日本社会の地殻変動(5)
―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―
安倍信三首相(当時。以下も同じ)が2022年7月8日に凶弾に斃れて2年が経とうとしている今日、
「アベノミクス」とは何だったのかの記憶も薄れがちです。そこで、もう一度確認しておきます。
「アベノミクス」とは、2012年の12月26日に始まった第二次安倍内閣が翌2013年4月から実施し
た経済政策で、それは「3本の矢」、つまり3つの柱から成り立っていました。
すなわち、①大胆な金融政策(「異次元の金融緩和」)、②機動的な財政出動、③民間投資を喚起
する成長戦略、です。
上記のうち、①の大胆な金融緩和の中心は異次元の金融緩和で、具体的には政府が必要と考える政
策を実行するために、不足する資金を異次元の国債によって賄おうとすることです。
これは、最終的には国債の第一次購入者である銀行、損生保などの金融機関から最終的には日銀が
買い受けて、その額に相当するお金を市中に供給すことが中心となります。この問題点については
後で述べます。
一方、②の機動的な財政出動に関しては、本当に必要なところに機動的に国のお金がつぎ込まれた
かどうかには疑問が残ります。
そして③の成長戦略については、結局、10年経っても、有効な戦略は出てきませんでした。
安倍政権下で10年続き、その後の内閣も引き継いでいるアベノミクス、とりわけ「異次元の金融緩
和」に対して、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏(59)は、「アベノミクス」は日本経済の
価値を下げた「亡国政策」である、と憤っています(注1)。
それはどういうことなのでしょうか? 藻谷氏の主張を参考にしながら考えてみましょう。
自民党の安倍晋三氏が政権に復帰した2012年末の日本は、円高(1ドル=82円ほど)、輸出減、
株価低迷、物価低迷、企業収益の低迷、そして日本経済はデフレ不況に喘いでいました。
そんな折に、安倍首相は巨額の国債を発行し(つまり借金し)、それを日銀が買い受け、通貨発行
権を行使してその額のお金を市中に供給します。
国債とは、国が負う借金ですから、通常の感覚では借金が増えることには疑問が起こります。
しかし安倍首相が信じ、依拠したリフレ派のMMT(現代貨幣理論)は、「自分の国の通貨建てで
国債を発行し借金できる国は、いくらでも自国通貨を作って返済できる。このため、いくらでも国
債を発行して財源を調達し景気対策にあてても構わない」、とします。
いずれにしても、国債が全て消化されば政府はそのお金を政策資金を手に入れることができると同
時に、それだけ市中の貨幣流通量も増えます。
こうして、リフレ派のアドバイスと安倍首相の意を受けた黒田東彦前日銀総裁(当時)は、市中へ
の資金供給量(マネタリーベース)を5倍にまで増やしました。
そもそも貨幣の流通量は、その時々の必要に見合った量であるべきです。景気が良くて貨幣の需要
(資金需要)が高い時には資金の供給量を増やすことが経済理論的には適切な処置です。
しかし、景気が低迷して貨幣需要(資金需要)がないところに巨額の資金が供給されれば当然、貨
幣(この場合は「円」)の価値は下がる一方です。
それでは、アベノミクスはどんな成果をもたらしたのでしょうか?
