「絶望死」(1)―アメリカの暗い闇―
アメリカにおける、「絶望死」に関して、二つの衝撃的な記事が公表されました。一つは、今回、紹介する、国際的な通信社
「ロイター」の記事で、もう一つは次回に紹介する「Newsweekapan」『ニューズウィーク・ジャパン』の記事です。
両者は同じ研究者による研究報告に基づいて、ややちがった観点から「絶望死」の問題を論じています。
今回は「ロイター」の記事「コラム:『絶望死』が増加する米国社会の暗い闇」の紹介から始めましょう。まずは、事実関係。
米国の国民、特に白人で低学歴層の平均寿命が以前よりも短くなっているというものです。そして、その主な原因はドラッグ、
アルコール、そして自殺であるという。
事の発端は、プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、これらを「絶望による死」と呼び、その
背景にある統計を紹介したことです。
「絶望による死」とは、通常の自殺のほかに、現在の苦悩と将来への希望のなさから酒やドラッグに溺れた結果、さまざまな
病気(たとえば肝臓病)で死ぬことです。
通常、自殺以外のこのような死は「病死」とされますが、ケース教授とディートン教授は、その底にある要因の本質は「絶望」
であると指摘したことが、衝撃的でした。
両教授によれば、25─29歳の白人米国民の死亡率は、2000年以降、年間約2%のペースで上昇していることが分かっ
ています。
この数字が異常であるのは、他の先進国では、この年代の死亡率は、ほぼ同じペースで、逆に低下しているからです。
50─54歳のグループではこの傾向がさらに顕著で、米国における「絶望による死」が年間5%という驚異的なペースで増加
しています。この数値は、ドイツとフランスではいずれも減少しています。
「絶望死」の中身をもう少し詳しくみると、学歴が高卒以下の人々の死亡率は、あらゆる年代で、全国平均の少なくとも2倍以
上のペースで上昇しています。
また、低学歴の米国民の中で「健康状態が良くない」と回答する人が、以前に比べて、また大成功を収めた米国民に比べて、は
るかに多くなっています。
問題は、米国経済は成長しているし、失業や脱工業化は他の先進国にも共通する問題を抱えているのに、他の先進国では「絶望
による死」は増加していないという事実です。
これには、何かアメリカ固有の理由があるにちがいありません。
ケース、ディートン両教授は、低学歴層には「累積的な不利」を襲う「3つの弱点」があると分析します。
第1に、米国の福祉制度が不十分。とりわけオピオイド系鎮痛剤中毒の拡大にたいして、資金不足もあって、ほとんど有効な公
的対処方策をとっていないことです。
第2に、医療制度も混乱している。中毒を引き起こす鎮痛剤や精神安定剤の処方の監視を行政は怠ってきたし、これら企業のロ
ビー活動にたいして行政当局が抵抗できないという事情がある。しかも、こうした薬剤の使用にたいして米国民は「異常なほど」
無頓着だという。
この点に関して、2017年11月6日に放送された、NHKテレビ「クローズアップ現代+」で、紹介されたアメリカ人労働に関する驚く
べき報告があります。
トランプ大統領は、海外から輸入していた工業製品を米国内で生産し、海外に展開していた米企業の工場を国内に移すよう呼び
かけてきました。
しかし、実態はむしろアメリカ社会の闇を浮き上がらせてしまいました。すなわち、新しい工場労働者を公募したところ、応募
者の約50%の人の尿から薬物反応が出た、と言う事実です。
この事実は、アメリカ社会において、とりわけ工場労働者など、主として低学歴層に薬物がいかに個人レベルで浸透しまん延し
てしまっているかをはっきり示しています。
第3に、米国民は異常なほど自己破壊欲が強い。これは一種の国民性である。
この点につて両教授は、エミール・デュルケムの1897年の著作「自殺論」を参考にしています。
デュルケムは、自殺の原因として家庭や共同体、既成宗教により提供されてきた伝統的な指針が排除されたことに基づく、きわ
めて現代的な孤独を仮定しました。
彼はこれを「アノミー(無規範状態)」と呼びましたが、政治分野では「疎外」、文化分野の批評家は「幻滅」という言葉を使
うところです。
また、心理学者は孤立した個人の抑うつを臨床的に研究し、社会学者はいかに経済的な変化によって社会的な立場や自尊心が広
範に失われたかに注目します。
