性能を示す論文を公表すると、話題を呼び、米アップルのアプリス
トアでは先週末にチャットGPTを抜きダウンロード回数で1位に躍り出ました。

アメリカの企業は生成AIの開発に数億ドルを投じており、事実ならディープシークの開発費はケ
タ違いに安い(十分の一以下といわれています)のです。

もし、ディープシークがこれだけの低コストで生成AI開発をできたとすれば、高価格の先端半導
体は一転して「不要」となります。

「ディープシーク・ショック」の日、エヌビディアの株価は急激に下がり、一時82兆円もの時価
総額が消失しました。

このショックは、エヌビィディアの経営戦略だけでなく、アメリカのAI戦略にも大きな影響を与
えます。

ディープシークの登場の背景をみると、アメリカの中国抑え込み政策が、裏目にでたことが分か
ります。

バイデン前政権は敵対国によるAI開発が国家安全保障上の脅威になるとして、エヌビディアなど
が生産する先端半導体だけでなくもっと効率が低い半導体の中国への輸出を禁じてきました。

このため中国は官民挙げて、自国で高性能の半導体とそれを利用したソフトウエアの開発に注力
しました。その結果、エヌビディアの高性能・高価格の半導体を使わなくても、中国企業は世界ト
ップクラスのAIを開発できたのです。

この事態を、1957年10月4日アメリカに先んじてソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」
の打ち上げ成功の報にアメリカがショックを受けたことになぞらえて「スプートニク・ショック」
ともいわれます。

アメリカにおいても、ディープシークの能力は否定できないものとして認められました。新興企業
に詳しい米投資家のマーク・アンドリーセン氏は24日、X(ツイッター)への投稿で、「これまで見
た中で最も素晴らしく印象的な進化だ。世界への奥深い贈り物だ」、と興奮を隠しませんでした。

彼によれば、ディープシークがAI産業を抜本的に変革する。そんな可能性があるというのです。

日本でも、この話題は取り上げられてきましたが、どちらかというと懐疑的な扱いが多いようです。
その典型は、「中国の天安門事件について教えてください」と入力すると、中国語で、「答えられませ
ん」と返ってくる、だからこれは信用しない方が良い、といったコメントさえあります。

しかし、ディープシークの登場が持つ最も重要な意義は、もっと他にあります。

まず、もはや、高額なエヌビディアの半導体チップを使わなくても、低コストで優秀なAIアプリを
作ることができることを世界に証明して見せたことです。この点については後でもう一度触れます。

これからは、AIやITの世界で挑戦しようとする若者や新興企業に大きなチャンスを与え、ひいてはAI
界全体の前進に貢献する。

つぎに、ディープシークのAIモデルは誰でも利用できる「オープンソース」(システムが公開された
形)として提供されており、その浸透によって、米「オープンAI社」やソフトバンクグループ(SB
G)などが開始するAI開発の「スターゲート計画」のような米側の閉鎖的な開発体制を足元から揺さ
ぶることになりました。

少なくとも、アメリカの巨大テック企業(GAFAM)やエヌビディアが世界のAI界を席巻する時
代は終わったと言えます。

この構図をもう少し詳しくみてみましょう。

たとえば従来は、エヌビディアのAI用先端半導体を効率的に動かすためには、同じくエヌビディア社
のCUDAというソフトウエアと使う必要がありました。

こうしてインターネット上の情報を収集して学習し、推論というプロセスを経て回答を導き出すという
方法をとっていました。

この作業には最も高性能の半導体(1つ500万円?)を1000個あるいはそれ以上並べて何十日も回し
続ける、といった作業となります。

ところが、CUDAというソフトウエアはとても“重い”ので、新しいAIアプリを開発するには、巨額
の資本、長い時間、大量の電気が必要でした。

つまり、アメリカの巨大ITテック企業は、まさに物量作戦と力技で開発してきたのです。

しかしディープシークは、重いCUDAを使わず、エヌビディアの半導体も使わず、国産の半導体で作
業した。この背景にはディープシーク側の技術的な“突破”(ブレークスルー)があったようです。

ディープシークは、オープンソースを効率的に学習する方法を開発しただけでなく、そこから推論して
結果(答え)を導き出す効率的な技術を独自に開発したのです。

アメリカの「オープンAI社」は、推論プロセスについてはブラック・ボックスの中に秘匿しています
が、「ディープシーク」はそのプロセスを公開しています(注3)。

ディープシークという会社の中身をみると、GAFAMのような巨大ITテック企業とは、非常に異な
る背景を持っています。

私は、少なくとも今後10年くらいは、アメリカの巨大ITテック企業は衰退に向かい、ディープシーク
のような、発想も戦略も新しいベンチャー・企業が台頭してくると考えています。

そこで、その第一号のじれいとして、ディープシークについて、すこしその背景と経緯を見ておきまし
ょう。

ディープシークの梁文鋒最高経営責任者(CEO)はオープンAI社のサム・アルトマンCEOと同じ1985年
生まれ。AI研究で知られる浙江大学を卒業し、資産運用会社のHigh-Flyer(ハイフライヤー)を立ち上げ
た。同社は数学的な手法で機械的に投資するクオンツ運用に強みがあり、運用資産は約80億ドル(約1兆
2000億円)と報じられています。

梁氏はハイフライヤーの子会社として2023年にディープシークを設立しました。米調査会社「CBインサ
イツ」によるとディープシークは外部から資金調達しておらず、AIの開発費は親会社から拠出されている
とみられています。

投資家の間であまり注目されず、突如としてAI開発レースの先頭集団に躍り出る「ダークホース」となっ
たゆえんです。

現地報道によるとディープシークの開発チームは20代が中心で、北京大学や清華大学といった中国国内の
トップ校出身者や博士課程の学生が多い。ほぼ全員が海外経験を持たない本土人材で、数学オリンピック
の入賞者も含まれるとされる(注4)。

これまで中国におけるコンピュータ技術者は主に、アメリカのシリコンバレーで働いていた中国人が担っ
ていました。

しかしディープシークでは、全く海外経験がない、優秀な若者が中心となって切磋琢磨して技術革新に挑
戦しています。

先に引用した、ディープシークに関するテレビ番組に登場した専門家によれば、中国は人口規模(13億人)
絶対的に大きく、その中から突出した天才的な人材が現れやすい、とコメントしています。

日本は今、あわててIT産業を育成しようとしていますが、内容を見ると、かつてアメリカの巨大テック
企業がやってきた物量作戦を後追いしているようにみえます。

しかし、時代は移っていて、これまでよりはるかに少ない開発費、電力の省力化、時間の短縮が可能にな
っています。

今後も、この問題については注意してゆきたいと思います。


(注1)『毎日新聞』(電子版)(2025/1/28 21:15(最終更新 1/28 21:26)https://mainichi.jp/articles/20250128/k00/00m/020/274000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20250129
(注2)『日経新聞』(電子版)(2025年2月4日 5:00 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD030Y60T00C25A2000000/?n_cid=NMAIL007_20250204_H
(注3)BS-TBS『報道1930』2025年2月3日 の中で国立情報学研究所教授 佐藤一郎氏はこのうように説明しています。 
(注4)ディープシーク社の代表や企業の来歴については幾つものサイトがあるが、さしあたり『日経新聞』(電子版)(2025年2月2日 5:00 
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC3036V0Q5A130C2000000/?n_cid=NMAIL007_20250202_A を参照。


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