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大木昌の雑記帳

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本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(1)―危機の本質―

2022-09-30 08:14:33 | 食と農
本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(1)
―危機の本質―


ウクライナ戦争は、思いもかけなかった余波を世界の各地域に引き起こしています。

石油と天然ガスのエネルギー価格が急騰しています。メディアではエネルギー問題ほど大きく
報じていませんが、食料及び食料生産にも大きな影響を与えています。

これまで日本は、工業製品を輸出して、食料は輸入すればよい、という大雑把な方針の下で、
食料価格について、まったく危機感を持っていませんでした。

しかし、ここで紹介する『農業消滅』(平凡社新書、2021、239ページ)の著者、鈴木宣弘
(東京大学大学院農学科)は、これまでも一貫して日本の農業と食料の危機について、さま
ざまな場所で警告してきました。

実際、本書に書かれている内容を正面から受け止めると、現在日本が抱えている危機の実態
がみえてきます。

著者の鈴木氏は東大農学部を卒業後の農林水産省に入省し、そこで15年勤務した後、九州
大学と経て現職に就き現在に至ります。経歴からも分かるように、農業に関するプロ中のプ
ロです。

まず本書の構成を示しておきます。

はじめに
序章  飢餓は他人事ではない
第1章 2008年の教訓は生かされない
第2章 種を制するものは世界を制す
第3章 自由化と買い叩きにあう日本の農業
第4章 危ない食料は日本向け
第5章 安全保障の要としての国家戦略の欠如
終章  日本の未来は守れるか 
おわりに

「はじめに」と第1章からみてみよう。ここは本書全体を見通す問題が提示されています。

それは、食料自給率の低下の問題です。現在食料自給率がカロリーベースで38%、農水省
の試算によれば、2035年には、実質的な自給率は酪農では12%、コメで11%、青果物や
畜産では1~4%に落ちてしまう。

ここで注意しなければならないのは、日本の場合、飼料や種を輸入している場合、たとえ生
産物が日本産であっても純粋に国産物とは言えない、という点である。

たとえば、鶏卵の場合、鶏のヒナはすでに100%に近いので、厳密に言えば自給率は0%
です。

自給率80%の野菜も、その種の90%は輸入なのです。

なお、コメも生産高でみる限り自給率は106%ですが、これも種が全て国産の場合です。

最近の政府の政策(種子法の廃止など)により、今後は種籾も輸入品が多くなることが想定
されるので(農水省では自給率は10%と想定)実質的にはコメの自給率は11%になって
しまいます。

政府は際限ない貿易自由化を進めており、国産の農産物が買いたたかれています。

たとえば、主食であるコメにいてみると、2022年にコメ農家に支払われる農協の概算金
は、1俵(60キログラム)が1万円を切る可能性が指摘されています。

しかし、実際の生産費はどんなに頑張っても1俵当たり1万円以上かかっているのです。これ
では農家の存続さえ危うくなり、農業を続ける意欲を失わせます。

アメリカなどでは、政府が農産物を直接買い上げて、コロナ禍で生活が苦しくなった人々や
子供たちに配給するという人道支援をおこなっています。

鈴木氏は日本でもフードバンクや子供食堂などの支援のため政府買い入れをしないのか、と
政府に注文をつけています。しかし、一旦、備蓄米以上のコメを買わないと決めて以上、断
固として買わない、という政府に対して次のように手厳しく批判しています。

すなわち、「上から目線で『コメを作付けするな』と言っている場合ではないのだ。政府の
メンツを保つためだけのために、苦しんでいる国民や農家を放置する政府・行政の存在意義
が厳しく問われている、と。

農家の高齢化による生産者数の減少に加えて、生産意欲を失わせるような政府・行政の農政
のため、耕作放棄地が増え、主食のコメでさえ将来は自給できなくなる可能性が大いにあり
ます。

もし、種や家畜飼料が何らかの理由で輸入できなかったり価格が暴騰していたり(今日のト
ウモロコシや大豆のように)、2008年に起こった旱魃や、あるいは水害などで生産が大
きな打撃を受けると、本当に飢餓が発生しかねません。

この意味で、農業は国家の存亡にかかわる問題ですが、政府はこれまで本格的に農業を保護
育成する政策を採ってきませんでした。

それは、日本は工業立国で生きてゆくべきで製造業中心の国造りをしてきたからです。実は、
この方針が日本の食料問題を危うくする一つの大きな原因となっているのです。

第2章は、現実に日本が食料危機に陥る脅威について説明しています。

食料の3分の2を輸入に依存している日本にとっての脅威は自然災害だけではありません。世
界市場における食料の供給不足につけ込んで国を背景に持つ巨大企業が価格を吊り上げること
も脅威です。