アメリカでは共同体が失われ、個人が孤立した状態で疎外感を抱き、生きることの「意味」を喪失した人々が多数いる。
意味が失われれば、人生はすぐに絶望的な快楽の探求へと堕落してしまい、あるいは生きることそのものが拒否されてしまう。
両教授によれば、米国民のなかでも、非熟練労働は社会的に低く評価されており、共同体の分断と信仰の衰退に加えて強い疎外
感(自分だけが無視され孤立しているという感情)を抱いていた。このため、この層は最も大きな経済的苦痛に直面している。
以上がケース、ディートン教授の分析です。両教授は、共同体や信仰・意味を衰弱させる現代的要因はたくさんある、と書いて
いますが、その具体的な要因については詳しく説明していません。
ただ、家族共同体と信仰の衰退がアメリカ全体に進行している、という状況が底流としてあり、そこで生きていることの意味が
失われている、という点だけは確認できます。
こうした中で、普段から疎外されている低学歴層が、経済苦によって最も大きなダメージを受けており、彼らが、絶望のあまり
薬やアルコーに手を出したり、自殺する状況を作っている、というのが両教授の結論です。
最後にもう一つ、アメリカ人の国民性として、米国民は異常なほど自己破壊欲が強いと指摘していますが、これは本当に国民性
なのか、自己破壊(つまり、ヤケになって無茶な飲酒や薬依存になったり自殺すること)をさせるような社会的な環境のせいな
のかは簡単には言えません。
この点の検証も必要です。
次回は、もう少し別の観点から同じ問題を考えます。
(注1)Edward Hadas Reuter ( 2017年4月2日 / 09:23 /) https://jp.reuters.com/article/usa-death-failure-column-idJPKBN17218X
--------------------------------------------------------------------------
アンデルセン公園(船橋)の谷津(谷戸)。落ち葉の中を絞り水の細流が流れ 晩秋の鬼怒川。背後の山の紅葉はすでに枯れて茶色に。しかし川沿いの紅葉は何とか深紅を保っています。
その縁にはナナカマドがたくさんの真っ赤な実をつけています

アメリカにおける、「絶望死」に関して、二つの衝撃的な記事が公表されました。一つは、今回、紹介する、国際的な通信社
「ロイター」の記事で、もう一つは次回に紹介する「Newsweekapan」『ニューズウィーク・ジャパン』の記事です。
両者は同じ研究者による研究報告に基づいて、ややちがった観点から「絶望死」の問題を論じています。
今回は「ロイター」の記事「コラム:『絶望死』が増加する米国社会の暗い闇」の紹介から始めましょう。まずは、事実関係。
米国の国民、特に白人で低学歴層の平均寿命が以前よりも短くなっているというものです。そして、その主な原因はドラッグ、
アルコール、そして自殺であるという。
事の発端は、プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、これらを「絶望による死」と呼び、その
背景にある統計を紹介したことです。
「絶望による死」とは、通常の自殺のほかに、現在の苦悩と将来への希望のなさから酒やドラッグに溺れた結果、さまざまな
病気(たとえば肝臓病)で死ぬことです。
通常、自殺以外のこのような死は「病死」とされますが、ケース教授とディートン教授は、その底にある要因の本質は「絶望」
であると指摘したことが、衝撃的でした。
両教授によれば、25─29歳の白人米国民の死亡率は、2000年以降、年間約2%のペースで上昇していることが分かっ
ています。
この数字が異常であるのは、他の先進国では、この年代の死亡率は、ほぼ同じペースで、逆に低下しているからです。
50─54歳のグループではこの傾向がさらに顕著で、米国における「絶望による死」が年間5%という驚異的なペースで増加
しています。この数値は、ドイツとフランスではいずれも減少しています。
「絶望死」の中身をもう少し詳しくみると、学歴が高卒以下の人々の死亡率は、あらゆる年代で、全国平均の少なくとも2倍以
上のペースで上昇しています。
また、低学歴の米国民の中で「健康状態が良くない」と回答する人が、以前に比べて、また大成功を収めた米国民に比べて、は
るかに多くなっています。
