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大木昌の雑記帳

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激変する世界と日本再生の道(1)―「失われた30年」と「日本の没落」-

2025-06-07 11:24:28 | 経済
激変する世界と日本再生の道(1)
―「失われた30年」と「日本の没落」-


現代の日本は、激動する世界と国内の中で、これから進むべき確固たる道を定めることが
できないまま、揺れ動き翻弄されています。

この状態は、国家としても個人としても同様で、さながら荒波の中を羅針盤なき航海を続
けているようです。

筆者の表現を使うと、現在の日本は国家の「大きな物語」も個人個人の「小さな物語」も描
くことができないでいる、という状況です。

今回から、日本はどのような道を進むべきかを考えてみたいと思います。そのための手掛か
りとして、以下の寺島実郎氏の2冊の著作を取り上げ、紹介しつつこの問題を考えてゆきま
す。

① 寺島実郎『日本再生の基軸―平成日本の晩鐘と令和の本質的課題』岩波書店。2020
② 寺島実郎『21世紀未来圏 日本再生の構想:全体知の時代認識』岩波書店。 2024

寺島氏の上記2冊の著作を取り上げたのは、私も同感することが多いからです。上記2冊のうち
②は①の4年後に出版されており、そこには視できない状況の変化があります。

その変化については次回以降に書きますが、両者のタイトルに「日本再生」という言葉がある
ことからも分かるように、寺島の関心が「日本再生」という課題にあることに変わりはありま
せん。

ただし今回はまず①の『日本再生の基軸―平成日本の晩鐘と令和の本質的課題』だけを取り上
げます。この著作は、最初に平成の始まりの1989年から令和元年の2019年の30年間の世界と
日本の現状を整理して、公判で「日本再生の基軸」を議論しています。

本の中身に入る前に、寺島氏について簡単に紹介しておきます。寺島氏は1947年8月生まれ、
現在77才、多摩大学学長・教授、一般財団法人日本総合研究所会長、一般社団法人寺島文庫の
代表理事などを務めています。

彼は大学卒業後三井物産に入社し、ワシントン事務所長などを歴任し、現在は国際関係、経済、
社会問題などをテーマに、著書、講演、メディア出演などを通じて発信しています。

寺島氏はしばしばテレビのコメンテータとしても登場しますので、ご存じの方も多いかと思いま
す。また、東京MXテレビとYoutube で「世界を知る力」講演シリーズを2020年から25年6月
まで毎月一回更新し、現在56回、他に「対談」シリーズを33回放映しています。

しかも、「世界を知る力」の1回1回、分かり易いデータと要約を記したフリップを準備してお
り、密度の濃い説得力のある講演となっています。Toutube ではいつでもみることができま
すから関心のあるかたは是非見てください。

寺島氏の議論の進め方の大きな特徴は、常に歴史的な流れの中で全体状況を整理し、その上で
個々の問題の評価を行う、という手法を一貫して採っていることです。

まず、平成から令和への30年とはどんな時代であったかを、彼に従って見てみましょう。

平成のスタート1989年11月にベルリンの壁が崩壊し翌12月には米のブッシュとソ連のゴルバチ
ョフ首相との間で、「冷戦の終焉」宣言が行われました。

そして、1991年にはソ連が崩壊し、名実ともに政治経済システムとしての自由主義・資本主義
体制が世界の主流となりました。ただし、これをもって、資本主義が社会主義に“勝った”と断定
することはできません。

こうしてみると、平成の始まりは、戦後の世界政治体制が大きく変わったタイミングだったので
す。

一方の西側の資本主義諸国では「金融革命」と金融資本主義の肥大化(IT革命と金融工学が貢献)
が進行し、1999年以降には金融工学を駆使した金融商品が市場に出回ります。

同時に、国家干渉を可能な限り排除し、経済を市場の動きに任せるべきだという「新自由主義」の
主張が世界経済に大きな景況を与えるようになりました。

しかし、物作りで経済を潤すのではなく、金融商品の売買で経済を動かそうとする金融資本主義は、
実体経済とは関係ない投機資本主義(もっと露骨に言えば「ギャンブル経済」)の要素をもっており、
その「危うさ」と「虚構性」を含んでいます。

その虚構性がはじけたのが2008年の「リーマンショック」でした。それでも金融資本主義は後戻り
できず進行し続けました。

こうした風潮は、ミルトン・フリードマンが提唱し、1980年代の思潮となった「新自由主義」という
考え方で、「規制緩和、福祉削減、緊縮財政、自己責任」を基調としています。

これは、王政と戦った古典的自由主義とは異なり、国家が介入することに反対します。しかし、「リー
マンショック」後には、破綻の影響があまりに大きかったので国家が介入するようになりました。

「金融革命」に続いて「IT革命」(「デジタル革命」)が起きました。これは冷戦後の軍事技術の民生
転用で、冷戦期 ソ連からの核攻撃で中央制御のコンピューターが破断されるリスクを回避するため、
「開放系・分散系の情報ネットワーク技術」(1969 ARPNET)が民生用のインターネットとして世界に
広まりました。

この技術は1989年には学術ネットへ技術解放され、この年は「インターネット元年」と呼ばれ、1990
年代には、今やなじみのあるアップル、マイクロソフト(ウィンドウズ3.0)、アマゾン(1994年)、
グーグル(1998年)などの、いわゆる巨大テック企業が設立されました。

2019年3月(令和元年)のGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソ
フト)の株式時価総額は4.0兆ドル(約440兆円)に達しました。

金融と情報革命は、先進国では製造業が海外へ転出したり、海外製品の輸入によって国内では職を奪わ
れる労働者を生み、あるいは国内製造業の衰退を招きました。

こうして、一方でITや金融で豊かになった富裕層と、欧米では移民労働者の流入も加わって、職を奪
われた貧困層の二極文化と格差の拡大がみられました。

では日本にとっての平成の30年とは何だったのでしょうか?

平成の初頭から世界で始まった「金融革命」と「IT革命」、そして「新自由主義」は日本経済をも大き
く変えました。

日本では1980年代末に、いわゆる「バブル経済」で地価が高騰し、1978年には東京圏で前年比76%、
88年には69%上昇しました。

ところが1990年をピークとして「バブルがはじけ」、以後地価は急激に下落(商業地76%、宅地48%)
しました。

土地の売買と同時に、そして株への投資ブームが起こりました。つまり、日本ではバブル期にだぶついた
資金が土地と株に向かったのです。

こんな状況が続いた後、平成は株価のピークアウトから始まりました。平成元年(1989)の年末の日
経平均株価は3万8915円でしたがその後、急落し、リーマンショック後の2009年には何と6994円まで、
わずかの間に七分の一まで下落してしまったのです。

その後、“異次元の金融緩和で株価を上げる”ことを目論んだ「アベノミクス」(金融政策に依存した人為的な
調整インフレ)で株価だけは2万2000円まで上げましたが、金融政策に極端に依存した景気浮揚政策は
経済の歪みをもたらし、実態経済にかえって害を与えていることが次第に明らかになりました。

すなわち、「異次元の金融緩和」の方針のもと、政府は異常な量の資金を市中に流し、行き場のない資金が株
に向かい、実体経済の裏付けがないまま株価だけが上昇する、という非常に不健全な経済状態が安倍政権下で
続いたのです。

他方、プラザ合意(1985)により、1984年の1ドル251円から86年には160円の円高に進みま
した。この時、いくつかの日本企業がアメリカの不動産を買いあさりましたが、それらの多くは不良物件をつ
かまされ、後で安く買いたたかれ大損をしたという苦い経験があります。

先に令和元年の時点でアメリカのGAFAMの株式時価総額は4.0兆ドル(約440兆円)にまで成長した
ことを述べました。これに対して、「モノつくり国家・日本」を代表するトヨタ自動車はわずか21兆円、日立
作所は3兆円、新日鉄住金(現・日本製鉄)2兆円という金額が平成30年間の実績です。

以上が、寺島氏が「日本再生の基軸」を論じようとするための前提として、平成の30年間に起こった出来事
を私見も交えて整理したものです。

以下に、寺島氏の記述に関連して、私自身が重要だと考える2、3の点を補足しておきます。

一つは、寺島氏は指摘していませんが、日本がバブル景気に沸いていたさ中、国内のだぶついた資金は、他に
有望な投資先がないため土地と株に流れていったのですが、アメリカではIT技術に関する研究開発とそのた
めのインフラ整備への投資を国家と企業を挙げて進めていたことです。

私は、この違いが後に日米両国の経済力に大きな差を生んだと考えています。というのも、地価と株価がいく
ら上がっても、それは将来の産業の「種」となって日本全体の産業・経済を発展させる原動力にはならないか
らです。

二つは、日本でも平成の初めから「金融革命」と「IT革命」(デジタル革命)の波に洗わましたが、その基本
技術(システムやアプリ)は日本が独自に開発したものではなく、ほとんどがアメリカの巨大テック企業が開
発したものを有料で加工・利用したものだったことです。

実際、現在日本のITの水準は世界の中で圧倒的に立ち遅れ、たとえばアメリカとの間だけでもITアプリ(例
えばクラウドやAIアプリなど)の利用料の支払いが毎年6兆円以上もの(「デジタル赤字」となっています。こ
の金額は2025年には10兆円という巨額に達するという予測もあり
ます。

以上は、主として経済に着目した平成の30年の状態でしたが、この間の日本経済を「失われた30年」とも呼
ばれています。

「失われた30」という場合、引き合いに出される指標の一つは労働者の実質賃金で、この間ほとんど横ばいかむ
しろ減少しています。

また、今からおよそ30年前、1990年の東京証券取引所は1月4日の「大発会」(年頭の取引)から日経平均株価がい
きなり200円を超える下げを記録しました。

1989年12月29日の「大納会」でつけた史上最高値の3万8915円87銭から、一転して下げ始めた株式市場は、その
後30年が経過した今も史上最高値を約4割ほど下回ったままです。長期的な視点に立てば、日本の株式市場は低迷
を続けていると言えます。

その間、アメリカの代表的な株価指数である「S&P 500」は、過去30年で約800%上昇。353.40ドル(1989年末)
から3230.78ドル(2019年末)へと、この30年間でざっと9.14倍に上昇した。かたや日本は1989年の最高値を30
年間も超えることができずに推移しています。

マクロ経済的に見ると、日本の名目GDPは1989年度には421兆円だったのが、30年を経た2022年には557兆円に
なっています(米ドル建てで計算。1989年はIMF、2018年は内閣府推計)。一見すると国内総生産は順調に伸び
てきたかのように見えますが、世界経済に占める日本経済のウェートを見ると、その凋落ぶりがよく見て取れま
す。
●1989年……15.3%
●2018年…… 5.9%(2024年では3~4%と予測されています)

アメリカのウェートが1989年の28.3%(IMF調べ)から2018年の23.3%(同)へとやや低下したのに比べると、日
本の落ち込みがいかに大きいかがわかります。その代わり中国のウェートは2.3%(同)から16.1%(同)へと急上
昇し、新興国や途上国全体のウェートも18.3%から40.1%へと拡大しています。

日本の国力の低下は明らかです。日本の「失われた30年」を的確に示している指標には日本全体の「国際競争力」
や日本企業の「収益力ランキング」があります。

例えば、スイスのビジネススール「IMD」が毎年発表している「国際競争力ランキング」では、1989年から4年間、
アメリカを抜いて日本が第1位となっていましたが。それが2002年には30位に後退し、2024年には中国、韓国より
ずっと低い38位に転落しています。

こうしが現実を、寺島氏は「日本の埋没」と表現しています。

それでは、「日本の埋没」という現実を踏まえたうえで、どのように「日本の再生」を考えているのか、次回は2020
年の著作の後半で見てゆきます。


(注1)『東洋経済 ONLINE』 2020/01/26 8:00  2025.6.6 閲覧
    https://toyokeizai.net/articles/-/325346?display
    『日本経済新聞』電子版 2024年6月18日 20:08 2025.6.6閲覧
    2024年6月18日 20:08
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新緑の間に咲く藤の花                                        初夏を代表するツツジ
  


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トランプ大統領の関税政策(3)―「完全に狂っている」「支離滅裂だ」―

2025-05-04 12:31:10 | 経済
トランプ大統領の関税政策(3)
―「完全に狂っている」「支離滅裂だ」―

今や世界はトランプ大統領の関税政策に関する言葉に翻弄され、困惑し振り回されて
います。

今回の関税政策は、増加する米国の貿易赤字を解消し、国内から消えてしまった製造
業とその労働者の雇用を再びアメリカに取り戻すことが主眼です。

これこそがトランプ氏が支持者を惹きつけ、「アメリカを再び偉大に」というスロー
ガンの実現にとって不可欠の重要な要件です。

まずトランプ氏は、全ての輸入品へ課される一律10%の関税と、それに上乗せする、
製品ごと・国ごとに異なる20%~46%という前例のない高率の「相互関税」とい
う名の追加関税を課す、と一方的に宣言しました。

アメリカは自由貿易を先頭に立って推進してきたことを考えると、このような保護貿
易主義を臆面もなく前面に出す政策を打ち出したことは大きな驚きです。

ただしトランプ氏は、4月9日に実施するとしていた「相互関税」を直前になって90
日停止すること、その間に、希望すれば交渉(ディール)に応じると発表しました。

こうした事情のため、トランプ氏の関税政策が世界経済にどのような影響をあたえる
のかは、90日が過ぎた7月9日以降にならなければ分かりません。

それでも、すでにさまざまな影響がすでに出ていますが、それについては後で検討す
るとして、その前にトランプ氏の関税政策の理論的背景と思われれる、スティーブン
・ミラン氏の論文(“A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System”「世
界貿易システムの再構築に関するユーザーガイド」”)をみてみましょう。

トランプ米大統領は、米国産業が世界の貿易システムにおいて不公平・不均等な立場
に置かれていると強い不満をもっていました。その原因の究明と解決策として依拠し
たのがミラン論文だと言われています。

ミラン論文によれば、米国における経済的不満の根源はドルの持続的な過大評価(ド
ル高)と他の国の相対的な通貨安という貿易条件にある(たとえば対ドル円安)。

過大評価されたドルは、米国の輸出競争力を低下させ、輸入品を安価にし、製造業を
不利にしている。たとえば中国との貿易拡大により2000年から11年の間に米国の製造
業の雇用を60万から100万減らし、より広く見ると貿易によって失われた雇用は200万
に迫るという。

ドルの持続的な過大評価の背景には、基軸通貨としてのドルには米国が提供する世界
的な準備資産の役割がある。

米経済学者ロバート・トリフィンによれば、米国は経常収支赤字を通じて基軸通貨を
提供し続ける必要がある。この結果、米国は輸入を増加させ、貿易不均衡を助長して
いる、ということになる。

基軸通貨としてドルが過大評価されているのは、安全保障と密接に関連している。つ
まり、米国が世界的な防衛体制を提供する代わりに、他国は米国債を購入し続ける。
これにより、ドルの地位が強化される(ドル高が維持される)一方、製造業の競争力
が損なわれている。

関税は、貿易および安全保障の両面において、世界からより有利な条件を引き出すた
めの交渉上の優位性を作り出す。米国市場へのアクセスは特権と見なされ、公平な貿
易条件を求める交渉を強化する手段として関税が用いられる。

関税の適用により、報復関税の影響が懸念されるものの、米国は強力な消費市場と資
本市場を背景に、競争力を維持しやすい立場にある(注1)。

筆者にも多少分かりにくい点もありますが、ミラン論文の関税にかんする要点は、輸
入を減らし製造業の競争力を強化するために、公平な貿易条件を求める交渉を強化す
る手段として関税が用いられる(べきであう)、という主張です。

しかし、こうした主張にはいくつもの問題があります。まず、アメリカの製造業の競
争力が衰退しているのは事実ですが、それは、本質的にはアメリカの製造業における
技術革新が遅れていることが根本的な問題です。

製造業では、たとえば中国とくらべて米国で衰退する低技能産業だけでなく、米中が
主導権を握ろうとしのぎを削る高技能産業でも同様の傾向が見られます(注2)

つぎに、アメリカが不利な貿易条件に置かれている一つの大きな理由としてミランは
「ドルの過大評価」、つまりドル高を挙げています。つまりドルが基軸通貨であるため、
国際的に準備資産として需要があるから、避けることはできません。

さらにミランは、基軸通貨の維持を安全保障と関連させ、米国が世界的な防衛体制を
提供する代わりに関税で一部を取り返し、もう一つの他国は米国債を購入させること
を主張しています。ところが、これによってドルへの需要が高まり、再びドル高にな
ってしまいます。

こうしてミランの主張は、基軸通貨ドルを発行するアメリカは国際貿易において不利
になるので、その分を関税で取り返すということに繋がってゆきます。

しかし、その一方で、ドルに代わる基軸通貨を作ることは絶対に許さない、とトラン
プ氏は公言しています。というのも、世界の基軸通貨を発行しているといことは、世
界の覇者としての地位を象徴するものだからです。

ところで、トランプ氏はアメリカの貿易赤字を強調し、それを転換するために高関税
を課すと言っていますが、そもそも彼が言う「貿易赤字」とは、自動車や機械、電気
製品など「物(財)」の貿易における輸入超過だけです。

しかし、国と国との経済においては、「財とサービス」の両方を見る必要があります。
たとえば、日本はアメリカとのデジタル・サービスにおいて巨額の赤字を出していま
す。

これは、日本にはITのプラットフォーマーが存在しないので、通信や検索、クラウ
ド、AIなどのデジタル・サービスの利用には全てGAFAMと呼ばれるアメリカの
IT企業に利用料を支払っています。

2024年度に日本は対米デジタル赤字は6.7兆円に達し、これはこの10年で倍
増しています。これに対して自動車と自動車部品の対米輸出額は7兆2000億円で
した。おそらく近い将来、これも自動車やその部品の金額を抜くでしょう。

ITやデジタル・サービスに加えて、金額は明らかにされていませんが、アメリカは
日本の金融市場からもかなりの利益を得ているはずです。

アメリカは、日本との貿易で常に赤字であることを強調して、関税を含めてさまざま
な要求をしてきますが、上記のようなサービスと金融を意図的に隠しているように思
えます。

ところで、トランプ氏の高関税政策は、現在までアメリカ経済にどんな影響をあたえ
ているのでしょうか?また、果たして思惑通り貿易赤字を減らし、国内の製造業を再
建することに寄与するでしょうか?

