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大木昌の雑記帳

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日本社会の地殻変動(5)―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―

2024-06-25 08:00:13 | 経済
日本社会の地殻変動(5)
―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―


安倍信三首相(当時。以下も同じ)が2022年7月8日に凶弾に斃れて2年が経とうとしている今日、
「アベノミクス」とは何だったのかの記憶も薄れがちです。そこで、もう一度確認しておきます。

「アベノミクス」とは、2012年の12月26日に始まった第二次安倍内閣が翌2013年4月から実施し
た経済政策で、それは「3本の矢」、つまり3つの柱から成り立っていました。

すなわち、①大胆な金融政策(「異次元の金融緩和」)、②機動的な財政出動、③民間投資を喚起
する成長戦略、です。

上記のうち、①の大胆な金融緩和の中心は異次元の金融緩和で、具体的には政府が必要と考える政
策を実行するために、不足する資金を異次元の国債によって賄おうとすることです。

これは、最終的には国債の第一次購入者である銀行、損生保などの金融機関から最終的には日銀が
買い受けて、その額に相当するお金を市中に供給すことが中心となります。この問題点については
後で述べます。

一方、②の機動的な財政出動に関しては、本当に必要なところに機動的に国のお金がつぎ込まれた
かどうかには疑問が残ります。

そして③の成長戦略については、結局、10年経っても、有効な戦略は出てきませんでした。

安倍政権下で10年続き、その後の内閣も引き継いでいるアベノミクス、とりわけ「異次元の金融緩
和」に対して、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏(59)は、「アベノミクス」は日本経済の
価値を下げた「亡国政策」である、と憤っています(注1)。

それはどういうことなのでしょうか? 藻谷氏の主張を参考にしながら考えてみましょう。

自民党の安倍晋三氏が政権に復帰した2012年末の日本は、円高(1ドル=82円ほど)、輸出減、
株価低迷、物価低迷、企業収益の低迷、そして日本経済はデフレ不況に喘いでいました。

そんな折に、安倍首相は巨額の国債を発行し(つまり借金し)、それを日銀が買い受け、通貨発行
権を行使してその額のお金を市中に供給します。

国債とは、国が負う借金ですから、通常の感覚では借金が増えることには疑問が起こります。

しかし安倍首相が信じ、依拠したリフレ派のMMT(現代貨幣理論)は、「自分の国の通貨建てで
国債を発行し借金できる国は、いくらでも自国通貨を作って返済できる。このため、いくらでも国
債を発行して財源を調達し景気対策にあてても構わない」、とします。

いずれにしても、国債が全て消化されば政府はそのお金を政策資金を手に入れることができると同
時に、それだけ市中の貨幣流通量も増えます。

こうして、リフレ派のアドバイスと安倍首相の意を受けた黒田東彦前日銀総裁(当時)は、市中へ
の資金供給量(マネタリーベース)を5倍にまで増やしました。

そもそも貨幣の流通量は、その時々の必要に見合った量であるべきです。景気が良くて貨幣の需要
(資金需要)が高い時には資金の供給量を増やすことが経済理論的には適切な処置です。

しかし、景気が低迷して貨幣需要(資金需要)がないところに巨額の資金が供給されれば当然、貨
幣(この場合は「円」)の価値は下がる一方です。

それでは、アベノミクスはどんな成果をもたらしたのでしょうか?

まず、貨幣流通量が増えて貨幣価値が下がれば、物価は上昇し企業の利益は増える、つまりデフレ
から脱却できるはずでした。

しかし、2%の消費者物価の上昇はなかなか達成されず、物価上昇で増えるはずの名目GDP(国内
総生産)は12~23年でみると年率1・5%と微増にとどまっています。

他方、円安によって伸びるはずだった輸出は、実際にはここ数年減り続けています。

目論見通りなのは、今、私たちが目にしている超円安(1ドル=157円)という、日本の通貨価値
の下落だけです。

しかも輸入価格は高騰し、あらゆる生活物資の価格上昇が国民生活を圧迫しています。

世界銀行が算定する購買力平価ベースレート(物価が同じになるように計算したレート)は、1ドル
が100円未満となっています。しかし、実勢では150円台となっています。

これはエネルギー、食糧、ソフトウエア、あるいは安倍氏の支持者が増強を求めていた武器などを海
外から買うたび、本来の1・5倍以上の国富が海外に流出している計算です。

冒頭で紹介した藻谷氏がアベノミクスを「亡国の政策」と厳しく批判したのは、アベノミクスは一方
で国民生活を圧迫し、他方で「国富の流出」を生じさせたからです。

しかも、「国富」とは日本国民の富ですから、アベノミクスは日本国民の富を失わせたといえます。

安倍氏が民主党(当時)から政権を奪取した後で、安倍首相は国会において口癖のように、民主党政
権では経済が停滞して発展できなかったことを繰り返し揶揄していました。

しかし、皮肉なことに日本の名目GDPは、野田佳彦民主党政権最後の2012年にはドル換算で6・2兆
ドルで史上最高でした。

そして、同年末に誕生した安倍政権が異次元の金融緩和を始めて円安に誘導した結果、政権末期の19
年には5・1兆ドルへと約2割も減少し、アベノミクスを引き継いだ岸田政権の23年には4・2兆ドルと
3分の2にまで落ち込んでしまったのです。

これを基軸通貨の米ドルで見れば、年率3・6%のマイナス成長となります。世界は、日本の経済規模
を「円」ではなくドルで見るので、世界から見た日本経済の存在感は、急速に失われてしまったこと
になります。

安倍政権下で10年間にわたって実施された「アベノミクス」で経済が好循環し、働く人の実質賃金が
上がり、GDPが増えることはありませんでした。

バブル崩壊後も成長を続けていた日本経済がアベノミクス政策によって完全に縮小に転じてしまった
のです。

藻谷氏は、異次元の金融緩和という「壮大な社会実験」は失敗したと結論しています。

ところで、日本政府と日銀はどのようにして貨幣供給量を増やしてきたのでしょうか?

