ムヒカ前ウルグアイ大統領(3)―日本訪問:政治を語る―
この度の大地震に被災した熊本県と大分県の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
--------------------------------------------------------------------------------
ムヒカ氏は今回の訪日の間に、あまり政治的な発言はしてきませんでした。
それは恐らく、彼がすでに大統領を引退し、一人の人間として、日本という社会を見てみたかった、という気持ちがあったからでしょう。
それでも、前回の記事で紹介したように、
現状に不満があるのなら,何か行動を起こして下さい。勇気を持って新しいことを提案し立ち上げてください。それはあなたたち
とその後に続く世代のために。皆さんもいつかは子供や孫ができるでしょう。考えなければいけないのは,子供や孫が生きていく
世界。彼らにどんな世界を残すのか?
という表現で、間接的ながら、若者にたいして、行動を起こすよう呼びかけています。この「行動」という言葉には、もちろん、政治的な行
動が含まれます。
東京外国語大学の講演では、もう少し具体的に、かつ、積極的に政治的な発言をしています。
この世界に紛争は必ずある。だからこそ、社会全体に心をくだくことが大切になる。
「政治に関心がない」「政治は重要じゃない」という人がいるが、政治を放棄することは少数者による支配を許すことにつながる。
この言葉はおそらく、故国ウルグアイにおいて、かつて独裁的な支配が行われていたこと、それに反対して、反政府ゲリラ活動に身を投
じた経験から、政治に無関心になると、どれほどひどい支配や暴力が少数の権力者たちによって行われるかを、彼は身をもって経験し
たからでしょう。
民主主義には限界がある。それでも社会をよくするために闘わなければならない。皆さんのようにすばらしい大学で学んでいる者は、
社会をよくするために闘わなければならない。最も重要なことは勝利することではなく、歩き続けること。何かを始める勇気をもつこと
だ。
現在日本は、少なくても形式上は「民主主義」国家ということになっています。しかし、民主主義というのは、黙っていても十分に機能するも
のではない。
たとえば、選挙によってある政権が成立したとすると、形式的には「民主主義」に基づいた政権であると言える。
しかし、だからといって、選挙に勝てば何をしてもよい、というわけではない。こうして成立した政権でも、間違いを起こすことがある。
たとえば、ヒットラーが率いる「ナチ党」政権は、選挙で選ばれた合法的な政権でした。それでも、あのように悲惨なユダヤ人の殺りくを行い、
自国と周辺国の人々に甚大な損害を与えたのです。
もう一つ、ムヒカ氏が、闘わなければならない相手として、「グローバル化した社会」があります。
といっても、「グローバル化」とは、ひとつの社会現象であって、それ自体が行為主体であるわけではありません。
行為主体の実態は、グローバル化を推進しようとする勢力、つまりその時々の政権と、政権と結びついた勢力ということになります。
なぜグローバル化が問題かと言えば、それは資本が爆発的に大きくなっているからです。そこでは国境がなくなり、人々が忙しく働きます。
それによって生活を大きく変えられ、お金が重要で、そのための人生になってしまっているからです。だから、
お金のために自分の人生をぶちこわしていいのか。そうした世界と若い人は闘わなければならない。
現在の安倍政権は、アメリカの圧力もあり、新自由主義という名のグローバリズムを積極的に推進しています。
この流れに抵抗することは、大変なことです。自らの仕事や生活を危機に陥れるかもしれません。実際、ムヒカ氏には、日本の若者は政治から
逃げているように映っているようだ。
日本では若者が希望を持てないと聞いた。若い世代の投票率が30%程度だと聞いた。政治や社会を信じていないのだろう。それでも、
信じられるようにしてほしい。不満を持つのはいいことだ。どうか同じ気持ちの人と何かを始めてほしい。生きるには希望が必要。そうで
なければ人生なんて意味がない。
世界に目を向けると、
今、世界では一分間に二百万ドルの軍事費が使われているというが、誰もそれを止められない」状況にある。そして、極めて少数の者に、
