教員と「心の病」-教育現場の過酷な現実-
文部科学省(以下「文科省」と略す)が12月24日,2011年に,うつ病などの「心の病」で休職した公立小中高,
中高一貫校,特別支援学校の教員(約92万人の数を発表しました。
それによると,2011年度には,心の病で休職した教員は5274人で,2010年度の5407人から133人減少したことになります。
心の病による休職者は,2000年度には毎年,数百人ずつ増え続けてきましたが,前年度より減少したのは18年ぶりです。
それでも,10年前(02年)の約2倍で,175人に1人の割合になっています。
「心の病」」が原因の休職者数をもう少し前の年からたどってみると,その数の増加に驚かされます。
精神疾患による休職者数
年 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
人数 1715 1924 2262 2503 2687 3194 3559 4187 4675
年 2007 2008 2009 2010 2011
人数 4995 5400 5458 5470 5274
上の数字からも分かるように,精神疾患による休職者数は,1998年(平成10年)には1715人でしたが,昨年までに約3倍に増えて
いるのです。
とりわけ,2002年(平成14年)から2006年(平成18年)にかけては2000人台から一気に4000人台後半に激増しました。
興味深いのは,この急増期が小泉改革の期間(2001~2006年)とかさなっていることです。
これは単なる偶然かもしれませんし,小泉政権の新自由主義,自己責任制などの政策とが何らかの関係があるのかもしれませんが,
確かなことは分かりません。
もう一つ,重要な指標は,病気休職者数に占める精神疾患の上昇です。
この割合は1998年には 48.1パーセントでしたが,2010年には62.4%へ急上昇しているのです。
同様の指標ですが,教員全体のうち,「心の病」による休職者の割合は,1998年の0.27%から,2010年の0.59%へと倍増
しています。
これら割合の上昇は,単なる人数の増加以上に深刻な意味をもっています。
今回発表された2011年度の状況を年代別に見ると,50代以上が最多で39% (2037人),40代が32%(1712人),30代が
21%(1103人),
20代が8%(422人)でした。
ここから,推測されるのは,40代,50代の中間管理職や相当するベテラン教師が多くの悩みを抱えていることです。
文部科学省による、40代以上は校内の業務が集中することにストレスを感じる傾向が強く、20代や30代は保護者への対応に悩む
傾向があるということです。
一方、昨年度、精神的な病気で休職した教員のうち、年度内に復職した人は37%、休職中の人は43%、退職した人は20%でした。
また、いったん復職したものの1年以内に再発し、再度、休職した人は12%でした。
ところで,「メンタルヘルス」(心の健康)という言葉は、世間一般にも広く知られるようになっています。
この言葉は,バブル景気のはじけた1990年代の初めごろだったようです。
当時の文部省が「教員の心の健康等に関する調査研究」を実施して対策に乗り出したのも、1991(平成3)年でした。
それにもかかわらず,心の病を理由に休職する教員は今日まで増え続けています。
さらに,病気を理由に依願退職している人の多くは,神経症やうつ病などが要因となっています。
同じころ、文科省の委託で民間機関などが2008年に全国の教育委員会に行った調査では,メンタルヘルスに「十分に取り組んでいる」
が0.8%,「まあ取り組んでいる」が17.8%、合わせても2割に満たない結果にとどまりました。
教育委員会委員の79%が「必要である」と認識しながらも、「担当者の不足」(51%)、「予算がとれない」(50%)といった
状況にありました。
この調査結果のまとめでは「基本的な体制づくりが現状ほとんどできていない」と厳しい評価を下しています。
この調査では、ほかにも気になる数字が出ています。
たとえば,44%の教員が「1週間の中で休める日がない」と答え、62%が「児童生徒の訴えを十分に聴く余裕がない」
「気持ちがしずんで憂うつ」「気がめいる」など、「うつ傾向」と関連が深い自覚症状を訴える教員が一般企業の2.5倍に上りました。
教員のメンタルヘルス対策を急ぐ必要があると言えます。
教員が精神疾患におちいる原因として,これまでさまざまな問題が指摘されてきました。
たとえば,「学級崩壊」といいう言葉に象徴されるように,生徒が勝手に教室内を動き回り,先生がクラスをまとめきれない事例が増えた
ことです。
また,自分の子どもの問題で,教員に執拗に抗議や要求を繰り返す,モンスター・ペアレントといわれる親が増えたことも一因です。
そして,現在の教員は,授業や教材を作りなど直背的な教育活動のほか,非常に多くの雑務をこなさなければなりません。
たとえば,給食費を払わない担任の子どもの家庭を,教員が夕方以降,一軒一軒回ったり,クラブ活動に出たり,
教育委員会や文科省の指示にたいする報告書の作成など,多様な仕事がまっています。
加えて,校長や教頭による厳し勤務評定の下で強いストレスにさらされている。
校長や教頭は,教育委員会や文部科学省の評価というプレッシャーを受けています。
こうしたことを全て考慮に入れて,一体,なぜ,教員の精神疾患を原因とする休職が増えたのかを考えてみましょう。
これを考える前に,もう一つ確認しておくことがあります。