アメリカは、自国の農業保護(輸出補助金)制度は残したまま、他国には「安く売ってあげる
から非効率な農業はやめたほうがいいよ」と言って、世界の農産物資の自由化と農業保護の削
減を進めてきました。

国による補助金で安く農産物を売り、他国の農業を縮小させてきたのです。

こうして、基礎食料(コメ、小麦、トウモロコシなどの穀物)の生産国が減り、アメリカ、カ
ナダ、オーストラリアなどの少数の農業大国に依存する市場構造になってしまったのです。

実際、2007年のオーストラリアなどの旱魃に加えて、アメリカのトウモロコシをバイオ燃
料にするため、2008年には世界的な品不足となり、価格は急騰し、カネを出しても買えな
い状況が発生しました。

鈴木氏は、この背景にはアメリカ政府の戦略があったとしています。すなわち、アメリカ政府
は輸出補助金の財政負担を軽減する方法を模索する中で、トウモロコシを国内でバイオ燃料と
して使えば輸出補助金は要らないし、価格は暴騰します。

アメリカ政府の目論見通り、2008年にはトウモロコシ価格は暴騰し、アメリカの生産者や
巨大企業は巨額の利益を得る一方、トウモロコシを重要な食料としている中南米諸国や、家畜
飼料として100%近く輸入に依存していた日本のような国は、大パニックに陥りました。

鈴木氏は、この苦い経験から日本政府は、主要農作物は自給する政策を推進すべきであったの
に、2008年の教訓は生かされず、今も危険な状態が続いていると警告しています。

トウモロコシとは別に、アメリカ政府は自国の農畜産物だけ輸出補助金を付けて安く輸出し、
他の国の生産を縮小させて(もっと露骨に言えば「潰して」)、アメリカへの依存を高めさせ、
やがて価格の高騰を待って利益を回収するという政策をずっと取り続けています。

言い換えるとアメリカは、自国だけは補助金で輸出価格を低くし、世界市場では他の国に自由
貿易を受け入れさせて市場を支配し、利益を得るという世界戦略で行動しています。
鈴木氏はこれを「節操なき貿易自由化」と呼んでいます。

日本もこれまで、半ばアメリカの圧力でかつて農水産物の自由化を飲まされてきました。農水
省官僚として仕事をしてきた鈴木氏は、こうしたアメリカのやり方に強い憤りをもっていると
同時に、日本は主要食料に関しては、一時的にコスト高になっても自給する方向を採るべきだ、
と主張しています。

鈴木氏には、日本国民が生き残るためには3つの安全保障が必要だ、と考えが基本にあります。
すなわち、軍事的安全保障、エネルギーの安全保障、そして、食料の安全保障(通称「食料安
保」)です。

ところが、食料の安全保障を根底から脅かす事態が静かに、しかし着実に進行しています。そ
れが、第3章で検討する、外部の巨大アグリビジネス企業(種、農産物の売買、肥料、農薬な
ど一括して扱う企業)による種の支配です。



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「国葬」強行に見る岸田首相の思い込みと自分本位

2022-09-25 22:12:11 | 政治
「国葬」強行に見る岸田首相の思い込みと自分本位

岸田首相は、安倍元首相の銃撃のわずか6日後に、国葬の決定を下しました。この際、
国会での議決はおろか、野党へも自民党への根回しもなく、まさに独断でした。

この背景について、『毎日新聞』(デジタル版)は以下のように説明しています。

国葬実施は、岸田首相、松野博一官房長官、木原誠二官房副長官ら官邸の一握りのメ
ンバーで決定された。

関係者によると、首相サイドが自民党側に実施を伝えたのは、首相が方針を表明した
7月14日夕の記者会見の1~2時間前でした。

首相サイドの「独断」の背景には、7月10日投開票の参院選で自民党が大勝し、政権
運営への自信を深めたことがあったことは間違いないでしょう。

官邸は国葬とする根拠についても強気でした。1967年の吉田茂元首相の国葬は閣議
決定だけを根拠に実施し、その後の国会審議で法制度の不備を批判されました。

しかし、2001年施行の内閣府設置法には、内閣府の仕事の一つに「国の儀式に関す
る事務」を定めていた、というところを根拠にしています。

官邸は内閣法制局との協議で「法的に問題がない」と判断し、憲政史上最長の首相
在任期間など安倍氏を国葬とする「特別な理由がある」(首相周辺)ことも決定を
後押ししたようだ。