トランプ氏の関税政策がコロコロ変わるため、世界の経済界は将来的に不確実性と不
安定を嫌い、米国経済に対する信頼性に大きく疑問を持ち始めています。

実際、世界の市場では関税によって貿易は縮小し、アメリカ経済の景気が悪化すると
の見込みから、株価が急落しました。

通常、株価が下がるとき、安全資産として債券、特に長期国債が買われます。しかし、
トランプ関税はインフレを引き起こす要因であるから、インフレ懸念が投資家に債券
購入を躊躇させています。景気が悪化して、物価が上がるスタグフレーションが懸念
される状況です。

このため米国債の「投げ売り」が世界に連鎖、各国長期金利が急上昇しています。国
債とはその国の信用度を示す一つの指標ですから、国債が投げ売りされるこというの
は、その国の信頼性が売られる(失う)ことを意味します。

また、米国の中長期的な成長見通しも低下してドル安要因になっています。ドルはも
はや安全資産ではなく、危険資産として敬遠されて、その代わり金価格が4月から上
昇しています。

こうして、トランプ氏の追加関税(相互関税)の導入が発表されると、アメリカ経済
では株価の下落、債券の下落、ドル安(為替の下落)の、いわゆる「トリプル安」が
起こってしまいました。

これは、トランプ氏の関税政策にマーケットが激しく失望し、「ノー」を突き付けたこ
とを意味します。

小国ではなく大国でトリプル安が生じることは珍しいことです。さすがに、強気のト
ランプ氏もこの事態をみて、4月9日に発動した相互関税を13時間後には90日停
止せざるをえなかったのです。

トランプ氏が地球規模で発動した「相互関税」により米国を含めた世界経済に深刻な
影響が出るのは必至です。イギリスのスターマー首相は直ちに「貿易戦争に勝者はい
ない。既存の貿易関係を強化する協定の交渉は継続しており、英国にとって最善の協
定を勝ち取るために全力で戦う」と、闘うことを宣言しました。

また、米国内においても、税制政策を専門とする米ワシントンの超党派NPO(非営利
団体)「タックス・ファウンデーション」のアラン・コール氏(税制政策を専門とする
米ワシントンの超党派NPO(非営利団体)は4月3日付ブログで次のように批判してい
ます。

    貿易赤字に課税すれば貿易赤字は減るかもしれない。しかし関税は為替効果
    や外国からの報復措置によって長期的に輸出を減少させる傾向がある。トラ
    ンプ氏が米国の貿易赤字を解消するという目標を達成することは不可能だろ
    う(注4)。

また、ノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者ポール・クルーグマン氏は4月2日、
自らが配信するニュースレターで、トランプ米大統領が発表した相互関税を「完全に狂
っている」と猛批判しました。

トランプ氏の関税引き上げに関する矛盾点も指摘し「イエスマン」で固められた第2次
トランプ政権の危うさに警鐘を鳴らしています。

クルーグマン氏は相互関税について「関税率が誰もが予想していたよりも高いだけでな
く、貿易相手国について虚偽の主張をしている」と批判しました。その例としてトラン
プ氏は欧州連合(EU)が米国製品に39%の関税を課しているとしているが、実際は
3%未満であることを示しています。

クルーグマン氏は相互関税発表前の2日午前には「狂気の中に秩序を探すのはやめよ」と
のタイトルでトランプ関税の矛盾点を指摘していました。というのも、トランプ氏は関税
引き上げについて、①外国企業が関税コストを吸収するため、米国内で物価は上昇しない、
②米国の消費が、輸入製品から国内製品に大きくシフトする③巨額の関税収入が得られる
――という現実にはあり得ない3つのバラ色のシナリオを前提としているからだという。

その上で、トランプ政権の関税引き上げについて「完全に支離滅裂だ」と批判。トランプ
関税の背景について分析するのは「時間の無駄だ。解説すべき内容が何もないからだ」と
切り捨てています(注5)以下に、筆者なりの解釈を示しておきます。

まず、①と③は全くの見当違いで、トランプ氏は、関税を払うのは外国の輸出企業である
と考えており、それは米国の追加収入となると考えていますが、事実は米国の輸入企業が
負担するものです。したがって当然、米国内の物価は上昇し、インフレが進行します。

さらに、外国企業が払う関税収入をもって米国民の所得税をゼロにする、というトランプ
氏の主張は絵空事です。

また②の、海外からの輸入品が減るか止まれば国内製品にシフトする、という点もあり得
ないと思います。というのも、すでに製造業が壊滅状態にある米国が、輸入品に代えて国
産品で賄うことは、少なくとも短期的には不可能です。

たとえば、アメリカのトランプ政権による中国への関税145%はアメリカの中小企業にも打
撃を与えています。中でもおもちゃ業界では早くも“クリスマス危機”が迫っているという。

たとえば、おもちゃ店内に並ぶ85〜90%は中国からの輸入だという。 アメリカおもちゃ協
会が4月18日、会員に実施した緊急アンケートの結果を公表しました。それによると業界の
96%を占める小〜中規模のおもちゃ店(410社)の半数近くが「数カ月以内に廃業する」と
回答しています(注6)。

おもちゃは、経済の一部にすぎないかも知れませんが、これは象徴で、「モノツクリ」を事
実上放棄して、国の経済の柱をITと金融と兵器に依存しているアメリカが、広く民生用の
製品を国内産で賄うことは現実的には可能ではありません。

さすがに、トランプ政権の関税措置について国内の物価上昇につながるとの懸念がある中、
ニューヨーク州など12の州は国民の負担が増すことでアメリカを不況に陥らせるわけにはゆ
かないなどとして停止を命じるよう求める訴えを4月23日に起こしました(注7)。

トランプ政権とトランプ関税は、攻勢に出ているように見えて、実は追い詰められているのです。

次回は、トランプ関税にたいして日本はどのように対応しているのか、またしてゆくべきなのかを検討します。

(注1)『週刊エコノミスト』電子版(2025年4月18日)5,1閲覧。
    https://weekly- economist.mainichi.jp/articles/20250506/se1/00m/020/054000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=maileco&utm_content=20250421
    これは、ミラン論文の要約版(日本語)で、より詳細な説明は、日本総研のホームページ
    (https://www.jri.co.jp) から2025年4月9日の記事を参照
(注2)JBpress (2025.4.6(日)4.30 閲覧) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/87575
(注3)第一生命研究所 2025.04.23の記事。https://www.dlri.co.jp/report/macro/435648.html
    『ブルームバーグ』(日本)(2025年4月9日 16:05 JST 5.2閲覧)
     https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-04-09/SUFR9ST0G1KW00
(注4)(注2):およびJIJI.COM 2025年05月02日08時23分配信 同日閲覧。https://www.jiji.
    com/jc/article?k=2025050100675&g=int&utm_source=piano&utm_medium=email&utm_
    campaign=8697&pnespid=p.aQzpVO8LvZo6GqtEawu6ERtBMXsjUsiQcvAxY2tV
    KVQZqW6qlIiPwpwYv5ohM1dYWhTf0y。
(注5)『毎日新聞』(電子版)(2025/4/3 12:52(最終更新 4/3 12:52。 4月10日閲覧)
    https://mainichi.jp/articles/20250403/k00/00m/020/103000c
(注6)『YAHOOニュース』 4/23(水) 12:02配信 同5月2日閲覧
https://news.yahoo.co.jp/articles/59432a5a52cb491b4f19e536bef66c5832202dab
(注7)『NHK WEB NEWS』(2025年4月24日 14時46分 5.2閲覧)
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250424/k10014788311000.html
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初夏の到来を告げるツツジの花が満開                                 新緑の木々の間にフジが花を咲かせます 
 



 

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日本社会の地殻変動(6)―「強欲インフレ」が家計を圧迫―

2024-07-02 05:17:16 | 経済
日本社会の地殻変動(6)
―「強欲インフレ」が家計を圧迫する―


私は、アベノミクスがこれほど家計を苦しめることになろうとは想像もしていませんでした。

これまでは、日本の経済がどうなるのかという、どちらかといえば自分とは直接関係のない日
本経済全般の問題として考えていることができましたが、今や、現実は私たち一人一人の家計
への圧迫、という形で襲ってきます。

日本経済全般の問題としては、前回も書きましたが、アベノのミクスにより、裏付けのないお
金が市場にばら撒かれ、日本は「お金じゃぶじゃぶ」という状態になっています。

これは当然、円の価値と信頼性を大きく損ない、それが超円安もたらし、輸入品物価の高騰、
とりわけエネルギーの9割、食料の6割以上を輸入に依存している日本では、人びとはあらゆ
る生活物資の高騰に悩まされています。

これは、「輸入インフレ」とも言われていますが、最近、長引く物価高は、企業による必要以
上の値上げが要因との見方が出ています。それはどういうことなのでしょうか?

欧米では、企業がコスト増加分を上回る値上げで収益を拡大させた一方、賃金に十分還元して
いないことから生ずるインフレを、「強欲インフレ」(Greed Inflation)と呼んでいます。

つまり、物価の基となる主要なコスト(人件費と原材料、エネルギー)は確かに上昇していま
すが、企業はその上昇分を上回る値上げを製品価格に上乗せしているというのです。

これは、いわゆる「輸入価格があがっているから仕方がない」という世間の一的な空気に便乗
した、いわゆる「便乗値上げ」です。

ただし、「強欲インフレ」とは、この「便乗値上げ」のことだけではではありません。

これにより当然、企業の利益は増加します。問題はその後です。増加した利益を社員に分配せ
ず、したがって給与を上げるのではなく、そのまま企業利益として留保てしまうことです。

こうした企業行動が「強欲インフレ」として欧米で広がり、非難をあびてきましたが、物価上
昇の内容を分析した専門家によると、日本も同様の状況に陥りつつある、とのことです。

SMBC日興証券の集計によると、東証株価指数(TOPIX)に採用される上場企業の2024年3月
期決算は、最終的なもうけを示す純利益の合計額が計48兆円余り。3年連続で過去最高益を更
新する見通しとなりましたが、それに見合った賃金の上昇はありませんでした。

5月末の金曜日、スーツ姿の人が行き交うJR新橋駅前のSL広場での街頭インタビューで、30
代女性会社員は、「食品は値上がりしたが給料は上がっていない。景気は悪いと感じる」(東
京都千代田区の会社員)と答え、60代の男性会社員は、「スーパーで買うお菓子の容量や個
数が減った」と答えています。

働く人たちは物価高の厳しさに口をそろえた半面、連合総研の4月の調査で、賃金が物価より上
がったと答えた働き手はわずか6%台にすぎません。ということは、国民の94%は、賃金の上
昇は物価の上昇に追いついていない、したがって、家計は苦しくなっています。

こうなると、消費は伸びず、景気の下押し要因となってしまいます。

元日銀理事でみずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミストの門間一夫氏は、
23年の物価高を「企業は値上げで増やした収益を懐に入れ、賃金の方にはあまり波及しなかっ
た」、そして物価高に賃上げが追いつかず「物価だけが上がるバランスの悪い状況になった」
指摘しています。

企業収益は好調で賃上げの余力はあるという見方に対し、経団連の十倉雅和会長は6月10日の
会見で、付加価値(粗利)に占める人件費の割合「労働分配率」が「世界的に低下傾向にある」
と説明した上で、各企業の人への投資について「中長期トレンドで見ていけたらと思う」と述
べました。

ここで「中期的トレンドで」とは、長い目で見てほしいと言い訳しただけでした(『東京新聞』
2024年6月13日)。

国民の多くは、円安だから価格が高騰するのも仕方がない、と無理やり自らを納得させているの
に、他方で円安と輸入価格の高騰という全体状況を口実に過剰な利益を得ている企業があること
は、国民にとって腹立たしいことです。

資本主義社会の企業にとっての第一の目的は利益を追求することだから、当然と言えば当然です
が、「中長期トレンド」でみれば、社員への分配を増やさなければ国全体の消費は伸びず、ブー
メランのように各企業の売り上げをも減らしてしまいます。

『女性自身』(電子版 2024.5.10)は円安の家計への 打撃について次のように書いています。

円相場は、2024年初の1ドル140円台から最近の160円台まで、5カ月ほどで10%以上下落して
います。これは輸入にかかるコストが10%増えることを意味します。

「日本の輸入総額は年100兆円余り。10%の円安で、輸入コストは年約10兆円増える計算です。
問題は、これを誰が負担するのか、ということです。企業は商品価格に転嫁するので、結局は消
費者が払うことになるのです。

おおざっぱな計算ですが、約10兆円の負担増を1億人の国民で賄うと、1人あたり年間10万円と
なります。

乳児から高齢者までが一様に一人当たり10万円とは相当な打撃です。これは、いわゆる“悪いイ
ンフレ”の段階に入ったと言えます。

もちろん、実際には、負担増を企業努力で吸収している分もあるでしょうし、全て価格に転嫁
しているとは限りませんので、個々人(個々の家計)の負担増が上記のような金額になるとは限
りません。

しかし、構造としては国民が何らかの形でこの負担増を賄って行かなければなりません。

もし、この負担を根本的に減らしたければ、輸入の多くを占めるエネルギー(石油や天然ガス)
や食料その他の製品の輸入を減らし、国内自給率を高めるしか方法はありません。

しかし、家計へのダメージはそれに留まりません。

円安による物価高がお金の価値を低下させ老後資金が目減りします。現在の貨幣価値の下落を
少なく見積もって10%としても、従来と同じ水準の老後資金を維持するには10%多く蓄え
ておかなければなりません。

年齢にもよりますが、目減りする分を投資でカバーしようと思っても、「投資でもうかる保証
はないし金利も上がりません。個人は節約して生活防衛を計るしかありません。

円安で物価が上がると消費税が増え、賃上げで所得が上がった場合でも、所得税や社会保険料
も増えます。政府には“インフレ増税”がかなう好機だが、国民には物価高と隠れ増税のダブル
パンチです。

結論として、「円安は全方位から家計を苦しめる凶器といえよう。岸田首相に国民の困窮は見
えないのだろうか」と締めくくっています(注1)。

はっきり言えば、岸田首相には国民の困窮は見えない、と思います。

ここまで書くとお分かりのように、円安とそれに続く物価高は個々の家計にとって大きな打撃
ですが、政府には別のメリットがあります。

たとえば、『女性自身』編集部が指摘しているように、物価の高騰は消費額全体を増やし、消
費税も増えることになります。つまり、政府にとっては“インフレ増税”税収の増加をもたらす
のです。

しかし、インフレ国民は、以前と同様の消費を行うのではなく、消費を節約して減らす可能性
もあり、政府の思惑が“捕らぬ狸の皮算用”に終わりことも十分あり得ます。

ところで、元はと言えばアベノミクスによる「異次元の緩和」がもたらした円安が引き金と
なって、国民は物価高に苦しんでいるのですが、その不満の矛先が政府に向かわないように、
政府はいくつかのか価格抑制策を検討ないし実施しつつあります。

ひとつは電気・ガス代の一部補助を国が補助するというものです。これは直接に各家庭の光
熱費の軽減にはなりますが、今のところ8月と9月だけです。これで1400から1600円(月)
の軽減になると見込まれています。

もうひとつは、5月末で終了予定だった「燃料価格激変緩和補助金」(通称:ガソリン補助
金)を、延長する方針を固めています。

ただ、国民からは、これは岸田首相の選挙を念頭に置いた人気取り政策だ、と見透かされて
おり、あまり評価されていません。

こうした補助政策には、当然財源が必要です。その財源として他の目的のために確保してあ
った予算を削ったり、使い残しの予算があればそれを活用して補助の一部に向けることは考
えられます。しかし、どうやらそのような措置だけで光熱費の抑制策の財源が確保できるわ
けではありません。

光熱費やガソリン代の抑制のための財源は天から降ってくるわけではないし、地から湧いて
くるわけでもなく、まして政権党の議員が自分の個人財産を投げ出すわけではありません。

財源は私たちの税金以外にないのです。税金で足りなければ自民党の常套手段である赤字国
債で賄うことになります。

赤字国債となれば、国全体の借金が増え、それは将来、国民が税金で返済しなければなりま
せん。そうすれば、その分、福祉や教育やなど他の施策のための財源を圧迫することになり
ます。

同時に、このシリーズの前の回でも書いたように、国債の発行は市中に新たな資金を供給す
ることになり、それは一巡して円安⇒物価の高騰へつながります。

したがって、物価高騰による家庭への負担増を抑制する財源としては、国民が徹底してエネ
ルギーや食料そのたの消費を減らすか、国としては既存の計画を変更して、生活の補助に振
り替えることです。

たとえば、防衛費は2013年から5年間で43兆円という途方もない金額が予定されています。
これは明らかに、衰退している日本の経済力に不相応な支出です。

もし、予算を組み替えて国民の家計への支援を考えるなら、最初に防衛費の見直しから始める
べきでしょう。

私は、日本の経済は一般にいわれているよりはるかに深刻な状況にあると考えています。国家
レベルでみると、巨額の財政赤字をかかえており、その問題解決が非常に困難になっています。

また、国民のレベルでは、多くの家庭でも物価高と保有する財産のインフレによる目減りとい
う問題を抱えています、

そして、低所得の家庭では物価高によって家計の維持がますます難しくなってゆくことが考え
られます。

今回は詳しく書きませんでしたが、一方で物価高に悩まされ、他方で社会保険や、本来今年の
5月に終了するはずだった「復興特別税」が、6月からは「森林環境税」と看板を掛け替えて年
1000円住民税に上乗せされることになりました。

アベノミクスは、輸出企業にとって有利となるよう円安を意図的に誘導してきましたが、その
副作用として輸入物価の高騰を招き、その「つけ」を一般の国民が払わされています。

つまり、一部の輸出業者の利益のために一般国民が負担を強いられているという意味で、物価
の高騰は実質的な「税金」であるといえます。

そして、「自国の通貨が安くなって潤う国はない」、という点をしっかり心に刻んでおく必要が
あります。

これまで6回にわたって、「日本社会の地殻変動」というテーマで日本の実情を考えてきました
が、その「変動」の方向はどこからみても希望に満ちた明るい変化ではなく、残念ながら「暗
い」方向への変化でした。

今こそ私たちは、現実から目をそらすのではなく、冷厳な現実を見つめることからすべての事
は始まります。そのために、国の在り方も個人の生活も総点検する時です。

今の日本が抱えているのは複合的で構造的な問題となってしまっているので、一挙に改善する
ことはできません。

政府も国民も、ひとつひとつ地道に改善して健全な方向に歩き始めるほかに近道はありません。

(注1)『女性自身』電子版 (2024年5月10日 06:00)
https://jisin.jp/domestic/2322682/3/




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日本社会の地殻変動(5)―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―

2024-06-25 08:00:13 | 経済
日本社会の地殻変動(5)
―円の価値を下げ経済を壊したアベノミクス―


安倍信三首相(当時。以下も同じ)が2022年7月8日に凶弾に斃れて2年が経とうとしている今日、
「アベノミクス」とは何だったのかの記憶も薄れがちです。そこで、もう一度確認しておきます。

「アベノミクス」とは、2012年の12月26日に始まった第二次安倍内閣が翌2013年4月から実施し
た経済政策で、それは「3本の矢」、つまり3つの柱から成り立っていました。

すなわち、①大胆な金融政策(「異次元の金融緩和」)、②機動的な財政出動、③民間投資を喚起
する成長戦略、です。

上記のうち、①の大胆な金融緩和の中心は異次元の金融緩和で、具体的には政府が必要と考える政
策を実行するために、不足する資金を異次元の国債によって賄おうとすることです。

これは、最終的には国債の第一次購入者である銀行、損生保などの金融機関から最終的には日銀が
買い受けて、その額に相当するお金を市中に供給すことが中心となります。この問題点については
後で述べます。

一方、②の機動的な財政出動に関しては、本当に必要なところに機動的に国のお金がつぎ込まれた
かどうかには疑問が残ります。

そして③の成長戦略については、結局、10年経っても、有効な戦略は出てきませんでした。

安倍政権下で10年続き、その後の内閣も引き継いでいるアベノミクス、とりわけ「異次元の金融緩
和」に対して、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏(59)は、「アベノミクス」は日本経済の
価値を下げた「亡国政策」である、と憤っています(注1)。

それはどういうことなのでしょうか? 藻谷氏の主張を参考にしながら考えてみましょう。

自民党の安倍晋三氏が政権に復帰した2012年末の日本は、円高(1ドル=82円ほど)、輸出減、
株価低迷、物価低迷、企業収益の低迷、そして日本経済はデフレ不況に喘いでいました。

そんな折に、安倍首相は巨額の国債を発行し(つまり借金し)、それを日銀が買い受け、通貨発行
権を行使してその額のお金を市中に供給します。

国債とは、国が負う借金ですから、通常の感覚では借金が増えることには疑問が起こります。

しかし安倍首相が信じ、依拠したリフレ派のMMT(現代貨幣理論)は、「自分の国の通貨建てで
国債を発行し借金できる国は、いくらでも自国通貨を作って返済できる。このため、いくらでも国
債を発行して財源を調達し景気対策にあてても構わない」、とします。

いずれにしても、国債が全て消化されば政府はそのお金を政策資金を手に入れることができると同
時に、それだけ市中の貨幣流通量も増えます。

こうして、リフレ派のアドバイスと安倍首相の意を受けた黒田東彦前日銀総裁(当時)は、市中へ
の資金供給量(マネタリーベース)を5倍にまで増やしました。

そもそも貨幣の流通量は、その時々の必要に見合った量であるべきです。景気が良くて貨幣の需要
(資金需要)が高い時には資金の供給量を増やすことが経済理論的には適切な処置です。

しかし、景気が低迷して貨幣需要(資金需要)がないところに巨額の資金が供給されれば当然、貨
幣(この場合は「円」)の価値は下がる一方です。

それでは、アベノミクスはどんな成果をもたらしたのでしょうか?