1ドル500円もあり得る
藤巻健史氏は、際限のない円安にについて「お金のバラマキを続けてきたツケだ。政府や日銀に止め
る方法はなく、日本人はみんなで貧乏になるしかない」「1ドル500円の大暴落が起きる」と断言し
ています(注2)。

藤巻氏はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)の元日本代表、現在はフジマキ・ジャパン代
表取締役で、言わば金融のプロです。その藤巻氏がここまで断言するには何か根拠があるのだろうと
思います。

藤巻氏によれば、今や、「巨大累積赤字を異次元緩和という名でカモフラージュした財政ファイナン
スにより先送りしてきた危機が表面化しようとしている。これこそ今後とも円安が進行し、そして最
後に円大暴落となる原因なのだ」ということになります。

これには少し説明が必要です。まず、ここでいう巨大累積赤字とは、政府が発行している国債という
形の借金のことで、昭和50年(1975年)にはほとんど無視し得るほどしかありませんでした。

それが令和6年現在の累積債務残高は1061兆円に達しています。これに加えて地方自治体の借金
が200兆円ありますから、合わせて日本全体の公的債務は1200兆円余となり、これは、赤ん坊
から老人まで全ての日本人1人当たり100万円に相当します。

問題は、累積赤字の性格です。政府は何かの事業を行う場合、その資金を税収によって賄うことが原
則ですが、税収によって賄えない時、国債を発行して金融機関や日銀、そして個人の投資家に買って
もらいます。

税収の裏付けがない国債は「赤字国債」と呼ばれますが、法律では本当の特例(例えば大規模な自然
災害時)でしか「赤字国債」を認めていません。

しかし日本政府は、世界中で「禁じ手中の禁じ手」といわれていた財政ファイナンス(税収で足り
ない政府の借金を日銀が新しく紙幣を刷って「穴埋めする」こと)を行ってきました。

藤巻氏は、過去30年間でGDPが3.5倍に拡大した米国では、貨幣供給量(マネタリーベース)が9倍
にしか増加していない。一方、日本は、ほとんどGDPが伸びていないのに貨幣供給量は約14倍に増え
たことを問題視しています。

つまり、経済が拡大にしていないのに市中にお金をばらまき垂れ流し続けたということなのです。

本来中央銀行(日銀)は政府から独立して、長期金利や貨幣の供給量を決める組織ですが、実態は日
銀の黒田総裁は、ほとんど安倍首相の意のままに国債を引き受け市中にお金を供給し続けました。

このため、市中には行き場のないお金がじゃぶじゃぶとあふれています。

そこで安倍首相が拠り所としたのは、すでに言及したMMT(現代貨幣理論)でしたが、この理論
には問われるべきいくつかの問題が指摘されています。

たとえば、“証書”(国債)に見合った富があるのか、経済の実力に見合った貨幣の発行なのか、貨
幣の流通にたいして国民の納得が得られているのか、国債という「信用創造」にたいする「信用」
をどう獲得するか、などなどの疑問です(注3)。

税収の不足を「穴埋めする」だけの国債発行は法的な趣旨に反しているだけでなく、その裏付け
となる富はありません(あったら、最初から赤字国債を発行しません)。

また、赤字国債が現在の日本経済の実力に見合っているか否かといえば明らかに「見合っていま
せん」。日本の現状は、一人当たりの生産性にしても世界市場の競争力にしても、実質賃金や消費
にしても、とうてい赤字国債によって貨幣供給量を増やす環境にはありません。

それでも自公政権下では、2000年ころから国の財政を赤字国債に頼る傾向がありましたが、安倍
政権による「アベノミクス」導入以降はその傾向がさらに強まり、現在まで累積債務は増え続いて
います。

しかも、安倍内閣の目論見とは逆に、円安に誘導しても輸出は伸びず貿易赤字が恒常化し、国内
での投資や生産活動は活発にならず、実質賃金が上がらないので消費は伸びず、経済活動トータ
ルの成果を示すGDPは増加どころか減少してしまいました。

国の累積債務の異常な増加はG7でも突出しており、異次元の金融緩和による貨幣供給量の異常
な増加とセットになって、世界経済の中で日本の「円」にたいする信用を著しく低下させ、円安
を加速しています。

では、なぜ、安倍自公政権(実質的には自民党政権)は国債を増やし続けたのでしょうか?以下
に私の個人的な見解を書いておきます。

自民党政権は、見かけだけでも好景気を演出し、かつ選挙で勝つため、政権維持のため、人気取
りのため、一般の国民の目には見えにくい国や地方での事業や工事や補助など各種のバラマキ政
策を乱発してきた面があると思われます。

このような場合、国の施策が合理的・科学的な根拠というより、自民党のスポンサーである業界
の支持をつなぎとめるため、あるいは特定の事業者との利害関係に基づいて行われる危険性があ
ります。それも、狙った効果がでないので、ますます赤字国債を増やしてしまったのです。

また個人的なレベルでは、自民党議員の中には、自分が選挙に勝って議員でいること自体が目的
となっている人、「政治で飯を食っている人」(寺島実郎氏)あるいは「政治屋」(元広島県安
芸高田市石丸伸二市長)、議員でいることが家業となっている二世議員、スカウトされて議員な
ったタレントや有名人が、自民党には突出して多くいます。

このような議員にとって、自民党の政治理念を実現するために勉強し研鑽を積んで政治の世界に
入った人がどれだけいるでしょうか?国会で採択の時に立ち上がるだけの議員が相当数いると思
います。

彼らにとって選挙地盤と自分たちを繋ぐ重要なことは事業や工事を地元にもってくることは、そ
れらが本当に国のために必要かどうかより、自分が選挙で当選できるかどうかの方が重要だから
です。

日本は今や世界市場で優位に立てる製品(商品)を失って「稼ぐ力」を失って経済が凋落してい
ることです。それを。異次元の金融緩和(=貨幣供給量の増加)という金融政策で逆転させよう
とすることは、本質的に無理なのです。

「アベノミクス」の弊害は安倍首相の後の政権にも引き継がれ、国民は超円安、それによる輸入
価格の高騰、生活物資の高騰に悩まされています。これが、「アベノミクス」の結末なのです。

現在の日本は、冷静に見れば、とてもG7の一角として先進国の地位を占める状態にはありませ
ん。

そんな状況にあるにもかかわらず、現在国会で問題になっている「裏金問題」など、次元の低い
ことで必死になって既得権を守ろうとしている政権には心底絶望します。

私は、現在の日本には非常に悲観的ですが、将来について決して絶望しているわけではありませ
ん。

空疎な楽観論や分不相応な大国意識を捨てて、日本が置かれている現状をごまかさず冷静に、客
観的に見つめ、そこから地に足がしっかり着いた堅実な道を一歩一歩進んでゆけば、日本はもっと
豊で安心できる社会になると私は信じています。

