平昌オリンピックと文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の苦悩―米・北朝鮮の挟間で―
平昌オリンピックを間近に控えた、今年の1月1日の演説で、キム・ジョンウン(金正恩)・北朝鮮労働党委員長は突然、
2月に韓国の平昌で開催される冬季オリンピックに参加する用意がある、と述べました。
北朝鮮の参加は、もともとムン・ジェイン(文在寅)韓国大統領が呼び掛けていたことですが、それまでは北朝鮮側から何
の返事もありませんでした。
ところが、このキム・ジョンウン委員長のメッセージ以来、急速に話が進んでゆきます。
ます、それまで2年以上も遮断されていた、板門店の直通電話(ホットライン)が3日に再開されました。
北朝鮮側は、参加種目として、スキー、スケート、アイスホッケーを希望し、また韓国側もそれには異存はありませんでした。
もう一つ、ムン・ジェイン大統領は、アイスホッケーについて、南北合同チームを編成したらどうか、と提案し、北朝鮮側も
これに同意しました。
このような事態の進展を見て、国際オリンピック委員会(IOC)は20日、スイス・ローザンヌで韓国、北朝鮮、大会組織
委員会代表を含めた4者会談を開き、参加の登録申請期限を過ぎてはいるが、上記三種目の選手22名、コーチ・役員24名
の出場と参加を認めることを決定しました。
ムン・ジェイン氏の言動については後に触れるとして、その前に、登録申請の期限が過ぎていたにもかかわらず、IOCはな
ぜ北朝鮮の参加を認めたのか、を考えてみましょう。
古代ギリシアで始まったオリンピックはそもそも平和の祭典で、開催中は戦争も中断した、という平和主義がその根底にあり
ます。
近代オリンピックもその精神は受け継いでおり、オリンピック憲章にも「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確
立を奨励すること」とあり、「平和」が基調となっています。
また、オリンピックのシンボル・マークである「5つの輪」(五輪)は五大陸の団結・融和を表わしています。
以上の経緯と精神を考えるなら、オリンピックの最高決議機関であるIOCが、北朝鮮の参加を支持することは、ごく当然の
姿勢であり、もし、これを手続き的な期限切れを理由に拒否するなら、世界からの非難を浴びるでしょう。
ところで、南北朝鮮の交渉の過程で、両国の国民の間で懸案事項となったのは、入場式に韓国国旗ではなく統一旗を掲げる、
という北朝鮮の提案です。
これにたいして韓国国民の間には、今回は韓国の開催なのだから韓国国旗を掲げるべきだ、という意見が多数を占めており、
激しい反対のデモも起こっています。
しかし、ムン大統領は統一旗を受け入れることを決めます。
次が、アイスホッケーの合同チームの問題です。
これも、韓国選手だけでなく、韓国国民の多くから強い批判が起こっています。
ムン大統領は、対北朝鮮との融和路線を掲げて大統領に当選した、という経緯があります。
当初の支持率は82%もありましたが、北朝鮮への妥協や融和が行き過ぎている、との反発から、現在は初めて60%を割
り込み、59.8%へ落ちました。
それでも60%近くの支持率は、現在の世界標準から見て、かなり高率ではあります。
ムン・ジェイン大統領の北朝鮮への譲歩、あるいは宥和政策は、アメリカや日本にも警戒感を呼んでいます。
つまり、南北対話は融和は良いことだけれど、それが、米韓にくさびを打ち込む北朝鮮の策略に乗ってしまうのではないか、
という警戒感です。
さらにムン大統領は日米から、北朝鮮はオリンピックを好機ととらえて南北友好ムードを演出して、アメリカの軍事的圧力
をそらし、北朝鮮の核開発の時間稼ぎに荷担していることになるのではないか、との警戒の目を向けられています。
こうした、内外の批判や警戒についてムン大統領は十分すぎるほど承知しているはずで、それにも関わらず、融和政策を続
けているのはなぜでしょうか?
