TPPに潜むもう一つの危険-インドに事例に見られるタネの危機-
2012年12月16日の衆議院総選挙ではTPP(環太平洋パートナーシップ)への参加が一つの争点となっています。
TPPに対して農業団体は,安い輸入農産物が日本農業が壊滅させると警戒しています。
しかし,農業の自由化を求めるTPPには,貿易の他にも重大な危険が潜んでいます。
以前,「青臭いトマトはどこへ-ナチュラルシードを残そう-」(2012年4月21日投稿分)で,現在の日本の農業の現状をタネという
観点から書きました。
現在,日本で栽培されている農産物(米を除く)のタネの99%は海外からの輸入です。
この中には,日本の種苗会社(サカタ,タキイなど)が海外でタネの栽培を委託し,それを輸入した分も含まれます。
しかし,世界全体では,種苗販売のビッグ3であるモンサント(米),デュポン(米),シンジェンタ(スイス)が世界のタネの4割を
占めています。
中でも,化学薬品メーカーだったモンサントは売上高において群を抜いて巨大です。
モンサントは米政府と一体となって,世界でタネの特許登録,交配による雑種(ハイブリッド)と遺伝子組み換え種子の開発を強力に
推し進めています。
これらの分野で優位に立っているモンサントは将来,名実ともに世界の農業を支配するかもしれません。
残念ながら,日本の種苗会社のシェアは,世界規模ではほとんど無視し得る程度です。
しかも,これら巨大企業は各国の種苗会社を次々に買収しています。
日本の種苗会社も,いつ買収されるかわかりません。
上記の3大種苗会社は,遺伝子組み換え,またハイブリッドのタネを作り続けています。
遺伝子組み換えのタネから栽培された野菜は本拠地のアメリカでも「フランケンシュタイン・フーズ」と呼ばれ,一時市場から撤去
されました。
しかし,これらの企業は単にタネの開発をするだけでなく,世界のタネの遺伝子情報を特許として独占化を図りつつあります。
TPPを導入すると,関税障壁によって保護されている日本の農業は大きな痛手を受けるでしょう。
しかし,TPPに潜む危険は,たんに貿易の不利益だけではありません。
モンサントによって,農民が自分の作る農産物のタネを自家採取する自由が奪われている悲惨な実情をインドの事例から見ることが
できます。
インドでは伝統的に,農家が自家採取したタネで農業をおこなってきました。
しかし,2000年ころから,種苗会社から品種改良を重ねたタネ(ハイブリッド)を買って大量生産する農業へ転換し始めました。
こうしたタネは,値段も高くても収穫が多く,害虫にも強いと宣伝されています。
その反面,品種改良されたタネで栽培された作物から採取したタネを翌年に植えても,同じように収穫することはできません。
なぜなら,これは人工的に作られた一代雑種で,その子孫は同じ性質を持たないからです。
こうして,ハイブリッドのタネを使っている農家は,毎年,種苗会社からタネを買うことになります。
現在,インドでは自家採取のタネと種子全体のハイブリッドが半々となっています。
しかし,インドでは,作物の交配によるハイブリッド種だけではなく,遺伝子組み換え作物も大規模に取り入れてきました。(注1)
これらは,農産物の質(栄養価)よりも量を重視する「商品」としてしかみていません。
インドでは,しばしば,タネと肥料をセットで買うことが義務づけられています。
その結果,何が起こったのでしょうか。
インドの,自立的経済再建運動の理論的,哲学的リーダーのヴァンダナ・シヴァ女史は,インドの悲惨な状況を訴えています。(注2)
インドでは,この20年の間,急速にタネの多様性は失われ,遺伝子組み換えトウモロコシ,ダイズ,タナネ,ワタという基幹農作物の
作付け面積が増大しました。
インドの綿の在来品種は,遺伝子組み換え綿と交雑して絶滅してしまいました。
インドには,1500種の綿が存在していましたが,現在作付けされている綿の95%はモンサントが販売しロイヤルティを徴収する
遺伝子組み換え綿です。
同じことは,トウモロコシでも起こっています。