その具体的な道をこれから少しずつ探してその都度書いてゆきたいと思います。


(注1)『毎日新聞 電子版』(2024/4/23 06:30 最新版4/23 06:30)
https://mainichi.jp/articles/20240422/k00/00m/020/253000c?utm_source=article& u   
(注2)PRESIDENT Online (2022/10/22 13:00)https://president.jp/articles/-/62826
(注3)MMT理論による財政赤字(国債多発)肯定論に対する批判と問題点の指摘
   については『DIAMOND Online』(2023.3.29 4:45)https://diamond.jp/articles/-/320262 を参照。 
   また、MMT理論に関する一般的な説明については『健美屋』 2021/04/08 https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/etc/4553.htmlを参照。


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日本社会の地殻変動(4)―日本企業と日本人が見限った円と日本経済―

2024-06-18 06:02:17 | 経済
日本社会の地殻変動(4)
―日本企業と日本人が見限った円と日本経済―


一国の通貨というのは国際経済の中では一つの「商品」として日夜売買されています。したがって、
買い手が多ければ、通貨の値段は高くなり、売り手が多ければ安くなります。

この時の他国通貨との売買価格の交換比率が為替レートです。現在一般に言われている「円安」と
は対米ドル(以下、特に断らない限りたんに「ドル」と記す)と円の為替レートが日本円にとって
不利になっている状態です。

従って、円安状態では円でドルを買う場合には高くつき、ドルで円を買う場合には安く買えること
になります。

言い換えれば、為替レートは、その通貨の他の通貨と比較した場合の「相対的価値」を表し、その
通貨の国の経済的実力を反映しています。

「日本社会の地殻変動」の(1)で、円安の要因の一つとして日米の金利差について説明しました。
つまり、円で持っていても利益(金利)はほとんどゼロで、しかもますます円安で価値がさがって
しまう心配があります。

逆に、円を売ってドルを買い、最も安全なドルの定期預金をしておいても4%から5%の金利がつ
くので、人びとは円を売ってドルを買おうとします。

問題はここからです。それでは、なぜアメリカでは金利(この場合、公債などの債券の長期金利)
が高く、日本はゼロに近いのでしょうか?

最も重要な要因は、アメリカと日本の経済状態の差です。アメリカは巨大なおIT企業、GAF
AMと呼ばれるインターネットのプラットフォーム企業や、今を時めくNVIDIAのような先
進的半導体企業が経済全体を牽引し、賃金も過去30年で約2.7倍に増えています(注1)。

これにたいして日本では労働者の実質賃金が30年間上がっていません。このためGDPの6割
を占める消費も増えていませんし、当然のことながらGDPも増えていません(注2)。日本経
済は停滞ないしは後退し続けているのです。

だれも、成長しない経済の通貨を持ちたいとは思わないでしょう。つまり、日米の基本的な経済
の実力の差、日本の稼ぐ力、経済のパフォーマンスがアメリカと比べて圧倒的に弱いのです。

今からでは想像もできませんが、1995年の4月19には、1ドルが70円という、超円高でした。
その後ずるずると円安になり、それでも今から3年前の2021年の年初は1ドル103円ほどでし
たが、2022年10月には144円~148円へ、そして今年2024年6月現在は何と156~157
円という驚くべき速さで円安が進行しました。

この間に一体、何がおこったのでしょうか?

この円安が急速に進んだ2022年に、小黒一正氏(東京財団政策研究所)が2022年11月1日の日
付で投稿した「急激に進行する円安の正体は何か」という論考で、

    日銀の異次元緩和、アメリカと日本の金利差のほか、自己実現的期待による円安の流れ、
    構造的な貿易赤字の存在など、現在の円安は、これらの複合的な結果として発生してい
    る可能性も高い。急激に進行する円安の正体は何か、その本質的な要因につき、部分的
    な議論をせず、冷静な分析をした上で、的確な処方箋を検討する必要があると思われる。
と述べています(注3)。

上記の要因を少し違った角度から見ると、円安は日本経済の本質的・構造的な脆弱性に由来する
円安と、(政府などによって)人為的に引き起こされた円安とに分けられます。

まず、本質的・構造的な脆弱性からみてみましょう。

小黒氏が挙げた円安要因のうち、「自己実現期待」という言葉はあまり聞き慣れませんが、今後
も円安が進むだろうという期待(予測)のことで、これが円を売り他の通貨を買う流れを生み、
さらに円安を促進します。

日常的な表現をすれば、円を他の通貨(例えば米ドル)に替えるという行為がこれに当たります。
このシリーズの(1)で言及した、NISAで海外の株や債券を買うことも、結局は円で払って
他の通貨に替えるので、これも「円売り」、「円安」要因となります。

現在のNISAブームは、日本人が円を持っていても価値は下がるだけだし意味がないと感じてい
るからで、日本経済を見限ったことを意味しています。今や、NISAをやらない人間はバカだ、
と言わんばかりの熱狂ぶりです。

つぎに、近年の日本経済の脆弱性をしめす明確な指標は構造的な貿易赤字です。厳密には「貿易+
サービス収支」ですが、日本は構造的に赤字を抱えています。

ここでは、いちいち数字を挙げませんが、構造の問題として理解していただければ十分です。

貿易赤字を抱えているのは、日本はエネルギーと食料を自給できず輸入に頼っているからです。と
りわけ、日本のエネルギーを作り出している石油と天然ガスはほぼ100パーセント輸入です。

食料にしても、カロリーベースで自給率が38%台なので、残りは常に輸入しなければなりません。
それも、お金さえ出せばいつでも好きなものを好きなだけ変えるとは限りません。

最近では、日本の食事には欠かせない大豆の自給率は1割を切っており、世界市場では大豆の輸入
にかんしては巨大な輸入国となった中国が優先的に購入する事態となっています(注4)。