世界の富が集中している。
つまり、一方で国家は、平和ではなく軍事に巨額のお金を使い、他方で、グローバル化の中で、金融・資本が爆発的に暴れまわり、ごく一部の人
たちに富が集中してしまっている。
現在は分配の仕方が悪いので、社会的な弱者に恩恵が及ばず、格差が拡大しています。(注1)
以上は、大学での講演ということで、若者向けにムヒカ氏らしい表現で、政治を語った内容となっています。
これとは別に、記者会見では戦争を放棄しない国や人々にたいして、次のような言葉で批判しています。
いまだに人類は先史時代を生きている。戦争を放棄する時が来たら、初めてそこから脱却できる。
私たちには戦争を終わらせる義務がある。それは世界の若者が完成させなければならない大義であり、可能なことだ。
人類は、いまだに戦争を放棄できない「先史時代」にあるが、そこから脱却して始めて「文明社会」へ入ることができる、しかし、それは長い道のり
で、若者が完成させるべき大義であり課題である、と展望を述べています。
この記者会見の後で、ムヒカ氏は都内で一部メディアの取材に応じて、安倍政権を批判しています。
日本が憲法解釈を変更し、他国を武力で守ることを可能にした安全保障関連法を制定したことについて、
日本が先走って大きな過ちを犯していると思う
と、単刀直入に安倍政権を批判しています。(『東京新聞』2016年4月7日)
彼の目には、なぜ安倍政権が、自分の国を守るのではなく、他国(具体的にはアメリカ)をまもるための法律を先走って制定するのか理解できない、
と言っているのです。
記者会見との続きで言えば、日本は文明に背を向けて「先史時代」に戻ろうとしている、ということになります。
ムヒカ氏はこれまでの間接的、一般的なコメントをしてきましたが、この安倍政権の安保法制にたいしては「先走って」、と辛らつな言葉で批判して
います。
安倍首相は、この「世界一貧しい」前大統領の言葉をどのように受け止めるでしょうか?
(注1)以上は、東京外国語大学での講演で語ったことに、私が少し補足とコメントをしたものです。講演そのものの要旨は、『東京新聞』(2016年4月
9日)に掲載されています。
この度の大地震に被災した熊本県と大分県の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
--------------------------------------------------------------------------------
ムヒカ氏は今回の訪日の間に、あまり政治的な発言はしてきませんでした。
それは恐らく、彼がすでに大統領を引退し、一人の人間として、日本という社会を見てみたかった、という気持ちがあったからでしょう。
それでも、前回の記事で紹介したように、
現状に不満があるのなら,何か行動を起こして下さい。勇気を持って新しいことを提案し立ち上げてください。それはあなたたち
とその後に続く世代のために。皆さんもいつかは子供や孫ができるでしょう。考えなければいけないのは,子供や孫が生きていく
世界。彼らにどんな世界を残すのか?
という表現で、間接的ながら、若者にたいして、行動を起こすよう呼びかけています。この「行動」という言葉には、もちろん、政治的な行
動が含まれます。
東京外国語大学の講演では、もう少し具体的に、かつ、積極的に政治的な発言をしています。
この世界に紛争は必ずある。だからこそ、社会全体に心をくだくことが大切になる。
「政治に関心がない」「政治は重要じゃない」という人がいるが、政治を放棄することは少数者による支配を許すことにつながる。
この言葉はおそらく、故国ウルグアイにおいて、かつて独裁的な支配が行われていたこと、それに反対して、反政府ゲリラ活動に身を投
じた経験から、政治に無関心になると、どれほどひどい支配や暴力が少数の権力者たちによって行われるかを、彼は身をもって経験し
たからでしょう。
民主主義には限界がある。それでも社会をよくするために闘わなければならない。皆さんのようにすばらしい大学で学んでいる者は、
社会をよくするために闘わなければならない。最も重要なことは勝利することではなく、歩き続けること。何かを始める勇気をもつこと
だ。
