“運動会は中止 オリンピックはいいの?”
TBS系の午後の情報番組「Nスタ」(25日)で紹介された、小学生1年生が親に発した
ある質問が、話題を呼んでいます。
それは「なんで運動会は中止なのにオリンピックは開催されるの?」という、素朴で本質を
突いた鋭い質問です。
これは、小学校ではよく発せられる質問だそうです。現場の先生たちは、子どもたち納得さ
せる説明はできない、ということでした。
羽生田文科相は、「秋になれば景色が変わるので、その時に運動会を移す」と言っています
が、もし、秋になっても運動会ができなかった場合、どうするのでしょうか?
いずれにしても、このコロナ禍の下で、オリンピックを強行しようとしているのは、自らの
権威と地位とお金を確保しようとしているIOCの幹部たちの野心と、オリンピックを政権
浮揚の道具として利用しようとしている現政権の意図が、本当の理由なのですから、それを
隠したまま言い訳をしても、子どもだけでなく、多くの日本人の大人をも説得できるはずは
ありません。
つまり、事の本質を表に出すことはできないので、もっともらしい理由を語るか、有無を言
わせず強引に開催に突き進むしかない、というのが現状です。
今回のオリンピック開催については、当初から疑惑や矛盾が付きまとっています。これにつ
いては、このブログですでに2回にわたって書いています(注1)
思えば、今回のオリンピックの大義・理念は「復興オリンピック」で3.11からの復興だ
ったはずでした。しかし現在、この大義が語られることはありません。
それに代わって「人類がコロナに打ち勝った証として、完全な形で行われる」という安倍前
首相が語った言葉に置き換えられ、菅首相は、自ら大義を考え出すことなく、ひたすら、安
倍首相の言葉を繰り返すだけです。
人類とは言わないまでも、日本においてはまだ緊急事態宣言が発令されている最中なのに,
「コロナに打ち勝った証」などとは到底言えないはずです。
菅首相は事あるごとに、「安心・安全」なオリンピックを準備していると繰り返すだけで、
一向にコロナ感染者は安心・安全なレベルに減ってはいません。
この矛盾を、小学生は的確に感じていて、それが表題に示した「なんで運動会は中止なのに
オリンピックは開催されるの?」という質問となって表現されているのです。
小学生にとっては運動会だけでなく遠足や学芸会のような行事、中学・高校生たちにとって
は、クラブ活動の禁止、卒業旅行、さらに言えばごく当たり前の入学式や卒業式もできない
という、事態に置かれているのです。
こうした学校での行事というのは、一生のうち1回限りのもので、少年期から思春期にある
生徒・学生の人間としての精神的・文化的な成長にとって、かけがえのない非常に重要な体
験です。
それが、コロナ禍という事情のため中止させられるとしたら、大人の側からの、とりわけ政
策を実施する政府や自治体による、それなりの説明と代替措置が必要です。
しかし「蜜」を避けよ、と言いながら、運動会よりもはるかに多くの人を集めることが前提
となっているオリンピックは、何が何でもやる、という。
子どもたちの大人に対する不信感は、決して軽いものではありません。
東京都の小池知事は「3蜜を避ける」との言葉を発して、コロナのまん延防止の先頭にたっ
ている、というイメージを与えてきました。
しかし、その小池知事がオリンピックに関しては、東京都の施設である代々木公園に、オリ
ンピック組織委員会と共同で、パブリック・ビューを設置するという。
これにたいしては多くの反対署名が集まっていますが、そんな反対を物ともせず、すでに工
事を始めています。
これは国も同じで、全国で6か所、パブリック・ビューイングの会場を設置することが決ま
っています。
そして都は、これ以外に都独自で4か所、50億円をかけてパブリック・ビューイング会場
を設置することにしています。
言うまでもなく、パブリック・ビューイングの意義について都は、「大会の感動を共有でき
る重要な機会」だからと説明しています(注2)。
しかし、たとえば、代々木公園の場合、定員は当初、1600人でしたが、あとで710人
に削減しました。しかし、これをもって、都民全体が感動を共有する、というのは、いくら
何でも言いすぎです。
しかも、この場所は、桜の季節には。「蜜を避ける」ためにフェンスで隔離されていたのに。
今度は、「蜜を作って」盛り上がる場所として、邪魔な木の枝を切り払っています。
これでは、子どもたちも大人も納得するわけがありません。
これに対して、分科会会長の尾身氏は、PVは人の流れを増やすので望ましくない、と発言
しており、田村厚労相も、オリンピックは家でテレビ観戦を、と訴えているのに、です。
こうしたちぐはぐさ、矛盾は、たとえば大声を出して飛沫が飛び散る歌舞伎と演劇は通常
公演が認められてきたのに、黙ったスクリーンを見ているだけの映画館は、ダメという。
これについては最近、若干の修正が行われているようですが、これまでの政府の施策には
どう考えても一貫性がなく、説明不能な矛盾があります。
もう一つ、奇妙なことがあります。何でも、大会期間中に訪日する外国人選手のために、日
本の4社がそれぞれ4万個のコンドーム、計16万個を選手村に配布するという。
しかし、組織員会の説明では、選手村の宿舎にいる選手は互いに濃厚接触は禁止されている
はずなのに(もちろんセックスは禁止)、なぜコンドームを配布するのだろうか?