党も結局、官邸の判断に同調した。茂木敏充幹事長は7月19日の記者会見で「国民か
ら『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と応えて
います。

しかも、国会審議を求める野党について「国民の認識とはかなりずれているのでは
ないか」との見方まで示しました。

「国会審議を求めるのは野党にとって逆効果だ。今はそんな『風』じゃない」(自
民幹部)。政府・与党内に広がった国葬を当然視する雰囲気は、野党や国民への
「説明は不要」との姿勢にもつながった。

さて、ここまでの経緯を見ていて、私には、岸田首相の傲慢さと思慮に欠ける面が、
いかんなく発揮されていると思えます。

まず、安倍元首相の銃撃からわずか6日で、国葬を決定したことです。この時には、
犯人が統一教会を親に持つ男性で、母親が多額の献金を教会にしていたため、自分
を含めって家族がひどい生活を強いられたこと、そして安倍元首相がこの教会と密
接に関係していたことが動機であったことはすでに知られていました。

それでも、自民党にも、野党にも、そして何よりも国会での議論も経ずに、独断で
決めてしまいまったことは、大きな誤りです。

国葬に法的な根拠がない、という批判に対して首相は、「国の儀式に関する事務」
は内閣の仕事に一つである、との見解だけを挙げています。

しかし、百歩譲っても、ここは、国の儀式に関する「事務」であって、その儀式を
やるかどうかの決定権にまで触れていません。

これまで55年間、首相の葬儀を国葬にしてこなかったのは、法律的に無理があり、
行政府(内閣府)だけでなく国会と司法の同意が必要だったからです。

もし、今回、国会の決議があれば、確かにその実行において内閣が「事務」を行う
ことには問題なかったでしょう。

こうした独断的で強引な決定をした背景には大きく二つの背景があったと思います。

一つは、上に引用した『毎日新聞』も指摘しているように、7月10日の参院選で
自民党が大勝したので、誰にも文句は言わないだろう、という岸田首相の思慮に欠
けた傲慢さです。

この感覚は統一教会問題に関する自民党議員の間にもはっきり表れています。つま
り、問題をあいまいにして、どうしても逃げられない物的証拠が示されるまでは、
”記憶にない”“良く分かっていなかった“と言っておけば、そのうち国民は、忘れるだ
ろう、という誠に卑劣な態度です。

二つは、統一教会との関係でとりわけ深い関係をもっている安倍派は党内最大派閥
であり、自らの政権の維持・強化のためにも安倍派の支持を得る必要があった、と
いう背景です。つまり、自らの保身のためです。

言い換えると、安倍元首相の葬儀を国葬にして、“安倍派を重んじていますよ”とい
う姿勢を示す必要があったのです。

国葬をごり押しすれば、国民からの反発が起こることは当然考えられるのに、それ
を配慮するという思慮に欠けていたとしか言えません。

三つは、安倍元首相が銃撃により不慮の死と遂げたと事情を考えれば、国民は国葬
に同上的になるだろうという読みです。

私自身は安倍元首相の不慮の死には哀悼の意をもっていますが、それと国葬とは別
の話です。

四つは、安倍元首相の国葬の根拠として長く首相の座を勤めたことを挙げています
が、大事なことは首相の座にいた年月ではなく、その間にどんな業績を挙げたか、
です。

しかも、安倍氏が長く首相の座にいたことは、もっぱら自民党のお家の事情なのです。

少なくとも、アベノミクスは大局的にみて成功だった、と評価する人は少ないのでは
ないでしょうか。

異次元の金融緩和で一部の輸出企業は利益を得たかも知れませんが、それによる円安
は輸入価格と物価を上昇させ、多くの国民は多大な犠牲を払わされています。

以上は岸田首相とその側近に、国葬を強行させる背景ですが、一方の国民の間には国
葬反対の意見が日増しに強まり、途中から各メディアの調査では反対が過半数をはる
かに超え、賛成の倍以上となっています。

岸田首相は、国民の反発にたいして“丁寧に説明する”と言う言葉だけを繰り返し”丁寧“
に述べていますが、肝心の”丁寧な説明“そのものは、国葬2日前の現在まで、全く語っ
ていません。