つまり作物のモノカルチャー化(画一化)です。
ヴァンダナ・シヴァは次のように訴えます。
「すべてのたねは,何千年の進化と何世紀にもわたる農民の品種づくりの賜物です。たねは,大地の知恵と農村社会の知恵の精粋です。
農民は,多様性,復元力,味,栄養,健康,地域の農業生態系への適応を目指して品種づくりをしてきました。
工業的育種は自然の貢献と農民の貢献を無視しています」
恐ろしいのは,自分たちの開発したタネだけでなく,在来種までも特許の対象として登録し,種苗会社の「知的所有権」の対象にしよう
としています。
これらの裏付けとなるのが,日本も参加している「世界貿易機関」(WTO)の「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」です。
この協定によれば,特許保有者は,いかなる人に対しても特許取得製品の生産・販売・頒布・利用を禁止することができます。
それだけでなく,特許種子を使う農民から多額のロイヤルティを聴衆できるのです。
種子特許は,タネを保存し分かち合う農民の権利を「盗取」,「知的財産に対する犯罪」としてしまいました。
こうして,現行のWTOの協定が維持される限り,世界の農業は少数の種苗会社に支配されてしまいます。
この協定は1991年に結ばれ,1995年に見直しされる事になっていましたが,WTOはなし崩し的に見直しを延ばし,現在までそのまま
です。
インドやアフリカ・グループは,生命体を特許の対象とすることに反対する声明書を準備していましたが,これは現在まで実現して
いません。
さて,問題は日本ですが,生活クラブ連合会の清水氏によれば,一人当たりの遺伝子組み換え作物の消費量は世界一ではないかと,
述べています。(注3)
その90%がモンサント社が販売する種子から作られています。
しかし,特定の条件がそろえば「遺伝子組み換え」表示をしなくても良いのです。
たとえば,日本のナタネ油の90%はカナダ産ですが,カナダのナタネは事実上すべて遺伝子組み換えです。
しかし,最終製品でその遺伝子が検出されなければ,遺伝子組み換えを表示義務はありません。
このほか,家畜飼料として遺伝子組み換えトウモロコシや大豆を食べて育った家畜,牛乳は卵にも表示義務はありません。
現在,「世界保健機関」(WHO)と「国連食糧農業機関」(FAO)の合同委員会が,遺伝子組み換えの安全性を審査する事が国際
ルールになっています。
ところが,この委員会のアメリカ政府代表の中にモンサント社の社員が入っています。
この委員会は,モンサント社などの開発会社の書類をチェックするだけなのです。
日本と同様の遺伝子組み換え表示を実施しているニュージーランド政府に,モンサント社は,貿易障壁であると主張して撤廃を求めて
います。
日本がTPPに加盟すると,間違いなく,アメリカンの政府と一体となってモンサントなどの種苗会社は同様の圧力をかけてくるで
しょう。
モンサントは,この表示を貿易障壁であるとして,相手国政府を国際法廷に訴えることができます。
そうなると,過去の事例から見て日本は敗訴し,巨額の巨額の賠償を支払わざるを得なくなるでしょう。
それどころか,農業のモノカルチャーによって,生物多様性,食文化の多様性を失い,
食物からは栄養,味,質が失われます。
現在,TPPへの参加を主張している政治家は,TPPに潜むこのような危険についてはほとんど無知だと思います。
食と命の安全,日本の農業を守るためにも,TPPへの参加は阻止する必要があります。
(注1)タネに関する問題は,朝日新聞の電子版「Globe」に連載されています。ただ,朝日新聞では,遺伝子組み換えやハイブリッド種
の開発は,食糧増産に有効であるかのような論調できじを作っていますので注意が必要です。
http://globe.asahi.com/feature/081103/01_1.html を参照。
(注2)ヴァンダナ・シヴァ「危機に瀕する『たねの自由』」『世界』(2012年12月号):221-229ページ。
(注3)ヴァンダナ・シヴァ氏の記事に対する「解説」。上記『世界』:230-231ページ。