まず、貨幣流通量が増えて貨幣価値が下がれば、物価は上昇し企業の利益は増える、つまりデフレ
から脱却できるはずでした。
しかし、2%の消費者物価の上昇はなかなか達成されず、物価上昇で増えるはずの名目GDP(国内
総生産)は12~23年でみると年率1・5%と微増にとどまっています。
他方、円安によって伸びるはずだった輸出は、実際にはここ数年減り続けています。
目論見通りなのは、今、私たちが目にしている超円安(1ドル=157円)という、日本の通貨価値
の下落だけです。
しかも輸入価格は高騰し、あらゆる生活物資の価格上昇が国民生活を圧迫しています。
世界銀行が算定する購買力平価ベースレート(物価が同じになるように計算したレート)は、1ドル
が100円未満となっています。しかし、実勢では150円台となっています。
これはエネルギー、食糧、ソフトウエア、あるいは安倍氏の支持者が増強を求めていた武器などを海
外から買うたび、本来の1・5倍以上の国富が海外に流出している計算です。
冒頭で紹介した藻谷氏がアベノミクスを「亡国の政策」と厳しく批判したのは、アベノミクスは一方
で国民生活を圧迫し、他方で「国富の流出」を生じさせたからです。
しかも、「国富」とは日本国民の富ですから、アベノミクスは日本国民の富を失わせたといえます。
安倍氏が民主党(当時)から政権を奪取した後で、安倍首相は国会において口癖のように、民主党政
権では経済が停滞して発展できなかったことを繰り返し揶揄していました。
しかし、皮肉なことに日本の名目GDPは、野田佳彦民主党政権最後の2012年にはドル換算で6・2兆
ドルで史上最高でした。
そして、同年末に誕生した安倍政権が異次元の金融緩和を始めて円安に誘導した結果、政権末期の19
年には5・1兆ドルへと約2割も減少し、アベノミクスを引き継いだ岸田政権の23年には4・2兆ドルと
3分の2にまで落ち込んでしまったのです。
これを基軸通貨の米ドルで見れば、年率3・6%のマイナス成長となります。世界は、日本の経済規模
を「円」ではなくドルで見るので、世界から見た日本経済の存在感は、急速に失われてしまったこと
になります。
安倍政権下で10年間にわたって実施された「アベノミクス」で経済が好循環し、働く人の実質賃金が
上がり、GDPが増えることはありませんでした。
バブル崩壊後も成長を続けていた日本経済がアベノミクス政策によって完全に縮小に転じてしまった
のです。
藻谷氏は、異次元の金融緩和という「壮大な社会実験」は失敗したと結論しています。
ところで、日本政府と日銀はどのようにして貨幣供給量を増やしてきたのでしょうか?
1ドル500円もあり得る
藤巻健史氏は、際限のない円安にについて「お金のバラマキを続けてきたツケだ。政府や日銀に止め
る方法はなく、日本人はみんなで貧乏になるしかない」「1ドル500円の大暴落が起きる」と断言し
ています(注2)。
藤巻氏はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)の元日本代表、現在はフジマキ・ジャパン代
表取締役で、言わば金融のプロです。その藤巻氏がここまで断言するには何か根拠があるのだろうと
思います。
藤巻氏によれば、今や、「巨大累積赤字を異次元緩和という名でカモフラージュした財政ファイナン
スにより先送りしてきた危機が表面化しようとしている。これこそ今後とも円安が進行し、そして最
後に円大暴落となる原因なのだ」ということになります。
これには少し説明が必要です。まず、ここでいう巨大累積赤字とは、政府が発行している国債という
形の借金のことで、昭和50年(1975年)にはほとんど無視し得るほどしかありませんでした。
それが令和6年現在の累積債務残高は1061兆円に達しています。これに加えて地方自治体の借金
が200兆円ありますから、合わせて日本全体の公的債務は1200兆円余となり、これは、赤ん坊
から老人まで全ての日本人1人当たり100万円に相当します。
問題は、累積赤字の性格です。政府は何かの事業を行う場合、その資金を税収によって賄うことが原