また、私の個人的な推測にすぎませんが、この国葬という大々的なイベントを利用し
て岸田首相は戦前のような国家主義への回帰、そしてその先に憲法改正への雰囲気つ
くりをも狙っているのではないか、という気さえします。

というのも、国葬とは戦前に、天皇に尽くした人々を国葬にするという、天皇制と結
びついた形で成立しました。戦後に国葬令が廃止されたのは、これが天皇主権を前提
とした制度だったからです。国民が主権者となり、政治体制そのものとの間に矛盾が
生じるため、維持できなくなった、という経緯があります。

すでに多くの憲法学者が言っているように、安倍氏の葬儀は、せいぜい内閣葬にする
べきだと思います。

弔問外交といっても、G7参加国のうち現役の首相・大統領クラスは、カナダとオース
トラリアの2カ国だ0けです(*)

*私の誤解で、オーストラリア首相はすでに欠席、今朝26
日のニュースではカナダのトルドー首相も欠席となりました。このため、現役の首相
クラスの要人はゼロとなりました


エリザベス女王の国葬と比較するのは酷ですが、安倍首相の国葬は、物々しさを別に
すれば、ずいぶん寂しいものなるでしょう。

因みに、エリザベス女王の国葬は、まさに国民葬といっていいほど、国民の大多数に
支持されていました。それでも、ちゃんと議会決議を経ているのです。

これが民主主義というものではないでしょうか?

岸田首相は自分には“聞く力”があると言ってきましたが、私には国民の声に対しては
“聞かない力”の方が強いように思えます。

総裁選当時に私は、岸田氏に対して一見ソフトで国民の声を丁重に聞く政治家だとい
う印象を持ちましたが、今は、その印象は全くなくなりました。

いずれにしても、国会を無視して閣議決定で全ての事案を通してしまう、という手法
あ安倍政権時に多様されましたが、岸田政権はこの悪しき手法とは手を切り、国権の
最高機関である国会での審議と議決を軸とした政治を行って欲しいと思います。

これこそが、自由と民主主義を党是とする自由民主党の本来あるべき姿だからです。


(注1)『毎日新聞』デジタル(2022年9月24日) 
    https://mainichi.jp/articles/20220924/k00/00m/010/327000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20220925

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ウクライナ戦争(2)―戦争報道はどれほど信用できる?―

2022-09-12 16:05:24 | 国際問題
ウクライナ戦争(2)―戦争報道はどれほど信用できる?―

事の背景は複雑ですが、独立国にいきなり侵攻し、多くの市民を殺しているロシアの行為
は許されるべきではありません。

こうした怒りを背景に、つい2か月くらい前までは、テレビのニュースでは、ウクライナ
戦争の戦況に関して逐一報道されていましたが、残念なことに現在ではずいぶんトーンダ
ウンしています。

最近では、何か大きな変化があった場合に、とりわけウクライナ側に攻勢があった場合に
取り上げられるくらいの状況になっています。

たとえば、ウクライナ軍が9月10日、北東部ハルキウ州のロシア軍占領地への攻撃を進
め、ロシア軍の補給基地とする町を奪還したこと、そしてロシア軍が同州で東部制圧を狙
うための重要拠点としてきた都市イジューム周辺から部隊を撤退させたことが報道されて
います。

ロシアの軍当局が、この地域からの撤退し、ロシア軍当局は南部への移動と発表している
ことから、ウクライナ軍の攻勢は間違いないでしょう。

ただし、このニュースからは、果たしてウクライナ軍とロシア軍が闘った結果、ウクライ
ナ軍がロシア軍を追い出したのか、ロシア側が何らかの理由(例えば南部に兵力を集中す
るため)に移動したのかは分かりません。

メディア学が専門の佐藤卓己京都教授は、「Voice」9月号で、「戦争報道に『真実』を求
めてはいけない」という文書を寄稿していますが、そこでは、「戦時報道は突き詰めれば
戦争プロパガンダです。当事者が自身に都合の悪い情報を出す理由はないですから、戦争
報道の多くは戦争宣伝になるのです」と、至極当然のことを言っています(注1)。

したがって、そこで感情的になったり、伝えられるプロパガンダをそのまま「真実」であ
ると鵜呑みしてしまうことは危険です。

これは、かつて日本人が「大本営発表」の戦争報道ですっかり騙された苦い過去を思い起
こすべきです。 

では、現在進行中のウクライナ戦争に関する日本の戦争報道はどうでしょうか?