ここで、一旦、自分が韓国の大統領になったつもりで、現状を冷静に分析してみることは無駄ではありません。きっと、当
事者の目線でみると、世界が違った風景として目に映るでしょう。
まず、一国の大統領の最大の義務は、国民の生命と財産を守ることです。これが全ての出発点です。
現在の韓国にとって、その生命と財産を危機にさらしている脅威は大きく二つあります。
一つは、北朝鮮の攻撃です。
二つは、アメリカが北朝鮮に軍事的な先制攻撃をした場合、北朝鮮が行うであろう韓国への攻撃です。
まず、一つ目の北朝鮮の攻撃から考えてみましょう。もし北朝鮮が韓国に一定の規模以上の先制攻撃を仕掛けたら、韓国軍の
反撃だけでなく、それはアメリカの軍事介入に格好の口実を与えてしまいます。これは、あまりにもリスクが大きすぎるので、
よほどのことがない限り可能性は小さいと考えられるでしょう。
なお、北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は、韓国の脅威にはならないでしょう。
というのも、北朝鮮と韓国とは国境(休戦ライン)を接しており、わざわざ貴重な長距離ミサイルを使わなくても、休戦ライ
ン近くからの攻撃であれば、長距離砲や通常兵器でも十分に大きな打撃を与えることが可能です。
北朝鮮による核兵器の使用についても可能性は小さいと思われます。というのも、北朝鮮の核兵器は、ICBMとセットで、
アメリカとの直接交渉に導くための手段だからです。
しかも、北朝鮮が国境を接している韓国に核兵器を使ったら、その放射能の影響は自国にも及ぶ危険性があるし、何よりも、
自分たちもそれを口実としてアメリカの核攻撃を受けることは確実だからです。
二つ目の脅威ですが、アメリカが北朝鮮へ軍事攻撃した場合、北朝鮮は当然、反撃して韓国の主要都市(とりわけソウル)に
対して集中的な攻撃をするでしょう。
アメリカの軍当局はこれまで何度も、この際の被害のシュミレーションをしてきました。それによれば、北朝鮮の全ての兵器
を瞬時に破壊できないかぎり、北朝鮮による韓国の主要都市、死者は数十万人という途方もない数に達することが予想されま
す。
しかも、韓国民だけでなく在韓米軍とその家族、およびアメリカ人の一般国民、在日米軍、日本の一部地域への攻撃も考えら
れます。
このため、アメリカの軍当局は、脅しに先制攻撃を口にすることはあっても、実際の軍事行動はできない、との立場をとって
きました。
しかし、トランプ政権は何をするかわからない、という不安感は残ります。というのも、トランプ大統領は、戦争になれば、
「死ぬのは向こうだ」と公然と語っているからです。
つまり、トランプ大統領は、アメリカ人にとっては何の損害もなく、他の国の国民が死ぬだけだ、と、とんでもないことを口
にしているのです。
こうなると、韓国にとって、目下の現実的な脅威は二つになります。
一つは、北朝鮮による休戦ラインを越えて陸上部隊が韓国に侵入するか、短距離ミサイル・長距離飽で韓国を攻撃する脅威。
二つは、トランプという予測不可能な大統領が、国内の支持の低下を挽回するために、北朝鮮への先制攻撃の実行です。
以上をすべて考慮して、もし自分が韓国大統領であったら、どのような対応がベストなのか考えてみましょう。
まず、北朝鮮からの脅威にかんしては、できる限り緊張を和らげる努力をすることが最重要と考えます。日米による「最大限
の圧力」キャンペーンにうっかり乗ってしまい、北朝鮮への圧力を強めて緊張を高めることは、韓国にとって何の利益もあり
ません。
次に、トランプ大統領に、軍事行動を思い止まらせる何らかの方策を講じることです。
たとえば、たとえオリンピックの政治利用(これはほとんどの国が国威発揚のため政治利用してきています)と言われようと、
北朝鮮との対話を続け、まずはオリンピックの期間だけでも米韓合同軍事演習を中止し、できるだけ中止期間を長引かせるよ
う努力するでしょう。
北朝鮮との緊張関係を悪化させず、最低でも現状維持、できれば友好関係を全身させつつ、アメリカに軍事行動を思い止まら
せる、という、二つの難問を解決するギリギリの選択が、今回、オリンピックで北朝鮮のいうことをできるだけ受け入れる、
という行動となったのではないでしょうか?
