驚くべき生命の智慧-ガン転移抑制ホルンモンの発見(注)-
iPS細胞の人工的な作成方法を発見した中山氏がノーベル賞を受賞したことは久々のあかるい
ニュースでした。
あまり注目されませんでしたが,つい最近,医学の分野もう一つ,ヒトの命にかかわる重要な
発見がありました。
それは,ガン転移抑制ホルモンの発見です。
もっと正確に言えば,これまで知られていたホルモンにガンの転移・再発を抑制する働きがあ
ることを発見したことです。
これについて説明する前に,ガンについて簡単に整理しておきます。
このブログの10月13日と16日の「病気はなぜ,あるのか」という記事で,進化論的医学
について紹介しました。
ここで,今回の説明にとって重要な点だけをもう一度示しておきます。
私たちの体の構造や働きは,以下の3つの法則で進化してきました。すなわち,
1)数百万年かけて進化してきたこと,
2)その際遺伝子は,生存の可能性(正確には子孫を残す,生殖の可能性)を高める方向を選
択してきたこと,
3)しかし,ある能力を選択することによって,逆に他の病気や不都合を生じさせることもあ
る,という3点です。
これらの法則が正しいとすれば,ヒトの命を奪う危険性が高い病気であるガンを引き起こす遺
伝子は,進化の過程でずっと昔に排除(淘汰)されていたはずです。
しかし,現在の日本では2人に1人が生涯に一度はガンに罹り,3人に1人はガンで死亡して
います。
この謎を解く一つの要因は,私たちの体の基本は400万年ほど前の設計図に基いている,と
いう事情です。
このころには,ヒトの寿命は40才前後と考えられています。
大部分の人は,免疫力が弱まって,カンが発病する前に感染症で死んでいったのです。
このため,ヒトはガンを引き起こす遺伝子を排除する必要がなかった,というのが進化論的
医学の解釈です。
この意味では,ガン患者が増えたといいうことは,日本人が長生きするようになったから,
とも言えます。
ところで,それでは,ヒトの基本設計にはガンに関する対抗手段は全くなかったのでしょ
うか。
ここで,ガンに関して不思議な事実があります。
人間の体でガンにならないのは心臓と髪の毛だけ,と言われています。
髪の毛はともかく,心臓がガンに発生しないというのは,驚きくべき命の智慧と言うべきでしょう。
もし,心臓がカン化するとしたら,ガンによる死亡は現在よりはるかに多くなっているはずです。
とうのも,心臓の停止をもって死と認定することからもわかるように,心臓は,生命現象そのもの
といっても言いすぎではありません。
人体のうち,心臓以外の臓器はガン化することがあり,それに対する有効な対抗手段をもっていま
せん。
しかし,心臓だけはガンに冒されない防御システムがあるのです。
これまでの医学は,「ヒトはどのようにしてガンになるのか」という観点からガンを考え,治療
(特異抗ガン剤)を模索していきました。
これに対して今回のチームは発想を逆転させて,「心臓はなぜガンにならないのか」という問いか
ら出発し,この観点からヒトとガンとの関係を考えたのです。
なぜ,今までこの事実に気が付かなかったのは不思議なくらいです。
今回,国立循環器病研究センター(国循研)は10月23日,大阪大学の協力を得て、心臓から分
泌されるホルモンである心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)」が血管を保護することによっ
て、さまざまな種類のガンの転移や再発を予防・抑制できることを突き止めたと発表しました。
ANPは,1984年に見つけられた心臓ホルモンで,現在心不全に対する治療薬として使用され
ています。
この意味では,特に新たに発見されたホルモンではありません。
ただし,このホルモンがガン転移を抑制するホルモンであり,ガン治療にも有効であることは
これまで知られていませんでした。
ガンの転移は,血中に漏れ出たガン細胞が,炎症などで傷ついた血管の壁にくっつき,その場
で増殖するとされています。
このチームは,ANPによって血管が正常な状態になり,ガンが壁にくっつきにくくなると見
ています。
センターの追跡調査によれば,肺ガンの手術後2年以内に再発する確率は,通常,約20%で
すが,不整脈などを予防するためANPを投与すると,4%(最初のわずかに低下しました。
このセンターの寒川所長は,「あらゆる種類のがんの転移や再発を予防できるとみられ,世界
初の治療法になると期待される」と述べています。
また,このチームは動物実験によって,乳がんや大腸がんといったほかの種類のがんに対して
も、ANPが転移を抑制する効果があることを動物実験で確認しておりさらなるメカニズムの
解明を進めているとしています。
それにしても,人体の心臓だけがガン化しないように進化してきたことは,まさに命の智慧と
しか言いようがありません。
現在の到達点は,ANPホルモンが,ガン転移や再発にたいする抑制効果をもつことがマウス
の実験で確認できた,という段階で,
必ずしもガンの発生そのものを抑制することが確認されたわけではありません。
それでも,日本人の3分の1がガンを発症することを考えると,ガンの転移と再発は非常に重
要な問題です。
たとえ手術をしてガンを取り去ったとしても,ほとんどの人がその後の再発を恐れて生活して
います。
この状況を考えると,今回の発見は大きな意義があると思います。
さらに,可能性としては,転移や再発だけでなく,体のどこかで生成されたガン細胞が血液に
乗ってどこか,炎症の起きている臓器に取り付き,そこで増殖を始めることをある程度防いで
くれるかも知れません。
これらの可能性も含めて,既にガンを発症してしまっているいる人にとっても,いったんは克
服した人にとっても,さらには,現在までガンとは無縁であった幸運な人にとっても,大きな
朗報であることは間違いありません。
(注)本稿は『東京新聞』(2012年10月24日),
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121025-00000050-mycomj-sci (2012/10/29 日参照)に