これについてノンフィクション・ライターの窪田順生氏は、日本のメディアがウクライナ
戦争をどのように報道しているかを検証しています(注2)。


ロシアの侵攻当初、「国際社会は経済制裁をしてプーチンを追いつめろ!」と威勢のいい
ことを言っていたが、思っていたほど効果が出ていない。むしろ、これまで散々世話にな
っていたロシアの天然資源が入らなくなって、自分たちの首を締めている」。

そして、最近の欧米にはウクライナ「支援疲れ」が見えるようになっている。

佐藤氏は、日本でも侵攻直後は「ウクライナと共に!」と芸能人たちが呼びかけ、ワイド
ショーも毎日のように戦況を紹介し、スタジオで「どうすればロシア国民を目覚めさせら
れるか」なんて激論を交わしていた。今はニュースで触れる程度で、猛暑だ!値上げだ!
という話に多くの時間を費やしている、という現実を指摘しています。

この結果「打倒プーチン」と大騒ぎをしていたことがうそだったかのように、日本のマス
コミではウクライナ問題を扱うテンションが露骨に落ちてきています。

佐藤氏は、改めて日本のウクライナ戦争に関するマスコミの戦争報道の偏向を厳しく検証
しています。

例えばわかりやすいのは、侵攻直後に耳にタコができるほど報じられ、今も盛んに叫ばれ
ている「ロシアは国際社会で孤立してもうおしまいだ!」という方向のニュースです。

また、国連非難決議 ロシアの孤立が明白になった(読売新聞3月4日)
結束強めれば孤立も ロシアと国際社会の間で揺れ動く中国の苦悩(毎日新聞3月11日)

佐藤氏は、多少皮肉を込めて、これらのニュースを真に受けた純粋な日本国民は狂喜乱舞
した――ロシアは国際社会から追放され、ズブズブの関係だった中国も距離を置き始めて
いる。あとは、ロシア国民が「洗脳」から目覚めて、プーチンの首を取ってくれれば世界
に平和が訪れる――、などの反応を示した、と書いています。

しかし残念ながら、これは典型的な戦争プロパガンダです。西側諸国と西側にくっついた
日本の立場的に「こうだったらうれしいな」という願望が多分に盛り込まれた、かなりバ
イアスのかかった偏向報道なのだ、というのです。

こうした状況が最も露骨に現われたのが、6月15日から18日にかけて、ロシアのサンクト
ペテルブルクで開催された、第25回サンクトペテルブルク国際経済フォーラムでした。

これは例年140カ国ほどの国が参加しているが、今年は欧米諸国の政府要人は軒並み欠席
しており、米国政府などは他国にボイコットを呼びかけました。今やロシアは世界中の人
々から批判される「悪の帝国」であり、国際社会で孤立無縁の状態なのだから当然だと思
われるかも知れませんが、なんと今年も127カ国が出席したのです。

つまり、アメリカによるボイコットの呼びかけと圧力にもかかわらず、例年の90%の国
が参加していたのです。

私は当時の某テレビ局のニュースをはっきり覚えていますが、多くの人が参加した例年の
映像と、あまり人がいない今年の会場のシーンを並べて映していました。この映像そのも
のが、どの時間帯でどのような状況で撮られたのかも、気になります。

また、その最中にプーチン大統領は今のG7を中心とした世界秩序に代えて、新興国と途上
国から成る「新しいG8」(中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、
メキシコ、イラン)の結束を呼び掛け、そのスピーチの場では盟友・習近平氏のビデオメ
ッセージが公開されていました。

ちなみに6月28日、ロシアが入っているBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア
フリカ)の枠組みにイランが正式に加盟を申請した。また、ロシア外務省によれば、アル
ゼンチンも加盟を申請しているという。

マスコミが「国際社会で孤立している」と報じていたロシアに、なぜ127もの国が集って
いるのか。なぜイランやアルゼンチンのように経済的連携を強化しようという国まで現れ
ているのか。

ここにきてロシアの国際的なイメージが急速にアップすることがあったのでしょうか。

それでも、日本人の中には、「そりゃ世界には親ロシアの国もあるだろうが、国際社会で
主導権があるのはやはりアメリカやEUなんだからロシアが孤立していることは間違いない
」と口を尖らせて反論する人もいるだろう。しかし、実はそういう「国際社会」の認識こ
そが、西側諸国のプロパガンダの賜物なのだ、と佐藤氏は警告しています。