こうして考えると、ムン大統領は、北朝鮮に一方的に譲歩を強いられているようにみえて、厳しい条件のなかで、考えれ得る
最善の努力をしている、と言えるかもしれません。
もう一つ、私たちが見落としがちなのは、南北に分断されているとはいえ、もともとは一つの民族なのです。そうである以上、
どちらも同朋を傷つけることはできることならしたくないでしょう。
平昌オリンピックを間近に控えた、今年の1月1日の演説で、キム・ジョンウン(金正恩)・北朝鮮労働党委員長は突然、
2月に韓国の平昌で開催される冬季オリンピックに参加する用意がある、と述べました。
北朝鮮の参加は、もともとムン・ジェイン(文在寅)韓国大統領が呼び掛けていたことですが、それまでは北朝鮮側から何
の返事もありませんでした。
ところが、このキム・ジョンウン委員長のメッセージ以来、急速に話が進んでゆきます。
ます、それまで2年以上も遮断されていた、板門店の直通電話(ホットライン)が3日に再開されました。
北朝鮮側は、参加種目として、スキー、スケート、アイスホッケーを希望し、また韓国側もそれには異存はありませんでした。
もう一つ、ムン・ジェイン大統領は、アイスホッケーについて、南北合同チームを編成したらどうか、と提案し、北朝鮮側も
これに同意しました。
このような事態の進展を見て、国際オリンピック委員会(IOC)は20日、スイス・ローザンヌで韓国、北朝鮮、大会組織
委員会代表を含めた4者会談を開き、参加の登録申請期限を過ぎてはいるが、上記三種目の選手22名、コーチ・役員24名
の出場と参加を認めることを決定しました。
ムン・ジェイン氏の言動については後に触れるとして、その前に、登録申請の期限が過ぎていたにもかかわらず、IOCはな
ぜ北朝鮮の参加を認めたのか、を考えてみましょう。
古代ギリシアで始まったオリンピックはそもそも平和の祭典で、開催中は戦争も中断した、という平和主義がその根底にあり
ます。
近代オリンピックもその精神は受け継いでおり、オリンピック憲章にも「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確
立を奨励すること」とあり、「平和」が基調となっています。
また、オリンピックのシンボル・マークである「5つの輪」(五輪)は五大陸の団結・融和を表わしています。
以上の経緯と精神を考えるなら、オリンピックの最高決議機関であるIOCが、北朝鮮の参加を支持することは、ごく当然の
姿勢であり、もし、これを手続き的な期限切れを理由に拒否するなら、世界からの非難を浴びるでしょう。
ところで、南北朝鮮の交渉の過程で、両国の国民の間で懸案事項となったのは、入場式に韓国国旗ではなく統一旗を掲げる、
という北朝鮮の提案です。
これにたいして韓国国民の間には、今回は韓国の開催なのだから韓国国旗を掲げるべきだ、という意見が多数を占めており、
激しい反対のデモも起こっています。
しかし、ムン大統領は統一旗を受け入れることを決めます。
次が、アイスホッケーの合同チームの問題です。
これも、韓国選手だけでなく、韓国国民の多くから強い批判が起こっています。
ムン大統領は、対北朝鮮との融和路線を掲げて大統領に当選した、という経緯があります。
当初の支持率は82%もありましたが、北朝鮮への妥協や融和が行き過ぎている、との反発から、現在は初めて60%を割
り込み、59.8%へ落ちました。
それでも60%近くの支持率は、現在の世界標準から見て、かなり高率ではあります。
ムン・ジェイン大統領の北朝鮮への譲歩、あるいは宥和政策は、アメリカや日本にも警戒感を呼んでいます。
つまり、南北対話は融和は良いことだけれど、それが、米韓にくさびを打ち込む北朝鮮の策略に乗ってしまうのではないか、
という警戒感です。
さらにムン大統領は日米から、北朝鮮はオリンピックを好機ととらえて南北友好ムードを演出して、アメリカの軍事的圧力
をそらし、北朝鮮の核開発の時間稼ぎに荷担していることになるのではないか、との警戒の目を向けられています。
こうした、内外の批判や警戒についてムン大統領は十分すぎるほど承知しているはずで、それにも関わらず、融和政策を続
けているのはなぜでしょうか?