組織委の一つの弁解は、これはオリンピックに関する慣習だから、というものです。しかし、
緊急事態宣言が出ている現在、たんなる慣習では説得力がありません。
そこで持ち出した組織委員会の説明は、子どもでも笑い出してしまうほど、ばかばかしいも
のです。
一部では「濃厚接触を助長する」との声もあるが、との声に組織委は
選手村で使うというものではなく、母国に持ち帰っていただき啓発にご協力いただ
くという趣旨・目的のもの」
と説明し、その上で
HIV(エイズ)はアスリートをはじめ若者の未来を奪う病気であり、差別や貧困
も生んでいる。IOC(国際オリンピック委員会)がその撲滅のための啓発活動の
一環として行っている
と話しました。2004年からは国連とも連携した取り組みになっているという。組織委は
「IOCからは引き続き実施するよう求められている」としたうえで「東京大会においては、
こうした趣旨・目的を踏まえながら、配布方法等について現在検討中です」と話しています
(注3)。
私は、IOCがエイズ撲滅活動を積極的に行っていったことは知りません。ただ、今問題に
なっているのは新型コロナウイルスのまん延防止なのに、なぜ組織委員会が突然、エイズを
持ち出したのか、そしてそのことのばかばかしさに気が付いていないのか、理解できません。
こうした言い訳は官僚が考えるのでしょうが、そうだとすると、官僚の能力に深い失望を感
じます。
そう言えば、当初ははなばなしく宣伝された「聖火リレー」は、今では人々の関心は薄れ、
メディアでもほとんど取り上げません。
ほとんどの県では行動を走らず、どこかの公園や競技場で、ひっそりと点火の儀式が行われ
ているだけです。
聖火リレーが尻つぼみになっている実態は何となく、今回のオリンピックがたどりそうな
「竜頭蛇尾」を象徴しているように思えます。
(注1)2019年11月2日の記事「混乱の東京オリンピック―全ては出発点のウソと無理にあ
った―」でも、2021年3月23日の『「人類が新型ウイルスに打ち勝った証として」
“無観客でも”というブラック・ジョーク』を参照されたい。
(注2)『毎日新聞』デジタル版 (2021年5月29日)
https://mainichi.jp/articles/20210529/k00/00m/040/139000c
(注3)Yahoo ニュース (2021年5月27日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba090fe7f9d2cbd65283ad20a3fb9a23687f0f10
TBS系の午後の情報番組「Nスタ」(25日)で紹介された、小学生1年生が親に発した
ある質問が、話題を呼んでいます。
それは「なんで運動会は中止なのにオリンピックは開催されるの?」という、素朴で本質を
突いた鋭い質問です。
これは、小学校ではよく発せられる質問だそうです。現場の先生たちは、子どもたち納得さ
せる説明はできない、ということでした。
羽生田文科相は、「秋になれば景色が変わるので、その時に運動会を移す」と言っています
が、もし、秋になっても運動会ができなかった場合、どうするのでしょうか?
いずれにしても、このコロナ禍の下で、オリンピックを強行しようとしているのは、自らの
権威と地位とお金を確保しようとしているIOCの幹部たちの野心と、オリンピックを政権
浮揚の道具として利用しようとしている現政権の意図が、本当の理由なのですから、それを
隠したまま言い訳をしても、子どもだけでなく、多くの日本人の大人をも説得できるはずは
ありません。
つまり、事の本質を表に出すことはできないので、もっともらしい理由を語るか、有無を言
わせず強引に開催に突き進むしかない、というのが現状です。
今回のオリンピック開催については、当初から疑惑や矛盾が付きまとっています。これにつ
いては、このブログですでに2回にわたって書いています(注1)
思えば、今回のオリンピックの大義・理念は「復興オリンピック」で3.11からの復興だ
ったはずでした。しかし現在、この大義が語られることはありません。
それに代わって「人類がコロナに打ち勝った証として、完全な形で行われる」という安倍前
首相が語った言葉に置き換えられ、菅首相は、自ら大義を考え出すことなく、ひたすら、安
倍首相の言葉を繰り返すだけです。
人類とは言わないまでも、日本においてはまだ緊急事態宣言が発令されている最中なのに,
「コロナに打ち勝った証」などとは到底言えないはずです。
菅首相は事あるごとに、「安心・安全」なオリンピックを準備していると繰り返すだけで、
一向にコロナ感染者は安心・安全なレベルに減ってはいません。
この矛盾を、小学生は的確に感じていて、それが表題に示した「なんで運動会は中止なのに
オリンピックは開催されるの?」という質問となって表現されているのです。
小学生にとっては運動会だけでなく遠足や学芸会のような行事、中学・高校生たちにとって
は、クラブ活動の禁止、卒業旅行、さらに言えばごく当たり前の入学式や卒業式もできない
という、事態に置かれているのです。
こうした学校での行事というのは、一生のうち1回限りのもので、少年期から思春期にある
生徒・学生の人間としての精神的・文化的な成長にとって、かけがえのない非常に重要な体