2012年12月16日の衆議院総選挙ではTPP(環太平洋パートナーシップ)への参加が一つの争点となっています。
TPPに対して農業団体は,安い輸入農産物が日本農業が壊滅させると警戒しています。
しかし,農業の自由化を求めるTPPには,貿易の他にも重大な危険が潜んでいます。
以前,「青臭いトマトはどこへ-ナチュラルシードを残そう-」(2012年4月21日投稿分)で,現在の日本の農業の現状をタネという
観点から書きました。
現在,日本で栽培されている農産物(米を除く)のタネの99%は海外からの輸入です。
この中には,日本の種苗会社(サカタ,タキイなど)が海外でタネの栽培を委託し,それを輸入した分も含まれます。
しかし,世界全体では,種苗販売のビッグ3であるモンサント(米),デュポン(米),シンジェンタ(スイス)が世界のタネの4割を
占めています。
中でも,化学薬品メーカーだったモンサントは売上高において群を抜いて巨大です。
モンサントは米政府と一体となって,世界でタネの特許登録,交配による雑種(ハイブリッド)と遺伝子組み換え種子の開発を強力に
推し進めています。
これらの分野で優位に立っているモンサントは将来,名実ともに世界の農業を支配するかもしれません。
残念ながら,日本の種苗会社のシェアは,世界規模ではほとんど無視し得る程度です。
しかも,これら巨大企業は各国の種苗会社を次々に買収しています。
日本の種苗会社も,いつ買収されるかわかりません。
上記の3大種苗会社は,遺伝子組み換え,またハイブリッドのタネを作り続けています。
遺伝子組み換えのタネから栽培された野菜は本拠地のアメリカでも「フランケンシュタイン・フーズ」と呼ばれ,一時市場から撤去
されました。
しかし,これらの企業は単にタネの開発をするだけでなく,世界のタネの遺伝子情報を特許として独占化を図りつつあります。
TPPを導入すると,関税障壁によって保護されている日本の農業は大きな痛手を受けるでしょう。
しかし,TPPに潜む危険は,たんに貿易の不利益だけではありません。
モンサントによって,農民が自分の作る農産物のタネを自家採取する自由が奪われている悲惨な実情をインドの事例から見ることが
できます。
インドでは伝統的に,農家が自家採取したタネで農業をおこなってきました。
しかし,2000年ころから,種苗会社から品種改良を重ねたタネ(ハイブリッド)を買って大量生産する農業へ転換し始めました。
こうしたタネは,値段も高くても収穫が多く,害虫にも強いと宣伝されています。
その反面,品種改良されたタネで栽培された作物から採取したタネを翌年に植えても,同じように収穫することはできません。
なぜなら,これは人工的に作られた一代雑種で,その子孫は同じ性質を持たないからです。
こうして,ハイブリッドのタネを使っている農家は,毎年,種苗会社からタネを買うことになります。
現在,インドでは自家採取のタネと種子全体のハイブリッドが半々となっています。
しかし,インドでは,作物の交配によるハイブリッド種だけではなく,遺伝子組み換え作物も大規模に取り入れてきました。(注1)
これらは,農産物の質(栄養価)よりも量を重視する「商品」としてしかみていません。
インドでは,しばしば,タネと肥料をセットで買うことが義務づけられています。
その結果,何が起こったのでしょうか。
インドの,自立的経済再建運動の理論的,哲学的リーダーのヴァンダナ・シヴァ女史は,インドの悲惨な状況を訴えています。(注2)
インドでは,この20年の間,急速にタネの多様性は失われ,遺伝子組み換えトウモロコシ,ダイズ,タナネ,ワタという基幹農作物の
作付け面積が増大しました。
インドの綿の在来品種は,遺伝子組み換え綿と交雑して絶滅してしまいました。
インドには,1500種の綿が存在していましたが,現在作付けされている綿の95%はモンサントが販売しロイヤルティを徴収する
遺伝子組み換え綿です。
同じことは,トウモロコシでも起こっています。
つまり作物のモノカルチャー化(画一化)です。