則ですが、税収によって賄えない時、国債を発行して金融機関や日銀、そして個人の投資家に買って
もらいます。
税収の裏付けがない国債は「赤字国債」と呼ばれますが、法律では本当の特例(例えば大規模な自然
災害時)でしか「赤字国債」を認めていません。
しかし日本政府は、世界中で「禁じ手中の禁じ手」といわれていた財政ファイナンス(税収で足り
ない政府の借金を日銀が新しく紙幣を刷って「穴埋めする」こと)を行ってきました。
藤巻氏は、過去30年間でGDPが3.5倍に拡大した米国では、貨幣供給量(マネタリーベース)が9倍
にしか増加していない。一方、日本は、ほとんどGDPが伸びていないのに貨幣供給量は約14倍に増え
たことを問題視しています。
つまり、経済が拡大にしていないのに市中にお金をばらまき垂れ流し続けたということなのです。
本来中央銀行(日銀)は政府から独立して、長期金利や貨幣の供給量を決める組織ですが、実態は日
銀の黒田総裁は、ほとんど安倍首相の意のままに国債を引き受け市中にお金を供給し続けました。
このため、市中には行き場のないお金がじゃぶじゃぶとあふれています。
そこで安倍首相が拠り所としたのは、すでに言及したMMT(現代貨幣理論)でしたが、この理論
には問われるべきいくつかの問題が指摘されています。
たとえば、“証書”(国債)に見合った富があるのか、経済の実力に見合った貨幣の発行なのか、貨
幣の流通にたいして国民の納得が得られているのか、国債という「信用創造」にたいする「信用」
をどう獲得するか、などなどの疑問です(注3)。
税収の不足を「穴埋めする」だけの国債発行は法的な趣旨に反しているだけでなく、その裏付け
となる富はありません(あったら、最初から赤字国債を発行しません)。
また、赤字国債が現在の日本経済の実力に見合っているか否かといえば明らかに「見合っていま
せん」。日本の現状は、一人当たりの生産性にしても世界市場の競争力にしても、実質賃金や消費
にしても、とうてい赤字国債によって貨幣供給量を増やす環境にはありません。
それでも自公政権下では、2000年ころから国の財政を赤字国債に頼る傾向がありましたが、安倍
政権による「アベノミクス」導入以降はその傾向がさらに強まり、現在まで累積債務は増え続いて
います。
しかも、安倍内閣の目論見とは逆に、円安に誘導しても輸出は伸びず貿易赤字が恒常化し、国内
での投資や生産活動は活発にならず、実質賃金が上がらないので消費は伸びず、経済活動トータ
ルの成果を示すGDPは増加どころか減少してしまいました。
国の累積債務の異常な増加はG7でも突出しており、異次元の金融緩和による貨幣供給量の異常
な増加とセットになって、世界経済の中で日本の「円」にたいする信用を著しく低下させ、円安
を加速しています。
では、なぜ、安倍自公政権(実質的には自民党政権)は国債を増やし続けたのでしょうか?以下
に私の個人的な見解を書いておきます。
自民党政権は、見かけだけでも好景気を演出し、かつ選挙で勝つため、政権維持のため、人気取
りのため、一般の国民の目には見えにくい国や地方での事業や工事や補助など各種のバラマキ政
策を乱発してきた面があると思われます。
このような場合、国の施策が合理的・科学的な根拠というより、自民党のスポンサーである業界
の支持をつなぎとめるため、あるいは特定の事業者との利害関係に基づいて行われる危険性があ
ります。それも、狙った効果がでないので、ますます赤字国債を増やしてしまったのです。
また個人的なレベルでは、自民党議員の中には、自分が選挙に勝って議員でいること自体が目的
となっている人、「政治で飯を食っている人」(寺島実郎氏)あるいは「政治屋」(元広島県安
芸高田市石丸伸二市長)、議員でいることが家業となっている二世議員、スカウトされて議員な
ったタレントや有名人が、自民党には突出して多くいます。
このような議員にとって、自民党の政治理念を実現するために勉強し研鑽を積んで政治の世界に
入った人がどれだけいるでしょうか?国会で採択の時に立ち上がるだけの議員が相当数いると思
います。
彼らにとって選挙地盤と自分たちを繋ぐ重要なことは事業や工事を地元にもってくることは、そ