まず、貨幣流通量が増えて貨幣価値が下がれば、物価は上昇し企業の利益は増える、つまりデフレ
から脱却できるはずでした。

しかし、2%の消費者物価の上昇はなかなか達成されず、物価上昇で増えるはずの名目GDP(国内
総生産)は12~23年でみると年率1・5%と微増にとどまっています。

他方、円安によって伸びるはずだった輸出は、実際にはここ数年減り続けています。

目論見通りなのは、今、私たちが目にしている超円安(1ドル=157円)という、日本の通貨価値
の下落だけです。

しかも輸入価格は高騰し、あらゆる生活物資の価格上昇が国民生活を圧迫しています。

世界銀行が算定する購買力平価ベースレート(物価が同じになるように計算したレート)は、1ドル
が100円未満となっています。しかし、実勢では150円台となっています。

これはエネルギー、食糧、ソフトウエア、あるいは安倍氏の支持者が増強を求めていた武器などを海
外から買うたび、本来の1・5倍以上の国富が海外に流出している計算です。

冒頭で紹介した藻谷氏がアベノミクスを「亡国の政策」と厳しく批判したのは、アベノミクスは一方
で国民生活を圧迫し、他方で「国富の流出」を生じさせたからです。

しかも、「国富」とは日本国民の富ですから、アベノミクスは日本国民の富を失わせたといえます。

安倍氏が民主党(当時)から政権を奪取した後で、安倍首相は国会において口癖のように、民主党政
権では経済が停滞して発展できなかったことを繰り返し揶揄していました。

しかし、皮肉なことに日本の名目GDPは、野田佳彦民主党政権最後の2012年にはドル換算で6・2兆
ドルで史上最高でした。

そして、同年末に誕生した安倍政権が異次元の金融緩和を始めて円安に誘導した結果、政権末期の19
年には5・1兆ドルへと約2割も減少し、アベノミクスを引き継いだ岸田政権の23年には4・2兆ドルと
3分の2にまで落ち込んでしまったのです。

これを基軸通貨の米ドルで見れば、年率3・6%のマイナス成長となります。世界は、日本の経済規模
を「円」ではなくドルで見るので、世界から見た日本経済の存在感は、急速に失われてしまったこと
になります。

安倍政権下で10年間にわたって実施された「アベノミクス」で経済が好循環し、働く人の実質賃金が
上がり、GDPが増えることはありませんでした。

バブル崩壊後も成長を続けていた日本経済がアベノミクス政策によって完全に縮小に転じてしまった
のです。

藻谷氏は、異次元の金融緩和という「壮大な社会実験」は失敗したと結論しています。

ところで、日本政府と日銀はどのようにして貨幣供給量を増やしてきたのでしょうか?

1ドル500円もあり得る
藤巻健史氏は、際限のない円安にについて「お金のバラマキを続けてきたツケだ。政府や日銀に止め
る方法はなく、日本人はみんなで貧乏になるしかない」「1ドル500円の大暴落が起きる」と断言し
ています(注2)。

藤巻氏はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)の元日本代表、現在はフジマキ・ジャパン代
表取締役で、言わば金融のプロです。その藤巻氏がここまで断言するには何か根拠があるのだろうと
思います。

藤巻氏によれば、今や、「巨大累積赤字を異次元緩和という名でカモフラージュした財政ファイナン
スにより先送りしてきた危機が表面化しようとしている。これこそ今後とも円安が進行し、そして最
後に円大暴落となる原因なのだ」ということになります。

これには少し説明が必要です。まず、ここでいう巨大累積赤字とは、政府が発行している国債という
形の借金のことで、昭和50年(1975年)にはほとんど無視し得るほどしかありませんでした。

それが令和6年現在の累積債務残高は1061兆円に達しています。これに加えて地方自治体の借金
が200兆円ありますから、合わせて日本全体の公的債務は1200兆円余となり、これは、赤ん坊
から老人まで全ての日本人1人当たり100万円に相当します。

問題は、累積赤字の性格です。政府は何かの事業を行う場合、その資金を税収によって賄うことが原
則ですが、税収によって賄えない時、国債を発行して金融機関や日銀、そして個人の投資家に買って
もらいます。

税収の裏付けがない国債は「赤字国債」と呼ばれますが、法律では本当の特例(例えば大規模な自然
災害時)でしか「赤字国債」を認めていません。

しかし日本政府は、世界中で「禁じ手中の禁じ手」といわれていた財政ファイナンス(税収で足り
ない政府の借金を日銀が新しく紙幣を刷って「穴埋めする」こと)を行ってきました。

藤巻氏は、過去30年間でGDPが3.5倍に拡大した米国では、貨幣供給量(マネタリーベース)が9倍
にしか増加していない。一方、日本は、ほとんどGDPが伸びていないのに貨幣供給量は約14倍に増え
たことを問題視しています。

つまり、経済が拡大にしていないのに市中にお金をばらまき垂れ流し続けたということなのです。

本来中央銀行(日銀)は政府から独立して、長期金利や貨幣の供給量を決める組織ですが、実態は日
銀の黒田総裁は、ほとんど安倍首相の意のままに国債を引き受け市中にお金を供給し続けました。

このため、市中には行き場のないお金がじゃぶじゃぶとあふれています。

そこで安倍首相が拠り所としたのは、すでに言及したMMT(現代貨幣理論)でしたが、この理論
には問われるべきいくつかの問題が指摘されています。

たとえば、“証書”(国債)に見合った富があるのか、経済の実力に見合った貨幣の発行なのか、貨
幣の流通にたいして国民の納得が得られているのか、国債という「信用創造」にたいする「信用」
をどう獲得するか、などなどの疑問です(注3)。

税収の不足を「穴埋めする」だけの国債発行は法的な趣旨に反しているだけでなく、その裏付け
となる富はありません(あったら、最初から赤字国債を発行しません)。

また、赤字国債が現在の日本経済の実力に見合っているか否かといえば明らかに「見合っていま
せん」。日本の現状は、一人当たりの生産性にしても世界市場の競争力にしても、実質賃金や消費
にしても、とうてい赤字国債によって貨幣供給量を増やす環境にはありません。

それでも自公政権下では、2000年ころから国の財政を赤字国債に頼る傾向がありましたが、安倍
政権による「アベノミクス」導入以降はその傾向がさらに強まり、現在まで累積債務は増え続いて
います。

しかも、安倍内閣の目論見とは逆に、円安に誘導しても輸出は伸びず貿易赤字が恒常化し、国内
での投資や生産活動は活発にならず、実質賃金が上がらないので消費は伸びず、経済活動トータ
ルの成果を示すGDPは増加どころか減少してしまいました。

国の累積債務の異常な増加はG7でも突出しており、異次元の金融緩和による貨幣供給量の異常
な増加とセットになって、世界経済の中で日本の「円」にたいする信用を著しく低下させ、円安
を加速しています。

では、なぜ、安倍自公政権(実質的には自民党政権)は国債を増やし続けたのでしょうか?以下
に私の個人的な見解を書いておきます。

自民党政権は、見かけだけでも好景気を演出し、かつ選挙で勝つため、政権維持のため、人気取
りのため、一般の国民の目には見えにくい国や地方での事業や工事や補助など各種のバラマキ政
策を乱発してきた面があると思われます。

このような場合、国の施策が合理的・科学的な根拠というより、自民党のスポンサーである業界
の支持をつなぎとめるため、あるいは特定の事業者との利害関係に基づいて行われる危険性があ
ります。それも、狙った効果がでないので、ますます赤字国債を増やしてしまったのです。

また個人的なレベルでは、自民党議員の中には、自分が選挙に勝って議員でいること自体が目的
となっている人、「政治で飯を食っている人」(寺島実郎氏)あるいは「政治屋」(元広島県安
芸高田市石丸伸二市長)、議員でいることが家業となっている二世議員、スカウトされて議員な
ったタレントや有名人が、自民党には突出して多くいます。

このような議員にとって、自民党の政治理念を実現するために勉強し研鑽を積んで政治の世界に
入った人がどれだけいるでしょうか?国会で採択の時に立ち上がるだけの議員が相当数いると思
います。

彼らにとって選挙地盤と自分たちを繋ぐ重要なことは事業や工事を地元にもってくることは、そ
れらが本当に国のために必要かどうかより、自分が選挙で当選できるかどうかの方が重要だから
です。

日本は今や世界市場で優位に立てる製品(商品)を失って「稼ぐ力」を失って経済が凋落してい
ることです。それを。異次元の金融緩和(=貨幣供給量の増加)という金融政策で逆転させよう
とすることは、本質的に無理なのです。

「アベノミクス」の弊害は安倍首相の後の政権にも引き継がれ、国民は超円安、それによる輸入
価格の高騰、生活物資の高騰に悩まされています。これが、「アベノミクス」の結末なのです。

現在の日本は、冷静に見れば、とてもG7の一角として先進国の地位を占める状態にはありませ
ん。

そんな状況にあるにもかかわらず、現在国会で問題になっている「裏金問題」など、次元の低い
ことで必死になって既得権を守ろうとしている政権には心底絶望します。

私は、現在の日本には非常に悲観的ですが、将来について決して絶望しているわけではありませ
ん。

空疎な楽観論や分不相応な大国意識を捨てて、日本が置かれている現状をごまかさず冷静に、客
観的に見つめ、そこから地に足がしっかり着いた堅実な道を一歩一歩進んでゆけば、日本はもっと
豊で安心できる社会になると私は信じています。

その具体的な道をこれから少しずつ探してその都度書いてゆきたいと思います。


(注1)『毎日新聞 電子版』(2024/4/23 06:30 最新版4/23 06:30)
https://mainichi.jp/articles/20240422/k00/00m/020/253000c?utm_source=article& u   
(注2)PRESIDENT Online (2022/10/22 13:00)https://president.jp/articles/-/62826
(注3)MMT理論による財政赤字(国債多発)肯定論に対する批判と問題点の指摘
   については『DIAMOND Online』(2023.3.29 4:45)https://diamond.jp/articles/-/320262 を参照。 
   また、MMT理論に関する一般的な説明については『健美屋』 2021/04/08 https://www.kenbiya.com/ar/ns/jiji/etc/4553.htmlを参照。


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日本社会の地殻変動(4)―日本企業と日本人が見限った円と日本経済―

2024-06-18 06:02:17 | 経済
日本社会の地殻変動(4)
―日本企業と日本人が見限った円と日本経済―


一国の通貨というのは国際経済の中では一つの「商品」として日夜売買されています。したがって、
買い手が多ければ、通貨の値段は高くなり、売り手が多ければ安くなります。

この時の他国通貨との売買価格の交換比率が為替レートです。現在一般に言われている「円安」と
は対米ドル(以下、特に断らない限りたんに「ドル」と記す)と円の為替レートが日本円にとって
不利になっている状態です。

従って、円安状態では円でドルを買う場合には高くつき、ドルで円を買う場合には安く買えること
になります。

言い換えれば、為替レートは、その通貨の他の通貨と比較した場合の「相対的価値」を表し、その
通貨の国の経済的実力を反映しています。

「日本社会の地殻変動」の(1)で、円安の要因の一つとして日米の金利差について説明しました。
つまり、円で持っていても利益(金利)はほとんどゼロで、しかもますます円安で価値がさがって
しまう心配があります。

逆に、円を売ってドルを買い、最も安全なドルの定期預金をしておいても4%から5%の金利がつ
くので、人びとは円を売ってドルを買おうとします。

問題はここからです。それでは、なぜアメリカでは金利(この場合、公債などの債券の長期金利)
が高く、日本はゼロに近いのでしょうか?

最も重要な要因は、アメリカと日本の経済状態の差です。アメリカは巨大なおIT企業、GAF
AMと呼ばれるインターネットのプラットフォーム企業や、今を時めくNVIDIAのような先
進的半導体企業が経済全体を牽引し、賃金も過去30年で約2.7倍に増えています(注1)。

これにたいして日本では労働者の実質賃金が30年間上がっていません。このためGDPの6割
を占める消費も増えていませんし、当然のことながらGDPも増えていません(注2)。日本経
済は停滞ないしは後退し続けているのです。

だれも、成長しない経済の通貨を持ちたいとは思わないでしょう。つまり、日米の基本的な経済
の実力の差、日本の稼ぐ力、経済のパフォーマンスがアメリカと比べて圧倒的に弱いのです。

今からでは想像もできませんが、1995年の4月19には、1ドルが70円という、超円高でした。
その後ずるずると円安になり、それでも今から3年前の2021年の年初は1ドル103円ほどでし
たが、2022年10月には144円~148円へ、そして今年2024年6月現在は何と156~157
円という驚くべき速さで円安が進行しました。

この間に一体、何がおこったのでしょうか?

この円安が急速に進んだ2022年に、小黒一正氏(東京財団政策研究所)が2022年11月1日の日
付で投稿した「急激に進行する円安の正体は何か」という論考で、

    日銀の異次元緩和、アメリカと日本の金利差のほか、自己実現的期待による円安の流れ、
    構造的な貿易赤字の存在など、現在の円安は、これらの複合的な結果として発生してい
    る可能性も高い。急激に進行する円安の正体は何か、その本質的な要因につき、部分的
    な議論をせず、冷静な分析をした上で、的確な処方箋を検討する必要があると思われる。
と述べています(注3)。

上記の要因を少し違った角度から見ると、円安は日本経済の本質的・構造的な脆弱性に由来する
円安と、(政府などによって)人為的に引き起こされた円安とに分けられます。

まず、本質的・構造的な脆弱性からみてみましょう。

小黒氏が挙げた円安要因のうち、「自己実現期待」という言葉はあまり聞き慣れませんが、今後
も円安が進むだろうという期待(予測)のことで、これが円を売り他の通貨を買う流れを生み、
さらに円安を促進します。

日常的な表現をすれば、円を他の通貨(例えば米ドル)に替えるという行為がこれに当たります。
このシリーズの(1)で言及した、NISAで海外の株や債券を買うことも、結局は円で払って
他の通貨に替えるので、これも「円売り」、「円安」要因となります。

現在のNISAブームは、日本人が円を持っていても価値は下がるだけだし意味がないと感じてい
るからで、日本経済を見限ったことを意味しています。今や、NISAをやらない人間はバカだ、
と言わんばかりの熱狂ぶりです。

つぎに、近年の日本経済の脆弱性をしめす明確な指標は構造的な貿易赤字です。厳密には「貿易+
サービス収支」ですが、日本は構造的に赤字を抱えています。

ここでは、いちいち数字を挙げませんが、構造の問題として理解していただければ十分です。

貿易赤字を抱えているのは、日本はエネルギーと食料を自給できず輸入に頼っているからです。と
りわけ、日本のエネルギーを作り出している石油と天然ガスはほぼ100パーセント輸入です。

食料にしても、カロリーベースで自給率が38%台なので、残りは常に輸入しなければなりません。
それも、お金さえ出せばいつでも好きなものを好きなだけ変えるとは限りません。

最近では、日本の食事には欠かせない大豆の自給率は1割を切っており、世界市場では大豆の輸入
にかんしては巨大な輸入国となった中国が優先的に購入する事態となっています(注4)。

また、ウクライナ戦争が起これば、小麦の値段だけでなく用肥料が高騰して、日本の農業に大きな
負担が生じました。

さらに、意外と知られていませんが、近年、大きな比重を占めるようになったのは、「デジタル赤
字」と呼ばれるサービス部門の赤字です。

デジタル赤字とは、(1)著作権等使用料(2)通信・コンピューター・情報サービス(3)専門・経営コン
サルティングサービス―を指す。定額動画配信サービスや、メール・SNSなどクラウドを活用し
たサービスの利用料、ネット広告掲載費なども含まれる。今やほとんどの企業や個人が利用するサ
ービスばかりです。

残念ながら、日本はこの分野で海外に売っているサ-ビスはありません。一方的に外国(特にアメ
リカ)から買っています。まさに、以前書いたように「デジタル敗戦」です。

石油・天然ガスであれ、あるいは食料であれ、デジタル・サービスであれ、支払いは通常ドルです。
そのためには、円を売ってドルを買わなければなりません(注5)。

輸入代金は、通常ドルで払うので、そのために円を売ってドルと買わなければなりません。

すると、資本主義経済の原理として、円売りが増えれば円の価格は下がります。これが、貿易赤字
が円安をもたらす構造です。

それにしても、2021年には、1ドルは103円ほどでしたがわずか3年後の2024には156円水準で
円安が定着してしまいました。

“先進国”を自称する日本の通貨が、これほどまでも短期間に、しかも一挙に50%も下落するという
のは前代未聞です。これは、日本経済と日本社会に対する信頼と期待度の低下が、為替レートの下落
という形で現れた、ということを示唆しています。

超円安は投機家の気ままな売買の結果ではなく、明らかに日本社会に起きている地殻変動を象徴して
います。

では、「なぜ」、2021年以降にこれほど劇的な円安が進行したのでしょうか? 「2021年以降」と
いう時期的限定をつけたのは、この期間とは、世界中が新型コロナ禍に見舞われた時期であり、日本
では東日本大震災後10年経った時点での復興の実績が問われる時期であり、それまでに日本経済
が苦難と試練の結果が、さまざまな形で表面化した時期でもあったのです。

ところが、これほど大きな転換点にありながらも、上記の「なぜ」に正面から答えようとする見解
はほとんど現れませんでした。

私見の限り、「コロナ危機が暴いた日本の没落」(2021年7月3日公開)というテーマで語った日本総
合研究所会長の寺島実郎氏の見解が非常に参考になります(注6)。

コロナ危機が起こる前、日本は医療において世界の最先端にいると豪語していました。しかし、危
機が発生して、2021年7月時点で500日経ったのに日本は国産ワクチンの開発ができていなかっ
たのです。

そうこうしているうちに、海外ではmRNAワクチンが開発され、日本の関係者を驚かせました。日
本は過去にワクチンの副反応で厚労省と製薬会社が厳しく追及された経緯があるから、と言いわけ
しました。

しかし現実はワクチン開発はあきらめ、ワクチンをどう購入するかに腐心し忙殺され、ワクチンの
打ち手をどう確保するかという議論に埋没してしまっていたのが当時の日本の状況なのです。

また、2020年5月から1年間でコロナ患者数は5倍に増えたのにコロナ病床は2倍にしか増えません
でした。当初、日本は一人当たり病床数が世界一と誇っていましたが、2021年1月下旬でコロナ病床
は欧米の10分の1以下にとどまっていることが明らかになってしまいました。

その結果、政府は2020年から現在に至るまで感染拡大・病床逼迫・緊急事態宣言というルーティーン
に陥り、追われていました。1年以上経ってもコロナ病床を増やしたり専門病院を作るといった対応策
が実行できませんでした。

これ以外にも、2020年に3次にわたる(総額76.6兆円の補正予算を組みながら、医療対策はわずか9.2
兆円にしかすぎませんでした。ここにも、日本政府のコロナに立ち向かう真剣さの欠如が現れていて、
国民の失望を買いました。

コロナ禍で日本が唯一優位性をもっていた経済力も打撃を受けました。寺島氏の言葉を借りると、いま
国際社会の中では「日本の没落」という認識がコンセンサスになりつつあるようです。

その象徴は、たとえば、世界全体のGDPに占める日本のGDPの割合はピーク時の17.9%(1994年)
から既に6%(2020年)まで縮小しています。わずか四半世紀のうちに世界経済における日本経済の存
在感は3分の1に圧縮されてしまったのです。

戦後日本は鉄鋼・エレクトロニクス・自動車を基幹産業とする工業生産力モデルの優等生として成功を
収めてきたという自負心がありましたが、それらの基幹産業の実態は深刻です。これらのうち自動車産
業については前回説明したとおりです。

鉄鋼分野では、すでに日本製鉄が国内高炉4基の閉鎖に着手しています。それにより、数年前まで1.1億
トンを維持していた日本の粗鋼生産量は、今年中に8000万トンを割り込むことになります。
エレクトロニクス分野でも、東芝が原子力事業に躓いたことから「ファンド」と称するマネーゲーマー
に振り回され、株主利益を最優先する超短期的経営を強いられた結果、医療機器から半導体まで有望な
分野は次々と売却させられています。