ヴァンダナ・シヴァは次のように訴えます。
「すべてのたねは,何千年の進化と何世紀にもわたる農民の品種づくりの賜物です。たねは,大地の知恵と農村社会の知恵の精粋です。
農民は,多様性,復元力,味,栄養,健康,地域の農業生態系への適応を目指して品種づくりをしてきました。
工業的育種は自然の貢献と農民の貢献を無視しています」
恐ろしいのは,自分たちの開発したタネだけでなく,在来種までも特許の対象として登録し,種苗会社の「知的所有権」の対象にしよう
としています。
これらの裏付けとなるのが,日本も参加している「世界貿易機関」(WTO)の「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」です。
この協定によれば,特許保有者は,いかなる人に対しても特許取得製品の生産・販売・頒布・利用を禁止することができます。
それだけでなく,特許種子を使う農民から多額のロイヤルティを聴衆できるのです。
種子特許は,タネを保存し分かち合う農民の権利を「盗取」,「知的財産に対する犯罪」としてしまいました。
こうして,現行のWTOの協定が維持される限り,世界の農業は少数の種苗会社に支配されてしまいます。
この協定は1991年に結ばれ,1995年に見直しされる事になっていましたが,WTOはなし崩し的に見直しを延ばし,現在までそのまま
です。
インドやアフリカ・グループは,生命体を特許の対象とすることに反対する声明書を準備していましたが,これは現在まで実現して
いません。
さて,問題は日本ですが,生活クラブ連合会の清水氏によれば,一人当たりの遺伝子組み換え作物の消費量は世界一ではないかと,
述べています。(注3)
その90%がモンサント社が販売する種子から作られています。
しかし,特定の条件がそろえば「遺伝子組み換え」表示をしなくても良いのです。
たとえば,日本のナタネ油の90%はカナダ産ですが,カナダのナタネは事実上すべて遺伝子組み換えです。
しかし,最終製品でその遺伝子が検出されなければ,遺伝子組み換えを表示義務はありません。
このほか,家畜飼料として遺伝子組み換えトウモロコシや大豆を食べて育った家畜,牛乳は卵にも表示義務はありません。
現在,「世界保健機関」(WHO)と「国連食糧農業機関」(FAO)の合同委員会が,遺伝子組み換えの安全性を審査する事が国際
ルールになっています。
ところが,この委員会のアメリカ政府代表の中にモンサント社の社員が入っています。
この委員会は,モンサント社などの開発会社の書類をチェックするだけなのです。
日本と同様の遺伝子組み換え表示を実施しているニュージーランド政府に,モンサント社は,貿易障壁であると主張して撤廃を求めて
います。
日本がTPPに加盟すると,間違いなく,アメリカンの政府と一体となってモンサントなどの種苗会社は同様の圧力をかけてくるで
しょう。
モンサントは,この表示を貿易障壁であるとして,相手国政府を国際法廷に訴えることができます。
そうなると,過去の事例から見て日本は敗訴し,巨額の巨額の賠償を支払わざるを得なくなるでしょう。
それどころか,農業のモノカルチャーによって,生物多様性,食文化の多様性を失い,
食物からは栄養,味,質が失われます。
現在,TPPへの参加を主張している政治家は,TPPに潜むこのような危険についてはほとんど無知だと思います。
食と命の安全,日本の農業を守るためにも,TPPへの参加は阻止する必要があります。
(注1)タネに関する問題は,朝日新聞の電子版「Globe」に連載されています。ただ,朝日新聞では,遺伝子組み換えやハイブリッド種
の開発は,食糧増産に有効であるかのような論調できじを作っていますので注意が必要です。
http://globe.asahi.com/feature/081103/01_1.html を参照。
(注2)ヴァンダナ・シヴァ「危機に瀕する『たねの自由』」『世界』(2012年12月号):221-229ページ。
(注3)ヴァンダナ・シヴァ氏の記事に対する「解説」。上記『世界』:230-231ページ。