また、ウクライナ戦争が起これば、小麦の値段だけでなく用肥料が高騰して、日本の農業に大きな
負担が生じました。

さらに、意外と知られていませんが、近年、大きな比重を占めるようになったのは、「デジタル赤
字」と呼ばれるサービス部門の赤字です。

デジタル赤字とは、(1)著作権等使用料(2)通信・コンピューター・情報サービス(3)専門・経営コン
サルティングサービス―を指す。定額動画配信サービスや、メール・SNSなどクラウドを活用し
たサービスの利用料、ネット広告掲載費なども含まれる。今やほとんどの企業や個人が利用するサ
ービスばかりです。

残念ながら、日本はこの分野で海外に売っているサ-ビスはありません。一方的に外国(特にアメ
リカ)から買っています。まさに、以前書いたように「デジタル敗戦」です。

石油・天然ガスであれ、あるいは食料であれ、デジタル・サービスであれ、支払いは通常ドルです。
そのためには、円を売ってドルを買わなければなりません(注5)。

輸入代金は、通常ドルで払うので、そのために円を売ってドルと買わなければなりません。

すると、資本主義経済の原理として、円売りが増えれば円の価格は下がります。これが、貿易赤字
が円安をもたらす構造です。

それにしても、2021年には、1ドルは103円ほどでしたがわずか3年後の2024には156円水準で
円安が定着してしまいました。

“先進国”を自称する日本の通貨が、これほどまでも短期間に、しかも一挙に50%も下落するという
のは前代未聞です。これは、日本経済と日本社会に対する信頼と期待度の低下が、為替レートの下落
という形で現れた、ということを示唆しています。

超円安は投機家の気ままな売買の結果ではなく、明らかに日本社会に起きている地殻変動を象徴して
います。

では、「なぜ」、2021年以降にこれほど劇的な円安が進行したのでしょうか? 「2021年以降」と
いう時期的限定をつけたのは、この期間とは、世界中が新型コロナ禍に見舞われた時期であり、日本
では東日本大震災後10年経った時点での復興の実績が問われる時期であり、それまでに日本経済
が苦難と試練の結果が、さまざまな形で表面化した時期でもあったのです。

ところが、これほど大きな転換点にありながらも、上記の「なぜ」に正面から答えようとする見解
はほとんど現れませんでした。

私見の限り、「コロナ危機が暴いた日本の没落」(2021年7月3日公開)というテーマで語った日本総
合研究所会長の寺島実郎氏の見解が非常に参考になります(注6)。

コロナ危機が起こる前、日本は医療において世界の最先端にいると豪語していました。しかし、危
機が発生して、2021年7月時点で500日経ったのに日本は国産ワクチンの開発ができていなかっ
たのです。

そうこうしているうちに、海外ではmRNAワクチンが開発され、日本の関係者を驚かせました。日
本は過去にワクチンの副反応で厚労省と製薬会社が厳しく追及された経緯があるから、と言いわけ
しました。

しかし現実はワクチン開発はあきらめ、ワクチンをどう購入するかに腐心し忙殺され、ワクチンの
打ち手をどう確保するかという議論に埋没してしまっていたのが当時の日本の状況なのです。

また、2020年5月から1年間でコロナ患者数は5倍に増えたのにコロナ病床は2倍にしか増えません
でした。当初、日本は一人当たり病床数が世界一と誇っていましたが、2021年1月下旬でコロナ病床
は欧米の10分の1以下にとどまっていることが明らかになってしまいました。

その結果、政府は2020年から現在に至るまで感染拡大・病床逼迫・緊急事態宣言というルーティーン
に陥り、追われていました。1年以上経ってもコロナ病床を増やしたり専門病院を作るといった対応策
が実行できませんでした。

これ以外にも、2020年に3次にわたる(総額76.6兆円の補正予算を組みながら、医療対策はわずか9.2
兆円にしかすぎませんでした。ここにも、日本政府のコロナに立ち向かう真剣さの欠如が現れていて、
国民の失望を買いました。

コロナ禍で日本が唯一優位性をもっていた経済力も打撃を受けました。寺島氏の言葉を借りると、いま
国際社会の中では「日本の没落」という認識がコンセンサスになりつつあるようです。

その象徴は、たとえば、世界全体のGDPに占める日本のGDPの割合はピーク時の17.9%(1994年)
から既に6%(2020年)まで縮小しています。わずか四半世紀のうちに世界経済における日本経済の存
在感は3分の1に圧縮されてしまったのです。

戦後日本は鉄鋼・エレクトロニクス・自動車を基幹産業とする工業生産力モデルの優等生として成功を
収めてきたという自負心がありましたが、それらの基幹産業の実態は深刻です。これらのうち自動車産
業については前回説明したとおりです。

鉄鋼分野では、すでに日本製鉄が国内高炉4基の閉鎖に着手しています。それにより、数年前まで1.1億
トンを維持していた日本の粗鋼生産量は、今年中に8000万トンを割り込むことになります。
エレクトロニクス分野でも、東芝が原子力事業に躓いたことから「ファンド」と称するマネーゲーマー
に振り回され、株主利益を最優先する超短期的経営を強いられた結果、医療機器から半導体まで有望な
分野は次々と売却させられています。

「技術の東芝」は、まるで生体解剖のようにバラバラにされてしまい、もはや見る影もないという状態
まで追い込まれてしまいました。

また、寺島氏が企業経営者たちと議論して感じたのは、コロナ危機を機に彼らが心の中に押しとどめて
いたトラウマがはっきりと浮かび上がってきたが、大のトラウマは、以前、このブログでも紹介したM
RJ(三菱リージョナルジェット、現MSJ)の失敗だそうです。

この事例は、優秀な部品は作ることができるが、完成品を作ることができない、つまり総合的な構想力
が欠けていることでした。

コロナと並んで日本が直面した危機である東日本大震災の復興に37兆円の復興予算が土木建設業を中心
に投入され、県別・市町村別の復旧復興計画はがれき処理、高台移転、防潮堤建設はそれぞれ何%進ん
だと、数字上は復旧復興が進んだことになっていますが、人口は減っています。

ハコモノだけは作ったが、人間の生活は戻ってきていないのです。 というのも、被災3県を含む東北6県
の全体を見渡した上で、この地域にどういう産業を興し、いかなる生活の基盤を築き上げるのかという
総合的な構想、グランドデザインが描かれていないからです。その結果、本当の意味での創造的復興は
実現できていないというのが、東日本大震災から10年後の現実です。