「技術の東芝」は、まるで生体解剖のようにバラバラにされてしまい、もはや見る影もないという状態
まで追い込まれてしまいました。

また、寺島氏が企業経営者たちと議論して感じたのは、コロナ危機を機に彼らが心の中に押しとどめて
いたトラウマがはっきりと浮かび上がってきたが、大のトラウマは、以前、このブログでも紹介したM
RJ(三菱リージョナルジェット、現MSJ)の失敗だそうです。

この事例は、優秀な部品は作ることができるが、完成品を作ることができない、つまり総合的な構想力
が欠けていることでした。

コロナと並んで日本が直面した危機である東日本大震災の復興に37兆円の復興予算が土木建設業を中心
に投入され、県別・市町村別の復旧復興計画はがれき処理、高台移転、防潮堤建設はそれぞれ何%進ん
だと、数字上は復旧復興が進んだことになっていますが、人口は減っています。

ハコモノだけは作ったが、人間の生活は戻ってきていないのです。 というのも、被災3県を含む東北6県
の全体を見渡した上で、この地域にどういう産業を興し、いかなる生活の基盤を築き上げるのかという
総合的な構想、グランドデザインが描かれていないからです。その結果、本当の意味での創造的復興は
実現できていないというのが、東日本大震災から10年後の現実です。

ところで、日本は貿易赤字ですが、他方で円高時代に海外に移転した日本企業は黒字(たとえば2023年
で34.9兆円)もあるが、その大部分は海外に蓄えられていて、円転(保有する外国通貨で日本円を買う
こと)されることが少ないのです。

その一部だけでも日本に送金され、賃上げの原資や国内投資に充てることができれば、国内経済の浮揚
につながるし、なにより円買いが増えて結果的に円安是正も進む。一石何鳥にもなる妙手ということに
なります。

いちばんの課題は何かと言えば、日本企業が国内市場の可能性を信じていないことだという。つまり、
海外の日本企業は、日本にお金を戻しても有望な投資先がないことを分かっているのです。残念ながら、
日本企業からも日本は見限られてしまっているのです(注7)。

これこそが悲劇ですし、日本経済と日本社会がその根底で大きく地殻変動を起こしていることを示して
います。

次回は、アベノミクスがもたらした超円安と日本人が受けた深刻なダメージについて考えます。


(注1)内閣府 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/h06_hz020105.html
    厚生労働省 ホームページ 2024/5/21 更新日:2024/5/21 (所得)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/21/backdata/column01-03-1.html
(注2)『セカイハブ』(2024/5/21更新日:2024/5/21) https://sekai-hub.com/statistics/imf-japan-gdp
(注3)東京財団政策研究所(November 1, 2022) https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4096#:~:text
(注4)『カクイチ』(2023.03.08)(https://www.kaku-ichi.co.jp/media/crop/current-status-of-domestic-soybeans)
(注5)JIJICOM 2024年02月29日07時09分   https://www.jiji.com/jc/article?k=2024022800860&g=eco
(注6)『日刊SPA』(電子版 2021年7月2日) https://nikkan-spa.jp/1763990/4 
(注7)『東洋経済 ONLINE』(2024/04/27 6:30) https://toyokeizai.net/articles/-/750636


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日本社会の地殻変動(3)―自動車業界の認証不正問題と「一本足打法」の深い憂鬱―

2024-06-11 06:38:45 | 経済
日本社会の地殻変動(3)
―自動車業界の認証不正問題と「一本足打法」の深い憂鬱―


前回の記事で、最近の円安で輸入原材料費の高騰により、中小企業が大きなダメージを
受けることを危惧する、という十倉雅和経団連会長の言葉を引用しました。

十倉氏の危惧は、中小企業の技術と技術者が日本の製造業を基底で支えていることをよ
く分かっているからです。

それでは、大企業は大丈夫なのでしょうか? どうもそうではないようです。

実際、2022年3月には日産自動車(ニッサン)がエンジンの排出ガスなどに関する認証
試験(後述)での不正行為があったが発覚。その後国土交通省が「型式指定」(後述)
を取り消したという事案がありました。

昨年2023年にはトヨタグループのダイハツ工業(以下、ダイハツと略す)、日野自動車、
豊田自動織機が、車の性能と安全に関する虚偽記載(データの改ざんを含む)を行って
いたことが明るみに出たのです。

これらの問題につてはこのブログでも『モノつくりニッポンに暗雲―トヨタグループの
不祥事』という記事(2024年1月31日)で詳しく書きました。

これ以来トヨタも対策を講じてきましたが、そこでは「トヨタ本体には問題ない」とい
う前提でした。ところが、今年2024年6月3日、国土交通省は、トヨタ本体、マツダ、ヤ
マハ発動機、ホンダ、スズキの5社に「型式指定」の認証申請に関して不正があったこ
とを明らかにしました。

「型式指定の認証」とは、「メーカーが新型の車やエンジンを生産する際、国土交通省の
事前審査で認証を得ることにより、車両1台1台ごとに受ける検査を省略できる制度」で、
これは大量生産に不可欠となっています。

メーカーはブレーキの性能や排ガスの排出量などを試験してその結果を国交省に提出し、
法令で定めた保安基準を満たしていると判断されれば指定が受けられます。

今回は、トヨタ本体にも不正があったということ、そして他に4社、合わせて5社に試験
の方法や結果に関するデータに虚偽があったということで、問題は深刻です。

なぜなら、これら5社とすでに2022年に不正が発覚したニッサンを加えれば、日本の自動
車産業ほぼ全てで不正が行われていたといっても過言ではありません。

不正の背後には、短い開発日程の中で最終段階の認証試験がしわ寄せを受けていたこと、
認証制度そのもの問題もあります。たとえば、時代遅れの既定が残っていたり、メーカー
側に解釈を委ねる不透明な基準があったりします。

ただ、自動車評論家の国沢光宏氏は「一定の見直し必要だが、基準を厳しくしすぎると日
本の自動車メーカーは国際競争力を失ってしまう」と慎重な議論を求めています(『東京
新聞』2024年6月4日)。

そのような事情を考慮したにしても、やはりルールは守らなければならなりません。グル
ープの不正が明るみに出た今年1月にはトヨタの豊田章夫会長は「知る限り不正は他にな
い」と発言していました。

しかし、今回発覚したトヨタの不正6件のうちには、エンジンの出力試験で狙った数値が
出るように制御ソフトを書き換えた悪質な事例もありました。

どうやらトヨタ本体の現場では不正がわかっていたのに、トップの耳に届いていなかった
のです。この背景には、社内はもとより、他社もトヨタに対して「ものを言いづらい」雰
囲気があったようだ。

(『東京新聞』の「社説」(6月5日)が『「トヨタまで」の深刻さ』とタイトルをつけた
のは、事態の深刻さを物語っています。

今回の不正発覚は、自動車業界だけでなく社会に大きな影響を与えつつあります。

現在、不正のため生産停止になったのはトヨタが3車種(カローラ フィールダー、カロー
ラアクシオ、ヤリス クロス)マツダが2車種(ロードスターRF,MAZDA2)です。

トヨタの生産停止車種はいずれも人気車種で、トヨタの業績に直結するだけでなく日本経
済全体にも大きな影響を与えます。ちなみに、今回は生産中止とはなっていませんが、過
去に不正が行われたトヨタの車種が4車種(クラウン、アイシス、シエンダ、レクサス)
あります。

トヨタは4日、生産中止とする車種の主要な仕入先(子会社や下請け企業)を対象に不正に
関して説明し、生産停止期間を伝えました。7月以降の生産再開の可否は6月下旬に判断す
ることが決まっています。

NHKによれば、これらの生産中止となった車種のために部品などを供給している企業数は、
トヨタの3車種だけで、間接的な取引を含めて1000社以上、マツダの2車種のために直
接取引している企業は300社に上ります。

トヨタの3車種は月産1万台、マツダの2車種は月産1700台で、少なくとも6月の一ヶ
月は生産ラインがストップします。

たとえ一時的であっても、生産中止は即、従業員の収入の減少につながり、「死活問題だ」と
の不安の声が広がっています(『東京新聞』2024年6月7日)(注1)。

今回の一連の不正が長期的にどのような影響を自動車産業に与えるのかは今の時点ではわかり
ません。しかし、経済同友会の新浪代表幹事は4日の会見で大手自動車メーカーの不正にかん
して、「政府への届け出(データの)改ざんがあったなら由々しき事態だ。社会に対して信頼
を失う行為になった」などと述べました。

その一方で新浪氏は一連の不正が日本経済に与える影響について、「車種が限られる。大きな
影響はないと思う」とも語っています(『東京新聞』2024年6月5日)。

しかし私は今回の不正事件は決して小さな問題ではなく、短期的にも長期的にも自動車産業
だけでなく日本経済にボディーブローのように負の影響を与えると考えています。

いずれにしても、日本の主要自動車メーカーがこぞって不正をおこなっていたということは、
社会的な信用の失墜と企業モラルの低下という面で、「モノつくりニッポン」に地殻変動が起
こりつつあることの兆候であることは間違いありません。

自動車産業は日本経済にとって非常に大きな比重を占めています。たとえば、日本では労働
者の約1割にあたる「550万人」が自動車業界で働いているとされ、裾野が広いのです。

内閣府が5月に発表した24年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除い
た実質の季節調整値で前期比0・5%減、年率換算で2・0%減となりました。

マイナス成長は2四半期ぶりで、ダイハツや豊田自動織機の品質不正問題で生産や出荷が停止
されたことが大きく影響していました。このことからも、自動車産業が日本経済全体に占め
る大きさが分かります。

ダイハツより規模が大きい今回のトヨタやホンダなど自動車各社の検査不正の影響が長引け
ば、「今後の日本経済への影響も出かねない」(アナリスト 道永竜命氏)との懸念の声が出
ています(注2)。

それにしても、なぜ今になってメーカーの不正が今になって急浮上してきたのでしょうか?

実は、データの不正は近年に急増したわけではなく、開発期間の短縮強行と業務量の急増が
同時に起こった2014年以降だという。

そして遅くとも2016年には三菱自動車などの燃費不正が発覚し、完成検査不正問題の全容が
明らかになっていました。また、2017年にはスバルで型式指定問題の一種である完成検査不
正が露見していました。

もし、2018年に自動車メーカーが自動車工業会(自工会)を窓口として型式指定制度の改革
を提言していたら、今日の状況は少し違うものになっていたかもしれません。改革の機会を6
年ないし8年みすみす失ったことは、自動車業界にとって大きな損失でした。

その背景には、自工会は認証制度に関する不正を個別の会社の問題として、自動車産業全体の
問題として対応してこなかったという事情があります。

しかし、今年初め、それまではカタブツすぎるくらいカタブツな会社という業界の評価をもつ
ダイハツに不正が発覚し、国交省が自動車業界に徹底した審査を行わせ、不正が業界全体にひ
ろがっていたことが明るみに出たのです。

豊田章男・トヨタ会長は会見で認証制度を守ることは大前提としつつ、「自工会を通じて意見
を出し、日本の自動車業界がより競争力を発揮できるようなやり方を当局(国交省)と作るチ
ャンス」と改革を訴えました。

トヨタまでが潔白でなくなったことでようやく型式指定を個社ではなく業界全体の問題と捉え
るようになったというのは遅きに失するという感もあります。しかし、これをもって日本の自
動車産業のアップデートのきっかけにすることができれば、「災い転じて福となす」というもの
でしょう(注3)。

今回の自動車業界における一連の不正に関連して、真壁昭雄多摩大学特別招聘教授は『「自動車
一本足打法」で日本沈没、分水嶺を迎えた日本経済の行方』という興味深い論考を発表しました。

ここで「自動車一本足打法」とは、日本経済が国内生産でも輸出においても自動車産業一本に大
きく依存することを意味しています。以下に真壁氏の論考を手掛かりに、この問題を考えてみま
しょう。

結論から言えば真壁氏は、わが国経済の自動車依存が続けば、中長期的にわが国経済の地盤沈下
は避けられないだろうという。

そして、自動車産業の稼ぐ力が低下すれば、わが国経済全体で生活水準をも引き下げなければな
らない恐れが出てくる、と日本経済の危機的状況を述べています。

真壁氏は、自動車産業そのものが問題なのではなく、その陰で脱炭素やデジタル化への遅れが深
刻な状況にあることを指摘しているのです。

それはどういうことなのか、もう少し具体的にみてみよう。

「自動車一本足打法」と揶揄されるほどに、わが国経済はハイブリッド車(HV)―ガソリンエン
ジンと電気で駆動するモーターとを組み合わせた車―を中心とする自動車産業への依存度が高い。
実際、HVにかんする限り日本は世界の市場を席巻したといっていいでしょう。

精緻な「すり合わせ技術」(ガソリンエンジンと電気モーターとの接合技術)に磨きをかける自動
車メーカーの要望に応て、工作機械メーカーは他国の競合企業が実現困難な動作制御や切削の製造
技術を生み出してきました。

しかし、EV生産ではすり合わせ技術の重要性が低下するので、日本車の強みも低下します。

また、1次、2次と重層的に連なるサプライヤー(部品メーカー)は、産業界の盟主である自動車メ
ーカーの要望に応じて工作機械、鋼材、車載半導体、車内装備に使われる化成品などの生産技術を
強化してきました。

自動車がわが国製造技術のかなりの部分を育て、鍛えたと言っても過言ではありません。重要なの
は、それが自動車以外の需要獲得に重要な役割を果たしたことなのです。

その反面、日本の自動車産業は、HVでの成功体験から抜け出せないまま、その変化にわが国経済
全体の対応が遅れてしまい、今後の成長が懸念されています。

ところが、世界の趨勢は、脱炭素を背景に電気自動車(EV)シフトが鮮明です。ところが、EV
について 日本のメーカーはアメリカのテスラや中国のBYDほかのメーカーに技術的に水を開け
られてしまっています。

真壁氏は、自動車産業で起きた同じことが、日本経済全体にも当てはまる、と警告しています。つ
まり、わが国企業はHVの成功体験から抜け出せず、HVに続く新しい、世界的な高付加価値商品
を創出することができなかったのです。

真壁氏は、そのリスクに対応して中長期の視点で経済の実力を高めるために、政府は再生可能エネ
ルギーの利用を増やし、脱炭素やITなどの先端分野における企業の研究開発をより積極的に支援す
べきだと提案しています。

ITの開発にかんしては、ここ1~2年ほど、政府も本腰を入れて支援を始めるようです。しかし、
脱炭素技術、それと密接に関連した再生エネルギーの開発には、おそらく原子力発電を維持したい
電力会社と政府の意向で、かなり冷ややかな対応しかしていません。

日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の夢から覚め、リーマンショック後の停滞から抜け出す
ために、自動車産業の他に日本経済を牽引する新しい産業を開拓してゆく必要があります。

そうしないと、日本社会は「ジリ貧」のまま経済的にも社会的にも没落の道を歩むという憂鬱な未来
が待っています。これこそが、本当に深刻な地殻変動です。


(注1)Yahoo ニュース(2024年6/6(木) 20:39 https://news.yahoo.co.jp/articles/2f8a50dd8ae4f356b5de814255b2dd7009323dab
(注2)『毎日新聞』(2024/6/3 20:43 最終更新 6/4 00:14)
https://mainichi.jp/articles/20240603/k00/00m/020/286000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240604
(注3)JPress (2024.6.5) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81365
(注4)DIAMOND ONLIONE ( 2021.11.30 4:30) https://diamond.jp/articles/-/288962


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日本社会の地殻変動(2)―超円安が日本の産業基盤を蝕む―

2024-06-04 19:57:19 | 経済
日本社会の地殻変動(2)―超円安が日本の産業基盤を蝕む―

前回は、日本社会の深部で起こっている地殻変動を理解する一つの糸口として、最近の超
円安の経過と様相を取り上げました。

今回も、前回に引き続いて、超円安の経過と様相、そして影響とその原因について考えて
みたいと思います。

まず影響ですが、杉山・道永らは「円安で困るのは・・・」と「円安で喜ぶのは・・・」と
二つのグループ分けて示しています(下の表を参照)。


出典 (注2)

「困るのは・・・」の方から見てみましょう・

このカテゴリーの一つは海外旅行をする人です。最近のゴールデンウイークの際に、多くの
日本人が渡航先で宿泊や食事が円換算であまりに高くつくのに悲鳴を上げて、せめて食費を
節約するために日本からインスタント食品や水を持っていったことが話題になりました。

二つは、「輸入原材料に頼るメーカー」です。日本は天然資源に恵まれないので、製造業は
ほとんどが輸入原料に依存しています。

従って、円安はすぐに輸入原材料費の高騰、したがって製品価格の高騰につながります。も
ちろん、原材料費の増加を全て価格に転嫁できればいいのですが、現実にはそれによって売
り上げが減少したり、他のライバル企業との競争において不利になるので、その全てを製品
価格に転嫁することはできません。

三つは、石油や天然ガスを使うエネルギー業界、もっとはっきり言えば電力会社です。日本
はエネルギーのほとんどを輸入しているので、理論的には電力会社は発電コストが上昇する
ので困るかもしれません。

しかし、現実には昨年度の決算は9電力会社全てが空前の黒字だったのです。というのも、
ほぼ地域独占の9電力会社は、発電コスト上昇の全てを電気料金に上乗せしているからです。

ここには、電力料金総括原価方式といって、全ての経費を合算した原価に利益を乗せて消費
者から電気料金を徴収するので、電力会社はどれほど石油や天然ガスの価格が上がろうと、
一切関係ないのです。

あとは、競争者である太陽光や風力で作った電気を、いろんな理屈を付けて買わないように
すれば利益は自動的に電力会社に入ってくるのです。

結局、ここでも最も「困るのは・・・」、実は電力の消費者、つまり国民なのです。なお、電
気料金の単価は、総使用量が大きな大口の法人の場合は割安になっています。

エネルギー価格の上昇という意味では石油価格も上がるので、今の円安は電気代、ガソリン
代だけでなく、ありとあらゆる経済活動(製造業、漁業、農業、運輸業など)、したがって物
価を押し上げます。

四つは、「農林水産物を輸入する業界」です。ご存じのように日本の食料自給率は38%に落
ち込んでしまっており、不足分は輸入に頼っています。

したがって、食料輸入業界は、輸入価格が高騰して「困る」のかもしれません。ただしそれ
は、買いたくても買うお金が足りないといった状況においてであって、もし高くても売れる
ならばば業者は困りません。

しかし、あまりにも高くなりすぎると消費者が買い控えてしまうので、業者も簡単には高い
食料品を輸入できず困ってしまいます。

いずれにしても、円安のため輸入食料品の高騰で困るのは最終消費者である一般国民です。

この1年でどれほどの食料品が値上げされたか考えてみてください。原料の小麦価格が上が
ったためパスタ・うどん・ラーメンなどすべての麺類から菓子・ケーキ類、さらに家畜飼料
のトウモロコシや大豆、肉、一部の魚など、どれだけの食料品をどれほど、何度値上げした
ことでしょうか。

最近のニュースによれば、大手の強気の食品企業は、輸入価格の上昇に便乗して、それ以上
の値上げを行っているとのことです。

実際、多くの日本の家庭では食料品はかなり買い控えざるを得なくなっています。

以上みたように、円安で輸入品価格が高騰して困るのは、一貫して一般の消費者国民です。
それは、国全体でみれば消費の減少を招きます。

GDP(国民租総生産)の6割を占める消費が縮小することは、日本のGDPが縮小するこ
とを意味し、日本の世界経済における存在感をますます低下させます。これについては別の
機会に詳しく検討します。

では、超円安で「喜ぶ」のは誰でしょうか?