ここで、一旦、自分が韓国の大統領になったつもりで、現状を冷静に分析してみることは無駄ではありません。きっと、当
事者の目線でみると、世界が違った風景として目に映るでしょう。
まず、一国の大統領の最大の義務は、国民の生命と財産を守ることです。これが全ての出発点です。
現在の韓国にとって、その生命と財産を危機にさらしている脅威は大きく二つあります。
一つは、北朝鮮の攻撃です。
二つは、アメリカが北朝鮮に軍事的な先制攻撃をした場合、北朝鮮が行うであろう韓国への攻撃です。
まず、一つ目の北朝鮮の攻撃から考えてみましょう。もし北朝鮮が韓国に一定の規模以上の先制攻撃を仕掛けたら、韓国軍の
反撃だけでなく、それはアメリカの軍事介入に格好の口実を与えてしまいます。これは、あまりにもリスクが大きすぎるので、
よほどのことがない限り可能性は小さいと考えられるでしょう。
なお、北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は、韓国の脅威にはならないでしょう。
というのも、北朝鮮と韓国とは国境(休戦ライン)を接しており、わざわざ貴重な長距離ミサイルを使わなくても、休戦ライ
ン近くからの攻撃であれば、長距離砲や通常兵器でも十分に大きな打撃を与えることが可能です。
北朝鮮による核兵器の使用についても可能性は小さいと思われます。というのも、北朝鮮の核兵器は、ICBMとセットで、
アメリカとの直接交渉に導くための手段だからです。
しかも、北朝鮮が国境を接している韓国に核兵器を使ったら、その放射能の影響は自国にも及ぶ危険性があるし、何よりも、
自分たちもそれを口実としてアメリカの核攻撃を受けることは確実だからです。
二つ目の脅威ですが、アメリカが北朝鮮へ軍事攻撃した場合、北朝鮮は当然、反撃して韓国の主要都市(とりわけソウル)に
対して集中的な攻撃をするでしょう。
アメリカの軍当局はこれまで何度も、この際の被害のシュミレーションをしてきました。それによれば、北朝鮮の全ての兵器
を瞬時に破壊できないかぎり、北朝鮮による韓国の主要都市、死者は数十万人という途方もない数に達することが予想されま
す。
しかも、韓国民だけでなく在韓米軍とその家族、およびアメリカ人の一般国民、在日米軍、日本の一部地域への攻撃も考えら
れます。
このため、アメリカの軍当局は、脅しに先制攻撃を口にすることはあっても、実際の軍事行動はできない、との立場をとって
きました。
しかし、トランプ政権は何をするかわからない、という不安感は残ります。というのも、トランプ大統領は、戦争になれば、
「死ぬのは向こうだ」と公然と語っているからです。
つまり、トランプ大統領は、アメリカ人にとっては何の損害もなく、他の国の国民が死ぬだけだ、と、とんでもないことを口
にしているのです。
こうなると、韓国にとって、目下の現実的な脅威は二つになります。
一つは、北朝鮮による休戦ラインを越えて陸上部隊が韓国に侵入するか、短距離ミサイル・長距離飽で韓国を攻撃する脅威。
二つは、トランプという予測不可能な大統領が、国内の支持の低下を挽回するために、北朝鮮への先制攻撃の実行です。
以上をすべて考慮して、もし自分が韓国大統領であったら、どのような対応がベストなのか考えてみましょう。
まず、北朝鮮からの脅威にかんしては、できる限り緊張を和らげる努力をすることが最重要と考えます。日米による「最大限
の圧力」キャンペーンにうっかり乗ってしまい、北朝鮮への圧力を強めて緊張を高めることは、韓国にとって何の利益もあり
ません。
次に、トランプ大統領に、軍事行動を思い止まらせる何らかの方策を講じることです。
たとえば、たとえオリンピックの政治利用(これはほとんどの国が国威発揚のため政治利用してきています)と言われようと、
北朝鮮との対話を続け、まずはオリンピックの期間だけでも米韓合同軍事演習を中止し、できるだけ中止期間を長引かせるよ
う努力するでしょう。
北朝鮮との緊張関係を悪化させず、最低でも現状維持、できれば友好関係を全身させつつ、アメリカに軍事行動を思い止まら
せる、という、二つの難問を解決するギリギリの選択が、今回、オリンピックで北朝鮮のいうことをできるだけ受け入れる、
という行動となったのではないでしょうか?
こうして考えると、ムン大統領は、北朝鮮に一方的に譲歩を強いられているようにみえて、厳しい条件のなかで、考えれ得る
最善の努力をしている、と言えるかもしれません。
もう一つ、私たちが見落としがちなのは、南北に分断されているとはいえ、もともとは一つの民族なのです。そうである以上、
どちらも同朋を傷つけることはできることならしたくないでしょう。