験です。
それが、コロナ禍という事情のため中止させられるとしたら、大人の側からの、とりわけ政
策を実施する政府や自治体による、それなりの説明と代替措置が必要です。
しかし「蜜」を避けよ、と言いながら、運動会よりもはるかに多くの人を集めることが前提
となっているオリンピックは、何が何でもやる、という。
子どもたちの大人に対する不信感は、決して軽いものではありません。
東京都の小池知事は「3蜜を避ける」との言葉を発して、コロナのまん延防止の先頭にたっ
ている、というイメージを与えてきました。
しかし、その小池知事がオリンピックに関しては、東京都の施設である代々木公園に、オリ
ンピック組織委員会と共同で、パブリック・ビューを設置するという。
これにたいしては多くの反対署名が集まっていますが、そんな反対を物ともせず、すでに工
事を始めています。
これは国も同じで、全国で6か所、パブリック・ビューイングの会場を設置することが決ま
っています。
そして都は、これ以外に都独自で4か所、50億円をかけてパブリック・ビューイング会場
を設置することにしています。
言うまでもなく、パブリック・ビューイングの意義について都は、「大会の感動を共有でき
る重要な機会」だからと説明しています(注2)。
しかし、たとえば、代々木公園の場合、定員は当初、1600人でしたが、あとで710人
に削減しました。しかし、これをもって、都民全体が感動を共有する、というのは、いくら
何でも言いすぎです。
しかも、この場所は、桜の季節には。「蜜を避ける」ためにフェンスで隔離されていたのに。
今度は、「蜜を作って」盛り上がる場所として、邪魔な木の枝を切り払っています。
これでは、子どもたちも大人も納得するわけがありません。
これに対して、分科会会長の尾身氏は、PVは人の流れを増やすので望ましくない、と発言
しており、田村厚労相も、オリンピックは家でテレビ観戦を、と訴えているのに、です。
こうしたちぐはぐさ、矛盾は、たとえば大声を出して飛沫が飛び散る歌舞伎と演劇は通常
公演が認められてきたのに、黙ったスクリーンを見ているだけの映画館は、ダメという。
これについては最近、若干の修正が行われているようですが、これまでの政府の施策には
どう考えても一貫性がなく、説明不能な矛盾があります。
もう一つ、奇妙なことがあります。何でも、大会期間中に訪日する外国人選手のために、日
本の4社がそれぞれ4万個のコンドーム、計16万個を選手村に配布するという。
しかし、組織員会の説明では、選手村の宿舎にいる選手は互いに濃厚接触は禁止されている
はずなのに(もちろんセックスは禁止)、なぜコンドームを配布するのだろうか?
組織委の一つの弁解は、これはオリンピックに関する慣習だから、というものです。しかし、
緊急事態宣言が出ている現在、たんなる慣習では説得力がありません。
そこで持ち出した組織委員会の説明は、子どもでも笑い出してしまうほど、ばかばかしいも
のです。
一部では「濃厚接触を助長する」との声もあるが、との声に組織委は
選手村で使うというものではなく、母国に持ち帰っていただき啓発にご協力いただ
くという趣旨・目的のもの」
と説明し、その上で
HIV(エイズ)はアスリートをはじめ若者の未来を奪う病気であり、差別や貧困
も生んでいる。IOC(国際オリンピック委員会)がその撲滅のための啓発活動の
一環として行っている
と話しました。2004年からは国連とも連携した取り組みになっているという。組織委は
「IOCからは引き続き実施するよう求められている」としたうえで「東京大会においては、
こうした趣旨・目的を踏まえながら、配布方法等について現在検討中です」と話しています
(注3)。
私は、IOCがエイズ撲滅活動を積極的に行っていったことは知りません。ただ、今問題に
なっているのは新型コロナウイルスのまん延防止なのに、なぜ組織委員会が突然、エイズを
持ち出したのか、そしてそのことのばかばかしさに気が付いていないのか、理解できません。
こうした言い訳は官僚が考えるのでしょうが、そうだとすると、官僚の能力に深い失望を感
じます。
そう言えば、当初ははなばなしく宣伝された「聖火リレー」は、今では人々の関心は薄れ、
メディアでもほとんど取り上げません。
ほとんどの県では行動を走らず、どこかの公園や競技場で、ひっそりと点火の儀式が行われ
ているだけです。
聖火リレーが尻つぼみになっている実態は何となく、今回のオリンピックがたどりそうな
「竜頭蛇尾」を象徴しているように思えます。
(注1)2019年11月2日の記事「混乱の東京オリンピック―全ては出発点のウソと無理にあ
った―」でも、2021年3月23日の『「人類が新型ウイルスに打ち勝った証として」
“無観客でも”というブラック・ジョーク』を参照されたい。
(注2)『毎日新聞』デジタル版 (2021年5月29日)
https://mainichi.jp/articles/20210529/k00/00m/040/139000c
(注3)Yahoo ニュース (2021年5月27日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba090fe7f9d2cbd65283ad20a3fb9a23687f0f10