まず、思い浮かぶのは海外の旅行者(インバインド)です。最近のニュースをみていると、
とにかく外国の旅行者が増えたことが目につきます。

彼らに日本へ旅行した理由を聞くと、建前は日本文化に触れたいからという意見も聞かれま
すが、本音は「安いから」のようです。

特に食事の安さは、外国人には信じられないでしょう。物価の高い欧米からの旅行者ならま
だ分かりますが、最近は東南アジアからの旅行者も日本の食事その他あらゆる価格の安さに
驚いています。

あるテレビ番組で、東南アジアから来た旅行者が、「昼食360円」という看板を見て、“卒
倒”するくらいびっくりした、と語っていました。

最近は、欧米からの旅行者の間で、“おにぎり”がブームだそうですが、彼らにとって昼食を“
おにぎり”で済ませば、感覚としては「只」同然なのではないでしょうか。

欧米では、カフェのようなところでの簡単なランチでも2000円以下というのはなかなか
ありません。

前出の表で、つぎに「喜ぶ」のは観光関連企業となっています。安さに惹かれて日本を訪れ
る海外旅行者が増えたため、日本のホテルやレストラン、観光施設などの観光関連業者が喜
ぶのは当然でしょう。

ただし海外旅行者が増加しても、大多数の日本人には関係ありません。むしろ、インバウン
ドによって観光地が「オーバーツーリズム」の悪影響を受けたり、一般の日本人が利用する
宿泊施設の宿泊料やレストランの食事代が高くなる傾向にあります。北海道のニセコ(スキ
ー場)では、ついに3800円のラーメンが登場しました(注1)。

超円安は、ここでも一般の国民にとって、「喜ぶ」状態ではありません。

それでは円安で「喜ぶ・・」のはどんな人や産業でしょうか? 確実に「喜ぶ」のは「外貨
建て資産」を保有する人です。しかし、「円」がこれほど安くなる前から先を見越して「外貨
建て資産」を増やしていた日本人はごくわずかで、むしろ特別な人たちです。

すると、残る「喜ぶ」カテゴリーは「自動車など輸出産業」ということになります。たしか
に、少し前までは、こうした輸出産業は、輸出する場合には米ドル建てなので、売上げを円に
戻すと、とてつもない為替差益が生じました。

事実、トヨタなどは対米ドルで1円円安になるだけで億単位の為替差益が生じます。しかし、
自動車産業といえども必ずしも喜んでばからいられません。

自動車産業の場合でさえ原材料はほぼ全て輸入ですから、それが生産コストに跳ね返って生
産原価は高騰してしまいます。

こう考えると、日本の輸出産業全体を見渡した時、最近では超円安が招くコスト高による弊
害の方を心配するようになっています。

ここまでは、円安がもたらすさまざまな影響を現象面から見てきましたが、そこで分かった
ことは、円安で喜ぶ日本人や産業はほとんどいない、ということです。

しかし、ここまで表面に現れた現象を追いかけているだけで、まだ深いところで起きつつあ
る地殻変動には触れていませんし、そもそもなぜ超円安が生じているのか、そして、それは
日本にとって何をいみするのか、という根本的な問題にも触れていません。

そこで以下は、円安という”現象“を手掛かりに、その奥に隠れたもっと本質的な問題とその原
因、つまり現在起きつつある地殻変動の実態を少しずつ探ってゆこうと思います。

経済同友会の新浪剛史代表幹事は26日の記者会見で、「由々しき事態。せっかく企業も努力し
ていることが、思ったほど効果がなくなる可能性があり、大変危惧すべき状況だ」と危機感
をあらわにしています。

円安による原材料などのコスト増を価格転嫁しようにも、実質賃金は前年同月比で23カ月連
続マイナス。値上げは消費者心理を冷やしかねず、簡単ではない。新浪氏は「賃上げで“良い
物価高”に移行しつつあったが、円安がそれを邪魔する可能性がある」と語っています。

経団連の十倉雅和会長も23日の会見で「経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)を表し
ているかと言えば、ちょっと円安に過ぎる」との認識を示した。原料の高騰は、とりわけ中
小企業に大きなダメージをあたえています。(注2)。

日本の工業を最も土台のところで支えてきたのは、「下町ロケット」にも登場するような、こ
の道一筋40年とか50年という経験に裏打ちされた技術をもっていて、日夜油まみれにな
って働いている職人さんたちです。

どんなに近代的な大企業でも、こうした人たちの貢献なしには優秀な製品を作ることができ
ないのです。

経団連という、日本の大企業を束ねる組織のトップが、円安による中小企業へのダメージを
心配しているは、日本の「ものづくり」を支えているのは、実は町工場のような中小企業で
あることを良く理解しているからです。

経団連会長の言葉を借りると、日本の工業技術のファンダメンタルズを支えているのは中小
企業の職人さんたちなのです。

私はかつて日本を代表する車のメーカーから、海外の工場に派遣される人たちのための語学
研修を頼まれたことがありました。

受講生となったのは、その会社の社員ではなく、突然本社から派遣の命を受けた下請けの中
小企業の年配の職人さんたちでした。“この歳で、言葉も分からない海外へ派遣されるのは、
つらいだろうな”、と同情しました。

もう一つ、この経験を通して知ったのは、いわゆる「下請け」企業の実態でした。たとえば
自動車産業を例にとると、小はネジやバネから大はボディーやエンジンまで、素材も金属、
プラスチック、ゴムまで多様で、膨大な数の部品が必要になります。

こうした部品を作るには、多くの場合「金型」と呼ばれる金属でできた型枠が必要になります。
製品の良し悪しは、この金型の正確さ・精密さで決まります。

この金型をつくるのは、ほとんどが中小企業、町工場の職人さんたちで、かれらが日本の工業
製品の優秀さを支えてきたのです。

一般の日本人にとって、小さな町工場が潰れようが、大した問題とは思わないかもしれません
が、やはり経団連会長は事態の深刻さを良く分かっています。

日本の「ものづくり」が、超円安のためにその土台を掘り崩されようとしているのです。この
ことが将来の日本の産業力に与えるダメージはとてつもなく大きいのです。

次回は、地殻変動の奥に潜む本質的問題と原因をさらに深く検討してゆきます。


(注1)(N0+e)2024年2月12日 16:33(https://note.com/mrrn_niseko/n/na3ad563909e2)
(注2)『毎日新聞 デジタル版』)2024年4月29日。30日閲覧) 
    https://mainichi.jp/articles/20240429/k00/00m/020/165000c?utm_source=article&utm_
    medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240430


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日本社会の地殻変動(1)―超円安の経過と様相―

2024-05-28 12:00:00 | 経済
日本社会の地殻変動(1)―超円安の経過と様相―

2024年4月26日にドル円レートが、とうとう1ドル=156円台に突入。NY市場では
158円台をつけました。これは1990年5月以来、実に約34年ぶりの水準です。

これに驚いていたら29日にはあれよあれよという間に160.3円というわが目を疑う
ような円安に落ち込んでしまいました。

こうなると円安はどこまで進行するのか想像もできない、「底なし」の感があります。

私たちは、この円安の「原因は一体何なのか」、それは私たちの生活に「どんな影響
を与えるのか」といった疑問をいだきます。

しかし、これらの疑問も含めて、そもそもこの円安の「本当の正体は何なのか」、言い
換えると「何を意味するのか」という根源的な問題にたいして、経済の専門家は明確
に答えてくれていません。

私には、最近の「円安」はたんなる為替相場という表面に現れた経済的問題だとは到
底思えません。

というのも、私はむしろ日本社会の深部で起こっている「地殻変動」が表面化した一
つの兆候にすぎないと感じているからです。

言い換えると、これまで日本社会の奥深いところに隠れていた政治的、社会的、ある
意味では文化的な矛盾や問題が複雑に絡み合い、たまたま円安という形で表面化した
のだと考えています。

そして、さらに事態を複雑にしているのは、日本の国内事情だけでなく世界的な政治・
経済的な環境によっても日本社会は大きく影響を受けます。

そのような内外の環境の中で起こっている円安とそれに直接関連した経済的な変化は
「表層雪崩」(ひょうそうなだれ)にすぎず、本当はずっと深くて広範な「底雪崩」
(そこなだれ)の兆候だと考えています。

もちろん、「地殻変動」と言い「底雪崩」と言い、このように大きな問題を総合的に解
明することは私の能力を遥かに超えています。

これらの大問題について、これから何回かに分けて考えてゆくつもりですが、最近の超
円安を一つの切り口として取り上げて検討したいと思います。

今更説明するまでもないことですが、一応、円安と為替レートとの関係をおさらいして
おきましょう。

一国の貨幣に対する評価は為替レートによって示されます。そのレートはそれぞれの国
の通貨と他の国の通貨とを比較した際の交換比率です。

この際、比較するのは理論的には、対米ドルだけでなく、対ユーロ、対英ポンド、対中
国の元、インドのルピーなど全ての通貨が対象となります。

ただし実際には、私たちが問題にするのは、日本との経済関係が深い国の貨幣との為替
レートです。

私たちは為替レートと言えば、無意識に米ドル/円を思い浮かべます。これは、戦後の
世界経済に占める米国の大きさと、米ドルが石油をはじめとするエネルギー取引の決済
通貨として機能してきたという事情によります。つまり、現実には米ドルが現代世界の
基軸通貨だからです。

ですから、「円安」とは、他の通貨との比較において円が低く評価されていることを示し
ています。

それでは、ここでは便宜的に米ドルを比較の基準として近年の円の為替相場の推移をご
く簡単に見ておきましょう。

バブルがはじけた1991年から10年ほど後の2000年、日本はまだ経済的に立ち直れない
でいましたが、それでもドル/円為替レートは105円~112円ほどでした。

そして、コロナ禍が爆発する直前の2019年には109~110円で、今から思えばかな
りの「円高」を維持していました。

しかし冒頭で触れたように、コロナ禍も収まった今年の4月26日には、一時160円
を突破し、日本国中に衝撃が走りました。

その後、やや沈静に向かい5月20日には156円に落ち着きて今に至っています。

それでも、2019年からわずか5年間で、110円から156円まで一気に46円の円安、
つまり42%もの円安となっています。これほど極端な下落はかつて経験がありません。

これは、2019年時点では1米ドルを110円で買えたのに、現在では156円も払わな
ければ買えなくなってことを意味します。

別の例でいえば、米ドル換算で1万ドルの車を買おうとすれば、かつては110万円で
買えたのに、現在では156万円も払わなければなりません。

もちろん、実際にはこれほど大きな値上げは売り上げにも影響するので、輸入品販売会社
が円安で高騰した分をそのまま価格に転嫁するわけではありません。

それでも、輸入品価格の値上げは、昨年来、食品をはじめとする生活物資が何度も値上
げされてきたことは私たちが日常的に感じている実態です。

では、そもそも為替レートはどのようにして決まるのでしょうか。

もっとも一般的な説明は、「相手国との金利の差が影響する」というものです。「金利平価」
と呼ばれ、単純に、金利の高い通貨の方が為替レートは高くなります。

この面から、2022年から米国ではかなり速いピッチで金利が上昇し、かたや日本では先日
やっとマイナス金利政策が終了した段階で、日米の金利差は大きく開いています。これが、
現在の円安の理由として一番言及されている要因です。

  図1 日米の長期金利差

出典 (注1)を参照。 

上の図に見られるように、現在アメリカの長期金利4.5%を超えており、日本の日銀が
設定している長期金利はまだ1%にも満たない水準で低迷しています(つい最近%に到達)。

すると何が起こるでしょうか?多くの企業や投資家は日本円でもっていてもほとんど利益
を生まないのに、米ドルでもっていれば年間4.5%もの利子がつくのです。

こうして、多くの人が円を売って、ドル(あるいは同等の通貨)を買おうとします。別の
機会に触れますが、例えば政府が盛んに奨励している新NISAは、その投資先の多くが
アメリカをはじめとする海外の株や債券です。

この時、日本円ではこれらを買うことができないので、円を売って米ドルや英ポンドなど
の通貨を買うことになります。

もちろん、新NISAが全てではありませんが、円を売る人が多くなればなるほど、経済
原則に従って円は安くなります。

世界で多くの人が安全で高金利を得られる米ドルを手にしようとすれば、米ドルは高くな
り、魅力のない日本の「円」は買い手がなくなり、ますます円安になります。

ここまでの説明で分かるように、「通貨」というのは、それ自体が車や石油のような「商品」
なのです。したがって、売られる通貨が多ければ多いほど値段は下がり、買いたい人が多け
ればその通貨の為替レートは高くなります。

実質金利差が日米で開いていることは、結局、経済の成長力の違い、本当の実力を反映した
ものと言えます。これについては、別の記事で詳しく見てゆこうと思います。

為替レートが決まる、第二の要因は、しばしば「リスク・プレミアム」と呼ばれる、金融市
場の外の要素です。これには、例えば財政バランス、地政学的評価、天災の確率といった、
金融市場の外側で決まる要因が反映されると言われています。

日本の場合、ストックでみた財政赤字、中国・北朝鮮との緊張関係、繰り返す地震や台風と
いった要因と円安方向とが連動しています。

特に、世界に例を見ない財政赤字は確実に日本の「円」にたいする信用を低下させています。

第三の要因は、世界の金融機関、投機ファンドや個人の投資家による通貨の売買です。

通貨が商品であるからその売買によって利益を得ようとする人やファンドがいます。彼らは、
巨額の資金で円が安い時に円を買い、円高になったら一斉に売り浴びせて円を下げ、下げ止
まったところでまた円を買う、というような取引(マネーゲーム)を繰り返します。

この場合、円の為替レートは上下しますが、現在は一方的に円が下がるか円安で貼り付いて
しまっています。これは、国内外の人が日本の経済の構造的な弱点をみ抜いているからです。

以上、円安の背景を挙げてきましたが、主要因である日米の金利差にかんして日本は金利を
上げられない深刻な問題をかかえています。

また国際的な緊張(典型的には戦争)などのリスク・プレミアムが勃発すると、エネルギー
と食料の自給ができない日本は、たちまち窮地に追い込まれます。ここにも、日本経済のア
キレス腱があり、円安と直接・間接に影響しています。

このように、日本社会と日本企業が抱える根本的な脆弱性が円安の本質なのですが、これに
ついては次回以降に検討したいと思います。


(注1)JBress 2024.5.23 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81089?utm_source=editor&utm_
    medium=mail&utm_campaign=link&utm_content=top#google_vignette

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バブル超えの株価高騰に浮かれる危うさ―「貯蓄から投資」への背後に何が―

2024-02-27 07:03:46 | 経済
バブル超えの株価高騰に浮かれる危うさ
―「貯蓄から投資」への背後に何がー

2024年2月22日の東京株式市場は、日経平均株価が、バブルの絶頂期だった1989年12月
29日の3万8915円87銭を上回り、終値は前日比3万9098円68銭が34年ぶりに史上最高
値を付けました。

ここで、株価について引用される「日経平均株価」とは何かを確認しておきましょう。

日経平均株価とは、日本経済新聞社が、東京証券取引所プライム市場上場銘柄から選定した
225銘柄から構成される平均株価のことで、日経225とも呼ばれます。

つまり、これはあくまでも日本経済新聞が選んだ、225の優良企業の平均株価で、日本の
企業全体の傾向を示すものではありません。

したがって、特に高値を付けた企業がいくつか選ばれれば、平均株価も上がる仕組です。

この点は十分留意したうえで、図1を見ると、1989年のバブル絶頂期から、バブルがはじ
けて株価は劇的に下がり始め、2008年のリーマンショックを底に達し、その後は徐々に値
を上げ、ついに今回の史上最高値に達した経緯が分かります。


出典 『東京新聞」(2024年2月23日)

それでは、そもそも今回の株価上場はなぜ生じたのか、それはどんな意味を持つのか、そ
して私たち一般の国民の家計や経済事情にどんな影響があるのでしょうか?

バブル期の最高値を突破した瞬間、ある証券会社では「くす玉」を割って祝うお祭り騒ぎ
の様子がテレビで映し出されていました。

野村証券の親会社「野村ホールディングス」の奥田健太郎社長は、
    成長力や技術力、今後の期待を海外投資家から評価されている。デフレ脱却の
     信頼感を確認できて感慨深 い。4万3000円までいくとみている
と、興奮気味に報道陣に話しました。

証券会社のトップがこのように言うのは理解できますが、はたして今回の株高はそれほ
どおめでたいことなのでしょうか? 私はそうばかりとは言えない気がします。

このような高揚感は、金融業界や投資家を除くと日本国内に広く行き渡ってはいません。

実際、街の声を聞いても、大多数の人は日本経済がそれほど好調で、国民が豊かになっ
たという実感はないと言います。それはなぜでしょか?以下に、この疑問を考えてゆき
たいと思います。

その理由の一部は、現在日本での株取引の中身を見ると分かります。現在、海外投資家
が年明けから7連続で買い越し、取引の3分の2を占めています(『東京新聞』2024年
2月23日)。

したがって、株価上昇の恩恵は主に日本人ではなく、主として海外投資家の手に落ちて
いるのです。

たとえて言えば、地上では大部分の日本人が所得の減少と税金の負担に喘いでいるとき、
雲の上では一部の富裕な日本人投資家と海外投資家が繁栄を楽しんでいる、という構図
になります。

それでは、海外投資は日本の何を評価して株の買い越しに走っているのでしょうか?日
本経済が、名実ともにしっかりした基盤をもち今後も成長が期待できるからでしょうか?

残念ながら、そうではなさそうです。株価を押し上げるもっとも大きな要因は円安です。
以前にバブル期には、1ドルが100円前後でしたが、現在は150円へと、大暴落とい
ってよいほど、円が安くなっています。

このため、たとえば以前は150円した株が、今は100円で買えるのです。私に言わ
せれば、日本円と日本株の「たたき売り」状態なのです。

ほかにも、景気が停滞から下降している中国経済に見切りをつけた海外の投資家が、中
国(香港を含む)から割安な日本株へ資金を移したことも株価を押し上げました。

さらに、23年春には「投資の神様」と呼ばれる米投資家ウォーレン・バフェット氏が、
総合商社大手5社など日本株への積極投資を表明したため海外メディアでは「日本株ブ
ーム」の特集が相次ぎました(注1)。

彼の発言がどれほど影響したのかは分かりませんが、巨額のオイルマネーが日本株に流れ、
それが株価を押し上げたことも知られています。

ただし、今後のことを考えると、海外投資家による株購入は、長期間保持して日本企業の
成長に貢献するというより、株の売買によって、儲かると思えば直ちに「売り逃げ」に走
ります。「買うときはまとめて買い、逃げるときは一気に逃げてゆく」のがオイルマネー
の特徴です(注2)。

これは特に、オイルマネーについて言えることですが、海外の投資家というのは多かれ少
なかれ売買差益を目的としており、長期間にわたって日本の企業を育てることなど期待す
ることの方が無理です。

それでは、今回の株高と日本経済、とりわけ一般の国民にとってどんな意味があるのでし
ょうか?

国内投資の中で企業の自社株買いや銀行その他の企業による大口の投資筋を除いた、一般
の個人投資家は株高により大きな利益を得たのでしょうか?