それは,うつ病やうつ傾向は教員だけでなく,学校に限ったことではなく、民間企業でも同じです。
財団法人社会経済生産性本部のアンケート(2008<平成20>年)では、企業の58%が「心の病」は増加傾向にあると答えています。
しかし、メンタルヘルス対策に力を入れていると答えた企業は64%に上ります。
つまり,日本社会全体に,うつ病をはじめとする精神疾患が深く静かに浸透しているようです。
ただ教員の場合,既に書いたように,民間企業の割合の2.5倍に達しています。
このように考えると,日本社会全体で「心の病」が増加傾向にある中で,教員の間にとりわけその傾向が顕著となっているといえ
そうです。
事態を単純化するのは危険ですが,日本社会全体に,競争原理が人々の心を確実に蝕んできたといえます。
加えて教育現場においては,管理社会化が進行したことも重要な要因です。
教育する側における管理強化傾向と同時に,「学級崩壊」にみられる生徒の勝手な行動や,モンスター・ペアレントの出現など,
自己中心的な現象が進行しています。
現場の教員はこの二つのプレッシャーに挟まれて,「心の病」に追い込まれているのではないでしょうか。
これにたいして,同じ職場の同僚の間にも,教員の相談にのる余裕がなくなっています。
これも,「心の病」が原因で休職に追い込まれている教員が増えていることの要因の一つだと考えられます。
これらの要因が複雑に関連して,教員は過酷な状況に追い込まれているのではないでしょうか。
(注)今回の記事は以下の新聞,インターネットサイトを参考にしています
『毎日新聞』(2012年12月25日)
http://benesse.jp/blog/20090309/p3.html
http://www.js-mental.org/images/03/20080805.pdf (財団法人 社会経済生産性本部社会経済)
http://www.welllink.co.jp/press/files/kyoin_summary_2008-10.pdf (文部科学省委託の民間機関の調査)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/houdou/__icsFiles/afieldfile/2009/01/26/1217866_13.pdf (労災 厚生労働省)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121224/t10014398451000.html (NHK)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1314343.htm (文部科学省 平成22年度教育職員に係わる懲戒処分等の状況について)
文部科学省(以下「文科省」と略す)が12月24日,2011年に,うつ病などの「心の病」で休職した公立小中高,
中高一貫校,特別支援学校の教員(約92万人の数を発表しました。
それによると,2011年度には,心の病で休職した教員は5274人で,2010年度の5407人から133人減少したことになります。
心の病による休職者は,2000年度には毎年,数百人ずつ増え続けてきましたが,前年度より減少したのは18年ぶりです。
それでも,10年前(02年)の約2倍で,175人に1人の割合になっています。
「心の病」」が原因の休職者数をもう少し前の年からたどってみると,その数の増加に驚かされます。
精神疾患による休職者数
年 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
人数 1715 1924 2262 2503 2687 3194 3559 4187 4675
年 2007 2008 2009 2010 2011
人数 4995 5400 5458 5470 5274
上の数字からも分かるように,精神疾患による休職者数は,1998年(平成10年)には1715人でしたが,昨年までに約3倍に増えて
いるのです。
とりわけ,2002年(平成14年)から2006年(平成18年)にかけては2000人台から一気に4000人台後半に激増しました。
興味深いのは,この急増期が小泉改革の期間(2001~2006年)とかさなっていることです。
これは単なる偶然かもしれませんし,小泉政権の新自由主義,自己責任制などの政策とが何らかの関係があるのかもしれませんが,
確かなことは分かりません。
もう一つ,重要な指標は,病気休職者数に占める精神疾患の上昇です。
この割合は1998年には 48.1パーセントでしたが,2010年には62.4%へ急上昇しているのです。
同様の指標ですが,教員全体のうち,「心の病」による休職者の割合は,1998年の0.27%から,2010年の0.59%へと倍増
しています。
これら割合の上昇は,単なる人数の増加以上に深刻な意味をもっています。
今回発表された2011年度の状況を年代別に見ると,50代以上が最多で39% (2037人),40代が32%(1712人),30代が
21%(1103人),
20代が8%(422人)でした。
ここから,推測されるのは,40代,50代の中間管理職や相当するベテラン教師が多くの悩みを抱えていることです。
文部科学省による、40代以上は校内の業務が集中することにストレスを感じる傾向が強く、20代や30代は保護者への対応に悩む
傾向があるということです。
一方、昨年度、精神的な病気で休職した教員のうち、年度内に復職した人は37%、休職中の人は43%、退職した人は20%でした。