ところで、日本は貿易赤字ですが、他方で円高時代に海外に移転した日本企業は黒字(たとえば2023年
で34.9兆円)もあるが、その大部分は海外に蓄えられていて、円転(保有する外国通貨で日本円を買う
こと)されることが少ないのです。

その一部だけでも日本に送金され、賃上げの原資や国内投資に充てることができれば、国内経済の浮揚
につながるし、なにより円買いが増えて結果的に円安是正も進む。一石何鳥にもなる妙手ということに
なります。

いちばんの課題は何かと言えば、日本企業が国内市場の可能性を信じていないことだという。つまり、
海外の日本企業は、日本にお金を戻しても有望な投資先がないことを分かっているのです。残念ながら、
日本企業からも日本は見限られてしまっているのです(注7)。

これこそが悲劇ですし、日本経済と日本社会がその根底で大きく地殻変動を起こしていることを示して
います。

次回は、アベノミクスがもたらした超円安と日本人が受けた深刻なダメージについて考えます。


(注1)内閣府 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/h06_hz020105.html
    厚生労働省 ホームページ 2024/5/21 更新日:2024/5/21 (所得)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/21/backdata/column01-03-1.html
(注2)『セカイハブ』(2024/5/21更新日:2024/5/21) https://sekai-hub.com/statistics/imf-japan-gdp
(注3)東京財団政策研究所(November 1, 2022) https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4096#:~:text
(注4)『カクイチ』(2023.03.08)(https://www.kaku-ichi.co.jp/media/crop/current-status-of-domestic-soybeans)
(注5)JIJICOM 2024年02月29日07時09分   https://www.jiji.com/jc/article?k=2024022800860&g=eco
(注6)『日刊SPA』(電子版 2021年7月2日) https://nikkan-spa.jp/1763990/4 
(注7)『東洋経済 ONLINE』(2024/04/27 6:30) https://toyokeizai.net/articles/-/750636


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日本社会の地殻変動(3)―自動車業界の認証不正問題と「一本足打法」の深い憂鬱―

2024-06-11 06:38:45 | 経済
日本社会の地殻変動(3)
―自動車業界の認証不正問題と「一本足打法」の深い憂鬱―


前回の記事で、最近の円安で輸入原材料費の高騰により、中小企業が大きなダメージを
受けることを危惧する、という十倉雅和経団連会長の言葉を引用しました。

十倉氏の危惧は、中小企業の技術と技術者が日本の製造業を基底で支えていることをよ
く分かっているからです。

それでは、大企業は大丈夫なのでしょうか? どうもそうではないようです。

実際、2022年3月には日産自動車(ニッサン)がエンジンの排出ガスなどに関する認証
試験(後述)での不正行為があったが発覚。その後国土交通省が「型式指定」(後述)
を取り消したという事案がありました。

昨年2023年にはトヨタグループのダイハツ工業(以下、ダイハツと略す)、日野自動車、
豊田自動織機が、車の性能と安全に関する虚偽記載(データの改ざんを含む)を行って
いたことが明るみに出たのです。

これらの問題につてはこのブログでも『モノつくりニッポンに暗雲―トヨタグループの
不祥事』という記事(2024年1月31日)で詳しく書きました。

これ以来トヨタも対策を講じてきましたが、そこでは「トヨタ本体には問題ない」とい
う前提でした。ところが、今年2024年6月3日、国土交通省は、トヨタ本体、マツダ、ヤ
マハ発動機、ホンダ、スズキの5社に「型式指定」の認証申請に関して不正があったこ
とを明らかにしました。

「型式指定の認証」とは、「メーカーが新型の車やエンジンを生産する際、国土交通省の
事前審査で認証を得ることにより、車両1台1台ごとに受ける検査を省略できる制度」で、
これは大量生産に不可欠となっています。

メーカーはブレーキの性能や排ガスの排出量などを試験してその結果を国交省に提出し、
法令で定めた保安基準を満たしていると判断されれば指定が受けられます。

今回は、トヨタ本体にも不正があったということ、そして他に4社、合わせて5社に試験
の方法や結果に関するデータに虚偽があったということで、問題は深刻です。

なぜなら、これら5社とすでに2022年に不正が発覚したニッサンを加えれば、日本の自動
車産業ほぼ全てで不正が行われていたといっても過言ではありません。

不正の背後には、短い開発日程の中で最終段階の認証試験がしわ寄せを受けていたこと、
認証制度そのもの問題もあります。たとえば、時代遅れの既定が残っていたり、メーカー
側に解釈を委ねる不透明な基準があったりします。

ただ、自動車評論家の国沢光宏氏は「一定の見直し必要だが、基準を厳しくしすぎると日
本の自動車メーカーは国際競争力を失ってしまう」と慎重な議論を求めています(『東京
新聞』2024年6月4日)。

そのような事情を考慮したにしても、やはりルールは守らなければならなりません。グル
ープの不正が明るみに出た今年1月にはトヨタの豊田章夫会長は「知る限り不正は他にな
い」と発言していました。

しかし、今回発覚したトヨタの不正6件のうちには、エンジンの出力試験で狙った数値が
出るように制御ソフトを書き換えた悪質な事例もありました。

どうやらトヨタ本体の現場では不正がわかっていたのに、トップの耳に届いていなかった
のです。この背景には、社内はもとより、他社もトヨタに対して「ものを言いづらい」雰
囲気があったようだ。

(『東京新聞』の「社説」(6月5日)が『「トヨタまで」の深刻さ』とタイトルをつけた
のは、事態の深刻さを物語っています。

今回の不正発覚は、自動車業界だけでなく社会に大きな影響を与えつつあります。

現在、不正のため生産停止になったのはトヨタが3車種(カローラ フィールダー、カロー
ラアクシオ、ヤリス クロス)マツダが2車種(ロードスターRF,MAZDA2)です。

トヨタの生産停止車種はいずれも人気車種で、トヨタの業績に直結するだけでなく日本経
済全体にも大きな影響を与えます。ちなみに、今回は生産中止とはなっていませんが、過
去に不正が行われたトヨタの車種が4車種(クラウン、アイシス、シエンダ、レクサス)
あります。

トヨタは4日、生産中止とする車種の主要な仕入先(子会社や下請け企業)を対象に不正に
関して説明し、生産停止期間を伝えました。7月以降の生産再開の可否は6月下旬に判断す
ることが決まっています。