現在日本は、少なくても形式上は「民主主義」国家ということになっています。しかし、民主主義というのは、黙っていても十分に機能するも
のではない。
たとえば、選挙によってある政権が成立したとすると、形式的には「民主主義」に基づいた政権であると言える。
しかし、だからといって、選挙に勝てば何をしてもよい、というわけではない。こうして成立した政権でも、間違いを起こすことがある。
たとえば、ヒットラーが率いる「ナチ党」政権は、選挙で選ばれた合法的な政権でした。それでも、あのように悲惨なユダヤ人の殺りくを行い、
自国と周辺国の人々に甚大な損害を与えたのです。
もう一つ、ムヒカ氏が、闘わなければならない相手として、「グローバル化した社会」があります。
といっても、「グローバル化」とは、ひとつの社会現象であって、それ自体が行為主体であるわけではありません。
行為主体の実態は、グローバル化を推進しようとする勢力、つまりその時々の政権と、政権と結びついた勢力ということになります。
なぜグローバル化が問題かと言えば、それは資本が爆発的に大きくなっているからです。そこでは国境がなくなり、人々が忙しく働きます。
それによって生活を大きく変えられ、お金が重要で、そのための人生になってしまっているからです。だから、
お金のために自分の人生をぶちこわしていいのか。そうした世界と若い人は闘わなければならない。
現在の安倍政権は、アメリカの圧力もあり、新自由主義という名のグローバリズムを積極的に推進しています。
この流れに抵抗することは、大変なことです。自らの仕事や生活を危機に陥れるかもしれません。実際、ムヒカ氏には、日本の若者は政治から
逃げているように映っているようだ。
日本では若者が希望を持てないと聞いた。若い世代の投票率が30%程度だと聞いた。政治や社会を信じていないのだろう。それでも、
信じられるようにしてほしい。不満を持つのはいいことだ。どうか同じ気持ちの人と何かを始めてほしい。生きるには希望が必要。そうで
なければ人生なんて意味がない。
世界に目を向けると、
今、世界では一分間に二百万ドルの軍事費が使われているというが、誰もそれを止められない」状況にある。そして、極めて少数の者に、
世界の富が集中している。
つまり、一方で国家は、平和ではなく軍事に巨額のお金を使い、他方で、グローバル化の中で、金融・資本が爆発的に暴れまわり、ごく一部の人
たちに富が集中してしまっている。
現在は分配の仕方が悪いので、社会的な弱者に恩恵が及ばず、格差が拡大しています。(注1)
以上は、大学での講演ということで、若者向けにムヒカ氏らしい表現で、政治を語った内容となっています。
これとは別に、記者会見では戦争を放棄しない国や人々にたいして、次のような言葉で批判しています。
いまだに人類は先史時代を生きている。戦争を放棄する時が来たら、初めてそこから脱却できる。
私たちには戦争を終わらせる義務がある。それは世界の若者が完成させなければならない大義であり、可能なことだ。
人類は、いまだに戦争を放棄できない「先史時代」にあるが、そこから脱却して始めて「文明社会」へ入ることができる、しかし、それは長い道のり
で、若者が完成させるべき大義であり課題である、と展望を述べています。
この記者会見の後で、ムヒカ氏は都内で一部メディアの取材に応じて、安倍政権を批判しています。
日本が憲法解釈を変更し、他国を武力で守ることを可能にした安全保障関連法を制定したことについて、
日本が先走って大きな過ちを犯していると思う
と、単刀直入に安倍政権を批判しています。(『東京新聞』2016年4月7日)
彼の目には、なぜ安倍政権が、自分の国を守るのではなく、他国(具体的にはアメリカ)をまもるための法律を先走って制定するのか理解できない、
と言っているのです。
記者会見との続きで言えば、日本は文明に背を向けて「先史時代」に戻ろうとしている、ということになります。
ムヒカ氏はこれまでの間接的、一般的なコメントをしてきましたが、この安倍政権の安保法制にたいしては「先走って」、と辛らつな言葉で批判して
います。
安倍首相は、この「世界一貧しい」前大統領の言葉をどのように受け止めるでしょうか?
(注1)以上は、東京外国語大学での講演で語ったことに、私が少し補足とコメントをしたものです。講演そのものの要旨は、『東京新聞』(2016年4月
9日)に掲載されています。