れらが本当に国のために必要かどうかより、自分が選挙で当選できるかどうかの方が重要だから
です。
日本は今や世界市場で優位に立てる製品(商品)を失って「稼ぐ力」を失って経済が凋落してい
ることです。それを。異次元の金融緩和(=貨幣供給量の増加)という金融政策で逆転させよう
とすることは、本質的に無理なのです。
「アベノミクス」の弊害は安倍首相の後の政権にも引き継がれ、国民は超円安、それによる輸入
価格の高騰、生活物資の高騰に悩まされています。これが、「アベノミクス」の結末なのです。
現在の日本は、冷静に見れば、とてもG7の一角として先進国の地位を占める状態にはありませ
ん。
そんな状況にあるにもかかわらず、現在国会で問題になっている「裏金問題」など、次元の低い
ことで必死になって既得権を守ろうとしている政権には心底絶望します。
私は、現在の日本には非常に悲観的ですが、将来について決して絶望しているわけではありませ
ん。
空疎な楽観論や分不相応な大国意識を捨てて、日本が置かれている現状をごまかさず冷静に、客
観的に見つめ、そこから地に足がしっかり着いた堅実な道を一歩一歩進んでゆけば、日本はもっと
豊で安心できる社会になると私は信じています。
その具体的な道をこれから少しずつ探してその都度書いてゆきたいと思います。
(注1)『毎日新聞 電子版』(2024/4/23 06:30 最新版4/23 06:30)
https://mainichi.jp/articles/20240422/k00/00m/020/253000c?utm_source=article& u
(注2)PRESIDENT Online (2022/10/22 13:00)https://president.jp/articles/-/62826
(注3)MMT理論による財政赤字(国債多発)肯定論に対する批判と問題点の指摘
については『DIAMOND Online』(2023.3.29 4:45)https://diamond.jp/articles/-/320262 を参照。
また、MMT理論に関する一般的な説明については『健美屋』 2021/04/08 https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/etc/4553.htmlを参照。
―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―
安倍信三首相(当時。以下も同じ)が2022年7月8日に凶弾に斃れて2年が経とうとしている今日、
「アベノミクス」とは何だったのかの記憶も薄れがちです。そこで、もう一度確認しておきます。
「アベノミクス」とは、2012年の12月26日に始まった第二次安倍内閣が翌2013年4月から実施し
た経済政策で、それは「3本の矢」、つまり3つの柱から成り立っていました。
すなわち、①大胆な金融政策(「異次元の金融緩和」)、②機動的な財政出動、③民間投資を喚起
する成長戦略、です。
上記のうち、①の大胆な金融緩和の中心は異次元の金融緩和で、具体的には政府が必要と考える政
策を実行するために、不足する資金を異次元の国債によって賄おうとすることです。
これは、最終的には国債の第一次購入者である銀行、損生保などの金融機関から最終的には日銀が
買い受けて、その額に相当するお金を市中に供給すことが中心となります。この問題点については
後で述べます。
一方、②の機動的な財政出動に関しては、本当に必要なところに機動的に国のお金がつぎ込まれた
かどうかには疑問が残ります。
そして③の成長戦略については、結局、10年経っても、有効な戦略は出てきませんでした。
安倍政権下で10年続き、その後の内閣も引き継いでいるアベノミクス、とりわけ「異次元の金融緩
和」に対して、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏(59)は、「アベノミクス」は日本経済の
価値を下げた「亡国政策」である、と憤っています(注1)。
それはどういうことなのでしょうか? 藻谷氏の主張を参考にしながら考えてみましょう。