NHKによれば、これらの生産中止となった車種のために部品などを供給している企業数は、
トヨタの3車種だけで、間接的な取引を含めて1000社以上、マツダの2車種のために直
接取引している企業は300社に上ります。

トヨタの3車種は月産1万台、マツダの2車種は月産1700台で、少なくとも6月の一ヶ
月は生産ラインがストップします。

たとえ一時的であっても、生産中止は即、従業員の収入の減少につながり、「死活問題だ」と
の不安の声が広がっています(『東京新聞』2024年6月7日)(注1)。

今回の一連の不正が長期的にどのような影響を自動車産業に与えるのかは今の時点ではわかり
ません。しかし、経済同友会の新浪代表幹事は4日の会見で大手自動車メーカーの不正にかん
して、「政府への届け出(データの)改ざんがあったなら由々しき事態だ。社会に対して信頼
を失う行為になった」などと述べました。

その一方で新浪氏は一連の不正が日本経済に与える影響について、「車種が限られる。大きな
影響はないと思う」とも語っています(『東京新聞』2024年6月5日)。

しかし私は今回の不正事件は決して小さな問題ではなく、短期的にも長期的にも自動車産業
だけでなく日本経済にボディーブローのように負の影響を与えると考えています。

いずれにしても、日本の主要自動車メーカーがこぞって不正をおこなっていたということは、
社会的な信用の失墜と企業モラルの低下という面で、「モノつくりニッポン」に地殻変動が起
こりつつあることの兆候であることは間違いありません。

自動車産業は日本経済にとって非常に大きな比重を占めています。たとえば、日本では労働
者の約1割にあたる「550万人」が自動車業界で働いているとされ、裾野が広いのです。

内閣府が5月に発表した24年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除い
た実質の季節調整値で前期比0・5%減、年率換算で2・0%減となりました。

マイナス成長は2四半期ぶりで、ダイハツや豊田自動織機の品質不正問題で生産や出荷が停止
されたことが大きく影響していました。このことからも、自動車産業が日本経済全体に占め
る大きさが分かります。

ダイハツより規模が大きい今回のトヨタやホンダなど自動車各社の検査不正の影響が長引け
ば、「今後の日本経済への影響も出かねない」(アナリスト 道永竜命氏)との懸念の声が出
ています(注2)。

それにしても、なぜ今になってメーカーの不正が今になって急浮上してきたのでしょうか?

実は、データの不正は近年に急増したわけではなく、開発期間の短縮強行と業務量の急増が
同時に起こった2014年以降だという。

そして遅くとも2016年には三菱自動車などの燃費不正が発覚し、完成検査不正問題の全容が
明らかになっていました。また、2017年にはスバルで型式指定問題の一種である完成検査不
正が露見していました。

もし、2018年に自動車メーカーが自動車工業会(自工会)を窓口として型式指定制度の改革
を提言していたら、今日の状況は少し違うものになっていたかもしれません。改革の機会を6
年ないし8年みすみす失ったことは、自動車業界にとって大きな損失でした。

その背景には、自工会は認証制度に関する不正を個別の会社の問題として、自動車産業全体の
問題として対応してこなかったという事情があります。

しかし、今年初め、それまではカタブツすぎるくらいカタブツな会社という業界の評価をもつ
ダイハツに不正が発覚し、国交省が自動車業界に徹底した審査を行わせ、不正が業界全体にひ
ろがっていたことが明るみに出たのです。

豊田章男・トヨタ会長は会見で認証制度を守ることは大前提としつつ、「自工会を通じて意見
を出し、日本の自動車業界がより競争力を発揮できるようなやり方を当局(国交省)と作るチ
ャンス」と改革を訴えました。

トヨタまでが潔白でなくなったことでようやく型式指定を個社ではなく業界全体の問題と捉え
るようになったというのは遅きに失するという感もあります。しかし、これをもって日本の自
動車産業のアップデートのきっかけにすることができれば、「災い転じて福となす」というもの
でしょう(注3)。

今回の自動車業界における一連の不正に関連して、真壁昭雄多摩大学特別招聘教授は『「自動車
一本足打法」で日本沈没、分水嶺を迎えた日本経済の行方』という興味深い論考を発表しました。

ここで「自動車一本足打法」とは、日本経済が国内生産でも輸出においても自動車産業一本に大
きく依存することを意味しています。以下に真壁氏の論考を手掛かりに、この問題を考えてみま
しょう。

結論から言えば真壁氏は、わが国経済の自動車依存が続けば、中長期的にわが国経済の地盤沈下
は避けられないだろうという。

そして、自動車産業の稼ぐ力が低下すれば、わが国経済全体で生活水準をも引き下げなければな
らない恐れが出てくる、と日本経済の危機的状況を述べています。

真壁氏は、自動車産業そのものが問題なのではなく、その陰で脱炭素やデジタル化への遅れが深
刻な状況にあることを指摘しているのです。

それはどういうことなのか、もう少し具体的にみてみよう。

「自動車一本足打法」と揶揄されるほどに、わが国経済はハイブリッド車(HV)―ガソリンエン
ジンと電気で駆動するモーターとを組み合わせた車―を中心とする自動車産業への依存度が高い。
実際、HVにかんする限り日本は世界の市場を席巻したといっていいでしょう。

精緻な「すり合わせ技術」(ガソリンエンジンと電気モーターとの接合技術)に磨きをかける自動
車メーカーの要望に応て、工作機械メーカーは他国の競合企業が実現困難な動作制御や切削の製造
技術を生み出してきました。

しかし、EV生産ではすり合わせ技術の重要性が低下するので、日本車の強みも低下します。

また、1次、2次と重層的に連なるサプライヤー(部品メーカー)は、産業界の盟主である自動車メ
ーカーの要望に応じて工作機械、鋼材、車載半導体、車内装備に使われる化成品などの生産技術を
強化してきました。

自動車がわが国製造技術のかなりの部分を育て、鍛えたと言っても過言ではありません。重要なの
は、それが自動車以外の需要獲得に重要な役割を果たしたことなのです。

その反面、日本の自動車産業は、HVでの成功体験から抜け出せないまま、その変化にわが国経済
全体の対応が遅れてしまい、今後の成長が懸念されています。

ところが、世界の趨勢は、脱炭素を背景に電気自動車(EV)シフトが鮮明です。ところが、EV
について 日本のメーカーはアメリカのテスラや中国のBYDほかのメーカーに技術的に水を開け
られてしまっています。