また、いったん復職したものの1年以内に再発し、再度、休職した人は12%でした。
ところで,「メンタルヘルス」(心の健康)という言葉は、世間一般にも広く知られるようになっています。
この言葉は,バブル景気のはじけた1990年代の初めごろだったようです。
当時の文部省が「教員の心の健康等に関する調査研究」を実施して対策に乗り出したのも、1991(平成3)年でした。
それにもかかわらず,心の病を理由に休職する教員は今日まで増え続けています。
さらに,病気を理由に依願退職している人の多くは,神経症やうつ病などが要因となっています。
同じころ、文科省の委託で民間機関などが2008年に全国の教育委員会に行った調査では,メンタルヘルスに「十分に取り組んでいる」
が0.8%,「まあ取り組んでいる」が17.8%、合わせても2割に満たない結果にとどまりました。
教育委員会委員の79%が「必要である」と認識しながらも、「担当者の不足」(51%)、「予算がとれない」(50%)といった
状況にありました。
この調査結果のまとめでは「基本的な体制づくりが現状ほとんどできていない」と厳しい評価を下しています。
この調査では、ほかにも気になる数字が出ています。
たとえば,44%の教員が「1週間の中で休める日がない」と答え、62%が「児童生徒の訴えを十分に聴く余裕がない」
「気持ちがしずんで憂うつ」「気がめいる」など、「うつ傾向」と関連が深い自覚症状を訴える教員が一般企業の2.5倍に上りました。
教員のメンタルヘルス対策を急ぐ必要があると言えます。
教員が精神疾患におちいる原因として,これまでさまざまな問題が指摘されてきました。
たとえば,「学級崩壊」といいう言葉に象徴されるように,生徒が勝手に教室内を動き回り,先生がクラスをまとめきれない事例が増えた
ことです。
また,自分の子どもの問題で,教員に執拗に抗議や要求を繰り返す,モンスター・ペアレントといわれる親が増えたことも一因です。
そして,現在の教員は,授業や教材を作りなど直背的な教育活動のほか,非常に多くの雑務をこなさなければなりません。
たとえば,給食費を払わない担任の子どもの家庭を,教員が夕方以降,一軒一軒回ったり,クラブ活動に出たり,
教育委員会や文科省の指示にたいする報告書の作成など,多様な仕事がまっています。
加えて,校長や教頭による厳し勤務評定の下で強いストレスにさらされている。
校長や教頭は,教育委員会や文部科学省の評価というプレッシャーを受けています。
こうしたことを全て考慮に入れて,一体,なぜ,教員の精神疾患を原因とする休職が増えたのかを考えてみましょう。
これを考える前に,もう一つ確認しておくことがあります。
それは,うつ病やうつ傾向は教員だけでなく,学校に限ったことではなく、民間企業でも同じです。
財団法人社会経済生産性本部のアンケート(2008<平成20>年)では、企業の58%が「心の病」は増加傾向にあると答えています。
しかし、メンタルヘルス対策に力を入れていると答えた企業は64%に上ります。
つまり,日本社会全体に,うつ病をはじめとする精神疾患が深く静かに浸透しているようです。
ただ教員の場合,既に書いたように,民間企業の割合の2.5倍に達しています。
このように考えると,日本社会全体で「心の病」が増加傾向にある中で,教員の間にとりわけその傾向が顕著となっているといえ
そうです。
事態を単純化するのは危険ですが,日本社会全体に,競争原理が人々の心を確実に蝕んできたといえます。
加えて教育現場においては,管理社会化が進行したことも重要な要因です。
教育する側における管理強化傾向と同時に,「学級崩壊」にみられる生徒の勝手な行動や,モンスター・ペアレントの出現など,
自己中心的な現象が進行しています。
現場の教員はこの二つのプレッシャーに挟まれて,「心の病」に追い込まれているのではないでしょうか。
これにたいして,同じ職場の同僚の間にも,教員の相談にのる余裕がなくなっています。
これも,「心の病」が原因で休職に追い込まれている教員が増えていることの要因の一つだと考えられます。
これらの要因が複雑に関連して,教員は過酷な状況に追い込まれているのではないでしょうか。
(注)今回の記事は以下の新聞,インターネットサイトを参考にしています
『毎日新聞』(2012年12月25日)
http://benesse.jp/blog/20090309/p3.html
http://www.js-mental.org/images/03/20080805.pdf (財団法人 社会経済生産性本部社会経済)
http://www.welllink.co.jp/press/files/kyoin_summary_2008-10.pdf (文部科学省委託の民間機関の調査)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/houdou/__icsFiles/afieldfile/2009/01/26/1217866_13.pdf (労災 厚生労働省)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121224/t10014398451000.html (NHK)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1314343.htm (文部科学省 平成22年度教育職員に係わる懲戒処分等の状況について)