基づいています。
iPS細胞の人工的な作成方法を発見した中山氏がノーベル賞を受賞したことは久々のあかるい
ニュースでした。
あまり注目されませんでしたが,つい最近,医学の分野もう一つ,ヒトの命にかかわる重要な
発見がありました。
それは,ガン転移抑制ホルモンの発見です。
もっと正確に言えば,これまで知られていたホルモンにガンの転移・再発を抑制する働きがあ
ることを発見したことです。
これについて説明する前に,ガンについて簡単に整理しておきます。
このブログの10月13日と16日の「病気はなぜ,あるのか」という記事で,進化論的医学
について紹介しました。
ここで,今回の説明にとって重要な点だけをもう一度示しておきます。
私たちの体の構造や働きは,以下の3つの法則で進化してきました。すなわち,
1)数百万年かけて進化してきたこと,
2)その際遺伝子は,生存の可能性(正確には子孫を残す,生殖の可能性)を高める方向を選
択してきたこと,
3)しかし,ある能力を選択することによって,逆に他の病気や不都合を生じさせることもあ
る,という3点です。
これらの法則が正しいとすれば,ヒトの命を奪う危険性が高い病気であるガンを引き起こす遺
伝子は,進化の過程でずっと昔に排除(淘汰)されていたはずです。
しかし,現在の日本では2人に1人が生涯に一度はガンに罹り,3人に1人はガンで死亡して
います。
この謎を解く一つの要因は,私たちの体の基本は400万年ほど前の設計図に基いている,と
いう事情です。
このころには,ヒトの寿命は40才前後と考えられています。
大部分の人は,免疫力が弱まって,カンが発病する前に感染症で死んでいったのです。
このため,ヒトはガンを引き起こす遺伝子を排除する必要がなかった,というのが進化論的
医学の解釈です。
この意味では,ガン患者が増えたといいうことは,日本人が長生きするようになったから,
とも言えます。
ところで,それでは,ヒトの基本設計にはガンに関する対抗手段は全くなかったのでしょ
うか。
ここで,ガンに関して不思議な事実があります。
人間の体でガンにならないのは心臓と髪の毛だけ,と言われています。
髪の毛はともかく,心臓がガンに発生しないというのは,驚きくべき命の智慧と言うべきでしょう。
もし,心臓がカン化するとしたら,ガンによる死亡は現在よりはるかに多くなっているはずです。
とうのも,心臓の停止をもって死と認定することからもわかるように,心臓は,生命現象そのもの
といっても言いすぎではありません。
人体のうち,心臓以外の臓器はガン化することがあり,それに対する有効な対抗手段をもっていま
せん。
しかし,心臓だけはガンに冒されない防御システムがあるのです。
これまでの医学は,「ヒトはどのようにしてガンになるのか」という観点からガンを考え,治療
(特異抗ガン剤)を模索していきました。
これに対して今回のチームは発想を逆転させて,「心臓はなぜガンにならないのか」という問いか
ら出発し,この観点からヒトとガンとの関係を考えたのです。
なぜ,今までこの事実に気が付かなかったのは不思議なくらいです。
今回,国立循環器病研究センター(国循研)は10月23日,大阪大学の協力を得て、心臓から分
泌されるホルモンである心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)」が血管を保護することによっ
て、さまざまな種類のガンの転移や再発を予防・抑制できることを突き止めたと発表しました。
ANPは,1984年に見つけられた心臓ホルモンで,現在心不全に対する治療薬として使用され
ています。
この意味では,特に新たに発見されたホルモンではありません。
ただし,このホルモンがガン転移を抑制するホルモンであり,ガン治療にも有効であることは
これまで知られていませんでした。
ガンの転移は,血中に漏れ出たガン細胞が,炎症などで傷ついた血管の壁にくっつき,その場
で増殖するとされています。
このチームは,ANPによって血管が正常な状態になり,ガンが壁にくっつきにくくなると見
ています。
センターの追跡調査によれば,肺ガンの手術後2年以内に再発する確率は,通常,約20%で
すが,不整脈などを予防するためANPを投与すると,4%(最初のわずかに低下しました。
このセンターの寒川所長は,「あらゆる種類のがんの転移や再発を予防できるとみられ,世界
初の治療法になると期待される」と述べています。
また,このチームは動物実験によって,乳がんや大腸がんといったほかの種類のがんに対して
も、ANPが転移を抑制する効果があることを動物実験で確認しておりさらなるメカニズムの
解明を進めているとしています。
それにしても,人体の心臓だけがガン化しないように進化してきたことは,まさに命の智慧と
しか言いようがありません。
現在の到達点は,ANPホルモンが,ガン転移や再発にたいする抑制効果をもつことがマウス
の実験で確認できた,という段階で,
必ずしもガンの発生そのものを抑制することが確認されたわけではありません。
それでも,日本人の3分の1がガンを発症することを考えると,ガンの転移と再発は非常に重
要な問題です。
たとえ手術をしてガンを取り去ったとしても,ほとんどの人がその後の再発を恐れて生活して
います。
この状況を考えると,今回の発見は大きな意義があると思います。
さらに,可能性としては,転移や再発だけでなく,体のどこかで生成されたガン細胞が血液に
乗ってどこか,炎症の起きている臓器に取り付き,そこで増殖を始めることをある程度防いで
くれるかも知れません。
これらの可能性も含めて,既にガンを発症してしまっているいる人にとっても,いったんは克
服した人にとっても,さらには,現在までガンとは無縁であった幸運な人にとっても,大きな
朗報であることは間違いありません。
(注)本稿は『東京新聞』(2012年10月24日),
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121025-00000050-mycomj-sci (2012/10/29 日参照)に
基づいています。