自民党の安倍晋三氏が政権に復帰した2012年末の日本は、円高(1ドル=82円ほど)、輸出減、
株価低迷、物価低迷、企業収益の低迷、そして日本経済はデフレ不況に喘いでいました。
そんな折に、安倍首相は巨額の国債を発行し(つまり借金し)、それを日銀が買い受け、通貨発行
権を行使してその額のお金を市中に供給します。
国債とは、国が負う借金ですから、通常の感覚では借金が増えることには疑問が起こります。
しかし安倍首相が信じ、依拠したリフレ派のMMT(現代貨幣理論)は、「自分の国の通貨建てで
国債を発行し借金できる国は、いくらでも自国通貨を作って返済できる。このため、いくらでも国
債を発行して財源を調達し景気対策にあてても構わない」、とします。
いずれにしても、国債が全て消化されば政府はそのお金を政策資金を手に入れることができると同
時に、それだけ市中の貨幣流通量も増えます。
こうして、リフレ派のアドバイスと安倍首相の意を受けた黒田東彦前日銀総裁(当時)は、市中へ
の資金供給量(マネタリーベース)を5倍にまで増やしました。
そもそも貨幣の流通量は、その時々の必要に見合った量であるべきです。景気が良くて貨幣の需要
(資金需要)が高い時には資金の供給量を増やすことが経済理論的には適切な処置です。
しかし、景気が低迷して貨幣需要(資金需要)がないところに巨額の資金が供給されれば当然、貨
幣(この場合は「円」)の価値は下がる一方です。
それでは、アベノミクスはどんな成果をもたらしたのでしょうか?
まず、貨幣流通量が増えて貨幣価値が下がれば、物価は上昇し企業の利益は増える、つまりデフレ
から脱却できるはずでした。
しかし、2%の消費者物価の上昇はなかなか達成されず、物価上昇で増えるはずの名目GDP(国内
総生産)は12~23年でみると年率1・5%と微増にとどまっています。
他方、円安によって伸びるはずだった輸出は、実際にはここ数年減り続けています。
目論見通りなのは、今、私たちが目にしている超円安(1ドル=157円)という、日本の通貨価値
の下落だけです。
しかも輸入価格は高騰し、あらゆる生活物資の価格上昇が国民生活を圧迫しています。
世界銀行が算定する購買力平価ベースレート(物価が同じになるように計算したレート)は、1ドル
が100円未満となっています。しかし、実勢では150円台となっています。
これはエネルギー、食糧、ソフトウエア、あるいは安倍氏の支持者が増強を求めていた武器などを海
外から買うたび、本来の1・5倍以上の国富が海外に流出している計算です。
冒頭で紹介した藻谷氏がアベノミクスを「亡国の政策」と厳しく批判したのは、アベノミクスは一方
で国民生活を圧迫し、他方で「国富の流出」を生じさせたからです。
しかも、「国富」とは日本国民の富ですから、アベノミクスは日本国民の富を失わせたといえます。
安倍氏が民主党(当時)から政権を奪取した後で、安倍首相は国会において口癖のように、民主党政
権では経済が停滞して発展できなかったことを繰り返し揶揄していました。
しかし、皮肉なことに日本の名目GDPは、野田佳彦民主党政権最後の2012年にはドル換算で6・2兆
ドルで史上最高でした。
そして、同年末に誕生した安倍政権が異次元の金融緩和を始めて円安に誘導した結果、政権末期の19
年には5・1兆ドルへと約2割も減少し、アベノミクスを引き継いだ岸田政権の23年には4・2兆ドルと
3分の2にまで落ち込んでしまったのです。
これを基軸通貨の米ドルで見れば、年率3・6%のマイナス成長となります。世界は、日本の経済規模
を「円」ではなくドルで見るので、世界から見た日本経済の存在感は、急速に失われてしまったこと
になります。
安倍政権下で10年間にわたって実施された「アベノミクス」で経済が好循環し、働く人の実質賃金が
上がり、GDPが増えることはありませんでした。
バブル崩壊後も成長を続けていた日本経済がアベノミクス政策によって完全に縮小に転じてしまった
のです。
藻谷氏は、異次元の金融緩和という「壮大な社会実験」は失敗したと結論しています。
ところで、日本政府と日銀はどのようにして貨幣供給量を増やしてきたのでしょうか?
