「日本の運命」―立花隆氏が言い残したかったこと―(注1)
「知の巨人」のニックネームをもつジャーナリスト立花隆氏(本名 橘 隆志)が2021年4月30日
に亡くなりました(享年80才)。
立花は1940年長崎で生まれ、2歳の時、教師をしていた父親とともに北京に渡りました。敗戦後の
1946年、引揚者として日本に戻ります。
東大仏文科を卒業し、東京大仏文科卒し、文芸春秋社を退社しフリーになった後の1974年、「田中
角栄研究 その金脈と人脈」を発表、故田中角栄首相の金権政治の実態を明らかにしました。
徹底した取材と緻密な分析を行う彼の手法は「ニュージャーナリズムの旗手」と呼ばれ、ジャーナ
リズム界に大きな影響を与えました。
その後も立花は日本を代表するジャーナリスト、評論家、ノンフィクション作家として活躍しまし
たが、彼が扱ったテーマは政治問題だけでなく、生物学、環境問題、医療、宇宙、経済、生命、哲
学、臨死体験など多岐にわたっており、何冊もの著書がベストセラーをなっており、文字通り「知
の巨人」と言えます。
私たちは彼が切り開いた知の世界は著書を通して知ることができますが、そうした仕事とは別に、
彼は日本の将来について思いを馳せていました。
2009年に札幌で行われたシンポジウムで彼は「日本の運命」について語っています。その一部は、
今年の6月にBS-TBSで放送された『報道1930』の中で紹介されています。
番組では立花が日本の運命をどのように考え、何を次世代に伝えるべきかについて語ったことを
アナウンサーが吹き替えて紹介し、同世代で彼と50年来の親交がある盟友、そしてこの札幌で
のシンポジウムに参加した作家の保坂正康氏が解説と補足を加えて紹介しています。
まず、立花隆は日本の現状と将来について次にように語っています。
一言でいうと、ほとんど滅びるのが確実な状況にあります。おそらく日本人の大半の認
識は、「かなり状況は悪いけれど 破滅までは行かないだろう」というものではないか
と思いますが、けっしてそうではありません」。
今を太平洋戦争の戦局にたとえてみましょう。とっくにミッドウェー海戦は終わってい
ます。ガダルカナルからも撤退している。おそらく昭和17年(1942)が終わって18年、
山本五十六長官が戦死する。そうした状況に比すべき大きな流れのなかにあります。
日本はすでに負け戦の段階に完全に入っています。できる最善のことはダメージコント
ロール。要するに敗北必死で相当の損害を受けることは確実ながら、被害を最小限にと
どめる方策を考える段階にきている。いかに上手に負けて次の時代につなげるのかを考
えることがいま、一番必要だろうと思います。
この発言の背景について保坂氏は番組の中で次のように補足し解説しており、それを示しておき
ます(カッコ内は私が補ったもの)。
資本主義は栄枯盛衰を繰り返してきた。オランダ、イギリス、アメリカと。その流れの中で日本
は何をすべきかを考えるべきだ。
日本は(これらの国々の中で)一番衰退の方向に向かっている国の在り方だ、と(立花は)言っ
ている。人口減、財政赤字、しかし最も強く言ったのは科学技術者の少なさ。科学技術者に対す
る日本人の後退的な意識。もともと日本人は職人がいて物を作っていた時代から変転していった
中で、その変転そのものが時代を壊している。そのことを理解した上で今の問題と向き合うべき
だと言った。
今の問題とは何か。それは私たち自身の中に持っている、本当に人間としての歴史を作ってゆく
ときの気構え、指導者がそれだけのなりの責任と自覚をもって政治を動かしているかということ
の責任、そういうことを具体的に言った。この時、漢字の読めない首相(麻生氏のこと?)の時
でしたが、こういう人が首相になるという事態の中に何があるのか、ということを考えましょう、
と言った。
保坂氏は続けて、立花の歴史認識について補足しています。
彼のなかには、この時代、日本はかなり衰退に向かっているという危機意識があり、同時に自分
と同じように戦後民主主義を作ってきた世代が世代的に役割と責任がある。
世代の役割を自覚しながら次の世代に託してゆこう。それは戦争体験の検証をきちんと伝えるこ
と、戦後民主主義のもっている長短を含めて伝えてゆくこと、なぜ戦前を批判するのかという強
い姿勢を明確にするということ。そういうことが彼の中にあったんだなあ、と思う。
なぜ戦前の指導者は、数字を見れば明らかに連合軍に劣っているのに戦争に突入したのか。それ
は数字のパラメータをいじって、アメリカと五分五分で行けるんだという自己充足感を(当時の
指導者が)もったから。そういうシステムや官僚的発想を克服しなければいけない、と彼は言っ