問題は、米国経済は成長しているし、失業や脱工業化は他の先進国にも共通する問題を抱えているのに、他の先進国では「絶望
による死」は増加していないという事実です。
これには、何かアメリカ固有の理由があるにちがいありません。
ケース、ディートン両教授は、低学歴層には「累積的な不利」を襲う「3つの弱点」があると分析します。
第1に、米国の福祉制度が不十分。とりわけオピオイド系鎮痛剤中毒の拡大にたいして、資金不足もあって、ほとんど有効な公
的対処方策をとっていないことです。
第2に、医療制度も混乱している。中毒を引き起こす鎮痛剤や精神安定剤の処方の監視を行政は怠ってきたし、これら企業のロ
ビー活動にたいして行政当局が抵抗できないという事情がある。しかも、こうした薬剤の使用にたいして米国民は「異常なほど」
無頓着だという。
この点に関して、2017年11月6日に放送された、NHKテレビ「クローズアップ現代+」で、紹介されたアメリカ人労働に関する驚く
べき報告があります。
トランプ大統領は、海外から輸入していた工業製品を米国内で生産し、海外に展開していた米企業の工場を国内に移すよう呼び
かけてきました。
しかし、実態はむしろアメリカ社会の闇を浮き上がらせてしまいました。すなわち、新しい工場労働者を公募したところ、応募
者の約50%の人の尿から薬物反応が出た、と言う事実です。
この事実は、アメリカ社会において、とりわけ工場労働者など、主として低学歴層に薬物がいかに個人レベルで浸透しまん延し
てしまっているかをはっきり示しています。
第3に、米国民は異常なほど自己破壊欲が強い。これは一種の国民性である。
この点につて両教授は、エミール・デュルケムの1897年の著作「自殺論」を参考にしています。
デュルケムは、自殺の原因として家庭や共同体、既成宗教により提供されてきた伝統的な指針が排除されたことに基づく、きわ
めて現代的な孤独を仮定しました。
彼はこれを「アノミー(無規範状態)」と呼びましたが、政治分野では「疎外」、文化分野の批評家は「幻滅」という言葉を使
うところです。
また、心理学者は孤立した個人の抑うつを臨床的に研究し、社会学者はいかに経済的な変化によって社会的な立場や自尊心が広
範に失われたかに注目します。
アメリカでは共同体が失われ、個人が孤立した状態で疎外感を抱き、生きることの「意味」を喪失した人々が多数いる。
意味が失われれば、人生はすぐに絶望的な快楽の探求へと堕落してしまい、あるいは生きることそのものが拒否されてしまう。
両教授によれば、米国民のなかでも、非熟練労働は社会的に低く評価されており、共同体の分断と信仰の衰退に加えて強い疎外
感(自分だけが無視され孤立しているという感情)を抱いていた。このため、この層は最も大きな経済的苦痛に直面している。
以上がケース、ディートン教授の分析です。両教授は、共同体や信仰・意味を衰弱させる現代的要因はたくさんある、と書いて
いますが、その具体的な要因については詳しく説明していません。
ただ、家族共同体と信仰の衰退がアメリカ全体に進行している、という状況が底流としてあり、そこで生きていることの意味が
失われている、という点だけは確認できます。
こうした中で、普段から疎外されている低学歴層が、経済苦によって最も大きなダメージを受けており、彼らが、絶望のあまり
薬やアルコーに手を出したり、自殺する状況を作っている、というのが両教授の結論です。
最後にもう一つ、アメリカ人の国民性として、米国民は異常なほど自己破壊欲が強いと指摘していますが、これは本当に国民性
なのか、自己破壊(つまり、ヤケになって無茶な飲酒や薬依存になったり自殺すること)をさせるような社会的な環境のせいな
のかは簡単には言えません。
この点の検証も必要です。
次回は、もう少し別の観点から同じ問題を考えます。
(注1)Edward Hadas Reuter ( 2017年4月2日 / 09:23 /) https://jp.reuters.com/article/usa-death-failure-column-idJPKBN17218X
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アンデルセン公園(船橋)の谷津(谷戸)。落ち葉の中を絞り水の細流が流れ 晩秋の鬼怒川。背後の山の紅葉はすでに枯れて茶色に。しかし川沿いの紅葉は何とか深紅を保っています。
その縁にはナナカマドがたくさんの真っ赤な実をつけています