真壁氏は、自動車産業で起きた同じことが、日本経済全体にも当てはまる、と警告しています。つ
まり、わが国企業はHVの成功体験から抜け出せず、HVに続く新しい、世界的な高付加価値商品
を創出することができなかったのです。

真壁氏は、そのリスクに対応して中長期の視点で経済の実力を高めるために、政府は再生可能エネ
ルギーの利用を増やし、脱炭素やITなどの先端分野における企業の研究開発をより積極的に支援す
べきだと提案しています。

ITの開発にかんしては、ここ1~2年ほど、政府も本腰を入れて支援を始めるようです。しかし、
脱炭素技術、それと密接に関連した再生エネルギーの開発には、おそらく原子力発電を維持したい
電力会社と政府の意向で、かなり冷ややかな対応しかしていません。

日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の夢から覚め、リーマンショック後の停滞から抜け出す
ために、自動車産業の他に日本経済を牽引する新しい産業を開拓してゆく必要があります。

そうしないと、日本社会は「ジリ貧」のまま経済的にも社会的にも没落の道を歩むという憂鬱な未来
が待っています。これこそが、本当に深刻な地殻変動です。


(注1)Yahoo ニュース(2024年6/6(木) 20:39 https://news.yahoo.co.jp/articles/2f8a50dd8ae4f356b5de814255b2dd7009323dab
(注2)『毎日新聞』(2024/6/3 20:43 最終更新 6/4 00:14)
https://mainichi.jp/articles/20240603/k00/00m/020/286000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240604
(注3)JPress (2024.6.5) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81365
(注4)DIAMOND ONLIONE ( 2021.11.30 4:30) https://diamond.jp/articles/-/288962


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日本社会の地殻変動(2)―超円安が日本の産業基盤を蝕む―

2024-06-04 19:57:19 | 経済
日本社会の地殻変動(2)―超円安が日本の産業基盤を蝕む―

前回は、日本社会の深部で起こっている地殻変動を理解する一つの糸口として、最近の超
円安の経過と様相を取り上げました。

今回も、前回に引き続いて、超円安の経過と様相、そして影響とその原因について考えて
みたいと思います。

まず影響ですが、杉山・道永らは「円安で困るのは・・・」と「円安で喜ぶのは・・・」と
二つのグループ分けて示しています(下の表を参照)。


出典 (注2)

「困るのは・・・」の方から見てみましょう・

このカテゴリーの一つは海外旅行をする人です。最近のゴールデンウイークの際に、多くの
日本人が渡航先で宿泊や食事が円換算であまりに高くつくのに悲鳴を上げて、せめて食費を
節約するために日本からインスタント食品や水を持っていったことが話題になりました。

二つは、「輸入原材料に頼るメーカー」です。日本は天然資源に恵まれないので、製造業は
ほとんどが輸入原料に依存しています。

従って、円安はすぐに輸入原材料費の高騰、したがって製品価格の高騰につながります。も
ちろん、原材料費の増加を全て価格に転嫁できればいいのですが、現実にはそれによって売
り上げが減少したり、他のライバル企業との競争において不利になるので、その全てを製品
価格に転嫁することはできません。

三つは、石油や天然ガスを使うエネルギー業界、もっとはっきり言えば電力会社です。日本
はエネルギーのほとんどを輸入しているので、理論的には電力会社は発電コストが上昇する
ので困るかもしれません。

しかし、現実には昨年度の決算は9電力会社全てが空前の黒字だったのです。というのも、
ほぼ地域独占の9電力会社は、発電コスト上昇の全てを電気料金に上乗せしているからです。

ここには、電力料金総括原価方式といって、全ての経費を合算した原価に利益を乗せて消費
者から電気料金を徴収するので、電力会社はどれほど石油や天然ガスの価格が上がろうと、
一切関係ないのです。

あとは、競争者である太陽光や風力で作った電気を、いろんな理屈を付けて買わないように
すれば利益は自動的に電力会社に入ってくるのです。

結局、ここでも最も「困るのは・・・」、実は電力の消費者、つまり国民なのです。なお、電
気料金の単価は、総使用量が大きな大口の法人の場合は割安になっています。

エネルギー価格の上昇という意味では石油価格も上がるので、今の円安は電気代、ガソリン
代だけでなく、ありとあらゆる経済活動(製造業、漁業、農業、運輸業など)、したがって物
価を押し上げます。

四つは、「農林水産物を輸入する業界」です。ご存じのように日本の食料自給率は38%に落
ち込んでしまっており、不足分は輸入に頼っています。

したがって、食料輸入業界は、輸入価格が高騰して「困る」のかもしれません。ただしそれ
は、買いたくても買うお金が足りないといった状況においてであって、もし高くても売れる
ならばば業者は困りません。

しかし、あまりにも高くなりすぎると消費者が買い控えてしまうので、業者も簡単には高い
食料品を輸入できず困ってしまいます。

いずれにしても、円安のため輸入食料品の高騰で困るのは最終消費者である一般国民です。

この1年でどれほどの食料品が値上げされたか考えてみてください。原料の小麦価格が上が
ったためパスタ・うどん・ラーメンなどすべての麺類から菓子・ケーキ類、さらに家畜飼料
のトウモロコシや大豆、肉、一部の魚など、どれだけの食料品をどれほど、何度値上げした
ことでしょうか。

最近のニュースによれば、大手の強気の食品企業は、輸入価格の上昇に便乗して、それ以上
の値上げを行っているとのことです。

実際、多くの日本の家庭では食料品はかなり買い控えざるを得なくなっています。

以上みたように、円安で輸入品価格が高騰して困るのは、一貫して一般の消費者国民です。
それは、国全体でみれば消費の減少を招きます。

GDP(国民租総生産)の6割を占める消費が縮小することは、日本のGDPが縮小するこ
とを意味し、日本の世界経済における存在感をますます低下させます。これについては別の
機会に詳しく検討します。

では、超円安で「喜ぶ」のは誰でしょうか?