ている。戦争の反省とはそういうことだ、と彼は言っている。単なるヒューマニズムとは異なる
論点から戦争を批判している。
そして立花は、自分たちの世代がしなければならないこととして、
我々の世代は戦争体験をきちんと書き残すことだよね。ただ大事なことは、長崎、広島の原爆で
亡くなった方、戦争で亡くなった方、その遺族、そういう人たちがみんないなくなった時、日本
はどうなっているんだろう。
だれが語り継ぐのだろうか。経験者、体験者が一人もいなくなったら日本社会は空恐ろしいよね。
私たちは伝承する継承するということに関して、本当に体験者が一人もいなくなったとき、なん
だ昔話思い出話で終わってゆくという形で戦争が語られてゆくならば何の意味もない。
おそらく、現在の日本人の大部分は、日本は「先進国」で豊かな国だと思っているでしょう。しか
し、立花氏は、資本主義国の中で最も衰退の方向に向かっている、という危機意識が政治の指導者
にも国民にもないことに立花氏は強い危機感を感じています。
番組の司会者である松原氏は、以前、『ニュース23』の司会をしていた2011年12年ごろ立花氏に
出演してもらったことがあるそうです。その時立花氏が、強く言っていたのは、現在の日本の財政
赤字はローマ以来、それ以上ひどい借金があり、それをおそらく返せないだろう。それなのに、将
来世代に押し付けようと平然している。どうなってしまったんだこの国は、と嘆いていたそうです。
また、『報道1930』のコメンテータの堤 伸輔氏(TBS)は、立花氏が語った2009年以降、
人口減、財政赤字、基礎科学に対するお金がどんどん削れられていて、2009年よりどの項目もひど
くなっている、と指摘しています。
もうすぐ76回目の「敗戦記念日」がやってきます。当時は、意図的に数字をいじって、アメリカ
と五分五分で戦える、との結論をひねり出し、自己満足して戦争に突入してしまったことを、決し
て忘れることなく、深く心に刻むべきでしょう。
このほか、日本が科学技術、特に基礎科学の研究に力を入れてこなかったこともその通りで、現在
猛威を振るっているウイルスの基礎研究にしても、それにたいするワクチン研究も、国を挙げて研
究費と人材と投入してこなかったため、現在のパンデミックに対するワクチンも治療薬も全て外国
に依存しています。
また日本人のノーベル賞受賞者の多くは、受賞時にこそ日本に在住していますが、その研究は外国
(特にアメリカ)での研究の成果なのです。
現在、首都圏を感染爆発が起こっている状況にたいしても政府は、なぜ、このような状況になってし
まったかを、真剣に検証していません。
それだけでなく、都合の良い数字だけをつまみ食いして、あたかも事態は抑えられている、良い方向
に向かっているかのようなメッセージを発信し続けています。
不織布マスクの争奪戦でも後れを取って、ほとんど利用されなかった布マスクで代用したり、頼みの
ワクチンも4月に国民全部に行き渡る量を確保してある、と豪語しておきながら、実は、足りなくな
っている状態です。
この状況について私は以前、「ワクチン敗戦」と書きました。
そして、現在、欧米諸国やイスラエルでは3回目の接種のためのワクチンの争奪戦を繰り広げていま
すが、一周遅れの日本には、この争奪戦が終わった後にならないと回ってきそうにもありません。
オリンピックの開会式に向けて来日したファイザー社のCEOに菅首相は、ワクチンを前倒しで日本
に売ってくれるよう要請しましたが、承諾を得られませんでした。
こうした状況を総合的に考えると、立花が伝えたかったことが、今の日本にとってとても示唆に富む
内容であったことが分かります。
つまり立花は、今の日本はすでに、戦争でいえば「負け戦」の状況にあり、「滅びるのが確実な状況
にある」という危機意識と現状の実態を冷徹に認識する必要がある、それに対して我々がすべき最善
の策は、敗戦のダメージを最小にすることだ、と言っているのです。
このような言葉から、彼は極端な悲観論を語っているように聞こえますが、そうではなくて、こうし
た厳しい現実を直視した上で初めて、日本を再建する方法性が出てくる、と言いたいのだと私は理解
しました。
もし、現実から目を背けて、反省もなく明るい将来展望だけを追い求めるならば、立花が言うように、
日本は本当に滅びしまうでしょう。
(注1)今回の記事は、2021年6月28日放送の(BS-TBSの報道番組『報道1930』)のうち、立花
隆のシンポジウムでの発言と、同世代の盟友、作家の保坂正康氏の解説と見解を整理したもの
です。なお、2021年6月30日のNHK『クローズアップ現代』も立花氏が伝えたかったこと