確かに、以前から有望と思われる株を購入していた一部の投資家は恩恵を受けたはずです。
テレビなどのメディアでも、投資によって大きな利益を得た人の例がたびたび紹介されます。

しかし、日銀の資金循環統計によると、日本人の家計の金融資産に占める比率(2022年度)
は、53.8%の現金預金が最も多く、株式や投資信託は16.1%にすぎません。

新しいNISA(少額投資非課税制度)によって個人投資家が増えつつあるとはいえ、株や投資信
託の比率が約5割に上るアメリカに比べ、株高が一般家庭の家計に波及しにくい状況にありま
す(上記『東京新聞』)。

くわえて、円安は輸入物価の上昇によって家計を圧迫しています。2023年度の消費者物価は
バブル期の1989年に比べて2割以上増えたのです。

追い打ちをかけるように、昨年12月の実質賃金は22年4月以来、前年同月比率で21か
月連続マイナスでした。これでは、多くの日本人は株式投資をする余裕がありません。

日本の株価が34年ぶりに高値を更新したといっても、それは日本の経済が34年ぶりに強
くなったということではありません。

具体的には、2023年の日本のGDPが、それまでの米・中に続き3位であった日本のGDPが、
2023年にはドイツに抜かれ4位に転落したことに表れています。

しかも衝撃的なのは、ドイツの人口は日本の3分の2に過ぎないという事実です。

国民1人当たりの豊かさでいえばドイツは日本の1.5倍(日本は3分の2)と経済格差がつ
いたというのが、このニュースの本質です。

以下にIMFの2023年版で世界の情勢を整理すると、第1集団は1人当たりGDPで8万ドル(約
1200万円)を超える国々でアメリカはここに入りますし、アジア太平洋地域ではシンガポー
ルとカタールがここに入ります。第1集団は世界から投資が集まる国々です。

それに次ぐ第2集団が、1人当たりGDPが5万ドル(約750万円)前後の国々で、ドイツ、イ
ギリス、フランス、カナダなどG7の国々はほぼこのグループに入ります。ほかにオーストラ
リア、香港も入ります。第2集団は経済が順調な国々や地域です。

そして第3集団は、1人当たりGDPが一段低い3万ドル台前半(約500万円前後)の国々です。
日本は約3.4万ドル(約510万円)でこの集団に入ります。

近隣諸国・地域では韓国、台湾がほぼ日本と同列です。G7に所属するイタリアは3.7万ドル
とこの第3集団の先頭を走り、同じくEUに所属するスペインが3.3万ドルと、日本のすぐ後
ろにつけています。

この第3集団はイタリア、スペイン、日本のようにかつては世界のトップだった国が斜陽化
した国と、韓国、台湾のように経済が発展して追いついてきた国や地域が混在します。

第3集団で何が深刻かというと、第2集団と違って第3集団の国では輸入物価が上がるタイ
プのインフレが起きてしまうと、庶民の生活が貧しくなることです(注3)。

つまり、賃金の上昇が物価の上昇に追いつかない状況、これが、今多くの日本人が日々直面
している日本の現状なのです。

日本がなぜ、第3集団に転落してしまった理由については別の機会に詳しく検討したいと思
いますが、今回は、日本株が高騰したのは生産性も高く、多くの利益を稼ぎ国民の所得も多
い(つまり、経済が好調)からではなく、むしろじり貧に向かっているにもかかわらず、円
安のおかげで株価だけが突出していることを確認しておきます。

ところで、前回のバブル期の株高と今回の株高の背景をみると、明らかに異なっています。

まず、前回の為替レートは1ドルが100円ほどでしたが、それでも輸出は好調でした。し
かし現在は150円まで円安になり、これは輸出価格を30%以上安売りしてようやく輸出
できているのです。

つぎに、当時は多くの国民が「金回り」が良く、人びとは猛烈に働き、飲み・食い・遊び、
元気でした。多くの人は、今日より明日、明日より明後日の方が良くなると信じることがで
きました。

しかし、現在の株高の場合、日本経済と自分の生活が将来に向かって良くなって行くという
楽観的な見通しを持てにくくなっています。このため、株価が34年ぶりに最高値をつけて
も、大部分の日本人には高揚感がないのです。

岸田内閣は、盛んに「貯蓄から投資へ」と金融投資を煽っています。新NISAにせよ株式
投資にせよ、「投資」とは所詮はギャンブルでリスクを負うのは個人、つまり自己責任で、
政府は一切責任を負いません。

私には、投資を煽る政府の言動には、実物経済(実際経済)で経済がうまくいっていないの
で、金融投資で何とか経済を回そうとする意図がうかがえます。

しかし、国民にとっては、まず投資に回せるほど収入(賃金)が増えることが本質的な問題
なのです。

また、政府が投資を煽る背景には、国の公的年金では老後の生活を保証できないから、個人
個人が自己責任で財産形成をしてください、という隠された狙いが感じられます。

以上は、私の危惧に過ぎないかもしれませんが、国民の老後の最低限の生活を保障すること
は、仮にも「先進国」を自称するなら政府の最も大事な仕事のはずです。

身分不相応な軍備を、アメリカの要請のまま巨額の税金を使って購入しているのは、歴代の
政府はh、どこを向いて政治を行っているのか疑いたくなります。


(注1)『毎日新聞』デジタル版(2024/2/22 20:53(最終更新 2/22 22:24)https://mainichi.jp/articles/20240222/k00/00m/020/357000c?utm_source=article&utm_
     medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20240223
(注2)『Yahoo News』2/21(水) 12:04
https://news.yahoo.co.jp/articles/a46720b7fe388b2c54c5d6168285dae3b4afcb00
(注3)『DIAMOND』2023.11.3 6:00
https://diamond.jp/articles/- /331728?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20231103

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「モノつくりニッポン」に暗雲―トヨタグループの不祥事―

2024-01-31 08:57:46 | 経済
「モノつくりニッポン」に暗雲―トヨタグループの不祥事―

以前このブログで、日本経済の衰退を象徴する現象として、「通信事業で敗退濃厚な日本」
(2023年12月25日)と「彼岸の『日の丸ジェット』はなぜ飛べなかったのか」(2024
年1月24日)という事例をみてきました。

今回は同じ現象の延長線上で、日本の「モノつくり」に暗雲が立ち込めている実態を、自
動車産業(トヨタ自動車)を通して検証します。

昨年から今年に入って、トヨタグループの自動車メーカに相次いで不正が発覚しました。

まず、ダイハツですが、ことの発端は、2023年4月、ダイハツで認証試験における不正が
発覚したことがきっかけでした。

その不正から23年12月20日、新たに見つかった不正として174個もの不正行為が行
われたことがわかりました。

その不正は大きく以下の5点、いずれも命に係わる重大な不正です(注1)。

1 エアバッグのタイマー着火による不正加工。本来センサーで検知してエアバッグを
作動させるものを、届け出試験に間に合わないという理由でタイマーによる作動で試験
を通した。命に係わる重大な不正です。

2 試験結果の虚偽記載。後方からの追突時の影響を、運転手側については実験せず、
助手席側のデータを試験結果として試験成績書に記載した不正。

3 歩行者との衝突時の速度の虚偽記載。

4 タイヤの空気圧の虚偽記載。過去の試験成績をもとに正しいタイヤの空気圧で試
験を行っても試験結果に影響しないと判断し、試験成績書には指定値に20キロパスカ
ルを加えた虚偽のタイヤ空気圧が記載されていたのです。

5 助手席頭部加速データの差し替え。全面衝突試験において、頭部への影響を、事
前にリハーサルで試験データを差し替えて認証試験に合格するように行われた。

「ダイハツ工業」はトヨタが完全子会社化した会社で、トヨタそのものでもあります。

ダイハツは、豊田だけでなく他の自動車メーカーの車やパーツも生産しており、その
合計は64車種に及んでいます。

しかも、問題の是正に1年間はかかるとされ、それまでは一切販売できません。さす
がのダイハツ(=トヨタ)にとっても大打撃です(注1)。

続いてトヨタの源流企業である豊田自動織機の不正です。

トヨタ自動車グループの豊田自動織機は29日、トヨタ向けに生産している自動車用
ディーゼルエンジン3機種の性能試験で不正があったと発表しました。

トヨタは対象エンジンを搭載する「ランドクルーザー」「ハイラックス」「ハイエース」
など、国内外で人気の高い10車種の出荷を停止することとなりました。

また、エンジンの供給を受ける日野自動車とマツダも、それぞれ1車種の出荷停止を発
表しました。

実は、豊田織機は昨年3月、自動車用エンジンに加えて、フォークリフト用エンジンな
ど4機種の性能試験でデータを差し替えるなどの不正があったと公表していました。

自動車用の不正は2017年以降に型式指定を取得したエンジンで判明しました。調査
委員会が行った豊田織機社員への聞き取り調査では、「17年以前から不正は行われて
いた」との証言もあったとしている。

豊田織機の伊藤浩一社長は記者会見で、「弁明の余地がない行為。管理職に現場の情報
が届いていなかった」と謝罪しました(注2)

豊田自動織機は、グループの創始者・豊田佐吉が発明した「G型自動織機」を製造・販
売するため、1926年に創業。現在はグループの中核企業の一つとして、自動車の車
両製造を行うほか、エンジンや電子機器、フォークリフトなどの産業用車両などを製造
している。2023年3月期連結決算の売上高は3兆3798億円でした。

自動車の部品は2万5000~3万点と言われ、航空機の10万点には及びませんが、
それでも非常にすそ野が広い工業製品です。

自動車は、2023年から過去4年間、販売台数は世界一で、日本の製造業の基幹産業であ
ると同時に、「モノつくり日本」の原点です。

日本の全輸出に占める自動車の割合も17%近くに達し、自動車産業に直接間接にかか
わる労働者も554万人に達します(注3)。

これまで、日本の自動車産業の未来は有望で、「モノつくり」こそがこれからも日本経
済の牽引車としての役割を果たしてくれるものと考えられてきました。

しかし、今回のような不正やずさんな製造管理が明らかになってしまうと、これまで築
き上げてきた世界的にも評価が高いトヨタ・ブランドが大きく傷ついてしまったことは
間違いありません。

トヨタグループの豊田章夫会長は、不正が「お客さまの信頼を裏切り、認証制度の根底
を揺るがす極めて重いことだと受け止めている」と強調し、グループ各社が「成功体験
を重ねる中で、大切にすべき価値観やものごとの優先順位を見失う事態が発生してきた」
と述べました。

そして、原点を忘れ、やってはいけないことをやり、販売してはいけない商品をお客様
に渡してしまった、と謝罪しました。

今回の不祥事はたんにトヨタ・グループだけの問題ではなく、日本における「モノつく
り」に暗雲が立ち込め、黄信号が灯ったことを意味します。

ところで、日本の車が世界各国で受け入れられ優位性をもっていたのは、主としてディー
ゼル車、ガソリン車ないしは部分的に電力を組み合わせた「ハイブリッド・カー」の分野
でした。

しかし、世界の自動車産業の主戦場は今や「プラグ・イン・ハイブリッド」車や燃料電池
を含む「新エネルギー車」(その中核は電気自動車=EV)になっています。

世界最大の市場である中国では、欧米に先駆けて猛スピードでEV化が進み、2022年の
EVの販売台数56万台で「新エネ車」の8割を占めている。

この年の日本の新車販売がガソリン車を含めて420万台であったことをみれば「EV
大国」中国市場の圧倒的な規模感が分かります。

2022年の世界のメーカー別EV販売台数をみると、首位はテスラで127万台、2位が
中国EV最大手、比亜迪(BYD)の87万台とテスラを猛追している。

さらにBYDのEVは23年の上半期にはテスラの88万9000代を抜いて191万
台に達し、360万台という世界最大の目標をほぼ達成しそうだ。

これに対してEV戦略で大苦戦を強いられているのが日本勢だ。トヨタの22年の新車
販売台数は1048万台と世界首位でしたが、EV販売に限ればわずか2万台に過ぎません。

ホンダは22年に中国でEVの新車種を発売したが、販売実績は1000台程度にとど
まったのです。

日産も新型EVのコンセプトモデルを公開したが、発売時期は未定だという。

中国の消費者の間で日本車が「時代遅れ」という印象をもたれつつあります。それには
いくつかの理由があります。

ヨーロッパ連合では、ガソリン車など内燃機関車の新車販売を2035年までに禁止する方
針で、アメリカも自動車メーカーにCo2の大幅削減を迫っており、新たな排ガス規制を発
表するなど、自動車市場のEVシフトは世界的な流れとなっています。

こうした世界の状況をみると、日本はガソリン車とハイブリッド車で成功を収め、世界
の市場で大きな位置を占めていたが、その成功体験が、EVへの転換を遅らせ、今では
世界の自動車産業の潮流から取り残されてしまった感があります。

中国のEVは、ただ電気で走るというだけでなく、BYDの「元プラス車」に試乗した
日本人は、走行音がほとんどなく、車内の豪華さとデザインの良さに驚いている。

車内には大型ディスプレーが並び、ナビゲーションや空調、オーディオをタッチパネル
で操作できる。

音声認識機能にも対応し、声だけで操作可能となっている。中にはマッサージ機能がつ
いたものもあるという。

なにより中国で人気のEVの車内はAI(人工知能)などを駆使した「スマートカー」
が主流となっており、日本のメーカーがEVに切り替えただけでは中国の消費者の心を
つかむことはできません。

自動車そのものの豪華さや利便性のほかに、EVの普及を可能にする充電設備の整備が
中国全土で急ピッチで進んでいます。また自動車ディーラーも新しいバッテリーに短時
間で交換できるサービスを提供しておりEVのためのインフラが充実しています(注4)。

以上、自動車産業に見られるように、日本の「モノつくり」の優位性はもうとっくに消
えてしまっています。過去の成功体験が新しい分野への挑戦を遅らせてしまったのは、
日本経済だけでなくの他の多く分野でも見られます。

これを受け入れることは心理的に辛いことですが、やはり現実を見つめることは必要です。
そこからしか、新たな日本の発展を築きあげることはできないのですから。


(注1)『Yahoo News』2023/12/26
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/8a8ee1190b305bc4a52a6a138c23e17c466c0114
(注2)『読売新聞ONLINE』2024/01/29 20:22
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240129-OYT1T50204/
(注3)日本や世界の自動車の生産、販売などの実態については、
JETRO(日本貿易振興会)『主要国の自動車生産・販売動向』(2023年11月)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/a19dc4f66e89813e/20230020.pdf
「jama」(日本自動車工業会)  https://www.jama.or.jp/statistics/facts/industry/
を参照。
(注4)『毎日新聞』デジタル(2023/4/19 06:30 最終更新 4/19 14:11)
https://mainichi.jp/articles/20230419/k00/00m/020/002000c?utm_source=article &utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230419
『EV ENECHENGE』https://ev-charge-enechange.jp/articles/139/#sec5

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悲願の「日の丸ジェット」はなぜ飛べなかったのか―三菱重工の手痛い挫折に見る問題―

2024-01-24 10:56:51 | 経済
悲願の「日の丸ジェット」はなぜ飛べなかったのか
―三菱重工の手痛い挫折に見る体質と弱点―

2023年2月7日、三菱重工は、国産初のジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ=三菱
リージョナル・ジェット)の開発から撤退することを正式に発表しました。

商用運行に必要な「型式証明」の取得に苦労する中、新型コロナ禍の市場の混乱も重なり、2020
年10月から開発を事実上凍結していましたが、再開しても問題の解決には時間も費用もかかるので
採算が合わないと判断した模様です。

国費まで投入して官民一体となり、総額1兆円も投入して日本の技術力・工業力の威信にかけても成
功させたかった巨大プロジェクト、国産初の「日の丸ジェット」はなぜ飛ばなかったのか?

挫折の背景をつぶさに見てゆくと、このプロジェクトだけでなく日本企業、さらには日本社会の体質
と弱点が浮かび上がってきます。

国産ジェット機製造の事業化を決定したのは2008年でした。国産のプロペラ機(YS11)以来、
約半世紀ぶりの旅客機開発で、当初はANAホールディングスに13機を年内に納入する計画でした。

ここで計画されたのは、いわゆる「リージョナル・ジェット」と呼ばれる小型ジェットで、一般的に
主要空港と地方空港、大型機では採算が取りにくい路線を運航する「座席数が100席未満の小型ジェ
ット旅客機」のことを言います。

「日の丸ジェット」は、三菱重工子会社の三菱航空機が設計を担い、90席級の初号機の納入は13年後
半を予定していました。

しかし、検査項目の不備や設計変更などの問題が次つぎに露呈してきたため、度重なる計画変更を余
儀なくされ20200年2月までに6回、納期を延長しました。

この間に、コロナ禍や市場の不確実性も加わって投資額も減らされ、18~20年度に約4000億
円だった開発費は21~23年年度には約200億円まで圧縮されました。

それでも、開発費の重みは三菱重工の業績を悪化させ、これまで国費500億円を含む総額1兆円近
い開発費が投じられてきた悲願の「日の丸ジェット」を断念し撤退する事態に追い込まれました。

三菱重工は、今回の挫折に至る背景として、気候変動対策にともなう設計変更やコロナ禍の需要不透
明化などを挙げています。しかも、行き先の見えない中で型式証明を取得するには、なお巨額お資金
が必要になるため、「事業性を認められなくなった」と説明しています(注1)。

これにたいして寺島逸郎氏は、「表向きはコロナ禍によって航空機需要が見込めなくなったと説明さ
れているが、現実には総合エンジニアリング力不足から頓挫したのが実態です」、と述べています。

ここで、「総合エンジニアリング力」とは、さまざまな部品を組み合わせて一つの完成体(ここでは
航空機)を作り上げる企画力、技術力、総合的に統括する組織的統合力のことです。すなわち、
    これまで日本は部品や部材を開発製造する要素技術は世界一流、ボーイングのパーツ委の半
    分以上は日本が作っているなどど胸を張っていましたが、実際にやってみたら、個々のパー
    ツを作ることと完成体をつくることでは次元が違うという事実に直面した
ということです。

自前でジェット機を完成させるには、個々のパーツを作る要素技術だけでなく、総合エンジニアリン
グ力が必要なのです。

その力不足のため、たとえば当初は最先端のパーツを投入して燃料費を2割削減するという大きな目
標を掲げて動き出したプロジェクトが、結局、アメリカの型式証明をクリアするためにはボーイング
で認証済の部材を使った方が早いという話になり、計画が徐々に矮小なものに収斂していったという
のが実際のところだったのです。

上に引用した寺島氏の指摘は、このブログの前回の記事「木は詳細に分かるが、森が見えていない」
という趣旨と同じです。つまり、日本は部品については自信をもっていたが、ジェット機全体が見え
ていなかった、ということです。

寺島氏によると、「日の丸ジェット」の挫折は、広く日本の経済界に影響をあたえたようです。彼が
企業の経営者と議論していて、コロナ危機を機に彼らが心の中に押しとどめていたトラウマが、はっ
きりと浮かび上がってきたことを感じたそうです。

最大のトラウマは、三菱リージョナルジェットの挫折だったという。

これは、三菱重工を中心とする中型ジェット旅客機の国産化計画であり、「自動車産業一本足打法」
と言われる日本の産業構造から抜け出て新たな宇宙航空産業を切り開くという、三菱重工だけでなく
日本産業界全体がビジョンを託した一大プロジェクトだったのです(注2)。

一つの事業が失敗にするには、いくつもの要因が関係していることが普通です。
まず、型式証明を取得できなかったのは、基本的に航空機を製造する技術がなかったからです。そし
て、寺島氏が言うように、優良部品が手に入ったとしても、それらを 組み立てて完成機を作る総合
エンジニアリング力がなかったことも主要因の一つです。

航空機には100万点もの部位品が必要で、三菱重工業は部品については豊富な経験をもっていたが、
完成機の組み立てではノウハウ不足が露呈してしまいました(注3)。

また、航空業界に詳しい桜美林大の橋本安男客員教授も「型式証明の取得の難しさを知らなかった。
市場が今後も伸びるという予測も甘かった。こうした変化に対応する経営の柔軟性も足りなかった」
と手厳しい(注4)。

三菱重工は2019年6月3日、当初のMRJ「三菱リージョナルジェット」から「スペースジェット」
へと名称変更したが、その理由は失敗を隠すためのイメージチェンジであったと言われる。

その時点での失敗とは、米国当局から依然として耐空証明(型式証明)が出されないことに加え、そ
れまでの90席仕様の「MRJ90」では、米国市場などでは勝負できないとわかったことです。
米国内には「スコープクローズ」と呼ばれるリージョナル機の座席数や最大離陸重量を制限する労使
協定があります。

その目的は一般のジェット旅客機とリージョナルジェット機との線引きをすることで、民間航空のパ
イロットの待遇を守ろうとすることです。具体的には、座席数では最大88席まででなければリージョ
ナルジェットとして認められないとされています。

三菱重工業もその協定の存在を知らぬはずはなく、なぜ90席仕様のMRJ90での開発を優先させたのか
は分からない。

いずれ早期にその協定もなくなるだろうと思ったのかもしれませんが、急遽70席クラスの機種の開発
を優先させるように変更を迫られました(注5)。

こうした変更が生じたため、設計段階からやり直しが行われ、ますます型式証明を取得する期間が延
び開発費がかさんでしまいました。

三菱重工の事実認識の甘さ、一方的な思い込み、楽観的憶測が事態を悪化させたのです。

リージョナルジェットの世界では、当時ブラジルのエンブライエル機が三菱重工のスペースジェット
の最大のライバルでした。

本来は、MRJの最大の競合相手はエンブラエルと考え、構想初期の段階から設計においてエンブラ
エルに勝るとも劣らない技術を取り入れる必要があったはずです。

しかし、「エンブラエルはブラジル製だから我が国の技術が負けるわけがない」。これは日本の国民
も素直に感じていた思いであったでしょう。

しかし、実は、エンブラエルはドイツの技術者たちが、ボーイング、エアバスとも一味異なる第三極
の航空機メーカーをつくろうと立ち上げた会社なのです。

第2次世界大戦の敗戦によって、祖国からブラジルへと移ったドイツの航空機メーカー、ハインケルの
技術者たちがブラジルの地でその知見を生かして、工科大学を創設し、その卒業生たちが立ち上げた
のがエンブラエルだった。