まず、思い浮かぶのは海外の旅行者(インバインド)です。最近のニュースをみていると、
とにかく外国の旅行者が増えたことが目につきます。

彼らに日本へ旅行した理由を聞くと、建前は日本文化に触れたいからという意見も聞かれま
すが、本音は「安いから」のようです。

特に食事の安さは、外国人には信じられないでしょう。物価の高い欧米からの旅行者ならま
だ分かりますが、最近は東南アジアからの旅行者も日本の食事その他あらゆる価格の安さに
驚いています。

あるテレビ番組で、東南アジアから来た旅行者が、「昼食360円」という看板を見て、“卒
倒”するくらいびっくりした、と語っていました。

最近は、欧米からの旅行者の間で、“おにぎり”がブームだそうですが、彼らにとって昼食を“
おにぎり”で済ませば、感覚としては「只」同然なのではないでしょうか。

欧米では、カフェのようなところでの簡単なランチでも2000円以下というのはなかなか
ありません。

前出の表で、つぎに「喜ぶ」のは観光関連企業となっています。安さに惹かれて日本を訪れ
る海外旅行者が増えたため、日本のホテルやレストラン、観光施設などの観光関連業者が喜
ぶのは当然でしょう。

ただし海外旅行者が増加しても、大多数の日本人には関係ありません。むしろ、インバウン
ドによって観光地が「オーバーツーリズム」の悪影響を受けたり、一般の日本人が利用する
宿泊施設の宿泊料やレストランの食事代が高くなる傾向にあります。北海道のニセコ(スキ
ー場)では、ついに3800円のラーメンが登場しました(注1)。

超円安は、ここでも一般の国民にとって、「喜ぶ」状態ではありません。

それでは円安で「喜ぶ・・」のはどんな人や産業でしょうか? 確実に「喜ぶ」のは「外貨
建て資産」を保有する人です。しかし、「円」がこれほど安くなる前から先を見越して「外貨
建て資産」を増やしていた日本人はごくわずかで、むしろ特別な人たちです。

すると、残る「喜ぶ」カテゴリーは「自動車など輸出産業」ということになります。たしか
に、少し前までは、こうした輸出産業は、輸出する場合には米ドル建てなので、売上げを円に
戻すと、とてつもない為替差益が生じました。

事実、トヨタなどは対米ドルで1円円安になるだけで億単位の為替差益が生じます。しかし、
自動車産業といえども必ずしも喜んでばからいられません。

自動車産業の場合でさえ原材料はほぼ全て輸入ですから、それが生産コストに跳ね返って生
産原価は高騰してしまいます。

こう考えると、日本の輸出産業全体を見渡した時、最近では超円安が招くコスト高による弊
害の方を心配するようになっています。

ここまでは、円安がもたらすさまざまな影響を現象面から見てきましたが、そこで分かった
ことは、円安で喜ぶ日本人や産業はほとんどいない、ということです。

しかし、ここまで表面に現れた現象を追いかけているだけで、まだ深いところで起きつつあ
る地殻変動には触れていませんし、そもそもなぜ超円安が生じているのか、そして、それは
日本にとって何をいみするのか、という根本的な問題にも触れていません。

そこで以下は、円安という”現象“を手掛かりに、その奥に隠れたもっと本質的な問題とその原
因、つまり現在起きつつある地殻変動の実態を少しずつ探ってゆこうと思います。

経済同友会の新浪剛史代表幹事は26日の記者会見で、「由々しき事態。せっかく企業も努力し
ていることが、思ったほど効果がなくなる可能性があり、大変危惧すべき状況だ」と危機感
をあらわにしています。

円安による原材料などのコスト増を価格転嫁しようにも、実質賃金は前年同月比で23カ月連
続マイナス。値上げは消費者心理を冷やしかねず、簡単ではない。新浪氏は「賃上げで“良い
物価高”に移行しつつあったが、円安がそれを邪魔する可能性がある」と語っています。

経団連の十倉雅和会長も23日の会見で「経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)を表し
ているかと言えば、ちょっと円安に過ぎる」との認識を示した。原料の高騰は、とりわけ中
小企業に大きなダメージをあたえています。(注2)。

日本の工業を最も土台のところで支えてきたのは、「下町ロケット」にも登場するような、こ
の道一筋40年とか50年という経験に裏打ちされた技術をもっていて、日夜油まみれにな
って働いている職人さんたちです。

どんなに近代的な大企業でも、こうした人たちの貢献なしには優秀な製品を作ることができ
ないのです。

経団連という、日本の大企業を束ねる組織のトップが、円安による中小企業へのダメージを
心配しているは、日本の「ものづくり」を支えているのは、実は町工場のような中小企業で
あることを良く理解しているからです。

経団連会長の言葉を借りると、日本の工業技術のファンダメンタルズを支えているのは中小
企業の職人さんたちなのです。

私はかつて日本を代表する車のメーカーから、海外の工場に派遣される人たちのための語学
研修を頼まれたことがありました。

受講生となったのは、その会社の社員ではなく、突然本社から派遣の命を受けた下請けの中
小企業の年配の職人さんたちでした。“この歳で、言葉も分からない海外へ派遣されるのは、
つらいだろうな”、と同情しました。

もう一つ、この経験を通して知ったのは、いわゆる「下請け」企業の実態でした。たとえば
自動車産業を例にとると、小はネジやバネから大はボディーやエンジンまで、素材も金属、
プラスチック、ゴムまで多様で、膨大な数の部品が必要になります。

こうした部品を作るには、多くの場合「金型」と呼ばれる金属でできた型枠が必要になります。
製品の良し悪しは、この金型の正確さ・精密さで決まります。

この金型をつくるのは、ほとんどが中小企業、町工場の職人さんたちで、かれらが日本の工業
製品の優秀さを支えてきたのです。

一般の日本人にとって、小さな町工場が潰れようが、大した問題とは思わないかもしれません
が、やはり経団連会長は事態の深刻さを良く分かっています。

日本の「ものづくり」が、超円安のためにその土台を掘り崩されようとしているのです。この
ことが将来の日本の産業力に与えるダメージはとてつもなく大きいのです。

次回は、地殻変動の奥に潜む本質的問題と原因をさらに深く検討してゆきます。


(注1)(N0+e)2024年2月12日 16:33(https://note.com/mrrn_niseko/n/na3ad563909e2)
(注2)『毎日新聞 デジタル版』)2024年4月29日。30日閲覧) 
    https://mainichi.jp/articles/20240429/k00/00m/020/165000c?utm_source=article&utm_
    medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240430


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