1ドル500円もあり得る
藤巻健史氏は、際限のない円安にについて「お金のバラマキを続けてきたツケだ。政府や日銀に止め
る方法はなく、日本人はみんなで貧乏になるしかない」「1ドル500円の大暴落が起きる」と断言し
ています(注2)。
藤巻氏はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)の元日本代表、現在はフジマキ・ジャパン代
表取締役で、言わば金融のプロです。その藤巻氏がここまで断言するには何か根拠があるのだろうと
思います。
藤巻氏によれば、今や、「巨大累積赤字を異次元緩和という名でカモフラージュした財政ファイナン
スにより先送りしてきた危機が表面化しようとしている。これこそ今後とも円安が進行し、そして最
後に円大暴落となる原因なのだ」ということになります。
これには少し説明が必要です。まず、ここでいう巨大累積赤字とは、政府が発行している国債という
形の借金のことで、昭和50年(1975年)にはほとんど無視し得るほどしかありませんでした。
それが令和6年現在の累積債務残高は1061兆円に達しています。これに加えて地方自治体の借金
が200兆円ありますから、合わせて日本全体の公的債務は1200兆円余となり、これは、赤ん坊
から老人まで全ての日本人1人当たり100万円に相当します。
問題は、累積赤字の性格です。政府は何かの事業を行う場合、その資金を税収によって賄うことが原
則ですが、税収によって賄えない時、国債を発行して金融機関や日銀、そして個人の投資家に買って
もらいます。
税収の裏付けがない国債は「赤字国債」と呼ばれますが、法律では本当の特例(例えば大規模な自然
災害時)でしか「赤字国債」を認めていません。
しかし日本政府は、世界中で「禁じ手中の禁じ手」といわれていた財政ファイナンス(税収で足り
ない政府の借金を日銀が新しく紙幣を刷って「穴埋めする」こと)を行ってきました。
藤巻氏は、過去30年間でGDPが3.5倍に拡大した米国では、貨幣供給量(マネタリーベース)が9倍
にしか増加していない。一方、日本は、ほとんどGDPが伸びていないのに貨幣供給量は約14倍に増え
たことを問題視しています。
つまり、経済が拡大にしていないのに市中にお金をばらまき垂れ流し続けたということなのです。
本来中央銀行(日銀)は政府から独立して、長期金利や貨幣の供給量を決める組織ですが、実態は日
銀の黒田総裁は、ほとんど安倍首相の意のままに国債を引き受け市中にお金を供給し続けました。
このため、市中には行き場のないお金がじゃぶじゃぶとあふれています。
そこで安倍首相が拠り所としたのは、すでに言及したMMT(現代貨幣理論)でしたが、この理論
には問われるべきいくつかの問題が指摘されています。
たとえば、“証書”(国債)に見合った富があるのか、経済の実力に見合った貨幣の発行なのか、貨
幣の流通にたいして国民の納得が得られているのか、国債という「信用創造」にたいする「信用」
をどう獲得するか、などなどの疑問です(注3)。
税収の不足を「穴埋めする」だけの国債発行は法的な趣旨に反しているだけでなく、その裏付け
となる富はありません(あったら、最初から赤字国債を発行しません)。
また、赤字国債が現在の日本経済の実力に見合っているか否かといえば明らかに「見合っていま
せん」。日本の現状は、一人当たりの生産性にしても世界市場の競争力にしても、実質賃金や消費
にしても、とうてい赤字国債によって貨幣供給量を増やす環境にはありません。
それでも自公政権下では、2000年ころから国の財政を赤字国債に頼る傾向がありましたが、安倍
政権による「アベノミクス」導入以降はその傾向がさらに強まり、現在まで累積債務は増え続いて
います。
しかも、安倍内閣の目論見とは逆に、円安に誘導しても輸出は伸びず貿易赤字が恒常化し、国内
での投資や生産活動は活発にならず、実質賃金が上がらないので消費は伸びず、経済活動トータ
ルの成果を示すGDPは増加どころか減少してしまいました。