を紹介しています。
「知の巨人」のニックネームをもつジャーナリスト立花隆氏(本名 橘 隆志)が2021年4月30日
に亡くなりました(享年80才)。
立花は1940年長崎で生まれ、2歳の時、教師をしていた父親とともに北京に渡りました。敗戦後の
1946年、引揚者として日本に戻ります。
東大仏文科を卒業し、東京大仏文科卒し、文芸春秋社を退社しフリーになった後の1974年、「田中
角栄研究 その金脈と人脈」を発表、故田中角栄首相の金権政治の実態を明らかにしました。
徹底した取材と緻密な分析を行う彼の手法は「ニュージャーナリズムの旗手」と呼ばれ、ジャーナ
リズム界に大きな影響を与えました。
その後も立花は日本を代表するジャーナリスト、評論家、ノンフィクション作家として活躍しまし
たが、彼が扱ったテーマは政治問題だけでなく、生物学、環境問題、医療、宇宙、経済、生命、哲
学、臨死体験など多岐にわたっており、何冊もの著書がベストセラーをなっており、文字通り「知
の巨人」と言えます。
私たちは彼が切り開いた知の世界は著書を通して知ることができますが、そうした仕事とは別に、
彼は日本の将来について思いを馳せていました。
2009年に札幌で行われたシンポジウムで彼は「日本の運命」について語っています。その一部は、
今年の6月にBS-TBSで放送された『報道1930』の中で紹介されています。
番組では立花が日本の運命をどのように考え、何を次世代に伝えるべきかについて語ったことを
アナウンサーが吹き替えて紹介し、同世代で彼と50年来の親交がある盟友、そしてこの札幌で
のシンポジウムに参加した作家の保坂正康氏が解説と補足を加えて紹介しています。
まず、立花隆は日本の現状と将来について次にように語っています。
一言でいうと、ほとんど滅びるのが確実な状況にあります。おそらく日本人の大半の認
識は、「かなり状況は悪いけれど 破滅までは行かないだろう」というものではないか
と思いますが、けっしてそうではありません」。
今を太平洋戦争の戦局にたとえてみましょう。とっくにミッドウェー海戦は終わってい
ます。ガダルカナルからも撤退している。おそらく昭和17年(1942)が終わって18年、
山本五十六長官が戦死する。そうした状況に比すべき大きな流れのなかにあります。
日本はすでに負け戦の段階に完全に入っています。できる最善のことはダメージコント
ロール。要するに敗北必死で相当の損害を受けることは確実ながら、被害を最小限にと
どめる方策を考える段階にきている。いかに上手に負けて次の時代につなげるのかを考
えることがいま、一番必要だろうと思います。
この発言の背景について保坂氏は番組の中で次のように補足し解説しており、それを示しておき
ます(カッコ内は私が補ったもの)。
資本主義は栄枯盛衰を繰り返してきた。オランダ、イギリス、アメリカと。その流れの中で日本
は何をすべきかを考えるべきだ。
日本は(これらの国々の中で)一番衰退の方向に向かっている国の在り方だ、と(立花は)言っ
ている。人口減、財政赤字、しかし最も強く言ったのは科学技術者の少なさ。科学技術者に対す
る日本人の後退的な意識。もともと日本人は職人がいて物を作っていた時代から変転していった
中で、その変転そのものが時代を壊している。そのことを理解した上で今の問題と向き合うべき
だと言った。
今の問題とは何か。それは私たち自身の中に持っている、本当に人間としての歴史を作ってゆく
ときの気構え、指導者がそれだけのなりの責任と自覚をもって政治を動かしているかということ
の責任、そういうことを具体的に言った。この時、漢字の読めない首相(麻生氏のこと?)の時
でしたが、こういう人が首相になるという事態の中に何があるのか、ということを考えましょう、
と言った。
保坂氏は続けて、立花の歴史認識について補足しています。
彼のなかには、この時代、日本はかなり衰退に向かっているという危機意識があり、同時に自分
と同じように戦後民主主義を作ってきた世代が世代的に役割と責任がある。
世代の役割を自覚しながら次の世代に託してゆこう。それは戦争体験の検証をきちんと伝えるこ
と、戦後民主主義のもっている長短を含めて伝えてゆくこと、なぜ戦前を批判するのかという強
い姿勢を明確にするということ。そういうことが彼の中にあったんだなあ、と思う。
なぜ戦前の指導者は、数字を見れば明らかに連合軍に劣っているのに戦争に突入したのか。それ
は数字のパラメータをいじって、アメリカと五分五分で行けるんだという自己充足感を(当時の
指導者が)もったから。そういうシステムや官僚的発想を克服しなければいけない、と彼は言っ