航空業界に詳しい清谷真一氏は、三菱重工はライバルの技術を過小評価する半面で、自分たちの技術を
過大評価していたのではないか、と推測している。

すなわち、三菱重工は「戦闘機を開発生産できるわが社の実力をもってすれば、リージョナルジェット
など簡単に開発できる」と思っていたかもしれない。

何人かの識者が言っているように三菱重工には、戦前に「零戦」を作った自負が働いていたのかもしれ
ません。

しかし実態は、防衛産業は防衛省が主たる顧客であり、事実上国営企業と同じで、その他はボーイング
など外国メーカーの下請けで言われた通りにコンポーネント(パーツ)を作ることが三菱重工の主な仕
事となっていたのです(注6)。

ちなみに、自衛隊などが使う航空機の場合は商用ではないので型式証明は要りません。

水谷久和・三菱航空機会長は以前、「三菱重工はYS11をつくり、今はボーイング機の主翼や胴体をつ
くっているが、完成機はまだつくれない。個々の技術に優れているだけではダメで、全体最適、全体
設計ができるところにノウハウがある」と話しています。

これは、寺島氏のいう「総合エンジニアリング力」が未成熟であることを意味しています。

また、ある航空アナリストは「三菱重工は『我々が技術で負けることはない』というプライドの高い
エンジニアが多い。プライドが邪魔をして、先輩の航空機メーカーから学ぶことをしなかったので
は」と見る(注7)。

また、航空機に詳しいジャーナリストの清谷真一氏は、三菱側は航空機産業をビジネスとして認識し
ていたのか、と疑問を呈しています。

つまり、航空機のメーカー側だけでなく、それを実際に運航する航空会社や乗客(つまり顧客)の側
からみての利便性や快適さにどれだけ配慮していたのかを疑問視しています。

実際、ANAのパイロットから操縦席の機器類の配置について使いにくいとの指摘も受けています。

パイロットこそが最初の航空機のユーザーであり、彼らの意見を謙虚に受け止めてこそ、航空機の販
売は伸び、ビジネスとして成功するのですが、三菱側にはプライドなのか、そのような姿勢が見られ
ません。

「日の丸ジェット」の挫折は、非常に残念でしたが、反省点も多く明らかになりました。たとえば、
型式証明に関する知識が不十分だったこと、根拠のないプライドが邪魔をしてライバル機について謙
虚に学ぶ姿勢が足りなかったこと、過去の成功体験(YS11機や古くは零戦)から精神的に抜け出
ることができなかったこと、などが挙げられます。

そして、致命的な弱点は、まだ日本で独自に完成機を作る能力と、全体をみて物事を組み立てる総合
エンジニアリング力が欠如していたことです。

以上の問題は、ほかの産業についても共通している可能性があります。

「物作り」日本のメンツをかけて挑んだ国産初のジェット機は残念ながら挫折しました。繰り返すよ
うですが、これは三菱重工だけでなく、日本の企業経営者に大きな精神的ダメージを与えました。

このブログの前々回でも書いたように、日本はすでに通信事業で世界の競争で敗退していますが、航
空機産業においても敗退は濃厚どころか決定的となってしまいました。

次回から、さらに他の分野(たとえば自動車産業)などについても検討してゆく予定です。

(注1)『毎日新聞』電子版(2023/2/7 21:15:最終更新 2/8 04:32)
     https://mainichi.jp/articles/20230207/k00/00m/020/307000c
    さらに詳しい、発足から断念までの記録は以下を参照されたい。
     『BIZ』 2022年4月26日 13:00(2023年7月10日 14:41 更新)
     https://biz.chunichi.co.jp/news/article/10/39656/
     『BIZ』2022年8月17日 00:00(2023年7月10日 14:21 更新)
     https://biz.chunichi.co.jp/news/article/10/46713/
     『BIZ』2022年11月29日 05:00(2023年7月10日 14:32 更新)
     https://biz.chunichi.co.jp/news/article/10/53591/ 

(注2)『日刊SPA』(電子版 2021年7月3日) https://nikkan-spa.jp/1763990/4 
(注3)『JIJI.COM』2023年02月08日07時08分
     https://www.jiji.com/jc/article?k=2023020701109&g=eco
(注4)『毎日新聞』電子版(2023/2/7 21:15:最終更新 2/8 04:32)
    https://mainichi.jp/articles/20230207/k00/00m/020/307000c
(注5)「JBress」(2023.1.27)https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73684
(注6)『東洋経済ONLINE』(2023/02/15 6:20)
    https://toyokeizai.net/articles/-/652353 2023/02/15 6:20
(注7)『経済プレミア』2020年11月6日
    https://mainichi.jp/premier/business/articles/20201105/biz/00m/020/012000c
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2015年 MRJ の初飛行                                                スペースジェットの初飛行   


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通信事業で敗退濃厚な日本-「なんちゃって5G」の悲哀―

2023-12-25 16:43:14 | 経済
通信事業で敗退濃厚な日本-「なんちゃって5G」の悲哀―

世界の情報通信システムは、現在主流の4Gから5Gへ移行しつつあります。日本の
大手三社(NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI)も2020年から5Gサービスを始め
ました。

5Gとは「高速・大容量の通信を実現する第5世代移動通信システム」で、前世代
(4G)の移動通信ネットワークに続くものです(GはGeneration-世代-の略)。

これまでの移動通信システムの発展過程をみると、
• 1Gは初代のワイヤレス移動通信テクノロジーで、音声通話のみをサポート
• 2Gではテキストメッセージなどのデジタル移動通信テクノロジーが導入
• 3Gではモバイルインターネットアクセスとビデオ通話が可能に
• 4Gではネットワーク速度が向上し、ビデオ会議やゲームサービスなどの高
  速通信が必要なテクノロジーをサポート
という風に、時代の要請に応える通信テクノロジーが開発されてきました。

携帯電話で言えば、1Gでは音声だけの通信が可能になり、2Gでは文字情報が送
れるようになり、3Gではインターネットへのアクセスが可能に、4Gではビデオ
会議やゲームなどが可能な高速通信が可能となりました(一部に5G対応の携帯電
話もあります)。

しかし、ビデオ会議、ストリーミング、仮想現実(VR)などの映像通信(ビデオ
トラフィック)が2017年から22年までに4倍に増加すると見込まれています。

これに対応するため、より大容量の情報をより高速で送受信する必要から開発され
た技術が5Gです。

5Gの通信速度がどれほど早いからは、4Gと比べるとよく分かります。分かり易
い例で言えば、長編映画をダウンロードする場合、4Gでは8分かかりますが、5Gで
はわずか5秒で完了します。

しかも、4Gの家庭や学校で使用されるワイヤレスネットワークは低周波数帯で動
作しますが、5Gはこれらの周波数の範囲が過密状態にならないよう、最も高い周波
数の近くで動作するので、通信の過密状態を緩和することも大きな利点です。

5Gが実現すると、たとえば遠隔の手術ができたり、車の自動運転による広範囲の
交通システムが可能になったり、要するにこれからの情報通信にとって必須のシス
テムです(注1)。

日本は、携帯電話でパケット通信を最初から個人向けの端末サービスに組み込んだ
携帯電話サービス(iモード)において、かつては世界の先頭を走っていましたが、
今や5Gにおいては国際的な競争で敗色濃厚で、「通信後進国」です。

たとえば東京の通信速度はアジア新興国の都市よりも遅い、という現実があります。

かつて「通信料金は世界と比べて安いとは言えないが、通信速度などの品質は世界
屈指だ」、と通信各社のトップが豪語していた日本は、一体どこにいってしまった
のでしょうか。

2022年8月に調査会社の英オープンシグナル社から発表されたアジア太平洋地域の
11都市における高速通信規格「5G」の調査結果は日本にとって衝撃的でした。

ダウンロードの平均速度で、東京は11都市中7位で、首位となったソウルの3分の1
ほどの実効速度にとどまっていて、アップロード速度に至っては、11都市中11位、
つまり最下位に沈んだのです。

また、同社が9月に発表した世界全体のランキングでも、通信速度、ユーザーの5G
利用率や電波の到達率において、上位30位までに日本の通信事業者の名前はありま
せんでした。

現在では「モバイル後進国」といってもよい日本の現状はどうして生まれたのでし
ょうか?

菅義偉政権の通信値下げの悪影響
野村総合研究所の北俊一パートナーは、20年に当時の菅義偉政権が行った通信料
金値下げが影響していると話す。「市場競争ではなく強制的に値下げさせた結果、
通信事業の収益が厳しくなり、手の着けやすいところからコスト削減に踏み切っ
た」、というものです。

当時の菅首相が、通信料金(当時は携帯電話の通信料が強調されました)の値下
げを盛んに訴えていたことを思い出します。

通信事業者がコスト削減のために行ったのは、一つは代理店への販売手数料を下
げたこと、そして致命的だったのは、高速ネットワーク整備のための設備投資
(特に5G用の基地局の新増設)や技術開発投資を減らしたことでした。

通信規格はおおむね10年ごとに切り替わっており、前半の5年で集中的に設備投
資を行い、後半の5年で投資を回収するのが世界的なビジネスモデルのようです。

大手3社が5Gサービスを始めたのは20年3月でしたが、その前後を比べても設備
投資額が目に見えて増えた形跡はありません。「諸外国と異なり、日本は5Gに
なっても4Gと同じかそれ以下の料金水準。収入が増えないことも、通信各社が
積極的に投資をしない一因になっている」、と北氏は指摘しています。

このため新たな技術やサービスは育たず、今や機器の多くを海外勢に頼る状態
です。これらも含めて、情報通信分野だけで国際収支の赤字は1.6兆円に上
ります。

5G用として新規に割り当てられた3.7~4.5ギガヘルツ帯、28ギガヘルツ帯を
使った高速通信可能な基地局が設置されている範囲の割合を「5G基盤展開率」
といいます。

総務省のまとめでは5Gの人口カバー率は20年3月で93.2%だとしています。
ところが、実際に28ギガ帯を使った高速通信可能な基地局が設置されている
範囲は、最も高いNTTTドコモで4割程度、ソフトバンクは1割、KDDIは
5%に満たないのが現実です。

これだけ数値が低いのに、人口カバー率が高いのは、4Gまでに割り当てられ
ている周波数「プラチナバンド」の一部を5Gに転用(つまり「水増し」)し
ているからで、この場合、あえて基地局を設置なくて済みます。

しかし、4Gまでの周波数を5Gに転用しても、通信速度は以前と変わらない
ので、5Gの”売り“である高速大容量通信は実現しないのです。

そのため業界内では「なんちゃって5G」と皮肉る声もあります(注2)。

ところで、日本の通信大手3社が5Gの営業を開始した2020年3月の時点です
でに、日本の通信環境は世界からかなり遅れていることははっきりしていまし
た。

そこでこれに先立つ2か月ほど前の1月27日総務省で開かれた6Gについて
話し合う有識者会議「Beyond 5G推進戦略懇談会」が開催されました。

総務省は、2030年の実用化を目指して、5Gの技術開発や商用化で遅れた日本は
失地回復をめざすとしていましたが、足元で大きく開いた差を埋めるのは容易
ではありません。

というのも、当時はすでに世界では「5G」の次の世代となる「6G」をめぐり、
早くも主導権争いが始まっていたからです。たとえば中国、アメリカ、フィン
ランド、韓国などがこの分野で先行していました。

さらに、現在の日本は5Gソフト・機器とも自前ではほとんど調達・運営がで
きていないのに、それを飛び越えて6Gを、というのは少し無理があります。

しかも、私はこの遅れを取り戻すのは大変難しいと思います。なぜなら、こう
した先端技術(ハードとソフト両面)を開発するには、優秀なIT技術者と巨
額の投資が必要ですが、それらを確保するのがとても難しいのです。

投資資金については何とか調達できたとしても、優秀なIT技術者は世界で奪
い合いになっており、日本は給料その他の待遇面で国際水準からはるかに劣っ
ています。

2019年2月7日に英人材サービス大手ヘイズがアジアの主要な5つの国・地域
の2018年の転職時給与調査を発表しました。データサイエンティストの最高額
は中国が前年比67%増の100万元(約1570万円)、シンガポールが横ばいで約
1420万円)。日本は1200万円にとどまります。

この格差は最高情報責任者となるとさらに大きくなります。中国は4500万円、
シンガポールは4000万円ほどでロンドンとほとんど変わりません。それに対し
て日本は2500万円ほどで、だいぶ見劣りがします。

この状況で果たして世界から優秀な人材を獲得できるでしょうか(注4)。し
かも、アメリカの巨大IT企業(GAFAM)は、はるかに巨額の報酬(私の
知り合いは年俸1億円ほどです!)で人材を世界から集めています。

菅政権時の通信料金値下げがすべてではありませんが、一瞬の新規投資を渋っ
たために、日本の通信事業は取り返しのできない遅れをとってしまったのです。

(注1)ここでは、5Gについてごく簡単な説明にとどめますが、詳しくはhttps://www.splunk.com/ja_jp/data-insider/what-is-5g.html(2023/12/24閲覧)を参照されたい。
(注2)以上は、主として日経ビジネス記者の佐藤嘉彦ほか1名の記事に依る。https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00550/041800001/ 日経ビジネス電子版(2023年4月19日)
(注3)『日経新聞』電子版 
     https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54896280X20C20A1EA1000/?n_cid=NMAIL007_20200128_A (2020/1/27 20:00)
(注4)『日経新聞』電子版 2019/2/7 19:00
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41027710X00C19A2QM8000/?n_cid=NMAIL007 (2019/2/7 19:00)

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32年ぶりの円安(2)―海外から見た日本経済の脆弱性―

2022-11-16 08:10:11 | 経済
32年ぶりの円安(2)―海外から見た日本経済の脆弱性―

今回は、現在進行中の円安という形で表れている現象の背景にある構造的な問題を検討する前に、
少し視点を変えて、海外の経済学者や投資家は日本経済の現状と将来性をどのように評価している
かをみておきます。

というのも、海外の目は中にいる私たちよりも客観的に、しかも厳しく見ていることが多いと考え
られるからです。

円安が今ほど進行する前の今年の8月、(2008年にノーベル経済学賞を受賞)し、今日、世界で最
も影響力を持つ経済学者の一人であるポール・クルーグマン教授は日本の記者とのインタビューで、
今の世界的なインフレ、物価高は来年度には収まり、世界経済は回復に向かうと思われるが、日本
だけは別で、相変わらず悪い方向に歩み続けるだろう、と予測しています。

その根拠として挙げているのは、日本は長期のデフレと景気の停滞に悩まされているのに、安倍元
首相は消費税を行ったことです。

実は、遡ること2016年3月22日、クルーグマン教授は安倍氏に直接会って、消費増税はすべきでない
と進言しました。しかし、安倍氏はこの進言を裏切る形で2019年10月に10%へと消費税を引き上げ
ました。これは大きな失策と言わざるをえない、と断じています。

というのも、そもそも、消費増税とは緊縮財政であり、景気の過熱、つまりインフレを抑制するため
に行うものです。日本のように長いデフレに陥っている国でやっても逆効果なのは明らかだったはず
です。

安倍氏の最大の関心事はデフレの克服で、アベノミクスの「異次元の金融緩和」政策の下、市中に大
量の紙幣を流して(つまり円安に誘導して)インフレ刺激策を推進する一方で、真反対の消費増税と
いうインフレ抑制策を行ったのです。

これはまさに典型的な「マッチ・ポンプ」です。これを外から見ると、理解不能な経済政策と映るの
は当然でしょう。

菅氏を引き継いだ岸田首相は当初、「新しい資本主義」、「分配」「金融所得課税」など、これまで
見られなかったキャッチコピーを語っていました。

では、首相就任後に岸田政権は実際に何をしてきたのでしょうか?クルーグマン氏は、この1年「キ
シダは何もしていない」ときっぱりと言い切っています。

クルーグマン氏によれば、日本の経済回復のためには労働者の賃金を上げることが最も重要なのに、
これに対して岸田政権は何もしてこなかったことを第一に挙げています。

「新しい資本主義」についてクルーグマン氏は「私には空虚に聞こえて仕方がありません」と一蹴し
ています。では、岸田政権は何をすべきだったのでしょうか。クルーグマン氏は三つのステップを挙
げています。

第一のステップは、日本の経営者団体のような反対論者を無視してでも、企業の内部留保の水準を明
確化し(現在500兆円超と見積もられている)、大幅に切り崩して賃金を上げることに向かわせる
法整備を行うなどの荒療治を行うことです。

第二のステップは、二つ目のステップとしては、労働法の強制力をより強めて、男女、正規・非正規
で賃金格差を実質的になくすことです。

そうしないと、全体として賃金が上がらず、したがって消費が伸びず、国内経済が縮小してゆくデフ
レから抜け出せないことを意味します。

第三のステップはエネルギーの確保です。自前のエネルギーが極めて少ない日本はとにかく自国で産
出できるエネルギーの確保を目指すことです。

この点に関してクルーグマン氏は再生エネルギーの開発とともに原発の推進を指摘していますが、私
は原発の推進に賛成できません。それよりも、まず再生可能な自然エネルギーの開発に国を挙げて進
めるべきだと思います。

いずれにしても、岸田政権になって1年経ちますが、日本に深くかかわってきた経済学者からみて、
先進国の中で日本だけが景気の後退から抜け出せない、と判断していることは明らかです(注1)。

それは、企業の内部留保が労働者の賃金に配分されていないこと、賃金格差が是正されていないこと、
エネルギーの確保ができていないこと、に要約できます。

次に、海外の投資家たちは、日本経済に対してどのように見ているかを見てみましょう。投資家は自
分たちの資産を投資するので、当然のことながら、投資対象に対しては厳しい評価をします。

現在の日本経済の低調さや円安は、新型コロナウイルス禍の影響や、今年2月に始まったロシアのウ
クライナ侵攻、それにともなう石油、天然ガス、食料価格の高騰によるものだ、と言われます。

しかし、これは必ずしも正しくありません。世界的投資家として著名なジム・ロジャース氏は、コロ
ナ禍が日本経済を揺るがすようになる前の、すでに2年前の2020年の5月に『日本経済新聞』とのイ
ンタビューで、次のように語っています。
    日本は、すでに膨大な債務を抱えている。そして人口も減少してい   る。事態に対処す
    るためにさらに借金を増やさざるを得ない中にあって、人口は今後もますます減り続けてい
    くだろう。これは、2021年、2022年には経済状況がどんどん悪くなる、ということを意味す
    るだろう。これは意見ではない、簡単な算数だ。債務はどんどん増えている。人口は減って
    いる。だから来年はさらに大きな問題が押し寄せてくる、ということだ。そして2022年には、
    2021年よりもさらに大きな問題に直面するだろう(注2)。

つまり、人口が減っているのに国は借金(債務)を増やしているのだから、日本経済は2021年も2022
年も悪くなるという。

現在2000兆円を超える債務を抱える日本は、その債務をいつか誰かが返済してゆかなければならな
りません。現実には、今より少ない人口の次の世代、またその次の世代に借金が押し付けられてゆくこ
とになります。

借金の返済は原則として税金で賄うことになりますが、すると、次世代以降の日本人の税の負担が非常
に大きくなることが想定されます。

もし、増税で借金を返すことができなければ、日本政府と日銀は、お金を大量に刷って市中に流し、円
の価値を下げる、いわゆるハイパー・インフレを起こして国の借金の負担を減らすことも考えられる。