「国際社会」の代表みたいな顔をしている西側諸国は、実は世界の人口の15%しか占めて
いません。一方、ロシアと中国を含めたBRICSは5カ国だけで人口30億人以上(世界人口
の38%以上)を擁して、経済規模も世界のGDPの約24%を占めているのです。

今、マスコミが報じていることをそのまま信じるなら、ロシアは孤立していて、旧式の兵
器しかなく、しかも弾薬はもうすぐ尽きそうで、兵士も相当数死んでおり、総合的に見て、
ロシアは瀕死の状態にある、ということになります。

それに対して、私たちはウクライナ軍の死傷者については何も知りません。以前、ウクラ
イナのメディアについて現地で取材したドキュメンタリー番組で、スタッフはウクライナ
側の損害については報道しない、と語っていました。

ウクライナでは18才から60才までの男性は出国禁止となっており、その幾分かは必要
に応じて軍に編入されているでしょうから、兵員数では圧倒的にウクライナ軍が優位を保
っていると思われます(前回の記事も参照)。

これまでのロシア軍は最大で15万人、しかも2月24日に侵攻した軍は若く、経験の浅
い兵士から編成されており、訓練であると言われてウクライナに侵攻しました。

私には、旧式の兵器、経験の浅が浅く少ない兵士で、相手国に侵攻したロシア軍がまだ、
壊滅や敗退していないことが不思議です。

ところで、今回のウクライナ戦争の副産物として見逃すことができない、事態が静かに進
行しつつあります。

それは、米ドルを基軸通貨とする世界の経済・貿易の決済システムに変化が生まれつつあ
ることです。

一つは、ロシアの海外ドル資産が凍結され、従来の国際決済システムから締め出されたロ
シアのルーブルは一時暴落しましたが、ロシアのガスや石油を輸入する国は、ドルではな
くルーブルで支払うよう要求しました。

この結果、ヨーロッパ各国はルーブルを買い集め、ルーブルは再び経済制裁以前の水準を
回復しています。

もう一つ、長期的にはさらに大きな意味をもつ変化が起こっています。ロシアは先に言及
した新興国と発展途上国同士の連携を呼びかけています。

ロシアが唱えている「新しいG8」やBRICSにたいして影響力を強めているロシアは、欧米
諸国にとっては皮肉にも経済制裁をきっかけとして、ドル支配の経済システムから離れ、
新たな非ドル経済システムへの道を歩み始めています。

ロシアは「新しい世界における新しい機会」への道を進み始めています。米国の対露攻略
戦略は完全な裏目にでてしまったのです(注3)。

私は、欧米による経済制裁は長期的には確実にロシアを追い詰めてゆくと思います。とり
わけ先端技術やITの分野では、中国に依存せざるを得ないでしょう。

しかし、欧米のうちヨーロッパ諸国は、ガス価格(10倍に跳ね上がっている)や石油価
格の高騰によって、国民経済が非常に痛みつけられる、という負のブーメランに悩まされ
ています。

日本においても、ロシアへの経済制裁の副作用は、部分的にはすでに到達しつつあり、今
後さらに強まると予想されます。

私たちは、物事を複眼てきな目で見てゆくことが絶対に必要です。

(注1)『毎日新聞』(デジタル版)2022年9月11日  https://mainichi.jp/articles/20220909/k00/00m/040/239000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20220911

(注2)DIAMOND Online(2022年6月30日  4:00)
https://diamond.jp/articles/-305661?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20220630
(注3)IWJ 2022.9.3(9月2日号)(https://iwj.co.jp/wj/open/archives/510285)


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ウクライナ戦争の背景(1)―本当のことを知りたい―

2022-09-04 09:19:30 | 国際問題
ウクライナ戦争(1)―本当のことを知りたい―


ロシア軍が、かつてソヴィエト連邦を構成していたウクライナに軍事進攻した2022年2月24日
は戦後世界における一つの大きな転換点として記憶されるでしょう。

侵攻から半年たった今、もう一度、この戦争の経緯を振り返りつつ現状を考えてみたいと思います。
というのも、これまでウクライナ侵攻に関して、私にはいくつかの疑問があるからです。

まず、今年2月24日に侵攻が始まるかなり前から、すでにいろいろな動きがアメリカ(NATO
諸国)・ロシア・ウクライナの間にあったことが分かっています。

まず、2014年にクリミアがロシアに併合されて以降、アメリカはウクライナへの大量の武器を供与
するとともにウクライナ軍の訓練(戦略や武器の使用法など)や情報システムなどの支援を行って
います。