ている。戦争の反省とはそういうことだ、と彼は言っている。単なるヒューマニズムとは異なる
論点から戦争を批判している。
そして立花は、自分たちの世代がしなければならないこととして、
我々の世代は戦争体験をきちんと書き残すことだよね。ただ大事なことは、長崎、広島の原爆で
亡くなった方、戦争で亡くなった方、その遺族、そういう人たちがみんないなくなった時、日本
はどうなっているんだろう。
だれが語り継ぐのだろうか。経験者、体験者が一人もいなくなったら日本社会は空恐ろしいよね。
私たちは伝承する継承するということに関して、本当に体験者が一人もいなくなったとき、なん
だ昔話思い出話で終わってゆくという形で戦争が語られてゆくならば何の意味もない。
おそらく、現在の日本人の大部分は、日本は「先進国」で豊かな国だと思っているでしょう。しか
し、立花氏は、資本主義国の中で最も衰退の方向に向かっている、という危機意識が政治の指導者
にも国民にもないことに立花氏は強い危機感を感じています。
番組の司会者である松原氏は、以前、『ニュース23』の司会をしていた2011年12年ごろ立花氏に
出演してもらったことがあるそうです。その時立花氏が、強く言っていたのは、現在の日本の財政
赤字はローマ以来、それ以上ひどい借金があり、それをおそらく返せないだろう。それなのに、将
来世代に押し付けようと平然している。どうなってしまったんだこの国は、と嘆いていたそうです。
また、『報道1930』のコメンテータの堤 伸輔氏(TBS)は、立花氏が語った2009年以降、
人口減、財政赤字、基礎科学に対するお金がどんどん削れられていて、2009年よりどの項目もひど
くなっている、と指摘しています。
もうすぐ76回目の「敗戦記念日」がやってきます。当時は、意図的に数字をいじって、アメリカ
と五分五分で戦える、との結論をひねり出し、自己満足して戦争に突入してしまったことを、決し
て忘れることなく、深く心に刻むべきでしょう。
このほか、日本が科学技術、特に基礎科学の研究に力を入れてこなかったこともその通りで、現在
猛威を振るっているウイルスの基礎研究にしても、それにたいするワクチン研究も、国を挙げて研
究費と人材と投入してこなかったため、現在のパンデミックに対するワクチンも治療薬も全て外国
に依存しています。
また日本人のノーベル賞受賞者の多くは、受賞時にこそ日本に在住していますが、その研究は外国
(特にアメリカ)での研究の成果なのです。
現在、首都圏を感染爆発が起こっている状況にたいしても政府は、なぜ、このような状況になってし
まったかを、真剣に検証していません。
それだけでなく、都合の良い数字だけをつまみ食いして、あたかも事態は抑えられている、良い方向
に向かっているかのようなメッセージを発信し続けています。
不織布マスクの争奪戦でも後れを取って、ほとんど利用されなかった布マスクで代用したり、頼みの
ワクチンも4月に国民全部に行き渡る量を確保してある、と豪語しておきながら、実は、足りなくな
っている状態です。
この状況について私は以前、「ワクチン敗戦」と書きました。
そして、現在、欧米諸国やイスラエルでは3回目の接種のためのワクチンの争奪戦を繰り広げていま
すが、一周遅れの日本には、この争奪戦が終わった後にならないと回ってきそうにもありません。
オリンピックの開会式に向けて来日したファイザー社のCEOに菅首相は、ワクチンを前倒しで日本
に売ってくれるよう要請しましたが、承諾を得られませんでした。
こうした状況を総合的に考えると、立花が伝えたかったことが、今の日本にとってとても示唆に富む
内容であったことが分かります。
つまり立花は、今の日本はすでに、戦争でいえば「負け戦」の状況にあり、「滅びるのが確実な状況
にある」という危機意識と現状の実態を冷徹に認識する必要がある、それに対して我々がすべき最善
の策は、敗戦のダメージを最小にすることだ、と言っているのです。
このような言葉から、彼は極端な悲観論を語っているように聞こえますが、そうではなくて、こうし
た厳しい現実を直視した上で初めて、日本を再建する方法性が出てくる、と言いたいのだと私は理解
しました。
もし、現実から目を背けて、反省もなく明るい将来展望だけを追い求めるならば、立花が言うように、
日本は本当に滅びしまうでしょう。
(注1)今回の記事は、2021年6月28日放送の(BS-TBSの報道番組『報道1930』)のうち、立花
隆のシンポジウムでの発言と、同世代の盟友、作家の保坂正康氏の解説と見解を整理したもの
です。なお、2021年6月30日のNHK『クローズアップ現代』も立花氏が伝えたかったこと
を紹介しています。