国の累積債務の異常な増加はG7でも突出しており、異次元の金融緩和による貨幣供給量の異常
な増加とセットになって、世界経済の中で日本の「円」にたいする信用を著しく低下させ、円安
を加速しています。
では、なぜ、安倍自公政権(実質的には自民党政権)は国債を増やし続けたのでしょうか?以下
に私の個人的な見解を書いておきます。
自民党政権は、見かけだけでも好景気を演出し、かつ選挙で勝つため、政権維持のため、人気取
りのため、一般の国民の目には見えにくい国や地方での事業や工事や補助など各種のバラマキ政
策を乱発してきた面があると思われます。
このような場合、国の施策が合理的・科学的な根拠というより、自民党のスポンサーである業界
の支持をつなぎとめるため、あるいは特定の事業者との利害関係に基づいて行われる危険性があ
ります。それも、狙った効果がでないので、ますます赤字国債を増やしてしまったのです。
また個人的なレベルでは、自民党議員の中には、自分が選挙に勝って議員でいること自体が目的
となっている人、「政治で飯を食っている人」(寺島実郎氏)あるいは「政治屋」(元広島県安
芸高田市石丸伸二市長)、議員でいることが家業となっている二世議員、スカウトされて議員な
ったタレントや有名人が、自民党には突出して多くいます。
このような議員にとって、自民党の政治理念を実現するために勉強し研鑽を積んで政治の世界に
入った人がどれだけいるでしょうか?国会で採択の時に立ち上がるだけの議員が相当数いると思
います。
彼らにとって選挙地盤と自分たちを繋ぐ重要なことは事業や工事を地元にもってくることは、そ
れらが本当に国のために必要かどうかより、自分が選挙で当選できるかどうかの方が重要だから
です。
日本は今や世界市場で優位に立てる製品(商品)を失って「稼ぐ力」を失って経済が凋落してい
ることです。それを。異次元の金融緩和(=貨幣供給量の増加)という金融政策で逆転させよう
とすることは、本質的に無理なのです。
「アベノミクス」の弊害は安倍首相の後の政権にも引き継がれ、国民は超円安、それによる輸入
価格の高騰、生活物資の高騰に悩まされています。これが、「アベノミクス」の結末なのです。
現在の日本は、冷静に見れば、とてもG7の一角として先進国の地位を占める状態にはありませ
ん。
そんな状況にあるにもかかわらず、現在国会で問題になっている「裏金問題」など、次元の低い
ことで必死になって既得権を守ろうとしている政権には心底絶望します。
私は、現在の日本には非常に悲観的ですが、将来について決して絶望しているわけではありませ
ん。
空疎な楽観論や分不相応な大国意識を捨てて、日本が置かれている現状をごまかさず冷静に、客
観的に見つめ、そこから地に足がしっかり着いた堅実な道を一歩一歩進んでゆけば、日本はもっと
豊で安心できる社会になると私は信じています。
その具体的な道をこれから少しずつ探してその都度書いてゆきたいと思います。
(注1)『毎日新聞 電子版』(2024/4/23 06:30 最新版4/23 06:30)
https://mainichi.jp/articles/20240422/k00/00m/020/253000c?utm_source=article& u
(注2)PRESIDENT Online (2022/10/22 13:00)https://president.jp/articles/-/62826
(注3)MMT理論による財政赤字(国債多発)肯定論に対する批判と問題点の指摘
については『DIAMOND Online』(2023.3.29 4:45)https://diamond.jp/articles/-/320262 を参照。
また、MMT理論に関する一般的な説明については『健美屋』 2021/04/08 https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/etc/4553.htmlを参照。