また、侵攻前年の2021年8月30日にはゼレンスキー・ウクライナ大統領はバイデン大統領との会
談で、クリミアを奪還するためにアメリカの支援を要請したようです(本ブログの5月17日「ウ
クライナ戦争の残酷なリアル」参照)。

そして10月20日には、バイデン大統領はウクライナを含めた15ヵ国の多国籍軍による大規模軍事
演習が行われ、10月23日にはウクライナに180基の対戦車ミサイル・システム(シャベリン)を供与
しています。

この時点で、バイデンは近い将来、ロシアがウクライナに侵攻を予測していたと思われます。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアのプーチン大統領が10月末から11月初旬にかけて、ウ
クライナとの国境周辺に10万人ほどのロシア軍を集めてウクライナを囲む陣地配置に動いたことを
彼のウエッブサイトを通じてビデオメッセージを発信しました(注1)。

12月7日になると、バイデンは強引にプーチンとの会談を持ち掛け、会談後に、米軍をウクライナ国
内に派遣してロシアの軍事侵攻を阻むことを「検討していない」と、米軍の軍事介入に否定的な考え
を示しました。

これは「プーチンがウクライナに軍事侵攻してもアメリカは阻止しないというシグナルを発した」こ
とになります。

筆者の第一の疑問は、バイデンはなぜ、誰が考えてもプーチンにウクライナ侵攻を決意させるであろ
う“誘い”となるようなことをわざわざ自分の方から言い出したのか、という点です(注2)。

バイデンの真意について確かなことは分かりませんが、さまざまな推測や憶測が出されています。た
とえば、青山学院大学の羽場久美子名誉教授は、ウクライナ侵攻を大きな視点でみて、次のように端
的に総括しています。
    軍事力の拡大が戦争を招く。ロシアが(ウクライナに)侵攻した背景にNATOの拡大と武
    器の大量供与があった。それが国境線に緊張を生み、ロシアが挑発されて愚かな行動を取っ
    た(前出、このブログの2022年5月17日の記事を参照)。

ここで“挑発”には、バイデンのアメリカは直接軍事介入をしないという言葉も含まれと思われます。

私自身は、上に述べたバイデンの言葉の背景には二つの意図があったと推測しています。

一つは、これまでのアメリカの行動から、バイデンは現在NATO諸国とロシアとの緩衝地帯となって
いるウクライナをNATOに組み込み、NATO軍が直接ロシアとの国境線まで進出できる状態を作り
たかったのではないか、そのためには、ロシアがウクライナに侵攻し、それを理由にアメリカが武器・
兵器を供与するという形でウクライナ戦争に介入する、という意図です。

二つは、ただしその場合、アメリカが直接軍隊を派遣すると、ロシアとアメリカの全面衝突となってし
まうので、それだけは絶対に避けなければならない、という意図です。

これにはさらに、実際に闘うのはウクライナ兵でアメリカの若者が直接に軍事介入して死傷者を出すよ
うなことになると、国内で反発が大きいので、これも絶対に避けなければならない、という配慮です。

これは悪く言えば、アメリカの対ロシア代理戦争としてウクライナを利用しようとする考えです。

第二の疑問は、これまでロシアはほどなく敗退する、という日本を含む西側諸国ではまことしやかに言
われてきたのに、9月の今現在、まだロシア軍が全体として敗退した、というニュースが伝わってこな
いのはなぜか、というものです。

私たちが見聞きする“戦況”のニュースは、ロシアは当初より軍事的に失敗続きで、多くの将軍たちもウ
クライナ軍によって殺害され軍の士気も下がっている、さらにウクライナ軍はアメリカを始め、40カ
国からの最新式の武器を供与されているのに対して、ロシアは旧式の武器しかもっていない、ロシア軍
が制圧した地域も、ウクライナ軍の反撃によってロシア軍は押し戻されている、など、ロシアの劣勢、
ウクライナの優勢を伝えるものばかりです。

武器だけでなく、ウクライナは情報という点で、アメリカその他の国から詳細な軍事情報を得ているの
に、ロシアは相変わらず、携帯電話のような、簡単に傍受されてしまう通信手段しかもっていません。

5月ごろの夜の情報番組で、ある著名な評論家は、6月後半にはウクライナに大量の武器が入るので、
ロシア軍は敗退し、ロシアという国家そのものも崩壊する、とまで言っていました。