こうした長期的展望を考えてロジャースは、長期的に日本経済は「どんどん悪くなる」と判断している
のです。

藤巻健史氏は、“「日銀は紙幣印刷所」と化し、いずれ円は紙くず化する”、と書いていますが、それは
このような事情を指しています(注3)。

つまり、経済成長がないのに円札の大量印刷は、円に対する内外の信用を失わせるだけでなく、国民の
財産を公権力によって強引にはく奪する毒薬なのです。

さて、日本経済に対する海外の評価は、海外の投資家が日本の株の将来性をどのように見ているのか、
そして実際にどれほど投資するかに端的に表れます。

東京証券取引所(東証)が基準策定の際に念頭に置く海外投資家とは、日本株の投資に特化した「ジャ
パンファンド」です。

東証はヒアリングを通じ、流動性などの観点でジャパンファンドが投資先に求める時価総額の最低水準
は300億円程度、相当大口の投資対象とみています。

問題は、ジャパンファンドの数がこの数年で減ってきていることです。

まず、ジャパンファンドの世界最大の集積地だった英ロンドンではポーラー・キャピタルが長い運用実
績を持つ日本株チームを2019年末に解散しました。

海外投資家を代表する日本株スペシャリストのひとりとして知られていた、ジェームス・ソルター氏が
会社を辞めたことが解散の理由だったようだ。

そして21年夏には世界最大級の政府系ファンド、アブダビ投資庁(ADIA)が香港に置いていた日本株の
運用チームを突然解散しました。この時、「運用額が大きかっただけに、証券界に衝撃が走った」(大
手証券)ようです。

ドイツには日本株のスペシャリストが今でも2~3人残っていますが、若手・中堅社員に全く人気のない日
本株運用は後継者がみつからないという。現在の担当者が引退したらジャパンファンドもなくなる方向と
みられています。(注4)

こうした海外の投資グループがその対象から日本をはずす現象が起きていることは、日本の企業と日本経
済そのものの現状だけでなく将来に対して非常に低い期待値しかもっていないことを意味しています。

以上、みてきたように、海外の経済学者や投資家は。日本経済の将来に対して非常に厳しい、将来性のな
い展望を持っていることが分かります。

それに対して、現在、日本政府は適格な政策を行っているのかといえば、たとえば一方で金融緩和により
貨幣を増発して円安に誘導しておきながら、消費増税をしたり、あるいは円安を止めるために為替介入を
して円高に持ってゆこうとする、などまったく整合性のない政策を執っています。

そして極めつけは、クルーグマン教授は現政権に対して「キシダは何もしていない」との評価です。

私たちの日々の生活に大きくかかわる問題ですから、政府の政策や現実について厳しい目で見てゆく必
要があります。

(注1)クルーグマン 「日本だけがダメになる」Gendai.media 2022.08.04 https://gendai.media/articles/-/98055?imp=0
    クルーグマン 「岸田は何もしていない」Gendai.media 2022.8.04 https://gendai.media/articles/-/98056?imp=0
(注2)『日経新聞』デジタル版 2020年5月27日
     https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/052500046/?P=1
(注3)『週刊エコノミスト Online』 から『毎日新聞』デジタル版 (2022  年10月8日)
     https://mainichi.jp/premier/business/articles/20221006/biz/00m/070/002000d?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20221008。
(注4)『日経新聞』デジタル版(2022年2月14日 17:00)
     https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD140B50U2A210C2000000/?n_cid
     =NMAIL007_20220214_Y&unlock=1
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
森の一部は落葉樹で、紅葉ではなく茶色の落ち葉で地面が覆われます。                    同じ森の他の部分はイチョウが多く黄色の絨毯になります。
    


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32年ぶりの円安(1)―低金利と巨額の財政赤字―

2022-10-26 19:58:17 | 経済
32年ぶりの円安(1)―低金利と巨額の財政赤字―

最近の日本経済に関する話題といえば、円安とそれによる物価の上昇です。

今年の9月22日に対ドル円相場が146円になった時、日銀は10年ぶりに円買いドル売り
の、いわゆる為替介入に踏み切りました。この時使ったドルは2.8兆円でした。

今年の年初では1ドル110円から115円の間であったことを考えれば、146円というレ
ートは円安が大きく進んだことがわかります。

しかし、事前に予想されたように、為替介入一時的に140円まで円高に向かったものの、間
もなくその効果は消失し、じりじりと円安が進行しました。

そして10月20日、日本円の対ドル為替レートはついに、32年ぶりに1ドル150円を超
えてしまいました。

政府はこれに対して直ちに円買い・ドリ売りの介入に踏み切ったようです。ここで「ようです」
というのは、政府は介入のタイミングや規模(金額)を公表することなくひそかに介入する、
いわゆる「覆面介入」の手法を採ったからです。

今回も円相場は突然、5円ほど円高に進みましたたが、25日現在、148~149円、ほぼ
介入前の水準に戻ってしまいつつあります。

こうした円安の背景として、日米の金利差が挙げられます。すなわち、アメリカの年初の政策
金利(国債などの公的金利)は1%であったのに、現在は4.5%にまで上昇しています。

これにたいして日本は超低金利、あるいは実質ゼロ金利政策をとっています。日米の金利差が
これほど大きく開いてしまうと、円で保有しているより、ドルで運用した方がはるかに利益が
あるため、金融機関やヘッジファンドなどの投資機関、個人投資家は円を売ってドルに換金し
ようとします。

たとえば、最も単純な運用で、アメリカの政府債を100億円分購入すれば、1年後には利子
が4憶5千万円ついてきます。しかし、日本では国債を買っても、受け取る利子はごくわずか
か、ほぼゼロです。

こうして、円を売りドルを買う動きが活発となり、円安はますます進んでしまいます。

円安の理由を記者に問われた鈴木財務大臣は、政府は「投機筋と厳しく対峙している」と答
えていました。

つまり、ヘッジファンドのような、巨額のお金を動かす金融界のギャンブラーによる円の売
買が主要因で、政府は彼らと厳しい戦いをおこなっている、と説明していました。

しかし、これは政府の苦しい言い訳で、そのまま信じることはできません。というのも、円
を売りドルを買っているのは、ヘッジファンドだけではありません。

日本は、食料の60%以上を輸入し、エネルギー(石油、ガスなど)の大部分、多くの製造
業の原材料を輸入に依存しています。

これらを輸入にはドル払いが原則ですから、輸入業者(企業)はどうしても円を売ってドル
を買わなければなりません。

とりわけ、今年のウクライナ戦争、コロナ禍での物流の停滞、欧米諸国のインフレなどで輸
入品価格が高騰したので、これら主要輸出品を輸入するだけでも以前より多くの円を売りド
ルを買わなければなりません。

ただし、実はウクライナ戦争をはじめとする上記の特殊事情が影響する以前の2010年以
降には貿易収支(輸出と輸入の差額)はほぼ赤字(輸入超過)です。

そこに、特殊事情が加わったので、輸入超過がさらに膨らみました。例えば今年の7月一か
月だけで、2兆2500億円ほどの輸入超過(赤字)です。

つまり、大幅な円安に世界的な物価上昇が加わったのです。こうして、円安により日本の富
は流出していることになります。

では、かつて「輸出立国」とまで言われた日本がなぜ、輸入立国となってしまったのでしょ
うか?

一言でいえば、日本経済がほかの国と比べて輸出品の競争力を失って弱体化したからです。
これについては、さらに詳しい説明が必要なので、別の機会に譲りたいと思います。

次に、現在の円安が日米の金利差にあることは確かですが、問題は、なぜアメリカや多くの
ヨーロッパ諸国は金利を上げることができるのに、日本は金利を上げることができないので
しょうか?

これは、10年に及ぶ「アベノミクス」結果でもあります。この政策の中の「異次元の金融
緩和」政策により、国は巨額の国債を発行し(つまり借金して)市中への貨幣供給量を増や
してきました。

もし、好景気で経済が拡大しつつあり、それに見合った貨幣需要があれば問題はありません
が、「失われた30年」ともいわれる日本経済の長期低迷状況においてはただ貨幣の供給量
をふやすことは、円の価値の下落、したがって円安をもたらします。

「アベノミクス」ではこうした借金によって市中への貨幣供給量を増やすことによって景気
を刺激すると同時に、円安を誘導して日本の製品(特に自動車)を相対的に安くし、それを
梃子に輸出を伸ばそうとしました。

しかし、すでにみたように、輸出も多少は増えましたが、原材料の高騰や円安によって輸入
の増加の方が大きく、ここ10年ほどは輸入超過となってしまっています。

それにもかかわらず日銀の黒田総裁は直近の会見で、これからも金融緩和を続けてゆく、と
明言しています。これは、国内外の投資家からすると、日本はさらに円安を進めるという明
確なサインと映るでしょう。

安倍元首相の主導のもとに始められた「アベノミクス」では「異次元の金融緩和」政策の下、
毎年巨額の国債を発行して市中への貨幣供給量を増やしてきました。

必要な政策資金の20%超を国債によって賄ってきました。その方法は、国が国債を発行し、
それを日銀が制限なく引き受け、その金額を市中に流す、言い換えると紙幣を輪転機にかけ
て大増刷してきたのです。

このため、現在国の国の借金(国債+借入金+政府短期証券)の債務残高は1255兆19
32億円(うち、国債は1026兆円)、GDPの2.5倍に相当する借金財政となってい
ます。

このような財政状態で、もし国債の金利を1%上げると、元金の返済(毎年30兆円ほど)
に加えて、利払いの増加分だけで毎年計算上は毎年12兆600億円となり、国債の利払い
増加分は10兆2600億円となってしまいます。

このため、欧米諸国のように日本は金利を上げることはできず、ゼロ金利に近い日本との金
利差が拡大し続けています。その結果、円を売ってドルを買う円安への動きが止まらないの
が現状です。

なお日銀は本来独立した機関であるはずですが、かつて安倍氏が「日銀は政府の子会社」と
はばかることなく言ったように、自公政権の下では事実上政府の指示で動いています。

ところが、円安に関して政府と日銀はまったく逆の動きをしています。一方で政府(財務相)
は円高を誘導するために円買い介入をしているのに、他方で日銀の黒田総裁は「金融緩和」
を続ける、つまり円安を誘導する政策を維持すると公言しています。

こうした基本的な矛盾があるにもかかわらず、平然と経済運営を行っている実態に岸田自公
政権の一貫性のなさ、いい加減さが如実に表れています。

今回は、最近の円安を、金利と巨額の財政赤字という観点から検討しましたが、次回は、も
っと本質的な、日本経済の弱体化という面から考えてみたいと思います。






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目を背けずに、現実を見つめよう(3)―日本はもはや「後進国」?―

2022-07-13 14:49:18 | 経済
目を背けずに、現実を見つめよう(3)―日本はもはや「後進国」?―

参院選が終わったばかりの7月13日の『日本経済新聞』(電子版)は、岸田政権の宿題として、
「日本、危うい先進国の座 成長源は雇用・規制改革に」と題する記事を掲げました(注1)。
その記事の中で、ノーベル賞経済学者クズネッツ氏の、「世界には4種類の国がある。先進国、
途上国、日本、アルゼンチンだ」という言葉を引用しています。

つまり、途上国から先進国になった日本は特別な国。途上国に転落したアルゼンチンもまたま
れだ、かつてアルゼンチンがたどったように、日本の先進国の座が危うくなってきた、という
ものです。

同じ文脈で、日経新聞の「日経ビジネス 電子版」(7月14日)では、日本の国際競争力の低
下に歯止めがかからないという現実を取り上げています。

6月16日、スイスのビジネススクールIMDが出した「2020年版世界競争力ランキング」で日本
の順位は過去最低となる34位に沈んだことです。これは、19年版の30位からさらに後退したこ
とを意味しています。

経済界の代弁者的なこの新聞が掲載したこれらの記事からは、日本経済が置かれている隠しよ
うもない追い詰められた実体と強い危機感がひしひしと伝わってきます。

日本経済は「失われた30年」と言われる長期の不況に喘いでいます。とりわけ、労働者の実
質的賃金は、過去30年間長期減少傾向にあります。

日本人の実質所得は、OECD35カ国中22位で、それより下は、日本とほぼ同水準のスペ
イン、ポルトガル、他はポーランド、リトアニア、エストニア、チェコ、ラトビア、ハンガリ
ーと、ポルトガル、ギリシアなどのヨーロッパの貧困国だけです。

では、なぜ、日本の所得が低くなってしまったのでしょうか?

それは、一にも二にも、就業者一人当たりの生産性、したがって付加価値(新たに加えられた
価値)が低いからです。

2020年の実績でみると、OECD38カ国中28位で、1970以降もっとも低い順位でした。
この年日本の一人当たり生産性は78,655(809万円)ドルで、アメリカは141,370ドル、OE
CDの平均は100,799ドルでしたから、日本の生産性はその78%ということになります。

しかも、この点で日本より生産性が低いのは、やはり上に引用した所得水準と同じで、バル
ト三国とポーランドなど東ヨーロッパ諸国です。

2020年当時は1米ドルが102円ほどでしたから、現在の円安の為替相場135円を単純に
当てはめると現在は60,000ドル弱(アメリカの40%)ということになります。

高度経済成長の只中に日本の企業も政府も、「物造り」こそが日本の特技であり強みである、
と自負していました。

実際、製造業の生産性だけをみると、2015年と2000年においては世界第一でした。まさに、
日本経済の絶頂期でした。

それが、2005年には9位、2010年には10位、2015年は17位、2018年、2019年は18位に下
がってしまいました。

すなわち2000年以降には、日本は世界に冠たる「物造り」大国から滑り落ちてまったのです
(注3)。

では、なぜ、日本の生産性、とりわけ得分野であった製造業においてもトップの座から滑り
落ちてしまったのでしょうか?

これには多くの要因が関係しており、それらのいくつかについては前回でもふれましたが、
ひとつだけ挙げると、日本企業の経営者は昭和の、良い商品を安く大量に売ること、「薄利
多売」で世界に君臨した「成功体験」から抜け出すことができなかったことがあります。

この「成功」の中身は、洗濯機、冷蔵庫、クーラーなどいわゆる「シロモノ家電」と言われ
る電気製品の輸出でした。日本はかつて開発途上国でしたから、「薄利多売」のビジネスを
するしか選択肢はありませんでした。

しかしこれらの製品は、韓国や中国に、続いてそのほかの開発途上国や新興工業国(BRI
Cs)でも安く生産できるようになり、日本の優位さは消えてしまいました。

その後日本は、世界で突出して優位を持つ製品なり産業を、リスクを冒してでも開発する機
運は生まれていません。

多くの企業が昭和の「薄利多売」のビジネスモデルから抜け出ることができず、日本は再び
途上国の時代の時代の水準に逆戻りしようとしています。

こうして、労働生産性の低い産業(付加価値が低い産業)途上国型の、儲からない産業が残
ってしまい、必然的に賃金は低いまま停滞が続いています。

これにたいして、船舶、自動車、鉄道部品、医療機器といった伸びが大きい分野では、米国
企業やドイツ企業が強みを発揮しています。

日本はボールベアリングやコンデンサーといった伸びが低い分野でシェアが高い。加谷氏は、
こうした日本の状況にたいして、“縮小市場で高いシェアを確保しても意味がない”と断じてい
ます(注4)

以上の現状を総合的に考えると、日本企業の多くは、リスクを冒してまでも新たな分野に投資
する気概を失い、低生産性→低賃金という流れが出来上がってしまっていてなかなかそこから
抜け出せない状況にあると言えます。

日本は1990年代に途上国型経済から先進国経済に転換するタイミングを迎えましたが、硬
直化した企業組織や政府の先見性のない政策のため、産業構造の転換に失敗してしまいました。

この間に欧米では、国も含めて新たな分野の開拓のためにリスクを負って、積極的に投資をお
こなってきました。

たとえば、2019年の年末の中国の武漢で謎の感染症(後に新型コロナウイルスと判明)が発生す
ると、ドイツ、アメリカ、イギリス各政府は国を挙げてワクチン開発に巨額の資金を製薬会社に
投入しました。

その結果、これらの国の製薬会社が、製薬会社は莫大な利益を得たのです。

しかし日本政府は欧米に匹敵する資金をワクチン開発に投じてきませんでした。結局、日本のオ
リジナルなワクチンは開発されず、いざ、コロナがまん延すると海外のワクチンを大慌てで買い
あさるはめになりました。2021年度だけで、日本は海外からワクチンの購入のために1兆6,685
億円もの大金を使いました(注5)。

同様のことは、さまざまな分野で発生しています。たとえば、再生エネルギーの開発やIT産業
などの開発に対する政府の投資は、欧米と比べてはるかに遅れており、今からではとうてい追い
付けない状況にあります。

こうして、気が付いてみると、2019年の日本は世界競争力ランキングの順位は63ヵ国中30位
で、1997年以降では最低の結末となっており、2020年にはさらに下がって34位にまで転落して
います。そして、平均賃金はOECD加盟35カ国中19位にとどまっています。

社会的・福祉についてみると、2019年の教育に対する公的支出のGDP比は43カ国中40位と
いう惨憺たる状況にあります。年金の所得代替率(現役時の所得のどれほどの%か)は49ヵ国
中40位、障害者への公的支出のGDP比は36ヵ国中31位、失業に対する公的支出のGDP
比は34カ国中32位、など、これでもかというほどひどい有様です。

あらゆる指標を総合して、加谷珪一氏はそのものずばりの著書『日本はもはや『後進国』と断じ
ています(注6)。

ここ1年でみるとさらに日本人の経済的苦境が明らかになります。低賃金、円安、コロナとウク
ライナ戦争の影響で、2012年を100とすると、2022年の実感に近い賃金は11%下がり、物価
は15・4%上がり、実感としては26%以上も生活が苦しくなっています(注7)。

加谷氏によれば、こうした状況をしっかりと受け止め、対応策を考えなければならないのに、これ
までの日本社会の反応はむしろ逆のようです。

最近はだいぶ落ち着いたものの、こうした主張を行うと、一部の論者や視聴者から「反日」「国賊」
など聞くに堪えない誹謗中傷を受けるというのが日常だったそうです(注8)。現実を直視しよう
としない人たちの不安の裏返しです(注8)。

エネルギーのほとんど、食料の60%以上も輸入に頼っている日本は、国家的なプロジェクトとして、
再生可能エネルギーの開発と、せめて食料の自給を達成することが先決です。

その上で、加谷氏の「日本はコンパクトな消費国家を目指そう」という提案に賛成です。
    一定レベルの生活水準があり、同一言語を話す消費者が1億人以上も集約している市場とい
    うのは世界を見渡してもそれほど多くありません。日本はこの消費市場をフルに活用すべき
    でしょう。
    1億人の市場があれば、無理に海外に進出することなく国内市場だけでも十分な収益を得ら
    れるでしょう(注9)。
まずは、日本は「先進国」で「大国である」という幻想を捨てて、地道に生きる方向に向かって進む
べきです。現実を直視し、何があるべき姿なのかの将来展望をはっきりと描くべき時がきています。
                  

                  注
(注1)2022年7月13日 2:00 (2022年7月13日 5:03更新)
    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62557840T10C22A7MM8000/
(注2)日経ビジネス Online (2020年7月14日)
    https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00157/071400004/?n_cid=nbpnb_mled_epu
(注3)日本生産性本部  <4D6963726F736F667420506F776572506F696E74202D2081798DC58F4931323136817A32303231313231378E9197BF
    5F984A93AD90B68E5990AB82CC8D918DDB94E48A723230323181698B4C8ED294AD955C90E096BE97708E9197BF816A> (jpc-net.jp) 
    および共同通信社プレスリリース
    https://www.kyodo.co.jp/release-news/2021-12-24_3657385/
(注4)加谷珪一『日本はもはや「後進国」』(秀和システム、2019)102~106ぺージ。
(注5)『全国保険医新聞』(2021年12月5日号より引用。
    https://hodanren.doc-net.or.jp/news/iryounews/211205_exdrg1.html
(注6)加谷珪一『日本はもはや「後進国」』前出書:3~4ページ。
(注7)テレビ朝日の「モーニングショー」(2022年6月20日)で紹介された、大和証
    券(株)の末広徹氏の試算
(注8)加谷珪一『貧乏国ニッポン―ますます転落する日本でどう暮らすか―』(幻冬舎新書、2020):108~109ページ。
(注9)加谷『日本はもはや「後進国」』前出書:203~204ページ。


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