ここで、ロシアとウクライナの軍事力を比較してみましょう。軍事の専門家、田岡氏によれば、侵攻し
たロシア軍は15万人、それと協同している親露派民兵は約4万人だから計19万人とみられます。

西側の発表によれば、この2カ月余りで4万5000人の死傷者が出ているとみなされている。これが正し
いとすれば ロシア軍には約24%の人的損害が生じていることになります(注2)。

今回の戦争の主力は戦車ですが、ウクライナ戦線に投入されたロシア軍の大隊戦術グループ(BTG)
の戦車は合計1200両ほど。その500両以上が撃破され、ロシア本国からの補充を待つ状態に置かれて
います。

その上、ロシアの兵器が全般に旧式のものが多いうえ、今ある兵器を使い切ってしまったら補充はな
かなか困難です。

日本では、いかにもウクライナ軍の戦力が劣勢のように報道されますが事実は逆です。

まず、ウクライナ陸軍は12万5000人、空挺軍2万人、海軍歩兵6000人で地上戦兵力は計15万1000人。
さらに内務省管下の国土防衛隊6万人、国境警備隊4万2000人を加えれば地上戦兵力は計25万3000人
で、侵攻したロシア軍を上回ります。

そのほか徴兵制の兵役を終えた予備役兵が90万人とされ、若い予備役兵の一部だけを動員しても人数
では、圧倒的にウクライナが優勢です。

ウクライナ軍は主力の旧ソヴィエト時代のT-72戦車とその改良型をはじめ約2600両の戦車を備えてき
た。実戦投入可能なものを1000両弱として、今回の戦闘で損耗した分を差し引き、稼働率を考慮して
も相当数が残っています。これにポーランドとチェコからの200両以上も加わります。

通常、攻める側の戦力は守る側の3倍は必要と言われているのに、兵員数でも主力の戦車でも近代兵
器(精度の高いミサイルなど)でも実際にはロシア軍の方が戦力的には劣勢なのです。

ウクライナ軍はアメリカから供与された対戦車砲ジャベリンを多数装備し、これらがロシア軍の戦車を
次つぎと破壊してきました。

加えて、アメリカやノルウェーが供与したハームやハイマースなど高性能ミサイルは正確に対象をピン
ポイントで攻撃できる超高性能ミサイルの近代兵器があります。

これに対してロシアにはレーダーやコンピュータで誘導されるミサイルはありません。

こうした兵器におけるロシア軍の圧倒激な脆弱さに加えて、侵攻前に国境地帯での演習に集まっていた
部隊は実戦に十分なだけの予備燃料や弾薬・食料などを初めから持参していなかったため、越境して間
もなく補給が不足し、60キロもの停滞が発生。そこを対戦車ミサイルで攻撃され大損害を受けました。

おまけに、侵攻したロシアが頼りにしていた戦車は、温暖化の影響で地面が泥濘(でいねい)と化して、
キャタピラを履いた戦車でさえ足を取られてしまいました(注3)。

ロシアにはベラルーシという友好国があるとはいえ実態としては単独で闘っているのに対して、ウクラ
イナにはアメリカを筆頭に30ヵ国のNATO加盟国に日本など西側諸国10カ国ほど、計40ヵ国ほど
が武器・情報・資金援助をしています。

ロシアは、主力の戦車、兵力、武器の量と質でウクライナに劣っているのに、なぜ、侵攻から6カ月経
った現在でも戦争を続けていることができるのでしょうか? その方が私には大きな疑問です。

以上の疑問点について、メディアはあまり取り上げませんが、何か大事な情報や事実が報道されていな
いのではないか、と思わざるを得ません。

何が真実なのか、私たちは、本当に正しい情報を与えられているのだろうか?

次回は、ウクライナ問題に関する報道について検証してみたいと思います。

(注1)REUTER https://www.reuters.com/world/europe/ukraine-says-russia-has- nearly-100000-troops-
    near-its-border-2021-11-13/
(注2)DIAMOND Online (2022.5.19 3:55)https://diamond.jp/articles/-/303369
(注3)『毎日新聞』デジタル版(2022年5月18日)
    https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20220517/pol/00m/010/005000c?cx_fm=mailpol&cx_ml=article&cx_mdate=20220522 
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夏が終わりに近づいている今でも、家の垣根などにアサガオの花が咲いています。
 



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